聖十字の盾の勇者 (makky)
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掴まれぬ手

 ―大英帝国 ロンドン―

 

 崩れたビル、少しずつ昇る朝日。地獄と化した倫敦、男は地に倒れ灰になりながら、目の前の泣き続ける鬼に笑いかけている。

 

 

「鬼が泣くな 泣きたくないから鬼になったのだろう 人は泣いて涙が枯れて果てるから 鬼になり化物に成り果て 成って果てるのだ ならば笑え 傲慢に不遜に笑え いつもの様に 俺はいく お前はいつまで生きるのだ 哀れなお前は一体いつまで生きねばならぬ?」

 

 

「膨大な私の過去を 膨大な私の未来が粉砕するまでだ 何直ぐだ 宿敵よいずれ地獄で」

 

 

 宿敵は不敵に笑いながらそう言った。

 ―――あぁ、これ程良い気持ちで逝けるのか。負けたというのに、笑って逝けるのか。

 

 

 「…声が聞こえる…ああ、あれは、童たちの声なのか…皆が遊ぶ声がする…子供らが…行か…なきゃ…みんなが…まって…マクスウェルが…みんな…泣いて…は…いけ…ま…せ…ねる…まえ…に…おい…の…り…を…エイメン。」

 

 

 「…エイメン。」

 

 

 一足先に、待たせてもらうぞ… 「化物」、よ

 

 

 

 後悔も無念も何もなく男は果てた。それは必然、されど偶然へと繋がる軌跡。

 

 

 

 ―???―

 

 …水の中を浮かびながら流れてゆくような感覚、しっかりとしたものではないが確かにあるもの。

 男はそれだけを認識していた。

 

 (・・・貴方なら)

 

 聞こえる、いや何かが聞こえているような。それが何か確かめる術はなく只々流れてくる。

 

 (貴方を巻き込んでしまう、けれどもどうか、どうか力を・・・)

 

 懺悔か懇願か、それは嘆きのようでもあった。それを最後に男は感覚も沈んでいった。

 

 

 

 

―???―

 

 「おお……」

 

 感嘆と取れる声。男はその声で覚醒した。

 

 「何だ、一体…」

 

 見渡すとローブのようなものに身を包んだ男たちが唖然として立っていた。

 

 (どういうことだ、俺は奴との戦いに敗れ死んだはずじゃないのか?)

 

 石レンガに囲まれた室内は、どことなくバチカンの教皇庁を思い起こした。

 

 (ではここが辺獄?いや、どうにも様子がおかしい。)

 

 自分以外にも状況を把握出来ていない人間が3人、いずれも由美江と同じ東洋人のようだ。

 

 (状況が把握できないなら確認するべきか…ん?)

 

 周りにいる人間に確認しようと思うと右腕に違和感を覚え、見てみる。

 

 「これは、盾?」

 

 何故か盾が付いていた。自分は銃剣を使うので盾を使ったことはない。

 だが自分の腕には確かに盾が付いている。

 ますます疑問は深まり盾をじっと見ていると声が掛かる。

 

 「おお、勇者様方! どうかこの世界をお救いください!」

 「「「は?」」」

 

 男以外の三人が答える。

 

 (世界を、救う?)

 

 咄嗟に考えを張り巡らせる。

 

 (こいつは今たしかに『救ってください』と言った。救いを求めているということか。しかし、この世界?まるで違う世界に連れてきたとでも言いたげな言い方だな)

 

 かつて培った判断力を総動員して、少ない情報から現状を理解しようとする。

 

 (奇跡でも起こったというのか?だがこいつらの言い方では、自分たちが呼んだと言外に言っているな。俺が死んだのは間違いないことだと思うが…)

 

 

 (いかんな、情報が少なすぎる。連中の真意を確かめる必要がありそうだな)

 

 思考を中断して顔を上げる。先程からあまり時間は立っていないようだ。

 

 「それはどういう意味だ?」

 

 目の前にいるローブの男に聞く。

 

 「色々と込み合った事情があります故、ご理解する言い方ですと、勇者様達を古の儀式で召喚させていただきました」

 (召喚だと?)

 

 ある程度予想はしていたが、これで確信を持てた。

 こいつらはこの世界の危機とやらをどうにかするために、男を含む四人をここに『召喚』した。

 

 (……くだらん)

 

 男は落胆、いや呆れた。危機的状況をどうにかするために関係のない他人を勝手に連れてきたというのか。

 

 (こいつらはそれを理解しているのか?……いや)

 

 再び周りを見渡しながら男は考え続ける。

 

 (これだけの大人数と儀式に使ったような、陣というのか?を見る限り本気ではあるようだな)

 

「この世界は今、存亡の危機に立たされているのです。勇者様方、どうかお力をお貸しください」

 

 ローブの男はそう続けた。

 

 「何故そのようなことせねばならん」

 「嫌だな」

 「そうですね」

 「元の世界に帰れるんだよな? 話はそれからだ」

 

 他の三人も男と同じように不快感を示したようだ。

 

 だが男は見逃さなかった。

 

 (こいつら、笑っているな)

 

 呆れたことに、口では拒否しているように感じるが心の中ではこの状況を楽しんでいるのだ。

 

 (見た限り十代後半ぐらいの子供か、遊びか何かと勘違いしているのか?)

 

 冷めた目で見られているとも知らず、三人は続ける。

 

 「人の同意なしでいきなり呼んだ事に対する罪悪感をお前らは持ってんのか?」

 

 剣を持った男がローブを着た男に剣を向ける。

 

 「仮に、世界が平和になったらっポイっと元の世界に戻されてはタダ働きですしね」

 

 弓を持った男も同意してローブの男達を睨みつける。

 

 「こっちの意思をどれだけ汲み取ってくれるんだ? 話に寄っちゃ俺達が世界の敵に回るかもしれないから覚悟して置けよ」

 

 槍を持った男も凄んでそう言った。

 

 (……何だこいつら、まるでそういうことがあるのを知っていた様な言い方だな)

 

 楽しんでいるのは間違いなく、しかし聞くことは確かに的を射ている。いや、射すぎているのだ。

 だが言っていることに間違いはない。男も確認したいことを聞く。

 

 「お前が責任者か?確認したいことが山ほどあるが、違うならそう言え」

 

 時間を無駄にするぐらいならさっさと次に進めろ、と目で伝える。

 

 「ま、まずは王様と謁見して頂きたい。報奨の相談はその場でお願いします」

 

 王、この国の体制は王政で間違いないようだ。そいつがこの召喚とやらを実行させた張本人だろう。

 男は他のローブを着た男たちに扉を開けさせる。

 

 「……しょうがないな」

 「ですね」

 「ま、どいつを相手にしても話はかわらねえけどな」

 

 「ふん」

 

 大して面白くなさそうに男は鼻を鳴らし、他の三人に付いて部屋を出る。

 

 

 長く続いている石造りの廊下を歩き、男たちは「謁見の間」とやらに向かう。窓の外には、男がかつていたイタリアと見間違うような古風な町並みが広がっていた。

 

 (懐かしいように感じるな……)

 

 最後に見た光景は、瓦礫の街と男にとっての怨敵の姿。届かなかった自分の銃剣は、ハインケルや由美江が引き継いでくれるだろう。怨敵との決着は、辺獄で待つつもりだがどうも嫌な感じがしていた。

 

 

 ―謁見の間―

 

 仰々しい扉が開かれると、まず王座に座っている男が目に入る。綺羅びやかな装飾に囲まれた謁見の間、王にふさわしい場と言えた。

 

 「ほう、こやつ等が古の勇者達か」

 

 値踏みするような目で見ながら男、国王はそう確認した。しかし

 

 (こいつ……)

 

 品定め以外の視線、見下しているような視線も感じる。歓迎されているとはお世辞にも言えない視線だ。

 

 (どうやら、嫌な勘があたってしまったようだ)

 

 長い戦いの中に身をおいていたため、くぐり抜けた死線はもはや数えきれない数だ。特に宿敵との戦いではそれに磨きがかかり、些細と言って良いことも察してしまうようになっていた。

 

 「ワシがこの国の王、オルトクレイ=メルロマルク32世だ。勇者共よ顔を上げい」

 

 王らしく高圧的な発言だが、32世。王朝としてはかなり長いものだろう。

 

 「さて、まずは事情を説明せねばなるまい。この国、更にはこの世界は滅びへと向いつつある」

 

 …………

 

 「終末の予言に、次元の亀裂か。」

 

 国王の話をまとめると、この世界には『終末の予言』と言うものが存在し、それによると世界滅亡をもたらす『波』というものが発生する。それを乗り越えなければ世界が滅びるというものだ。

 今年がその予言の年であり、それを知らせる『龍刻の砂時計』の砂が落ち始めた。

 それは『波』の発生一ヶ月前を知らせ、『波』が一つ終わると次まで一ヶ月猶予が生まれる。

 最初の被害はこの国、『メルロマルク』にもたらされた。次元の亀裂から『魔物』というものが這い出てきたという。

 その時はこの国の軍である騎士団と、冒険者(どうやら遺跡の宝の回収や、未踏の地の調査をしている者達のことらしい)によって食い止めたが、このままでは国が持たずに災厄阻止が不可能であると判断した。

 話し合いの結果、勇者つまり男たち四人の召喚を行ったということだ。

 何気なく言葉が通じていたのは、今持っている『伝説の武器』とやらのおかげらしい。

 

 「話は分かった。で、召喚された俺たちにタダ働きしろと?」

 「都合のいい話ですね」

 「……そうだな、自分勝手としか言いようが無い。滅ぶのなら勝手に滅べばいい。俺達にとってどうでもいい話だ」

 

 歓喜が見え透いた上辺だけの言葉を聞きながら、男は再び呆れていた。だが、聞いた限りでは危機に瀕しているのは本当らしい。

 

 「俺達でなければならない理由はないのだろう?悪く言えば人さらい同然のことをしたわけだ。拒否は当然だと思うが?」

 「ぐぬ……」

 

 ほか三人はともかく、男は協力するつもりはなかった。何故ここに召喚されたのか、自分は死んだはずなのに感覚は間違いなく生きている、など疑問は尽きないが

 

 (異教徒共のために振るう銃剣はない)

 

 服の中にあった銃剣を確認しながら、機会を伺う。どのみち自分は一度死んだ身、宿敵が来るまで辺獄で待つ必要もある。

 だが、それはいつでもできる。魔物とやらがどういった存在か、倒すべき化物(フリークス)か見極めることもできる。

 

 (少なくとも、しばらくは情報を集めるとしよう)

 

 「もちろん、勇者様方には存分な報酬は与える予定です」

 

 王の側近の一人が、鼻薬を嗅がせてくる。流石に無報酬は納得出来ないものだろう。三人の勇者は拳を握りしめていた。現金な奴らだ。

 

 「他に援助金も用意できております。ぜひ、勇者様たちには世界を守っていただきたく、そのための場所を整える所存です」

 「へー……まあ、約束してくれるのなら良いけどさ」

 「俺達を飼いならせると思うなよ。敵にならない限り協力はしておいてやる」

 「ですね」

 

 弓を持っている奴はともかく、残り二人は自分が置かれている状況をよく把握していないようだ。右も左も分からない状況でよくも高圧的な発言ができるものだ。

 

 「では勇者達よ。それぞれの名を聞こう」

 

 ようやく話は一段落し、自己紹介を求められた。

 

 「俺の名前は天木錬だ。年齢は16歳、高校生だ」

 (アマギ・レン、か。思った通り未成年だったな)

 

 剣の勇者は比較的小柄で、ショートヘアーの黒に茶色が混じっている髪をしている。

 

 「じゃあ、次は俺だな。俺の名前は北村元康、年齢は21歳、大学生だ」

 (21歳?その割に一番浮かれているな、キタムラ・モトヤスか)

 

 槍の勇者は髪型が後ろで縛ってあるのが一番の特徴で、遊び感覚でいる印象を受ける。

 

 「次は僕ですね。僕の名前は川澄樹。年齢は17歳、高校生です」

 (カワスミ・イツキ、おとなしめの子どもだな)

 

 弓の勇者はおとなしめの印象を受け、我が弱い風に見える。

 全員日本人のようだが、由美江から聞いた話だとこういったことには基本不慣れ、いや日本人に限らず初めての経験のはずだが

 

 (やはり気になるな、がそれも後だ)

 

 「アンデルセン、アレクサンド・アンデルセンだ。年齢は、すまん思い出せん。」

 

 そう、ここに来てからどうしても年齢だけが思い出せなかった。ここに来た後遺症だろうか、特別困ることでもないが何とも違和感を感じる。

 

 (何だ、自分のことがわからんのか?まあ、いい年だったのはなんとなくだが覚えて―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 「見た限り僕達と同じくらいですね」

 

 「…何?」

 

 弓の勇者、カワスミの言葉に驚く。

 

 (何だと、同じに見える?そんな訳が…待てよ)

 

 (こいつら、どうして俺の左頬の傷(・・・・)に何も言わないのだ)

 

 どう考えてもおかしい。他の奴らは外傷のたぐいはないが、自分は左頬に―――

 

 (……そん、な バカな!!)

 

 ない、傷がないのだ。多くの化物との戦いで傷ついていたそれは、全く無くなっていた。

 

 (クソ、どうなっているのだ本当に。調子が狂う)

 

 「どうかしたか?」

 

 槍の勇者、アマギが聞いてくる。

 

 「…いや、大丈夫だ。少し混乱していたようだ。神父をしている」

 

 取り繕いながら自己紹介を続けた。

 

 「神父?確かにそれっぽいな、お前」

 

 妙に馴れ馴れしく剣の勇者、キタムラが話しかけてくる。と言うより、なんとなく見下したような感じである。

 

 「ふむ。レンにモトヤスにイツキか」

 

 (…あからさまだな、こいつ)

 

 わざとかどうかは知らないが、アンデルセンの名前を国王は呼ばなかった。ほか三人は特に気にはしていないようだ。

 

 

 

 

 

 その後、自分の能力を見られる『ステータス』とやらの説明や、強くするために『レベル』を上げる必要がありそのために四人ともバラバラに行動することになった。一緒に行動すると、伝説の武器とやらが過干渉して正常に使えないらしい。

 

 「今日は日も傾いておる。勇者殿、今日はゆっくりと休み、明日旅立つのが良いであろう。明日までに仲間になりそうな逸材を集めておく」

 「ありがとうございます」

 「サンキュ」

 

 そう言って四人は国王が用意した来客室に向かった。

 

 



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神聖なるもの

―来客室―

 

 通された来客室には四人分の豪華なベッドが用意されており、四人はそれぞれのベッドを決めて座っていた。熱心に自身の『伝説の武器』とやらを確認している。

 視界の中に存在しない物が映るのは違和感しかないが、これでしか武器の性能確認ができないので諦めるしかない。何かと使うことが多くあるだろうし、使い慣れておくようにしておくべきだろう。

 

 説明によると

 

 ・この武器は整備が必要とされない特殊なもの

 ・使用者の練度、『レベル』と武器に組み込むことができる物質、そして『モンスター』を倒すことによって『ウェポンブック』とやらが埋まっていく

 ・ウェポンブックとは、武器がどの系統に変化させられるかという『変化できる武器の種類』を記載される一覧表のこと

 

 とされている。

 

(確認したウェポンブックとやらはすべて『変化不可能』になっていた。今後の戦いなどで変化できるというわけか。)

 

 何とも面倒なものだと思った。何より使用者の練度によって武器の性能が変化するのが厄介だった。これが銃剣にも適用されていると、完全な力を発揮できない可能性があった。確認事項が更に増え、思わず頭を抱えたくなる。

 

「なあ、これってさゲームじゃね? 俺は知ってるぞ、こんな感じのゲーム」

 

 キタムラが顔を上げ得意気に言う。

 

「え?」

「というか有名なオンラインゲームじゃないか、知らないのか?」

「いや、俺も結構なオタクだけど知らないぞ?」

「お前しらねえのか? これはエメラルドオンラインってんだ」

「何だそのゲーム、聞いたことも無いぞ」

「お前本当にネトゲやったことあるのか? 有名タイトルじゃねえか」

「俺が知ってるのはオーディンオンラインとかファンタジームーンオンラインとかだよ、有名じゃないか!」

「なんだよそのゲーム、初耳だぞ」

「え?」

「え?」

「皆さん何を言っているんですか、この世界はネットゲームではなくコンシューマーゲームの世界ですよ」

「違うだろう。VRMMOだろ?」

「はぁ? 仮にネトゲの世界に入ったとしてもクリックかコントローラーで操作するゲームだろ?」

 

(ゲーム?そういえば孤児院の子どもたちが話をしていたことがあったような…それのことを言っているのか?)

 

 どうやら三人の中でこの世界の認識にズレが有るようだ。いずれにせよゲームが前提のようだが。

 

「クリック? コントローラー? お前ら、何そんな骨董品のゲームを言ってるんだ? 今時ネットゲームと言ったらVRMMOだろ?」

「VRMMO? バーチャルリアリティMMOか? そんなSFの世界にしかないゲームは科学が追いついてねえって、寝ぼけてるのか?」

「はぁ!?」

 

 話が堂々めぐりし始めそうだ。

 

「あの……皆さん、この世界はそれぞれなんて名前のゲームだと思っているのですか?」

 

 カワスミが手を挙げながら確認する。

 

「ブレイブスターオンライン」

「エメラルドオンライン」

「生憎とそちらには明るくなくてな、答えられん」

 

 空想世界、と言うか妄想を固めたような印象は受けたが実際知らないのだから答えようがない。

 

「あ、ちなみに自分はディメンションウェーブというコンシューマーゲームの世界だと思ってます」

 

(コンシューマー?VRMMO?ネット、とは確かパソコン関連の用語だったな。確かマクスウェルが使っていたような…)

 

 曰く『慣れるまではたしかに大変だが、便利なのは確実だ。どこかの誰かが必要以上の経費を使っていてもすぐに修正できるからな』ということらしい。少し怒気をはらんで言ってはいたが。

 

 「まてまて、情報を整理しよう」

 

 流石に混乱したのか、キタムラが額に手を当てながら他の三人を窘める。

 

「錬、お前の言うVRMMOってのはそのまんまの意味で良いんだよな?」

「ああ」

「アンデルセン、はともかく樹、お前も意味は分かるよな」

「SFのゲーム物にあった覚えがありますね」

「言わんとしていることはなんとなく分かるがつまり、あー、ファンタジーと言うのか?アレのようなことと思えばいいか?」

「そうだな。俺も似たようなもんだ。じゃあ錬、お前の、そのブレイブスターオンラインだっけ? それはVRMMOなのか?」

「ああ、俺がやりこんでいたVRMMOはブレイブスターオンラインと言う。この世界はそのシステムに非常に酷似した世界だ」

 

 アマギの話を参考にすると、VRMMOとは『仮想現実大規模多人数オンライン』という正式名称で簡単に言うとネットとやらに現実と異なる世界を作りそれを同時に多数の人間が遊ぶゲームらしい。アマギにとって当たり前のようにある技術で、脳波を認識して人々はコンピューターの作り出した世界へ入り込む事ができるらしい。

 

「それが本当なら、錬、お前のいる世界に俺達が言ったような古いオンラインゲームはあるか?」

 

 キタムラが確認する。が、アマギは首を横に振る。

 

「これでもゲームの歴史には詳しい方だと思っているがお前達が言うようなゲームは聞いたことが無い。お前達の認識では有名なタイトルなんだろう?」

 

 キタムラが頷く。日本人だからかそういった方面には明るいだろうし、何よりこの状況で嘘をつく利点はない。

 

「じゃあ一般常識の問題だ。今の首相の名前は言えるよな…アンデルセンは日本の首相は分かるか?」

「ああ、一応知っている」

 

 これでも先進国の状況判断が重要な場所に所属していた。最低限の情報は把握している。

 

「一斉に言うぞ、せーの」

 

「湯田正人」 

「谷和原剛太郎」

「小高縁一」

「壱富士茂野」

 

「「「……」」」

(なるほど、な)

 

 四人が四人とも異なる結果になった。どうやら違う世界なのは、連れてこられたここだけでは無さそうだ。

 

「どうやら、僕達は別々の日本、と言うより世界から来たようですね」

「そのようだ。間違っても同じ世界から来たとは思えない」

「という事は異世界の地球も存在する訳か」

「時代がバラバラの可能性もあったが、幾らなんでもここまで符合しないとなるとそうなるな」

 

 アンデルセン以外は違う日本から来たことになる。そうするとますます自分がここにいる理由が分からない。

 

「このパターンだとみんな色々な理由で来てしまった気がするのだが」

「あんまり無駄話をするのは趣味じゃないが、情報の共有は必要か」

 

 趣味の問題なのか、ただ背伸びしているだけなのか。上からの物言いでアマギが話し始める。

 

「俺は学校の下校途中に、巷を騒がす殺人事件に運悪く遭遇してな」

「かなり刺激的だな、それは」

「まあな。それで一緒に居た幼馴染を助け、犯人を取り押さえた所までは覚えているのだが」

 

 どうやら脇腹を刺されたらしく、さすりながら説明する。

 犯人を取り押さえてもみ合いになっている時、ナイフか何かでやられたようだ。

 

「そんな感じで気が付いたらこの世界に居た」

「なるほど、自己犠牲でその幼馴染とやらを助けたのか。誇れることだな」

 

 素直に感心すると当然だ、という顔で笑う。少々図に乗りやすい性格だな。

 

「じゃあ次は俺だな」

 

 軽い感じでキタムラが自分を指差して話し出す。

 

「俺はさ、ガールフレンドが多いんだよね」

「…そうか」

 

 純粋に呆れる。自らの不貞を明かす、ここへ来た原因だとしてもカトリックの神父からみて(たしな)めるべきかもしれないが、こいつはカトリックどころかキリスト教徒でもない。それに、言った所でここに来る前の事なのだから無意味だ。

 

「それでちょーっと」

「二股三股でもして刺されたか?」

 

 アマギが小バカにするように尋ねる。

 するとキタムラは目をパチクリさせて頷いた。

 

「いやぁ……女の子って怖いね」

「…そうか」

 

 先程と同じ受け答えをしてしまったアンデルセンを誰が責められるだろうか。もう言葉も無い、反省しているようには見えないのでこちらでも同じことをしそうだ。

 

 次にカワスミが胸に手を当てて話し出す。

 

「次は僕ですね。僕は塾帰りに横断歩道を渡っていた所……突然ダンプカーが全力でカーブを曲がってきまして、その後は……」

「「……」」

「三人の中で一番理不尽な理由だな、それは」

 

 轢かれてしまったわけだ、不幸だな。

 

「最後は俺か、と言ってもお前たちと同じだ。お前たちと違って、俺は間違いなく死んだのだがな」

「確かに僕たちは正確に死んだことを覚えていませんね」

 

 あの時、自分の右手が崩れてゆくのを確かに感じた。あれは確かに死の感覚だった。

 

「死因は…神父をしているといったがその関係でな」

「神父ってそんなに危険な仕事なのか…」

 

 アマギが驚いたように聞いてくる。本当のことを言っても信じられ無いだろうし、たとえ信じそうだったとしても言う必要はないだろう。

 

「つまり、俺以外はこの世界の決まりやなんかは把握しているわけだな?」

「ああ」

「やりこんでたぜ」

「それなりにですが」

 

 なるほど、一歩どころか二、三歩出遅れているわけか。

 

「ふむ…ヘルプとやらでも探すのに限界があるな…ん?」

 

 ふと顔を上げるとアマギは冷酷に、キタムラとカワスミは何故かとても優しい目でアンデルセンを見つめる。

 

「よし、元康お兄さんがある程度、常識の範囲で教えてあげよう」

「そう言うのは、にやけ顔をやめてから言うと印象が良くなるぞ」

 

 何かを企んでいるようだが、知っているのなら教えてもらったほうが楽だろう。

 

「まずな、俺の知るエメラルドオンラインでの話なのだが、シールダー……盾がメインの職業な」

「ふむ」

「最初の方は防御力が高くて良いのだけど、後半に行くに従って受けるダメージが馬鹿にならなくなってな」

「ほうほう」

「高Lvは全然居ない負け組の職業だ」

「まあ、納得できるなそれは」

 

 どう考えても盾だけで戦うなど、基本すらできていないことはよく分かる。盾を使わないアンデルセンでも理解できる結果だ。

 

「…驚かないんだな?」

「そもそも盾は武器と組み合わせて使うものだ。単独で使うなど聞いたことがないからな」

「まあ、ゲームの話だしな」

 

 それもそうか、と一人納得する。

 

「ちなみに武器の変化とやらは何かあったのか?」

「転職のことか?残念だが不人気すぎてその系統自体がなくてな。スイッチジョブもないゲームだったし」

「スイッチジョブ?」

「別の系統職になれるジョブのことだ」

「あぁ、それこそ剣や槍、弓に変更できるということか」

「そんな感じだな」

 

 つまり、盾という武器は

 

「ハズレとまでは言わんがかなり苦労することになる、と。お前たちの方はどうだ?」

「悪い……」

「同じく……」

「なるほど」

 

 大体は把握したが、これではますます銃剣(バイヨネット)の存在が重要になってくる。本数もそこまで多いわけではないから、基本は切りつけでの攻撃になるな。

 アンデルセンが考え込んでいると、他の三人はそれぞれのゲームの話題で話を咲かせる。

 

「地形とかどうよ」

「名前こそ違うが殆ど変わらない。これなら効率の良い魔物の分布も同じである可能性が高いな」

「武器ごとの狩場が多少異なるので同じ場所には行かないようにしましょう」

「そうだな、効率とかあるだろうし」

(相変わらず考えが甘いな)

 

 ゲームの中に入ったと思い込んでいるのか、逆に自分がそれを理解していないだけか。どちらにせよモンスターとやらを確認する必要性は変わらないようだ。

 

明日(あす)からの行動が重要というわけだ、お前たち以上にな」

 

 三人が乾いた笑みを浮かべているが、事実なのだから仕方がない。

 

「勇者様、お食事の用意が出来ました」

 

 案内役が部屋に入ってきてそう伝えた。

 

「ああ」

 

 全員が扉を開け、そのまま騎士団の食堂に招待された。

 

―食堂―

 

 高い天井、吊るされたシャンデリア、三列に並べられた長い机の上には、いわゆるセルフ方式の食事が用意されていた。

 

「皆様、好きな食べ物をお召し上がりください」

「なんだ。騎士団の連中と同じ食事をするのか」

 

 何故だか知らないが、騎士団の連中を見下した発言をするアマギ。

 

「そういう風に言うものではないな、少なくとも俺達が来る前に波を食い止めたのだろう?経験は俺達より上だぞ」

 

 騎士というのは何かとメンツや誇りを気にする。関係が悪化すると動きにくくなる、それは両方に悪影響だろう。

 

「そういうものか?」

「お気になさらなくて大丈夫ですよ。それに、こちらにご用意した料理は勇者様が食べ終わってからの案内となっております」

 

 いつの間にか、城での優先順位の頂点にいるらしい。粗相でもして世界を救わないなどとなったら目も当てられないので、当然といえば当然だ。

 

「それなら、ありがたく頂こう」

「ええ」

「そうだな」

 

 それぞれが席につき食事を始める。

 

「主、願わくはわれらを(しゅく)し、また主の御恵(おんめぐみ)によりて

われらの食せんとするこの賜物(たまもの)を祝したまえ。

われらの主キリストによりて願い(たてまつ)る。 AMEN

聖父(ちち)聖子()聖霊(せいれい)との御名(みな)によりて。 AMEN」

 

 十字を切りながら食前の祈りをし、食べ始めようと周りを見るとほぼ全員が唖然としていた。

 

「どうした、早く食べんと冷めるぞ?」

「え…と、アンデルセンさん。今のは?」

「ん?ああ、食前の祈りだ。お前たちが頂きますというように、キリスト教では食前と食後に祈りを捧げるのだ」

「祈りのセリフは全部覚えているのですか?」

「当然だ、毎食毎食言うのだからな。」

 

 何を当たり前なことをと思うが、そういえば由美江が言っていたな。日本人は食材そのものに感謝して食事すると。唯一感心できる習慣だが、それは主よりもたらされたものなのだから、主への感謝は当然行うものであろう。

 なんとも言えない空気になったが、当の本人は何事もなかったように食事を始め、思い出したかのように三人も食事を食べ始めた。

 

「とこしえにしろしめたもう全能の天主、

数々の御恵(おんめぐ)みを感謝し(たてまつ)る。 AMEN

願わくは死せる信者の霊魂(れいこん)

天主の(おん)あわれみによりて安らかに(いこ)わんことを。 AMEN」

 

 食後の祈りも驚かれたが、いちいち反応していてはキリがないのでそのまま食堂をあとにする。

 

―来客室―

 

 食事を終え部屋に帰ると疲れが出てきたのか三人は寝る用意を始めた。

 

「風呂とか無いのかな?」

「中世っぽい世界だしなぁ……行水の可能性が高いぜ」

「言わなきゃ用意してくれないと思う」

「まあ、一日位なら大丈夫か」

「そうだろ。眠いし、明日は冒険の始まりだしサッサと寝ちまおう」

 

 キタムラの言葉に二人はベッドに入る。

 

「あれ、アンデルセンさんどちらへ?」

「就寝前の祈りだ、流石にうるさいだろう」

 

 本当は祈りの時の視線が鬱陶しいからなのだが、言うと余計にうるさくなるので言わないでおく。

 

―王城廊下の大窓前―

 

 夜空を映し出す大きな窓、月が昇り神聖な雰囲気を醸し出している。

 

「イエス、マリア、ヨセフ、心も体も御手(みて)にゆだね(たてまつ)る。

イエス、マリア、ヨセフ、臨終の苦しみの時にわれらを助けたまえ。

イエス、マリア、ヨセフ、永遠の(いこ)いを迎える恵みを与えたまえ。

聖父(ちち)聖子()聖霊(せいれい)との御名(みな)によりて。 AMEN」

 

 膝をつきロザリオを握り祈りを捧げる。この地に来たのも、主のお導きによるものなのかもしれない。

 だとしたら、主はこの世界を救うことを望まれておられるのだろうか。

 信徒無き、審判の時を迎えようとしているこの世界を。

 

「…主よ、我を導きたまえ。

救い無き我に導きを…」

 

 道なき子羊、羊飼から見放されたような弱き者。それが今のアレクサンド・アンデルセンだった。

 

「…誰だ?」

 

 ふと、右側から視線を感じる。監視しているわけでもなく、ただ見ているという視線が。

 立ち上がって右を見ると青い髪を左右で縛っている(ツインテールの)少女が立っていた。

 

「こんな時間に何をしている、子どもは寝る時間だぞ。と言うか、この城は夜に子どもが徘徊できるのか。」

 

 杜撰というか、気が抜けているというか。仮にも王城なのにこれで大丈夫なのか?などと思っていると少女が口を開いた。

 

「別にどこにいても構わないでしょう、私の住んでいるお城なのだから」

「ここに住んでいる?…ああ、なるほど」

「むしろ貴方の方こそ、ここで何をしているのよ!見慣れない顔だけれど」

「今日ここに連れてこられた『勇者』らしいからな。お前の父親がそう言っていたぞ、王女様?」

「え、なんで分かったの?」

「なんとなくだ」

 

 基本的に城には警備の兵士や住み込みの召使などが住んでいるが、まだ小さい子どもが住み込みできるほど人手が足りないようには見えないし、何より夜自由に歩き回れるのは王族ぐらいのものだろう。アンデルセンはそう決めつけた。

 

「と言うか連れてこられた?じゃあ貴方が伝説の?」

「盾の勇者だそうだ、面倒なことにな」

 

 何気なしにそう答えた。

 

「え、貴方盾の勇者なの?」

「なんだ、意外そうな声を出して」

「あ、いや。なんでもないわ(おかしいわね、お父様やお姉様が言っていたような悪魔には見えないけど)」

(…悪魔?)

