BEST ASSASSIN (後藤陸将)
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PART 0 その男の名は

導入部です。ゴルゴ本人はしばらく出てこない予定ですのでご了承下さい。


 8月に入り、気温31℃、湿度70%。やや花詰まりぎみの、どちらかというとミンミンというよりビンビンとも聞こえるミンミンゼミの独特の鳴き声が響く山中に彼らはいた。

 額に汗を滲ませながらエアガンを手に数十メートル離れたターゲットを目掛けて数ミリの弾丸を発射する少年少女たち。彼らは皆、この椚ヶ丘中学校3年E組に在籍する中学生であり、同時に暗殺者(アサシン)でもある。

 彼らの標的は、自分たちのクラスの担任教師――最高速度マッハ20、月の直径の7割を消し飛ばし、来年3月には地球も月と同様に爆破すると予告している、百億円の賞金を懸けられた超生物、通称『殺せんせー』だ。

 地球の存亡をかけた計画の一つとして、この中学生たちはこの暗殺教室に通っているのである。

 

 

 

 彼らが殺せんせーの命を奪うために策をめぐらせた椚ヶ丘中学校特別夏期講習沖縄離島リゾート2泊3日までは残り1週間。

 暗殺教室の生徒に一人である潮田渚は、エアガンの弾を撃ちつくしたところで100m離れた的から視線を外した。そして、マガジンを外して弾を補充しようとしてふと、視線を周囲にむける。

 特に理由もなく周囲のクラスメイトの練習風景を見渡している途中、渚の視線は一人の男に向いた。

 ――ロヴロ・ブロフスキ。3年E組外国語講師にして、世界最高峰の“色仕掛け(ハニートラップ)”の達人でもあるイリーナ・イェラビッチを日本政府に斡旋した『殺し屋屋』。かつては腕利きの暗殺者として知られていたが、老いを理由に引退したという経歴を持つ。

 現在は後進の暗殺者を育成する傍らで、教え子や知り合いの暗殺者を斡旋することで財をなしており、殺し屋というものをよく知る人物である。この合宿での暗殺計画に万全を期すべく、夏休みの特別講師として日本政府が招聘したのが彼だった。

 渚が知る『殺し屋』は、外国語講師であるイリーナ・イェラビッチと彼だけだ。だからだろうか、彼の姿を見て渚はひとつ聞いてみたくなった。

 それは、紛いなりにも『暗殺者』としての教育を受けている生徒であるが故の単なる好奇心からなのか、それとも、己の中に眠る()()()()()()をおぼろげに自覚し始めているが故の興味なのか。それは、この時点では彼自身も分からないことだった。

 

 

「ロヴロさん」

 渚はロヴロに声をかける。声をかけられたロヴロはどこか驚いたような表情を浮かべた。普段は特に主張しない渚が自分から声をかけてきたことに驚いたのだろうか。

「僕らが知ってるプロの殺し屋って……今のところビッチ先生とロヴロさんしかいませんが」

 そう前置きして渚は続けた。

「ロヴロさんが知ってる中で……一番優れた殺し屋って一体どんな人なんですか?」

 これまでも殺せんせーの暗殺にロヴロが斡旋した何人かの暗殺者が挑戦して失敗していることは渚たちも知っている。ひょっとして、既に斡旋して敗北した暗殺者の中に最良の殺し屋がいたのか、はたまた、まだ隠し玉として残しているのか。

 正直、殺せんせーを殺せるだけの能力を持った殺し屋というのは、全く想像できないものでもある。だが、殺し屋のことを知り尽くしている彼ならば、ひょっとするとその指標となるような殺し屋を知っているかもしれない。渚が彼に問をかけたのは、そのような考えもあったからかもしれない。

 そして、ロヴロは渚の問に僅かに笑みを浮かべながら口を開いた。

「興味があるのか。殺し屋の世界に」

「あ……い、いや、そういう訳では」

 正直なところ、興味が無いと言えば嘘になる。ただ、その世界に足を踏み入れたいと思うほどの興味も今の渚にはなかった。

「そうだな……俺が斡旋する殺し屋の中に()()はいない」

 殺し屋屋とて、全ての殺し屋を斡旋できるわけではないということぐらいは予想がついていた。そのことに対して内心で少しだけ、渚は残念に思った。もしも、ロヴロが尤も優れた殺し屋を斡旋できたのならば、直接会って教えを乞いたいとか、その技を見てみたいという思いは少なからず渚の中にあった。

「最高の殺し屋――その候補者はこの地球上にたった二人だけだ。それは、人生の大半を暗殺に費やしたものとして断言しよう」

 ロヴロの何かを含むような眼差しが渚を見据える。

「この業界ではよくあることだが、彼らの本名は誰も知らない。生い立ちも、生年月日も、国籍も出身地も不明だ」

 そう前置きして、ロヴロは先ほどから密かに渚とロヴロの会話に聞き耳を立てていたイリーナに視線をやった。師匠の前で小さくなっていたイリーナは、突然鋭い視線を向けられ、隠し事がばれた子供のように身を震わせた。

「イリーナ、お前も聞いたことがあるだろう」

 イリーナは僅かに強張った表情を浮かべ、静かに頷いた。

「――死神。夥しい数の屍を積み上げ、死そのものと呼ばれるに至った神出鬼没、冷酷無比の男ですか?」

「正解だ。殺し屋につけられる渾名にしては単純に思えるが、死を扱う我々の業界で死神といえばこの男のことを指す。超一流の変装技術、超一流の情報収集力、そして超一流の暗殺技術を併せ持った死角のない暗殺者。それが死神だ」

 『死』そのものと呼ばれるに足る暗殺者――その名を聞いても、渚はピンとこなかった。どれほどの屍を積み上げれば、どれほどの才を持っていれば、どれだけの鍛錬を積めば、どんな困難な任務を遂行すれば『死』と呼ばれるのか。そんなことは殺し屋の修行を始めて数ヶ月の彼には到底考え付かない。

「そして私の知るもう一人の候補者……彼もまた、『死神』の渾名で呼ばれるに相応しい殺し屋であることは間違いない。しかし、彼には『死神』よりももっと不吉で、もっと相応しいコードネームが存在する」

「コードネーム?」

「ああ……その男の名は、“ゴルゴ13”!!」

 ――ゴルゴ13。その名前のどこが不吉なのか、渚にはピンとこなかった。それを察したのか、イリーナが捕捉説明をする。

「ゴルゴ13っていうのはね、イエス・キリストを裏切って茨の冠をかぶせ、ゴルゴダの丘で磔刑にかけた十三番目の男を意味するの。――この国じゃあ馴染みが無いかもしれないけれど、この十三番という数字はキリスト教社会では最も不吉な数字で、忌み嫌われるものなのよ」

「キリスト教社会においては最も敬われる男を裏切り、磔刑にした、13番目――これ以上無い不吉な要素を含んだコードネームということだ。そして、この男は私が知るだけでも幾度となく人類の歴史を変えてきた。もしも君達がこのままヤツを殺しあぐねていれば、いつか死神かゴルゴ13が……ひょっとすると、両方がヤツの抹殺に動くということもあるかもしれないな」

 

 

 死神にゴルゴ13――ロヴロの口から語られた二人の殺し屋。どちらも想像することすらできない高みにいる殺し屋であることは渚でもおぼろげに理解することができた。

 そして、同時に危機感を抱く。ロヴロをして最も優れた殺し屋と言わしめる二人の殺し屋が動いたら、はたして僕達に殺せんせーの命を絶つチャンスは残っているのだろうかと思わずにはいられない。

 いよいよ――この夏休み合宿のチャンスを逃せなくなったと渚は感じた。この合宿で殺せんせーを仕留められなければ、次に大規模な計画を立案し、実行するにはしばらく間を空けなければならない。その間に他の殺し屋に殺せんせーの命を奪われるなんて御免だった。

 自分たちの手で、残された時間で殺れるだけのことを殺って、自分たちの手で殺せんせーを殺して答えを見つけたい。それが、イトナ君とその保護者のシロの介入を経て渚達が共有した一つの意識だ。

「焦りを覚えているのかね?」

「……はい」

 ロヴロに指摘され、渚は僅かに俯きながら答えた。しかし、俯く渚を見たロヴロは不敵に笑う。

「最も優れた殺し屋に先をこされることを恐れ、諦めるのではなく静かに対抗心を燃やす……いい心がけだぞ、少年。君の願いを叶える一助になるであろう、必殺技を伝授してやろう」

「ひっさつ……?」

 そんな、アニメや漫画のような都合のいい『必ず殺す技』が存在するのだろうか?渚は疑問に思わずにはいられなかった。それに対し、ロヴロは堂々と言い放った。

「そうだ――プロの殺し屋が直接教える……“必殺技”だ」

 

 

 ――それから一週間後、必殺技を携えた渚は、仲間と共に現時点で持ちうる全ての技術と情報を駆使した南の島の暗殺ツアーに挑む。




時間軸は、夏休み合宿直前です。ここから物語を展開させていく予定です。


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PART 1 集まる人々

ゴルゴ、まだ出てきません。
後二話ぐらいしたら登場させる予定です。


 G20――20か国・地域首脳会合(サミット)はこの年、日本で行われていた。

 

 一年ほど前からアフリカで驚異的な感染拡大を見せている重篤感染症対策や、中東情勢の悪化による難民の大量発生問題、東アジアにおける核とミサイルの問題についてがこの会議で話し合われる予定となっている。

 

 さらに、今年はG20参加国の代表者に加え、10の招待国の代表者と6の国際機関の代表者が参加するという過去に例を見ないほどに大規模な会議となっていた。安全保障や疫病対策を世界中の国々が如何に重視し、そしてそれに対する国際的な連携が必須だと考えているかが分かると各国のマスコミは報じている。

 

 いくら世界の様々なところに火種が燻っており、国際的な対策が必須だったとしても、それを理由にいきなりこれほど多くの国々の代表者が集まるというのも非常に珍しいこともあり、インターネットでは東アジア情勢を掻き回している某国の生物兵器開発疑惑が持ち上がったが故の緊急会議だとか、はたまたアフリカのジャングルで新種のウイルスが見つかっただとか――そんな憶測がまことしやかに囁かれていた。

 

 実際のところ、この20か国・地域首脳会合(サミット)は隠れ蓑に過ぎなかった。本来の議題は感染症対策でもなければ、某国の核やミサイル問題でもない。感染症や某国の脅威を敢えて煽り、世間の注目度と問題の重要性を上げてまで地球上の30ヶ国の首脳が集まった理由は、たった一人の超生物抹殺のために他ならなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

「――以上が、7月までの暗殺訓練の中間報告になります」

 

 防衛省情報部、尾長剛毅情報本部長は、眼前に揃った30ヶ国の首脳の前で礼をした。

 

 彼が壇上で報告した4月から7月にかけて実施された数々の暗殺計画とその結果、そして観察の結果判明した超生物の生態や弱点、暗殺教室に通う3年E組の生徒たちの技量についての報告を聞いた各国首脳の顔は、お世辞にも明るいものとはいえない。

 

「日本政府は手を拱いているだけではないのですか?」

 

 ドイツの首相が棘のある口調で言った。

 

「暗殺計画がスタートしてから早4ヶ月です。地球滅亡までのタイムリミットは後8ヶ月しかない。それまでに本当にあのバケモノを殺せるのですか?」

 

「……我々とて、地球滅亡の危機に指をくわえてただ見ているだけのつもりはありません。我々は、まだいくつかの暗殺計画を準備しております」

 

 日本国内閣総理大臣、右妻鷹之丞は淡々とドイツ首相の問いかけに答えた。

 

「作戦の機密保持のために詳細はお教えできませんが……一週間後には周到に準備された暗殺計画の一つが実効されます。この暗殺計画は、既に関係者からも勝算は十分にあるとの評価を得ております」

 

「暗殺者としての教育を受けているとはいえ、所詮はジュニア・ハイスクールの生徒でしょう。本当に彼らで大丈夫なのでしょうか?」

 

 今度はイギリスの首相が懸念を口にした。

 

「何でも、彼らはあの生物に育てられているそうではないですか。標的に育てられたアサシンが、標的を殺せるとは私には信じがたい話です」

 

 イギリス首相の主張に同調する声が欧州やアジアを中心に次々と巻き起こる。

「常識的に考えて、自分を殺しうる脅威を自ら育てるなどという遠回りな自殺なんてものをやりますかね?」

 

「逆に、自分の意のままに動く私兵を育てているとは考えられませんか?」

 

「そもそも、ジュニア・ハイスクールの生徒でも殺せるのであれば、どこかの国の特殊部隊がとっくにヤツの命を奪っていると思いますよ」

 

 議場の空気は次第に悪くなり、有効な手立てを講じられない日本政府に対する詰問じみた発言が相次いだ。

 

「日本政府が用意した暗殺者も悉く失敗しているそうではないですか。もっと手練れを手配するべきではないでしょうかね?」

 

「私もそう思います。この際ですから、金に糸目をつけずに探してみてはいかがでしょうか?殺し屋斡旋業者に仲介を依頼しているそうですが、業者を介さないプロにも腕利きの者がいると聞きます」

 

 

 

 

 ――どいつもこいつも、口だけはよく回る。やつらの腹の内を考えるだけでも胸糞悪いが、上っ面も同じぐらい不愉快だ。

 

 右妻には彼らの本心は分かりきっていることだった。先程から日本政府を詰問している各国指導者の本音は一つの意見にほぼ纏まっているのだから。

 

 端的に彼らの言いたいことを纏めると、

『ゴルゴ13に依頼せよ』の一言である。

 

 ――ゴルゴ13。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尋常では無い能力を有する国際的な職業テロリスト。ゴルゴ13という名はコードネームで、本名は不明。東洋系の人種ではあることは分かっているが、国籍、言語、宗教、経歴その他は一切不明のプロフェッショナルである。

 一件の依頼を数十万ドルから数百万ドルで請負い、一度請け負った仕事は必ず完遂させるといわれている。実際、内閣調査室が得たアメリカCIAの極秘資料によれば、依頼成功率は過去1000件でトータル九十九.八十九%だった。

 契約を律儀に守り、如何なる困難な任務も99%以上の確率で完遂するプロフェッショナルが10年以上の間仕事を受け続け、かつ逮捕や殺害されることなく生き続けているという事実が、この男の異常さを物語っている。

 確かに、この男であればマッハ20で高速移動し、月の直径の7割を吹き飛ばす超生物を殺すことができるかもしれない。いや、むしろあの超生物を殺しうる人間はこの男をおいて他にない。

 だが、地球滅亡の危機に瀕してもなお未だに誰もゴルゴ13にあの超生物の抹殺以来を出してはいない。確かにゴルゴ13とのコンタクトは簡単ではないが、今この会議の場に出席している国々であれば、その殆どがゴルゴ13への連絡ルートの一つや二つ確保しているのが当たり前である。

 連絡ルートも確保しているし、各国にしても数十万ドルから数百万ドルならば出せない額ではない。それなのに、何故彼らは自分でゴルゴ13とコンタクトを取らないのか。勿論それには理由があった。

 ある程度の国力を有する国で、ゴルゴ13に依頼をしたことがないという国はない。ゴルゴ13という存在は国際社会における切り札(ジョーカー)だ。国や企業が表立ってアクションを取れない時にも、独力で状況を確実にひっくり返しうる最期の手段である。

