水着剣豪と聞いて妄想(19話・ロコモコ回参照)をうっかり再利用。
今年も相変わらずトンチキな夏イベで逆に安心しちゃうね。
カレームは悩んだ。
如何にして、この醜態を晒すことなく、マスターの前に立つか。
悩んで、悩んで、悩みぬいて──1つの結論を見出した。
──そう、着ているのが駄目なら、脱げばいいじゃない。
***
青く、蒼く、碧く。
遥か彼方まで続く、空との境界線が分からなくなる程の紺碧。
耳に心地よい潮騒と共に、柔らかな飛沫が足元を擽る。
封鎖終局四海オケアノス。
海に囲まれたこの特異点で──夏本番を待ちきれないサーヴァントたちを連れての、一足早いバカンスレイシフト真っ最中なのである!
サーフィンに勤しむ者、ビーチバレーを楽しむ者、木陰でゆったりとくつろぐ者……。
各々思うがままにビーチを満喫しているサーヴァントたちを時には眺め、時には混ざり共に楽しむ立香とマシュ。
日も高くなり、そろそろ腹の虫が騒ぎ出す頃かと考えていた所に──その思考を読んだかのように、ひょっこりと顔を出す影が一つ。
「あ、カレーム」
その姿を見つけた立香が声を掛ける。
「はい!アントナン・カレーム、ただいま戻りました!」
皆が遊んでいる浜辺から離れ、1人反対側の浅瀬を散策していたカレームが戻って来たのだ。
普段のコック服とは打って変わり、赤いホルターネックのトップスとデニムパンツを模したボトムスで構成されているビキニ水着に身を包んだ彼女。
霊基変化により、現在はセイバークラスであるという事を示すかのように、その背には身の丈ほどもある大太刀──本人曰く、『鮪包丁』──を負っている。
夏の魔力に浮かされた水着サーヴァント達の例に漏れず、普段よりも幾ばくかテンションが高い。
「おかえり。そっちの浅瀬はどうだった?」
「岩礁が多いのでレジャーには向いていませんが、その分食材の宝庫でした!特異点で生態系が変化しているのか、本来浅瀬にはいない生物も多くて……。たっぷり狩って来ましたので、しばらくはカルデアでも海の幸を存分に振る舞えそうです!」
「そっか!楽しみだなあ!」
沢山の海の幸、というよりは、それを手にした喜色満面のカレームを見て、立香は顔を綻ばせる。
以前に水着姿を見た時には恥ずかしがって中々近づいてきてくれなかったので、こうして屈託なく笑顔を見せてくれるのが嬉しいのだ。
そういえば、前と少し水着が変わっているようだが、いつの間にやら再臨でもしたのだろうか。
「そろそろお昼にしましょうか。私は支度をするので、マスターは皆さんを集めていただいてよろしいですか?」
「わかった。
──おーい、マシュ!みんなー!!」
マスターが張り上げた声に気付いた者から順に、簡易的な後片付けをした後駆け寄ってくる。
マシュを筆頭に、ランサークラスの清姫と玉藻の前、ライダークラスのモードレッド。
「あらあら、もう昼餉のお時間ですか。わたくしったらますたぁのお世話もせずにはしゃいでしまって、家内としてお恥ずかしい……」
「ま、ま。バカンスの時くらいはプロの方にお任せしてもよろしいのでは?ほら、わたくしことタマモちゃんも良妻賢母をお休みして、ハイソで優雅な夏のビーストモード全開ですし!」
「マスター、腹減った!早く食おーぜ!んでもっかい波に乗る!」
うーん、ツッコまないぞ。
色々とフルスロットルで自由なサーヴァントたちを目の前に、立香はそっと言葉を飲み込む。
いつも暴走気味のモーさんが一番まともってどうなんだろう。
あれ、水着じゃなくても割と皆まともじゃないような……?
いや、深く考えるのはよそう。
夏は怖い。
そういうことにしておこう。
火照った体に冷たいジュースを飲んで幸せそうにしている後輩に癒されながら、思考を遠くに追いやっていると、ふと漂って来るのは香ばしく食欲をそそる匂い。
じゅうじゅうと鳴り続ける音の方を向くと、あらかじめ設置していた鉄板コンロの上で、麺とソースを絡ませ炒めるカレームの姿が。
「焼きそばだ!」
「はい。とれたて新鮮のシーフード焼きそばです!ソースと塩、お好きな方をどうぞ」
「さっすが、わかってますね~!夏で海と言えば、それはもう焼きそば!文字通りの鉄板料理!です!」
「むむ、ソースもいいですが塩もなかなか……迷いますね」
「ンなもん、両方食やいいんだよ!オレ2皿くれ!」
「あ、俺もモーさんと同じ感じでちょうだい」
「それでしたら、わたくしが手ずから食べさせてあげますわ、ますたぁ♡」
「い、いや、それは……」
「清姫さん、マスターを気にかけるのもいいですけれど、ちゃんと自分の分もお食べくださいね?はい、どうぞ」
テンションと食欲を否応なく上げてくる音と匂いにわいわいと鉄板の周りに集まる皆に、カレームは紙皿によそった焼きそばを順番に配っていく。
少しチープな雰囲気がたまらない。
割り箸でまずは塩焼きそばを一口。
もちもちとした食感の麺の素朴な小麦の味と、炒められてしんなりとしたキャベツの甘味、そして何より新鮮さをプリップリの食感と旨味で伝えてくるエビやイカ!
