「太子様! 大変です!」
神霊廟のとある一室の扉が勢いよく開けられた。スライド式の木製のドア、つまり障子は柱に当たってカッと音を立てた。
部屋にいたのは
「いったい何ですか? 朝から騒々しいですよ、布都」
少し眉を寄せながらも、布都を落ち着かせようとする神子だったが、当の布都は切羽詰まった様子で繰り返した。
「ですから大変なのです!」
何か面倒な予感がした神子は、ひとまず口をつぐんだ。経験上おそらくその予感が当たっているだろうことが分かってしまった。
その様子に、部屋にいたもう一人の人物が助け舟を出した。ちょっと楽しげである。
「どのように大変なのか、神子様はそれを聞いておられるのではないですか?」
名を
それはともかく、布都は何をどこから伝えればいいか迷った。
しかし、今は一刻を要する時であると考えた。
「――屠自古がっ、屠自古のやつが、居なくなってしまいました!」
「はぁ、屠自古がですか? 屠自古が居なくなったくらいでそんなに慌てることもないでしょう。そんな屠自古の一つや二つ……。――って、屠自古が居なくなったのですか!?」
心なしか頭の二本のアレがピンっと伸びた。
「そうです、そうなのです! これでは今日はご飯抜きになりかねませぬ!」
「なるほどそれは大変……、ってそれは別にいいでしょう。仙人とは
神子は
しかし、布都は止まらない。
「太子様! このことを軽く考えてはおりませぬか!? もう屠自古は永久に戻らぬかもしれんのですぞ!」
「大げさな。屠自古だって一人でゆっくりしたい時もあるでしょう」
「……分かりました。この事態を重く見ているのは我だけなのですね。良いでしょう。この重大さを伝るべく、我はあらん限りの言葉を尽くしましょう」
布都はその場に正座した。顔は真剣そのものである。
若干気圧された神子は、素直に布都に喋らせることにした。気が済めば平常に戻るだろうと思った。
お茶をすすり、一息吐くと、神子は布都に次なる言葉をうながした。
「……永久に戻らないでしたか? いったい何故そう考えたのですか?」
布都は悲しそうに眉を寄せ、首を振った。
あまりに深刻そうな布都の様子に、神子は少したじろいだ。
「な、何ですか?」
下手から探るような声色になった。
布都は俯いて口元をもごもごさせていたが、やがて決心がいったのか顔を上げた。
「……太子様、今日も頭のソレは立派にそびえ立っていますね」
「あぁ、これですか? 今日も朝に屠自古にやってもらいましたからね」
「――それです!!」
某山彦ばりの大声に、神子はびくっとした。
「……屠自古はソレの建設に疲れてしまったのです」
「い、一体何を」
「毎朝毎朝毎朝毎朝、まるで修行なのかどうか分からぬソレの建設をする苦行に疲れてしまったに違いありませぬ!」
「まさか! この栄えあるWホーンのセットに嫌気がさしたと? そんなはずがないでしょう。むしろ光栄にすら思っているに違いありません」
布都は『ああやはりか』と言わんばかりの顔つきで、重く口を開けた。
「……今までずっと言わずにいたのですが、この際だから言わせてもらいますぞ!」
布都はスタッと立ち上がった。妙なオーラがあった。
「――希望の面のこと、憶えていらっしゃいますか?」
「えぇ、まぁ……」
「太子様がお作りになったあの面を渡す際、後ろにいた屠自古の表情を太子様は知らぬでしょう」
「そりゃ、屠自古は私の後ろにいたのだし……」
布都はどこぞの名探偵のように指を指した。
「横にいた我は見ましたぞ! もう言葉では形容出来ない程に悲しそうにした屠自古の顔を!」
「い、一体何故……」
布都は目を見開いた。体は後ろへのけ反り、驚きを全身で表現していた。
「何ということか。ハッキリ言わねば伝わらぬのというのか。しかし、我は臣下の身……」
布都の葛藤の様子に、神子は堪りかねて聞いた。
「はっきり言ってください。罰などは言いません。私が聞きたいから聞くのですから」
布都はゆっくりと口を開けた。
「……一度申し上げた通りでございますが、その太子様の頭のソレ、……いやはっきり言いましょう
「はい」
「本来それは太子様ひとりでもセットが可能なはず、それでありましょう?」
「えぇ、まぁ。ですが屠自古に手伝ってもらった方が立ち方が美しいのです。屠自古に微弱の電気を流してもらうとうまい具合に整うので」
「――屠自古は電動式の櫛ではありませぬ!!」
