Re:ちょろすぎる孤独な吸血女王   作:虚子

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おまけ 『けーたい』

 

 ロズワール邸・ラルトレアの居室。

 スバルに誘われて近くの村落へ「デート」とやらに付き合った翌日の夕方、地平の彼方へと沈んでいく太陽にラルトレアは目を細めた。

 

 昨日のデートというのが楽しくなかったといえばウソになる。

 別に花畑や美しい風景に心を奪われるほどラルトレアは純粋ではないが、スバルの熱意というか盛り上げようとしてくれる心遣いが心地よかった。

 

 ただまぁ、エミリアも一緒だったのだが。

 

 

「…………。我はのせられておる……のか?」

 

 

 思ったほか、不快ではなかった。

 途中でエミリアを殺したくなるのではないかと思っていたが、エミリアの態度もそうだが、自分がスバルについた嘘がもしかすると効いているのかもしれない。

 

 スバルを許し、エミリアに好意を寄せることを許すという嘘を。

 

 ついた嘘が自分を変え始めているのではないか、とラルトレアは真面目に本気で考えていた。

 

 

「いいや、だめだ……」

 

 やっぱり自分だけが良い。

 ――いやそれでも……

 

 

「くぅ……悩ましい…………」

 

 

 悩んでも時間の無駄だ。

 ラルトレアは思考を切り替えていく。

どうやったら穏便に、スバル自身に気づかれることなく、スバルを自分のものにできるかということ。

 

 スバルから自ら、ラルトレアがいなきゃだめだと言わせるのだ。

 依存だ。

 スバルに依存されればいい。

 

 ラルトレアがスバルに勝っている部分などいくらでもある。

まずはこの美しい容姿。

ラルトレアは確認するように、自分の横髪を一房つまんで、くるくると人差し指で回し始める。

 

 

「なにか違うのだ……もっと、こう直接的な……」

 

 

 何かが浮かんできそうな気配がきた。

 だがこういうときに限って邪魔は入るもので。

 それは部屋の外、扉の方からノック音としてやってきた。

 こういうときに来る相手は大抵決まっている。

 

 

「エミリアであろう? 入ってくるがいい」

 

「うん。入るわね、ラルトレア」

 

 

 姿を現したのは、白を基調とした衣服に身を包む銀髪のハーフエルフだ。

 その髪の長さも、胸の大きさも背丈も今のラルトレアとよく似ている。

 窓辺に立っていたラルトレアはベッド脇にあった椅子に腰かけて、エミリアへ首をかしげる。

 

 

「我に何か用か?」

 

「えっと、スバルのことなんだけどね」

 

「スバルがどうかしたか?」

 

「ラルトレアが寝ている間に、スバルが倒れてたって話はしたわよね?」

 

 

 寝ているというよりは、意識を手放していたという表現の方が正しい。

 そして、ラルトレアはエミリアが言わんとしていることがわかっている。

 わかっていて、ラルトレアは放置していた。

 

 スバルの、体のことだ。

 

 

「スバルのゲートは今壊れる寸前の状態になってる。魔法を使ってもいないのに……」

 

「我にはどうすることもできん」

 

「ラルトレア……」

 

 

 スバルがあの剣を使ったことで死んだのなら、それはそれで構わない。

 なにせスバルは死に戻りできるのだ。

 どの時点に戻るかは分からないが、今の状況が最善ではないラルトレアにとっては戻ってもいいと思っている。

 

 そして、ラルトレアはどうすることもできないのも事実だ。

 

 肉体的な損傷ならいくらでも治すことができる。しかしラルトレアが力を使い過ぎて心が弱くなっていったように、深い内面のことを治す方法を知らない。

 

 

「我にはゲートとやらが何なのかさえ分からんのだ」

 

「でもスバルにあの黒い剣を渡したのはラルトレア、なんでしょ……?」

 

「間違いないのだ。だがあれはおのれを削って斬撃を放つ代物。何が代替物になるかは、我にも分からないのだ」

 

「そう……でも、そういうことだったらそんな危険なもの持たせてたらダメよ……」

 

「我の知ったことではない。後生大事に保管しているのはスバルなのであろう? だったら、口を出すべきではない。そうは思わんのか?」

 

「……ごめんなさい、ラルトレア。私にはよく分からないわ」

 

 