 ある国は自国のクーデター勢力の無力化のために、またある国は流出した自国の最新鋭兵器の破壊のためにと、表社会に決して関与を疑われない形で様々な事件をゴルゴ13の手で収束させてきた。

 ゴルゴ13へのコンタクトを取る手段を複数有しているということは、それだけで非常時における伝手が多いということを意味する。つまり、ゴルゴ13への連絡ルートの数は、そのまま各国の持つ力に直結するのである。

 ここで、ゴルゴ13に依頼をすることはそう難しいことではない。しかし、依頼によって自分たちが握っている連絡ルートと同じルートを有する国には、自分たちの持つルートの存在が露呈するリスクもある。

 以前、ゴルゴ13とコンタクトを取る方法として、イギリス・大ブリテン島の南西部・ペンザンスに住むガンで死期が近いとされているウィリアム・パートリッジ少年に、「ウィリアム君が、自分の生きていた証として絵葉書を集めてギネスブック入りを目指していると聞いたので葉書を送る」という理由で絵葉書を出し、報酬額を意味する6桁の数字を文面に紛れ込ませるというものがあった。

 しかし、この依頼ルートは自国へのこれ以上のゴルゴ13の介入を嫌ったモグツ・ポポ・セコ元コンゴ民主共和国大統領の補佐官、へセロの妨害工作によって使い物にならなくなってしまった。そして、この依頼ルートが閉鎖された結果、このルートしか有していなかった中国政府は一時ゴルゴ13とコンタクトを取れなくなってしまった。

 ゴルゴ13との依頼ルートを失った中国政府は、通常の国家権力では対処しようのない事態においてゴルゴ13という切り札を切ることができず、大きく国益を損ねることとなったばかりか、ゴルゴ13への依頼ルートを失ったことがアメリカに露見し、水面下の争いで不利になることもあった。

 一応、このような正規のルート以外にもゴルゴ13へと依頼をするルートはないわけではない。「アメリカの教会で讃美歌13番を合唱中に壁が崩れた」と言う13という数字を絡めたニュースを流す方法や、金と権力を背景にゴルゴ13の所在地を突き止めて直接交渉するなどといった方法もある。

 しかし、このような非正規のルートによる依頼をゴルゴ13は好まず、非正規ルートで彼を呼び出した場合には忠告を受けることも少なくない。正規ルートを介する暇のない緊急時ならばともかく、それ以外の場合に非正規ルートでの依頼をすることは避けるというのが暗黙のルールなのだ。

 このような前例もあったため、自分たちが有するゴルゴ13への連絡ルートを把握されることは各国にとって国益上絶対に避けなければならないことだった。

 右妻も一国の指導者であり、上記の事情は百も承知である。当然、おいそれとゴルゴ13というカードを切ることは容認できなかった。

 

 

 

 日本の対応を詰問する流れにある会場内。しかし、そこに流れに一石を投じるものが現れる。

 

「皆様、そう逸る必要もありますまい。日本には急いてはことを仕損じるという格言もあります。確かに時間は有限ですが、我々は最終的に一度の勝利を得ればいい。少年たちが暴いてくれたヤツのデータも少なからず有益なものを含んでいると思いますよ」

 

 世界に君臨する唯一の超大国の指導者、アメリカ大統領だ。

 

「我々には、まだ 手札(カード)が残されています。それに、LAST ASSASSIN(最終暗殺プロジェクト)もある。ジュニア・ハイスクールの生徒たちは、3月まであの怪物をあの場所に留めておいてくれるだけでも我々の勝利に十分貢献してくれていますよ」

 

 地球上最大の超大国のリーダーの発言によって、各国からの不満の声は小さくなり、日本を糾弾しようとする勢いは削がれた。

 一見、日本は遠回しに吊し上げられていた状況からアメリカに助け船をだされた形に見える。しかし、当然アメリカにはアメリカの魂胆があった。

 アメリカの魂胆は、LAST ASSASSIN(最終暗殺プロジェクト)に託つけて衛星兵器のノウハウを蓄積し、対触手兵器を各国に先駆けて開発、作戦成功の暁には作戦に用いられた兵器を回収して自軍に配備することだ。

 

 戦後、各国で超生物の触手を利用した兵器の開発が進むことを見越し、カウンターウェポンを先んじて配備することで、自国の優位性を保つ腹積もりだろう。

 また、奇しくも数年前に日本で発生した震災によって、世界では原子力というエネルギーに対する安全性への信頼に疑念を持つ人々が増えていた。触手を移植された生物に対するカウンターウェポンの整備は、今後近代的文明を維持するために生物が生み出す反物質エネルギーを利用するのならば不可欠となる。

 何せ、自分たちの文明社会を支えるエネルギーの供給者が、超常的な能力を有し、人間の意思に逆らう可能性もある生物だ。安全対策として確実に触手生物を抹殺できる兵器を用意することを怠るわけにはいかなかった。

 LAST ASSASSIN(最終暗殺プロジェクト)によって完璧な対触手生物兵器が早期に完成すれば、反物質を利用したクリーンで安全な新しいエネルギーを早期に運用できるようにもなる。

 元々、かの超生物をつくりだした国の枠組みを超えた研究機関は、アメリカの石油(オイル)メジャーを中心とした各国のエネルギー産業関連企業の共同出資機関でもある。各国のエネルギー産業関連企業では、反物質生成細胞によるエネルギー供給の実用化を早めることにも繋がるLAST ASSASSIN(最終暗殺プロジェクト)をプッシュしていた。

 軍事的な側面での利益や石油(オイル)メジャーの圧力が、アメリカの姿勢を決めているのである。

「これは、世界が国境を越えて協力し、人類の未来を守るための試練でもあるのです。我々の力で必ずやあの生物を滅ぼし、繁栄を手にいれようではありませんか!!」

 ――お前の『ハリウッド映画に出てくる世界を救う偉大でカッコいい大統領』ゴッコに付き合ってられるか。

 各国の首脳はここに至って初めて意志の一致を得たかもしれない。しかし、彼の主張はまだ終わってはいなかった。

「まぁ……()()()()()でも、あの超生物を殺せるかと問われればそもそも怪しいものですがね」

 ここに誰の目もなければ、右妻は苦虫を百匹ほど噛み潰した顔をしていただろう。今のアメリカ大統領はこれまで誰もが直接明言することを避けていた『ゴルゴ13』の名を敢えて口にした。

 これは、『ゴルゴ13でも殺せるか分からない生物を殺す力が――つまりはゴルゴ13を超える力を我々は手に入れる。もはやゴルゴ13は脅威足りえない』というメッセージを暗に各国に示している。

 ――触手兵器の実用化で、軍事力とエネルギー分野の影響力を高め、さらにゴルゴ13の干渉をも撥ね退ける神に選ばれた国にでもなったつもりか。まるで神代の王のような傲慢さだな。相変わらずの大国的な利己心と強欲さだ。

 右妻は内心で毒づいた。

 これまで、アメリカは各国で思案されている超生物対策についてとやかくと言ってくることは殆どなかった。だが、今回に限って積極的に自国のプランを推奨してきたところから、各国の首脳は理解した。

 ――LAST ASSASSIN(最終暗殺プロジェクト)の肝となる対超生物透過レーザーバリア(地の盾)対超生物透過レーザー衛星(天の矛)の開発の目処がつき、実用化に問題がなく、これをもって確実にアメリカはゴルゴ13を超える力を手に入れたことを証明できる。少なくともアメリカはそう確信している、と。

「……ま、まぁ。そうですな。この試練を乗り越えれば、きっと人類はより強く連帯することができるやもしれません」

「あの生物がハリウッドのモンスターの如く暴れ回るならともかく、目に見える破壊活動はしていないようですし、始末するには時間をかけて入念に準備した方がいいでしょうね」

「最終的に殺せればいいとは思いますが、なるべく確実な手段を取るべきでしょうな」

 右妻と同じことを察した各国の首脳は、ここでアメリカとの間で意見を衝突させてもメリットは殆ど無いことを瞬時に理解し、主張を弱めた。アメリカに対して対抗するプロジェクトを密かに進めていたロシアも、反物質エネルギーが世界のエネルギー事情と自国のエネルギー産業に大きな影響を与えうることを察し、多少不満げではあるが矛を収めた。

「今後も、それぞれの国で研究が進み、人類を救う一助となることを期待していますが……万が一、3月までにあの生物を殺れなかった時のためにLAST ASSASSIN(最終暗殺プロジェクト)に出来る限りの支援をしていただきたいと我が国では考えています」

 アメリカ大統領は自信満々の笑みを浮かべながら、そう締めくくり、会議はその後淡々と進んでからお開きとなった。

 

 

 

「…………」

 だが、自信に満ち溢れた笑みを浮かべながら会議場を後にしたアメリカ大統領は知らない。右妻が帰りの車の中で思いつめたような表情を浮かべていたことを。



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PART 2 右妻の決断

国際会議の舞台を後にした右妻は、晩餐会を終えて宿泊先のホテルに向かった。自身に宛がわれた部屋に案内された右妻は、補佐官達も自室に招いた。右妻は補佐官たちをテーブルに着かせると、部屋に用意されていた水をコップに注ぎ、一気に仰いだ。

「相変わらずの傲慢さだよ、全く」

 このホテルは、官邸スタッフの手によって盗聴対策も万全にしてある。それを知っているからこそ右妻は押さえ込んできた暴言を遠慮することなく口にした。

「あのLAST ASSASSIN(最終暗殺プロジェクト)なんぞ、超大国のエゴイズム丸出しの計画じゃないか。奴らは反物質という新しい玩具を手に入れてかなり自惚れているらしい」

「かつて、核の火を手に入れた時も彼の国はそうでした。原子力が万能の力だと信じ、核の力が文明の叡智であり、全ての国を屈服させ、アメリカこそが神に選ばれた国としての永遠の繁栄を得ると信じてやまなかった」

 補佐官の一人が言った。

「一時はあらゆる兵器に原子力を取り入れようとし、世界を滅ぼせるだけの核兵器を配備した国です。この触手も、同じように利用する可能性は否定できません」

「あのゴルゴ13ですら敵ではないとまで言い出した。もはやソ連もなく、恐れるものは何も無いと思っているんだろうな。反物質まで我が物とした今、もはや神ですら恐れるに足りないとまで言い出しそうだ」

 右妻は眉間に皺を寄せ、顔を顰めた。

「あの神を気取った傲慢なジャイアニズムの権化は知らんのさ。君達も覚えているだろう、HAL事件を」

 

 

 ――HAL事件。

 数年前にこの国で発生した未曾有のテロ事件だ。

 ことの発端は、当時、脳科学とコンピューターサイエンスを研究していた錯刃大学教授、春川英輔が自身の脳内の電気信号のやり取りを正確に複製、データ化し、コンピューター上にプログラム人格、“電人HAL”を組み立てたことである。

 そして春川はHALと共に、人間が抱える個々人の願望を軸とし、映像刺激や音声刺激でシナプス回路を組み替えることで脳の片隅に兵隊としての別人格を作り上げるプログラムを完成させた。後にこのプログラムは、その存在を掴んだ警視庁によって『電子ドラッグ』と命名された。

 HALはその後、自身の生みの親であり起源(オリジナル)でもある春川英輔の命脈を電子ドラッグで洗脳した春川の助手の手で断ち切り、何者の制止も受け付けなくなる。そして、HALは自身の生存と性能強化を目的に動き出した。

 続いてHALは電子ドラッグをこの国にばら撒き、電子ドラッグの中毒者が持っていた深層意識の犯罪願望を解放させることでこの国を暴動一歩手前の状態にまで混乱に陥れる。しかし、この混乱は単に警察の目を惹きつけるための陽動に過ぎなかった。

 この混乱の隙を突く形でHALは横須賀に寄港中のウィルクス・ブース級原子力空母二番艦“ハーヴェイ・オズワルド”の回線に侵入、モニターなどの映像媒体から電子ドラッグを発信し、短期間で空母の全乗員を洗脳、自身の支配下に置くことに成功した。

 原子力空母の全機能を支配下においたHALはその後、全世界に声明を発表し、二つの要求をだした。一つ目の要求は、自身と自身を積んだ原子力空母に決して危害を加えないこと。そして、二つ目の要求は現在世界中で使われている全てのスーパーコンピューターの使用の権限をHALに与えるというものだった。

 当然のことながら、その二つの要求を呑むことは到底許容できなかった。

 いつでも原子力空母内部のものの意思で東京都を二万五千年の間生き物が暮らせない死の街に変えることができる状態そのものが、政治、経済、外交全てに影響する。実際、株式市場においては、日本企業株が揃って大暴落し、下手をすれば世界恐慌かと思われるほどに人々の不安を掻き立てていた。

 そして、二つ目の要求も呑めば世界中のスーパーコンピューターを使用している科学や医療などの最先端分野の研究もストップし、科学技術の進歩に大きな遅れをもたらしかねなかった。

 例え要求を拒んだとしても状況は何一つ好転しない。寧ろ、原子力空母が東京湾の奥に居座るだけで日本は追い詰められるのだ。敵対する行動を取ろうとしてもすぐさまHALに察知され、電子ドラッグの餌食になる始末。空母の持ち主であるアメリカ海軍、並びにアメリカ国防省もこのような事態は想定すらしておらず、まともな対応を取ることはできなかった。

 しかし、政府や関係機関が何ら有効な手立てを講じることができないでもたついている内に、HAL事件は一人の探偵の手によって解決された。世界的歌姫であるアヤ・エイジアの殺人トリックを暴き鮮烈なデビューを遂げた女子高生探偵桂木弥子。彼女は単身HALが支配下においた原子力空母に乗り込んでHALを説得したのである。

 説得の結果、HALは自身の計画と生存を破棄し、電子ドラッグの正式な治療薬(ワクチン)プログラムを桂木弥子に託して消滅した。

 首都東京は放射能汚染の危機から救われ、街に溢れていた電子ドラッグに感染した犯罪者は、あらゆる映像媒体の発信源にインストールされ、四六時中サブリミナルを流し続けた治療薬(ワクチン)の効果によって一人残らず洗脳から解放されたのである。

 この事件で発生した政治的、経済的、社会的混乱の余波は、野党に攻撃の材料を与えるのに十分であり、この未曾有の混乱の余波を抑え切れなかった発足当時の時の内閣はしばらくして倒閣した。

 後になってこの事件後の内閣の対応は、ベストではなかったが、非常にベターなものであり、時の内閣の手際は責任を取らねばならない程に拙いものではなかったと評されたが、内閣が倒壊した後となっては後の祭りである。

 そして、この事件の時に発足したばかりの内閣こそ、現在の日本国内閣総理大臣、右妻鷹之丞が組閣した第一次右妻内閣であった。

 

 

「あの時と同じさ。技術的に何ら問題がなく、正しく整備、運用されているということが、イコールで絶対安全ということではないということを、やつらはあの事件を経てもなお理解できないのだ」

 右妻の脳裏に過ぎるのは、かつて自分が想像した地獄――首都東京の目の前に陣取った原子力空母が、内部から最大限の悪意を持って考えうる最悪のかたちで使用した結果だ。

 あの時も、“ハーヴェイ・オズワルド”の横須賀入港の直前までアメリカ軍極東方面軍司令官は事故の可能性など皆無だと言い切った。

 実際にHALに原子力空母が乗っ取られた後も有効な対策は何一つ打ち出せず、事件が高名な探偵の手によって解決された後も原子力空母の――ひいては原子力や空母の存り様に疑問符をつけることすらしなかった。