 

 とても小さな声で、しかし確かに少女は『悪魔』と言った。

 

「それより何をしていたのかだな」

「そ、そうよ。こんな廊下の真ん中で何していたの?」

 

 先程までの警戒心は多少和らいだらしく、少女は質問をしてくる。

 

「お祈りだ」

「お祈り?なんのお祈りをしていたの?」

「『今日一日無事に過ごせました、感謝いたします』というお祈りだ。寝る前に天を見ながら捧げようと思ってな」

「ふーん、不思議な事をするのね。三勇教じゃあ特になにもしないのに」

(三勇教?)

「あ、もうこんな時間。そろそろ帰らないと」

「ああ、そうしろ。夜遅くまで起きていると、からだに悪いぞ王女様」

「分かっているわよそんなこと!あと、私にはちゃんと『メルティ=メルロマルク』って言う名前があるのよ!」

「今初めて聞いたが、まあいい。お休みメルティ嬢」

「お休みなさい、えっと…貴方の名前知らないんだけど!」

「騒がしいな、アンデルセンだ」

「そう、じゃあお休みなさいアンデルセン!」

「ああ」

 

 そう言って少女は廊下を走っていった。

 

「…思わぬ収穫があったな」

 

 メルティが言っていた『三勇教』、そして自分を『悪魔』と読んだこと、どうやら順風満帆な出だしにはなりそうにもない。

 

「全ては御主のお導きのままに」

 

 再び祈りを捧げ、アンデルセンは来客室に戻り眠りについた。

 

 明日から始まる、不確定な未来を乗り越えるために



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明ける夜

 朝食を終えて四人は昨日国王が言っていた仲間のことを案内係の男に聞いた。

 国王には他の職務もあり、10時頃からを予定して謁見することになっていると説明された。

 来客室で待っていると、予定通り案内係が来て謁見の間に向かうこととなった。

 

 ―謁見の間―

 

「勇者様のご来場」

 

 謁見の間の扉が開くと其処には様々な服装をした男女が12人ほど集まっていた。

 

(見た限りだと、全員それなりの手練か)

 

 騎士の甲冑に身を包んだ者もおり、援助するという言葉に嘘偽りは無いようだ。

 四人は国王に(約一名内心で主に行うような感覚で)一礼し、話を聞く。

 

「前日の件で勇者の同行者として共に進もうという者を募った。どうやら皆の者も、同行したい勇者が居るようじゃ」

 

 単純に考えれば一人あたり三人ずつに別れることとなるが

 

(『悪魔』の話が事実なら、あまり期待しないほうがいいな)

 

 ある意味楽しそうに待つアンデルセンであった。

 

「さあ、未来の英雄達よ。仕えたい勇者と共に旅立つのだ」

 

 自分たちではなく希望者に決めさせるところにも、見世物にしようと言う悪意が見え隠れしているように感じる。

 そんな状況で別れた結果

 

 天木 錬   5人

 北村 元康  4人

 川澄 樹   3人

 アンデルセン 0人

 

「やれやれ、随分と嫌われているようだな」

 

 案の定アンデルセンのところには誰一人来なかった。だが一つ予想外だったのは

 

「う、うぬ。さすがにワシもこのような事態が起こるとは思いもせんかった」

 

 首謀者と思っていた国王が冷や汗をかいて驚いていたことだ。てっきり予想していたものと思ったが、一人くらい行くだろうとでも考えていたのだろうか。

 

「人望がありませんな」

 

 呆れ顔で大臣が切り捨てる。

 

「昨日来たばかりの人間に、人望を求めるのもおかしな話だがな」

 

 嫌味を言うと発言した大臣がムッとした顔になる。

 そこへローブを着た男が王様に内緒話をする。

 

「ふむ、そんな噂が広まっておるのか……」

「何かあったのですか?」

 

 キタムラが微妙な顔をして尋ねる。

 

「ふむ、実はの……勇者殿の中で盾の勇者はこの世界の理に疎いという噂が城内で囁かれているのだそうだ」

「それの何が問題なのだ?」

「伝承で、勇者とはこの世界の理を理解していると記されている。その条件を満たしていないのではないかとな」

 

 国王がそう言うと、隣りにいたキタムラが脇を肘で小突く。

 

「昨日の雑談、盗み聞きされていたんじゃないか?」

「だとしてどうしろと言うんだ?条件を満たしていないから勇者失格など、勝手に連れて来ておいてよくそんなことが言えたものだな」

 

 全くもって迷惑な連中だ、失格なら今すぐ辺獄に連れて行ってもらいたいものだ。

 

「まあ言い訳しても仕方がない、誰もいないのなら一人で行動する他有るまい」

 

 自分から付いて行きたい勇者を選んだのだ、今更変更する奴もいないだろう。不公平かもしれないが、無理やり仲間にすると士気が落ちかねない。事は一刻を争うのだから、どこかで妥協が必要だ。

 

「しかし…」

「なに、一番弱いと言っても勇者なのだから、自分の身ぐらいは守れる」

「そこまで言うのならば…」

 

 一人で行動すつことが決まりかけていたその時だった。

 

「あ、勇者様、私は盾の勇者様の下へ行っても良いですよ」

 

 キタムラのところにいた一人の女が片手を上げて立候補する。

 

「無理に来る必要はないぞ」

「私は大丈夫ですよ」

 

 セミロングの赤毛、幼い顔立ちの女は快諾した。

 

「他にアンデルセン殿の下に行っても良い者はおらんのか?」

 

 国王が最後の確認をするが、他に手を上げるものはいなかった。

 

「しょうがあるまい。アンデルセン殿はこれから自身で気に入った仲間をスカウトして人員を補充せよ、月々の援助金を配布するが代価として他の勇者よりも今回の援助金を増やすとしよう」

「妥当なところか、まあ善処しよう」

 

 この国に『悪魔』なんかの仲間に進んでなりたい奴がいるなら、是非見せてほしいものだ。

 そういう意味では、立候補した女は要注意しなくてはなるまい。 

 古今東西、政敵を貶すのに有効だったのは、女を充てがうことなのだから。

 

「アンデルセン殿には銀貨800枚、他の勇者殿には600枚用意した。これで装備を整え、旅立つが良い」

「「「「は!」」」」

 

 四人は国王に(約一名内心で嗤いながら)それぞれ敬礼し、謁見を終えた。

 それから謁見の間を出ると、それぞれの自己紹介を始める。

 

「えっと盾の勇者様、私の名前はマイン=スフィアと申します。これからよろしくね」

「よろしく頼む」

 

 親しみやすい感じで接してくる、人当たりがよいというのだろう。

 

「では行くとするか、マイン嬢」

「はーい」

 元気な声で返事をして、マインはアンデルセンの後ろを付いて城を出た。

 

―城下町―

 

 城門と跳ね橋を渡ると、古き良き中世時代の町並みが広がっていた。ますます自身の元いた場所が懐かしく思えてくる。

 

「これからどうします?」

「まずは武器の確保だ、伝説の武器が盾なら攻撃できる武器は必須だろう。防具は、マイン嬢の分だけでもいいが」

「勇者様は付けないんですか?」

「ああ、付けてもあまり意味は無さそうだからな」

「じゃあ私が知ってる良い店に案内しますね」

「お願いしようか」

「ええ」

 

 スキップするような足取りで、マインは武器屋に案内した。

 城を出て十分ほど歩くと、一際大きな剣の看板を掲げた店の前でマインは足を止めた。

 

「ここがオススメの店ですよ」

「実にわかりやすいな」

 

 店の扉から店内を見ると壁に武器が掛けられている。まさしく武器屋といった面持ちだ。

 他にも鎧などの冒険に必要そうな装備は一式取り扱っている様子。

 

「いらっしゃい」

 

 中に入ると、店主らしい男が声をかけてきた。筋骨隆々の身体は、どれほど鍛えればそうなるのかと思うほどに鍛え上げられていた。

 

「お、お客さん初めてだね。当店に入るたぁ目の付け所が違うね」

「ああ、彼女のおすすめらしいのでな」

 

そう言ってマインの方を見遣ると、マインは手を上げて軽く手を振る。

 

「ありがとうよお穣ちゃん」

「いえいえ~この辺りじゃ親父さんの店って有名だし」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。所でその変わった服装の彼氏は何者だい?」

 

 バチカン第13課(イスカリオテ)の時の服装だから仕方ないが、笑顔を維持し続けているアンデルセンはよく我慢している。

 

「親父さんも分かるでしょ?」

「となるとアンタは勇者様か! へー!」

 

 まじまじと店主はアンデルセンを凝視する。

 

「結構頼りになりそうな顔だな」

「やっぱりそう見えますか?」

 

 本心かどうかは知らないが、言われて悪い気はしない内容だった。

 

(ふん)

 

 相手がアンデルセンでなければ、だが。

 

「だが良いものを装備しなきゃ舐められるぜ」

 

 分相応のものを身につけることは、一種のステータスだ。見ただけでどういった人物かがわかるのだから。

 

「盾の勇者、アレクサンド・アンデルセンだ。色々と厄介になるかもしれん、よろしく頼む」

「アンデルセンねえ。まあお得意様になってくれるなら良い話しだ。よろしく!」

 

 アンデルセン自身は今回で関係が終わる気がしているが、小さなことだろう。

 

「ねえ親父さん。何か良い装備無い?」

 

 マインが店主に尋ねる。

 

「そうだなぁ……予算はどのくらいだ?」

「そうねぇ……」

 

 マインが値踏みするように見る。

 

「銀貨250枚の範囲かしら」

(相場の説明もなく勝手に決めるか)

 

 事前におおよそでも構わないから説明があると思ったが、他の勇者は確かな仲間がいたなと思い出す。

 

「お? それくらいとなると、この辺りか」

 

 店主はカウンターから乗り出し、店に飾られている武器を数本、持って来る。

 

「あんちゃん。得意な武器はあるかい?」

「あー、一応双剣?を扱ったことなら」

 

 銃剣(バイヨネット)が双剣の扱いになるのかとか、そもそも扱い方(同時に八本まで持てる、突き刺して使う、投げる等)的に『双』剣じゃないとか、時々爆発していたとか色々あるが小さいことだ。

 

「となると扱いやすい剣を2つ持つのがいいかもしれないね」

 

 数本の剣がカウンターに並べられる。

 

「どれもブラッドクリーンコーティングが掛かってるからこの辺りがオススメかな」

「ブラッドクリーン…ああ、血糊対策か」

「あら、分かるの?」

「多少はな」

 

 言語は自動で翻訳されているらしいが、何故英語で翻訳されているのかについては不明だ。困ることもないから良いが。

 

「左から鉄、魔法鉄、魔法鋼鉄、銀鉄と高価になっていくが性能はお墨付きだよ」

「…銀鉄?」

「特殊な合金で出来ていてね、切れ味も強度も抜群だよ」

 

 純銀ではないが、銀製の武器があるのは助かる。と言うより、この世界に銀があったことが分かっただけでも十分だ。

 

「まだまだ上の武器があるけど総予算銀貨250枚だとこの辺りだ」

「ふむ、触ってもいいか」

「おう、落っことすなよ」

 

 店主の了承を取り付けると、銀鉄の剣を握る。

 

銃剣(バイヨネット)よりも軽いな。大きさもそうだが、鉄が混ざって軽くなっている。これは使いにくそうだな)

 

 バチンッ

 

「っ!」

 

 突然だった。持っていた剣が手から弾かれたように飛んでしまった。

 

「お?」

 

 店主とマインが不思議そうな顔でアンデルセンと剣を交互に見る。

 

「…まさか」

 

 落ちた剣をもう一度拾い直す。しばらく持ち続けていると

 

 バチンッ

 

 同じように飛んでいき床に落ちてしまう。

 

「…最悪だな、これは」

 

 しばらくすると、視界に何かが映り込んでくる。

 

『伝説武器の規則事項、専用武器以外の所持に触れました』

 

 すぐに該当しているヘルプを呼び出す。

 

『勇者は自分の所持する伝説武器以外を戦闘に使うことは出来ない』

 

「どうやら俺は、今後この盾以外の武器を使えないようだな」

 

 伝説の武器らしくとんだお転婆娘のようだと、内心笑ってしまう。

 

「どんな原理なんだ? 少し見せてくれないか?」

 

 腕から外せないのでそのまま店主の前まで持っていく。小声で何かを呟くと、小さな光のようなものが盾に飛んでいき弾けた。

 

「ふむ、一見するとスモールシールドだが、何かおかしいな……」

 

 どうやら武器の性能を確認できる呪文のようなものだったようだ。

 

「真ん中に核となる宝石が付いているだろ? ここに何か強力な力を感じる。鑑定の魔法で見てみたが……うまく見ることが出来なかった。呪いの類なら一発で分かるんだがな」

 

 先ほど使ったのは魔法というらしい。魔女裁判以来、カトリックでその名を聞くことはなくなったがこの世界では実在するものだった。

 

「面白いものを見せてもらったぜ、じゃあ防具でも買うかい?」

 

 見終わって満足したらしく、店主は防具について聞いてくる。

 

「俺は基本防具は付けん、マイン嬢の方に見繕ってくれるか」

「そのことなんですけど」

 

 マインが口を挟む。

 

「今のところ勇者様の実力を把握できていないので、確認してから防具は決めたいと思っているんですよ。本当に必要ありませんか?」

「ああ、付けるとむしろ動きにくくなる。昔から付けているならともかく今からではかえって不必要だ」

「では仕方ありませんね、すみませんね親父さん」

「いやいや、気が変わったらまた来てくれればいいよ。じゃあ頑張って」

「ああ」

「またねー」

 

 そう言って二人は店を出た。

 

「さっき言った通り、勇者様の実力を確認したいいんですが」

「なら城外で試しに戦ってみるか、モンスターとやらの確認もしたかったからな」

 

 アンデルセンにとって、使い慣れていない武器での初戦闘になる。この世界のモンスターは彼にとっての怨敵となるのだろうか。

 

 決して振り向いてはならない、塩の塊と化したくなければ前を向き続けなさい。

 

 

 



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『伝説』の代償

 

 ―城外の草原―

 

 城門の外には広大な草原が広がっていた。

 これ程の平原は、アンデルセンがいた時代ではなかなか見ることのできないものだろう。

 

「さて、この近くに魔物がいるのだな?」

「はい、まずは弱い魔物でウォーミングアップをしましょうか」

「如何せん盾しか使えないからな、どの程度戦えるか試さないとな」

「頑張ってくださいね」

「うむ」

 

 どの道今回は一人で行動するつもりだ。自分の状況がどれほど切迫しているのか把握しなければならない。

 

「勇者様、居ました。あそこに居るのはオレンジバルーン……とても弱い魔物ですが好戦的です」

 

 名前がなんとも言えないものだ。だからといって侮るようなことはない。

 

「ほう、想像していたよりも小さいな」

 

 基本的に人型の化物(フリークス)を相手にしてきたため、目の前にいる風船くらいの魔物は当然小さい部類に入る。

 

「ガア!」

 

 鳴き声を上げて風船のような魔物はアンデルセンに向かってきた。

 

「頑張ってください勇者様!」

 

 マインが声援を送る。

 アンデルセンは右手にある盾を構えた。

 

「……」

 

 そして突っ込んできた敵を

 

 ガンッ

 

 盾で受け止めてから

 

「シイィィィィィィィィィィィ!!」

 

 おもいっきり蹴り飛ばした。

 

「ちょ、えぇぇぇぇぇ!?」

 

 後ろからマインの驚愕の声が聞こえてくる。

 

「ギィッ?!」

 

 そんなもの関係ないと言わんばかりに、魔物はそのまま蹴られた方向へと飛んでいってしまった。

 

「ふん、仕留め損ねたか」

「仕留め損ねたか、じゃないですよ!なんですか今の!なんで蹴りなんですか!」

「盾で攻撃などできるわけ無いだろう。大した攻撃が出来ないのだから時間がかかる。それなら使わないで、他の方法で攻撃した方が良いだろう?」

「なんと言う暴論、でも否定出来ない…!」

 

 蹴った時の感覚で、致命傷ではあるだろうがまだ生きていると予想した。

 

「蹴りではいかんな、素手でも難しいだろう。ますます厄介だな」 

「蹴っただけであれほど吹っ飛んでいるなら問題ないと思うの…」

 

 もう一撃を加えてとどめを刺すために魔物が飛んでいった方向へと向かう。

 予想通り瀕死ではあったが魔物はまだ息があった。

 

「どんな威力の蹴りをすれば、とても弱いと言っても魔物を一撃で瀕死にできるんですか」

「どんな生き物にも急所が存在する。それを素早く見抜いて攻撃を加えるだけだ」

「そんなさも当然みたいに言わないでよ…」

 

 何事もなかったかのようにアンデルセンは再び魔物を蹴り飛ばし、今度こそ仕留める。風船のような魔物は見た目通りに破裂した。

 ピコーンと音がしてEXP1という数字が見える。

 

「EXP?」

「それは経験値のことですよ、一定以上集まるとレベルが上ってステータスが上昇するんです」

「それが今回は1上がったのか」

 

 そんな話をしていると足音が聞こえてくる。

 

「あれは、アマギの組か」

 

 アマギが仲間を連れて走り去って行く。

 彼らの前に先ほどの魔物、オレンジバルーンが三体現れる。

 

 ズバァ!

 

 アマギが剣を横に一閃すると音を立てて三匹とも破裂した。

 

「やはり戦闘能力が違いすぎるな」

「インパクトなら盾の勇者様以上のものはないと思う」

 

 戦利品のオレンジバルーンの残骸を拾う。ピコーンと盾から音が聞こえる。

 徐に盾に近づけると淡い光となって吸い込まれた。

 『GET オレンジバルーン風船』

 そんな文字が浮かび上がり、ウェポンブックが点灯する。

 中を確認すると『オレンジスモールシールド』というアイコンが出ていた。

 まだ変化させるには足りないが、必要材料であるらしい。

 

「これが伝説武器の力ですか」

「ああ、これで武器を強化できるわけだ」

「なるほど」

「ところで、さっき魔物が落とした風船とやらは売れるのか?流石に支援金だけで活動するのは不自由だ」

「そうですね、大体銅貨1枚で売れれば良いくらいですね」

「大した金額にはならんようだな、ちなみに銀貨は銅貨何枚分だ?」

「銅貨の場合は100枚です、ちなみに銀貨100枚で金貨1枚になります」

 

 そうすると『金貨1枚=銀貨100枚=銅貨10000枚』となるわけである。

 

「通貨価値がわかりにくいな、何か目安はないか」

「うーん、先ほどの武器屋の標準的な鉄の剣が銀貨100枚前後ですね」

「益々分かりにくいな」

 

 どの道今後使っていくのだから、嫌でも覚えることにはなるからいいのだが。

 

 その後はマインが攻撃に回り、アンデルセンは防御に集中した。

 マインは剣での戦闘が得意なようで、オレンジバルーンを二振りで倒していた。

 

 やがて日が傾き、時間的にも遅くなり始めていた。

 

「もう少し進むと少し強力な魔物が出てくるのですが、そろそろ城に戻らないと日が暮れますね」

「なかなか多い数を倒したからな、明日から本格的に始めても遅くはないだろう」

 

 今日は最初に現れたオレンジバルーンと色違いのイエローバルーンのみだった。 

 

「今日は早めに帰って、もう一度武器屋を覘きましょうよ。私の装備品を買ったほうが明日には今日行くより先にいけますよ」

「そのほうがいいだろう」

 

 短時間だけでも戦ったことで把握できたことも多い。

 レベルを上げるには魔物を倒す必要があること。

 盾に吸収させられる素材の数には限りがあること。

 素材は売ることもできること。

 

(何より、盾だけでもある程度戦えることが分かった。他の武器が使えないのだから、銃剣(バイヨネット)の確認もしないとならんが、最悪の状況は免れそうだな)

 

 この女の目的もはっきりしないが、優秀なのは間違いない。妙な動きをしないのならこのまま行動をともにしても構わないだろう。

 

(大方あの王に何かを任されているのだろうが、裏でコソコソしてこの俺をごまかせるとは思わんことだ)

 

 こいつが何をしようが関係無い。

 

 主の怨敵を、ただ打倒さなければならないのだから。



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敵意なる者達

 

 ―城下町―

 

 魔物退治を早めに終わらせると、二人は城下町へと戻ってきた。

 先ほど訪れた武器屋に再び立ち寄ることにした。

 

「お、盾のあんちゃんじゃないか。他の勇者たちも顔を出してたぜ」

 

 どうやら他の面々もやってきていたようだ。

 

「魔物が落としたこいつが売れると聞いたんだが、ここで買い取りはしているのか?」

 

 所謂『素材』は売れるとマインは言っていた。ここは武器屋なのでおそらく素材の買い取りはしていないだろうが、一応聞いてみる。

 

「魔物の素材買取の店がある。そこへ持ち込めば大抵の物は買い取ってくれるぜ」

「そうか、分かった」

「で、次は何の用で来たんだ?」

「ああ、こいつの装備を買うことになってな」

 

 マインの方を見ると、二人の会話は聞いていなかったようで店内の装備品を食い入る様に見ていた。

 

「今回の予算額は?」

「手元に銀貨800枚あるが、どのくらいが良いマイン嬢?」

「……」

「聞いていないな」

 

 本気で選定しているらしく、相変わらず話は聞いていなかった。

 

「お連れさんの装備ねぇ……確かに良いものを着させた方が強くなれるだろうさ」

「まあな」

 

 まともに攻撃できるのがマインだけなので、彼女の強化は必要だろう。

 

「値下げ交渉なら受け付けるぞ」

「ほう、かなり値が張りそうな雰囲気だが良いのか?」

「雑談で時間を潰せたほうが良いだろう」

 

 暇つぶしのために利益を下げるのはいかがなものかとも思うが、本人がそれでいいなら受けて立とう。

 

「8割引だ」

「幾らなんでも酷すぎる! 2割増」

「交渉とは吹っ掛けていくものだぞ?後、それではこちらが損だろう。7割9分」

「商品を見せてねぇで値切る野郎には倍額でも惜しいぜ!」

「ははは、それもそうだな。9割引」

「チッ!2割1分増!」

「ほう、さらに増やしていくか?では、こちらは10割引だ」

「それはタダってんだ勇者様! しょうがねえ5分引き」

「まだまだだな、9割2分――」

 

 しばらくいい大人が二人で馬鹿して時間を潰していると、マインは選定を終えて帰ってきた。

 持ってきたのは女性が気に入りそうな鎧と、自分が進められた剣よりも高級そうな剣だった。

 

「勇者様、私はこのあたりが良いです」

「店主、合計でいくらだ? 6割引」

「オマケして銀貨480枚でさぁ、これ以上は負けられねえ5割9分だ」

「まあ、妥当だろう」

 

 それまでしていた値下げ交渉に決着がついた。

 これで残金は銀貨で320枚となる。

 

「これで頼む、店主」

「ありがとうございやした。まったく、とんでもねぇ勇者様だ」

「何があるか分からんからな、資金は残すのが吉だろう?」

 

 今後の行き先が不安定である以上無駄な出費は抑えなければいけないし、いざという時資金が足りない事態は避けなければならない。

 

 「ありがとう勇者様」

 

 ご機嫌なマインがアンデルセンの手にキスをした。

 一瞬顔が歪みそうになるがなんとか抑える。

 5割9分引になったとはいえ、元の値段は支援金として受け取った800枚を大きく上回っていた。

 

(冒険者らしくない金遣いの荒さ、それでいて俺に使う予算は自分より少ないと来た。これで疑わないほうが馬鹿というものだ)

 

 明らかにアンデルセンが何も考えていないことを前提にして動いている。見下しているとでも言えばいいだろうか。

 アンデルセンの中ではこの女に対する感情は、すでに最悪なものになっていた。

 

 

―宿屋―

 

 装備を新しくしたマインとアンデルセンは、城下町にある宿屋へと赴いていた。

 部屋数に関係なく、一泊一人あたり銅貨30枚だそうだ。

 

「二部屋でお願いします」

 

 この決定に問題はない。アンデルセンとしてもこの女と同じ部屋など虫酸が走る。

 

「はいはい。ごひいきにお願いしますね」

 

 宿屋の店主が揉み手をしながら今日泊まる部屋を案内する。

 その後宿屋に並列している酒場で晩食を取る。

 別料金の食事銅貨5枚×2を注文した。

 

(頭の中に地図は叩き込んでおく必要があるな)

 

 草原からの帰りに購入した地図に目を通しながら考える。

 昨日の他三人の様子を見る限り、教えてくれる可能性は低いだろう。

 たとえ教えてくれたとしても、それが正しいか判断することが出来ない。

 

(今日いた草原の先に森があるな。明日行くとしたらその辺りか)

 

 そこまで広くない地図に大まかな道、山や川、森に林、そして村などが書き込まれている。

 潜入して命令を遂行することばかりだったので、記憶力は良いほうだ。

 

「そういえば勇者様はワインなどは飲まれないのですか?」

「ん?ああ、基本飲まんな」

 

 カトリックに断酒の掟はない。だが飲酒をすることで依存し、堕落してしまうことが多い。なので自主的に断酒するのが良いとされている。

 ちなみにアンデルセンは、堕落するからと言うより判断力が低下するので、基本的に飲むことはなかった。

 

「そうなんですか、でも一杯くらいなら」

「いや、無理に飲んで悪酔いしても困るだろう。遠慮しておこう」

「でも……」

「悪く思わんでくれ」

「そう、ですか」

 

 残念そうにマインはワインを引っ込めた。

 

「今日はお互い疲れただろう。明日に備えて早めに休むとしようか」

「はい、また明日」

 

 食事を終えた二人は騒がしい酒場を後にして割り当てられた部屋へと向かった。

 

 

―宿屋の部屋―

 

 部屋に戻ると、アンデルセンは袋の中に入った残り319枚の銀貨(宿泊代や地図代で1枚使用)のうち119枚を盾の中にしまう。

 