 心底スバルのことが心配だというような顔をするエミリア。

 その裏側には何かあるのかと考えても、それが無駄だという結論にラルトレアは行きつく。

 エミリアは本気で心配しているのだ。

 恩人にあたるスバルに、何か自分が報いてやれないかと。

 

 

「一度、王都へ行って治癒術師にスバルを見てもらおうと思うの」

 

「そうか」

 

「ラルトレアはどうするの? 王都へ来る?」

 

「我はそうだな……」

 

 

 王都へスバルへついていって観光に興じるのもいいかもしれない。

 そんな考えがふと浮かんでは消えていく。

 

 そして、ラルトレアの頭に邪悪な考えが生まれ始めていた。

 

 

「そういえばエミリアよ、王選の件はどうなったのだ」

 

「えっと、そのことなんだけど……」

 

 

 エミリアは近々、王城へと呼び出されて王選について話し合いが行われるということを語ってくれた。

 それを聞いて、ラルトレアの顔に薄い笑みが刻まれる。

 

 

「ふむ、そういうことなら我はこの屋敷で待つことにするのだ」

 

「わかったわ」

 

 

 ラルトレアはあえて王都へついていかない。

 一旦スバルと離れるべきだろう。

 離れて、自分のありがたさを自覚させてやる。

 自分がいないと前へ進めないようにしてやるのだ。

 

 力だ。

 

 スバルに足りないもので、スバルが欲しているもの。

 ラルトレアは存分にスバルに力を与えて、自分に依存させればいい。

 

 

「くふっ、スバルの体がよくなるといいの」

 

「ラルトレア……?」

 

 

 椅子から立ち上がって、ラルトレアは足で動くのも鬱陶しくて影の中に沈んでいく。

 その様子を呆然と見つめるエミリアだけが取り残される。

 

 

「……わからない……よく、わからないよ。ラルトレアもスバルも……」

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 ラルトレアは屋敷の廊下を影の中に潜りながら進んでゆく。

 

 目指すはひとつ。スバルの部屋だった。

 スバルが使用人の務めを終わって、夜に自室にこもるのを見計らって会いに行くのがここ二、三日の日課になっていった。

 

 

「くふふっ」

 

 

 自然と笑みがもれながら、ラルトレアはスバルの居室へとたどり着き、影の中から姿を現す。まだスバルは戻ってきていない。

 

 だがこのスバルが暮らしている空間はとても心地よい。

 

 ラルトレアはベッドに腰を下ろして、机の上にスバルの衣服が置いてあることに気づいた。

 

 

「む……?」

 

 

 白いシャツとスバルが出会っていたときに着ていた「ジャージ」というものだ。

 

 

「…………!」

 

 

 いつも同じことをしていてはスバルに飽きられてしまうかもしれない。

 そんな思考回路から、一つの選択肢が浮き上がってくる。

 

 ラルトレアが素早く着替えを済ませ、ふたたび影の中へともぐりこんだ。

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

 

 

「今日も一日を労働に費やした……ラムにこき使われ、レムに時折冷たい目で見られながらも俺はこうして……」

 

 

 執事服のまま、スバルは自室へと戻るなり、床でうずくまっていた。

 日々が充実している。

 

 ちゃんとスバルは生きているし、何も災いがふってこない。

 幸せな日々だ。

 エミリアとラルトレアでデートに行って、かなりしんどかったけど何とかやり切っている。

 

 幸せな、はずだ。

 

 

「足りていない……イチャラブがもっとこう! イチャラブが足りない!」

 

 

 スバルの周りにはこうも美少女ばかりだというのに、ふれ合いがもっとあってもいいというのに、なぜか満たされていない。

 

 スバルは使用人として屋敷の仕事があるし、エミリアたんは王選の勉強とかで忙しい。ラルトレアとは会うには会うのだが、最近は夜に血を吸われるばかりであまり話はしていない気がする。

 

 

「ラルたんは今夜は来ねえのかな? いや、もうそろそろ俺の限界なんだよな……」

 

 

 成長したラルトレアの吸血に付き合っているものの、最初こそドキドキしまくって無我の境地へと達していたのだが、今ではただただ貧血気味で困っている。

 

 

「血を吸われるだけじゃなくて、もっとこうアレなんですよラルたん様!」

 

 

 自分だけの部屋で、屋敷内にいるであろうラルトレアへと祈る。

 スバルの欲望にまみれた願望は、影の中へとしっかりと届けられているのだが、スバルはまだ気づいていない。

 