 否、正確に言えば、疑問符をつけようとする声を掻き消したのである。

「奴らにとっては、反物質も核と同じような代物なのだろうな……技術的には何ら問題なく、正しく整備、運用されていれば月の悲劇は二度と起こらない――反物質こそ、人類の叡智と発展の礎となる新たなる夢のエネルギーだと思っている。反物質は使い方を誤れば地球を一瞬で破壊してしまう、核以上に危険なエネルギーだというのに」

 右妻は続けた。

「核に反物質……どちらも人が扱う以上、扱う人間にモラル、慎重さ、責任感など資質が問われる」

「機械が、理論が、技術が完璧でも、結局はそれを扱うのは人間だからでしょうか?」

 補佐官の質問に右妻は静かに頷いた。

「その通り。しかし、それらを兼ね備えた優秀な人間を集め、万全の体制を敷いたとしても、絶対はない。人間が扱う以上必ずアクシデントは発生すると私は考えている。それが人為的なものだろうが、偶発的なものだろうがね」

 右妻は窓から見える三日月を見やる。

「やつらはそれを一度身をもって知るべきだ。いや……この世界のため、人類のため、そして何よりも我が国の国益のために、一度そのことをあのジャイアン気取りに教えてやるのもいいかもしれないな」

「総理……一体何を?」

 不穏な発言をした右妻に補佐官が訝しげな表情を浮かべながら尋ねた。

「アメリカが口を出してくるまで、私はゴルゴ13に()()の暗殺依頼を出すつもりはなかった……最期の手段であるし、ここで我々だけが手札を晒すことは、我が国の損にしかならないからな」

「では、まさか……」

「状況が変わった。来年度があるのなら、ここでアメリカの方針を挫いておくことこそが我が国の将来の国益になる」

 そして、右妻は不敵に笑った。

「あそこまで大言壮語してみせたんだ。アメリカさんのお望みどおり、依頼してやろうじゃないか。ゴルゴ13にな」

 

 

 

 

 

 数日後、総理補佐官の一人が東京都千代田区神田神保町にフラリと立ち寄った。普段から休日に古書店をチョクチョク巡っては本を買っていく趣味があった彼は、勝手知ったる古書店街を数時間かけてじっくりと巡っていく。

 そして、日が沈みかけたころになって彼は古本屋街の片隅にある「杉本書店」にフラリと立ち寄った。店主は愛想の全く無い寡黙な老人で、客が入ってきたというのに声をかけるどころか顔を上げようともせずに商品である古本を読みふけっている。

「すみません、ラテン語の聖書を探しているのですが、どこにありますかね?」

 彼が話しかけると、ようやく老人は顔を上げた。

「……うちには、一番奥の棚の一番上の左側に一冊だけラテン語の聖書がおいてある」

「ありがとう」

 彼は一番奥の棚の一番上の左側にある古ぼけた聖書を迷わず手に取ると、パラパラとページを捲りだした。そして、お目当てのページが()()()()()ことを確認して店主の座るカウンターに向かった。

「ご主人、このラテン語の聖書ですがね……どうもヨハネ黙示録の13ページが欠けているみたいです」

 彼の言葉に反応し、無愛想な店主の眉が僅かに動いた。

「……ヨハネ黙示録の13ページを取り寄せるかね?」

「そうですね。できるだけ急いで、()()()()()取り寄せて下さい」

「ここに名前を書いてくれ……こっちには連絡先だ……」

 彼は店主に促されて連絡先と名前を教え、静かにその店を後にする。それを確認した店主は、奥で静かに緑茶を啜っていた妻のもとに向かい、一言だけ呟いた。

「……依頼だ」

 妻もまた、寡黙な夫に習うかのように無言で頷いた。




まだゴルゴでません。次こそ、次こそは……


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PART 3 日本国内閣総理大臣の依頼

ようやくゴルゴさんのご登場……
ゴルゴが全編にくまなく出るのも違和感を感じますし、要所要所で出すのが一番いいということもわかるんですがね。どうしてもなるべく多く出したくなってしまうジレンマを抱えています。


 20か国・地域首脳会合(サミット)を終えて東京に戻ってきた右妻は、今国会の目玉となる政策を成立させるために全国各地で精力的に動いていた。この日も大阪でのテレビ収録を終え、明日の朝に兵庫県で開かれるイベントのため、右妻は大阪市内のホテルに泊まっていた。

 

 用意された客室でシャワーを浴びた右妻は、シャワールームを出てからはずっとミネラルウォーターを片手に時計を見つめていた。部屋に飾られた時計が示す現在の時刻は、21時59分――。

「約束の時間は22時か……」

 その時、ドアが控えめにノックされた。ドアに設けられたカメラから外の様子を伺うと、ホテルのボーイを連れた補佐官が待っているのが見えた。

「ルームサービス?」

 補佐官が、彼との会談に気を利かせて飲み物でも用意してくれたのか。いや、ひょっとすると。

 右妻は意を決してドアを開錠し、補佐官とボーイを招き入れた。

 補佐官は軽く会釈し、部屋の中に足を踏み入れボーイもそれに続いて入室した。

「石井君、そのルームサービスはこれからの会談の席のためのものかね?それとも――」

 ドアが閉まったことを確認した右妻は、補佐官よりも先に口を開き、意味ありげな視線をボーイに送った。視線に気づいたボーイはボーイキャップを脱いで右妻に向き直った。その鋭い眼光に、一瞬右妻は息を呑んだ。しかし、政治家の十八番であるスマイルを即座に顔に張りつけ、にこやかに挨拶した。

「やはり……貴方でしたか。Mr.デューク東郷。噂通り、時間には非常に正確ですな」

 右妻が時計を見やると、ちょうど針は10時ちょうどを示していた。

「流石は超一流のプロフェッショナルですな。貴方の職業はサービス業に当たるのでしょうが、貴方ほど几帳面で顧客の信頼を裏切らず、責任感のある方はそういないでしょう」

「……俺を褒めるためだけにわざわざ呼んだのか?無駄話はいい……」

 一国の指導者から自身のことを褒められても、デューク東郷――ゴルゴ13は全く気にする様子は見せない。そして彼は、用意された椅子に座ることもなく壁に背を預けて懐から愛用のトルコ産の葉巻を取り出した。

「失礼した。少し疲れがたまっているのか、人の目がないところでは最近口数が多くなってしまう。それと、この石井君は私の補佐官の中でも一番付き合いが長いし、口も堅い男だ。貴方とのコンタクトも彼が担当していたし、場合によっては我々も貴方に協力することがあるかもしれない。一応、彼を立ち合わせてもらってもいいだろうか?」

「構わない……用件を聞こうか」

 右妻は石井にアイコンタクトを送り、石井は持参した鞄に手をかけた。しかし、そこでゴルゴ13が石井に鋭い眼光を向けた。

「待て。ゆっくりだ……物を取り出す時は、俺に声をかけてから中身が見えるようにゆっくりと出せ……」

 視線だけで圧された石井は、一瞬心臓が跳ね上がるような恐怖に襲われる。

「すまない、Mr.デューク東郷。石井君、Mr.デューク東郷は用心深いんだ。今後は気をつけてくれ」

「はい、失礼しました」

 石井は緊張気味な様子で鞄の中身が見えるようにゆっくりと二枚の写真を取り出して机の上に置いた。

「これが今回の暗殺対象(ターゲット)だ」

 右妻が指し示したのは二枚の写真。右側の写真には黒い服を纏った真っ赤な蛸のような異形の姿、左側の写真には若い日本人の姿が写しだされていた。

「右側は、マッハ20で移動する能力を持った超生物だ。貴方にはコイツと、コイツを生み出した研究責任者である左の人物を葬ってもらいたい」

「……反物質生成生物とその研究開発者を始末する理由を話してもらおう」

「まさか、知っていたのか。一体どこからその情報を?」

「俺がどこからこの情報を手に入れたのかは、依頼人には関係ない話だ。……話を続けろ」

 ゴルゴ13が既に、この超生物の正体を掴んでいたことに右妻は内心で驚いた。しかし、それを表面に出すことはなく淡々と右妻は話を続けた。

「この超生物の正体が分かっているのであれば、話は早い……こいつは国を超えた非公式の研究機関で作られた実験体だ。私は門外漢だから詳しいことは分からないが、何でも、生命の中で反物質を精製する実験の産物らしい。さて、この超生物を始末したい理由か。理由は一つではないから、少し長い話になるが、構わないか?」

「構わない……包み隠さずに全てを話してもらおう……」

 

 

 懐から取り出した葉巻にライターで火をつけ、ゴルゴ13は右妻に話をするように促した。それに従い、右妻が口を開く。

「まず、この地球を救うためだ」

 突拍子のない話にもノーリアクション、さらに無言でこちらに視線を向け続けるゴルゴ13に苦笑しつつ、右妻は続けた。

「いきなり何を言うかと思うかもしれないが、これはハリウッドの映画に出てくる英雄の話ではない。実際に、来年の3月13日までにあの生物を始末しなければこの星は滅びるのだ」

「…………」

「あの生物が有する反物質生成細胞にも、寿命がある。そして細胞分裂が規定の回数を超えれば、反物質生成サイクルは細胞を飛び出すそうだ。細胞分裂の限度を超えた反物質生成生物がどうなるか月面でマウスを使って実験したらしいが――その結果は君も知っての通りの三日月だ」

「……つまり、あの生物の反物質生成細胞は3月13日で寿命を向かえ、周囲の物質を連鎖的に反物質に変換することで凄まじい破壊を引き起こすということか?」

 右妻は頷いた。

「地球を守るためには、誰かがヤツを殺さなければならない。ヤツが今教鞭を取っている椚ヶ丘学園の中学生の生徒にもヤツを倒すための指導をしているが、私も正直なところ、一年の訓練を受けただけの少年少女に地球を救えるとは思えない。だが、君ならば可能だろう……というよりも、私は君以外にヤツを殺しうる能力を持った人間を知らない」

「…………」

「そして、ヤツがこの国に居座り続けることが、我が国にとって不利益に他ならないのだ。他国の対超生物をお題目にした干渉を受けるわ、やつのことを隠蔽するための諸費用が馬鹿みたいにかかるわ、迷惑なことだ」

「……ならば、何故ヤツが姿を現してから5ヶ月近くも放置していた?」

「それには、貴方への依頼のもう半分――反物質生成生物の研究の妨害が関わってくる。このタイミングで君に依頼すれば、ヤツが殺されたこととの因果関係から、我が国が把握している君との連絡ルートを知られる他国に知られる可能性がある。君という最強の鬼札(ジョーカー)を引く伝手をいくつ持っているかというのも、潜在的な各国間の力の差に繋がってくる以上、迂闊に頼めなかった。ヤツを殺すことによるメリットと、君とのコンタクトを取る伝手を把握されるデメリットを価値比較した場合、後者の方が優ると私は判断していたんだ……先日の20か国・地域首脳会合(サミット)までは」

 右妻は、先の20か国・地域首脳会合(サミット)でのアメリカの発言を手短に説明する。

「アメリカの魂胆は、LAST ASSASSIN(最終暗殺プロジェクト)に託つけて衛星兵器のノウハウを蓄積し、対触手兵器を各国に先駆けて開発して自国の優位性を保つことだろう。もしも来年4月まで地球が残っていたならば、各国で超生物の触手を利用した兵器の開発が進む可能性は高いからな。それに、反物質生成生物に対するカウンターウェポンの整備は、今後反物質エネルギーを原子力に代わるエネルギーとして利用するのならば不可欠となるだろう。何せ、自分たちの文明社会を支えるエネルギーの供給者が、地球を破壊しうる力を秘めた超生物だとなれば、安全対策として確実に触手生物を抹殺できる兵器を用意することを怠るわけにはいかない」

 無言で話を聞き続けるゴルゴ13の表情には全く変化がない。右妻には、この男に表情をつくる筋肉がないように思えてならなかった。

「だが、全てがアメリカの思い通りになることを我が国としては歓迎できない。これがあの超生物の殺害を依頼する最も大きな理由だ」

「あの生物の命を狙う理由は分かった……その生物を生み出した研究主任を殺したい理由は、反物質エネルギーは研究中のバイオオイルの生産と普及の邪魔になるからだな?」

 ゴルゴ13の発言に、右妻は一瞬目を見開いた。こちらの依頼は、話す前から8割――いや、ひょっとするとほぼ全て見通されているのかもしれないと知り、戦慄した。

「あの超生物のことだけではなく、こちらの事情も全てお見通しのようだな。ならば話は早い。君の指摘した通り、我が国の国際的な力を高めるには、この反物質というエネルギーは邪魔なのだよ。そして、この反物質生成細胞研究の最前線に立ち、この研究に関わる主要な理論を考えた男こそが、この写真の男――あの生物を作った国際研究機関の主任研究員、柳沢誇太郎だ。実質、この男一人で反物質エネルギーの研究を進めてきたようなものだからな、ヤツさえ消えれば確実に研究は停滞する。それが、あの研究の主任研究員を始末してもらいたい理由だ」

 

 日本は数年前の震災をきっかけに、原子力の代替となるエネルギーを将来的な選択肢として用意する必要に迫られることとなった。そのための研究も世間の注目度が格段に向上したこともあって大きな後押しを受けた。

 そして、現在日本ではその内の一つ、藻から作り出すバイオオイルの分野で研究が世界よりも一歩先に進んでいた。現状では藻から生成されるバイオオイルは1リットル当たりの価格が石油の7倍から10倍近くなると試算されており、生産性の面で課題は残るのだが。

 

「もしも、この段階でこの反物質エネルギーがクリーンで安全な原子力に代わる人類の新しいエネルギーとして普及されたら、我が国が国費を投入してまで後押ししたバイオオイル研究が不要なものとなってしまう。間違いなく、中・長期的なコストでは反物質エネルギーがバイオオイルに優るという試算もされている。しかし、バイオオイルは、地球環境にも優しく、既存の石油依存社会の構造を大きく変えることもない有益なエネルギー源であり、エネルギー資源に乏しい我が国が中東や資源大国の圧力から解放されるために不可欠なものだ。ここで潰されるわけにはいかない」

 為替の変動、中東事情、横行する海賊に、それに対処するためのシーレーン防衛、仮想的のシーレーン破壊戦略への対抗戦略など、エネルギーの多くを他国からの輸入に頼るという弱みを抱える日本は、その弱みに付け込まれないようにするために多大なる労力と費用を支払ってきた。時には、その弱みから恫喝じみたことを受けたことも少なくない。

「……研究が暗礁に乗り上げたとしても、基礎理論が確立され、実際に成功例もある研究だ」

 ゴルゴ13は葉巻を燻らせながら口を開いた。

「研究の実用化は、いずれ、また別の誰かの手で成し遂げられる……」

「それは分かっている。だが、バイオオイルは後5年で商品として実用化できる段階にある。実用化さえされれば、既存の石油依存型社会でしばらくの間上手く立ち回れるから、我々の損にはならないと我々は試算している。それに、反物質エネルギーの実用化までの時間が稼げれば十分だ。その時間で人を育てることができるからな」

