まあ、アサエミは誕生日に「生まれてきたのを後悔したことはないか?」って言ってくるけどね!
傷が癒えたと聞けばめでたいことだと人は言うだろう。
しかし、その傷を負っていた人間が誰かを聞けば反応は変わる。
「ハァ…ようやく傷が治ったか」
包帯を解き、右手の銃創を確認するステイン。
巷を騒がせるヒーロー殺しの傷が癒えたことを喜ぶ人間はそうはいない。
「自然治癒は…ハァ…やはり遅いな」
鍛え上げられた肉体を持つステインは常人よりも怪我の治りが早い。だが、幾ら早いといっても自然治癒では時間がかかる。それでも、ステインは医者にかからず自分で治療する道を取った。なぜか。それは彼が犯罪者であり、正規の医療機関に行けないという理由と、もう1つある。
「だが、これで社会のゴミを粛正できる」
闇医者などの、社会において正しくない存在に頼ることを良しとしないからだ。
「ハァ…さて、偽りのヒーロー共を粛正しにいくとするか」
ステインは自身を法を犯している人間だとは理解していても、間違っているとは思っていない。
故に粛正対象をヒーローに限定せず、犯罪者もまた間違った存在として容赦なく殺している。
あくまでも、自身は社会を正しくするための理念そのものであり、正しき存在だ。
その思考が、人を容赦なく痛めつけ、殺しにまで至るという凶行を後押ししている。
自身を疑わぬ者、自身を信じ続けられる者は何よりも厄介だ。
他人がどれだけ正しいことを言っても、聞き入れず、止まることが無い。
故にステインは気づかない。自身の中にある殺し以外の
それ故に彼は、自分を悪だと気づかぬ最もどす黒い邪悪となり果てている。
『雄英体育祭~英雄の追憶~』
今年も開催間近となった雄英体育祭。
これはそんな雄英体育祭における過去の記録を紹介していく雑誌だ。
イメージとしては今は形骸化した甲子園の『白球の思い出』に近いものだろうか。
もっぱら人気トップ10のヒーローの戦闘シーンや救助シーンなど名場面集が掲載される。
しかし、あくまでも体育祭なので珍場面集なるものも存在する。
例を挙げるとすると、
サポート科が巨大ロボをサポートアイテムだと言い張って物議を醸しだした事件。
巨大化の“個性”持ちが会場の天井を突き破ってしまい、あわや大惨事になりかけた事件。
今となってはどれも笑いながら見れるものであるが、その中でも別格と呼ばれるものがある。
『背中からロケットランチャー事件』。
それまであったヒーローとしてやったらダメだろという暗黙のルールを踏みにじった事件だ。
しかも、やった人間はヴィラン殺しとして名高いヒーロークロノスである。
多くの人間がこの関係を知る度に、「こいつが成長したらああなるよなぁ」と頷く。
さらに『背中からロケットランチャー事件』は、この時にロケットランチャーを奪われたサポート科の人間へのインタビュー画像もつく好待遇で掲載されている。
――当時の状況をお聞かせください。
『いやですね。あの時は一生懸命作ったロケットランチャーを、みんなの前で披露しようと思って1人でワクワクしていましたね。そしたら始まってそうそうに奪われて、何が何やら分からないうちに脱落していましたよ』
――どのように奪われたのですか?
『初めから目をつけられていたのか、開始してすぐに彼が目の前に現れて「こんにちは。君、良い武器持ってるね。死ね!」とばかりに私の頭を殴って気絶させられました。多分、その間にロケットランチャーを奪われたんだと思います』
――起きてから何があったかを把握したということですか?
『そうなりますね。起きて映像を確認した時には思わず泣いてしまいましたよ(笑)。自分が作ったアイテムを上手に使われるのは職人の本望ですけど、「違う、そうじゃない!」って叫んでいましたね』
――クロノスに対してやり返そうと思ったことは?
『そりゃ、初めはさっさと負けないかなって思って見てましたよ(笑)。でも、衛宮君…クロノスって強いんですよ。結局その年も優勝は彼でしたし。だから、下手にやり返そうとしたら私の方がやられるなって思いましたね』
――では、クロノスとはそれ以来関わっていないんですか?