 

「はぁ。というか、違う意味でも限界だ……オカズがありすぎているのにオカズを食べられないみたいなこの状況。オカズに使ってしまうと本気で悟らせてしまわれそうだと俺の第六感が告げている……ッ」

 

 

 スバルはそう言いながらも、ダイナミックに執事服の上着だけを脱いでベッドへと放り投げた。

 替えはあと何着か用意してくれているはずだ。

 

 そのままスバルはベッドへと横たわって、気を静めるために天井をじっと見つめる。

 

 

「…………」

 

 

 深呼吸。

 

 

「すぅー……はぁー……落ち着け落ち着け。今だけはまずい。今だけはまずい気がする。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。な――」

 

 

 無我の境地へと達するために唱え始めたスバルの耳元へと――

 

 ――ふぅーっと。

 

 生暖かい吐息が吹きかけられる。

 

 

「――そこかラルたんッ!!」

 

 

 一瞬でベッドから跳ね上がって、一息で床に音もなく着地。

 臨戦態勢へと移行して、よくわからないポーズを構えてベッド上のラルトレアを見て、思わず鼻血が出そうになった。

 

 

「……それ、俺の……」

 

「借りたのだ」

 

「あ、そういうことかなるほどなるほど……ええっ?!」

 

 

 白いシャツを着て、下にスバルのジャージを履いたラルトレアがベッドに座っていた。

 しかも綺麗な黒髪を結って、ポニーテールみたいになっている。

 

 赤い瞳がスバルを包み込んで離さない。

 

 

「……まじ?」

 

「まじ、なのだ。スバル、労働などに励んでいるおまえに我が労を労いにやってきたのだ」

 

「やばい……泣きそうだ」

 

 

 ラルトレアが何を思ってそんな恰好をしているかは分からないが、スバルには今のラルトレアが理想を体現したハイパー堕天使に見えていた。

 

 ラフな格好をしたラルトレアというのがまず珍しい。それにポニテとなれば破壊力も段違いだ。

 

 

「……ラルたん、その髪型は……」

 

「ああ、これか。エミリアがくれたのでな、気が向いたのでつけてみた。似合っておるだろう?」

 

「百万ドルの夜景より価値があるぜ……」

 

「何を言っておるのだ?」

 

 

 首を斜めにかたむける姿もまた愛らしい。

 そして、ふっとまた表情を変えてスバルを引き寄せて、ベッドへと座らせられるスバル。

 

 ラルトレアは本当に掴みどころがない、とスバルは改めて感じさせる。

 可愛いし女の子っぽいところもあるのに、何を考えているか、次に何をしでかすか分からない怖さもある。

 そんなアンバランスさがラルトレアなのだろうとは思う。

 

 スバルはまた怖さ半分、恥ずかしさ半分のドキドキ感で膝に手をついてじっと固まることにした。

 

 

「よし、我が癒してやるかの」

 

 

 そう言って、スバルの背後に回り込むラルトレア。

 ベッドがきしむ音がして、何やらエロい雰囲気が漂い始めるのを感じるスバル。鼓動が早まっていき、そのラルトレアの手がスバルの首筋に触れる。

 びくんと、反応するスバルを笑う小さい声が聞こえてくる。

 

 そして――もみもみ、と。

 

 

「どうだ? 気持ち良いか?」

 

 

「スゥーハァー……スゥーハァー……あ、ああ。抜群だ……」

 

 

 絶妙な力加減で肩をもんでくれるラルトレア。

 

 肩から肩甲骨へと、背中の筋肉をほぐしていってくれる。首筋も揉むようにほぐされて、疲れがどっと溶けていくような感覚だった。

 

 

「さんきゅーラルたん。だいぶ疲れが取れたわ」

 

「くふっ、それはよかったのだ。それでどうしたのだ? 何やら思い詰めていたようだの?」

 

「え?! あ、いやラルたんの可愛さを思い出して悶絶していた所でさ。いやー見られてたか、恥ずかしー……」

 

「…………」

 

 

 何とか誤魔化そうとそっぽを向きながら話すスバルの顔を、ぐいっと首を回してのぞきこんでくるラルトレア。

 じーっと美少女の視線と顔がすぐ近くにあるのを感じてスバルの顔が熱くなる。

 

 ぽん、とラルトレアはスバルの太ももに手を置いて。

 

 