 そこで話を切った右妻は、視線を机の上に置かれた若い男を写した写真に落とした。

「この柳沢という男なのだが、モラルというものが欠如した科学者だ。己の頭脳を鼻にかけて他人を見下し、扱き下ろすタイプらしい。だが、倫理も良識もなく、プライドや己の功績に固執して他を省みない技術者など、どれほど頭がよく、どれほど科学に貢献できるとしても、私には脅威にしか思えない。あの春川英輔のように我々を脅かす存在になったらと考えてしまう」

 右妻は、重ねて言った。

「だからこそ、例え研究が遅れても構わない――良識を持った科学者が研究を進め、良識のある、優れた技術と誇りを持つ技術者と作業員を育成する時間こそが、重要だ。科学者と技術者と作業員の育成によって、100%は無理でも99.99%事故が発生しないようにできる。たとえ私の思惑が外れてバイオオイルがエネルギー市場から排され、我が国も反物質を主要エネルギー源とすることになったとしても、今回稼ぐ時間は必ずや将来の日本国民の安全に寄与すると私は確信している」

「…………」

 ゴルゴ13は紫煙を燻らせ、無言で右妻の話に耳を傾ける。

「私はそもそも、反物質生成細胞や触手なる危険な欠陥品が現在の時点で軍事分野で大々的に採用されることには反対だ。あの力は、今の人類が扱うにはまだ早すぎると私は考えているからだ。ここからは、国益だけではなく、一個人としての私の考えもある」

 右妻は力強い声音で自身の考えを口にする。

「反物質は、使い方を少し誤ればこの星を破滅させられるほどの強大な力だ。技術や設備が完璧なものであっても、それで事故が『絶対』起きないとは誰も断言できまい。大切なのは、その力を扱う人なのだ。……当のアメリカはそのことをHAL事件から全く学んでいないらしく、技術的、科学的な安全が保証されればそれ以上を考えはしないがな。だからこそ、私はアメリカにも人を育成することの重要性も教えてやりたい」

「……研究の危険さを世界に知らしめるということも、依頼の条件に入るのか?」

「そうだ。ただ、別にあの生物や柳沢の暗殺時における条件ではない。各国――特にアメリカに反物質の危険さと扱い辛さを知らしめてもらえるのであれば、他の形で研究の危険さを知らしめてもらっても構わないし、勿論方法は全て貴方に一任する」

 席を経った右妻は、ここで思い切って頭を下げた。

「報酬はあの生物の暗殺成功報酬の100億円だ!!――だから、頼む。この依頼を引き受けて欲しい」

 ゴルゴ13への依頼料金の相場は、日本円換算にして数千万円程度だ。稀に一億を超える依頼料金を提示されることはあるが、今回右妻が提示した100億円という依頼料金はそれでも破格の金額である。

 しかし、100億円は、元々どのような形であれ、あの生物が殺されて地球に来年があったならば誰かの手に渡っていたはずの金だ。その金で地球を救え、さらに反物質エネルギーの開発にダメージ、加えてバイオオイルの市場価値アップのチャンスがついてくる以上、右妻は100億円という破格の依頼料金も惜しくはないものと判断していた。

「反物質の危険さと扱い辛さを知らしめることも依頼であるのなら……俺はしかるべく努めよう」

 重苦しい沈黙の中、ゴルゴ13は口を開いた。

 その言葉を聞いて喜色を浮かべる右妻。

「あ、ありがとう、ゴルゴ13!!」

「ただし、この依頼を実行するには、そちらの協力も必要だ。今後、俺の指示に従ってもらおう……」

 ゴルゴ13はそう言い残すと、再び入室時のボーイの格好に戻り、部屋を静かに後にした。



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PART 4 動き出す“G”

およそ3ヶ月ぶりの更新です。お待たせして申し訳ない。


 右妻の依頼を受けたその翌日。アメリカ、ニューヨークの片隅にゴルゴ13の姿はあった。

 路地でサッカーをしている少年たちの脇を通り過ぎて彼が向かったのは、看板も何もない寂れたビルだ。その一階、僅かに光が漏れるドアを開けてゴルゴ13が中に足を踏み入れる。

「やぁ……あんたか」

 ゴルゴ13の姿を見て、奥の椅子に座っていた男はバスケットボールの試合を中継するテレビの電源を切り、億劫そうに立ち上がった。

 この髪に白いものが混じり始めた富士額で出っ歯の中年男の名は、デイブ・マッカートニー。ゴルゴ13をして、世界広しと言えども、自身の要求を満たす銃を作れるのはデイブ以外には存在しないと言わしめる程の腕を持った世界最高峰の銃職人(ガンスミス)である。

「今回は一体、どんな依頼だ?」

 彼にとってゴルゴ13は上客であり、誰よりも自身の腕を認めてくれる人物ではあるが、それと同時に、いつも厄介ごとを持ち込んでくる面倒な依頼人でもある。しかも、自身の説得の仕方を心得ているから性質が悪い。世界で最も銃を上手く使いこなす男に「銃職人(ガンスミス)として認めている」と言われれば、彼の期待に応えないわけにはいかないのだ。

 ――前は確か、150mmの圧延均質装甲版を撃ち抜く銃弾に、焼夷弾だったか。まったく、今回は一体どんな無茶苦茶な依頼が飛び出すことやら。

 ゴルゴ13にこれまで頼まれた依頼(無茶振り)の数々を思い出して身構えるデイブ。だが、ゴルゴ13の口から出た依頼は、別の意味で彼の予想しえないものだった。

 

 

「――――――」

 

 

「何?それだけか?」

「ああ……」

 素っ頓狂な声を挙げるデイブ。それもそのはず。前歴のないM-16に10倍スコープにピッチ8分の3インチ螺子穴を切るような1時間あれば十分な仕事ではないが、これまでに彼に依頼された中ではおそらくそれに次いで簡単な依頼だったからだ。彼以外にこんなことを自分に依頼する人物はまずいないだろうが、別段難しい依頼ではない。

 だが、ここでデイブは思い出した。この人物は、銃に要求するクオリティーも異常だが、仕事に求める期限もまた殺人的なのだ。

 1000km先のフットボールを狙撃する銃を僅か3時間で作らせたり、500m先の弾丸散布域が直径5cmの円内に収まる5.56×45フルメタルジャケット弾を一日以内に20発用意したりなどという殺す気かと言わんばかりの無茶苦茶なタイムリミットを設定されたことも少なくない。

「あんたからの依頼にしては楽な方だな。一週間あれば……ま、まさか。3日でやれとは言わんだろうな!?」

「2日だ。それまでに試し撃ち用も含めて3丁用意してくれ」

「ふ、2日後だと!?……頼むからもう少しワシを労わってくれ。これでも立派な老人だぞ!!」

 デイブの悲鳴じみた主張も馬の耳に念仏のようだ。ゴルゴは眉ひとつ動かすことなく、テーブルの上にドル札の札束がつまったアタッシュケースを置いた。

「……時間はない。だが、礼ははずむ」

 ジッとデイブを見つめるゴルゴ13。鷹のように鋭い視線を向けられたデイブは折れた。

「分かった。2日後だな」

「二日後、同じ時間に取りにくる……」

 ゴルゴ13は、デイブから了承の言葉を聞くと、受け取りの日時だけを口にして踵を返した。入ってきたときと同様に静かに店のドアを開けて出て行ったゴルゴ13の後姿を見ながら、デイブは溜息をついた。

「また徹夜か……この年ではかなり堪えるぞ」

 愚痴りながら店の奥の作業場へと消えていくデイブ。その顔には厄介ごとを引き受けたことによる困ったような表情が浮かんでいたが、その中には僅かにゴルゴ13という世界最高のプロの要求に自分だけが応えられることへの喜びも滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 都内某所。関東中越電力株式会社――社長室。

 

 首相補佐官の一人、石坂は、この部屋で関東中越電力の社長と面談していた。石坂の提案を聞いた社長は声を荒げる。

「そんな!!確かにこれは世界でも最高クラスのものですが、あくまで実験段階の装置です!!それを持っていくだなんて……」

「理由があるのですよ、ですから」

「その理由が国家機密とやらで明かせないからといって、はいそうですかと渡すわけにはいかないでしょう!!いくらなんでも横暴すぎます。話にならない!!」

 首相補佐官の話を一蹴する社長。交渉相手が首相補佐官でなければ、彼は既に席を立っていただろう。

「我々とて無理を言っていることは承知です。しかし、社長。あなたの会社にはこの無理をどうしても呑んでもらわなければなりません。この国と一億三千万人の国民のために」

「無理と承知しているのならば結構。無理なものは無理ですからな」

 

 平行線を辿る話し合い。しかし、社長が無理に応えるつもりがないことを理解した石坂は、持参したアタッシュケースを開いた。

「……?」

 突然の石坂の行動に訝しげな表情を浮かべる社長。しかし、彼の表情は、石坂が机の上に置いた資料を見て凍りついた。

 それは、つい先日都内の高級ホテルの一室で逢引した愛人の写真と、夫以外の男と夜の車中でキスをする娘の写真だった。

「最近は社長も心労がたたっているそうですな。それでもこうして元気にいられるのは、その疲れを癒してくれる方がいらっしゃるからでしょうか?いやはや、羨ましいことです」

 いけしゃあしゃあと軽口を叩く石坂。

「例の事件以降はマスコミの追及も激しく、ネット界隈では住所も特定され、ゴミを投げ込まれたりと、4ヶ月も家に帰れない生活なんて……私には到底耐えられないでしょうね」

 社長は、苦虫を噛み潰した顔を浮かべるしかない。この写真の意味するところは単純だ。こちらの要求を呑まなければ、この写真が流出する。

 これが流出すれば、自分は破滅だ。あの事件の責任をとって来月末をもって辞任することは決定しているが、あの事件の責任者が愛人を囲って高級ホテルで逢引してることが世間に露呈すれば、バッシングはこれまでの比ではなくなるだろう。

 加えて、娘の不倫も拙い。娘は大手新聞社の御曹司と結婚している。不倫の事実が夫に知れれば、離婚もありうる。そうなると、会社の建て直しの希望の光である新聞社を使ったイメージ戦略事業もご破算ということになりかねない。それは、例の事件以降は業績も信頼も地に墜ちた我が社にとって致命的な打撃だ。

 

「お孫さんも、最近は学校に行き辛くなっているそうですね。血縁というだけで辛い思いをされていると思うと、心が痛みます」

 社長の脳裏に、最愛の孫娘の姿が浮かぶ。祖父が歴史的な不祥事を起こした戦犯ということがインターネットを通じて知れ渡り、学校では陰湿なイジメを受けて不登校となっていると聞く。これまでは、ほとぼりが冷めたころに引っ越せばどうにかなると考えていたが、このことが露見すれば、再び世間の熱は過熱する。その時、孫娘がどうなるかなど、彼は考えたくもなかった。

 孫娘の未来を自分の愚挙のせいで閉ざすなどということは、祖父として絶対に許せないことだった。

「要求は、それだけですな?」

 ――何が国家だ。関係のない孫をつかって脅迫するなど、やっていることはヤクザと何も変わらないではないか。寧ろ、国家権力を使ってこちらの弱みを全力で探しに来ている分、ヤクザよりも性質が悪い!!

 社長は、喉までこみ上げてきていた罵声を飲み込み、怒りで震える声で尋ねた。

「ええ。日本政府からの要求は、これだけです。関東中越電力さんに、これ以上の無茶を要求することはないでしょう」

 先ほどまでの困った表情から一転、営業マン顔負けのスマイルを浮かべる石坂。白々しいその笑顔に、社長は殺意すら覚えていた。

 

 ――これで彼が我々に要求したものは揃った。我々は、勝つのだ。

 一方、射殺しそうなほどの眼光を浴びせられていた石坂は、自身に課せられた任務の完遂に密かに胸を撫で下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 椚ヶ丘学園の特別校舎のある山、授業後のある日。そこで、少年少女が汗だくになって座り込んでいた。その身体には泥や砂が撥ねており、かなりの時間彼らが屋外で動き回っていたことが伺える。

「最近暑いね~。ほんと、身体がダルイ」

 スポーツドリンクを飲み干した岡野ひなたが、木陰で額の汗をタオルで拭いながら言った。

「こういうの得意なひなたちゃんでも、やっぱり辛いんだ」

 矢田桃花が木の幹にへたり込みながら声をかける。

「一学期のアスレチックの倍はキツイよ。周りを見て判断しなくちゃいけないし、危なくなってるから、余計に緊張するってのもあるかな?」

 二学期から、三年E組(暗殺教室)では、一学期で鍛えたアスレチックや崖登り(クライミング)の応用として、フリーランニングを学んでいた。自身の身体能力と周囲の状況を把握する能力を最大限に発揮し、道なき道を最短距離で移動する技術だ。

 体力的にも、技術的にも、一学期よりも要求されるものは多い。その分、生徒たちの疲労もたまりやすいものだった。九月とはいえ、まだ初旬。温度計の示す値は真夏日のそれである。例年よりも高めの気温も、彼らの体力の消耗の原因の一つであった。

「ん……?」

 その時、同じく木陰で休んでいた倉橋陽菜乃が空を見上げる。それに釣られるようにして、矢田たちも空を見上げた。

「どうしたの?陽菜ちゃん」

「ほら、アレ」

 倉橋が指差したのは、西の山に見える入道雲の姿。あの位置に雲があるとすれば、しばらくするとこちらの上空に来る可能性が高い。それを察した矢田は、荷物の中からスマートフォンを取り出した。

「あ~、ちょっとヤバイかもね。律、どう?」

 スマートフォンの中には、彼女たちのクラスメート、自律思考固定砲台――通称『律』――の端末がインストールされている。

『はい。そうですね。このままですと、約30分後にこの山一体に1時間に10mm前後の雨が降ると考えられます』

「やっぱりそうか。でも、珍しいね。律が予報外すなんて」

 律は、元々イージス艦に搭載される予定の高性能AIである。最先端のスーパーコンピューターにも匹敵するキャパシティーを持ってすれば、椚ヶ丘学園一帯のピンポイント天気予報もお手の物。これまで、律のピンポイント天気予報は99%的中しており、彼女らの担任である烏間も、律の予報を参考にして訓練計画を柔軟に変更しているのである。

『申し訳ありません』

 謝る律。しかし、倉橋はいつもの天真爛漫な笑顔を浮かべる。

「全然気にしてないって。たまにはこんな日もあるよ」

「それに、暑さで結構あたしも疲れてたから。涼しくなるならそれもいいかなって思うし」

 矢田も全く気にする素振りを見せず、寧ろ助かったと言った。

『そう言っていただけると、助かります。今後も精進しますね』

「うん、お互いに頑張ろう」

 

 これで休める。そう思って楽しそうに談笑する4人。しかし、彼女たちの談笑を遮るように突如裏山に烏間の声が響き渡った。

 

『全員集合!これから降雨時を想定した訓練を行う!!』

 

「ま、まじかぁ……」

 肩を落す岡野。

「がんばろっか」

 苦笑しながら矢田は岡野の肩を軽く叩いて腰をあげた。そして、彼女に続いて倉橋、岡野も腰をあげ、運動場で待つ烏間の下へいっしょに駆け出していった。

 

 

