あーしさん√はまちがえられない。   作:あおだるま

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頭空っぽで書きました。頭空っぽで読みましょう。


あーしさんと富士Q

「いやっほーーーーーーーーー!」

 

 三浦優美子は、コースターの上で絶叫した。

 

 上が下に、下が上に。景色が高速で入れ替わる。コースターは身を切る様な冷気すらも忘れさせ、乗客に絶叫と熱狂を与える。

 

「みて、ヒキオ!」

 

 投げ出されたかと思うほどの浮遊感の中、彼女は跳ねるような声を上げる。目の前に広が

るのは雲一つない青空、悠々と佇む富士の山。

 このコースターの名称の由来となった山だが、なるほどやはり立派だ。見慣れない俺でもなぜか懐かしさを感じるのは、古来から日本人の文化、芸術とともにあったからだろうか。

 

「う、うぐっ」

 

 彼女への返事はまともな声にならない。コースターはそんなことを思う俺も置き去りに、どんどん進む。ちょ、やべえだろこれ、なげえだろこれ。

 

「あ、また来た」

 

「きゃあああああああああああああああ」「ぎゃあああああああああああああああああ」

 

 

 

 

「し、死ぬ。まじで死ぬ」

「ったく、だらしない。あんたそれでも男?」

 

 3分の絶叫コースター後にも関わらずケロッとしている三浦。死にそうな俺。いや、俺にも反論はある。

 

「お前こそこういうのはキャーキャー言いながら男の腕につかまっとくもんだろうが。あーしさんそれでも女?」

「頼りがいないほうが悪いでしょどう考えても……つーかその呼び方、やめろっつったよね?」

「ごべんなさい」

 

 抜けるような青い空、富士の山。ポカリと頭をはたかれる音が響き渡った。

 

 ここに来る経緯を説明するのは簡単だ。12月のとある朝。彼女からのメールである。

 

『勉強でストレス溜まった。絶叫乗りたい。今週末』

 

 寒いだの人多いだの遠いだの、文句はいくらでもい浮かんだ。しかし、結局はどうせ行くことになるに決まっている。大体彼女に逆らえたためしがない。

 

「ほら、早く行かないと。時間ないんだから」

「……別にそんな焦らんでも」

 

 白い息を吐きながら俺を急かす彼女に、疲れとは別に声が漏れた。彼女との交際が始まってもう一年が経とうとしている。付き合うまでも色々とあったが、付き合ってからこれまでも十分すぎるほど色んなことがあった。

 

 今更焦ることもない。

 

 そう思う俺に、引っ張っていた袖の力が少し緩んだ。

 

「だって」

 

 一言漏らし、彼女は少しだけ距離を詰めて俯く。赤く染まったその頬を俯く彼女の黒髪が隠す。寄せられる体温が外気と対比して彼女の存在を強調する。

 

「ちょっとだって、一緒がいい」

 

 頬を染め、視線が落ちる。

 

 パクパクパク。

 

 俺の口は、ひたすら宙を噛むだけだった。

 

 

 

 

 

 浮かぶ観覧車に陽光が斜めに照らし、俺と彼女の間を差す。向かいの女の子はフレアスカートの上で手を弄りながら切り出す。

 

「今日はありがとね、ヒキオ」

「何が」

 

 彼女の絶叫攻めに少々疲れていたし、そもそも特に礼を言われる覚えはなかった。三浦は珍しく苦笑いを浮かべる。

 

「こんな時期なのに連れまわしちゃって。最近遊べてなかったし、気遣ってくれたんでしょ」

「……」

「なんだし」

「いや、やけに素直だなと」

「あ?」

 

 威圧するような声と共に、彼女は拳を上げる。反射的に防御の姿勢をとるが、彼女は力なくその拳を下げて俯く。なにか、おかしい。俺は早口に続ける。

 

「まあそれに、お前が謝ることじゃねえよ……俺こそ悪い。一緒に居られんくて」

「ま、しゃーないっしょ。あーしもあんたも忙しかったし。それとも何、寂しかった?」

「もっと連れまわされると思ってたから、そうでもなくてホッとした」

「今からでも帰れなくしてあげようか?」

「ごめんなさい寂しかったです」

 

