転生しても戦争だった ~数多の転生者が歴史を紡ぎ、あるいは歴史に紡がれてしまう話~ 作:ガンスリンガー中年
いよいよ乱痴気騒ぎが始まりますよ~。
1943年9月8日、史実ではイタリアが連合軍に降伏した日……
英国軍によるシチリア島上陸作戦(ベイダウン作戦)、日本皇国軍によるイタリア本土上陸作戦(ベイブレイク作戦)……この二つを統合した作戦、
”ローマは一日にしてならず作戦(Operation Rome wasn't built in a day)”
が発動したのであるっ!!
その開幕を飾ったのは、海軍の航空隊ではなく”連山”で形成される皇国空軍の戦略爆撃機隊であった。
何度か出てきた話だが、この世界線における”深山”は英国”ハンドレーページ・ハリファックス”の、”連山”は同じく英国”アブロ・ランカスター”のライセンス生産機であり、連山に限ればエンジンが液冷V12のマーリンから、この世界線の空冷星形14気筒の”火星”20番台最終型(中間冷却器付二段二速遠心圧縮式過給機、多点定時燃料噴射。高高度セッティングで高度7200mで中間冷却器への水-メタノール噴射装置使用で1850馬力)に設計変更され、自衛用装備がホ103/12.7㎜機関銃に変更されているくらいだ。
だが、細かく見て行くと現行型の連山は、不活性ガスの自動消火装置付セルフシーリング構造のインテグラルタンクを機体各所に配していたり、限定的な与圧構造を導入していたりと継続的な小改良が継続されていて、結果として最高速度などは原型のランカスターと比べても大差ない(485㎞/h)が、
・
と中々に悪くない数字を誇っていた。ライバルのB-17Gは最高速度こそ40㎞/hほど優速だがペイロード4500kgで航続距離2850㎞程度、B-24Dが速度がどっこいでペイロード4000kgで航続距離3700㎞程度なので、割と高性能と言えるだろう。
つまり、連山は2000㎞先の目的に向かい、1機当たり6.5tの爆弾の雨を振らせることができる機体だった。
ちなみに最大ペイロードの10tを搭載しても、半分の2200㎞以上は楽に飛べたというのだから驚きだ。
そして、クレタ島のハニア、ギリシャ本土のカラマタ、リビアのアルベイダ&ベンガジの基地から飛び立った連山隊が目指したのが、まさに上陸地点周辺。3年前に焦土にした”タラント”……ではなくそこから南西に60㎞ほど行ったポリコーロという街。
場所的にはブーツのヒールや爪先ではなく土踏まずのあたりにある、波が静かなタラント湾のなだらかな海岸線が続く……つまりは、絶好の揚陸ポイントだった。
そう皇国空軍”連山”隊の目的は、ポリコーロ周辺の”地均し”。
要するに上陸地点周囲のイタリア軍施設への空襲だった。
ちなみに最も遠い航空基地でもポリコーロから1000㎞も離れておらず、連山隊はほぼフルペイロードで出撃していた。
その総数は300機以上。
つまり単純計算で投下重量は3000t。
そして、これらを護衛するのは一足先にジブラルタルでデビューを果たした”飛燕改”120機だ。
飛燕改は250kg増槽を左右主翼に2個ぶら下げれば、航続距離は3000㎞以上だ。
ただ、如何に空戦能力に優れた飛燕改といえども護衛機が少ないように感じるかもしれないが……心配無用!