「…さて、何を仕掛けてくるだろうなあの女狐は?」

 

 酒場で酒を進めてきたのも今夜何かをするための布石にするためだろう。

 寝首をかくか、色仕掛けか、考えられることは多くない。

 どちらにせよ、今日できることはない。このまま連中の茶番に付き合うのも一種の暇つぶしになる。

 ベッドの上で座りながら、アンデルセンは眠りについた。

 

 チャリチャリ……

 小さな音がする、金属がお互いに当たるような音。

 ゴソゴソ……

 何かを探る音もしてくる。

 

「……」

 

―翌日―

 

 窓から入り込む陽の光がアンデルセンを照らしだす

 

「…ははは」

 

「ぎゃはははははははははは!!何をしてくるかと思えば、児戯にも劣るものだったな!」

 

 突然大笑いするアンデルセン、机の上においてあった銀貨の袋がないことをしっかりと確認すると部屋を出る。

 廊下に出て隣のマインの部屋を通り過ぎ、下へ続く階段に向かう。

 すると一階の方から誰かが上がってくる。

 見ると甲冑に身を包んだ騎士が数名アンデルセンの方に向かってくる。

 

「これはこれは、お早いご到着のようで」

 

「盾の勇者だな!」

「他のものに見えないのなら、そうだろうな」

 

 敵愾心を隠すこと無く話しかけてくる騎士にアンデルセンは答えた。

 

「王様から貴様に召集命令が下った。ご同行願おう」

「召集命令、か。断る理由はないな」

「さあ、さっさと着いて来い!」

 

 騎士の一人がアンデルセンの腕をつかむ。

 

「触るな」

 

 低い声で、騎士を見ながらアンデルセンは言った。

 

「っ?!」

 

 まるで首筋に刃物でも突き立てらてたかのように、騎士は思わず掴んでいた手を放す。

 

「…心配しなくても、きちんと付いて行く。案内してくれ」

「あ、ああ。分かった」

 

 宿屋の前には馬車が止まっていた。どうやらこれで王城へと向かうようだ。

 

「乗れ!」

 

 騎士に促され、アンデルセンは馬車へと乗り込む。

 全く動じないアンデルセンに少なくない恐怖を覚えながら、騎士たちは馬車とともに王城へと入っていった。



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断罪者と贖罪者

―王城 謁見の間―

 

 王城に到着し、騎士たちが槍で拘束しようとすると

 

「寄るな」

 

 宿屋の時と同じように睨まれたため、そのまま謁見の間へと連れて行く。

 其処にはなにやら不機嫌そうな王様と大臣。

 そして

 

「ほう、てっきり宿屋にいると思っていたんだがな。マイン嬢」

 

 その他にも、キタムラとアマギ、カワスミとその仲間が集まっていた。

 アンデルセンが声をかけるとキタムラの後ろに隠れて、こちらを睨んでいた。

 

「おや、どうやら嫌われてしまったようだな。どうしたのかな?」

 

 微塵も思っていないのに、困ったかのように話す。

 

「本当に身に覚えが無いのか?」

 

 キタムラ仁王立ちで詰問してくる。

 

「身に覚え…はて、なんのことだろうな?宿屋の俺の部屋から銀貨がごっそり無くなったことでないのなら、分からんな」

「お前、まさかこんな外道だったとは思いもしなかったぞ!」

「外道、か。まさか会って数日の人間にそんなことを言われるとは」

 

 自分から見れば、盗まれた銀貨のほうが大事のように思えるが今はどうでもいいことのようだ。

 

「して、盾の勇者の罪状は?」

「俺としても、詳しく教えてもらいたいものだな」

「うぐ……ひぐ……盾の勇者様はお酒に酔った勢いで突然、私の部屋に入ってきたかと思ったら無理やり押し倒してきて」

「ふむ、それで?」

「盾の勇者様は、「まだ夜は明けてねえぜ」と言って私に迫り、無理やり服を脱がそうとして」

 

 思わず笑ってしまいそうになるのを抑える。この俺が『まだ夜は明けてねえぜ』とはね。

 

「私、怖くなって……叫び声を上げながら命からがら部屋を出てモトヤス様に助けを求めたんです」

「そこでお前が出てくるのか、なあキタムラ」

 

 昨日の晩は食事の後は別れてそれぞれの部屋で眠った。こういった所でこいつらは聞かないだろう。

 

「やれやれ、部屋で眠っていただけなのにまさか強姦魔扱いされるとは」

「嘘を吐きやがって、じゃあなんでマインはこんなに泣いてるんだよ」

「関係ないな、その女が泣いているからといってそれは真実ではないだろう」

 

 この男は来客室で話していたように、女を多く侍らしていたらしい。大方、泣いている女が嘘などつくわけ無いとでも思っているのだろう。

 

「第一俺のほうが被害を訴えたいのだがな、犯人を探してくれないか、王様(・・)?」

「黙れ外道!」

 

 嫌味たっぷりに国王に話しかけると国王は怒鳴って返事をした。

 

「嫌がる我が国民に性行為を強要するとは許されざる蛮行、勇者でなければ即刻処刑物だ!」

「これは驚いた、その国民の上に立つものがまさか証拠もなしに断罪しようとするとは」

 

 今の発言で、この国王はただの愚か者であることが分かった。まあ、はじめからこうするのが目的だったのかもしれないが。

 

「異世界に来てまで仲間にそんな事をするなんてクズだな」

「そうですね。僕も同情の余地は無いと思います」

 

 他の二人の勇者も断罪し始める。こいつらも女には弱いようだ。

 

「本当にどうしようもないな、そんなに言うなら新しい勇者でも呼んでそいつに任せたらどうだ?」

 

 何度も言っていることだが、こいつらはアンデルセンを無理やり連れてきたのだ。その上冤罪をかぶせるとは、呆れ果てたものだ。

 

「都合が悪くなったら逃げるのか? 最低だな」

「そうですね。自分の責務をちゃんと果たさず、女性と無理やり関係を結ぼうとは……」

「帰れ帰れ! こんなことする奴を勇者仲間にしてられねえ!」

 

 

 

 

「…くく」

 

 小さく漏れでてしまう。どこまでも愚かなその姿に

 

 もうこらえきれはしなかった

 

 

 

 

 

 

 

「くははははははははははは、はっははははははははは、ヒャハハハハハハハハハハハハ」

 

 謁見の間に響き渡る笑い声、隠そうともせずアンデルセンは嗤い続けた。

 その場にいた者達は先程までの雰囲気と異なり、アンデルセンのその様子に驚愕していた。

 

「お前たちは相変わらずガキのような考えしかできていないようだな!ゲーム?知っている世界?そんなもの俺から言わせてもらえばガキの頭の中にしかない妄想の世界だ!」

「な、なんだと」

 

 キタムラ激怒して言い返すが、アンデルセンは無視する。

 

「そうだ、その通りだ国王。気に入らないのなら新しく召喚すればいいではないか。初めて会った時から俺に対して良い感情を持っていなかったことは知っているのだ。何故その時しなかった?出来ない理由でもあるのか、ええ?」

 

 そうだ、最初にここに連れてこられた時、『報酬と支援金』については確かに言っていた。

 だが『元の世界へ帰れるか』については一言も触れていなかった。

 

「聞かれなかったからこれ幸いと話題をすり替えたのだろう?『波の襲来が終われば帰れるのか』ではなく、『波の襲来が終わるまではしっかりと援助するか』と。違うか?」

 

 国王をしっかりと見据えアンデルセンは問い詰める。

 

「…こんな事をする勇者など即刻送還したい所だが、方法が無い。再召喚するには全ての勇者が死亡した時のみだと研究者は語っておる」

「……な、んだって」

「そんな……」

「う、嘘だろ……」

 

 あっさりとバラした国王に他三人はうろたえた。

 

「くははははははははははは、だから貴様らはガキなのだ。そんな大事なことを確認もせずに、勇者ごっこを引き受けてしまうとはな!」

 

 見通しの甘さ、状況判断の不足、そして思い込みによる契約の問題点を見逃す。自業自得としか言いようが無い。

 

「で? 俺に対する罰は何だ、国王?磔にでもするか?」

 

 罪があるというのなら、然るべき罰を持ってして償う。当然のことをアンデルセンは問う。

 

「……今のところ、波に対する対抗手段として存在しておるから罪は無い。だが……既にお前の罪は国民に知れ渡っている。それが罰だ。我が国で職に就けると思うなよ」

「そんなものに、はなから興味はない。どうでもいい」

 

 要するに恩赦としておくから、波にはしっかりと対抗しろというものらしい。国王が言った罪も、アンデルセンにとっては罪にすらなっていなかった。

 

「1ヵ月後の波には召集する。例え罪人でも貴様は盾の勇者なのだ。役目から逃れられん」

「ご高説痛みいるぞ、国王」

 

 胸に手を当てて軽く会釈をする。もうここにいる理由もない。

 

「ああ、そういえばまだしていないことがあったな」

 

 そう言うと持っている盾の中から銀貨を『30枚』取り出した。

 

「ほれ、これが欲しかったんだろう。勇者殿?」

 

 そのままキタムラに投げつける。

 

「うわ! 何するんだ、お前――!」

 

 キタムラの罵倒が聞こえてくるが知ったことではない。

 謁見の間をでてそのまま城下町へと出る。

 城を出ると道行く住民全てがヒソヒソと内緒話をしている。

 

 その横を通りすぎてアンデルセンは城下町の外に向かった。

 どうせこの街にいたとしても、住民がいい目を向けてくるはずもなく取引において足元を見られるのは火を見るより明らかだ。

 拠点は街の中に構えるとして、今は自分の能力を少しでも上げるのが先決だった。

 

―草原―

 

「……」

 

 草原に立ちながらアンデルセンは考えていた。かつて自分が愛用し、今でも神父服にしっかりと残っている、それ(・・)について。

 

「使えないなら、諦めるほかないか」

 

 服に手を入れて、宿敵との戦い以来になる

 

 銃剣(バイヨネット)を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 その瞬間だった

 

 

『特殊武器が装備されました 伝説武器の規則事項「専用武器以外の所持」の一部を限定解除します』

 

 目の前に現れた文字、その文字は決して長くはなく、しかし

 

「…主よ」

 

 アンデルセンが待っていた文字に他ならなかった。

 

「感謝いたします」

 

 膝をつき懺悔のような姿で祈りを捧げた。

 

 

 

『限定解除条件「主の微笑み」:特殊スキル「祝福儀礼」を施した武器に限り、自身の所有する伝説の武器以外の使用を許可します』

 

 

 

 

 



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出会い

―城外の森―

 

 あの騒動から一週間ほどが経過していた。アンデルセンは使えることが分かった銃剣(バイヨネット)を使い、魔物を狩り続けていた。

 森に入ったのが一週間前、つまり来てからほとんど森での狩りに勤しんでいた。

 

 目についた敵を片端から切り倒し、盾に吸収させ、吸収できなくなっても狩りを続けた。

 

「なんと脆いものだ」

 

 細切れになったかろうじて魔物と分かるそれを見ながら、アンデルセンは呟いた。

 死都倫敦やその他の場所で倒してきた屍食鬼(グール)よりも切り応えがない。

 

 そのまま城下町へと足を向けるアンデルセン。

 こんなことをしているが、今日までに色々あった。

 

 

~一週間前~

 

―武器屋の前にて―

 

 城から出て草原にて神に感謝し、大量にモンスターを狩り取って夕方頃城下町へと帰った時、ちょうど武器屋の前を通りかかった。

 

「おい、盾のあんちゃん」

「ん?」

 

 そうしたら、武器屋の店主に呼び止められた。

 

「聞いたぜ、仲間を強姦しようとしたんだってな、一発殴らせろ」

 

 話など最初から聞くつもりの無いのか店主が怒りを露にして握り拳を作っている。

 

「やれやれ」

 

 この国の人間は話を聞くということをしないようだ。

 

「で、殴れば気が済むのか?」

「何?」

「正しいかどうかの確認もせずに、一方的に相手を殴れば、お前は気が済むのかと聞いているのだ」

「何を言って…」

 

 店主が言いかけた時、アンデルセンは顔を近づけた。

 

「『汝の敵を愛せよ 右の頬を殴られたら 左の頬を差し出せ』だ」

 

 口角を上げ、歯を見せながら、アンデルセンは嗤った。

 

「う……お前……」

「……どうした、殴らないのか?」

 

 店主がは握り拳を緩めて警戒を解く。

 

「い、いや。やめておこう」

「そうか、それでいいなら良いだろう」

 

 顔を遠ざけてアンデルセンは歩き出そうとする。

 

「ちょっと待ちな!」

「今度はどうした?」

 

 再び店主が呼び止める。

 

「あんちゃんこれから大丈夫なのかよ?」

「心配してくれるのか?気にするな、一人でもやっていける」

「…こんなこと言うと変かもしれないが、何かあったら言ってくれよ」

「覚えておこう」

 

 流石にいきなり殴ろうとしたことを恥じたようだが、根はいい人間のようだった。

 

 

―商人と―

 

 武器屋の前を後にして、魔物の素材を買い取る商人の店に顔を出した。

 小太りの商人が顔を見るなりへらへらと笑っている。

 

 (思いっきり足元を見るつもりだな)

 

 先客が居て、色々な素材を売っていく。

 その中に売ろうと思っているバルーン風船があった。

 

「そうですねぇ……こちらの品は2個で銅貨1枚でどうでしょう」

 

 バルーン風船を指差して買い取り額を査定している。

 

「頼む」

「ありがとうございました」

 

 客が去り、次はアンデルセンの番になった。

 

「買い取ってもらいたいものがあるのだが」

「ようこそいらっしゃいました」

 

 にやにやとした笑いを隠しているつもりのようで、そのまま話を続ける。

 

「そうですねぇ。バルーン風船ですねぇ。10個で銅貨1枚ではどうでしょうか?」

 

 先ほどの値段の五倍を吹っ掛けてきた。

 

「ふむ、聞いていた値段より大分安いようだが?」

「いえ、このくらいが妥当ですよ」

 

 ごまかすこともなく堂々と言ってくる商人。

 

「そうかそうか、実はもう一つ売りたいものがあるのだが」

 

 ゴソゴソと服の中を探り

 

「いくらか見てくれ」

 

 それを投げつけた。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアア!」

 

 投げたそれ、オレンジバルーンは商人の鼻に食いついた。

 それを引き剥がして商人を立たせる。

 

「まさか本気で騙すつもりだったのか?生憎と耳は良いほうなのだよ」

 

 どうしてオレンジバルーンを持っていたのかというと、単純に生きていても売れるのかが疑問だったからであるが、怪我の功名とでも言えるだろうか。

 

「高額で買えとは言わんよ。だがな相場で買取してもらわないとこちらも困るのだが?」

「こんな事をして国が――」

「ほう、安値で買い叩いていると出所不明の噂が流れてもいいなら別に構わんが」

 

 商売は信頼の上に成り立つものだ。だが同時に真実かどうかを問わない噂に左右されることも事実。

 そんな世界で出所不明の噂はたちの悪いものであろう。

 

「ぐ……」

 

 恨みがましい目を向けていた商人だったが、諦めたのか力を抜く。

 

「……分かりました」

「そうか、俺としても今後よく利用するつもりだからな、多少安くても文句はいわん」

「正直な所だと断りたい所ですが、買取品と金に罪はありません。良いでしょう」

 

 敵に回すと厄介と判断したようで、多少安いが取引をしてくれた。

 

「同じような連中が現れると面倒なのでな、俺の噂を広めておいてくれたら今後生きた魔物はここに持ち込まないようにしよう」

「はいはい。まったく、とんだ客だよコンチクショウ!」

 

 何はともあれ初めての取引を終えることは出来た。

 

 

―伝説の武器について―

 

 取引を終えた後、アンデルセンは草原で野宿して一夜を過ごした。

 起きてからも、昨日に引き続き多くの魔物を狩り続けた。

 魔物ばかり倒していても別に構わないのだが、気になることが一つあった。

 昨日街を歩いていて、薬の材料を取引している店を見かけた。

 ここには薬の材料となる草も自生しているようなので、それも売って多少の足しにしようと考えた。

 適当な草を摘んでみると、盾が反応し始める。

 試しに吸収してみる。

 

『リーフシールドの条件が解放されました』

 

 昨日の朝から色々あって、ウェポンブックを見ていないことに気がつく。

 それを広げて、点滅している項目を見る。

 

 『スモールシールド』

 能力解放! 防御力が3上昇しました

 

 『オレンジスモールシールド』

 能力未解放……装備ボーナス、防御力2

 

 『イエロースモールシールド』

 能力未解放……装備ボーナス、防御力2

 

 『リーフシールド』

 能力未解放……装備ボーナス、採取技能1

 

 早速ヘルプで確認する。

 

『武器の変化と能力解放』

 武器の変化とは今、装備している伝説武器を別の形状へ変える事を指します

 変え方は武器に手をかざし、心の中で変えたい武器名を思えば変化させることが出来ます

 能力解放とはその武器を使用し、一定の熟練を摘む事によって所持者に永続的な技能を授ける事です

 

『装備ボーナス』

 装備ボーナスとはその武器に変化している間に使うことの出来る付与能力です

 例えばエアストバッシュが装備ボーナスに付与されている武器を装備している間はエアストバッシュを使用する事が出来ます

 攻撃3と付いている武器の場合は装備している武器に3の追加付与が付いている物です

 

 能力解放は行うことによって別の装備にしても付与された能力を所持者が使えるようになるという事だろう。

 熟練度はおそらく、長い時間、変化させていたり、敵と戦っていると貯まる値、経験値とは異なるものだろう。

 そこでリーフシールドに付いている装備ボーナス『採取技能1』が気になる。

 文面から薬草などを採取するときに何かが発動するもののようだ。

 盾をリーフシールドに変更してみる。

 

 シュン……という風を切るような音を立てて、盾は植物で作られた緑色の草の盾に変わる。

 防御力は据え置きのようだ。まあ、弱い盾だったようだから問題にはならない。

 早速目の前にある先ほどと同じ薬草を摘み取る。

 ぱぁ……

 淡く薬草が光ったように見えた。

 

『採取技能1』

 アエロー 品質 普通→良質 傷薬の材料になる薬草

 

 簡単な説明とともに、薬草の品質が上昇したことを伝えた。

 その後は薬草を撮り続けた。

 その影響かリーフシールドの能力解放は直ぐに終わった。

 他の色スモールシールドシリーズもその日の内に解放済みとなる。

 城下町へ戻り、採取した薬草の買い取りをしてもらう。

 

「ほう……中々の品ですな。これを何処で?」

「城を出た草原だが、それほど良いものか」

「ふむ……あそこでこれほどの品があるとは……もう少し質が悪いと思っていましたが……」

 

 装備ボーナスのおかげで品質が上がり、買取金額は意外と高いものになった。

 今日一日の収入は銀貨1枚と銅貨50枚で、悪くはない滑り出しと言えよう。

 

―酒場にて―

 

 腹が減ってはなんとやら、流石のアンデルセンといえども食事は毎日三食が基本だ。そしてどの魔物が食べられるかなど(そもそも食べられるかも不明)も分からないので、町の酒場で食事をするのが基本になる。

 そうしていると何人かが仲間にして欲しいと声をかけてくる。見るからに荒くれ者というか、ガラが悪そうな連中しか声をかけてこない。

 

「盾の勇者様ー仲間にしてくださいよー」

 

 上から目線で偉そうに話しかけてくる。

 

「では先に契約内容の確認をしようか」

「はぁい」

 

 いちいち癪に障る話し方をしてくるが無視する。

 

「まず雇用形態は完全出来高制だ、意味はわかるか?」

「わかりませーん」

 

 どうやら人をおちょくるのが得意なようだ、これも無視してすすめる。

 

「簡単に言ってしまえば、お前の働き如何でその時得た収入を分け与える方式のことだ。収入が銀貨100枚の時は、大本の俺が4割の40枚を最低もらう。残りの60枚を仲間内で働きに応じて分ける。お前だけなら俺とお前でだな。当然何もしなければ無し。俺の裁量で渡す金額は変わる」

「なんだよソレ、あんたが全部独り占めも出来るって話じゃねえか!」

「何もしなければの話だ。しっかりと働けばいいだけだ」

「じゃあその話で良いや、装備買って行こうぜ」

「自分の装備も揃えられないのに、何故仲間にせねばならん、最低限自分で揃えてこい」

「チッ!」

 

 装備代を押し付ける気がありありである。更にその後逃げるなりして装備代をかすめる魂胆なのだろう。

 

「じゃあ良いよ。金寄越せ」

「おや、こんなところにバルーンがいるぞ」

 

 昨日使ったバルーン撃退法を早速使ってみる。いきなり銃剣(バイヨネット)を使ってもいいと思ったが、こんな奴に使うのも馬鹿らしくなり使わないことにした。

 

 「いでー! いでーよ!」

 

 バルーンが現れたということで酒場は大騒ぎになったが、当の本人は知らん顔してバルーンを引き剥がし食事代をおいて酒場を後にした。

 

 

 

~現在~

 

―城下町―

 

 誰がどう見ても1日や2日で体験した内容じゃないだろう、と思うようなことが一週間前に起きていた。

 そんなこんなして気がつけばレベル6、一週間でここまで上がれば十分だろう。

 戦っている最中にバルーンの新しい種類が現れた。赤い身体をしている『レッドバルーン』というやつだ。

 他のやつに比べると多少は硬かったが、アンデルセンが二振りで真っ二つにしてしまった。

 彼の前ではいかなる魔物も所詮倒す対象にしかならなかった。

 

「だが、一人では手が足りんな…」

 

 アンデルセンがどれほど強くても、一人だけでは心許ない。それにこの世界の情報を集めるのにも人手が必要になり始めていた。

 

「お困りのご様子ですな?」

「…?」

 

 シルクハットに似た帽子、燕尾服を着た男が裏路地で呼び止める。

 肥満体の身体にサングラスをつけた男を見て、アンデルセンは似た『狂人』を思い出す。

 だが目の前の男は殺気は疎か、威圧感も感じないどこにでもいそうな一般人に見えた。

 

「人手が足りないと、聞こえてしまったものでしてね」

「ほう、お前はそれを解決出るようだな。」

 

 こんな裏路地で話しかけてくる。大きな声では言えない、人手不足を解決できる職業。

 

「奴隷商人か」

「その通りです」

 

 男は上機嫌になり近付いて来る。

 

「奴隷には重度の呪いを施せるのですよ。主に逆らったら、それこそ命を代価にするような強力な呪いをね」

「……」

 

 逆らったら死ぬ。呪いの中では最も強力な部類に入るであろうそれを掛けられた奴隷。

 

「どうです?」

「……話を聞こう」

 

 アンデルセンはその話を聞くことにした。

 

 

―裏路地―

 

 男に案内されて裏路地を歩くことしばらく。

 この国の闇も相当に深いようだ。

 昼間だというのに日が当たらない道を進み、まるでサーカスのテントのような小屋が路地の一角に現れる。

 

「こちらですよ勇者様」

「ああ」

 

 足取り軽く男はテントの中へと入っていく。

 

「初対面の人間にこんなことを言うほうがおかしいが、騙すつもりなら…」

「巷で有名なバルーン解放でしょうね。そのドサクサに逃げるおつもりでしょう?」

 

 妙なあだ名が付けられていた。

 

「心外だな、買い取ってもらおうと持っていたバルーンがたまたま逃げ出しただけなのだがな」

 

 やれやれと首を横に振れば、男はハハハと笑う。

 

「勇者を奴隷として欲しいと言うお客様はおりましたし、私も可能性の一つとして勇者様にお近付きしましたが、考えを改めましたよ。はい」

「商売人からそんな評価をいただくとは驚きだな」

「あなたは良いお客になる資質をお持ちだ。良い意味でも悪い意味でも」

「ほう、是非どういう意味かを教えてもらいたいな?」

「さてね。どういう意味でしょう」

 

 そうごまかして男は扉の前に立つ。

 ガチャン!

 という音と共にサーカステントの中で厳重に区切られた扉が開く。

 

「ほう……」

 

 店内の照明は薄暗く、仄かに腐敗臭が立ち込めている。

 獣のような匂いも強く、あまり環境が良くないようだ。

 幾重にも檻が設置されていて、中には人型の影が蠢いている。

 

「さて、こちらが当店でオススメの奴隷です」

 

 奴隷商が勧める檻に近づき覗き込んで中を確認する。

 

「グウウウウ……ガア!」

「人、ではないな」

 

 まさに『狼男』を体現したような生き物が檻の中で唸り声をあげていた。

 

「獣人ですよ。一応、人の分類に入ります」

「一応人、か。そうは見えんな」

 

 キリスト教にとって、狼男は悪魔の手先とされてきた。それが目の前にいる。

 

「獣人について教えてくれ」

 

 まずはどういった生き物か知っておく必要がある。男に問いかけた。

 

「メルロマルク王国は人間種至上主義ですからな。亜人や獣人には住みづらい場所でしてね」

「人間種至上主義…」

 

 確かに、城下町で見かけたのは大部分が人間で、耳が生えた奴はほとんど見かけなかった。

 

「亜人と獣人の違いは?」

「亜人とは人間に似た外見であるが、人とは異なる部位を持つ人種の総称。獣人とは亜人の獣度合いが強いものの呼び名です。はい」

「つまり血の濃ゆさのようなものの違いか」

「ええ、そして亜人種は魔物に近いと思われている故にこの国では生活が困難、故に奴隷として扱われているのです」

 

 人とはどこまでも傲慢に成れるものだ。神にではなく神の力に仕えてしまった彼のように…

 

「っ」

 

 やめよう、もはや取り繕うことも出来ない。我々はただの銃剣でなければならないのだ。

 

「そしてですね。奴隷には」

 

 パチンと奴隷商が指を鳴らす。すると奴隷商の腕に陣が浮かび上がり、檻の中に居る狼男の胸に刻まれている陣が光り輝いた。

 

「ガアアア! キャインキャイン!」

 

 狼男は胸を押さえて苦しみだしたかと思うと悶絶して転げまわる。

 もう一度、奴隷商がパチンと鳴らすと狼男の胸に輝く陣は輝きを弱めて消えた。

 

「このように指示一つで罰を与えることが可能なのですよ」

「基本的にそれで指示を出すわけか」

 

 仰向けに倒れる狼男を見ながら呟く。

 

「誰でも使えるのか?」

「ええ、何も指を鳴らさなくても条件を色々と設定できますよ。ステータス魔法に組み込むことも可能です」

「ふむ……」

 

 どこまでも人間向けなのだな。

 

「一応、奴隷に刻む文様にお客様の生体情報を覚えさせる儀式が必要でございますがね」

「それぞれの奴隷の命令がしっかり伝わるようにか?」

「物分りが良くて何よりです」

 

 ニイ……っと奴隷商は不気味に笑う。

 

「肝心の値段はいくらだ?」

「何分、戦闘において有能な分類ですからね……」

 

 吹っ掛けた所でどうなるかは先程の会話で確認済みだ。あまりの高値だとそもそも買うことが出来ない。

 

「金貨15枚でどうでしょう」

「相場を知らない俺でも、かなり値下げしていることは分かるぞ?」

 

 金貨は銀貨100枚で1枚に相当する。いくら差別されているとはいっても、人一人の値段が銀貨1500枚程度なわけがない。

 

「もちろんでございます」

 

 睨みつけても男は笑顔で対応する。

 

「買うつもりのないのを知って勧めたな?」

「はい。アナタはいずれお得意様になるお方、目を養っていただかねばこちらも困ります。下手な奴隷商に粗悪品を売られかねません」

 

 短時間で随分な高評価である。

 

「こいつはどれくらい強いのだ?」

 

 小さな水晶を男は見せる。するとそれが光り、文字が浮かび上がる。

 

『戦闘奴隷Lv75 種族 狼人』

 その他保有しているスキル等も記載されている。

 自分よりも、いや他の勇者よりも強いであろう。金さえあれば大概の事はできるわけだ。

 

「コロシアムで戦っていた奴隷なのでしたがね。足と腕を悪くしてしまいまして、処分された者を拾い上げたのですよ」

「コロシアム……」

 

 古代のローマで行われていた奴隷同士の闘いの獣人版といったところか。

 

「さて、一番の商品は見てもらいました。お客様はどのような奴隷がお好みで?」

「ある程度動ければ、なんとかできるだろう。そこまで値が張らないやつを頼む」

「となると戦闘向きや肉体労働向きではなくなりますが? 噂では……」

「ここで押し問答をしたいのなら応えるぞ?」

「ふふふ、私としてはどちらでも良いのです、ではどのような奴隷がお好みです?」

「特に、あいにく性的な奴隷は求めていないがな」

「ふむ……噂とは異なる様子ですね勇者様」

「噂とは得てして作り上げられるものだぞ?」

 

 小さく笑いながら言う。

 

「性別は?」

「男のほうが何かと役に立つが、そこまでこだわらん」

「ふむ……」

 

 奴隷商は頬を掻く。

 

「些か愛玩用にも劣りますがよろしいので?」

「見た目は気にせんが?」

「Lvも低いですよ?」

「結構、必要な戦力を初めから作れれば無駄がない」

「……面白い返答ですな。」

「大金を支払って使えないやつを押し付けられるより良いと思うが。どう思う、奴隷商人?」

「これはしてやられましたな」

 

 クックックと男は笑いを堪えている。

 

 「ではこちらです」

 

 そのまま、檻がずっと続く小屋の中を歩かされること数分。

 動物のような声がしていた区域を抜けると、今度は泣き声のような声がする区域に入る。

 不意に視線を向けると薄汚れた子供や老人の亜人か獣人が檻で暗い顔をしている。

 そしてしばらく歩いた先で男は足を止めた。

 

「ここが勇者様に提供できる最低ラインの奴隷ですな」

 

 そうして指差したのは三つの檻だった。

 一つ目は片腕が変な方向に曲がっているウサギのような耳を生やした男。見た限り20歳前後だろうか。

 二つ目はやせ細り、怯えた目で震えながら咳をする、犬にしては丸みを帯びた耳を生やし、妙に太い尻尾を生やした10歳程の女の子。

 三つ目は妙に殺気を放つ、目が逝っているトカゲのような姿をした生き物だ。人の比率が多めなようだが。

 

「左から遺伝病のラビット種、パニック病を患ったラクーン種、雑種のリザードマンです」

「兎に、狸、そしてトカゲか。お世辞にも良いものとは言えんな」

「ご使命のボーダーを満たせる範囲だとここが限界ですな。これより低くなると、正直……」

 

 チラリと奥のほうに目を向ける奴隷商。

 漂ってくるのは、死臭

 かつて幾度と無く嗅いだ、あの臭い

 それに混ざって腐敗臭もしてきている。

 見ていて楽しい物がないことはよく分かった。

 

「値段の方は?」

「左から銀貨25枚、30枚、40枚となっております」

「Lvは?」

「5、1、8ですね」

 

 単純な戦力を見れば、トカゲ・兎・狸の順番だが。

 

「真ん中の奴隷が安い理由は?」

「ラクーン種と言う見た目が些か悪い種族ゆえ、これがフォクス種なら問題ありでも高値で取引されるのですが」

「ふむ……」

 

 種族間でも差別がある。人間とは本当に傲慢な生き物だな。

 

「顔も基準以下でしかも夜間にパニックを起します故、手を拱いているのです」

「それを俺に紹介したわけか」

「いやはや、痛いところを突きますな」

 

 他二つの奴隷と比べても、労働向きではない。

 レベルも一番低く、即戦力としても期待できそうにない。

 

 その時、狸もといラクーン種の奴隷と目が合う。

 衰弱し切り、何かに追いすがろうとし、助けを求めるような目

 

『アンデルセンッ、アンデルセンッ!』

「っっ!」

 

 その時、あの光景が蘇る。

 

『助けて・・・アンデルセンッ!