『いえ、これが不思議な縁と言いますかね。今のサポートアイテム会社に就職した後も関わっているんですよ』
――それはどういった風に?
『作り手と使い手ですね。私が作ってクロノスが使う。今の彼の装備を作っているのは私です』
――凄い縁ですね。
『私もそう思います。元々、銃火器を専門に作る人が少ないのもあるんですけど、クロノスが一番私の武器が使いやすいと言って私が担当するようになりました。勿論、最初に知った時は飛び上がるほどに驚きましたけどね(笑)』
――どんなアイテムを提供されているのですか?
『流石にそれは守秘義務があるので一般に知られている銃火器以外はノーコメントで』
――では、質問を変えます。今は和解されたということでしょうか?
『はい。随分と時間が経ちましたけど謝ってもらえました。いや、私もその頃には特に気にしてなかったんですけどね。面接ではこのことをネタにして合格しましたし(笑)』
――あなたから見てクロノスはどんな人ですか?
『やってることはまさに外道ですけど、性格は至ってまともですね。ある意味ではそれが彼の一番怖いところなんですけど。後は…そう、結構な女タラシですね』
――女タラシ?
『ええ、ナチュラルに口説いてくるといいますか、無自覚に人を引き付けますね、彼は』
――キャプテン・セレブリティのような感じでしょうか?
『いえいえ、空飛ぶ種馬という程じゃありませんよ(笑)。ナチュラルに女性の扱いが上手いだけで、女性関係がふしだらなわけじゃないです』
――クロノスは未だに結婚していない。それは遊ぶためでは?
『ちょっと分かりませんね。少なくとも私はそういう対象として見られていませんし(笑)』
――あくまでも仕事上の関係で?
『はい。談笑ぐらいはしますけど、基本的にドライな関係です。今後も良いビジネスパートナーとしてあれたらなと思っています』
――本日はありがとございました。
『ありがとうございました』
「ねこねこねこ…これは思わぬライバル出現じゃないの、マンダレイ?」
「違うって本人が言ってるじゃない、ピクシーボブ」
「こういう所で本当のことを喋るわけないにゃん」
「それを言うなら、雑誌の情報なんて鵜呑みにするもんじゃないでしょ」
ニシシと笑いながら煽ってくる流子にデコピンをお見舞いして、信乃は溜息を吐く。
現在、ワイプシのメンバー4人と洸汰は塩野市にあるテレビ局の控室に居た。
今日は地元のヒーロー特集の番組に出るためにここに訪れているのだ。
因みに雑誌はその休憩時間の暇つぶしに流子が読んでいたものである。
「というか、否定しないんだね。私は別にじいさんのこと好きじゃないもん、とか」
「今更、乙女染みたことをするような年でもないでしょうに」
「……本人の前ではしっかり乙女になってるくせに」
「う、うるさいわね!」
もう一度デコピンを叩き込もうとする信乃だったが、今度は軽やかに避けられてしまう。
しかし、流子への追撃は意図せずして別の人間が引き継ぐことになる。
「ところでピクシーボブはイイ人見つかった? この前も婚活パーティーに行ってたけど」
「グフッ!?」
知子からの悪意無き質問を受けて崩れ落ちる流子。
それだけで結果を推し量れるというものだろう。
「なんだ、ピクシーボブ。また行っていたのか? 今年に入ってもう5回目だな」
「虎ぁ…だって、しょうがないじゃん。将来性あってイケメンな男が居ないんだからさぁ」
「あははは! 高望みしてるとそのうち手遅れになると思うよ」
「……分かってるにゃん。でも妥協はしたくないし」
虎と知子に正論を言われて虚ろな目になる流子。しかし、結婚相手ともなれば一生の付き合い。妥協などして後で悔やみたくはないという気持ちも大いにわかる。しかし、そんな流子の様子を見て、信乃達はこれはダメなパターンだと何となく察する。
「ハ! 理想の相手が居ないのなら洸汰を逆光源氏計画で……」
「待ちなさい。洸汰に手を出すなら本気で止めるわよ」
なにか、ヒーローとしても大人としても、行ってはならない道に入っていきそうになる流子の頭を割と本気で叩く信乃。幼子を自分好みに育てて結婚しようとするなど、現代では普通に犯罪行為である。
「はぁ…ある程度は妥協しなさいよ」
「なによ、マンダレイも私と同じ立場でしょ。
「何言ってるのよ、ピクシーボブ……」
何故か逆ギレを始めた流子に呆れたような目を向けながら、信乃は溜息をつく。
切嗣がキープとか、夫婦みたいとか言われても信乃にとっては煽りにしかならない。