 彼女たちはまだ知る由もない。あの暗雲は、これから彼女たちの三年E組(暗殺教室)に襲来する災悪の予兆であることを。



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PART 5 時は来た

久しぶりに筆がすすみました。

何せ、4月から忙しかったもので……
具体的には、信長の野望とか、信長の野望とか、信長の野望とかで。


 椚ヶ丘市、某所。小さな貸しビルのワンフロアにゴルゴはいた。巨大なスパコンやディスプレイ、書き込みのされた天気図が並ぶその部屋にはゴルゴのほかに、今は机に座った男しかいない。部屋は静かなもので、耳に届くのはパソコンの起動音と微かに聞こえてくるジェット機のエンジン音ぐらいだ。

「……天候はどうだ」

 ゴルゴは、出入り口近くの壁に僅かにもたれかかり、愛用の葉巻を燻らせながら部屋の中央の机に座る初老の男に尋ねた。

「19時から19時30分までの間だ。この間ならば、大丈夫だと思う。ただし、いくら俺の予想でも、不確定要素が0というわけにはいかん。19時から19時30分までの間で、実際にアンタのいう条件が満たされるのは長くて10分といったところだな」

 男はそう言うと、椅子から立ち上がってゴルゴのもとに歩み寄った。

「これが、俺の予想した19時半までのデータだ。もしも19時から19時半の間で予測データと大きく食い違うような事態になったら、すぐにあのアドレスにメールする……でよかったか?」

「ああ……」

 男が差し出したUSBメモリを左手で受け取ると、ゴルゴは踵を返した。

「世話になったな……」

 そう言うと、ゴルゴは入り口脇の机に札束をポンと置いてそのフロアを後にした。それを見送ると、男は立ち上がり、机に置かれた札束をパラパラと捲り、溜息をついた。

「わけがわからない客だった……藤堂、あの男はいったい何者なんだ?」

 男は、表向きは顧客の取れないフリーランスの気象予報士という肩書きだが、実際には穀物の先物市場をしている業者に天候の予測情報を提供している知る人ぞ知る有能気象予報士だった。

 今回、男はかつての盟友であり、顧客であった藤堂伍一からの紹介を受けてゴルゴからの依頼を引き受けた。勿論、男は先ほど札束を置いて帰った客がゴルゴ13と呼ばれている超A級のスナイパーであることなど知らない。

 男は普段は自身と長年の付き合いのあるお得意様からの依頼以外は冷たく突っぱねてきたが、今回ばかりはいつものごとく初見の依頼人の依頼を話も聞かずに突っぱねることはできなかった。

 何せ、紹介者が自身の提供する情報を元手に世界中の穀物市場を荒らしまわったかつての盟友、藤堂伍一だったからだ。穀物相場から足を洗い、商社も辞めて故郷の岩手で農業を営むと言ってきたものだから、失望して喧々諤々の喧嘩の末に縁を切った相手ではあったが。

 その藤堂が数年ぶりに突然尋ねてきて、一緒に連れてきた男の依頼を受けて欲しいと言ってきた時には驚いたし、藤堂に紹介を頼んだあの鷹のような鋭い目つきをした男からの依頼もまた奇天烈なものだった。これほどの設備を有したビルのワンフロアを依頼遂行のために与えられ、挙句の果てにはその依頼とやらに関連して自衛隊の隊員までもがスタッフとして加わってきたのだ。

 

『彼の依頼に対して、彼の望まない詮索はするもんじゃない。余り踏み込みすぎれば命はないぞ……俺も、君もだ!!』

 

 一体、自分の提供した情報を下に何をしたいのかなんて、男には検討もつかなかった。だが、男に頭を下げてまで依頼を受けてくれるように頼み込んできた藤堂の言葉が浮かび、詮索しようとする気はあまりおきなかった。

 

「まぁ、いいか。あの男が何者であろうと、藤堂の忠告もあるし、報酬もこんなにもらってるんだ。このことは早々に忘れるか」

 

 男は札束を懐に入れると、祝い酒でも飲みに馴染みの居酒屋へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

「……本日の授業はここまで」

 殺せんせーが生徒たちから汚物を見るような視線を向けられることおよそ8時間。殺せんせーにとっては針の筵に等しい時間となった授業は、ようやく終了した。トボトボと肩を落としながら教室を後にする殺せんせーを見送り、初見では女子に間違われそうなほどに華奢な少年、潮田渚は帰りの準備を始めつつあるクラスメイトの赤羽業に話しかけた。

「殺せんせーが本当に犯ったと思う?こんなシャレじゃすまされない犯罪を」

 

 椚ヶ丘市でここ数日多発している連続浴室覗き事件。ターゲットは全てFカップ以上の巨乳女性で、被害者によれば犯人は『ヌルフフフ』という怪奇な笑い声をする黄色い頭の大男だそうだ。また、現場には謎の粘液が残されていたという。

 そして、そんな事件が世間で騒がれている最中、犯人像との近しさから生徒たちから犯人と疑われた殺せんせーに、さらに超弩級変態容疑が振って沸いた。

 殺せんせーの机の中からは大量の女性モノの下着と、入浴中の女性を盗撮したと思われる写真が多数。クラスの出席簿には、全女子生徒のカップ数が記載されており、昼食用に容易していたバーベキューの食材を入れたクーラーボックスからは、さらに大量の盗撮写真と女性モノの下着が発見された。

 山に棄てられたエロ本を拾い読みしたり、水着生写真で買収されたり、休み時間中に狂ったように巨乳アイドルのグラビアに見入っていたり、「手ブラじゃ生ぬるい」「私に触手ブラをさせて下さい」と要望ハガキを出していたりと、普段の行動からも、疑われても仕方がない性癖を持っている殺せんせーを積極的に弁護するものは、一人としていなかった。

 また、椚ヶ丘からマンハッタンまで約27分いうふざけた速度で移動できる怪物にとっては、アリバイなどあってないようなものだ。大概の場所からは短時間で行ったり来たりできるのだから。

 

「都合が良すぎるよな」

 赤羽業は、右手で鉛筆をクルクル回しながら言った。

「あからさまにあのタコを疑ってくださいって感じの証拠が用意されてるようにしか思えない。そもそも、マッハ20で動き回れるのに姿をはっきり目撃されていたり、急にこんなボロを出したりしだすのは不自然だ」

 それを聞いていた茅野カエデも頷いた。

「そうだよね。確かに、エロ本をじっくり拾い読みしているところを私たちに見られたりすることはあったけど、殺せんせーは外で姿晒すときは基本変装しているし」

「変装のクオリティーはおいとくとして、茅野の言うとおり、正体バレバレにはならないようにしてるってのもある。それに……あの教師バカの怪物にしたら、E組(おれら)の信用を失うことなんて、暗殺されるのと同じくらい避けたいことだと思うけどね。だから、十中八九、真犯人はあのタコじゃない」

「うん……僕もそう思う」

 業の出した結論に渚も頷いた。

「……でも渚、そしたら一体誰が……」

「……偽よ」

 茅野の台詞をクラスで最も漫画に造詣が深い不破優月が遮った。

「にせ殺せんせーよ!!ラバーソールやザラブ星人に代表されるヒーロー物のお約束!!偽者悪役の仕業だわ!!」

 偽者という存在が彼女の琴線に触れたのだろう。不破は妙にハイテンションだ。

「そして体色とか笑い方とか真似してるってことは……真犯人は殺せんせーの情報を得ている何者か!!律、調査に手を貸してくれない?」

『分かりました』

「ありがとう。助かるわ」

 完全に探偵モノ漫画の主人公気分を味わっている不破に苦笑しつつ、業は言った。

「……多分、不破さんの言ってた線だろうね。何の目的でこんな事すんのかわからないけど。まぁ、いずれにせよこういう噂が広まる事で……賞金首がこの街に居れなくなっちゃったら元も子もない」

 業は帰ろうとしていた寺坂の首根っこを掴み、その首に腕を回す。

「俺等の手で真犯人ボコってタコに貸し作ろーじゃん?」

 業は、イタズラ小僧じみた不敵な笑みを浮かべながら言った。

 

 

 

 

 

 

 一方、ゴルゴは椚ヶ丘市の外れにある建設中のマンションを訪れていた。

 表向きはこのマンションは建設中であるためにカバーがかけられてはいるが、実際のところほとんどは完成されている。カバーがかけられているのは、擬装のためである。

 さらに、このマンションは中身がない。部屋を隔てる床も天井も壁もなくがらんどうになっている内部には、大小のケーブル群が接続された巨大な装置が鎮座していた。

「こ、これは()()()()!!」

 現場責任者を務める三佐がゴルゴの姿を見て敬礼する。彼の敬礼に、ゴルゴも答礼する。

「……装置の調子はどうだ?」

「最終メンテナンスはつい先ほど終了しました。命令があれば、いつでも撃てます!!」

 三佐の報告を聞いたゴルゴは、懐から封筒を取り出して三佐に渡す。

「後は、この指示書の通りの時間に装置を展開、起動しろ。()()があればいつでも撃てる態勢を整えておいてくれ……」

「はっ!!」

 封筒を手渡すと、ゴルゴはちらりと自身の腕時計に視線を落とした。

 

 ――後、4時間か

 

 そして、ゴルゴは自身の用意しておいた車に乗り込み、市の中心部へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、業、渚、不破、寺坂、茅野の5人はFR(フリーランニング)で培った技術を駆使して椚ヶ丘市内のとある施設に侵入し、浴室の窓の前にある茂みの中に身を潜めていた。

 ここは某芸能プロダクションの合宿施設で、ここ2週間は巨乳を集めたアイドルグループが新曲のダンスを練習してるそうだ。その合宿は明日には終わる。真犯人なら極上の獲物を逃がすはずがないというのが、市内の情報を虱潰しに調べた律と、犯人の狙いを推理した不破が辿りついた結論であった。

 そして、不破らと同じ結論に達し、同じように真犯人の拘束を狙う者が彼女たちの他にもいた。

「ねぇ……アレ」

 最初にその存在に気づいた渚が指を向けた先には、サングラスにほっかむりをした、某忍術学園の教師のような忍び装束に身を包んだ黄色頭の生物――彼らの担任である殺せんせーがいた。

「なんだ……殺せんせーも同じこと考えてたか」

 ボソリと呟いた渚に、隣に潜む寺坂が首を振った。

「いや……どう見てもアレは盗む側のカッコなんだが」

 さらに、浴室の窓から聞こえてくる若い女性の声を聞いた殺せんせーは息を荒げていた。

「しかも、真犯人への怒りとか関係なく、単純に風呂から漏れ聞こえてくる声を聞いて興奮してるぞ」

「あの絵だけ見ていると、殺せんせーが真犯人にしか見えないね……」

 茅野は呆れ顔を浮かべながら呟き、渚たちも相槌をうつ。その時、一人だけ本性を発露させていた殺せんせーから早々に注意を外し、周囲に目を配っていた業が気がついた。

「ねぇ、あっちの壁」

「……?」

 最初に気がついた業が指差す方向に、渚たちもつられて視線を向ける。

「誰か来た」

 警戒な動きで2m近い壁を乗り越え、ほとんど音を立てずに地面に着地、即座に近くの物陰に身を潜め、様子を伺う人の影。そして、周囲を確認するとその人影は一直線に浴室に備え付けられた窓へと走り出した。

 空は雲に覆われており、月明かりも星明りもない。しかし、浴室から僅かに漏れる光は、闇に目が慣れた5人が識別できるぐらいには周囲を明るくしてくれていた。

「……やっぱり!!」

 不破が嬉しそうに呟く。

 その人影の正体は、黄色い(ヘルメット)にライダースーツを着込んだ大男の姿だった。

「真犯人はこいつか……どうする、業」

 寺坂は浴室に向けてダッシュする大男から、業に視線を移して指示を乞う。

「ほっとこうよ」

「は?」

 予想外の返答に呆ける寺坂。しかし、それに構わず業は続ける。

「どうせ、マッハ20のタコがいるんだ。俺たちが何かするよりもよっぽど早く真犯人を捕まえられる」

 

『捕まえたー!!』

 

 業の予想通り、瞬きをする間もなく、彼らの前で黄色い(ヘルメット)の大男が取り押さえられ、殺せんせーの勝利の叫びが聞こえてくる。突入しようと身構えていた寺坂たちはそれを聞き、力を抜いた。

 

 

 しかし、これで犯人が捕まったと気を抜いた次の瞬間。彼らの視界は凄まじい轟音と閃光によって塞がれた。




藤堂伍一 穀物戦争や潮流激る南沙に登場する元商社マン
     彼の登場するエピソードは何れもゴルゴ13のエピソードの中でも指折りの傑作ばかりです


因みに、何故下着ドロから覗きになったのか、その理由は次話で明らかになり予定です。


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PART 6 超生物VSゴルゴ13

この話を含めて、後3話で完結となります。


『捕まえたー!!』

 

 その触手でしっかりと黄色い(ヘルメット)の大男を拘束した殺せんせーは、そのまま大男を地面に倒そうとする。

 しかし、その刹那の瞬間。マッハ20で動く物体を余裕で捉えられ、数百メートル先の小さな昆虫すら発見できる優れた視力を有するが故に、殺せんせーは大男の被るヘルメットのバイザーのむこうに見える顔が分かってしまった。

 鼻から上しか見えなくとも、それで殺せんせーには十分だった。何故なら、その顔は最強生物である殺せんせーが、()()死神という世界最高峰の殺し屋が最も警戒していた男の顔だったからだ。

 最強の生物となった彼をして、この世で唯一自身を殺し得ると判断した男。

 自身に残された命を使った暗殺教室を永遠に中断させる存在。

 そして、()()が最後まで案じ続けた生徒達の心の闇を晴らし、最高の成長をプレゼントするための暗殺教室を終わらせ得る存在。

 

 暗殺者(アサシン)標的(ターゲット)であったから、三年E組(暗殺教室)の少年少女たちは本気で、真剣に先生にぶつかってきた。暗殺者(アサシン)標的(ターゲット)という授業(きずな)で先生と生徒たちは繋がった。

 ならば、暗殺者(アサシン)標的(ターゲット)の間の授業(きずな)は、生徒たちが先生を殺すことでのみ終了しうる。

 殺せんせーとしては期限を迎えて爆発するのではなく、自殺するのではなく、出頭して殺処分されるのではなく、無関係の殺し屋に殺されるのではなく、他でもない彼らに殺して欲しかった。

 だからこそ、殺せんせーは暗殺者(アサシン)標的(ターゲット)の間の授業(きずな)を中断しうる最大の懸念事項であるその男に対しては最大限の警戒心を持って日々を過ごしていた。

 椚ヶ丘中学校特別夏期講習沖縄離島リゾートで生徒達の策に追い込まれて披露した完全防御形態も、触手の一部だけを圧縮してエネルギーを取り出す方法も、本来はゴルゴ13を警戒し、その対策として準備していたものだった。

 不審者対策のパトロールと称して密かに椚ヶ丘をマッハ20で飛び回るのも、実のところはその男がこの街に潜んでいないかを警戒しての行動だった。

 

 一応、一つ一つの技能で言えば、初代死神も、殺せんせーもこの男に優っている点は少なくなかった。薬学、工学の知識等も、専門性で上回っていたし、男が有していないであろう相手の意識の波長を読み取る力や変装技術なども有していた。触手という力を手に入れてからは、さらに男との間にある優位性は広がったとも言えよう。