実は先行して、同じくらいとんでもないのが飛んでいたのだ。
「HA-HA-HA! 『加藤”隼”戦闘隊』、”
輪をかけてトンデモネー戦闘機パイロットを乗っけて。
☆☆☆
実は308話に微妙に伏線を載せていたのだが……バトル・オブ・ブリテンで勇名を馳せた皇国空軍が誇る撃墜王俱楽部、一式戦闘機”隼”で編成された皇国空軍第64独立戦隊、通称『加藤”隼”戦闘隊』がこの戦いに参戦していたのだ。
隊長は皇国空軍の誇るエースパイロット、バトル・オブ・ブリテンだけで1ダースものドイツ機を空中戦で血祭りにあげた”加藤
ドイツとの停戦成立後は、その飛行隊全体の凄腕っぷりを買われて、英国本土で日英軍の親善事業(?)の一環として、飛行教導隊として
もうこの時点で色々オカシイが……
乗ってる機体が更に頭オカシイ。
搭載される
史実では『大東亜決戦機』と謳われた名機、大日本帝国陸軍量産戦闘機では最強と言われた機体、その名は
四式戦闘機”
である。先ずはジャブで性能諸元など……
・最高速度:730㎞/h(戦闘重量、高度8000m、水-メタノール噴射使用時。未使用の場合は同条件で695㎞/h)
・限界降下速度:880㎞/h
・航続距離:3500㎞以上(250kg増槽×3を胴体下と左右主翼に懸架時)
・実用上昇限界:高度12800m以上
・外装ペイロード:最大1200kg(両翼下。例:250kg増槽×3+RP-3ロケット弾×12)
・武装:二式二十粍機関砲(別名ホ5改。発射速度750発/分)20㎜機銃×4(主翼。1丁あたり装弾数250発)
・素材:A7075超々ジュラルミン(サンドブラスト/アルマイト処理。平頭リベット)
・プロペラ:4翅式大口径電気安定式ロートル・ジャブロ・プロペラ
・装備:MkⅡ改ジャイロコンピューティング照準器、防弾バブルタイプ・キャノピー、層流翼、装甲バスタブ型簡易与圧コックピット、後方警戒レーダー、セルフシーリングライナー付インテグラルタンク、タンク内不活性ガス発生装置、蝶形ファウラーフラップ発展型空盒式自動空戦フラップ、ハンドレーページ式発展型自動スラット、電波高度計連動簡易式慣性航法装置、電波誘導装置、Gスーツ&酸素マスク、対空/対地ロケット弾搭載機能、自動燃料切替装置(増槽が装備されていた場合、自動で増槽の燃料を先に使用する)など
開発時期的に”飛燕改”との技術的共通点は多いが……
まあ、何というか絵に描いたような”重戦闘機”である。
一応、立ち位置的には『疾風』は”隼”と”鍾馗”双方の後継機なのだが、とにかく特筆すべきはまず機体強度の引き上げによるペイロードの増大だろう。
当然、馬力だけでなく機体重量も増大しているのだが、史実の疾風より遥かに効率が良い”コルセア”並に大口径な四翅電気安定プロペラの発生する推力と隼の蝶形ファウラーフラップを改設計して空盒式自動化した自動空戦フラップと追加装備の自動スラットのせいで運動性も高いレベルで(強引に)確保している。
また先にあげた機体構造の強化で、最大運動荷重は7.33Gと高く、急降下速度上限も飛燕改並みにある。
つまり、史実の日本軍機に付きまとっていた「空中分解」とは無縁の頑丈な機体という事になろう。
そのせいか、史実の如何にも”隼”の血統らしくどこか優美さを感じられた姿に対し、今生の”疾風”はマッシブというか……機格はP-47より一回り小さい(全長で1m、全幅で1.5m小さい)のに、どことなく史実のサンダーボルトの完成形である”P-47N”に近い類の凄みを感じる。
さらに注目すべきは武装、新式の20㎜機関砲だがこの二式(ホ5改)、海軍の九九式改Ⅱ型と同じく『75/75規格機関砲』と呼ばれている。
要するに20㎜機関砲弾を銃口初速750m/sで毎分750発で発射できる機関砲という事なのだが、実はスペックだけなら309話に出てきた英国式イスパノMk.Vに劣る。
まず使用カートリッジが同じ20㎜でも英国の方が約1㎝長い20㎜×110カートリッジ(日本は20㎜×101)ということを前提で話すが、Mk.Vは初速838m/sで発射速度は同じく750rpm。機関砲自体の重量も大差ない。
だが……カタログスペックには出て来ない部分がある。
英国のそれはごく普通のエリコンSS規格のそれだが、皇国のそれはエリコンAL規格をベースに更に改良を加えた……どちらかと言えば、史実の戦後米国の20㎜×102弾に近いというか、まんま”ソレ(実際、薬莢サイズはほぼ同じ)”だ。