「同じ立場? 私達は物心ついた時から一緒に居るのよ? そこからずっとアピールしているのに未だに正式に付き合えてすらいないのよ。あなたに分かる? ずっと傍に居て、通い妻的なことまでやったのに、鈍感を通り越してワザとじゃないかと思う程に気づかれない気持ちが。そのくせ自分は無自覚で色んな女を落としてくる。この前だって以前助けたっていう女の子を惚れさせてたし、それ以外だって例を挙げればキリがないわ。何度、強硬手段に打って出ようと思ったことか……。それでも諦めずに地道にアピールを続けて、今やっとここまで辿り着いたのよ? あなたのほんの数年の苦労と一緒にしないでほしいわ」
「ご…ごめんなさい」
その余りの勢いと恐ろしさに流子は地雷を踏んでしまったと悟るが逃げ場はない。
すがるように知子と虎にSOSの視線を送るが華麗にスルーされてしまう。
ついでに先程から話に入ろうともせずに部屋の隅でゲームをやっている洸汰にも助けを求めるが、こっちは視線を向けられたことにすら気づいていない。この世に魔王はいても神はいない。
「私もね、このままだとダメだと思って工夫してたのよ。この前だってまだイイ人は見つからないのかって、両親に言われた時も切嗣に両親が『偶には顔を見せろ』って言ってたって嘘をついてまで連れて行って逃げられないように外堀から埋めたし」
この時の切嗣は昔からお世話になっているので、断る理由もないとノコノコと出向いた。
そして、信乃の両親から意味深な笑みと共にこれからも娘を支えてやってくれと言われ了承。
自分の友人として支えるという認識と、夫として支えるという両親の認識の
もし、信乃の父親が切嗣のように親馬鹿ならば『娘が欲しくば俺の屍を越えて行け!』展開になり、切嗣も誤解に気づけたかもしれない。しかし、信乃の両親は至って普通の人間であり、切嗣を子供の頃から知っているという事実と、天涯孤独という補正が合わさり『お前なら何も心配はない』と実に温かな対応を受けてしまったのである。
人の良心がいつも良い方向に働くわけではないという良い例である。
因みに切嗣が誤解に気づいてしまった場合は、その場で泣き落とすつもりだったので初めから切嗣には逃げ場などなかった。
「自業自得と言えばそうだけど、ちょっとじいさんが哀れにゃん…」
「これぐらい押して行かないと何のアクションも起こさないのよ、切嗣は」
思わずドン引きしている流子を軽く流しながら、お茶を飲む信乃。
これでこの話は終わりだ。今ここに居ない人間のことを話しても仕方がない。
それよりも日常に差し迫る問題の方が大切だ。
「さて、そろそろ休憩も終わりね、戻りましょうか。あ、そうだ、洸汰。帰りに服とか靴を買うから帰るのが遅くなるけど我慢してね」
「……分かった」
せっかく、街に出てきたのだから一緒に買い物も済ませてしまおうと考える信乃。
洸汰の方も1人では帰ることができないのは分かっているので、反論することなく頷く。
「洸汰も大分素直に言うことを聞いてくれるようになったね。あちきは嬉しいよー!」
「撫でるな、鬱陶しい!」
「後でお菓子を買ってあげるからねー」
「いらん! いいから放せ、ラグドール!」
そんな来たばかりの頃とは違った態度に知子がすかさず褒めるが、洸汰は鬱陶しそうに叫ぶ。
しかしながら、褒められた嬉しさから首筋が若干赤くなっているのは隠せない。
「……初めはお前が子どもを引き取ると聞いてどうなるかと思ったが、何とかなっているな」
「そうね、何とかなっているわね。虎達や他の色んな人のおかげでね」
「ほーんとにね。だから感謝の言葉ならいつでも受け付けてるわよ?」
「洸汰の反面教師になってくれて感謝してるわ、ピクシーボブ」
「それどういう意味にゃん!?」
洸汰と知子の微笑ましいやり取り見ながら信乃は微笑む。
そして願う。この当たり前でかけがえのない日常がこれからも続いていくことを。
番組の収録も終わり、私服に着替えた後、予定通りに服や靴などを買いに来ている信乃と洸汰。
その間に虎と知子は食材などを買いに行き、流子は日用雑貨を買いに行っている。
「さてと、これでしばらくは大丈夫かな。洸汰、そろそろ虎達と合流するよ」
「ああ…」
買い出しを終え、待ち合わせ場所まで歩いて行こうとする信乃と洸汰。
その横を体を隠すような大きめのコートを羽織った男がすれ違っていく。
明らかに怪しい人間。おまけに動くたびに金属が擦れ合う音が僅かに聞こえてくる。
「ハァ…」
(あの人、体に武器を仕込んでる? ヒーローにしては見たことのない顔だから怪しいけど……それにしてはあからさま過ぎる。だとすると、“個性”の影響で姿を隠さないといけない人かしら?)