 しかし、多くの分野の技術で凌駕しておきながら、殺せんせー(初代死神)はこの男を殺せるとは思えなかった。その理由は、男の頭脳の回転の早さにある。如何なる逆境をも乗り越える規格外の機転のよさ、常識の上を行く発想とそこから生まれる困難な計画をも可能にする強靭な精神力にある。

 殺せんせー(初代死神)は素直に認めていた。頭の回転と精神力で自身はこの男に劣り、その差は、技術(スキル)では多くの分野で上をいっているはずの自身をも殺し得るだけの差となると。

 

 

 

 

 

 そう、

 

 ――殺せんせー(最強の生物)

 

 ――初代死神(最高の暗殺者)

 

 唯一、暗殺者(アサシン)標的(ターゲット)の間の授業(きずな)を中断しうるゴルゴ13という暗殺者を恐れていた。

 

 

 

 

 そして、その懸念はついに現実のものとなった。

 

 自身に覗き魔容疑を擦りつけようとしていた下手人を捕まえ、その正体がゴルゴ13であることを理解した途端、殺せんせーは最大速度で飛び退こうとした。この男が仕掛けてきた以上、必ずここには何かがある。とにかく、何が起こるかわからないが逃げるのが最善策だと判断した。

 しかし、触手の扱いは精神状態に大きく左右される。ただでさえ、殺せんせー(最強の生物)になってからは動揺しやすいという弱点が増えた彼が、自身の望みを断ち切るであろう最優先警戒目標――ゴルゴ13の突然の襲来に動揺しないはずがなかった。

 ゴルゴ13を捕まえ、地面に倒し、バイザー越しにその正体を看破してから離脱すべきと判断するも、動揺からか実際に行動に移すまでに僅かに0.1秒ほどであるが時間を浪費(ロス)

 また、最高速度はマッハ20といえど、初速からその速度が出るわけではない。初動の1mほどは、せいぜい時速600km程度なのだ。1m離れるだけでまた1000分の6秒ほどの浪費(ロス)となる。

 合計でも、コンマ数秒のロスであり、1000分の6秒あればさらに1mも距離が稼げる。あのゴルゴ13でさえ0.1秒以内に早撃ちできないのだ。それだけあれば殆どの脅威から逃れられるはずだった。

 

 

 ――だが、ゴルゴ13はそんな()()が通じるような相手ではない。

 

 ――この男の前で「ありえない」などということは、「ありえない」のである。

 

 

 突如、殺せんせーの全身に激しい衝撃と、焼け爛れるような痛みが襲った。マッハ20の超高速移動物体すら余裕で見切る殺せんせーの動体視力でも自身を襲い、衝撃と痛みをもたらしたものの正体を理解できなかった。

 予期せぬ衝撃。自身の動体視力を持ってしても捉えられず、時速600kmで飛び退いても回避することが叶わなかった謎の攻撃。それは、殺せんせーの思考能力はコンマ数秒、混乱と動揺によって正常に機能しなかった。さらに、身体も衝撃からか自身の思い通りに動かない。

 そして、コンマ数秒の思考の空白とそれに伴う硬直が、殺せんせーの運命を決めた。

 

 気がついたときには、既にゴルゴ13は懐から引き抜いた銃を殺せんせーのネクタイの三日月部分(心臓)に向けて引き金を引いていた。

 

 殺せんせーには全てがクリアに見えていた。だが、身体は動かせない。殺せんせーはただ自身の心臓に吸い込まれるように向かってくる対先生弾を見ていることしかできない。

 

 そして、対先生弾が殺せんせーの心臓を貫く。己の肉が穿たれる感覚と共に、意識が薄らいでいくのを殺せんせーは感じていた。

 

 

 

 ――これが『死』か。

 

 今まで、数え切れないほどの人々に自分が与えてきたものであるが、自分の身体でそれを体験するのは当然のことながら殺せんせーにとって初めてのことだった。薬物で気を失うときの、どこか全てが遠くなる感覚とは違い、どちらかというと、自然な眠りにも似たゆるやかで安堵すら覚える感覚だった。 

 死んだら人がどこへいくかなんて、数え切れぬ人を『死』に送ってきた死神だった彼ですら分からない。ひょっとしたら、死の先は無なのかもしれないし、「天国」や「地獄」があるのかもしれない。

 だが、別に死の先が無であろうが、罪人が送られるという地獄であろうが彼は恐怖を感じたりはしない。せいぜい、もしも死の先に天国とやらがあるのなら、そこで自身を教師として導いてくれた彼女に会えないのは残念と思うくらいだ。

 

 ただ、生徒たちを卒業まで導けなかったことが唯一彼にとっては心残りだった。

 まだ教えていないことがたくさんあったし、まだ自分自身も教えてもらうことがたくさんあった。そしてなにより、彼らと過ごす時間がここで終わってしまうことが心苦しくてならなかった。

 だが、それはこれまで自分が死神として殺してきた人々もきっと今際の際に抱いたであろう気持ちだ。であるならば、自分だけがその気持ちを受け入れないというわけにはいかない。

 彼らを信じて、先に逝こう。最後まで導けなくとも、彼らは彼女と自分が持てる全てをもって向き合った生徒たちだ。きっと、彼らは自分自身の脚で歩いていける。自分がいなくとも、いつかきっと暗殺教室を自分の脚で駆け抜けて卒業してくれる。彼はそう信じることにした。

 そして、彼の意識は瀬戸内の海岸に打ち寄せる小波のように緩やかに、静かに引いていく。その意識は二度と戻ることのない深い、それでいて大きな闇へと消えていった。

 

 

 

 意識を失った殺せんせーの身体が眩しく弾け、光の粒子へと変貌を遂げる。粒子はすぐに拡散、消滅し、後には彼が来ていた服だけが残った。

 

 地球を破壊しうる超生物の命脈はここで絶たれ、地球は滅亡から救われた。さらに、同時に一つの事実が確定した。

 

 「一番優れた殺し屋は誰か」

 

 この議論に、ついに明確なかたちで決着がついた。

 

 かつて死神と呼ばれた殺し屋は、ゴルゴ13の前に敗れ去ったのである。

 

 

 

 

 

 

 ゴルゴは、粒子となって消滅した標的を見届けると、激痛に蝕まれる身体に鞭を打って立ち上がった。

 

 ――予想よりも、怪我は重い。だが、立てないほどではない。

 

 ゴルゴはゆっくりと身体の調子を確認しながら立ち上がると、近くの茂みで倒れている5人の少年少女に歩み寄った。息使いから察するに、どうやら全員意識を失っているらしい。一応、一人づつ意識の有無を触診で確かめるが、全員気絶していることは間違いなかった。

 全員に意識がないことを確認したゴルゴは、彼らの靴を回収する。彼らの靴には今日の授業時間中に小型のスタンガンが仕込まれており、彼らは突如足の裏から放たれた強力な電流によって意識を失っていたのである。

 元々、このような露骨な罠で標的(ターゲット)を誘き寄せるつもりでいたゴルゴは、生徒たちの中からもこの場所を突き止めて張り込むものが現れることも十分にありうると考えていた。

 いかに中学生とはいえど、仕事を見られたからにはその口を封じるのがゴルゴが自身に課した絶対のルールだ。ゴルゴ自身に落ち度があったり、「一切口外しない」という約束を信用できた場合には目撃者を見逃すことがあるが、それは一部の例外にすぎない。

 しかし、ゴルゴとて目撃者となりうる人物がいると事前に分かっていれば、まず目撃されないことを優先する。口封じをすることも重要だが、まず仕事を見られないようにすることがそれより優先される。

 どうせ後で口封じをすればいいからといって、目撃者となる可能性がある人物に対して対策を施さないということはない。仕事を見られない配慮をして、それでも偶然目撃者が出てしまった場合には口封じのために殺害するのも已む無し。それがプロとしてのゴルゴのスタンスなのである。

 今回も、彼は自身のスタンスに沿って、中学生らに自身の仕事を目撃させないためにこの仕掛けをした。ゴルゴとしても、できれば彼らがこの場所に入れないような手配をしたかったが、そこまですると中学生たちが次にどんな行動に出るかは分からない。不確定要素を減らすために、ゴルゴは敢えて中学生たちをこの場所で気絶させたというわけだ。

 

 

 念のために彼らの持つ情報端末を破壊し、ゴルゴは行きと同様に静かに合宿施設の壁を跳び越えた。そして、壁のむこうにあらかじめ用意してあった車に乗り込んで椚ヶ丘市の夜の闇の中に消えていった。

 

 

 

 

 

「……うぅ」

 身体に激しく打ちつけられる雨粒の刺激と、濡れて肌に張り付く服の感覚、耳元で聞こえる大きな雨音で、赤羽業は目をさました。隣を見ると、寺坂も渚も茅野も不破も全員が意識を失って倒れていた。

 自身も何故か靴を履いていないし、足の裏には火傷でも負ったような痛み。そして、傍には全員分のスマートフォンの残骸が落ちている。

 一体何が起こったのか、E組随一の優秀な頭脳を持つ彼であっても理解できなかった。だが、彼はこんな時に最初にやるべきことは理解していた。倒れているクラスメイトに駆け寄り、呼吸があることと脈があることを確認し、まずは寺坂の鳩尾に蹴りを入れて、強引に意識を取り戻させる。

「グフゥ!?……な、何しやがる!!」

「あ、元気みたいだね。とりあえず、そこでのびてる渚君を起こしといてよ。茅野と不破は俺が起こすから」

「あぁ!?……クソ。一体何だってんだよ!?」

 文句をいいつつも、追究よりもまず業の言うことにすんなり従ってしまうあたり、寺坂は随分操られることに慣れてきているらしい。

 

「……一体何があったの?業君」

 寺坂に起こされた渚は、すぐに業に問いかけた、それに対し、業は静かに指をある一点に向けた。

「何があったのかは俺にもわからない。でも、一つだけ確かなものがある」

 彼の指差した先、降り注ぐ雨と夜の闇で分かり辛いが、そこには彼らの見慣れたものがあった。

「ま、まさか……」

 不破が驚愕から口に手を当て、寺坂も信じられないと言わんばかりに目を見開いている。茅野は膝を付き、渚は目の前の光景が現実と思えずに呆然とした。

「ああ。……多分、アレは」

 そこには、彼らの担任教師がいつも来ている大きな黒いガウンがあった。しかし、ひとつだけそのガウンにはいつもと違う点があった。

 

「殺せんせーのガウンだ」

 

 その夜、椚ヶ丘市一帯には1時間に100mmの豪雨が降り注ぎ、主を失った大きな黒いガウンはただ雨粒に打ちつけられながら水溜りを浮き沈みしていた。

 

 

 

 

 

 この日を最後に椚ヶ丘市でここ数日多発している連続浴室覗き事件は終焉を迎えた。

 

 そして、椚ヶ丘学園三年E組(暗殺教室)に、二度と殺せんせーが戻ってくることもなかった。




ゴルゴ13の取った手段の種明かしは次話にて行います。乞うご期待。


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PART 7 最期

本日は二話連続更新です。
最新話でジャンプしてきた人は、前のPART6 から呼んでください

次話が、エピローグとなる予定です。


 椚ヶ丘市で豪雨が降り注いだ日から、二日が経過していた。この日、右妻は官邸に設けられた会議室で、秘書官や防衛省の担当者から報告を受けていた。

 

「では、あの生物が死んだというのは間違いないのだね?」

 右妻総理大臣の問いかけに、石井補佐官は静かに頷いた。

「今日で、あの生物がE組にこなくなって二日目です。あの生物にとって一番優先されるはずの生徒を放っておいて二日も音信不通などということは、考えられません。死体は確認されていませんが、それもあの生物の生態上ありうることであるとの報告も受けていますから、あの生物は死んだと断言してもいいでしょう」

 石井の返答を聞いた右妻は、安堵から深く息を吐いた。

「これで、最大の懸念事項は解決された……。彼は我々の要求に満点回答してくれたというわけだな」

 右妻の手元には、もう一人の標的(ターゲット)である柳沢誇太郎と、彼が手元に置いていたE組の生徒、堀部糸成の死体検分書も届いていた。両者共に額を撃ち抜かれており、即死だったようだ。

 なお、彼らの死体は警察が駆けつける前に自衛隊がすばやく回収していたため、彼らの死は公にはされていない。

 

 

「しかし……彼は一体どうやって、マッハ20で移動する標的(ターゲット)の心臓を撃ち抜いたんだ?」

 右妻が疑念を呈する。マッハ20といえば、軌道上を移動する人工衛星のスピードだ。しかも、殺せんせーは衛星のように決まった軌道を通るわけでもないし、マッハ20の飛翔体の動きを見切る動体視力をも兼ね備えている。一般的なライフル弾の速度の七倍近い速度で動く的を撃ち抜くことなど、まず不可能である。

「それについては、私から説明させていただきます」

 そう言って立ち上がったのは、防衛省情報部、尾長剛毅情報本部長だ。

「ゴルゴ13が標的(ターゲット)を撃ちぬくことができた鍵は、彼が用意した二つの策にあります」

 尾長が手元のコンソールを操作し、会議室正面のモニターに椚ヶ丘市の立体図が表示される。

「まず、一つ目がこの大出力レーザー照射装置です」

 右妻は訝しげな表情を浮かべた。確かに、レーザーならば光の速さで目標へと進む。マッハ20で移動していても、光はその4万倍近い速さで迫り来るのだ。まず撃たれてから対処することはあの怪物にも不可能だろう。

 しかし、直接あの怪物を焼き殺すためにレーザーを施設を地上に作ったとて、レーザーの射線を確保すれば絶対にあの怪物に見つかってしまう。何せ、射線上には障害物がないのだから、数十キロ先を見通せる視力さえあれば、レーザー発射装置の存在を看破できたとしても不思議ではない。

「レーザー?それであの標的(ターゲット)を撃ち抜いたのかね?」

「いいえ。そうではないのです」

 尾長は画面を簡易的な図に差し替えた。そこには、レーザー装置と高い建造物、そして雲が描かれている。

「レーザー誘雷というものをご存知でしょうか?」

「いや、聞いたこともない」

「大気中でレーザーを放つと、空気はプラズマ電気を持ったイオンとマイナス電気を持った電子に分離します。これによって、空気は電気を通しやすくなります。端的に言ってしまえば、雷雲に向かってレーザーを放つと、雷の誘導路ができてしまい、レーザーの光線がそのまま避雷針となるということです」

「しかし、それでは雷はレーザーの発射装置に落ちるだけでは?」

 尾長は手元の資料にしばしば視線を落としながら説明を続ける。いつもは「あれ」だの「これ」だのと代名詞ばかり使う尾長であったが、今回は用意された資料(カンニングペーパー)があるため、ある程度は流暢に説明できていた。

「え~、今回の場合、ゴルゴ13はレーザーを雷雲に放ちましたが、その際、レーザーの射線上に一本の木の頂点が来るようにしたのです。これにより、レーザーを伝ってきた雷は途中でレーザー光線上の木へと逸れました。さらに、その木に落ちた雷は、木の近くにいた標的(ターゲット)にも襲い掛かったということだそうです」

 

 

 ――人体が、落雷を受けた物体に接触あるいは接近していると、受雷物体から人体に二次放電がおきて、傷害を受けることがある。受雷物体との距離や相対位置により傷害の程度はまちまちではあるが、一般的には受雷物体に接触或いはその半径2m以内の近距離にいると、落雷電流の主流が人体に流入し、直撃同様に死亡・重傷の被害を受ける。