「嬉しいの。ま、我を褒めたたえるのは当然のことなのだ。でも、スバルに言われるのが一番嬉しいのだ。愛しておるぞ、スバル」

 

「――ッ!」

 

 

 スゥースゥーと荒い鼻息を天井へと吹きかけているかのように顔を上にあげたまま下に下そうとしないスバル。

 ラルトレアはそのままスバルの首筋を這うように口づけしようとして、手元に固い感触があることに気づいた。

 

 

「……? 何なのだこれは?」

 

 

 太ももあたりに、手よりは少し小さめな固いものがある。

 どちらかといえば長方形に近く、スバルのズボンの下からそのふくらみを主張している。ラルトレアはそれをニギニギと掴んで確かめてから、ズボンのポケットへと手を突っ込んで引っぱりだす。

 

 

「変わったものなのだ。これはスバルの世界のものかの?」

 

「…………ほぇ? お、おう。それはケータイ電話っていう、何ていうかいつでもどこでも離れた相手と連絡取れる機械だな」

 

「ほぉー、機械仕掛けか。我にはさっぱりわからぬな」

 

 

 ラルトレアはその銀色に光る長方形の物体を弄んでいた。

 スバルが言うように、それは折りたたまれており、ぱかっという子気味良い音とともに開くことができた。

 

 開ければ、下半分はぽちぽち言う突起物がたくさんあり、上半分は何かを表示しているようだった。

 

 

「ケータイ電話の中でもガラケーって言ってな。いやまぁ俺ガラケー以外をよく知らないんだけど。写真撮ったり、メール送ったり、電話したりとかでき――」

 

「――ほぉ! 何だかよく分からぬが面白そうなのだ! 今使ってみるのだ! はやくするのだスバル! どう使うのだ?!」

 

 

 興奮気味のラルトレアがケータイを握ったまま離さず、説明を要求してスバルへとぎゅうぎゅうと密着する。

 

 

「めちゃくちゃ乗り気だなラルたん?! でもこの世界でできることって写真撮るくらいなんだよな。写真撮るか?」

 

「うむ! とるのだ! それでスバル!」

 

「?」

 

「シャシンって何なのだ?」

 

 

 スバルが素人同然の、ロム爺やフェルトにした説明と似たようなことを言うと、ラルトレアはなおのこと目を輝かせて詰め寄ってきた。

 

 スバルはカメラモードに切り替えて、高い位置からラルトレアとのツーショットを撮ることにした。

 

 

「まさか美少女と写真を撮る時が来るとは――わ、わかったって。じゃあ、はいチーズっと」

 

「くふふっ」

 

 

 カシャッとフラッシュのあと、スバルはうまく撮れているかどうかケータイの画面を確認する。

 画面にはでかでかと、スバルとラルトレアが恋人のように密着している画像が映し出されている。瞳の赤い、黒髪の美少女が自分を慕っているという状況がいまだに半信半疑でいるスバル。

 見れば見るほど現実感がなくなっていく気分だった。

 

 

「ほぉー、これが文明の利器というものか。我はこの世界ではなくスバルの世界に行きたかったのだ」

 

 

 心の底から感心したといったふうなラルトレアがスバルが持つケータイに釘づけになっていた。ラルトレアがあまりにも前かがみにのぞき込むために、スバルの視線がある空間へと引き寄せられていた。

 

 ラルトレアが着るスバルの白シャツ、その胸元の薄暗い空間。

 

 まるでブラックホールか何かのようにスバルの視線がそこから離れない。無我の境地など、その空間の前では無力だった。

 

 

「聞きたいことが山ほどあるのだ。はいちーずとは何だ? この機械はどういう仕組みなのかということと、あとは何だ。これはスバルの世界ではありふれたものなのか……ますます興味がわくの……む? どうかしたのだスバル?」

 

 

「――――――――――――――――――――――――――」

 

 

「ん? スバル? スバル?」

 

 

 ゆっさゆっさと揺さぶってみても、当のスバルは完全に硬直してしまっていてビクともしない。

 

 ラルトレアは死後硬直並みに動かなくなったスバルをベッドへと寝かしつけて、自分もまたその隣へと身を寄せる。

 

 

「きひっ、スバルは変なやつだの。まぁそれもよいのだ」

 

 

 ラルトレアは目を閉じて、スバルのほっぺたに唇をくっつけた。

 

 

 

 

 


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