 

 助けて・・・先生・・・先生!

 

 お・・・が・・・があ・・・あ、こんな所で・・・』

 

 

『俺は・・・こんな所で死ぬのかっ!

 

 こんな所で ひとりぼっちで死ぬのか・・・!

 

 嫌だ!嫌だ!ひとりぼっちで生まれて・・・ひとりぼっちで死ぬのか・・・

 

 畜生・・・』

 

 

 伸ばされた手を取ることもなく

 かつての教え子が亡者共の波に飲まれていくのを

 アンデルセンは只々見守った

 

 

 それが正しいことだったのか?

 そうでなかったのか?

 神の銃剣であるアンデルセンにとって関係のないことだった

 

 

 だが、目の前にその教え子と同じ目をした少女がいる

 

 

 この世界に主の教えがないとしても

 それをすることを主が望んでおられなくとも

 

 

 アンデルセンにとって 彼女は大主教(マクスウェル)に見えた

 

「…再び私に、手を取れと仰りますか。主よ」

 

 小さな声でそう呟くと、少女のいる檻の前で屈んで覗き込む。

 未だに怯えているようだが、目はこちらを見ていた。

 

「…求めるか?」

「……?」

 

 アンデルセンは少女に問いかけた。

 

「汝は求めるか?自由を それと同じだけの苦痛を 生きながら苦しむその道を求めるか?」

「……」

 

 少女は何も答えない。

 

「お前がどういった人生を送ってきたのか、それは分からん。これからの人生でそれ以上のものが待っていることも無いとは言えん」

 

 だが、とアンデルセンは続ける。

 

「もし手を伸ばすつもりがあるならば 私が隣で共に歩み続けよう」

「!」

 

 少女は驚いたように目を開く。

 

「『求めよ さすれば汝に与えられん』」

 

 真っ直ぐと少女を見返してアンデルセンは手を伸ばした。

 

「…わ、私」

 

 小さな声で、少女は言葉を紡ぐ。

 

「生きたい、生き続けたい!」

 

 はっきりと届いたその声、それは少女の確かな意志

 

(俺も大分甘くなったものだな)

 

 内心で笑いながらアンデルセンはそう思う。

 

 そして少女の伸ばした手を

 

 しっかりと掴み返した。

 



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手を伸ばしたその先に

―奴隷商のテント―

 

「本当によろしいんですか?」

 

 紹介された三体の奴隷のうち、ラクーン種の奴隷を買い取ることを決めたアンデルセン。その決定に奴隷商人は少なくない疑問を持っていた。

 

「この子は自ら求めた。ならば与えるだけだ」

 

 かつて自分が断罪した者と同じ目をした者に救いの手を伸ばす、果たしてそれは贖罪のためなのかそれは自分でも分からなかった。

 昔の自分が見れば、くだらないと一蹴されたかもしれないその行動、それでも

 

「歩み続けるのに理由など必要ない」

 

 彼女を見捨てることは出来なかった。

 

「…ふふふ、それならよろしいのです。やはり貴方は面白い方です」

「なんとでも言え」

 

 やはりこいつは苦手だ。

 檻の中から出された少女に奴隷商は首輪を付ける。

 

「ではこちらに」

 

 奴隷商は元来た道を先導して歩いて行く。

 

「あの…」

 

 首輪を繋いだ少女がこちらを見上げながら声をかけてくる。

 

「……」

「わ、私、できることならどんなことでもします。お役に立てるように頑張ります。だから」

「…名前」

「え?」

 

 一気にまくし立てるように話していた少女を遮ってアンデルセンは問いかける。

 

「まだ名前を聞いていませんでしたね。貴女の名前はなんというのですか?」

 

 先程までの口調とは違い、優しく話しかけてくるアンデルセン。少女の目線に合わせるように屈む。

 

「あ、私は、ラフタリア……コホ、コホ」

 

 少女、ラフタリアがそう答えると、咳をし始める。慌ててラフタリアは口を抑えて咳を止めようとする。

 

「ああ、いけません。無理に止めようとすると体に悪いですよ」

 

 そう言うとラフタリアの背中を擦り始める。

 

「止まるまで我慢せずに咳をしなさい」

「コホ、コホ。あ、ありがとうございます」

 

 背中を擦ったおかげかしばらくして咳は止まった。

 

「では行きましょう」

「はい…」

 

 アンデルセンはラフタリアの手を握り、歩調を遅めにして歩いて行った。

 

 

 

 最初のテントに戻ると奴隷商がニヤニヤと笑いながら待っていた。

 

「いやはや、どうやら噂とは信用ならないものなのは本当のようですな」

「俺は敵対する奴に容赦しないだけだ」

 

 どうやらしっかりと見られていたようだ。

 

「では必要なことを終わらせましょうか」

 

 そう言うと奴隷商はテント内にいた他の人間にあるものを持ってこさせた。

 

「…ぁ」

 

 ラフタリアは小さく声を出し、アンデルセンの手を少し強く握った。

 そこにあったのは、壷。奴隷である彼女が最も見たくないものであった。

 

「さあ勇者様、少量の血をお分けください。そうすれば奴隷登録は終了し、この奴隷は勇者様の物です」

 

 小皿に移したインクを見せながら奴隷商は促す。

 

「……」

 

 アンデルセンは、ラフタリアが握っていない方の手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―武器屋―

 

「アンタ……」

 

 奴隷商の店を後にして、アンデルセンとラフタリアは武器屋に訪れていた。

 アンデルセンが着ていた神父服に身を包んで抱えられているラフタリアを見て、店主は驚愕した。

 

「武器屋にこんなことを頼むのも変だが、黒いローブはあるか」

「……はぁ」

 

 店主は溜息をつく。

 

「何があったかは聞かないぜ。それとローブで良いのか?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 抱えていたラフタリアを近くの椅子に座らせてから、アンデルセンは待つ。

 

「そのお嬢ちゃんのサイズだと、このくらいが丁度いいだろう」

 

 持ってきたローブは確かにラフタリアの大きさにあっているようだ。

 

「うむ、それとしばらく裏を借りたいがいいか?」

「あ、ああ。別に構わないが」

 

 店主の了承を取り付けると、アンデルセンは再びラフタリアを抱えて店の裏へと向かった。

 

 

―30分後―

 

「終わったかい?」

「ああ、感謝する」

 

 出てきたアンデルセンに店主は声をかけた。

 

「それでさっきのお嬢ちゃんは…え?」

 

 抜けた声が出た店主の目線の先には

 

「……ぁぅ…」

 

 アンデルセンに渡したローブを腰の部分でベルトのように絞り込み、首から胸元にかけて白い胸当てのような布があり、黒い頭巾で頭を覆って恥ずかしそうに立つラフタリアがいた。

 

「………」

 

 清楚を思わせるその姿に店主は言葉を失ってしまった。

 

「はっ!な、何だよその衣装!?もしかして、アンタが作ったのか?!」

「修道服というものだ、俺のいた世界の聖職者が身に着けていた服だ」

 

 懐かしいものだ、任務で敗れたりした服を何故か由美江は俺のところに持ってきていた。修繕を繰り返し続けて、いつの間にか構造の大体を把握してしまっていた。

 

「…アンタって本当に噂と違うんだな。殴ろうとして悪かったよ」

「いやいや、あの時は説明しなかった俺の方にも問題があったからな。気にするな」

 

 笑いながらアンデルセンはそう答えた。

 

「うぅー、恥ずかしいですよこの格好」

「服を売っている店がどこにあるのか、お互い知らなかったのだから仕方ないだろう。只のローブを着せるのも味がないしな」

「そんな理由で…」

「それにだ」

 

 アンデルセンはラフタリアの頭を撫でながら続ける。

 

「この格好なら、頭の耳も見えないだろう?」

「…うぅぅぅぅぅぅ、確かにそうですけど」

 

 顔を赤らめながらラフタリアは撫でられ続けた。

 

「んで、その子と一緒に冒険に出るのか?」

「…そのことだがな」

 

 アンデルセンは屈んでラフタリアに顔を向ける。

 

「先程も聞いたが、本当に良いんだな?お前は」

「…はい」

「はっきり言って手加減をするつもりはない。残り三週間程度しかないからな、かなりきつくするぞ。それでも」

「アンデルセン様」

 

 ラフタリアがアンデルセンの言葉を遮る。

 

「私は貴方に助けられました、私も貴方の助けになりたい。そのためならどんなことでもします、その言葉に嘘偽りはありません」

 

 笑いながら目の前の少女ははっきりと言う。

 

「…後悔はしないな?」

「もちろんです」

 

 …かなわんな、この子には

 

「と、言うわけだ店主」

「何が『と、言うわけだ』なのかは知らないが、武器が必要なのは分かった。何がいい?」

 

 深くは問い正さず、店主は要望を聞いてくる。

 

「純銀製の武器はあるか?」

「あるにはあるが、かなり値が張るぞ」

「具体的には」

「大体銀貨350枚からだな、それでも短剣ならだが」

「長剣になるとどれほどだ?」

「500枚は下らないな」

 

 銀というのはどこでも高級金属のようで、特に純銀ともなれば値段も青天井だ。

 

「だがアンタに迷惑をかけた分と、これからの期待を込めて400枚で売ってやろう」

「…いいのか」

「気にすんな」

 

 周りの人間に助けられるとは、悪い気はしないものだ。

 

「ではそいつを一本貰おう」

「金の方は大丈夫なのか?」

「問題ない、払っても銀貨50枚は残る」

「たった一週間で随分と儲けたな、アンタ」

 

 魔物をこれでもかと狩り続け、目についた薬草と一緒に売る。この方法は意外と資金が貯まるものだった。

 

「じゃあこいつだ、アンタはたしか持てなかったな」

「ああ、ラフタリアに渡してくれ」

「じゃあお嬢ちゃん、こいつがこれからアンタの剣になる」

「はい、ありがとうございます」

 

 店主がラフタリアに剣を渡す。

 ゴトン、という音がして剣が下に落ちる。

 

「お、重いです…」

「だろうな、短剣ならともかくいきなり長剣は」

「い、いえ。このくらい持てないとダメです!」

 

 一生懸命に純銀の剣を持ち上げようとするラフタリア。

 

「そういうものなのか?」

「…いや、訓練で使えるようになれると思うが、今すぐ持てなくても問題ないぞ」

「えぇー…」

 

 気が抜けてしまったようにラフタリアは座り込んでしまった。

 

「そのまま掴んでいればいい、ラフタリアごと運んでいこう」

「そ、そんな!悪いですよアンデルセン様」

 

 そんな風に言うラフタリアだがそんなこと知らんと言わんばかりに、四苦八苦していた彼女を軽く持ち上げるとアンデルセンは出口へと向かった。

 

「…また寄らせてもらうぞ、店主」

「おう、待ってるぜ。盾の勇者様」

 

 そんな会話をしてアンデルセン達は武器屋を後にした。

 

 

 

―草原―

 

「生憎と今の俺は野宿していてな、しばらくはこの辺りが主な活動地域となる」

「野宿、ですか。大変そうですね」

 

 武器屋を後にした二人は、そのままアンデルセンが野宿している草原へとやって来ていた。

 

「必要な物は街で手に入れられるからな、そこまで不自由はない」

 

 あの連中が断罪ごっこなんぞをしなかったとしても、もしかしたらこうなっていたかもしれないとアンデルセンは話す。

 

「それで、最初は何から始めるんですか?」

 

 ラフタリアが今後の予定を聞いてくる。

 

「まずは今日手にした剣を、まともに使えるようにする必要がある。その前に」

 

 アンデルセンは服の中から一冊の本を取り出す。

 

「それは?」

「これは聖書だ。キリスト教徒にとって最も大事なものだ」

 

 聖書を開いて、アンデルセンはおいてある純銀製の剣の前に立つ。

 

「『聖父(ちち)聖子()聖霊(せいれい)御名(みな)によりて。汝を洗わん』」

 

 ほのかに輝き始める聖書、それに同調するように剣も光り始める。

 

「わぁ…」

 

 ラフタリアが感嘆の声を上げる。

 光終わると、アンデルセンは剣を拾い上げた。

 

「え…?」

「ふむ、重さは十分、これならばそこまで時間は掛からなさそうだな」

「あの、盾以外は使えないって言っていませんでしたっけ?」

 

 ラフタリアが恐る恐るといった感じで聞いてくる。

 

「この祝福儀礼を施した武器だけは特別に使えるようだ」

 

 アンデルセンが剣を鞘から出しながら言う。

 

「こいつに祝福儀礼を施したことで、以前より化物(フリークス)を切りやすくなる。少ない力でも戦えるようになるだろう」

「フリークス?」

「我々が打ち倒さなければいけない化け物共のことだ」

 

 突然茂みの方から何かが飛び出てくる。

 

「ふん」

 

 剣を一振りすると、真っ二つにされたレッドバルーンがその場に落ちる。

 

「少なくともこれくらいは出来る様になってもらう」

「が、頑張ります!」

 

 元気よくラフタリアは返事した。

 

 そうして、約三週間の修行が始まった。



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祝福の洗礼

―三週間後―

 

―城外の森―

 

「ハッ!!」

 

 黒い頭巾を揺らしながら、少女が剣を振るう。

 目の前にいたレッドバルーンが切り刻まれて息絶える。

 

「ヤッ!!」

 

 左手を軸にして回りながら後ろを向き、更に二匹を切る。

 

「!!」

 

 茂みの中から出てきたレッドバルーンを跳んで回避する。

 

「イヤァ!!」

 

 そのまま剣を下にして、突き刺してから下に降りる。

 

「よっと、少し危なかったですね」

 

 剣を引き抜き鞘に戻す。

 

「今回はレッドバルーンが四体ですね。さっきウサピル(兎のような魔物)も三体狩ったので、悪くはありません」

 

 犬の耳を更に丸くしたような耳を持つ少女、

 ラフタリアはゴソゴソと修道服の中にある袋にバルーン風船を入れていく。

 

 

 

 あの後、アンデルセンはラフタリアに詳しい話をして、三週間の修行を始めた。

 剣を持てるだけの体力、筋力、振り回し続けられるだけの持久力

 最初に会った時にしていた、咳を止めるための運動と薬の摂取

 そして奴隷商が言っていた

 

『助けて…お父さん…お母さん…!』

 

 夜に起こすパニックを克服すること、だった。

 

 アンデルセンは詳しく聞くことはなかった。

 この世界は一度波に見舞われている。

 町中を見れば、負傷した者たちや孤児と思われる子どもたちが多く目に留まる。

 ラフタリアもそんな子どもたちの一人なのだろう。

 孤児院にも務めていたアンデルセンには見慣れた光景でもあったし、

 本人が話したがらないことを無理に聞くことはしなかった。

 

 寝ている間に不定期にやってくるそれは最初の一週間ずっと続いた。

 眠りにつこうとした時

 ぐっすりと眠っている時

 もうすぐ日が昇ろうとしている時

 ラフタリアはアンデルセンに迷惑をかけてしまっていることが心苦しかった。

 そういったことが5日続いて、思い切って言ってみた。

 

『今夜から、離れて眠りませんか?』

 

 これ以上迷惑をかけてしまうと、自分は捨てられてしまうかもしれない。

 そういった恐怖から少しでも聞こえない距離で眠ることを提案した。

 

 だが彼は

 

『子どもが不必要に気を張らなくなくてもいい。何も心配することはないからな』

 

 微笑みながらそう答えてくれた。

 

 そして、7日目にそれは起きなくなっていた。

 あれほど怖かった夜は、誰かが隣にいてくれるだけで安心して眠れる時間になっていた。

 

 咳の方も、アンデルセンが採ってきた薬草や街で買ってきた薬などで大分落ち着かせることができていた。

 

 剣も大分上達して、一人で複数の魔物を相手にしても倒せるようになった。

 

 

 

 

 

「今日も調子がいいようだな、ラフタリア」

「あ、アンデルセン様!はい、結構な数の魔物を倒しました!」

 

 袋をアンデルセンに見せながら報告する。

 

「それは良かった。それよりラフタリア、今から少し話がしたいのだがいいか?」

「…はい、大丈夫ですよ!」

 

 一瞬だけ言いよどんでしまうラフタリア。何の話をしてしまうのかがなんとなく分かってしまったからだ。

 

「…単刀直入に言おう

 

 

 

 

 

 

 

 お前との関係を終わらせようと思っている」

 

「っ……」

 

 それは突然の宣告。

 

「…理由を聞いても、よろしいですか」

 

 叫びたい気持ちを抑えてラフタリアは聞く。

 

「元々、お前を仲間にしたのは下心のある理由からだった。ただ単に戦力がほしい、この世界の情報を手に入れたい。お世辞にも人に言える内容じゃない」

「この世界では、それが常識ですよ」

「だとしても俺が気に入らん。あと数日で波がやってくる、お前が俺のくだらない理由で死んでしまうのは我慢ができない。お前ならば、一人でもやっていける」

 

 いつもの無表情でアンデルセンは言った。

 

「…貴方にとって、私は謂わば『異教徒』なんですよね?」

「!どこでそれを」

「聞いてしまったんです、私。この世界には貴方が信じる神を信仰する者達はいないって」

 

 発作が起きてアンデルセンの隣で眠ろうとしていた彼女の耳に入ってきた言葉。

 

『この異教徒しかいない世界で、私は何をすれば良いのですか。主を信望せぬ者達を私に救えと仰られるのですか』

 

「…ならば尚更、俺のそばにいないほうがいい」

「どうして、ですか」

「俺は狂信者だ。ただ伏して御主に許しを請い、ただ伏して御主の敵を打ち倒す者。それが俺たちだ」

 

 死都倫敦にて吸血鬼共に吐いた台詞を、同じように繰り返す。

 

「お前も同じになるのか?俺は地獄へ行く、それが決まっている人間だ。そんな人間の後を追って、お前まで狂信者になるのか?俺は、お前にそうなって欲しくはないのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝手なことを、言ってくれますね」

 

 ラフタリアは声を震わせながら話し始める。

 

「私は魔物たちに、お父さんとお母さんを奪われてしまいました。

 その後すぐにあの奴隷商人のところに売られて、夜パニックを起こせば無理やり止められる、そんな生活を送っていました。

 ああ、私はこのまま死んでしまうんだ。そう諦めかけていた時に、貴方に出会いました」

 

「顔も良くなく、大して力もない、愛玩用の奴隷にすらなれないそんな私に、貴方は手を伸ばしてくれました。

 何もなかった私に、最後の希望を与えてくれた。

 私はもう、失いたくない…!」

 

「わがままなのは良く分かっています。貴方がそれを望んでいないことも。

 でも、それでも、私は

 貴方の隣を一緒に歩み続けたい!

 貴方がどんな人だったとしても、私は付いて生きたい!

 貴方の進む道を、この目で見てみたい!だから…!」

 

 涙を流しながら、それでもアンデルセンをしっかりと見続けた。

 

「私が、貴方と同じ場所へ行くことを許して下さい

 貴方の隣で歩み続けることを許して下さい

 私に、希望を与えてください」

 

 

 

 

 

「…馬鹿だよおまえ」

 

 アンデルセンはラフタリアを強く抱きしめる。

 

「…大馬鹿野郎」

「…はい、そうですね。私はきっと、大馬鹿野郎です」

 

 ラフタリアは強く抱き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか」

「はい、みっともないところを見せてしまいましたね」

「…すまなかったな、お前の気持ちも考えないで」

「私のためだったんでしょう?それはとても嬉しいことですよ」

 

 本当に強くなったものだ、ラフタリアは

 

「それで、頼みたいことがあるんですけど。大丈夫ですか?」

「出来る範囲だったらな」

「はい

 

 

 

 

 

 

 

 

 私をカトリックにしてくれませんか?」

「それは…」

「この世界に貴方が信じる神の教えが行き届いていないのなら、広めていきましょう。私は貴方に助けられた。つまり貴方の神に助けられたといえませんか?」

「その通りだな、だがいいのか?」

「私自身の考えです。私がなりたいんです」

「そうか、それなら早速するか」

「はい」

 

 アンデルセンとラフタリアは川のある方向へと向かった。

 

 

―川―

 

 水差しに水を入れたアンデルセンの前に、彼から貰ったロザリオを握り祈りを捧げる姿で座るラフタリア。

 

「今から行うのは『洗礼』というものだ。キリスト教徒になるための一番初めの儀式だ。これを終えると、お前はキリスト教徒だ。」

「大丈夫です、準備はできています」

「では始めよう」

 

 ラフタリアの頭の上に水差しを持って行き、中の水を掛ける。

 

「『聖父(ちち)聖子()聖霊(せいれい)御名(みな)によりて。汝を洗わん』」

 

 洗礼の言葉をかけながら、水差しの中身を全て掛けた。

 

「汝に主のお導きのあらんことを。AMEN」

「…AMEN」

 

 これが、彼の本当の仲間と新たなキリスト教徒が、遠き異世界にて生まれることとなった瞬間である。

 



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邂逅

 前回が少し短かったので本日は二回投稿いたします。


―翌日―

 

 洗礼を終え、翌日二人はもう間もなく訪れる波のことを確認するために城下町へと赴いていた。

 

「街全体がなんだかピリピリしているようですね」

「前回の波がどれ程のものだったかは知らんが、見る限り大損害だったようだな」

 

 準備期間が僅か一ヶ月しか無いのでは、前回の波の損害を埋めることも難しいだろう。故に勇者に掛かる期待は大きいものである。

 

「とはいっても、どうしましょうか?私も波のことについては神父様にお話することがないくらい、詳しくないんですよね」

 

 洗礼の後から、ラフタリアはアンデルセンのことを『神父様』と呼び始めた。

 

「ならば知っている人間に聞けばよい話だ」

「心当たりが?」

「ある」

 

 そう言ってアンデルセンはある店を目指して大通りを歩き始めた。

 

 

―武器屋―

 

「あー、そういえばこちらの店長さんがいましたね」

「この街に住んでいるのだから、波のことも詳しいだろう」

 

 そう言って二人は中へと入っていった。

 

「いらっしゃい、ってアンタ達か。久しぶりだな!」

「お久しぶりです、店長さん」

「久しぶりだな」

 

 お互いに挨拶をし合う。

 

「んで、今日はどうした」

「もうすぐ波がやってくると思うんだが、生憎と詳しいことを教えてもらっていなくてな。詳しいことを知っていたら教えて欲しいんだが」

「なんだ、そんなことか。いいぜ、教えてやる」

 

 笑いながら店主は説明を始めた。

 

「広場の近くに大きな時計塔があるのは知っているか?」

「確か、城下町の端の方にあったと思いますが」

「それは『龍刻の砂時計』ていうんだ。勇者ってのは砂時計が落ちたとき、一緒に戦う仲間と共に厄災の波が起こった場所に飛ばされるらしいぜ」

「何とも便利なものだな」

 

 ココらへんの情報は事前に通達されるものだろうが、当然そんな情報は聞いていない。

 

「露骨に無視しているな、あの連中」

「ひどい話ですね、人の命とどちらが大事なのでしょうか?」

 

 いなくてもなんとかなると思っているのかもしれないな。

 

「何時ごろか分からないなら、見に行ってみれば良いんじゃないか?」

「そのほうが事前準備もしっかりと出来そうですね」

 

 詳しい時間がわかれば後はなんとでもなるだろう。

 

「では、また来る」

「おう、頑張ってくれよ!」

「失礼しました」

 

 礼を言って二人は教えられた龍刻の砂時計へと向かった。

 

 

―龍刻の砂時計―

 

 城下町の中で比較的高いところに位置する『龍刻の砂時計』、遠目からでも大きいことが分かったが、近くで見ればその大きさに圧倒された。

 バチカンの大聖堂を小さくして、その上に時計塔を足したような建物、正面の扉は開かれていて中から人が頻繁に出入りしている。

 受付にいる修道服のようなものに身を包んだ女性がこちらを見るなり怪訝な目をした。顔は知れ渡っているようだ。

 

「盾の勇者様ですね」

「『龍刻の砂時計』の確認に来た」

「ではこちらへ」

 

 そして案内されたのは、巨大な砂時計だった。

 赤い砂が少しずつ落ちていき、もうすぐ落ち切るのが感覚的に分かる。

 盾から音が聞こえ、一本の光りが龍刻の砂時計の中央にある宝石に届く。

 すると視界の隅に時計が現れた。

 

『20:12』

 

 しばらくすると『20:11』となった。

 

「つまりあと20時間と少しか」

「あまり余裕はありませんね」

 

 一日の猶予もないが、出来ることがないわけでもない。装備の点検に薬等の確認、今からでもしっかりとした準備ができる。

 

「ん? そこにいるのはアンデルセンじゃねえか?」

 

 一ヶ月ぶりとなる声が奥のほうから聞こえて来た。

 見ると女を多く連れた槍の勇者、キタムラが悠々と歩いて来る。

 

「おやおや、一ヶ月ぶりだなキタムラ。その後もあまり変わってはいないようだな」

「ああ、お前も波に備えて来たのか?」

 

 相手を見下す目でこちらを見てくる。その程度で勝ったつもりのようだ。

 

「呼ばれてから一ヶ月だからな、何が起こるのかの確認は必要だ」

「ははは、お前でもそのくらいは分かるか。て言うか、一ヶ月前とおんなじ装備で戦っているのか?」

 

 どうやら神父服を装備と勘違いしているようだ。

 

「そういうお前はこの一ヶ月で随分といいものを着込んでいるようだな」

 

 鉄とは違う。銀のように輝く鎧で身を固め、その下には綺麗な新緑色の服を着ている。ご丁寧に鎧の間にくさりかたびらを着込み、防御を徹底的にしている。

 持っている伝説の槍は最初に会った時の頼り無さそうな槍ではなく、見ただけで攻撃力があるのが分かる矛になっていた。

 

「当たり前だ、お前と違って俺は優秀だからな」

「ハハハ、違い有るまい。せいぜい負けないよう、気をつけておくとしよう」

 

 相手のことを全く考えないで話をすすめるこいつに嫌味を言ってみる。

 

「何よその態度、モトヤス様が話しかけているのよ!」

 