その割には初速が低いが、これにはちゃんと理由がある。
日本製の”
何しろ同じボートテイルの薄殻弾殻、遅延空気信管を使うドイツのMG151の薄殻徹甲榴弾と基本的に同じ構造でありながら長い上に、史実と違って今生では潤沢に入って来るタングステン合金の
これは明らかに米ソの重装甲機を相手にすることを前提にしたチョイスに違いない。
威力的には『垂直装甲板相手なら500ヤードの距離で厚さ1インチの装甲板を射貫いて内部で爆発する』という、30㎜を通り越してなんか史実同時代の37㎜機関砲じみた総合威力があった。
ちなみにMG151の薄殻徹甲榴弾は大体500mで15㎜の装甲板貫通とされている。
そして、更に仕掛けがある。
薄殻弾殻の内側には、エレクトロン合金(マグネシウム合金の一種)の極めて薄い皮膜が積層塗布されている。
ちなみにエレクトロン合金とは、史実の第二次世界大戦中に米軍が対独戦の焼夷弾として多用した物で、イメージ的には理科の実験で見たこともあるだろう高温で強い発光をしながら燃える”マグネシウム・リボン”をイメージしてもらえるとわかりやすいかもしれない。
まあ、何が言いたいかと言えば……「貫通して爆発すると同時に焼夷材が破孔に撒き散らされる」、しかもエレクトロン合金の炎は燃焼時に水をかけると水素爆発する危険性がある代物だ。
つまり、この日本製の新型弾はただの薄殻徹甲榴弾ではなく、悪意と敵意と殺意の塊である”薄殻徹甲
そう……これぞ、”20㎜新マ弾”である!
いや、どんだけ米ソの航空機を叩き落としたかったんだこの日本軍?
いや、もしかしたら”B-29キラー”候補の第一弾なのか……?
なんか、思わず”真・魔弾”とか呼びたくなるが……これで頑丈さという意味で有名ではないイタリア機を間違っても撃っては駄目な弾な気がする。
これをジャイロコンピューティング・ガンサイトで照準合わせて4丁合計で毎分3000発、毎秒換算で50発ばら撒くのが”疾風”という戦闘機である。
そして、イタリア空軍は今からこんなのを、それも先行しているのは先陣を切る加藤”隼”戦闘隊だけではない、合計120機以上を相手にしなければならないのだった。
ああ、言い忘れていた。
座乗機が”疾風”に変わったが、皇国空軍はプロパガンダ(映画とか)に使うので、『加藤”隼”戦闘隊』の名称はそのまま使われる事になっていた。
まあ、いずれにせよ今から対決するであろうイタリア空軍には関係ない話ではあるが。
いや、華奢で可憐(?)なイタリア戦闘機を、貫通して爆発して火付けする凶悪なSHS20㎜砲で撃っちゃアカンでしょw
という訳で、いよいよ”ローマは一日にしてならず作戦”&お待たせ致しました。”疾風”、加藤さんと一緒に華々しくデビューです♪
書いててなんですが、”飛燕改”も化物だけど、馬力に物を言わせて風を切って飛ぶ”疾風”も違うベクトルで化物だなぁ~と。
まあ、制空戦闘機(対戦闘機戦闘機)としての性能を追求した”飛燕改”に対して”疾風”は汎用戦闘機、あるいは戦闘攻撃機としてアーキテクトされている上に、「頑丈な米ソ航空機を力任せに叩き壊し、その先にあるB-29を屠る」為に作られた部分もありますからね~。
コンセプトが違うと言えばそれまでですが、いずれにせよイタリアン・パイロットにとっては「空の悪魔(集団)」みたいなもんですw
これで一撃離脱しかできない直線番長ならまだ可愛げがあるんですが、速度だけでなく軽いだけあり運動性がやたら良い”飛燕改”には劣りますが、”疾風”もそこそこ運動性は良い(皇国基準)んですよね~。
飛燕改より重いけど大馬力エンジンと大口径プロペラ、そして自動スラットと空盒式自動空戦フラップの恩恵で力技で強引に曲がるって感じです。
そんで7.33Gまで耐えられる頑丈な機体とGスーツによりパイロットも体力と筋力で機体をねじ伏せるみたいな?
そして、それを呼吸するように平然とできるのが、英国で教導隊までやった加藤健臣大佐率いる『加藤”隼”戦闘隊(ただし機体は”疾風”)』だったりw
ちなみに初期型とは別物、フルオプション状態の火星の最終型を乗っけた連山もかなりの……w
さて、次回は空中戦……かな?
次回もどうかよろしくお願いいたします。