木村と鈴木(野獣先輩)がドスマッカォと戦うだけのお話です☆多分続きません。

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24歳、龍歴院ハンターです。

 人を、竜を覆い尽す古代林に響き渡る嘲弄。それは自らの領域(テリトリー)に立ち入った無礼者への憤怒と、捕食可能な力量の生命体が自らの意思で向かってきた蛮勇への歓喜、その双方を孕んでいた。彼ら跳狗竜、マッカォと呼ばれる生物たちの罵声は、たった一人の人間に対して奏でられている。

 

「はっ……はっ……」

 

 息も絶え絶えに、新米ハンター木村は右手に持った重甲な大盾を構える。白い外套は無残にも食いちぎられ、体力もとうに限界を迎えている今、彼の命を繋ぎ止めているのは左手の矛でもなく、腰にぶら下がった瓶に収まった回復薬でもなく、右手を塞ぐ盾であった。

 

 眼前に留まる獲物に堪えが効かなかったのか、小柄なマッカォが一匹、木村に向かって尾を振るった。瘤の生え揃った尾先は遠心力を得て、自然界に生まれし凶器として円弧を描いた。木村はそれを盾で難なく払うが、追撃はしない。束の間に迫る"脅威"に全神経を集中させる。

 

 ――冠羽の生えたひと際大柄なマッカォ、群れの主たるドスマッカォが吼えるや否や、尻尾をバネとして跳躍した。人を優に超える巨体を尾のみで支え、10数m程を高速で跳ぶという出鱈目なアクションはしかし、装備が鈍重な木村にとって限りなく苦しい攻撃であった。上空から振り下ろされる鉤爪を掲げた盾で辛うじて受け止めるが、それは即ちドスマッカォの自重と勢い全てで圧し掛かられるようなもの。鍛えられた肉体は悲鳴を上げ、顔には苦悶が浮かぶ。一方のドスマッカォはというと、盾を乱雑に蹴り飛ばして大きく跳び、木村の後方へと着地した。

 

 すかさず群がって来たマッカォを薙ぎ払いながらも、木村はドスマッカォに対して警戒を解かない。否、解けないのだ。彼の体力は残り僅かであり、次にあの一撃を"もろに"受けたが最後、死の淵へと叩き落される。

 

「やめてくれよ……」

 

 木村の漏らした声は祈りであった。盾を構えステップを踏み、大きく前進してドスマッカォの鼻先にまで迫る。反射的に噛みつきに来たドスマッカォの鼻先を盾で弾き飛ばし、がら空きとなった喉元へとランスを捻じ込む――しかしそれは無情にも鈍い音と共に、大きくのけぞらせるに留まった。

 

 元より彼が握るのは、この地域の初心者ハンターが携帯する化石製の槍(ベルダーランス)。それも長期戦により刃が潰れ、鈍器としての用しか為さなくなってしまった代物だ。こういった事態に陥らない為に砥石を携帯しているのだが、マッカォ達の隙の無い攻撃により納刀すら阻まれていた。

 

 激昂したドスマッカォは、突如尾を大きく振り上げる。側面に鋭利な棘が生え並び、下面には衝撃を和らげる肉球を持つ尾先を、さながら棍棒で打ち据えるように目と鼻の先の木村目がけて叩きつける。度重なる連撃が、僅かばかり残されていた体力気力すらも無慈悲に削り取っていく。

 

「まだ……まだ逆転の目があるはず……」

 

 木村は諦観せず、隙を窺っているはずのマッカォに注意を向けるべく背後を一瞥する――

 

 

「――おまたせ」

 

 紫光を放つフルフェイスの兜から籠った声が漏れ出した。男の手に握られし鉄塊が如き巨剣からは鮮血が滴り、一帯には両断されたマッカォの死体が転がり、血塗れた地獄と化している。男――鈴木は黒いマントを翻し、木村の傍らを縫うように通り過ぎたかと思うと、超人染みた膂力を以て大剣を横に払う。ただの横薙ぎなれど、質量と速度を併せ持ったその横薙ぎは、火砲に優るとも劣らぬ破壊力にすら達していた。

 