 喧しい声で、かつての仲間だったマインが話しかけてくる。

 

「おや、てっきり男が怖くなって引っ込んでいるものばかりと思ったが。どうやら元気のようで何よりだ、マイン嬢?」

 

 強姦されかけたと主張していたのに、何とも手の早い女だ。

 

「神父様、こちらの方たちは?」

「ああ、そう言えば初対面だったな。前に話しただろう、槍の勇者とその仲間だ」

「ああ、あの方達ですか」

 

 納得したというふうにラフタリアが答えると

 

「あ、元康さんと……アンデルセンさん」

「……」

 

 取り繕ったような声を出したカワスミと、格好つけているような歩き方をするアマギもやって来た。

 

「こちらも久しぶりの再開だな、カワスミにアマギ」

 

 勇者とその仲間の合計17人が勢揃いする。

 

「誰だその子。すっごく可愛いな」

 

 キタムラがラフタリアを指差して聞いてくる。

 

「お初にお目にかかります。盾の勇者様ことアンデルセン様と共に行動させていただいております、ラフタリアと申します。以後お見知りおき下さい」

 

 会釈しながら挨拶をするラフタリア。

 

「始めましてお嬢さん。俺は異世界から召喚されし四人の勇者の一人、北村元康と言います。以後お見知りおきを」

「ご丁寧にありがとうございます、キタムラ・モトヤス様」

 

 丁寧な返しだが、頭を下げ返した時ほんの一瞬顔が歪んだのをアンデルセンは見逃さなかった。

 

(これだけ女を侍らしているのだ、異性として思うところはあるか)

 

 だがどんな時でも顔の形を変えるのは我慢しなければならないことだ。波が終わったら重点的に教えよう。

 

「それと大変失礼なのですが、いま来られたそちらのお二方も勇者様でしょうか?」

「ええ、僕は弓の勇者の川澄樹と言います」

「俺は剣の勇者の天木錬だ」

「カワスミ・イツキ様にアマギ・レン様ですね。どうぞよろしくお願いいたします」

 

 受け答えは完璧といったところだろう。訓練したかいがあるというものだ。

 

 気が付くとキタムラが怪訝な目で見ている。

 

「どうかしたのか」

「お前、こんな可愛い子を何処で勧誘したんだよ」

 

 どうやらラフタリアを何処で手に入れたのか気になっているようだ。

 

「お前はまだ女を囲わなければ気がすまないのか?そんなことしているとまた刺されるぞ」

「関係ねえだろう。てっきりお前は一人で参戦すると思っていたのに……ラフタリアお嬢さんの優しさに甘えているんだな」

「そう見えるのなら、それで構わん」

 

 こいつの人を見る目の無さは、前の世界もこちらの世界も変わっていないようだ。

 

「そろそろ御暇させてもらう、明日の波に向けて準備もせねばならんからな」

 

 これ以上ここにいても言い合いになりそうなので切り上げることにした。

 

「波で会いましょう」

「足手まといになるなよ」

 

 当たり障りのない返事をするカワスミと、挑発的な声をかけてくるアマギの横を通って外へと向かう。

 

「それでは皆様、また明日お会いいたしましょう」

 

 軽く会釈をしてラフタリアも外へと向かった。

 

 

 

―城下町―

 

「ラフタリア」

「なんですか神父様?」

「頬が引きつっているぞ」

「…お気になさらないで下さい」

 

 龍刻の砂時計を後にして城下町を歩いている間、ラフタリアの頬は引きつったままだった。

 

「勇者というのは初対面の異性に色目を使ってきたり、他人を貶す方達だったのですね。一つ勉強になりました。ええ、勉強になりましたよ!」

「俺も勇者なのだが?」

「神父様は違います!」

 

 事前に話をしていたとは言え、実際見てみるとよりひどいということは多々ある。

 

「あんな方達と一緒に戦うと思うと、今から気が重いですね」

「それも含めて明日のことを考えんと如何な」

 

 波というものがどのように発生して、どうすれば止まるのか全くと言っていいほど把握していない。

 あの三人はおそらく止め方を知っているだろうから、今回は任せても問題無いだろう。

 

「――化物(フリークス)はこちらで多く倒せるように、な」

 

 いよいよ始まる、波。

 

 彼らにとってそれは、どういった意味を孕むのだろうか

 

 



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黒き波

―翌日―

 

―城下町―

 

 視界に入っている数字は『00:17』

 つまり、後17分でこの世界にきて初めての『波』が訪れる。

 城下町ではすでに準備が終了しているようで、騎士団と冒険者は出撃体制を整えており、住民は家の中に避難していた。

 

「……」

 

 左腰につけている剣を握りしめながらラフタリアはアンデルセンとともに待っていた。

 

「怖いか?」

 

 少しだけ震えている彼女に声をかける。

 

「…大丈夫です」

 

 深呼吸をして緊張をほぐす。

 

「前に、私の身の上の話をしましたよね?」

「…魔物に両親が襲われたと言っていたな」

「そうです、今から一ヶ月前の最初の波で」

 

 そう言って彼女は波が到来する前のことを話し始めた。

 

「私はこの国の辺境、海のある街から少し離れた農村部にある亜人の村で育ちました。この国は人間至上主義を掲げていて、お世辞にも良い生活を送っていたとはいえませんでした」

 

「それでもお父さんとお母さん、そして私の三人で暮らしていました。…あの波が発生するまでは」

 

 ラフタリアの住んでいた村に、波で発生した大量の魔物が現れた。冒険者も必死に戦ったが、それを上回る魔物の数とたった一匹の三頭犬の魔物に蹂躙された。

 彼女の家族は必死になって逃げたが、崖の上に追い込まれる。 

 その時彼女の両親は彼女にこう言った。

 

「ラフタリア……これから、お前はきっと大変な状況になると思う。もしかしたら死んでしまうかもしれない」

「でもね。ラフタリア、それでも私達は、アナタに生きていて貰いたいの……だから、私達のワガママを許して」

 

「いやぁ! お父さん! お母さん!」

 

 ドン!

 

 気がつけば、ラフタリアは崖の上から海へ落ちていた。両親の『生きて欲しい』という願い、二人はラフタリアを海へと突き落とした。

 そして、両親が魔物たちに襲われる瞬間をこの目で見ていた。

 

 近くの浜に流れ着き彼女は両親と最後にいた崖へと戻ってきた。

 夥しい血の跡、かろうじて肉片と分かるそれは、彼女の両親がこの世にもういないことを示していた。

 

「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 

 

 

「気付いたら、私はあの奴隷商人のテントにいました。それまで自分が何をしていたのか、ほとんど覚えていませんでした。多分人さらいに売られたのではと思っています」

「……」

「それからは、まさに地獄のような日々でした。誰かに売られては払い戻されの繰り返し、神父様に出会う前の人なんて私を鞭打って楽しむような人でした」

 

 それに加えて毎晩のように絶叫する、正直に言ってここにいることが奇跡だった。

 

「私は神父様に出会えて幸せです、本心からそう言えます。お父さんとお母さんを奪っていった波を許せない、そんな理由で私はここに立っているのかもしれません」

「それを否定できる奴は、心が貧しいのだろうな」

「進み続けてみます、生き残ってしまった私が出来る唯一のことだと思いますから」

 

 微笑んで彼女は言った。

 

「…来るぞ」

 

 数字は『00:00』を示し、いよいよその時がきた。

 

 

 

 

 先程までと違う場所、空には大きな亀裂が走り、まるで葡萄酒のように赤く染まっていた。

 

「ここは…?」

 

 ラフタリアが呟く。すると三つの影が飛び出す、他の勇者たちだ。ついで仲間たちが追っていく。

 アンデルセンは素早く周りの地形を確認する。

 

「城外の、リユート村近辺のようだな」

「リユート村は農村部の村で、多くの住民が住んでいます!」

「避難の状況はどうなっている」

「波は何処で発生するか把握出来無いらしく、事前に避難することは不可能のはずです!」

「チッ」

 

 つまり住民は丸々残っているというわけだ。

 

「あ、神父様!」

 

 ラフタリアが叫び指をさす。見ると先ほどの勇者たちが何処かへと向かっている。

 

「放っておけ」

「しかし!」

「あいつらは確かにガキだが、こんな時に隣町まで装備を買いに行くような間抜けではない」

 

 おそらくこの波を止める方法を知っているのだろう。時間が惜しい今、一々確認している暇はない。

 

「村へ向かうぞ」

「はい!」

 

 二人は魔物が向かっているリユート村へと向かった。

 

 

 

 

 

―リユート村―

 

 到着して目に入ってきたのは、この村に駐屯していたであろう騎士と冒険者が必死に魔物どもを抑えているところだった。

 

「ラフタリア!お前は住民の避難を優先して行え!」

「分かりました、お気を付けて!」

 

 ラフタリアは村の中へと走り去っていった。

 アンデルセンは魔物たちが群がっている方へと目を向ける。

 

「キィィィィィィィィィィィィイ!!」

 

 銃剣(バイオネット)を抜き、一気に飛びかかる。イナゴに似た魔物を二体切り裂くと、からだを回転させて周りにいた数体の魔物も切る。

 

「ゆ、勇者様?」

「お前らは下がれ!体制を建て直してから戻ってこい!」

 

 疲労困憊と言った感じの男たちに怒鳴りつける。

 

「は、はい!」

 

 ついでと言わんばかりに対して怪我を負っていない奴まで下がるが、アンデルセンに取ってはどうでもいいことだった。

 

「我らは神の代理人、神罰の地上代行者。我らが使命は我が神に逆らう愚者を その肉の最後の一片までも絶滅すること…AMEN」

 

 銃剣(バイオネット)を正十字に重ねてアンデルセンは魔物たちに突っ込んでいった。

 

 

 

 そこには、蹂躙というのもおこがましい光景が広がっていた。

 アンデルセンが銃剣を振り回せば、多くの魔物が切り伏せられ、飛びかかろうとすると串刺しになる。

 

「おおおおお!爆導鎖!」

 

 鎖に付いた銃剣が魔物に突き刺さると、突如として爆発していく。阿鼻叫喚の地獄とはこのことを言うのだろうか。

 

「生憎と出し惜しみするつもりはない、貴様らは皆殺しだ」

 

 そんな時であった。

 

「た、助け――!!」

 

 後ろの方から叫び声が聞こえてくる。どうやら何体かの魔物が後ろに回りこんで、住民を襲っているようだ。

 アンデルセンは特に慌てることはなかった。何故なら――

 

「ヤァッ!!」

 

 住民の避難を担当していたラフタリアが、今まさに住民を爪で切り裂こうとしていた魔物を斬り倒した。

 

「大丈夫ですか?早くこちらへ」

「……あ、ありがとう」

 

 なんとか立ち上がりラフタリアの支持で家族と一緒に避難していく。

 

「きゃああああああああああああああああ!」

 

 絹を裂くような悲鳴が響き渡る。

 逃げ遅れたであろう女性に魔物が群れをなして近づいていた。

 

「舐めるなぁ!!」

 

 服の袖から銃剣を出し、投げナイフの要領で投げていく。

 次々と魔物の頭に刺さり、残っていた魔物もアンデルセンは斬り伏せた。

 そこに頭上から火の雨が降り注ぐ。

 どうやら到着した騎士団が魔法とやらを使っているようだ。

 まだ自分が魔物たちの中心にいるがお構い無しだ。

 

「温いわ!!」

 

 切り裂きながら火の範囲外まで移動する。

 昆虫のような見た目をした魔物が次々と燃えていく。効果覿面だ。

 アンデルセンは防衛戦の内側へと戻り、燃え盛る魔物どもを見下す。

 

「ふん、盾の勇者か……頑丈な奴だな」

 

 誤射ではなくやはりわざと巻き込んだようで、悪びれもせず騎士団の隊長らしき奴は言った。

 

「神父様、住民の避難が完了しました」

「思ったより早かったな」

「皆さん事前に準備していらしたようです。それより大丈夫でしたか?魔法攻撃を受けていたようですが」

「ん?そうだったかな、生憎そんな小さなことを気にしている時間はなかったからな」

 

 お前らの攻撃なんぞ大したことなかった、と言外にそう言うと隊長らしき男が顔を真っ赤にする。

 

「貴様、盾の分際で!」

「おや、あれは誤射だったと思うのですが。違うのですか」

 

 軽蔑の目を向けてラフタリアも言う。

 

「盾の勇者の仲間か?」

「お初にお目にかかります。神父様、もといアンデルセン様の従者をさせていただいております。それと先ほど『盾の分際で』とおっしゃっていましたが、そのような無礼は見逃すことが出来ませんね」

「……亜人風情が騎士団に逆らうとでも言うつもりか?」

「倒すべきは魔物のはず、あろうことか味方を巻き込んで魔法を使うとは常識を疑いますね」

「五体満足なのだから良いじゃないか」

「それを家族や家、財産を失った民の前で言えるのなら、大したものですがね」

 

 敵意を剥き出しにして、らしくない言い合いをするラフタリア。家族を失った身としては、今の発言は受け入れられないものだろう。

 

「そこまでだラフタリア」

「っ、失礼致しました」

 

 アンデルセンが静止するとおとなしく従う。

 

「くだらん言い争いなんぞに一々反応する必要もない」

「な、貴様――」

「化け物共が目の前にいるのに無駄話を続けて国を滅ぼしたいのなら勝手にやってろ」

 

 アンデルセン憎しで動くのは勝手だが最低限のことをしないのなら只の無能だ。

 

「犯罪者の勇者が何をほざく」

「ほう、お前たちは俺とともに戦うのがそんなに嫌か。ならばここを任せても大丈夫だな?」

 

 後ろを見れば、先ほどの魔法をくぐり抜けてきた魔物たちがアンデルセンに襲いかかる。

 その全てを銃剣で斬っていくアンデルセンに騎士団は恐怖を覚えた。

 

「ラフタリア、住民の避難が本当に完了したか確認してこい。取り残されている奴がいると厄介だ」

「分かりました、神父様は?」

「俺はこいつらを相手しておこう」

 

 次々と防衛戦を乗り越えてくる魔物を見据えてアンデルセンは銃剣を構える。

 

「ではまた後でお会いいたしましょう!」

「ああ、気をつけろよ」

 

 そして再び蹂躙が始まった。

 

 

 

 

 しばらくして、最後の確認から戻ってきたラフタリアと、騎士団の連中とともにアンデルセンは攻勢に転じた。

 アンデルセンが道を作りラフタリアが広げ、周りの魔物を騎士団が倒すといった風に役割は別れた。

 そうして、数時間後に空の亀裂は閉じた。

 

「ま、こんな所だろ」

「そうだな、今回のボスは楽勝だったな」

「ええ、これなら次の波も余裕ですね」

 

 波の最前線で戦っていたらしい勇者たちは、一際大きい魔物を前で談笑していた。

 

「なるほど、あのように中心となる魔物を倒せばその時の波は収まるのですね」

「わかりやすいことで」

 

 

 

「よくやった勇者諸君、今回の波を乗り越えた勇者一行に王様は宴の準備ができているとの事だ。報酬も与えるので来て欲しい」

 

 どうも毎回波の後に宴会が開かれるようだ。そして報酬の受け渡しも王城で直々に行われるそうな。

 

「どうされますか、神父様?」

「いかんわけにはいくまい、面倒だがな」

 

 はっきり言ってしまえば報酬がなかったとしてもやっていけるのだが、理由をつけて面倒を起こされるのも腹が立つ。

 

「あ、あの……」

 

 その時、防衛していたリユート村の住民が話しかけてきた。

 

「何だ?」

「ありがとうございました。あなたが居なかったら、みんな助かっていなかったと思います」

「するべき事をしたまでだ、褒められるようなことではない」

「いいえ」

 

 話しかけてきた住民と別の住民が話しかける。

 

「あなたが居たから、私たちはこうして生き残る事が出来たんです」

「それで構わないのなら、そう思っていて構わん」

「「「はい!」」」

 

 住民たちは頭を下げて村へと帰っていった。

 

「…嬉しいものですね、人から感謝されるということは」

「…だな」

 

 アンデルセンとラフタリアは王城へと向かうことにした。

 

 

 

 

―王城―

 

「いやあ! さすが勇者だ。前回の被害とは雲泥の差にワシも驚きを隠せんぞ!」

 

 日もどっぷりと落ち、あたりは暗くなりすでに夜になっていた。

 王城で開かれた宴会で国王は高らかに宣言した。

 今回の損害は、準備が何もできていなかった前回に比べて大幅に少なくなり、死者数も一桁に抑えられたらしい。

 

「何と言うか、釈然としませんね。頑張っていたのは騎士団の皆さんや冒険者の方達も同じなのに」

「わかりやすい偶像があるからな、そいつらがどれほど頑張っていようと殆どが奴らの手柄に早変わりだ」

 

 そもそも連中に騎士団や冒険者と共同戦線を張るという考えがあったのだろか。疑問はそこからだ。

 波については、案の定ヘルプに記載されていた。

 

『 波での戦いについて』

 砂時計による召集時、事前に準備を行えば登録した人員を同時に転送することが可能です

 

 この内容は勇者の仲間に限定してはいないので、騎士団だろうが冒険者だろうが一緒に転送できるはずだ。

 

「連中にとって一番気になっていることは、どうやって目立つかだろうからな。言うだけ無駄だぞ」

「そうかもしれませんが…」

 

 納得しない様子でラフタリアは呟く。

 

「しかし、すごい料理ですね」

 

 机の上に並んだ数多くの料理、いかに勇者に期待していたかが分かる。

 そんな風にすごしていると、見ただけで怒り心頭なのが分かる形相でキタムラがこちらに向かってくる。

 

「おい! アンデルセン!」

「そんな大声出して、どうした」

 

 手袋を片側だけ外してアンデルセンに投げつける。

 

(…ほう?)

 

 決闘を意味するその行為、どうもかなり頭にきているようだ。

 

「決闘だ!」

 

 その言葉に周りがざわめいた。

 

「いきなり何を言い出すんだ、お前は」

 

 少々呆れたように見せる。

 

「聞いたぞ! お前と一緒に居るラフタリアちゃんは奴隷なんだってな!」

 

 声を荒げてアンデルセンを糾弾する。

 

「……」

 

 そこには無表情になってしまっているラフタリアがいた。

 

「例えそうだったとしてだ、お前になんの関係がある?」

「お前、本気で言ってんのか!」

「是非教えてもらいたいものだな」

 

 どこから聞いたのか分からないが、正義感が我慢できなかったらしい。

 

「ラフタリアが奴隷だと、なにか不都合なことがあるのか?」

「人は……人を隷属させるもんじゃない! まして俺達異世界人である勇者はそんな真似は許されないんだ!」

「くははは、まさか大量の女を侍らせている貴様の口からそんなご高説が聞けるとはな」

 

 見聞ならばどちらもいい勝負だろうに。

 

「この世界では許されているのだぞ、なんの問題も有るまい。それとも貴様はそうでない理由を言えるのか?」

「き……さま!」

 

 完全に堪忍袋の緒が切れたらしく、キタムラは矛を構える。

 

「勝負だ! 俺が勝ったらラフタリアちゃんを解放させろ!」

「面白いことを言うな、貴様が負けたらどうするのだ?」

「そんときはラフタリアちゃんを好きにするがいい! 今までのように」

「決闘の最低条件すら満たしていないな」

 

 何かを賭けるなら、それと同等のものを相手に賭けさせるのが基本だろうに。気に入らないから奪い取るとは、本当にガキにような発想だな。

 

「モトヤス殿の話は聞かせてもらった」

 

 人混みが割れて、国王が前に出てくる。

 

「勇者ともあろう者が奴隷を使っているとは……噂でしか聞いていなかったが、モトヤス殿が不服と言うのならワシが命ずる。決闘せよ!」

「ふははははは、まさか、まさか獣人や亜人を虐げている国の長が、そのようなことを言うとはな。これは傑作だ」

 

 ラフタリアが奴隷になったのは、この国の方針が原因なのにそれを棚に上げてこいつは何を言っているのだ。

 

 国王が指を鳴らすと、兵士たちが出てきてラフタリアを取り囲んだ。相変わらず無表情のままだが。

 

「これはどういうことかな、国王?」

 

 わざとらしく聞くが、要するに決闘しろということだろう。

 

「この国でワシの言う事は絶対! 従わねば無理矢理にでも盾の勇者の奴隷を没収するまでだ」

「ふん、そんなことをしなければいうことを聞かせられんとは。底が知れるな」

 

 本当に呆れたものだ。

 

「……」

 

 だからせめて何か発言して欲しいところだが、この状況でも無表情だった。

 

「では城の庭で決闘を開催する!」

 

 夜も遅くなり始めているというのに、ご苦労なことだとアンデルセンは思った。

 

 

 

 



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真意

―城の庭―

 

 松明に照らされた庭は、多くの見物人で溢れかえっていた。それまで宴会をしていた者達は、勇者同士の決闘を今か今かと待ち望んでいた。

 

 キタムラのプライドなのかは知らないが、一対一の決闘となった。

 

「では、これより槍の勇者と盾の勇者の決闘を開始する! 勝敗の有無はトドメを刺す寸前まで追い詰めるか、敗北を認めること」

 

 アンデルセンは構えをすることもなくキタムラを見据える。

 

「矛と盾が戦ったらどっちが勝つか、なんて話があるが……今回は余裕だな」

 

 蔑むような言葉をかけてくる。

 

「では――」

 

 くだらない理由で、くだらない決闘が始まる。こんなことをしている暇が本当にあるのだろうか益々疑問になってくる。

 

「勝負!」

「うおおおおおおおおおおおおお!」

「…ふんっ!」

 

 だが相手はやる気満々のようで、それならしっかりと相手するのが礼儀というものだろう。

 

 一直線にアンデルセンに突っ込んでくるキタムラ、最初の一撃で決める腹積もりのようだ。

 

「…せいぜいこの俺を」

 

 ゆっくりと両手を上げる。

 

「楽しませてくれよ?」

 

 狂信者は嗤った。

 ガキン!と音がしてキタムラの矛が何かに受け止められる。

 

「な!?ば、馬鹿な!お前、なんで!!」

「何を驚いているのだ、勇者殿?まるで信じられないものでも見たかのような声を上げて」

「ふざけるな!なんで

 なんでお前は伝説の武器以外の武器を使ってるんだよ!」

 

 短剣よりも大きな剣、銃剣を使い自身の武器を止めるアンデルセンにキタムラは驚愕し問い正した。

 

「ああ、そんなことか」

 

 器用に銃剣を使って矛を跳ね飛ばし、不敵にアンデルセンは嗤う。

 

「何度も言っていたではないか、盾を単体で使う馬鹿はおらんと。だから愛用しているこいつを使っているだけだ」

「そんなので納得できるか!伝説の武器を持っている勇者は…」

「『伝説の武器以外を使えない』だろ?」

「そうだろう!?だから…」

 

 

 

 

 

 

 

「そんなくだらないことがどうした」

 

 アンデルセンは銃剣を使い正十字を作り上げる。

 

「貴様らがなんと言おうがそれはお前たちの事情だろうが、異教徒共に指図なんぞ受けるわけがない。俺たちはそう言った存在だ」

「狂っていやがる、てめえは狂っている」

「ぬはははハハハハ、今更か?この程度のことすら見抜けずにお前は俺に戦いを挑んだのか?我々から見ればまさに児戯でしか無いな」

 

 

 

「久しぶりの楽しめそうな戦いだ。せいぜい頑張れよ、異教徒」

 

 

 

 

 

 

 

「乱れ突き!」

 

 矛が複数に分かれて飛んで来る。

 どうやらキタムラのスキルらしい。

 

「キィィィィィィァァァァァァァ!!!」

 

 銃剣で全てを受け流しながら地面を蹴り追撃する。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 

 突き上げるように矛で攻撃してくるが、左の銃剣で跳ね返す。

 

「遅いわ!!」

 

 そのまま右の銃剣で首元を狙う。

 しかし、流石勇者と言われるだけあるのか反対の方に咄嗟に逃げる。

 

「ハハハハハハ!!どうした!勇者の実力とはその程度のものか!!」

「クソが!!一体どんな前世過ごしていたんだ!」

「言う必要はないだろう!今は目の前の敵を仕留めることだけを考えるのだな!」

「殺せってか?!本当に狂っているぜ!!」

「何者かを打ち倒しに来たのならば、何者かに打ち倒される覚悟がいるのだ!」

 

 アンデルセンが宙を舞い、銃剣を振り下ろす。キタムラは矛でそれを弾き飛ばす。

 

「お前たちに足りないものはそれだ!自分たちは必ず勝てるなどと思い込み、負ける可能性を端から無くしている!そんな考えで、本当に世界が救えると思えるのか、ええ?」

「俺は、俺達は選ばれた勇者だ!効率よく戦っていけば、必ず勝てる!何も知らないお前と違ってな!」

 

 矛を前に構えてキタムラは走りだす。

 

「喰らえ!」

 

 先程と同じように突っ込んでくる。

 

「同じ戦法で勝てると思うな!」

 

 袖口から6本の銃剣を追加する。

 

「避けられるなら、避けてみせろ!」

 

 キタムラ目掛けて8本全て投げる。

 

「うわ!!」

 

 急停止して飛んできた銃剣を弾く。

 

「なにしやが…!!」

「遅い」

 

 投げた銃剣に気を取られている間に、アンデルセンは再び跳躍し気がつけばキタムラの目の前に来ていた。

 

「『詰み』だな?」

 

 そのまま地面へと引き倒した。

 

 

 

 

「がぁ…!!」

 

 受け身も取れず、頭から倒れこむ。

 

「く、そが!!」

「惨めだな、勝つ気でいたのだろうが蓋を開けてみればこのザマだ」

「ひ、きょうだぞ、お前!」

「そう思うか?」

 

 右手に構えた銃剣をキタムラの顔の横に突き刺す。周囲の観客が悲鳴を上げる。

 

「な…」

「お前は自分がどんな状況かをまだ把握していないようだな、負けが認められないか?勝ちにばかり気にしすぎていると簡単に命を落とす。お前にも守りたいものとやらがあるのだろう?」

 

 アンデルセンはキタムラに顔を近づける。

 

「俺はお前たち異教徒にも教えを説くような聖人ではない、どうなろうが知ったことではない。自分で考えろ」

「くっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モトヤス様を守って!!」

「盾の勇者を捕縛せよ!!」

 

 ほぼ同時に響いたその声に、周りにいた兵士たちがアンデルセンに向かっていく。

 

「ははは、お守り役がいるとは良いご身分だな。えぇ?」

 

 銃剣を引き抜き立ち上がり、迫っていた兵士の槍を躱していく。

 

「くっ、この野郎…!」

「罵倒がしたいのなら勝手にしていろ、今のお前では俺の足元にも及ばんがな」

 

 狂喜の滲んだ笑みを向けてアンデルセンは言った。。元康は奥歯を噛み締めた。

 

「さて、大切な家族を返してもらうとするか」

「家族って、ラフタリアちゃんは…」

「そう言えば話していなかったな

 

 

 

 

 

 

 ラフタリアは奴隷ではないぞ?」

 

 

 

 

 

 

「…は?」

「誰から聞いたのかは知らんが、勘違いしているらしいな」

「だって、マルティがそうだって」

「マルティ?誰だそいつは、お前の取り巻きの女か?」

「お、お前が強姦した女の子だよ!」

「…アイツが?」

「ああ、そうだよ!マルティは王女様なんだよ!嘘をいうわけ無いだろ!」

「そのことについては色々と聞きたいことがあるが、今はいい。あの女がそう言っていたのだな?」

「だからそうだって…」

 

 

 

 

「――もう結構です」

 

 

 

 

 

「…時間だな」

「は?」

「我慢の限界、というやつだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風が、吹き荒れた

 

 

 

 

―数分前―

 

 国王とマインの二人がキタムラの保護とアンデルセンの捕縛を命じた時、ラフタリアの周りにいた兵士たちはラフタリアに槍を向けていた。

 

「…やり過ぎですよ、神父様」

 

 そんなことはどこ吹く風、ラフタリアは銃剣を使ってまでキタムラと戦ったアンデルセンに呆れていた。

 

「動くな!」

「一歩も動いていませんが?いきなり槍を向けるなんて常識を疑いますね」

「き、貴様!」

 

 激昂した兵士がラフタリアを睨む。

 

「おや、こんな小娘相手にいい大人が言い負かされるんですか?呆れますね」

「奴隷の分際で!」

「そうだったとしても、関心しないことですね。まだ私の捕縛は命令されていませんよ?」

「お前は盾の勇者の奴隷だ!アイツが捕まえられるのなら、お前が捕まるのは当然のことだ!」

「そういうものですか…」

 

 大して興味無さそうにラフタリアは返した。眼前ではアンデルセンが兵士たちに取り囲まれ槍で攻撃されながら、槍の勇者と話しているところだった。

 

「なめやがって!」

 