 刺激し過ぎるのはまずい、早く謝ってしまうに限る。数少ない親父から学んだ処世術の一つだ。女を怒らせても碌なことが無い。

 

「な、なんだ、寂しかったんじゃん、やっぱ……」

 

 ちょろい、あーしさんちょろい。

 

 三浦は自分の呟きを誤魔化すように咳払いをいくつか、続ける。

 

「どーせ3月で大学生になれば、嫌って程一緒に居られるんだし――浪人はしないんでしょ」

「まあ、な」

 

 どうしても歯切れは悪くなる。

 

 俺たちは高校三年生で、現在は12月中旬。もう一月もしないうちに受験が始まってしまう。そのために互いにこの一年は生徒会に勉強にと、二人で遊ぶ時間は事実ほとんどなかった。

 俺の進路は私立文系で、入学した時から変わらない。受ける学校も二年生の初めの時点で粗方決まっていて、それ故に勉強の方法も固まったものを繰り返してきただけだ。

 

 三浦優美子は、そういう面で言えば俺とはずいぶん違う。

 

 二年生までの三浦の成績は良くはなかったが、壊滅的に悪いわけでもなかった。そもそも勉強に興味がなかったのだろう。授業中には居眠りか携帯を弄り、授業が終われば葉山に夢中。放課後には由比ヶ浜たちと遊ぶ。そんな毎日こそが彼女にとっては重要だった。

 

『どうでもいい』それが三浦優美子の勉学に対する姿勢だった。

 

 しかし、俺と付き合い始めてから彼女は少し変わった。去年の終わり頃から授業をきちんと受け、放課後には教師に質問にも行っていた。元々潔癖気味で、間違いを許せない性分の彼女だ。分からない部分はとことん追求し、文理問わず成績は向上した。

 今年からの成績の伸びは、担任をして目を瞠るものがあったらしい。地元国公立すら視野に入るレベルだ。

 

 つまり俺と違い、彼女には選択肢がある。

 

「大学、近くならいいな」

 

 二人しかいない空間に、俺の空々しい声が落ちる。その言葉への彼女の返答はない。

 

 観覧車だけがジワリジワリと頂点を目指し進んでいく。

 

 ふと窓の外を見ると、3,4歳くらい、だろうか。眼下では女の子を抱いた母親が、子供と一緒にこちらに向かって手を振っていた。三浦は柔らかい目を彼女らに向け、手を振り返す。俺も釣られて手を振る。

 

 そのまま下の人々を見ると、どうやら皆そろそろ帰る時間のようだ。お土産屋によるカップル、最後にアトラクションをねだる子供、困ったような親の苦笑い。

 

 目の前の三浦は、俺の手を握る。

 

「……そっか。あんたには言ってなかったっけ」

 

 優しい声だった。普段からは考えられないし、聞いたこともない。何を話したいか何となくわかる。

 

 ふり絞るように、彼女は切り出した。

 

「あーし、あんたと同じ進路選ぶから」

 

 観覧車はちょうど、頂点を回った。

 

 その言葉を、思いを、予想していなかったわけではない。いや、薄々気づいてはいた。会話の端々から、彼女の解く問題集から、通う塾のクラスから。

 

 だからこそ気づかない振りをしていた。

 

 確かに握っていた手から、自然と力が抜ける。今やその手は彼女に一方的に握られるのみになっていた。

 

 人間関係というのは、時に選択を濁らせる。友情や愛情は、時に個人の行く末を狭めてしまう。

 人生の岐路には、その選択を他人に委ねるべきじゃない。他人に変えられるべきじゃない。誰かに歪められることなど、あってはならない。

 

 だから俺は言わなかった。誰よりも大切な彼女にこそ、自らの進む道を言わなかった。彼女の進む道も聞かなかった。聞けば、言えば。多分俺も彼女も、選択が歪んでしまう。分かっていた。

 

 依りかかりながら選んだ道を、俺は本物だとは思えなかった。

 

 右手に少し痛みが走った。下を見れば赤くなるほど、彼女は強く、強く俺の手を握っていた。

 

「まだ、これは半分。こっからだから、ちゃんと聞いて」

 

 あのね、ヒキオ。彼女は一瞬だけ目を伏せ、何度か深呼吸をし、ふっと呟いた。

 