 奇声と共に吹き飛ばされるドスマッカォだが、一、二度転げた後その勢いを利用して起き上がり、体勢を立て直す。強力無比な一撃を受けてなお即座に立ち上がれるのは、仮にもハンターズギルドに"竜"の字を当てられるだけの存在である事の証左。ドスマッカォは憤怒で顔を赤く染め、頭頂の冠羽が天を衝く。ドスマッカォの怒声に呼応して、周囲の巣穴からマッカォが続々と湧き出、鈴木と木村の周囲を取り囲む。数十匹ものマッカォが蠢き声をあげる様は荒れ狂う海原、対する木村達のいる場所は陸の孤島といった形容すら似合う。

 

「先輩……」

「木村ァ、ちょっと耳塞いでろお前――」

 

 動揺する木村を傍目に、鈴木は威風堂々と前へ踏み出す。次の瞬間彼は――吼えた。

 

 兜の内に籠っているのもあり鼓膜を破るほどの爆音ではないが、かの咆哮はそれ以外に生命本能に直接危機を訴える、禍々しい程の威圧感を帯びていた。未完全ながらも鈴木のそれ、"野獣の咆哮"は、大型モンスターの発する真に迫りつつあった。

 

 突如として放たれた咆哮に真っ先に反応したのは、群がるマッカォ達だ。圧倒的格上の登場を即座に理解した彼らは足元の惨死体を蹴り、飛ぶように逃げ去っていく。ドスマッカォは鳴き声をあげるも、戦場に残る馬鹿な個体は一匹たりともいなかった。

 

 残されたドスマッカォは血走った眼で鈴木を捉え、地につけた尾に座す。先ほどまで木村が散々手を焼かされた、あの突進攻撃の予備動作。しかし配下のマッカォがいない今、全神経を集中すればこれ程見切りやすい攻撃もない。

 

 ドスマッカォの跳躍と鈴木の斬り上げはほぼ同時。振り上げられた刃の付いた鉄塊は的確にドスマッカォの顎を捉え、真紅の軌跡を築き上げた。

 

 ――打ち上げられし跳狗竜の目には、大盾とランスを構え宙を飛ぶ"獲物"の姿が鮮明に映っていた。

 

「はあぁっ!!」

 

 大盾と身の丈を遥かに超えるランスを構えた突進。それは今この場においてただの助走に過ぎない。残された全ての力を以て木村は大地を踏みしめ、宙へと飛んだ。空中に投げ出されたドスマッカォの喉元、ただ一点を狙って。

 

 全重量の籠った渾身の刺突が、ドスマッカォの喉元を寸分の狂いなく抉り飛ばす。致命の一撃を受けたドスマッカォは勢いよく岩肌に打ち付けられ、断末魔すら上げることなく地に伏した。

 

 

「ぬわああああん疲れたもぉん」

 

 鈴木が兜を脱ぎ払うと、すぐさま浅黒い顔面が露わとなる。視界に入るだけで臭気が漂うような肥やし玉の擬人化、それが"野獣の咆哮"鈴木の中の人であり、ベルナ村三大ガッカリと陰ながら囁かれるのも無理はない。

 

「疲れました……あ、助太刀ありがとうございました」

「いや全然。やっぱ初心者が鳥竜種をランスで相手するのは駄目みたいですね」

 

 したり顔で述べる鈴木。彼は敢えて途中まで木村一人でドスマッカォに挑戦させていた。元々ドスマッカォ、及び他のドスと名の付く鳥竜種は、大型モンスターと比較しても素早い攻撃を行う隙の少ない相手である。反撃の機を窺うランスと相性が悪いのは言うまでもないが、鈴木はこれも修行の内だと笑う。

 

 ふと木村は、ある事に気が付いた。自分の狩りに付き合ってくれると約束していたもう一人の先輩が、今この場に来ていない事である。

 

「ところで三浦大先輩は……」

「あぁあの池……三浦さんは、『抜刀の仕方忘れた』だとか言ってたから置いて来た。今頃ベースキャンプで釣りでもしてるんじゃない?(適当)」

「えぇ……?」

 

 剝ぎ取りながらだが、木村は困惑の表情を隠せなかった。クーラードリンクを忘れただの砥石を忘れただのは他のハンター達も覚えがあることだが、流石に抜刀の仕方を忘れるなど前代未聞である。背中にかけた武器を手に持つだけであるというのに。

 

「……木村」

「なんですか先輩」

「見てた範囲では、突きは全部当ててたな。いい筋してるねぇ!」

「あ、ありがとうございます」

 

 木村は、照れくささを隠すようにはにかんだ。



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