 一人の兵士がラフタリアの対応に激怒し、槍で攻撃しようとする。

 

「まあ、野蛮なことをされますね」

 

 そんな攻撃を軽々しく避ける。

 

「兵士の方々というのは、何もしていない方を攻撃されるような人ばかりなのですか?驚きですね」

「ふざけるな!盾の勇者の、それも奴隷ごときが我々に楯突きおって!」

「ああ、盾の勇者と楯突くを掛けたのですね。意外と上手いですね」

「いい加減にしろ!この…!」

 

 別の兵士が、ラフタリアが頭に被っている頭巾を取ろうと手を伸ばす。

 

「あら、流石にそれは見過ごせませんね」

 

 伸ばしたてを掴み捻り上げる。

 

「がぁぁぁぁぁ!!」

「女性の身体に無許可で触れようとされるのは、男性として如何なものでしょう」

「お、のれぇぇぇ…」

 

 捻り上げていた手を離すと、掴まれていた兵士がうめき声を上げた。

 

「調子に乗りやがって、貴様らなんぞいなくても三人の勇者様方がこの国を守ってくださるのだ!勘違いするな!」

「こちらこそ、我々は別にこの国を守る義務も義理もありません。立ち去れと仰られるのなら神父様の事です、すぐに立ち去るでしょうね」

 

 その前に王城で血祭りが起きそうな気がするが。

 

「まあ、これ以上話しても無駄であることはよく分かりました」

「何を言って…」

 

 

 

 

「――もう結構です」

 

 

 

 

 

「島原抜刀流――

 

 

 

 

 

 

 

 

 『震電』」

 

 ラフタリアの右手が振るわれる。

 その瞬間、兵士たちは吹き飛ばされた。

 

「うわ!」

「な…!」

「ぐお!」

 

 ラフタリア以外が地面に伏せ、彼女は右手に銀色に輝く剣を構えていた。

 

「『震電』とは、稲妻が震えるが如し。何人足りとも捉えられず、避けることさえ儘ならない。私の奥義の一つです。ご安心下さい、吹き飛ばしただけですので怪我などはありません」

 

 剣を鞘に戻しながらラフタリアは微笑んだ。

 

「…待ってください、ラフタリアさん」

「おや?」

 

 呼び止められて振り返る。

 

「そのまま動かないで下さい」

「下手なことはしないほうがいいぜ?」

「確か、カワスミ様とアマギ様でしたね?どうかされましたか」

 

 それぞれの伝説の武器を構えながら二人は詰め寄ってくる。

 

「この国に召喚された勇者として今のは見過ごせません」

「一応王様から色々と融通されているんでな…おとなしく剣を置いてもらおうか」

「なるほど、勇者様方がそう仰られるのでしたら仕方ありませんね」

 

 腰から鞘ごと剣を抜く。

 

「――と口にするとでも思いましたか?」

「っ!!」

 

 咄嗟にアマギが剣を振るう。

 

「島原抜刀流――

 

 『秋水』」

 

 剣同士が弾き合い、金属がぶつかる音がした。

 

「おや、見切られてしまいましたか。流石は剣の勇者様」

(見切った?辛うじて右手が動くのが見えただけだぞ!なんであんな子が…)

「何故です、ラフタリアさん!何故攻撃するんですか!」

「…何故?簡単ですよ」

 

 抜いていた剣を再び鞘に収めて、二人を見据える。

 

「貴方がたはどうやら私のいえ、我々のと言った方がいいでしょうか。敵になられるおつもりのようでしたので」

「だから攻撃を?!」

「その通りです。我々に敵対するのならば

 

 

 

 

 

 

 

 容赦など致しません。相手が誰であれ、どの様なものであれです」

 

 微笑みながらラフタリアは言った。

 

 

 

 

 

 

 

―アンデルセン―

 

「嘘、だろう…?」

「ラフタリアには、特に剣の扱いを叩き込んだ。あいつが使った技は、俺が覚えている数少ない『島原抜刀流』の技だ」

「島原って、日本のか?」

「ああ、そうだ。お前たちの国では『伴天連』や『キリシタン』と呼ばれていたな。あの技は元々バチカンにいた日本のシスターが使っていたものだ」

「バチカンが、なんであんな技を…」

「――それを教える必要はないな、小僧」

 

 未だに続く兵士たちの攻撃を掻い潜りながら、不敵に笑った。

 

「俺に少しでも近づけたら、教えてやるかもしれんが今のままでは無理だろうな」

「なに!」

「事実だろう?先ほどの決闘で手も足も出なかったのだから。そう言えば決闘は一対一のはずだったのだが、とんだ邪魔が入ったな」

「あ…」

 

 言われて気付いたようで、会場は混乱の極みであった。

 

「ま、待ってくれみんな!!」

 

 モトヤスが大声を上げる。

 

「さっきの決闘は、俺の負けだ。これ以上はやめてくれ」

「な!モトヤスさま、何を仰っているのですか!」

「伝説の武器限定で戦う決まりじゃなかったはずだ、今回は俺の負けを認めよう」

 

 悔しそうにモトヤスは言った。

 

「…モトヤス殿がそう言われるのならば」

「アンデルセンも、それでいいか?」

「勝敗の決め方は相手を戦闘不能にさせるか敗北を認めさせることだろう?言い掛かりをつけてきたそちらがそう言うなら、別に構わん」

「ああ、王様頼む」

「むう、非常に残念な結果だが、致し方ない」

 

 国王は観客に宣言した。

 

「此度の決闘、モトヤス殿の降伏により盾の勇者の勝ちとする!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした、神父様」

「お前の方も、かなり無茶をしていたようだが?」

「お互い様ですよ」

 

 決闘騒動が収まり、観客や他の勇者たちは城内へと戻り会場だった中庭にはアンデルセンとラフタリアのみになっていた。

 

「思っていた以上に技は出来上がっていました、後は如何に完璧に近付けるかですが」

「それは実践の中で身に付けていけ、死と隣り合わせならば上達しやすいだろう」

「分かりました、神父様。それと、どうなりました?私の身の上の話は」

「ああ、そのことか。問題ない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 3週間前のあの日、アンデルセンは伸ばしたてで出された小皿を奴隷商に押し返した。

 

「しばらく待て」

「はぁ、よろしいですが」

 

 そう言ってラフタリアと向き合う。

 

「ラフタリア、これから貴女に大切なことを聴かなければいけません。いいですね?」

「は、はい…」

「貴女は選ぶことが出来る、貴女だけの人生を。

 

 貴女が奴隷を選ぶならば、私は貴女にほんの少しの事しか教えられません。貴女は私の物として戦うからです。

 

 貴女が友を選ぶのならば、私は貴女にあらゆること全てを教えましょう。貴女は剣となり、そして盾となる。

 

 選びなさい、ラフタリア。貴女が望む世界を」

 

 真っ直ぐと見つめてくるアンデルセン。

 

 私を奴隷として扱うか、共に戦う友人として扱うか、私がそれを選ぶ。

 

 両親を無くし、自分以外すべてを失った、そんな私に差し出された手

 

 私はその手を、握りしめたい。この手に支えて欲しい。

 

「わ、私を、友にして下さい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「簡単にはだが説明しておいた、納得したかどうかは知らんがな」

「十分でしょうね、きっと」

 

 納得なんて端から期待はしていない、ああいう連中は何かしらにつけて言い掛かりをしてくるものだ。

 

「明日も早い、そろそろ切り上げよう」

「そうですね、明日もきっと大変でしょうから」

 

 そう言って二人は城内へと戻り、城の一角の部屋で一夜を明かした。



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愚かなる者

―謁見の間―

 

 翌日、四人の勇者たちは謁見の間に集まった。前回集まったのはもう三週間以上前の話だ。

 

「では今回の波までに対する報奨金と援助金を渡すとしよう」

 

 報奨金と聞いて、どうやら他の勇者たちは多めに資金をもらえるようだ。

 

「ではそれぞれの勇者達に」

 

 渡された袋の中には銀貨が入っていた。目算500枚、支援金のみの支給だろう。

 

「モトヤス殿には活躍と依頼達成による期待にあわせて銀貨4000枚」

 

 アンデルセンの袋よりも重そうな袋がキタムラに渡される。国王から依頼とやらを受けていたようだ。

 

「次にレン殿、やはり波に対する活躍と我が依頼を達成してくれた報酬をプラスして銀貨3800枚」

 

 同じくらいの袋を渡されるアマギだが、何やら釈然としない様子。小声で「王女のお気に入りだからだろ……」と愚痴ていたので、キタムラに負けたのが気に入らないらしい。

 

「そしてイツキ殿……貴殿の活躍は国に響いている。よくあの困難な仕事を達成してくれた。銀貨3800枚だ」

 

 当然といった顔で袋を受け取るカワスミ、こいつも何かしらの依頼を受けていたようだ。

 

「ふん、盾にはもう少し頑張ってもらわねばならんな。援助金だけだ」

 

 名前すら呼ばずにそう吐き捨てたが、当の本人は全く気にしていない様子だ。

 受け取った銀貨の数からも分かるが、自分の娘が所属しているキタムラがお気に入りのようでアンデルセン以外の勇者の間でも差が出ていた。

 

「言葉もありませんね、全く」

 

 ラフタリアは前日の事も踏まえてそう愚痴を言う。

 

「受け取るものも受け取った、用事もあるので御暇させてもらおう」

 

 感謝の言葉も述べずに謁見の間から出ていこうとする。

 

「まて、盾」

「何だ?手短に頼むぞ。国王」

「お前は期待はずれもいい所だ。それが手切れ金だと思え」

 

 一番安全な場所からふんぞり返っているだけのクズに、期待はずれと言われるとは滑稽なものだ。

 

「……」

 

 何も言わないラフタリアだが、まだ顔が無表情のままだ。ある程度無自覚で出来るようになってもらわないと困るのだが。

 

「それだけか、大したことではないが頭の片隅くらいには留めておこう」

 

 嫌味を残して二人は王城を後にした。

 

 

 

 

 

―城下町―

 

「それで、用事とおしゃっていましたがなんの用事ですか?」

 

 後ろからラフタリアが聞いてくる。

 

「奴隷紋のことだ」

「奴隷紋、ですか」

 

 自分の胸を抑える。今はもう無いとはいえ、あの日々のことは思い出したくないのだろう。

 

「どういった条件で消えるのかはっきりしておかんと、何かの拍子に戻ったら困るだろう」

「あ、そ、そうですね!」

 

 心配してくれていた、なんだか嬉しくなる。

 

「ということは目的地はあのテントですか?」

「まずはそこを目指す」

 

 そう言って裏路地へと入っていった。

 

 

 

 

 

―奴隷商のテント―

 

「これはこれは勇者様。今日はどのような用事で?」

 

 テントの中に入ると、奴隷商人が出迎えてくる。

 

「おや?」

 

 奴隷商はラフタリアを見つめて関心したように声を漏らす。

 

「驚きの変化ですな。まさかこんなにも上玉に育つとは」

 

 そう言ってアンデルセンの方を見てにやりと笑う。

 

「やはり貴方は私共とは違いますが、私が思った通りの方だったようですね」

「褒められた、と受け取っておこう」

 

 どういった意味で行っているのかは聞かない。

 

「して、この奴隷の査定ですな……ここまで上玉に育ったとなると、非処女だとして金貨7枚……で、どうでしょうか?」

「あら、売られた時よりもかなりの高値ですね。あと私はまだ処女ですよ?」

 

 奴隷商の冗談になぜだかラフタリア本人が受け答える。

 

「なんと! では金貨15枚に致しましょう。本当に処女かどうか確かめてよろしいですかな?」

「申し訳ありません、ある事情があってそれは出来ないのですよ。死ぬ覚悟があるのなら構いませんが」

 

 更にとんでもないことを言ってくるのに、どうしてそう簡単に言えるんだ。

 

「二人して何馬鹿なことをしているのだ」

「ちょっとしたジョークですよ、ふふふ」

「本気にされないでくださいよ」

 

 するつもりもないし、本気だったら再教育五割増しぐらいで叩き直さなければならなくなる。

 

「今日ここに来たのは、聞きたいことがあるからだ。奴隷紋の特徴を詳しく教えてくれ」

「よろしいですよ」

 

 そうして話を聞く。

 まとめると

 

 ・奴隷紋は奴隷であることを示すとともに、奴隷に命令を下すための魔法がかけられている

 ・奴隷使役者の血を専用のインクに入れて奴隷に付けることで、その奴隷は使役者の命令しか聞かなくなる

 ・奴隷紋を消す、つまり奴隷でなくすには魔法がかかった専用の水を使うことで行うことが出来る

 ・ただし、完全に消えるわけではなく再びインクをかければ紋は復活する

 

 といったところだ

 

「つまり奴隷でなくすことはできるが、いつでも奴隷に戻すことも出来ると?」

「その時の使役者様限定でですが」

 

 思っていたよりも簡単に奴隷でなくすことは出来るらしい。

 

「とはいっても、奴隷紋を打ち消すとなるとかなり高位の魔法が必要ですね、誰でも使えるようになると逃亡奴隷が多発してしまいますから」

 

 そこら辺はよく考えてあるようだ。

 

「色々聞かせてもらった、そろそろ…ん?」

 

 ラフタリアが木箱の中に入った何かを凝視している。

 

「あの木箱の中身はなんだ?」

 

 見る限り卵のようだが、知っている卵よりも大分大きい。

 

「ああ、あれは私共の表の商売道具ですな」

「表の仕事?どういったものだ」

「魔物商ですよ」

 

 奴隷商の表の顔が魔物商、対象が人から魔物になっただけか。

 

「魔物というと、町中で馬車を引いているあの大きな鳥みたいな奴も含むのか?」

「はい。あれはフィロリアルと言いまして、魔物使いが育てた魔物です」

 

 飼育係のようなものだろうか。

 

「私の住んでいた村にも魔物育成を仕事にしている人がいましたよ。牧場に一杯、食肉用の魔物を育ててました」

「そうなのか」

 

 牧場などの仕事が、ここでは魔物の飼育になっているようだ。

 

「それで、あの卵は一体何だ?」

「魔物は卵からじゃないと人には懐きませんからねぇ。こうして卵を取引してるのですよ」

「刷り込みを利用しているのか」

「既に育てられた魔物の方の檻は見ますか?」

 

 興味はあるが今すぐ見る必要もない。

 

「今回は遠慮しておこう。それよりも箱の上にある看板のほうが気になる」

 

 この世界の言葉は聞く分には自動で翻訳されているのだが、読み書きとなると適応されなくなる。一応時間を見て本などを読んではいるが、なかなか時間がない。

 

「銀貨100枚で一回挑戦、魔物の卵くじですよ!」

「なかなか高いじゃないか」

 

 金貨1枚相当だ。

 

「高価な魔物ですゆえ」

「それでもくじに出来るくらいは安く抑えているのか」

「成体になると銀貨200枚は下りませんね。羽毛や品種に左右されます、ハイ」

「全部がその魔物なのではないのだろう?」

「違う魔物の卵も混じっていますよ」

「なるほど」

 

 おそらくハズレの魔物はかなり安いもので、当たり用の魔物は元が取れる仕組みになっているのだろう。元を取るために何度もくじを引くわけだ。

 

「やり方があくどいな」

「これでも商売ですので」

 

 よくこんな方法を思いついたものだ。

 

「それで、あたりの魔物は何だ」

「勇者様が分かりやすいように説明しますと騎竜でございますね」

「ああ、騎士団の将軍らしい男が乗っていたやつか」

 

 騎乗する竜と書くのだろう。

 

「相場ですと当たりを引いたら金貨20枚相当に匹敵します」

「その当たりは幾つのうち幾つ入っているんだ」

「今回のくじで用意した卵は250個でございます。その中で1個です」

 

 確率は実に0.4%

 

「見た目や重さで分からないよう強い魔法を掛けております。ハズレを引く可能性を先に了承してもらってからの購入です」

「徹底しているな」

「ええ、当たった方にはちゃんと名前を教えてもらい。宣伝にも参加していただいております」

「どの道当たりは期待できないな、確率が低すぎる」

「十個お買い上げになると、必ず当たりの入っている、こちらの箱から一つ選べます。ハイ」

「金貨20枚の魔物は入っていないのだろう?」

「ハイ。ですが、銀貨300枚相当の物は必ず当たります」

 

 卵を十個買う(銀貨1000枚)と最低銀貨300枚相当の卵が一つもらえる。

 商売方法が泥沼へ引き込むつもりのものだ。破産しかねない。

 しかし、馬車を引いているというフィロリアルには興味がある。移動の時徒歩だと何かと不便だろう。

 

「私としては、馬車をひっぱてくれるフィロリアルがいると不便しないと思います」

「必ず当たるわけではないが、当たれば御の字だろう。一つもらう」

「ありがとうございます!」

 

 早速箱のなかから一つ、右側にある一個を適当に取り出す。

 

「では、その卵の記されている印に血を落としてくださいませ」

 

 親指を爪で割いて、卵の上に落とす。

 カッと赤く輝き、視界に魔物使役のアイコンが現れる。

 使役については奴隷と同じ方式のようだ。

 奴隷商人が孵化器のような装置の扉を開ける。

 その中に卵を置く。

 

「いつ頃孵化するか分かるか?」

 

 文字が読めないアンデルセンの代わりにラフタリアが確認する。

 

「明日ぐらいには孵化しそうですね」

「ではまた寄らせてもらおう」

「勇者様のご来場、何時でもお待ちしております」

 

 孵化器に入れた卵を持って、二人はテントを後にした。

 

 

 

―リユート村―

 

 あの後二人は、波に見舞われた村の状況を確認するためにリユート村に訪れていた。

 

「やはり、まだ魔物の残骸が残っていますね」

「一日で片付けられる量ではないからな」

 

 しばらく歩いていると、村の住民達が一際大きい魔物の残骸を片付けている最中だった。

 

「あ、盾の勇者様」

「大変そうだな」

 

 大きさがかなりのもので、一人や二人でどうにか出来るものには見えない。

 

「恐ろしいものです」

 

 残骸を見ながら住民が言う。

 原型はとどめているが、肉や皮といった部位の殆どが無くなっていた。

 

「少しもらっても構わんか?」

「どうぞどうぞ、処分に困っていた所ですから、何なら村で加工して装備にしますか?」

「ほとんど骨だけになってしまっているがな」

 

 かなり大きいので残っている部分も比較的大きいが、元の大きさと比べると圧倒的に少ない。

 ラフタリアと回収できそうな部分を回収し、自身の盾に吸収させてみる。

 

『キメラミートシールドの条件が解放されました』

『キメラボーンシールドの条件が解放されました』

『キメラレザーシールドの条件が解放されました』

『キメラヴァイパーシールドの条件が解放されました』

 

 基本盾を使わないのでこういった盾の性能が上がってもなかなか実感できない。だが吸収できるものはしておく。

 

「さて残りをどうするかだが」

 

 持っていても腐っていくだけ、だが埋めるだけではほとんど捨てているようなものだ。

 

「しばらくこの村で保管していてくれないか。案外欲しいと言ってくる連中もいるかもしれん。その時は売ってくれて構わん」

「盾の勇者様がそうおっしゃるのでしたら大丈夫ですよ」

 

 結局干し肉などに加工してリユート村に預けておくことにした。

 

 波の影響は思ったより深刻だったようで、この村は半壊状態になっていた。住民は破損が少ない建物に集まり、纏まった生活を強いられていた。

 

「難儀なものだな…」

「そうですね」

 

 王城では勇者たちの活躍を豪勢な料理で祝っていたのに、実際に被害にあった住民たちは苦しい生活を送る。これが本当に国としてのあり方なのだろうか。

 

「主よ、彼等にやすらぎの時を。AMEN」

「AMEN」

 

 就寝前の祈りを捧げ、住民たちが提供してくれた宿屋の一室で二人は眠りについた。



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誕生

 次話より個人的な理由で一週間に一話程度の更新となります。
 毎週月曜日頃になる予定です。
 誠に勝手ながら、よろしくお願いします。


―リユート村―

 

「あ、孵るみたいですよ」

 

 昨日買っ魔物の卵を見たラフタリアが声をかけてくる。時間はもうすぐ昼前だ。

 

「見せてくれ」

 

 自分が打ち倒した魔物と同じ生き物が孵化する、かつての自分だったら卵を叩き割っていたかもしれない。だが他でもないラフタリアが純粋な人間と言えない為か、目についた化物を片端から倒していくのも違和感を覚えるようになっていた。

 最も、敵意を向けてくるのなら魔物だろうと人だろうと容赦しないことに変わりはなかった。

 

 卵に入っていた亀裂が広がり、殻が零れ落ちる。

 

「ピイ!」

 

 ふわふわの羽毛、頭に卵の欠片を乗せたピンク色のヒヨコのような魔物と視線が合う。

 

「ピイ!」

 

 元気よくアンデルセン目掛けて飛び込み、ぶつかる手前で掴まれる。

 見たところ体調に異常は見られない、後はこれが何の魔物なのかを調べるだけだ。

 

「私もそこまで魔物に詳しくは無いですからね、これと断定できません」

「お前がわからないなら俺達ではお手上げだな」

 

 こういう時は詳しく知っている人間に聞くのが手っ取り早い。

 

 

 

 

「そうですねぇ……たぶん、フィロリアルの雛だと思いますよ?」

 

 最初に出会った住民に聞いてみると、どうやらこれはフィロリアルのようだ。

 目当ての魔物が手に入り、値段的にも元が取れたとラフタリアは喜ぶ。

 

「ではするべきことがあるな」

「するべきことですか?」

「ああ」

 

 雛を大事に抱きかかえてアンデルセンはラフタリアに言う。

 

「『幼児洗礼』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリスト教徒、特にカトリックは生まれて間もなく行う『幼児洗礼』を基本としている。神父が水差しの水を赤子の頭から掛けて、その場で洗礼名を付けるのだ。基本的に洗礼名=本名となるので、親はしっかりとした準備を整えてから子どもの洗礼に望む。

 

「『聖父(ちち)聖子()聖霊(せいれい)御名(みな)によりて。汝を洗わん』」

 

 ラフタリアが雛を抱え、アンデルセンが頭から水を掛ける。雛は初めての水の感覚に戸惑っているようだ。

 

「汝に霊名を与えん」

 

 水を掛け切り、アンデルセンは雛に洗礼名を付ける。

 

「…本来ならば正式な洗礼名を付けるのが良いのだが、基本動物に洗礼はしないのだ」

 

 洗礼を受けるのは罪があるからだが、動物には罪がないとされている。その為洗礼は人間が受けるものであるとなっている。

 

「じゃあどうしてこの雛にするんですか?」

「お前にはしているのにこいつにしないのはおかしいだろう?」

「あ、確かにそうかもしれませんね」

 

 新たな家族となるこの雛は、果たして罪を持つのか。それは分からないが信徒として扱っていくことになる。

 

「単純でありきたりな名しか付けられんが、『フィーロ』、汝の名前はフィーロだ」

「いい名前だと思いますよ」

「ピイ!」

 

 付いていた水を振り落として雛、フィーロは嬉しそうに鳴いた。

 

 

 

 

 

 

―夕方―

 

「…明らかにおかしいですよ、この子」

 

 ラフタリアが怪訝そうな声で疑問をつぶやく。

 何がおかしいのかというと、今日生まれたばかりのフィーロのことだ。

 早速魔物狩りに連れて行きレベルは12になり、今し方帰ってきてはっきりとした違和感があった。

 大きい、いや大きくなり過ぎなのだ。

 最初はヒヨコくらいの大きさだったのに、今は両手で抱えるのがやっとの大きさだ。羽も生え変わってピンク色だった羽は、少し濃ゆくなって桃色になっていた。

 

「フィロリアルの成長が早い、というわけではないのか?」

「早すぎます、一日いや半日程度でこれほど大きくなるとは思えません」

 

 その成長に比例して、餌の食べっぷりも凄まじいもので予め買っていた餌をあっさりと食べきり、道端の雑草や牧草を食べ始める始末。

 村の住民に聞いてみたところこの大きさになるには普通レベル20前後は必要で、これ程早く成長することはないという。

 そして心配していたことは、翌日見事に的中してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―翌日―

 

「グア!」

 

 馬小屋に繋がれているフィーロが野太い声を上げる。昨日最後に見た時はまだ両手で抱えられる大きさだったのに、今やラフタリアの身長を越してダチョウのような姿になっていた。

 

「一日しか経っていないのに、こんなに大きくなっているなんて」

 

 ラフタリアは絶句してしまう。

 

「この調子だと、今日中に成体になってもおかしくないな」

「考えたくありません」

 

 今日中に成体になってしまうとその先、つまり明日の朝にどうなってしまうのか想像するのが怖い。

 

 だが運命は無慈悲だった。

 

 

 

 

 

 

「立派なフィロリアルになっちゃってますよぉ、どうすればいいんですかぁ」

 

 弱音を吐くラフタリアだが、本当に成体に成長してしまっていた。ラフタリアはもちろんアンデルセンが乗っても大丈夫な大きさになっている。

 

「…まさか」

 

 何かに気付いたアンデルセンは、右手の盾を確認する。

 そこには『成長補正(小)』と『成長補正(中)』の装備ボーナスの文字がでていた。

 

「原因はこれだ、ラフタリア」

 

 アンデルセンは説明すると、ラフタリアが怒鳴り始める。

 

「こんな大事なことに、なんで今気付くんですか!!」

「盾には適当に吸収させていたから、基本説明は読まんのだ」

「言い訳になっていませんよ!」

 

 だがこれで理由なく成長し続けていたのではないことが判明し、成長なので特別大きいフィロリアルが生まれる心配はとりあえず除かれた。

 二人が言い合いをしているとフィーロがアンデルセンの前に来て座る。

 

「…乗れと?」

「グア!」

 

 そうだというのかようにフィーロは鳴いて、背中に乗るよう頭を向ける。

 

「分かった」

 

 乗ってみると羽毛のおかげで座り心地は良い、ずっと座っていても苦痛にはならないだろう。

 

「グア!」

 

 ずいっとフィーロは立ち上がる。

 

「む…」

 

 フィーロの背中に乗ったことで、視界がかなり高くなる。

 乗馬は初めての体験だ。

 

「グアアア!」

 

 機嫌のいい声とともにフィーロは走りだした。

 

「!!」

 

 素早く姿勢を低くする。元の世界にもかなり早く走る動物はいたがアンデルセンほどの人間を乗せているのにかなりの速さだ。

 村の周りを一周して満足したのか、馬小屋の前に戻ってくるとしゃがんでアンデルセンを降ろした。

 

「お帰りなさい、とても早かったですね」

「ああ、まさかこれほどとは思わなかった」

 

 これなら馬車などを引かせても大丈夫そうだ。

 

「今日はもう遅い、そろそろ切り上げたほうが良いだろう」

 

 するとアンデルセンの服の端が掴まれる。

 見るとフィーロが神父服の裾ををくちばしで掴んでいた。

 

「グアアア!」

 

 悲しそうな声を上げてフィーロはアンデルセンを見る。

 

「…ははは、そう言えば生まれてまだ一日でしたね」

 

 その様子に笑みが零れる。

 

「どうしましたか神父様?」

「すみませんラフタリア、どうやら新しい家族はさみしがりやなようです。今夜はここで寝泊まりしたいと思います」

「あ、ふふふ。分かりました、毛布を持ってきておきますね」

 

 その晩、アンデルセンはフィーロに童話を聞かせた。

 

「『そして二人は末永く暮らしましたとさ』、おしまい…おや?」

「クー…クー…」

「おやすみなさいフィーロ、良い夢を」

 

 貴女の行く先に幸せがありますように

 

 

 

 

 

 

 

 

―翌日―

 

 流石に昨日ほどの成長はしなかったが、頭一つ分程は大きくなっていた。

 そんなフィーロは村で使われている荷車を羨ましそうに眺めていた。

 

「出来れば引かせてやりたいのだが…」

「今、この村の建物は修復中で、人手が足りないのですよ。勇者様、何なら荷車を一つ分けるのを条件に手伝ってくれませんか?」

 

 願ってもいない条件だ、フィーロとしても馬車を引いていたほうが嬉しいだろう。

 

「何をすればいい?」

「近くの森で材木を切っていますので、村に持ってきて欲しいのですよ」

「あの森か……」

 

 この村に来てからまだ行っていない近くの森のことだ。

 

「夕方ぐらいに帰ることになると思うが、大丈夫か?」

「ええ」

「よし、引き受けよう」

 

 そうしてアンデルセン達は、村で使っていた荷車を一台譲ってもらった。

 

「グア!」

 

 フィーロに荷車を繋いでやると、上機嫌で引き出した。

 

「では行ってくる」

「行ってきます皆様」

 

 二人は荷車に乗り込み、フィーロに行く先を支持して森へと向かう。

 向かったのだが

 

「と、止めて、ちょっと気分が…悪くなって」

 

 人二人を乗せているのにかなりの速さで移動したため、ラフタリアが酔ってしまったようだ。

 