 受雷物体から半径2m以上離れていても、落雷放電路の分裂が人体に達し、傷害を受けることもある。このような受雷物体からの二次放電による人体の傷害を側撃傷害と呼ぶ。

 

 

 今回、ゴルゴ13は敢えて自分をレーザーが照射される予定となっている木の近くで殺せんせーに取り押さえさせた。そして、殺せんせーに捕縛されたタイミングであらかじめ口内に仕込んでおいたスイッチを噛んで押し、口内に仕込んだ装置から発信された電波を受けてレーザー照射装置がレーザーを雷雲に向けて発射された。

 直後に雷が木に落ち、側撃雷が殺せんせーを襲ったというわけだ。

 

 因みに、この日に雷雲が発生していたのは決して偶然ではない。あの日に雷雲が発生していたのは、航空自衛隊がドライアイスやヨウ化銀を散布し、人工的に雲を作り出していたからだ。8月から幾度か人工降雨実験が椚ヶ丘市周辺で繰り返されており、雷雲を発生させるタイミングを図るデータを計測していたのだ。律の予報が時々外れていたのも、この人工降雨実験によるものだった。

 そして、何時、どこに人工降雨を行えば、暗殺現場となったあの合宿上近くに雷雲を発生させられるかは、全てゴルゴ13が手配した裏の気象予報士が導き出していた。全ては、計算されていたのである。

 

 殺せんせーは初代死神であったころに比べ、突発事態への対処能力は著しく低下している。自身に濡れ衣を着せようとしていた犯人が最も恐れていた暗殺者――ゴルゴ13であることを知れば、少なからず動揺するとゴルゴ13は踏んでいた。そして、動揺から僅かな時間でも硬直してくれれば、ゴルゴ13には気づかれずに口内のスイッチを押すだけの余裕はある。

 さらに、ゴルゴ13の登場による動揺を沈められないうちに殺せんせーを襲う雷撃という第二撃。正体不明の攻撃を畳み掛けられれば、動揺による思考の硬直時間はさらに長くなる。

 そして、雷の速度はマッハ441.17。マッハ20で動ける殺せんせーでも、避けることは絶対に不可能である。

 また、電流によって触手細胞の動きを一時的に硬直させられることも、初代死神に対する生体実験から判明している。初代死神は能力の進化の過程で、電流に対する耐性を得ていたが、柳沢の計算では、雷クラスの電流ともなれば流石に耐性があっても身体の一時硬直は避けられないという結果が出ていた。

 ゴルゴ13の登場と畳み掛けられた正体不明の攻撃による動揺と思考能力、処理能力の低下。それに加えて電流による細胞の硬直。これらは、マッハ20で動ける殺せんせーに、僅か0.7秒とはいえ完全硬直を余儀なくさせた。

 そして、0.17秒で拳銃を抜き、0.04秒で標的に照準を合わせて仕留めることができるゴルゴ13が、0.7秒の間動けない標的(ターゲット)を仕留め損なうはずがない。懐から拳銃を引き抜いたゴルゴ13は、正確に殺せんせーの心臓を撃ち抜いたのである。

 

 

「……ちょっと、待ってくれ」

 そこで、右妻は疑問を投げかけた。

「その、側撃傷害だったか。それの理屈は分かった。しかし、そいつはあの標的(ターゲット)だけではなく、ゴルゴ13にも襲い掛かったはずだ。雷を受けて何故彼は即座に動いて拳銃を引き抜ける?いや、そもそも生きていられるのか!?」

「医官に聞いてみましたが、雷の規模次第では二次放電を受けて生きていても不思議ではないそうです。ただ、生きていたとしても、雷によるダメージは少なからずあったはず。火傷による激痛をものともせずに、動きを止めた標的(ターゲット)の隙を見逃さずに仕留めたことになります。医官曰く、もしも二次放電を受けても怯まなかったとすれば、彼の精神力は常人では計り知れないレベルにあるとのことです」

 右妻はゴルゴ13の超人的な精神力に驚きを顕にした。

 

 ――実は、雷による死者は毎年10人にも満たない。

 落雷による死亡は、体内に発生する電気エネルギー(電圧×電流×継続時間)が体重に対して一定値を超えるときにおこり、大多数の死因は呼吸、心拍の同時停止である。少数例では、脳機能の傷害で死亡することもある。また、体内電流は、意識喪失、シビレ、疼痛、麻痺、運動障害、その他の傷害をおこす原因となる。

 そして、人体表面では、物体の表面で発生する放電――沿面火花放電――が非常に起こりやすい。落雷電流値が低い場合、全電流が体内を流れる。電流値が増加すると、沿面火花放電が発生する。実際には体表の色々な部分に多数の沿面火花放電が発生する。

 落雷を受けた人体の皮膚面の所々には、電紋と呼ばれる樹枝状に分岐した赤色或いは赤紫色の発色が生じる。これは、体表の沿面火花放電によっておこる一種の熱傷である。

 大多数の落雷はこの沿面火花放電のステージで終わり、被害者が高い確率で死亡する。(直撃被害者の死亡率は約80%)

 場合によっては、頭から地表まで連続する沿面放電電流が発生する。この場合は、落雷電流の一部は沿面放電電流となって体外を流れ、体内電流の割合が減少し、被害者は死亡を免れることがある。沿面火花放電は火傷、電紋、ビランを生ずるが、これらは体表の浅い(2度あるいはそれ以下の)熱傷で容易に治癒する。

 しかし、身体に着け、あるいは携帯する金属製品があると、その金属製品の周辺に沿面火花放電が発生し、火傷、電紋、ビランを生ずるが、致命的な体内電流は減少する傾向となる。

 

 ゴルゴ13の纏っていたライダースーツは金属が仕込まれており、落雷を受けた時には頭から地表まで連続する沿面放電電流が発生するように造られていた。もちろん、体表の沿面火花放電は生じるため、熱傷は避けられないが、ゴルゴ13にはこの問題を解決できる能力があったのだ。

 かつて、ゴルゴ13はテレパスで自身の殺気を察知する超能力者を相手取ったことがある。

 意識があれば必ず自分の居場所、狙いを一方的に遠距離から看破されるという状況に対し、ゴルゴ13がとった策は、自身の意識を最低の水準にまで落とし、後催眠でいっきに意識水準を最高の状態に持っていくことだった。

 ゴルゴ13は仮死状態、精神活動0の状態からいきなり高水準の意識を取り戻し、目標を射程に入れた状況ですぐに運動状態に入ることで、超能力者に対処する暇を与えずに攻撃に移ったのである。

 しかし、これは冷え切ったエンジンをいきなり全開(フルスロットル)にするようなものだ。機械であれば壊れることは避けられない荒業を可能とする強靭な精神があってこその芸当だ。

 そして、この強靭な精神が、落雷による体表面の熱傷による激痛の中でも彼の意識を最高水準(フルスロットル)に保ち続けたのである。

 

 

「……本当にあの男は人類なのかね?」

 右妻は驚愕を通り越して半分呆れを覚えていた。彼にとってゴルゴ13は、ハリウッド映画に出てくる特殊部隊出身の主人公ですら足元にも及ばない別次元の化け物にしか見えなかった。

「まぁ、いい。これで我々の目的は成ったのだ」

 右妻は会議室の窓から、外を見やった。外の世界は、つい先日地球滅亡の危機が過ぎ去ったばかりとは思えないぐらいに平常である。

 

「……後は、彼が敵に回る日が来ないことを祈るだけだな」

 

 右妻がポツリと呟いた言葉に、会議の出席者達は沈黙を持って同意を示した。




自分は物理はにわかですので、間違いなどがあるかもしれませんがご容赦を。

触手生物の細胞の動きを電流で止められるというのはオリジナル設定です。
コミックス16巻で、触手が未発達の状態の死神を電流で止められましたし、脱走直前にも電流で動きを封じ込めようとした描写があったので、電流の程度次第では動きを止められてもおかしくないかなーっと考えた次第です。


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PART 8 20年越しの卒業

今回が最終話となります。


「…………」

 

 東京、赤坂にある料亭。客の秘密を絶対に漏らさないことで知られる歴史ある店の一室に、一人の大柄な男がいた。

 

 男の名前は、寺坂竜馬。

 大学在学時のインターンシップで与党の大物政治家の下で働いたことが転機となり、大学卒業後もその政治家の下で私設秘書として経験を積んだ。そして、その政治家が4年ほど前に講演会の最中に改造銃を持ち込んだ暴漢による銃撃で死亡したことを受けて、後継者として衆議院議員選挙に出馬。

 暴漢の襲撃の際、自身も重傷を負いながらも実行犯を取り押さえたことで世間からも脚光を浴びており、かつ彼には人を引っ張っていく素質と男気があった。さらにかつての仲間たちの影日向からのサポートを受けた彼は、対抗馬として立候補した野党の新人に対して倍近い票差をつけて大勝。初当選を果たす。

 その後は与党の若手議員のまとめ役として能力を発揮する。また、昨年からは経済産業大臣政務官にも任ぜられて活躍している。

 

 そんな活躍盛りの新人政治家の目の前に並ぶのは、豪勢な料理の数々。普通の一般庶民ではまず味わうことのできない、国内随一の腕を持つ一流料理人が腕によりをかけて作った最高の品々だった。しかし、寺坂はそれに箸をつけることもなく、ただ腕を組みながら目を閉じて座している。

 座して微動だにしない彼の脳裏に浮かんでいたのは、決して忘れることのできない20年前の記憶だった。

 

 

 思い出すのは、人生で一番の激動期だった中学生のころのこと。

 

 エンドのE組。学校の最底辺にいた自分たちの前に現れたのは、月の直径の七割を粉砕したという超生物。マッハ20で移動するタコのようなその生物は、その日から自分たちの担任となった。そして、日本政府からの依頼で、この担任の授業を受けながら、担任の命を狙う日々が始まった。

 超生物と共に学び、共に挑む日々は、男の生き方にも大きな変化を与えた。最初は不満しかなかったが、いつからか、そんな日々を楽しんでいる男の姿があった。

 しかし、そんな日々は突然終焉を迎える。超生物は、自分たちの目の前で殺されたのだ。

 

 自分たちではその正体を知ることもできない、自分たちの及ばぬ力の前に、挫折をした。

 自分たちが全力で取り組んできた試みが、最後は自分たちが関わることすらできずに終わり、己の無力さを知った。

 自分たちが今の自分たちで居られる柱を――暗殺を、そして恩師を失った喪失感を味わった。

 

 そして、これまで全員で一つの目標に向かって団結していたはずのクラスも、その目標が他人の手で奪われたことで、大きく乱れた。

 発端は、茅野カエデ――本名雪村あかりだった。彼女は殺せんせーの前任のE組担任、雪村あぐりの妹で、姉の仇を討つために触手を自身に埋め込んでいた。しかも、茅野の触手は堀部イトナのようなメンテナンス処置を一切施されていなかった。

 触手はメンテナンスを怠ると、その宿主に脳内で棘だらけの虫が暴れまわっているかのような激痛をもたらす。発狂しても不思議でないその激痛にこれまで彼女が汗一つかかずに耐え抜いたのも、姉の仇を討つという強靭な決意(殺意)あってこそだ。

 しかし、その決意(殺意)の対象は自分の知らないところで自分の知らない誰かによって殺された。決意(殺意)は行き場を無くし、拠り所を失った精神は触手に侵食された。その結果、彼女の精神は殺せんせーの死から1週間後に決壊する。

 授業後、一人教室に残った茅野は、そこで触手を解放した。そして、殺せんせーの残した全てを否定するかのように、燃え上がる触手でE組の校舎を粉砕し、殺せんせーの思い出の残るプールも、暗殺を幾度も試みた山も、全てを破壊せんと暴れまわった。

 他の生徒たちも、触手を振り回して暴走する茅野を止めることはできず、結局その日の深夜、生命力を触手に吸い尽くされた彼女は土砂と瓦礫に覆われた山の中腹で静かに息を引き取った。

 殺せんせー(暗殺対象)の死に続き、今度はクラスメイトの死。混乱し、憔悴した生徒たちに追い討ちをかけるには十分な出来事だった。本校舎の生徒に負けないように張り合ってきたのも、殺せんせーが後押しをしてくれていたからこそだ。

 目標を失い、熱意を失い、刃の磨き方を教えてくれた師を失い、同じ志を掲げる仲間を失い、この半年ほどの間過ごしてきた学び舎を失った。クラスの中では不協和音が響き、クラスは割れ、一時は完全に崩壊した。

 

 しかし、三年E組(暗殺教室)は、殺せんせーの死から1ヵ月後に届いたある郵便物によって再び大きく変わった。

 その郵便物の差出人は、死んだはずの殺せんせー。どうやら、殺せんせーは自分が死んだ後のことも考えて、自分の死後にこれが届くように手配していたらしい。

 郵便物の中身は夏休みや修学旅行のしおりのような一人ひとりにアコーディオンのようなアドバイスブックで、その中には殺せんせーの真実も記されていた。そして、それと時を同じくして、教科担任のイリーナ・イェラビッチから秘密裏に殺せんせーを殺した下手人の情報を教えてもらった。

 自分たちの担任の正体。そして、それを殺した実行犯の名を知った彼らの衝撃は、言葉では語りつくせないほどのものだった。

 それぞれに、思うところがあった。そして、皆が共に抱いた想いがあった。

 

 そして、その日。彼らは新たに決意をした。その日の決意が、誓いが、絆が20年もの間彼らを繋ぎ続けている。

 

 

 

 

『寺坂さん、カルマさんが到着されました』

 物思いに耽っていた彼を現実に引き戻したのは、彼の持つ情報端末に写る20年前と変わらない姿の少女――律の声だった。

「おう、分かった」

 寺坂は思う。初めて出会った時の彼女は、常識も知らず、協調性も皆無なポンコツAIだった。しかし、今ではどうだろう。本体をあの箱からインターネット上に移し、メガクラウド生命体となった彼女は、あの頃と比べても一層表情豊かになった。初対面で抱いた印象など、今では跡形もない。

 あの頃からもう20年近く経つ。律だけではなく、誰もが成長しているのだ。成長した今の自分たちなら、かつての無力さを味わった自分たちではできなかったことも、できるかもしれない。

 脳裏を掠めた希望に思わず寺坂は僅かに頬を緩める。だがそれも一瞬。襖の向こうに足音を立てずに忍び寄る気配を感じ、寺坂はすぐに表情を引き締めた。

 そして、襖が開かれる。開かれた襖の奥から顔を出した赤髪の男は、あの頃と全く変わらない悪戯小僧の笑みを浮かべていた。

 

 イタリアの名門ブランドのスーツを着こなし、長身でイケメン、それでいて剃刀のような切れる印象を持つその男の名は、赤羽業。

 寺坂のかつてのクラスメイトであり、現在は経済産業省で活躍する出世コース驀進中の高級官僚である。

 入省からおよそ10年。省内の熾烈な派閥争いの中で、表も裏問わずに様々な手段を駆使して台頭し、現在では高い志を持つ若手官僚を束ねる新鋭派閥を牽引する存在となっていた。

 