布都の喉から山彦が再び現れた。
神子はまたびくっと身体が跳ねた。
「で、では、屠自古はそれに嫌気が差して出ていったと?」
「……それだけではありませぬ」
「え、まだあるのですか?」
「当然です。屠自古はあれでも本来寛容なやつです。焼き魚の焼きが甘かったときに、我が『焼きが甘いのではないか? お主の壺のように』と冗談を言ったところ、雷一つで許してくれました。そう、あいつは寛容なのです。そのあと復讐にあいつの寝てるところにこっそり忍び寄って、枕元に欠けた壺を置いてやったところ、雷二つで済みました。そう、あいつは寛容なのです」
「……布都、私にはあなたにも原因があるように思えますが?」
「そんなことはありません。これは最近流行りの"こみゅにゅけいしょん"というやつなのです」
室内にくすくすと笑い声が響いた。
邪仙である。
「さっきから黙って聞いておりましたが、お二方共両成敗でよろしいのではありませんか? 愉快ですし」
ほほほと上品に口元に手を当てて笑っていた。
しかし、布都はまだ止まらない。
「……菁莪殿、よもやそなたは何もないと思ってはおらぬか?」
「えぇ?」
布都の矛先が邪仙に向けられた。
しかし邪仙は一度少しだけ、ほんの少しだけ驚いたものの、すぐさま余裕の笑みを作り布都に対した。
「残念ですが私には身に覚えがありませんわ」
「心の底からそう言えると?」
「……と言いますと?」
「我は聞きましたぞ。この間、屠自古の後ろ姿をみながらぼそっと『大根食べたい』と呟いたのを!」
「……別に私はその後何もありませんでしたけど?」
「い・い・え。その後我が同じように、『お主を見ていたら大根食べたくなったのだが、今日の夕飯は』と言ったところで、雷にうたれましたぞ。これを菁莪殿のせいと言わずして誰のせいと言うのです」
「いや、あなたのせいでしょう」
布都は心底心外だといわんばかりに、次の言葉をまくし立てた。
「――なんと!! ……いや、例え、例えほんの少し、仮にほんの少し我にも責任があったとしても、大部分は先に言った菁莪殿にあるのではないだろうか。そもそも我があの呟きを聞いてしまったがために、我に雷が落ちたともいえるわけであるし」
「えぇ……」
顔をしかめる邪仙。
「他にもいっぱいありますぞ! お聞きになられますか?」
「いや、辞めておこう。それより屠自古の行方を知る方が先決だろう」
改まった様子の神子。ちょっと面倒になってきて、さっさと解決しようと思い始めた。
「うむ、確かにそっちが先でしょう」
室内の者がそう考え始めた時であった。
部屋の外からなにか聞こえてきた。
「ただいま戻りましたー。……あれ? おーい、みんなー? 戻ったぞー?」
室内の時が止まった。
「んん? みんな出かけてるのか? 太子様ー? 布都ー?」
時が再び動き始めた。
「……布都?」
視線に射られ、居心地が悪くなった布都は廊下まで後退った。
そのため、ちょうど見つかった。
「なんだいるじゃないか。何で返事しなかったんだ?」
ぎちぎちと妙な音を立てて首を向ける布都。
「お、おう。と、屠自古じゃないか。いったいどこに行ってたんじゃ?」
「どこにって、お前が
「そ、そーであったか」
あはははと乾いた笑いのまま、じりじりとこの場から離れようとする布都。
「……布都?」
ちらっと見た神子の表情から何かを読み取った布都は逃亡を決めた。
「わ、我は用事を思い出したので、えっとここであれがこれで――」
部屋の前には両側に伸びた廊下、行く先は部屋の方と廊下の二方、合わせて三方向。部屋から逃げるため、必然的に廊下の二方向。が、そのうち一方は屠自古。
布都の頭が高速で動く。
「そ、それでは――」
勢いよく身を反転し、一歩、屠自古のいない方に足を踏み出した。
「芳香ちゃん」
合図だった。
「ぎゃおー!」
逃げ出そうとする布都の目の前に、キョンシーが降ってきた。
「ぅげぇっ!」
だがまだ、屠自古をすり抜け突っ切ればまだ可能性はある。布都は再度身を反転させた。
が、そこには目の前に壁が出来ていた。
「布都?」
壁は人で、その頂きには二本のアレがあった。
「た、太子様、お待ちくだされ!」
わたわたと両手を振ってみるも返答はなく、代わりに頭の二本のアレが高速回転し始めた。
「ダブル角ドリル!!」
いちげき ひっさつ!
犬夜叉の雲母のアレ
書いてる途中に『あ、この展開どっかで』って、気にしない気にしない