「フィーロ、少し速度を落とせ。ラフタリアが慣れてない」

「グア……」

 

 不満だと言わんばかりに鳴きながら、速度を落として歩く。

 

「ううー、こんなに揺れるものだったんですね」

「少し横になっていろ、しばらくすれば楽になるだろう」

「お言葉に甘えて、失礼します」

 

 そう言ってラフタリアは横になった。

 

 

 

 

 そうして移動している途中に、あまり(主にラフタリアが)会いたくない奴と遭遇した。

 

「ぶはっ! なんだアレ! はは、やべ、ツボにはまった。ぶわははははははっはは!」

 

 こちらを見るなり、腹を抱えて大笑いしてくるキタムラ。そして付き添っている女王ことマルティも一緒になって笑っている。

 

「会っていきなり笑ってくるなんて、非常識ですね」

 

 あの日以来ラフタリアはキタムラに対して包み隠さない物言いをすることにしたらしい。

 

「で、突然笑い出して何がそんなに可笑しい?」

 

 何かの琴線に触れたのかラフタリアの言葉も耳に入っていないようで、笑い続けている。

 

「だ、だってよ! すっげえダサイじゃないか!」

「ダサい?」

「お前、行商でも始めたのか? 金が無い奴は必死だな。鳥もダセェーーーー!」

 

 行商と聞いて、アンデルセンはそういった使い方もあるのかと考える。

 

「ダッセェエエエエエエ! 馬じゃなくて鳥だし、なんだよこの色、白にしては薄いピンクが混じっているし、純白だろ普通。しかもオッセー!」

「普通、か」

 

 こいつがどんな価値観を持っているのかは知らないが、家族となったものを貶されて黙っていられるほどアンデルセンはお人好しではない。

 笑いながらキタムラはフィーロを指差して近づく。

 

「グアアアア!」

 

 そう鳴いたかと思うと、フィーロはキタムラの股間を思いっきり蹴りあげた。

 

「わぁ…」

「キ、キャアアアアアアアアアア! モトヤス様!」

 

 ラフタリアがなんとも言えない声を上げ、マルティが叫び声を上げる。

 蹴り飛ばされた本人はというと、立っていた位置より後ろに5メートルほどの場所へ錐揉みしながら落ちていた。

 

「グアアアアアアアア!」

 

 再び叫ぶと、フィーロは凄まじい速さでその場を後にした。

 

「何と言うか、こう何と言うかですね」

 

 うまい言葉が見つからず困惑しているラフタリア、アンデルセンとしても、何と言えばいいのか悩んでいた。

 

 

 

 しばらく走って、フィーロは目的の森に到着した。

 

「…嘔吐しなかった私をほめて下さい」

「よく頑張った」

 

 走り出した速さそのままで走り続けたため、ラフタリアが限界に近い状況になってしまい、降りてしばらく荷台から降りられなかった。

 

「それはそれとして、です」

 

 存分に走って機嫌がいいフィーロの前にアンデルセンが立つ。

 

「フィーロ、ここまで走り続けて大変だったでしょう。お疲れ様でした」

「グア!」

 

 褒められて嬉しそうに鳴くフィーロ。

 

「しかし、先ほどのことは褒められたことではありませんね」

「グア…?」

 

 優しく諭すように続ける。

 

「先程、貴女が蹴ってしまった彼は、一応といっても私とともに戦う者です。笑われて怒ってしまったのは分かりますが、暴力を仲間に振るうなんていけません。そんな事では天国にいけませんよ」

「グア…」

 

 頭を下げてフィーロはしょぼんとする。

 

「いいですか?暴力を振るって良い相手は化物共と異教徒共だけです」

「?」

「貴女にはまだ分からないかもしれません。とにかく無闇矢鱈に人を蹴り飛ばすことは控えなさい、もちろん私が許可した場合は除きますがね」

「…私としては、あんな人を仲間と認識したくありません」

 

 不満気にラフタリアは言った。

 

「おやおやラフタリア、貴女も分かっていませんね」

「何がですか?」

「いいですか?最大の利を求めるのならば、我々は『最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつける』ことに専念すればよいのです。仲間は永遠のものではありませんからね」

「…つまり彼等のことを仲間と見ているわけではない、と?」

「利害が一致しているだけで仲間と呼ぶのならば、仲間なのでしょうね」

 

 かつてプロテスタントと手を組んだ時、そこに仲間などという意識はなく、只共通の敵に対抗するだけの脆い関係と割り切っていたからこそ出来る思考だろう。

 

 村の住民から頼まれた材木を木こりの男が荷車に乗せている間、森のなかをフィーロと探索した。

 途中出てきたウサピルを丸呑みにして、経験値が30以上増加して益々フィーロがどういった生き物なのかわからなくなったりもしたが、その他に何も起こらず材木を積んだ荷車を引いて一度村へと戻った。

 

 村に材木をおいてまた森に帰ると、あまりの速さに木こりに驚かれた。普通のフィロリアルよりもかなり足が早いらしい。

 依頼が終わったので、改めて森のなかを探索する。

 ラフタリアは当然として、特に何か教えたわけではないがフィーロはとても活躍した。攻撃力と機動力が高く、機動力に至ってはラフタリアよりもいいかもしれない。

 

 日が暮れると、急がずに村へと戻った。今日一日フィーロは走りっぱなしだった、初日からきつかったのではと思ったが特にきつい風には見えずむしろまだ荷車を引きたいといった感じに見えた。

 そして再び一日が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―翌日―

 

 「…想定が外れたな」

 

 馬小屋の前でアンデルセンが言う。ラフタリアはといえば頭を抱えて唸っていた。

 

「本来フィロリアルは平均2m30cm前後、でもフィーロは…」

「どう見ても2m80cm、といったところか」

 

 立ち上がると天井に頭が届いてしまう。

 

「やっぱり可笑しいですよね」

「ならば確認する必要があるな、魔物商人のところに行くぞ」

「分かりました…ん?」

 

 ちらりとフィーロを見ると何かを食べていた。

 

「ここにはキメラのお肉がありましたよね?」

「ああ、覚えている限りではかなりの量だったと思うが」

「……」

「……」

「急ぎましょう!このままだと食費だけで破産してしまいますよ!」

「だな」

 

 昨日もらった荷車に乗り込み、リユート村を後にする。

 移動している間にフィーロは空腹を訴え、そこにいた魔物と戦いそれを餌にして城下町へと到着した。

 

 

 

 

―城下町―

 

 昼過ぎに城下町に到着してからも、フィーロに異変が発生していた。

 足と首が短くなり、ふくろうのような外見になっていた。

 そして、それまで自身と荷車を直接繋いで引いていたのを、手のような翼で器用に引いて移動するようになっていた。

 

「クエ!」

 

 鳴き方も変わり、羽の色は真っ白になっている。

 

「小さくなっているな…」

「その代わり横に大きくなったみたいですね…」

 

 これは成長なのか、進化というものなのか、只の変化なのかあまりに変わりすぎていて判断がつかなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―奴隷商のテント―

 

「いやぁ……どうしたのかと思い、来てみれば驚きの言葉しかありません。ハイ」

 

 奴隷商は冷や汗を拭いながら、じっとフィーロを観察している。

 

「単刀直入に聞こう、これはフィロリアルなのか?違う魔物なのか?」

 

 その言葉を聞いて、奴隷商は幾つもの書類を確認している。

 

「お、おかしいですね。私共が提供したくじには勇者様が購入した卵の内容は確かにフィロリアルだと記載されておりますが」

「に、見えないからここに来たのだが」

「クエエエ!」

 

 アンデルセンが大きめの餌を投げると、フィーロは器用にそれを食べた。

 

「しかし、まだ数日しか経っていないのにここまで育つとは、さすが勇者様、私、脱帽です」

「つまりこんなに早く成長するのは可笑しいのだな、本当にフィロリアルの卵だったのか?」

「その……最初からこの魔物はこの姿で?」

「違うが」

 

 アンデルセンは、卵を購入してからこうなるまでの経緯を話した。

 

「では途中まではちゃんとフィロリアルだったのですね?」

「そのはずだ、よく似た別の魔物でないのならな」

 

 結局今ここで結論を出すことは不可能ということで、明日専門家を呼んで詳しく調べることになった。

 

「ここに残っていたいのだが、大丈夫か?」

「問題はないですが、何故ですか?」

「フィーロが心配するだろうからな、見た目は大きくても生まれて間もない子どもなのだから」

 

 その夜はフィーロの檻の近くにいることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―夜―

 

 テントの中の魔物たちも寝静まった時間、アンデルセンは聖書を読みながら過ごしている。

 

「クー…クー…」

「…ん?」

 

 寝息とは違う声が聞こえ、アンデルセンは聖書から顔を上げてフィーロの檻を覗く。

 

「どうかしましたか、フィーロ」

「クー…クー…」

 

 寂しそうにアンデルセンを見つめるフィーロ。

 

「大丈夫ですよ、私はここにいますからね。またお話をしてあげましょうか?」

 

 鳴き声は収まったがまだ見つめている。

 

「貴女は不思議な子ですね、他の魔物と違いますがそれはきっと主が使わしてくださったからでしょう。私はとても幸せなようですね」

 

 檻に手を入れてフィーロを撫でる。

 

「さあ、明日もきっと早いですから眠りなさい。」

「……」

「良い夢を、フィーロ」

 

 そう言ってアンデルセンは聖書を読み直し始めた。

 

「……さ…ま」

「……何だ?」

 

 微かに誰かが喋ったように聞こえた。

 

「しん…ぷ…さま」

 

 声のする方、そうフィーロの入っている檻の方に目を向ける。

 

 そこには

 

「しんぷ、さま」

 

 生まれたままの姿で、背に翼を生やした少女が、アンデルセンを呼んでいた。

 

「…なんと言うことだ。主よ、これは貴方の思し召しなのですか」

 

 首からかけてあるロザリオを掴み、アンデルセンは呆然としていた。



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御子

―奴隷商のテント―

 

「さあ、知っていること全て教えていただきますよ。もしとぼけたりしたら、このテントの風通しが多少良くなってしまうかもしれませんが、特に問題はないですね?」

「かつての所有者に対して物怖じしない発言をする、さすが勇者様の従者ですね!」

「いいから、早く」

 

 冷や汗をこれでもかというほどかきながらお世辞を言う奴隷商に、ラフタリアが冷たい目をしながら催促する。

 あの後、人の姿になったフィーロは眠りについてしまい、今はアンデルセンが抱きかかえている。

 

「俺としても、少しでも情報がほしい。何か無いか?」

「分かったことはあまり多くありません。ただ、フィロリアルの王に似たような個体がいるという目撃報告があるのを発見しました」

「王?」

「正確にはフィロリアルの群にはそれを取り仕切る主がいるとの話です。冒険者の中でも有名な話でありまして」

 

 奴隷商が言うには、フィロリアルは大きな群れで活動するのが基本でその群れを率いている個体がいてそれを王と呼んでいるらしい。

 

「そういった個体は何か別の呼び方があるのか?」

「フィロリアル・キング、もしくはクイーンと呼ばれております」

「フィーロは雌、もとい少女だからクイーン、というわけか」

「で、ですね……ここまで勇者様に懐いていますと、この状態で売買に出されると私、困ってしまいます」

 

 当たり前だ、人間に変身出来るフィロリアルなんてまともな使い方をする人間が買うわけがない。売る気ははなから無い。

 

「では、どうしましょうか」

「まずは着るものを探さんといかんな」

 

 今はアンデルセンの服を着せているが、いつまでもこのままと言うわけにもいかない。

 

「何はともあれ、明日までは動けんな。朝一で武器屋の店主に相談してみるか」

 

 この街、と言うよりこの世界のことを詳しく知っていてある程度信用できる唯一の人間なので、事情を話せば知恵を貸してくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

―翌日―

 

「…こんな状況を前にも一度見たことがあるぜ、アンちゃん」

「奇遇だな、俺もだ」

「あはは…」

 

 翌日早速武器屋へと向かったアンデルセン達、ラフタリアを連れてきた時と同じようにフィーロを抱えて中に入ると店主が微妙な表情で出迎えてくれた。

 

「その子もなにか事情があるようだな」

「…話せば長い」

 

 魔物商から魔物の卵を買った事、孵化したら最初はフィロリアルだったのだが段々と違和感が出てきた事、気になって魔物商のところに連れて行き一日待つことになり昨夜何故か女の子になっていた事、ここには少女用の服をどうにかしないといけないために来た事、など大まかな事を話した。

 

「そりゃまた、何と言うか大変だったな」

「たった数日の出来事とは思えませんよね、本当」

 

 実際に見ていたラフタリアは思い出したのか乾いた笑いをしている。

 

「しんぷさま…」

 

 小さな声で腕の中にいるフィーロが話しかけてくる。

 

「フィーロお腹空いた」

「…ここに来る前に一応朝食は食べましたよね?」

 

 アンデルセンがフィーロに聞く。

 

「うん、でも空いた」

「我慢できませんか」

「出来ない」

 

 即答された。

 

「とりあえず、うちの晩飯を食うか?」

 

 そう言って奥からスープのような料理が入った鍋を店主が持ってくる。

 

「あ、それは――」

「わーい、いただきまーす」

 

 ラフタリアの静止も聞かず、フィーロは一口で鍋の料理を全部食べてしまった。

 

「うーん、微妙」

 

 口に合わなかったようだ。

 

「こら、フィーロ。他の人の食べ物を全部食べてはいけません。それとせっかく持ってきてくれたのですから、そんな言い方をしてはいけません」

 

 了承を得ずに全部食べてしまったことと、持ってきてくれたことに感謝しなかったことをアンデルセンは注意した。

 

「うー…ごめんなさい、しんぷさま」

「では言うことがありますね?」

「うん…」

 

 そう言ってフィーロは店主の方を見た。

 

「ご飯ありがとう、それと全部食べちゃってごめんなさい」

「あ、ああ。どうもな」

 

 突然お礼と謝罪をされて店主は困惑する。

 

「すまんな、今度何かで埋め合わせをしよう」

「ああ、そうしてくれ…」

 

 フィーロの食べっぷりは近くで見ていたアンデルセンたちも未だに驚くことが多い。これがずっと続くと本格的に食費が…

 

「よくよく考えると、フィーロは魔物を生で食べていましたね」

「考えているほど食費については深刻ではないかもな」

 

 

 

「そうだなぁ……変身技能持ちの亜人の服があったような気はするんだが……というか武器屋じゃなくて服屋に行けよアンちゃん」

「今まで一度も行ったことがなくてな、そんなところに魔物に変われる少女連れて行くのはまずいと思ったからここに来たんだがな」

「……それもそうか、ちょっとまってな」

 

 今度は店内の奥のほうで何かを探しているようだ。

 

「サイズが合うかわからないのと、かなりのキワモノの服だからあんまり期待するなよ」

「今のところは着れれば問題ない」

 

 だが、しばらくして手ぶらで帰ってきた。

 

「悪い。見た感じだと変身後のサイズに合う服がねえ」

「あー、突然来てしまったからな。仕方ないか」

 

 となるとやはり服屋にいかないとならないのだろうか。

 

「まあ、とりあえずおあつらえ向きの服が無いか探しておくからまた後で来てくれ」

「ああ、すまなかったな」

「もう何があっても驚かないつもりだが、アンちゃんのことだ簡単に驚かせてくれるんだろうな。まったく」

 

 とりあえずここで出来ることは今のところ無いので、奴隷商のテントに戻ることにした。

 

 

 

 

 

―奴隷商のテント―

 

「いやぁ。驚きの展開でしたね。ハイ」

「まったくだ」

「して、フィロリアルの王が何故目撃証言が少ないか判明しました」

「ほう、早かったな」

「はい。というか勇者様も理解していると思いますよ」

 

 もったいぶったように言う奴隷商。

 

「人になれるからか」

「その通りです、はい」

 

 奴隷商は人の姿になっているフィーロを指差した。

 

「フィロリアルの王は、高度な変身能力を持っているのですよ。ですから同類のフィロリアルに化けて人目を掻い潜っていた。というのが私共の認識です」

 

 変身する姿を見ないかぎりフィロリアルが人になることを知るのは不可能なのだから、今まで知られていなかったのは当然だろう。

 

「いやはや、研究が捗っていないフィロリアルの王をこの目にすることができるとは、私、勇者様の魔物育成能力の高さに感服です。ハイ」

「妙に持ち上げるではないか、ええ?」

「ただのフィロリアルを女王にまで育て上げるとは……どのような育て方をすれば女王になるのでしょうか?」

 

 人になれるフィロリアルなど、魔物を売っている人間からすれば喉から手が出るほど欲しいだろう。だからこいつはその飼育方法を聞き出そうとしているのだろう。

 

「恐らくこいつが原因だろうが、詳しくは知らん」

 

 右手にある盾を見せながらアンデルセンは言う。

 

「そうやってうやむやにする勇者様に私、ゾクゾクしてきました。どれくらい金銭を積めば教えてくれますかな?」

「むしろこちらが聞きたいのだがな」

「では、もう一匹フィロリアルを贈与するので、育ててみて――」

「やめろ」

 

 フィーロ一人でも食費を含めて見通しが難しいのに、もう一匹育てるなど金をもらっても断る。

 

「…しんぷさま」

「ん?どうかしましたかフィーロ」

 

 フィーロが心配そうな顔でアンデルセンを見る。

 

「フィーロいい子にしているから…捨てないで…」

「……大丈夫ですよ」

 

 もう一匹育てて欲しいと言われて、どうやら自分は捨てられると勘違いしてしまったようだ。アンデルセンは頭を優しく撫でる。

 

「それと、そうだな。波で現れていた大型の魔物の肉を食べていたが、それも原因かもしれん」

 

 あと考えられるのは幼児洗礼だが、祝福儀礼を施したわけではなかったので無いとは言い切れないが、可能性は低い。

 

「ふむ……それではしょうがありませんね」

 

 何かを隠していると思っているようだが、奴隷商はそれ以上追求するのをやめた。

 

「何時でもフィロリアルはお譲りしますので、試してください。ハイ」

「波に対処するのが本来の仕事なのだがな」

「もしも扱いやすい個体に育てたらお金は積みますよ」

「あまり期待はせんでいてくれ」

 

 化け物共を殲滅するのが役目なのに、どうして周りの人間は他のことを言ってくるのか。

 

「一応話は終わりましたね」

「そうだな」

「さて、ではどうしましょうか」

「フィーロのことだな」

 

 何の解決にもなっていないように見えるが、今後の方針はとりあえず決まった。後はフィーロをどうするかだ。

 

「まさかこのままフィロリアルとして扱うわけにもいかないですし」

「ひとまず人として扱うのは決まりだな」

「でもフィロリアルにもなれますからね……馬車を引きたいという本能は残ってますよきっと」

「だとしたら、益々服が重要になるな」

 

 したいことを無理やり押さえつけたくはない、だが少女が馬車を引くなんてこの世界でも褒められたものではないだろう。

 

「フィーロ、貴女に言わなければならないことがあります」

「なぁに?」

「私がいいと言うまでは、その姿のままでいて下さい」

「えー、どうして?」

「貴女が元の姿に突然なってしまうと、見てしまった人が驚いてしまうからですよ。お約束してくれますか?」

「うー、しんぷさまが言うならフィーロ我慢する」

「いい子ですね」

 

 不満気ではあるが、フィーロはアンデルセンと約束する。

 

「昼食前にもう一度武器屋に寄っておこうか」

「時間的にもちょうどいいかもしれないですね」

「というわけだ、迷惑を掛けたな」

「そう思うのでしたら是非、扱いやすいよう、私共が用意したフィロリアルの育成を――」

「ではまたそのうち寄らせてもらおう」

「極力、私共のペースに飲まれないようにしている勇者様の意志の強さに尊敬の念を抱きます。ハイ」

 

 そうしてアンデルセン達はテントを後にし、武器屋へと向かった。



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新たなる家族

―武器屋―

 

「お、アンちゃん」

 

 アンデルセン達が来るのを待っていたようで店主が手を振る。

 

「何かあったのか?」

「おうよ。ちょっと待ってな」

 

 そう言うと店主は店を閉めて、三人を案内する。

 

 

 

 

―魔法屋―

 到着したのは『魔法屋』と看板が掲げられている店だった。

 

「あらあら」

 

 武器屋の店主に続いて店内に入ると店の店主と思われる老婆が出迎えた。

 

「盾の勇者様ね、お噂はかねがね」

「ああ…」

 

 どういった噂か気になるところだが、今は重要なことではない。

 

「ちょっと店の奥に来てくれるかい?」

「分かった、フィーロ付いてきなさい」

「はーい」

 

 魔法屋の奥に入るとそこは日常的に使っているらしい部屋と、作業場らしき部屋があった。

 案内されたのは作業場らしい部屋だ。

 天井がやや高く、3mくらいはある。

 床には魔方陣が書かれ、真ん中には透明の球体、恐らく水晶が鎮座している。

 

「ごめんねぇ、作業中だからちょっと狭くて」

「突然来たこちらが悪いからな、ここでフィーロの服を作ってくれるのか?」

「朝一で知り合いに尋ねてみたら魔法屋のおばちゃんが良いものがあるって言うからよ」

「そうなのよ~」

 

 魔法屋の店主は水晶を外して、台座に滑車と糸を取る紡錘が組み合わさった道具を用意する。

 

「あれは確か、糸巻き機でしたっけ?えーっと…」

「…『野薔薇姫』」

「え…」

 

 糸巻き機にフィーロが反応する。

 

「お姫様は魔女から15歳の誕生日に死んじゃう呪いを掛けられちゃうの。でも妖精さんが100年後に起きる魔法をかけてくれたの。15歳になった日に、お姫様は城の中で糸を紡ぐおばあさんに出会って、糸巻きの紡錘に触ってベッドの上で100年間の眠りについちゃうの。100年後野薔薇に包まれたお城にやって来た王子様のおかげでお姫様は目覚めて、二人は幸せに暮らすの。しんぷさまがお話してくれたの」

「…よく覚えていましたね、フィーロ」

 

 眠れない夜に、フィーロに聴かせていたグリム童話の話をしっかりと覚えていたようだ。

 

「その子、本当に魔物なのかしら?」

「ああ、今着ている服は羽織っているだけだから問題ないだろう。フィーロ、元の姿に戻りなさい」

「うん」

 

 羽織っていた神父服を外してフィーロは元のフィロリアルに戻った。

 

「あらあら、まあまあ」

 

 やはり始めて見たためだろう、魔法屋の店主は驚きの声を上げた。

 

「これでいい?しんぷさま」

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 心配そうにフィーロは聞いてくる。周りに知らない人間が多いのだから仕方ないと言えば仕方ない。

 

「じゃあ服を作るかしらね」

「前提として破れない服が欲しいのだが、大丈夫なのか」

「そうねえ……厳密に言えば服と呼べるのか分からないけどね」

「と言うと?」

「勇者様は私が何に見えるかしら?」

「持っている知識の中で一番近いのは、魔女だな」

「そうよ。だから変身という事には多少の知識があるのよ」

 

 何が『だから』なのかはこの世界のことをあまり知らないアンデルセンには分からないが、そういうことらしい。

 

「まあ、動物に変身するというのは大体、面倒な手順と多大な魔力、そしてリスクが伴うのだけどね。変身が解ける度に服を着るのは面倒でしょう?」

 

 『出来る事』と『いつもしている事』が必ずしも一致しないのは、手間に見合う利点があるかどうかが一番の理由だろう。メリットとデメリットの関係と言うものだ。

 

「自分の家とかで元に戻れるのなら良いけど、見知らぬ場所で変身が解けたらそれこそ大変よね」

「目も当てられない事になるだろうな」

 

 人から動物になる時も、動物から人になる時も、問題となるのはやはり服のことだろう。変身するたびに着替えなんてしていられないのは分かる。

 

「だから変身しても大丈夫なようにそれ相応の服があるの、変身が解けると着ている便利な服がね」

「魔女、魔法使いが変身するとき向け、か」

 

 変身のたびに服の状態が切り替わる仕組みらしい。

 

「魔物のカテゴリーに入ってしまったりする亜人の一部にも伝わる技術なのよ。有名所だと吸血鬼のマントとか」

 

 ――吸血鬼

 

「…ふふ、ははは」

「おや、どうかしたのかい?」

「いや、懐かしい名前を聞いたのでな」

 

 アイツならば、服なんぞ簡単に変えられそうだな。

 

「で、これがその服の材料を作ってくれる糸巻き機よ」

「…只の糸を使うわけではないのか?」

「厳密に言えば服……とは言いがたい物かしら、服に見えるようにする力が正確ね」

 

 やはり特別な服を作るらしい。

 

「この道具は魔力を糸に変える道具なの、そして所持者が任意のタイミングで糸か、魔力に変えれる訳」

「分かりやすく言うと人型になった時、魔力を糸に変えれるようになるってことさ」

「なるほどな、だから糸巻きの段階から作るのか」

 

 武器屋の店主の補足で納得する。

 フィーロ自身の魔力で服を出したりなくしたり出来るようにするわけだ。

 

「それじゃあ、フィーロちゃんかしら? この道具のハンドルをゆっくりと回して」

「うん」

 

 魔法屋の店主に促されて、フィーロは糸巻き機の滑車横の取っ手を回し始める。

 すると糸が出始め、魔法屋の店主はそれを紡錘に巻きつける。糸が集まりだして、糸巻きになっていく。

 

「あれ? なんか力が抜けるような感じがするよ」

「魔力を糸に変えているからね。疲れるはずよ。だけどもうちょっと頑張って、服を作るにはまだ足りないわ」

「うう……おもしろくなーい」

 

 魔力を糸にしているためか、フィーロが不満を訴えてくる。

 

「でも、頑張る」

 

 フィーロが糸巻き機を回しだした。

 

「わぁ、がんばるわね」

 

 魔法屋の店主が感心している。

 

「そろそろ良いかしらね。回すのをやめて良いわよ」

 

 それからしばらくして、魔法屋の店主が糸巻き機を回すのをやめさせた。

 

「しんぷさまー、フィーロ頑張ったよ」

「よく出来ましたね、フィーロ」

 

 フィーロは魔物の姿でアンデルセンの所へ戻ってくる。

 

「ここを出るときは、人の姿になって出るんですよ。いいですね?」

「はーい」

 

 フィーロが良い返事をする。

 

「後はこれを布にして、服にすれば完成ね」

 

 魔法屋は出来上がった糸を見せる。

 

「なら、織機が出来る人間を探す必要があるな」

「そいつにはあてがある。付いてきな」

 

 武器屋の店主の勧めで、そのまま魔法屋を後にする。

 

「料金は後で武器屋から頂くわよ~」

「ちなみにどれくらいになりそうだ?」

 

 店主に確認する。

 

「魔力の糸化の事? 水晶がちょっと値が張るのよ、勇者様には原価で提供させてもらうけど銀貨50枚よ」

 

 原価で提供してくれるだけでもかなり良心的だが、やはり値が張ってしまうものらしい。

 

 そして武器屋の店主の案内で織機が出来る人間の所へ行き、糸を布にしてくれるという話になった。

 

「珍しい素材だから、こっちも色々とやらなきゃダメっぽいなぁ……たぶん、今日の夕方には出来上がるから、今のうちに洋裁屋に行ってサイズを測ると良いよ。後で届けとく」

 

 との事なので、そのまま洋裁屋に行く。

 

 

 

 

―洋裁屋―

 

「わぁ……凄くかわいい子ですね」

 

 洋裁屋には頭にスカーフを巻きメガネを掛けた女の子が店員をしていた。

 

「羽が生えていて天使みたい。亜人にも似たのがいるけど……それよりも整っているわね」

「そういうものなのか?」

 

 武器屋の店主に聞くと肩を上げられた。

 

「羽の生えた亜人さんは、足とか手とか、他の所にも鳥のような特徴があるのよ。だけどこの子、羽以外にそれらしいのは無くて凄いわ」

「ん~?」

 

 フィーロは首を傾けて洋裁屋の女の子を見上げる。

 

「フィーロは少し特殊でな、今は人だが元はフィロリアルなのだ。普通の服では破けてしまってな」

「へぇ……じゃあ依頼は魔物化する布の洋裁ね。面白いわぁ」

 

 妙に活き活きしている店員だ。

 

「素材が良いからシンプルにワンピースとかが良いかも、後は魔力化しても影響を受けそうに無いアクセントがあれば完璧!」

「??」

 

 捲し立てられて何を言っているのか、フィーロはよく分かっていないようだ。

 店員は神父服を着たまま上から巻き尺で寸法を測定し、衣装のデザインを始める。

 

「魔物化した時の姿が見たいわ!」

 

 フィーロが困り顔で見てくる。何と言うか、今まで出会ったことのない種類の人間だ。

 

「天井に大穴が空くかもしれんぞ」

 

 天井の高さが2m弱しかない洋裁屋ではフィーロが元に戻った時に天井に頭がぶつかり、最悪穴を空けかねない。

 

「座って戻る?」

「それなら大丈夫だろう」

 

 フィーロは天井を気にしながら魔物の姿に戻り、洋裁屋の店員を見つめる。

 

「おおー……ギャップが良いアクセントね!」

 

 フィロリアルになったことよりも心に来るものがあったらしい。

 

「となるとリボンが良いアクセントになるわ」

 

 フィーロの首回りを測定し、洋裁屋は服の設計を始めた。

 

「じゃあ素材が届くのを待っているから!」

 

 興奮気味に答えられる。

 

「コイツは良い職人なんだぜ」

「まあ、そうなんだろうな」

「この街にはいろんな人がいますね…」

 

 仕事に集中しやすい性格なのだろう、ハインケルや由美江がそうだったからなんとなくは分かる。

 

「ま、明日には完成しているだろうな」

「思ったより早いな、結局服を一着作るのに幾らくらい掛かりそうなんだ?」

「アンちゃんにはどれも原価で提供したとして……銀貨100枚って所だろうなぁ……」

 

 どうにもアンデルセンが仲間を増やすと出費がかさばる気がしてならない。これに武器代も加算しなければならない。

 

「まあ、仕方ないか。なんとか工面しよう」

「何をするにしてもお金が必要ですからね、どうにかしないと」

 

 支援金は打ち切られたが、収入がなくなったわけではない。なんとでも出来るだろう。

 

 こうして、新しい家族として一人の少女が加わったのだった。

 

 

 

 



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愛されし者

―翌日―

 

 翌日、アンデルセン達は洋裁屋に再び訪れた。昨日の店員が出迎えてくれた。

 

「はいはーい。服は出来てますよー。久々に徹夜しちゃった」

「その割にはテンションがすごいですね」

 

 ラフタリアの言う通り、徹夜とは思えないほどの様子で店の奥からフィーロの服を持ってきた。

 白を生地にした所謂ワンピースという服で、真ん中に青いリボンをこしらえてあり、同じ色で明暗を付けられていた。

 

「しんぷさま、この服を着るの?」

「そうですよ、フィーロ。着て見せて下さい」

「はーい」

「じゃあ、こっちに来て」

 

 店員の指示に従ってフィーロは店の奥へと入っていく。

 

「じゃあ魔物の姿にも変わってね」

 

 店員の声が店の奥から聞こえてくる。

 

「分かったー」

 

 続いてフィーロの声も聞こえてくる。

 

「うん。やっぱり似合うわぁ……」

 

 うっとりするような声が聞こえた。

 

「じゃあ行きましょうね」

「はーい」

 

 店の奥から二人が出てくる。

 ワンピースを着たフィーロは、背中の羽と相まって可愛らしい姿になっていた。

 

「しんぷさまー」

「どうしました?」

「どう? 似合う?」

「……ええ、大変似合っていますよ」

 

 アンデルセンは一瞬言い淀んでしまう。

 基本的に神父服や修道服しか身近になかったので、似合っているかどうかよく分かっていなかった。

 だが嬉しそうに聞いてくるフィーロにそう言うことは出来なかった。

 

「……そっか、うん。ありがとう」

 

 察してしまったのか、微妙な返しをフィーロはしてきた。

 

(悪いことをしたな…)

 

 かと言って『分からない』とは言えず、アンデルセンは話題を変えることにした。

 

「ラフタリアは新しい服はいらんのか」

「え、私ですか?この修道服を予備と合わせていくつか持っているので大丈夫ですよ」

「お前だって、その、可愛らしいというのか?そういった服が着たいんじゃないのか」

「ふふふ、必要ないですよ。だって」

 

 満面の笑みを浮かべてラフタリアはアンデルセンを見る。

 

「神父様が初めてくれた大切な服ですから、死ぬまで着続けるつもりですよ?」

「…変わり者だな、お前も」

「まあ、神父様に言われるだなんて驚きです」

 

 可愛げのない返しをしてくる。誰に似たのかなど言うまでもない。

 

 

 

 

~フィーロ~

 

 しんぷさま、あんまり喜んでくれていないみたい

 ラフタリアお姉ちゃんとは楽しそうにお話しているのに

 フィーロとお話しているとうれしくないのかな…

 いやだよ、嫌われるなんてフィーロいやだよ

 

『……求めなさい』

 

 あれ、今誰か…

 

『もしも貴女が求め続けるのならば』

 

 何を求めるの?私が今欲しい物?