「あーし、子供に関わる仕事がしたいの」

 

 三浦優美子の目標を、進路に関する言葉を、俺は初めて聞いた。彼女は少し照れくさそうに顔を逸らす。

 

「あーしも最初はこんなこと考えてもなかった。子供ってすぐ泣くし、うるさいし、勝手だし。面倒なだけだと思ってた」

 

 そうだろうか。別に意外じゃない。恥ずかしそうに笑う彼女の顔を見て思う。他人の評価と自分の評価は、一致しない。

 

「でもあーしはそんな子たちを見てるのが、案外嫌いじゃない。そんな子たちと一緒に居るのも悪くない……あんたといて、生徒会長とかやって色んな奴の世話焼いて、そう思った」

 

 思い出したのは、去年の林間学校。三浦優美子は俺によって小学生にとっての悪役にされ、それを気にもしなかった。彼女は鶴見留美と共に笑い、彼女に寄り添った。去年のクリスマス合同イベントではなんだかんだと小学生の相談に乗り、一緒に楽しんでいたように見えた。騒ぐ子供たちに温かい目を向けていた。

 

 存外面倒見がよく世話好きの彼女を、俺は知っている。だからその夢自体に疑問はない。

 

 だが。

 

「それなら、俺と同じ進路を選ぶ必要はねえだろ」

 

 そう。彼女が保育士になりたいにしろ小中高教諭になりたいにしろ、わざわざ私立文系を進路に選ぶ必要はない。国公立でも教育大学でも短大でも、俺と違って今の彼女にはいくらでも選択肢がある。より良い進路がある。

 

 それを今、俺は間違いなく歪めている。想い人の妨げとなっている。これは俺のわがままだろう。独りよがりといえば、その通りなのだろう。ここまで俺を好いてくれる女子を、素直に受け入れるのが正解なのだ。そんなことはわかっている。

 

 だからこそ、その選択を欺瞞だと思ってしまう。彼女にはより適した選択肢がある。

 

 選択は、常に独りであるべきだ。

 

「――あーし女の子。あんた男の子」

 

 忘れてるよ、あんた。耳に入った揶揄うような声色に、視線が持ち上がる。悪戯っぽく笑う三浦は少しばかり眉根を下げ、小さく吐息を漏らす。

 

「多分、あんたの考えてることは分かる。あーしの進路に納得できない気持ちも、理解はできる。

あんただけじゃない、親にも担任にも散々言われたし。もっと夢に合った学校があるし、同じくらいの偏差値で学費半分の国公立だって狙える。そもそも生徒会長の肩書で推薦だってある」

「なら尚更」

 

 その先は言葉にならなかった。俺の唇に人差し指が当てられる。

 

「生徒会も勉強も、あーしはあんたが居たから頑張ってこれた。あんたに推された会長だから必死にやったし、あんたと同じ進路のためなら勉強だっていくらでもできた。進路決めも勉強も生徒会の雑務だって、なんでも一人でやっちゃうあんたにはわかんないかもだけど」

 

 さっきも言ったでしょ。唇に当てられた人差し指は、そのまま俺の額を突いた。

 

「一秒だって長く一緒に居たいの、あーしは」

 

 好きな男の子と、一緒に。

 

 額を突いた指は下に落ち、俺の指に絡みつく。気づけば彼女の体温すらすぐ隣にある。瞳を合わせると、逸らされることは無い。結局俺が根負けし、ため息を一つ。

 

「お前時々思うけど、男らしすぎると思う」

「あんたが女々しすぎるだけ」

 

 彼女の頬が、頬に触れる。

 

「でも、大好き」

 

 八幡。

 

 小さく呼ばれた。潤んだ瞳が目の前にある。

 

「あんたが、好き。だから一緒にいたい。それで充分なの、あーしには」

 

 女の子には。

 

「……ずりいだろ、それは」

「女の子はずるいんだって」

「初めてその言葉の意味が分かったわ」

「賢くなったね、いっこ」

 

 くすくすくす。誰ともなく笑い合う。もう地上は目の前だ。

 

 誰ともなく、唇同士が重なった。

 

 同時に観覧車の扉も開く。アテンドのお姉さんが息をのんだ。

 

 

 

 ラブコメとしては、こんなベタも悪くない。

 

 

 

 

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