ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1215話 さようなら、宜しく

 学芸会のような出し物の部が終わり、守衛の手によって校門が一時的に閉じられた。

そしてアナウンスにより、関係各位が体育館へと移動を開始する。

片付けは後でやるようで、屋台類は問題が無い程度の最低限の処置だけが施されている。

それを横目で見ながら、徹大も体育館へと足を踏み入れた。

そこからどうやって自分の席を探そうかと若干困った徹大であったが、

幸いな事に徹大は、すぐに学校関係者から声をかけられ、指定の席へと案内された。

さすがの行き届いた対応ぶりである。

 

(さて、後は事前に考えてきた通りの事を話せばいいだけなんだが………)

 

 先ほどの出来事があってから、徹大の頭の中を、とあるアイデアがぐるぐると回っていた。

だがそれを実現させられるかどうか、彼は全く自信が無かった。

そんな状態であったからか、自分の講演の番がきたにも関わらず、

徹大は若干しどろもどろになってしまい、

生徒達からどうしたんだろうかと不安の目を向けられる有様となっていた。

 

(お、落ち着け、とりあえず一旦全部忘れて、予定していた事だけどきちんと話せば………)

 

 そんな徹大の耳に、とても小さくではあるが、

首筋に付けた小型マイクから、愛する娘の声が聞こえてきた。

 

『お父さん、頑張って!』

 

 徹大はその声で、スッと冷静さを取り戻す事が出来た。

 

(そうだ、実現させられるかどうかじゃない、私は実現させなければいけないんだ)

 

 それで徹大は覚悟を決めたのか、予定されていた分の話を若干早めに切り上げた後、

今日をもって前理事長となる雪ノ下朱乃と、現理事長となる結城京子の顔を見ながら言った。

 

「そしてここで、皆さんにサプライズなお知らせがあります。

もっとも雪ノ下理事長と、結城理事長の了解が得られればの話なんですが」

 

 そう問いかけられた二人の理事長は、顔を見合わせると、

どうぞお話し下さいという風に、同時に徹大に頷いた。それを受け、徹大はこう話を切り出した。

 

「………私が次世代型のオーグメンテッド・リアリティ、

いわゆるAR端末の開発をしている事は、既にニュースなどで君たちの耳に入っている事と思う。

実はその先行型が、あと数か月で完成するんだがね、

もしお二人の了解が得られれば、六月末頃に、それを皆さんに無償提供したいと思うんだ。

もちろん既に試作機は完成し、入念に安全性のテストが行われているから、

それに関しては心配しなくてもいい」

 

 これに関しては事実である。実際に試作機は完成しているのだが、

やはり色々と問題が出てしまっている為、

そのテストがいつ終えられるのかが未定な状態なだけだ。

そしてその次には、無償提供出来るほどの数を揃える事が出来るかどうかという問題もある。

だが徹大は、試作機の段階でなければ、八幡の記憶を覗く為のギミックを、

いわゆるオーグマーに搭載する事は不可能だと考えていた。

………以前カムラ社内でバイトを集め、記憶の再現実験をした際に、

一人だけ強めのスキャンをかけた者の、実験終了時の態度を見て、

その時は特に何も気づいていなかった徹大だが、

その後、若干不安を覚えた為、個人の依頼として密かに追跡調査をかけており、

その結果として、被験者の一部の記憶が失われた可能性があるとの報告を受けていた。

 

(多分製品版のリリースに際して、各種の影響をカムラ社に本気で調べられたら、

その事がバレてしまうのは避けられないだろうからね)

 

 それ故に徹大は、この最初にして最後のチャンスを生かすべく、

全てを賭けてでも、このチャンスをものにしようと思い、

自身を追い込む意図もあって、この事を生徒達の前で公開したのだった。

これは完全に徹大の独断専行であったが、

実際にカムラ社内で、モニターを募集しようかという話も出ていた為、

おそらくその実現性は高いと思われた。世間では、この学校の生徒達は、

世界で最もVR環境に適合している者達の集まりだと認識されており、

彼らを救済する(実に傲慢な考え方とも言えるだろうが)事の一環として、

日常生活を便利にしてくれるツールの提供は、問題視されないだろうとの読みもあった。

 

「………という訳でしょうが、いかがでしょうか?」

 

 徹大は最後にそう言って、理事長二人の顔を見た。

二人は再び顔を見合わせた後、お互いに頷き合い、京子が場を代表してこう答えた。

 

「前向きに検討させて頂きます」

 

 その瞬間に、生徒達から、わっ、と歓声が上がる。

無償で今話題になっている最先端の機械が手に入るのだ。

製品版ではないという事を差し引いても、それは嬉しいに決まっている。

そして徹大が、止めとばかりにこう語る。

 

「もちろん製品版がリリースされた時には、

その先行版を、製品版に無償で交換してもらえるように、

私が責任を持って手配させて頂きますので、是非オーグマーの世界を楽しんで下さい」

 

 そして大歓声が上がり、徹大は満足そうに頷いた。だがその満足も長くは続かない。

後方にいた八幡が、微妙な表情をしている事に気付いてしまったからだ。

 

(………しまったな、彼からしてみれば、ライバル会社に出し抜かれたような形になる。

これは少しフォローしておいた方がいいかもしれないな)

 

 だがそんな心配は、まったく無用であった。

八幡は単に、他の者達のように喜びを前面に出してはしゃぐという事が苦手なだけであって、

少なくとも今回のこのサプライズに関しては、素直に喜んでいた。

それは同時に、自社がいずれリリースする予定のニューロリンカーに、

絶対の自信を持っていたせいに他ならないが、それはさておき。

そしてこの会が終わった後、徹大は個人的に八幡と話し、

まあ以前軽井沢でSAOサーバーの調査をした時の、

徹大の態度に関して調査中な事もある為、内心で徹大に心を許していた訳ではないのだが、

少なくともその時の八幡は表面上は、徹大に対してとても友好的だった為、

徹大はほっと胸を撫でおろして帰宅する事となったのであった。

 

 後でそういった出来事もあったが、それは別の話なので置いておき、

徹大の後に何人かが話をした後、いよいよといった感じで、

離任する前理事長の雪ノ下朱乃が登壇した。

 

「みんな、一年間私と仲良くしてくれて、本当にありがとう。

これで私はこの学校から離れる事になりますが、

皆さんの事を、私は本当の息子、娘のようにとても大事に思っています」

 

 最初にそう切り出した朱乃は、続けて生徒達の名前を、

二十人くらいではあるが、順番に呼び始めた。

 

「………まあ今日はこのくらいにしておきますが、私は皆さんの名前をちゃんと覚えています。

もし今後、どこかで出会う事があったら、その時は気軽に声をかけてくださいね」

 

 そう言って朱乃はニコリと笑い、生徒達はそんな朱乃に向けて、次々と言葉を放った。

 

「理事長、ありがとうございました!」

「最高です!」

「またどこかで!」

「みんな、ありがとう!それでは結城理事長もこちらにどうぞ!」

 

 その声に対してうんうんと頷いた朱乃は、同時に京子に登壇してもらい、

今度は京子が生徒達の名前を続けて呼び始めた。

 

「………さん、………君。私もこのくらいにしておきますが、

私にとっても今日からあなた達が私の息子であり、娘です。

これから一年間、宜しくお願いします」

 

 そんな二人からのサプライズに対して、生徒達から再び大歓声が上がった。

 

 こうして帰還者用学校は、新たな布陣で二年目を迎える事となる。


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