 

『貴女にそれを与えましょう』

 

 欲しいもの、しんぷさまに嫌われたくない

 ラフタリアお姉ちゃんと同じように大切にされたい

 

 わたしが神父様を大好きなように

 

 神父様も私を大好きになってほしい!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だ」

 

 小さく誰かが呟いた。

 

「…フィーロ?」

 

 差な声の主は、感情が抜け落ちたような表情で立っていた。

 純白の服を着飾り、背から羽を生やした少女は

 

「私のこと、嫌いになっちゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやだ」

 

 悲痛な言葉とともに光に包まれた。

 

「な…!」

「一体何が?!」

 

 アンデルセンとラフタリアが驚きの声を上げる。徐々に光は収まり、やがて完全に消えた。

 

 

 そこに立っていたのは

 

 

「……」

 

 

 先程まで来ていた服と大きく異なる

 

 

 黒い修道服に身を包み首からロザリオを掛け佇むフィーロだった

 

 

「え、一体何が起こったの?」

 

 店員が驚いたような声を上げた。

 

「もしかして、フィロリアルクイーンの能力なのかも」

「そうなんですか!すごいですね」

「やっぱりフィーロって他の子と違うんですね、神父様」

 

 ラフタリアがアンデルセンに同意を求める。

 

「………………」

「神父様?」

 

 目を見開き、ラフタリアの言葉に反応を示さないアンデルセン。

 

「…何をした」

 

 低い声に怒気を孕ませて、アンデルセンはフィーロに詰め寄った。

 

「し、神父様?!」

「答えろフィーロ!!お前は今、一体何をしてしまったんだ(・・・・・・・・・・)!!」

 

 それまでの様子と一変しフィーロを怒鳴りつけるアンデルセンをラフタリアは止めようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何もしていないよ」

 

 そんなアンデルセンに物怖じせず、静かな声が響く。

 

「私は何もしていないよ」

「お前、お前は!」

「何もしていないんだから」

 

 

 

 

 

 

「何も変わっていないんだよ」

 

 無表情にフィーロは答えた。

 

「…そうか、そういうことか。お前はそれを望んでしまったのだな(・・・・・・・・・・)?」

 

 すべてを悟ってしまったかのように、力なくアンデルセンは聞き返した。

 

「うん、だから何も問題はないよ(・・・・・・・・)。神父様」

「…分かった」

 

 それ以上聞き返すことはなく、アンデルセンは出口へと向かう。

 

「…騒がせたな」

「い、いえ。大丈夫です」

「あ、あの。神父様」

 

 ラフタリアが声をかけてくる。

 

「すまんラフタリア、フィーロの世話をしばらく頼む」

「し、神父様は?」

「…しばらく一人で考えたいことがある。今日中には戻る」

「あ、待って…」

 

 ラフタリアの声を最後まで聞かずにアンデルセンは一人洋裁屋を後にした。

 

 

 

 

―川原―

 

 かつて、この世界ではじめて洗礼を行った場所にアンデルセンはいた。

 膝をつき、ロザリオを握りしめながら彼は只々主に問いただし続けた。

 

「主よ、何故、何故なのですか?貴方はこれを望まれていたというのですか。彼女に苦悩の道を歩めとそう仰られるのですか」

 

 祝福され生まれてきた彼女に、これから訪れる運命(さだめ)はあまりにも悲惨なものになるだろう

 家族として受け入れた彼女は、それを知っていた。いや

 知ってしまった(・・・・・・・)のだ。一人で背負い続けるのには重すぎるそれを

 

「――――神父様」

 

 優しい少女の声が聞こえる。この世界ではじめて出来たキリスト教徒(カトリック)

 

「…フィーロの世話を頼んだはずだが?」

「事情を話して、今魔法屋のおばあさんに預かってもらっています。誰かさんが何も言わずに勝手に何処かへ行っちゃったせいで、探すのに苦労しましたよ」

「…………」

「フィーロの事、教えてくれませんか?」

「…知ってどうする」

「私たちはもう家族です。家族に何かあるのなら、助けるべきでしょう?」

「…敵わんな、本当に」

 

 アンデルセンはラフタリアに向き合う。

 

「今から話すことは、俺の予想も入っているがほぼ確実な内容だと思ってくれて構わん」

 

 深い溜息を吐き、彼は話し始めた。

 

 

 

 

 

「フィーロの着ていた服、見覚えがあるだろう」

「私が来ている修道服と同じですね」

「そうだ、直前まで着ていた服から修道服に変わった」

「フィーロの力だったのではないんですか?」

「…いいや、あれは別の力だ。いや力というのも憚られるものだ。何人足りとも触れることはもちろん見ることさえ出来ない、それをフィーロは使った」

「何なんですか、それは」

「…『奇跡』だ」

「奇跡?」

「そうだ、もはや人がどうにかできる力ではない」

「それをフィーロが使った?でも」

「ああ、あの程度で奇跡と言われても納得出来んだろう。だがな、あの程度で終わるわけがない」

「まさか…」

「フィーロはより大きな奇跡を起こすだろう」

「奇跡、ではない可能性は?」

「低い、それも考えてフィーロに問い正した。結果があれだ」

「フィーロはその奇跡を自覚しているんですね」

「そうだろう」

 

 一息ついて、ラフタリアもため息を吐く。

 

「そんな大切なことを言わずにいるつもりだったんですか?」

「俺自身、らしくもなく混乱してしまってな」

「さっきも言いましたが家族のことなんですから、逆に心配になってしまいますよ」

「これは、隠し通さなければならん」

「…そこまで深刻なことなんですか」

「奇跡の力を使った者達の末路は、常に最悪なものだった。罪人として、魔女として、反逆者として」

「フィーロもそうなってしまうのですか?」

「恐らくな、この世界の連中にとって邪魔になれば躊躇せんだろう」

 

 他でもない自分たちがそうしてきた。バチカンの歴史は常に血に塗れたものだった。特に異教徒の聖者など活かしておく理由がない。

 

「あの子には、これから多くの災いが降り注ぐだろう。主がそれを望まれているのだ、この世界に『奇跡』を起こせと」

「その奇跡の内容は、分かりますか」

「…主のお考えを推し量るなど恐れ多くてできん」

「そう、ですよね」

 

 考えこむラフタリア、しばらくして顔を上げて話しかけてきた。

 

「神父様、提案があるんです」

「何だ?」

「次の波まで、余裕がありますから

 

 

 

 

 

 布教の旅に出てみませんか?」

「それは…」

「今この国、いいえこの世界には私と同じように家族や財産、その他色々なものを失ってしまって困っている人たちが大勢いると思うんです。一人でも多く、そういった人たちの助けになりたい、そうすればフィーロのことを皆さん受け入れてくれる。そう思っているんです」

「…同じ宗教でも起こらんとは限らないぞ」

「じゃあ、私達がフィーロを守りましょう。例え世界が敵になったとしても、私は家族を命懸けで助けたい。神父様も仰っていたではありませんか」

 

「『そうあれかしと叫んで斬れば、世界はするりと片付き申す』と」

 

 腰の剣を抜き、地面に刺してラフタリアは言い切った。

 

「…ふふふ、はははははははは。まさかお前からそんなことを言われるとはな、俺も相当焼きが回っていたらしい」

 

 アンデルセンは立ち上がりそう言った。

 

「立ちふさがるものは切り伏せるのみ、そんな単純なことさえも忘れていたか。俺もまだまだだな」

「神父様がまだまだなら、私なんてかすりもしていないですね。精進しないと」

「…すまなかったなラフタリア」

「問題はない、ですよ」

 

 ――主よ、貴方の真意を我々は図りかねます。しかし

 しかし、彼女に苦悩と災いの道を歩めとおっしゃるのならば

 

『我々にも同じものを与え給う』

 

 彼女の進む道に 幸福のあらんことを

 

 

 



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道を示すもの

―城下町―

 

「お騒がせしましたおばあさん」

「大丈夫よ、色々と事情があるみたいだからね」

 

 草原の近くの川原からアンデルセンとラフタリアは城下町の魔法屋に戻ってきた。

 出迎えてくれた魔法屋の店主は深くは聴かずに出迎えてくれた。

 

「……しんぷさま」

 

 店主の隣にいるフィーロが心配そうに声を掛けてくる。

 

「フィーロ…」

「なに?」

「先程は、突然大声を出したりしてすいませんでした。驚いたでしょう」

「ううん、大丈夫」

 

 先程とは異なり歳相応の顔をして話す。

 

「詳しい話はリユート村に帰りながらしましょうか、神父様」

「腰を据えて話す必要があるからな、今日は帰ろう」

「いつでも来てちょうだいね」

 

 店主の見送りを受けて、アンデルセン達はリユート村へと向かった。

 

 

 

 

―草原―

 

「――と言った感じですね、分かりましたか?」

「ふーん、そうなんだ!」

「…分かっているんですか?本当に」

 

 城下町から草原に出てしばらく、フィーロにこれから布教のために旅をすることを話すが、いまいち理解していないような受け答えをする。

 

「つまり困っている人たちを助けに行くんでしょ?」

「そ、そうですよ」

 

 と思ったらしっかりと理解できていたようだ。

 

「それが私に求められている使命だもん。もちろん分かっているよ」

「……それなら大丈夫ですね」

「きっと私達を必要としている人たちが待っているから、その人達の所へ行くんだよね?どうやって行くの?」

 

 フィーロが疑問に思って聞いてくる。

 

「それは私も思いました。フィーロに馬車を引いてもらいますか?」

「フィーロはしたいな―」

 

 やる気満々という風にフィーロが跳びはねる

 

「それも考えたが、波までに戻れるかが問題でな。いい機会だ、ラフタリアとフィーロには覚えてもらうついでに見せよう」

 

 そう言ってアンデルセンは一冊の本を取り出す。

 

「それは、聖書ですよね。それで何を?」

「見ておけ」

 

 アンデルセンは取り出した聖書を左手に乗せ、開いた。

 その瞬間

 

「わぁ!!」

「え、なに?」

 

 大量の紙が聖書から出てきて、三人の周りを舞い始めた。

 光る紙に包まれて三人はその場から消えてしまった。

 

 

 

 

―リユート村―

 

「あれ、ここは…?」

「リユート村だ」

「ええ!?さっきまで城下町を出てすぐの草原にいましたよね?!」

「わー、すごいすごい!」

 

 ラフタリアは驚き、フィーロは興奮している。

 

「祝福儀礼の術式をこの聖書に組み込んである。ある程度距離があっても移動ができるからな、馬車よりも楽だろう」

「確かにそうですね、比較的大きな街を中心に回れば布教もし易いですし。移動時間を考えないのなら…」

 

 ラフタリアが考えながら話す。

 波の直前まで自分たちの目的に費やせるのはやはり大きいだろうし、馬車が苦手なラフタリアもこれなら大丈夫だ。

 

「フィーロもするー」

 

 その言葉にアンデルセンは驚愕した。

 

「な、何をするフィーロ…!!」

「えーい!」

 

 渡したはずのない聖書をいつの間にか手にして、先程アンデルセンがしたように紙が舞い

 再び三人はその場から消えた。

 

 

 

 

―???―

 

「キャーーー!!!」

「うわーーー」

「クソっ!」

 

 慣れていないことをしてしまったためか、おかしな体勢で移動してしまいラフタリアは膝から、フィーロは回りながら、アンデルセンはなんとか膝をついた体勢で着地した。

 

「一体何の……うぉぉ!アンちゃん達じゃねーか!!」

「…ここは武器屋か」

 

 城下町の武器屋の売り場に飛ばされてしまったようだ。

 

「ううー膝が、膝が痛いです」

「わー面白い面白い!!もう一回しよっと」

「やめなさいフィーロ!」

 

 慌てて聖書を取り上げながら、中身を確認する。

 

「教えてもいないのに儀礼を施しているのか!!フィーロ!聖書はどうやって手に入れたのですか!」

「なんかねー服の中に入ってあったから、使ってみたのー」

「…はぁ、予測しておくべきだったな」

「何があったかは知らないが、また面倒なこと仕出かしたのは分かるぞまったく」

 

 何度目になるか分からない店主の呆れ声を聞く。

 

「そもそもどうして武器屋に来たんでしょうか?」

 

 膝を抑えながらラフタリアが疑問を口にする。

 

「フィーロお腹すいた、この前食べた料理また食べたい」

「この前の料理って店主さんが持ってきたあの料理ですか?」

「うん」

 

 どうやら食事がしたいと思いながら移動したらしい。

 

「そう言う能力があるんですか?」

「いや、無いはずだ。これは予め何処へ行くかを決めておくか、もしくは…」

 

 そこまで言ってアンデルセンは右手を顎に当てて考える。

 

「まさか、そういうことか?」

「何がですか?」

 

 

 

 

「フィーロの『奇跡』だ」

 

 どうも考えていたような旅にはならないようだ。

 

 

 

 

―リユート村―

 

「つまり、フィーロさんはお腹がすいたと言う欲求を満たすために祝福儀礼済みの聖書を作り出して、以前に食事を頂いた武器屋さんに移動してしまったということですか」

 

 リユート村に再び移転し、ラフタリアは確認するようにアンデルセンに言う。

 

「ほぼ間違いない。俺はフィーロに聖書は渡していないし、渡していたとしても祝福儀礼の掛け方を教えてもいない。同時に二つのありえないことを仕出かしたということだ」

「……それを行った理由が空腹っていうのがフィーロさんらしいですね」

 

 若干呆れながらラフタリアは苦笑した。当の本人は街で調達してきた食事を食べ終えて満足気にアンデルセンのひざ上に座っている。

 

「ともかく、予定を繰り上げて行動に移れるようだ。二週間ほど必要かとも思ったが、ラフタリアだけならば移動中でも教えられるからな」

「ではすぐに移動しますか?」

「いや、その前に情報がほしい。無闇矢鱈に移動すると碌な事にならん。ラフタリアは城下町で情報収集してきてくれ」

「あら、私の訓練は後回しですか?」

 

 腰に手を当てて小さく笑いながらラフタリアが皮肉ってくる。

 

「ふん、期待しているからだ。必ず出来る、と」

 

 笑いながらアンデルセンはそう返した。

 

「そうでしたら、期待に答えなければいけませんね。早速行かせていただきます」

「……今日すぐに行かんでもいい。お前も疲れているだろう?明日送っていこう」

「ではお言葉に甘えさせていただきます」

 

 波が終わってからも、主にフィーロ関連で色々とやることが多くなりラフタリアも落ち着いて休息しておく必要が有ると思い、その日は村で一夜明かすことになった。

 

 そして翌日、ラフタリアは意気揚々と城下町での情報収集を始めた。

 

 

 

―二日後―

 

「幾つか気になる情報を手に入れたので、一旦切り上げてきました」

 

 情報収集の為に城下町に行っていたラフタリアは、思った以上に早く帰ってきた。

 フィーロの特訓を一時中断してアンデルセンはラフタリアの話を聞く。

 

「行商人や冒険者を中心に聞き込みました。他の勇者の情報が中心です」

「早速話してくれ」

 

 ラフタリアが持ち帰った情報は、他の勇者が何をしているのかと言うものだった。

 

「槍の勇者一行は王城から南西地域を重点的に回っているようです。飢饉に苦しむ村を封印されていた伝説の植物を使って救ったそうです。

 

 剣の勇者一行は王城から南東地域を拠点に活動しているようです。凶暴な魔物が生息している地域のようで、東の地で暴れていたドラゴン、巨大な龍を討伐したそうです。

 

 弓の勇者一行は確定していませんが、圧政が敷かれていた北の国でレジスタンスと共同で王政を倒したらしいです。残念ですが情報が少なく断定するまでには至りませんでした」

「ふむ、分かった」

 

 聞いた限りでは人助けを兼ねたレベル上げをしているようだ。

 

「弓の勇者の情報が少ないというのは?」

「リーダー格の冒険者が一番強く、弓を使って戦っていたらしいのですが名乗っている情報がなく聞いてきた方達も『恐らく』や『多分』と言っていました」

 

 身分を隠してする理由がよくわからない。バレてもむしろ自分の評価が上がるから隠す必要性はないはずなのだ。盾の勇者のアンデルセンはともかく。

 

「目立った情報は以上ですね、私はもうしばらく収集してきます」

「分かった、くれぐれも出発の日に遅れんようにな」

「当然です」

 

 ふふん、と胸を張るラフタリア。

 

「さあフィーロ、続きをしますよ」

「えー、まだやるの?」

 

不満気にフィーロは言う。

 

「きちんと使えるようになれば、貴女のためにもなりますよ」

「うぅー、分かったよフィーロ頑張る」

 

 この世界でも守るべき者が出来る、最初の時は考えられなかった物語は

 

 小さな種を蒔きながら始まろうとしていた。

 



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旅立ち

大変お待たせいたしました
ようやくの投稿ですが今後もかなりの不定期更新となりそうです
読者の皆様には申し訳ありませんが、どうかよろしくお願いします


―リユート村―

 

 ラフタリアが勇者たちの情報を入手してから二日後、出発予定の五日目となった。あの後城下町で情報収集を続けたのだが、目ぼしい情報は見つからなかった。

 

「本当は馬車も用意してあげたかったんですけどね」

「生憎とそんな余裕はなかった、次の波のあとにでも用意しておこう」

「フィーロ馬車引きたい」

「我慢しなさい」

 

 不満気に言うフィーロを窘める。聖書を使った移動が基本になる以上、大量に物資を運ぶ以外に用途は無いだろう。

 

「それでは出発しましょうか?」

「そうだな」

 

 次の波まで多少の猶予はあるが、無駄に出来るほどはない。出来る限り素早く行動するべきだろう。

 

「……勇者様方」

「ん?」

「おや、あなた達は……」

 

 アンデルセン達に声をかけてきたのはリユート村の住民達だった。

 

「行かれるのですね、先日は大変お世話になりました」

「勇者様方が居らっしゃらなかったら、この村はどうなっていたのか分かりません」

「本当に有難うございました」

 

 それぞれに住民達は頭を下げて感謝の言葉を伝えてくる。

 

「結果として助けたに過ぎん、俺がいなくとも騎士団の連中がなんとかしていただろう」

「それでも私達の多くはこうして無事でいられます、出来ることは少ないですがいつでもまたいらして下さい」

 

 村の一部が破壊され、先の波の傷も癒えていないだろう。これがこの国の、いや世界の現状だ。

 何処で起こるのか分からない「波」という災厄、それに怯えながら過ごしていくには人間はあまりにも弱い生き物だ。

 

「……旧約聖書『詩編』55章23節」

 

 聞こえてきた声に住民たちはアンデルセンの後ろを見る。その声色は子に話しかける母親のように温かみのあるものだった。

 

「『あなたの重荷を主に委ねよ。主はあなたを支えてくださる』

 人は多くの重荷を抱えながら生きていく、悲しみも苦しみも。けれども嘆く必要はありません、主は我々をいつも支えてくださるのですから」

 

 微笑みながらフィーロはそう言った。

 

「重荷を主に……?」

「支えてくださる、ですか」

 

 その言葉を聞いて住民達がざわめく。

 

「……本当に、私たちには考えつかないような奇跡なのですね」

「あぁ……」

 

 それは喜ばしいことであると同時に、最も危惧するべきことだ。何時如何なる時も目を離すことは出来ない。

 

「主に愛されし者、奇跡を起こす者。異教徒共からすれば格好の獲物だな」

「流石にこの状況で仲間割れの原因を作るとは……」

「人は強大な敵を前にしても一致団結できんものだ、どんな状況でもな」

 

 炎に包まれた死都ロンドンでもそうだった。彼等ヴァチカンは王立国教騎士団を裏切り、熱狂的再征服(レコンキスタ)を発動し多くのイギリス人共(異教徒共)を裁いた。

 

 アンデルセン自身、その事を特に気になどしていなかった。裏切りは当たり前、それどころか称賛されてしかるべきと言い放ったのだから。

 

「例え明日世界が滅びるとしても滅びるその瞬間まで争いをやめず、争いの原因を相手に押し付けながら野垂れ死んでいくのだ」

 

 それはこの世界でもそうだろう。アンデルセンは確信していた。

 

「とにかく、異教徒どもに好き勝手されるのは気に入らん。敵となるなら容赦はしないだけだ」

「まぁ、それが無難なところでしょうね。我々は我々の目的のために動くまでですから」

 

 小さく笑みを浮かべてラフタリアは同意した。

 

「…それと勇者様にお渡ししたいものがありまして」

「ん?なんだ」

 

 一人の村人が近づいてきてアンデルセンに話しかける。

 

「勇者様がフィロリアルをお持ちと聞きまして、村で使っていなかった馬車を改修してお渡ししたいと思いまして…」

「…ありがたいが、しばらく使う予定はないぞ?」

「それでしたらお使いになるまでこの村に置いておきます。いつでもお使いください。」

「…感謝しよう」

 

 少々タイミングは悪かったが馬車が手に入ったのは良かった。今回の旅では使わないが、そのうち使わせてもらおう。

 

「さて、そろそろ行こうか」

「はい、神父様。行きますよフィーロさん」

「…うん」

 

 フィーロが村人との会話を終えてこちらに来る。

 アンデルセンは聖書を取りだしーーー

 

「……」

 

 聖書を開いたまま凝視して固まった。

 

「?どうかされましたか神父様」

 

 ラフタリアの声かけに反応せずゆっくりとフィーロの方を向く。視線の先にいるフィーロは顔を反らしていた。

 

「フィーロ」

「私なにも知らないよ神父様」

「まだなにも聞いていませんが?」

「知らないよ」

「馬車は次の機会と言いましたよね?」

「知らないよ」

「フィーロ」

「……」

 

 そのまま黙り混んでしまうフィーロ、ラフタリアはアンデルセンが持っている聖書を覗き混む。

 

 

「あー…なるほど、これでは移動できませんね…」

 

 一文字もかかれていない聖書(・・・・・・・・・・・・・)を見てラフタリアは苦笑いした。

 

「奇跡を使いこなしているようですね、あまりいい理由ではありませんが」

「自分ができることを理解しているだけだ、正確に言うと使いこなしてはいない」

 

 感情で奇跡を起こしてしまっているのはどうしようもなかった、これでも押さえられているのだからいかにフィーロが祝福されているかが分かる。

 

「…持っていきませんか、馬車」

「使い道はあまりないと思うが?」

「フィーロさんにとってはただの馬車じゃないんですよ、村の人たちが用意してくれた大切な馬車なんですよ」

 

 ラフタリアはそう言ってフィーロに近寄る。

 

「あんな恐ろしいことを体験して自分達の村を復興しなければいけない現状で、フィーロさんのために直してくれた馬車ですもの。使わないとフィーロさんもきっと悲しいですよ」

「…お前もフィーロには甘いな」

「妹弟子…いえ妹ですからね、当然ですよ」

 

 ふんすと鼻息が聞こえてきそうなほどに、ラフタリアは胸を張った。

 

「ははっ、妹か。確かに見えんことはないな」

「可愛い妹のお願いですもの、聞いては頂けませんか?」

「…ククク、仕方あるまい」

 

 そういうとアンデルセンはフィーロの正面に立つ。今の会話はどうやら聞こえていなかったようで、フィーロは目を伏せたままだった。

 

「フィーロ」

「……」

「どうしても馬車を引きたいですか?」

「…うん、引きたい」

「では、一つだけ約束をしましょう」

「…なに?」

「『この馬車を大切に使うこと』、それをしっかり守るのであれば今回の旅で一緒に持っていきましょう」

「…本当?本当に持ってっていいの?」

「ええ、その代わり約束をしっかり守ってもらいますよ?」

「守る…フィーロちゃんと守る!」

「…いいでしょう、フィーロ。ではこの馬車は貴女のものです」

「…うん!」

 

 満面の笑みで顔をあげるフィーロは、年相応といった感じであった。

 

「ふふ、とても嬉しそうですね」

 

 いつの間にか隣に来ていたラフタリアが、笑いながらそう言った。

 

「これで一件落着、ですかね」

「ああ、聖書の方も戻っているしな」

 

 アンデルセンが持っている聖書には、しっかりと文字が書かれていた。

 

「そういうわけだ、悪いがこの馬車は今から使わせてもらうぞ」

 

 先ほど馬車を譲ってくれた村人にそう伝える。

 

「いえいえ、使っていただいた方がその馬車も嬉しいでしょう。どうぞ存分にお使いください」

 

 そんなやり取りを見ていた村人はにこやかな表情でそう返した。

 

「では行きましょうか、時間は有効に使いませんとね」

「フィーロ頑張って馬車引く!」

「あまりはしゃぎすぎないように」

 

 ―――さあ始めよう、奇跡と希望の旅を



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