「よう、()()()()。元気ですか?」

 政治家になってからは支援者からは先生と呼ばれるようになったが、この男ほど誠意や敬意の篭っていない「先生」の呼称を自身に対して使うヤツはいないと寺坂は思う。

「よくいうぜカルマ!!政治家を出汁にして暗躍する腹黒官僚様が!」

 カルマは開口一番で棒読みの先生呼びだ。ソレに対し、寺坂もまたあの頃と同じ憎まれ口で返す。

「相変わらず、操りがいのありそうな元気で単純な声の大きなヤツで安心したよ」

 そう言うと、彼は寺坂の対面に腰を降ろした。しかし、腰を降ろした瞬間に彼の表情から人をからかうときの飄々とした態度が消えた。

「……さっき、木村から連絡があった。昨日、Gの入国が確認されたそうだ」

 

 『G』

 その名を初めて聞いたのは、バラバラになっていたE組が再度一つの目標を前に団結した日だった。

 依頼の成功率99.8%を誇る、百戦錬磨の暗殺者。かつては、殺せんせー――初代死神と共に、世界最高峰の暗殺者として恐れられていた存在。そして、20年ほど前からは実質的な暗殺者の頂点として君臨する出身、国籍、経歴の何もかもが不明の男。

 何より、彼らのかつての担任の命を奪った男こそ、この『G』――通称、ゴルゴ13だった。

 

「はっ。これで、90%が、99%になったな」

 寺坂は、ことあるごとに声を荒げていた中学生のころとは違うどこか達観したような表情を浮かべている。

「寧ろ、安心したぜ。これで、来ないんじゃないかって考えをしなくてすむ」

「寺坂は相変わらず、囮や餌として使い棄てるにはもってこいの人材だよ」

「言ってろ。いつもは裏から操って満足しているようだが、おめーも()()()()()Gを釣るエサ役だ。昔みたいに、俺だけを鉄砲玉にできると思うなよ?今回は二人で矢面に立つんだ」

 寺坂は徳利を持ち、カルマの手に持ったお猪口に酒を注ぐ。

「……あのタコには最後まで負け越したが、今回は絶対に負けられねぇ。俺たちには地球の存亡なんかよりも、優先して決着(ケリ)をつけなければならねぇものがあるんだ」

「同感だね。負けっぱなしは性に合わない」

 二人の男はお猪口を掲げる。

「勝とうぜ。今度こそ、みんなで一緒に」

「勝つよ。そのための20年だったんだ」

 

 20年もの歳月は、かつての戦友(クラスメイト)との間に生まれた絆を途絶えさせてはいなかった。寧ろ、その歳月は彼らの絆を一層深めていたと言っても過言ではないだろう。

 男達は、一生懸命に超生物に挑み続けたあのころのような自信と活力に満ちた笑みを浮かべながら杯を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――航空、東京行き1192便のお客様はただ今から10番ゲートよりご搭乗いただきます』

 

 フランス、パリ=シャルル・ド・ゴール空港。第二次世界大戦の英雄であり、この空港建設開始時の大統領だった男の名を冠した空港に、一人の東洋人がいた。見た目は、実年齢よりも遥かに若々しく、どこか中性的な雰囲気を感じる青年だ。その背の低さと童顔もあって、空港スタッフや空港を利用する観光客からは、中学生ぐらいに思われていることもあった。

 アナウンスを聞いた男は、かつての集合写真を映す情報端末を鞄にしまい、待合スペースに設けられた椅子から腰を上げる。

 

 ――日本か、久しぶりだな。

 日本は、男の故郷である。だが、男には特定の活動拠点はない。必要であれば世界中を飛び回る仕事についているからだ。中学卒業後、実家を飛び出す形で日本を出てからもう20年ほどが経つ。

 かつてのクラスメイトたちとは連絡を取り合う中ではあるが、もう実の両親とはずっと会っていない。

 

 郷愁からか、男の顔が僅かに緩んだその時だった。突如隣を歩いていたガラの悪い白人男性が態勢を崩して腕をぶつけてきた。咄嗟に上手く身体を傾けて攻撃を逸らし、地面に倒れながらも上手く受身を取ることで、男はほぼ無傷で男の攻撃をやりすごした。

「おいこらぁ!!お前どこに目をつけてるんだ!?」

 見た目は人畜無害そうな、小柄で中学生ぐらいにしか見えない東洋人が一人で歩いていたからだろうか。ガラの悪い男は鴨を見つけたと思って絡んできたのだろう。

「お前、人にぶつかってきてどういうつもりだ!?」

「ご、ごめんなさい」

「ごめんなさいですむと思ってんのかぁ!?」

 ガラの悪い男は、小柄の男の胸倉を掴み挙げてそのまま軽々と持ち上げた。

「ごめんなさいですまなかった時は、どうすべきか分かってないとは言わせねぇぞ」

「は、はいぃ……」

 小柄な男は、ポケットから500ユーロ紙幣を2枚取り出し、自身の胸倉を掴む男の手にそっと握らせた。

「分かってるじゃあねぇか、東洋人。礼儀を知ってるやつは長生きできるぜ」

 男は頬を緩め、胸倉から手を放して小柄な男を解放した。

「今度からは気をつけろよ、ハハハハハ!!」

 

 このガラの悪い男は知らない。小柄の男がその気になれば、胸倉を掴まれる前に5回、掴まれている最中に10回は殺されていたということを。

 ガラの悪い男が助かったのは、小柄な男にはここで面倒ごとをおこすつもりが全く無かったということと、そもそも男が眼中になかったからである。ガラの悪い男は、この小柄な男にとって『危険ではない』から生かされたに過ぎないのである。

 

「ふ~、怖かったぁ」

 口ではこんなことを言っておきながら、男の心拍、呼吸には全く乱れはない。

 そして男は、何事もなかったかのように倒れたキャリーバッグを起し、搭乗ゲートへと足を向けた。

 

 

 

 ――殺せんせー。貴方が今の僕たちを見て何て言うかは分からない。でもね、僕たちにも譲れないものがあるんだ。

 

 

 かつての友人が、あの日自分たちの担任の命を奪った男に狙われている。絶対に見過ごすことはできないし、そして何より、自分たちはあの男との決着を望んでいるのだ。今度こそ、全員で力を合わせて、そして勝ちたい。否、勝たなければならない。

 

「僕達は、決着をつけないと三年E組(暗殺教室)を卒業できないんだよ。殺せんせー」

 

 死神と恐れられる暗殺者の下で修行を積み、いつしか死神の鎌(デスサイズ)の二つ名で呼ばれるようになった男――かつて、潮田渚と名乗っていた男は、そう呟きながら搭乗ゲートを潜った。




あれ?E組の進路どうなったの?
って思った方々のために、あとがきでそのあたりも触れる予定です。


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あとがき+α

 皆さん、こんにちは。後藤陸将です。

 

 これにて拙作『BEST ASSASSIN』はひとまず完結となりました。

 

 「BEST ASSASSIN」を書こうと思ったきっかけは、暗殺教室が終盤に差し掛かる中で、そういやゴルゴとコラボしていたなぁ、とふと思い出したことでした。

 原作では、殺せんせーは超兵器の前で追い詰められますが、果たして、それ以外に殺せんせーを追い詰める方法はなかったのだろうか。ひょっとすると、ゴルゴならばこんな超兵器に頼らずとも殺せんせーを殺せるのではないだろうか。そう考えると、実際に二人を戦わせたくなりました。

 

 しかし、そこで当然のことながら詰まりました。

 どうやって殺せんせーを超兵器使わずに殺せばいいのか、さっぱり分からない。さすがに、そこを考えてないのに見切り発車で書き始めるわけにもいかず、途方にくれてとりあえずゴルゴ13読みに某古本屋チェーンへ。

 そこで、久々に御目にかかった作品を読んで、あれ?雷ならいけんじゃね?というアイデアが浮かびました。マッハ20でも避けられないし、直撃くらえば最悪死んでくれるかも……と思った次第です。

 ただ、雷なんてどうやって落すんだ、そもそも、落雷ってそんな死者多かったっけ?etc……と問題山積みとなり、かなり久しぶりに図書館通って雷について調べることとなりました。

 そこでレーザー誘雷や側撃傷害を知って、あれ?これいけるんじゃね?ってことになって拙作のクライマックスに至るというわけです。

 まぁ、レーザー装置の出力は少し現実離れしているところもありますし、殺せんせーの電撃に対する耐性等、改変要素もありますが、これが自分の中では最適解のゴルゴ13の対殺せんせー戦略でした。

 物理的におかしかったり、設定改変とかご都合解釈とかつっこみどころは多々あるかもしれませんが、これが自分の限界でした。

 

 

 最後に、ここまで読み続けてくださった読者の皆様へ。

 およそ4.4万字の短い作品ではありますが、最後までお付き合い下さいました読者の皆様に厚く御礼申し上げます。皆様から頂いた多数の感想が、励みになりました。

 今回の作品が割と短めとなったのは、ゴルゴ13のコミックスにおける1話ぐらいのスケールの作品にしようと計画していたからでした。本来はPART 1~PART 7までだけの予定だったのですが、暗殺教室側がメインのプロローグとエピローグをつけて、少し肉付けされました。

 

 何だかんだでこの作品は一応完結です。完結までお付き合い下さった読者の皆様、本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ 拙作におけるE組の進路

 

 

 

烏間惟臣

原作通り。特に変更なし。

 

イリーナ・イェラビッチ

原作通り。特に変更なし。

 

 

 

男子

 

赤羽業

経済産業省入省まではほぼ原作通り。その後、災害対策分野とバイオオイル分野で日本の国益のために尽くす。現在では省内の理想に燃える若手官僚を中心とした派閥を牽引する存在。

バイオオイル関係の動きがオイルメジャーの逆鱗に触れ、寺坂共々ゴルゴ13の標的となる。

 

 

磯貝悠馬

大学までの進路は原作通り。その後、丸菱物産に入ってバイオオイル部門のエースとして活躍。その誠実さと頭の切れ、リーダーシップを活かして独自の情報網を作り上げることに成功している。

 

岡島大河

原作通り。エロで繋がる同志には、裏社会に通じるものも少なくない。エロで繋がる多彩な人脈を有する。表に出ない情報を集める人脈ならば磯貝のそれを上回る。

 

木村正義

大学までの進路は原作通り。その後、カルマの指導を受けて国家公務員総合職試験に合格。警視庁にキャリアとして配属されて頭角を顕す。直属の上司の筑紫警視も、彼には目をかけているらしい。

 

潮田渚

中学卒業後、単身ロシアに渡りロヴロに弟子入り。その3年後に独立し、南米での仕事中に標的がブッキングした二代目死神に出逢う。そこで二代目死神に弟子入りし、各種スキルを飛躍的に向上させる。現在では死神の弟子として存在が知れ渡り、『死神の鎌(デスサイズ)』の二つ名で裏社会では恐れられている。

 

菅谷創介

原作通り。しかし、作風はどこか行き場の無い怒りや虚無を感じさせるものに変化。最近は絵石家塔湖の往年の作品に心揺さぶられて大きな影響を受けているらしい。

 

杉野友人

原作通り。特に変更なし。

 

竹林孝太郎

原作通り。特に変更なし。

 

千葉龍之介

大学在学中、交際中だった速水と共に南米に渡り、そこでトラブルに巻き込まれて現地の日系人マフィア『ナツメ・ファミリア』に厄介になる。以後、一度日本に戻るも大学を休学して再び南米へ。帰国後に速水と結婚、再び大学で建築学を学び始める。因みに、狩猟の免許を取って休日には夫婦でハンティングに出かけて腕がなまらないようにしているらしい。

 

寺坂竜馬

原作通り。私設秘書を経て政治家へと転身。バイオオイルを国家戦略に活かそうとし、カルマと同様にメジャーの標的に。

 

前原陽斗

大学卒業後、望月総合信用調査に就職。磯貝には一歩劣るものの、類稀なるコミュニケーション能力を生かして職場で活躍。社長に目を着けられたらしく、最近は膨大な量の仕事を押し付けられて定時に変えることの出来ない日々。超過勤務のために娘との触れ合いの時間が取れなくて嘆いているらしい。

 

三村航輝

原作通り。ドラマを大ヒットした功績があり、現在では局内でも有数の敏腕プロデューサー。実は、そのヒット作の脚本を狭間に見せて色々と意見をもらっていたことは、本人たちしか知らない秘密である。

 

村松拓哉

原作通り。最近、彼の店にはHAL事件やアヤ・エイジア事件を解決した有名な探偵が足しげく通っているらしい。彼女が来店するたびにその日仕込んだものが全て消えるそうな。

 

吉田大成

原作通り。特に変更なし。

 

堀部糸成

ゴルゴに眉間を撃ち抜かれて死亡。

 

 

 

 

 

女子

 

岡野ひなた

原作通り。大学卒業後、前原と結婚して家庭に入る。一男一女を授かるも、体操団体はいまだ続けているそうだ。

 

奥田愛美

原作通り。特に変更なし。

 

片岡メグ

就職まで原作通り。磯貝と結婚した今でも現役のキャリアウーマン。子ども達はどちらにも似たのか、非常に手の掛からない子らしい。

 

茅野カエデ

死亡

 

神崎有希子

大学までは原作通り。サークル活動の一環でNPOに参加し、大学2年の夏休みに一ヶ月という短い期間だったが、アフガニスタンで孤児を相手にボランティアを経験する。その間パシュトゥーン部族の軍閥、セディック軍の襲撃を受けるも中学時代の経験を活かして撃退したらしい。なお、彼女の帰国からしばらくして、同僚の平松という女性がアフガニスタンで殺されたことを知る。

 

倉橋陽菜乃

大学卒業後までは原作通り。その後、紆余曲折を経てジオグラフィックチャンネルで番組を持つようになった。なんでも、レッドアイに後押ししてもらったんだとか。世界各地を飛び回る生活をしている。

 

中村莉桜

原作通り。外務省に中途採用後はアメリカに派遣され、様々な折衝に当たる。

 

狭間綺羅々

原作通り。神保町のとある寡黙な老夫婦が営む古本屋の常連客らしい。

 

速水凛香

大学在学中、交際中だった千葉と共に南米に渡り、そこでトラブルに巻き込まれて現地の日系人マフィア『ナツメ・ファミリア』に厄介になる。以後、一度日本に戻るも大学を休学して再び南米へ。帰国後に千葉と結婚、再び大学で建築学を学び始める。因みに、狩猟の免許を取って休日には夫婦でハンティングに出かけて腕がなまらないようにしているらしい。

 

原寿美鈴

原作通り。特に変更なし。

 

不破優月

原作通り。世界的な有名漫画家サミュエル・スヴェンソンのファンとの集いの中、スヴェンソンが銃撃される瞬間を目撃する。

 

矢田桃花

大学までは原作通り。その後は国家公務員一般職試験を受け、防衛省に入省。防衛省統合情報部特別海外調査室に配属される。外交官となった中村とは律を通じて積極的に情報を交換し、互いの仕事で活かしている。

 

自律思考固定砲台

原作通り。特に変更なし。




拙作において、E組の中で暗殺という第一の刃を活かせる職に就けるものは少数となりました。まぁ、しょうがないですね。生活が第一ですから。
ただ、生活優先した人もトレーニングは欠かしていませんし、第一の刃を活かしているクラスメイトをサポートできるように色々とやっています。
クラスの目標としては、いつかゴルゴ13と決着をつけるってことで纏まっています。


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