シンプルな塩での味付け故にそれらの風味をまとめ、ダイレクトに伝えてくれる。
交代でソースに照り輝く麺を啜ると、少し焦がしたことで重厚感の増した香りと、舌に貼り付くような酸味と甘味が脳髄を一瞬で塗り替えた。
咀嚼する中で素材の旨味と混ざり合い、調和していく。
「どっちの味もおいしいな~!夏祭りの屋台思い出すや」
熱々の麺をかき込み、溢れる多幸感と共に噛みしめる。
「ん~♡やっぱり波の音を聞きながら食べる焼きそばは至高ですね~!カレームさん、この一夏の間、海の家でも経営してみません?玉藻、カレームさんの作るイカ焼きとか宇治金時とか、食べてみたいなあ、なんて♡」
「海の家……いいですね、それ。特異点の一角をお借りすればできそうですし」
「それなら、わたくしも是非お手伝いさせてくださいまし。ますたぁに夏ならではのお料理をたっくさん振る舞えそうですし、ね?」
「わ、私もお手伝いします!不肖マシュ・キリエライト、スタッフ経験は乏しいですが、先輩のサポートになるのなら……!」
「……な、なんだよ。俺は手伝わねえからな!波に乗るので忙しいんだからな!おかわり!」
「あはは、モードレッドさんはお客様としていらしてくださればいいですよ。はい、おかわりどうぞ──ん?」
ふと、カレームの視線の先を辿ると、そこには巨大ヤドカリ型エネミーの姿が。
「裏手の方から入り込んできてしまったみたいですね。敵意……といいますか、こちらを捕食対象と認識しているようです」
「ますたぁとの一時を邪魔するなんて無粋な……燃やしましょう」
「ビーチを荒らされても困りますしねえ。ビーストハンターモードでサクッとやっちゃいましょうか」
「──いえ、私がやりましょう。丁度、もう一狩りしたいと考えていたところなので」
カレームは、立ち上がりかける他のサーヴァントを手で制しながら、もう片方の手で大太刀──否、包丁の柄に手を添えながら、エネミーの下へ駆ける。
シャラリ、と涼し気な金属音が響いたかと思うと、瞬間、エネミーの両鋏と胴体が寸断された。
体の節を明確に捉えた斬撃が、ほとんどの抵抗なく、その甲羅と身を切り裂いたのだ。
一瞬遅れて胴体部分も真っ二つに両断され、エネミーは砂浜に沈む。
それを尻目に、カレームは包丁の片刃を布巾で拭った後、パチンと鞘に納めた。
「おぉー、すごい。あのカレームが自ら戦闘をするとは……」
「はい。これも夏の解放感のため、なのでしょうか。……おや?清姫さん、玉藻さん、どうかされましたか?」
カレームの無駄のない動きに感嘆を漏らす立香とマシュの隣で、清姫と玉藻は何やら苦い顔。
「い、いいえ?すこーし、嫌な思い出がフラッシュバックしたと言いますか、何と言いますか……」
「料理人、セイバー、抜刀術、ヘルズキッチン……うっ頭が」
「おーい、おかわりくれー!」
変な汗を流し始めた2人を見事にスルーし、モードレッドは3杯目の焼きそばをねだる。
「鉄板にあるのを自由に取ってくださーい!私はこのヤドカリの処理を先にしちゃうので」
「このヤドカリ、食べるの?」
「ええ、ヤドカリは食用のものもありますよ。新鮮なものでしたら刺身でもいけます。タラバガニは、生物学上はヤドカリの仲間なんですよ」
「へえ、そうなんだ……。あ、カレーム、足擦りむいてるよ」
カレームの
「あら、本当ですね。岩礁で切っちゃったんでしょうか」
「海水が滲みたら痛いだろうし、礼装で回復しておくね」
「ありがとうございます」
立香は、カレームの足元に手をかざし、回復魔術を使用する。
そんなマスターの優しい心配りを、カレームは甘んじて、笑顔で受け入れた。
──この時、カレームは完全に失念していた。
自分が霊基を弄ることで水着となっていること。
水着の上に着ていたものを脱いできたこと。
そして何より、
「……ん?」
立香が違和感に視線を上げると、そこには真っ青なTシャツに上体を包んだカレームの姿。
胸元の”Arts”の文字が、双丘に合わせて間抜けに歪んでいる。
カレームは、笑顔のまま、動かない。
「……カレーム?」
数瞬の気まずい沈黙の後。
固まった笑みのまま、カレームの顔はマグマのように真っ赤に染まった。
レイシフトから帰還後、そこには耳まで赤くして半泣きになりながら、立香に霊基再臨してもらうカレームの姿があったとか、なんとか。
Q.さっさと再臨して水着変えたらよかったんじゃない?
A.「再臨の時にマスターに霊基データ見られるじゃないですか!!」
Q.そもそも何で水着でそのTシャツ着ようと思ったの
A.「あまりにも楽で、ついつい着てるのを忘れたまま霊基を固定してしまって……私が一番後悔してるので、もう勘弁してもらっていいですか……」
Q.でも似合ってるよ
A.「へぇっ!?あ、あの、その……ありがとう、ございます」