明らかに怪しい人ですと自己紹介するような容姿の男に、逆に怪しくないのではと思ってしまう信乃。異形型の“個性”の人間にはサポートアイテムを常時着けなければならない人間や、日光に当たると死んでしまう人間がいる。
目の前の人間ももしかするとそういった人達かもしれない。
そうした考えが男に職務質問をすることを止めさせる。
このままならば、信乃は男をただの通りすがりとして扱っていただろう。
だが、
「どうしたんだ、マンダレイ?」
急に歩みを緩めた信乃に気づき、何事かと名前を呼ぶ洸汰。
もし、彼が呼んだ名前がヒーロー名でなく本名の方ならば、この悲劇は起こらなかっただろう。
しかしながら、現実に“もしも”は存在しない。
「ハァ…マンダレイ? ヒーローか…!」
「っ! 洸汰、すぐに遠くに行きなさ―――」
自分から離れろという信乃の言葉は最後まで紡がれることはなかった。
彼女をヒーローと認識した男、ステインが手首から取り出したナイフを投擲してきたからだ。
「くっ!」
なんとかそれは手にしていた買い物袋で防ぐが、信乃の顔に安堵はない。
それもそうだろう。今の彼女は武装をしていない。おまけにここは市街地。
守るべき者も多いために、戦闘に巻き込むわけにはいかない。
「ハァ…下手な変装でヒーローを誘き出してから殺すつもりだったが…ハァ…手間が省けた」
「ヒーローを殺す…ということはヒーロー殺しかしら?」
「そうだと言ったら貴様はどうする、ヒーローマンダレイ?」
コートを脱ぎ去り、ステインがその姿を露わにする。全身に仕込まれた多種多様な刃。鍛え上げられた肉体。そして、何よりも目を引くのは削られ、顔を削り取った頭だ。それがステインの異常性をより一層引き立て、見る者に威圧感を与える。
【こちらヒーローマンダレイ。緊急連絡です! 今、私の声が聞こえている人は速やかにその場から逃げてください! ヒーローであれば救援を願います! 『ヒーロー殺し』が現れました! 繰り返します、ヒーロー殺しが現れました!】
しかし、臆するわけにはいかない。
信乃はすぐに“個性”である『テレパス』を用いて、周囲全体に避難指示を出す。
「洸汰もすぐに逃げなさい! ここは私が何とかするから!」
「わ、わかった」
「ハァ…避難指示に救助優先、行動は悪くない。後は
「随分と余裕ね。すぐに他のヒーローも来るかもしれないのに」
「この街ではまだ…ハァ…1人しか粛正していない。後3,4人程の犠牲が必要だ。ハァ…探す手間が省けると思えば一斉に来るのも悪くない」
刀を抜き放ち、信乃にゆっくりと詰め寄っていくステイン。その姿だけで力の差を悟りながらも、他の人間に矛先を向けさせないために逃げることなく立ち向かう信乃。
そんな光景に洸汰は思わず逃げようとしていた足を止めてしまう。
重なったのだ。彼女の背中が。市民を守るために殉職した両親の背中と。
「マン…ダレイ」
今も彼女は後ろに居る者達を守るために必死に戦っている。
しかしながら、彼女は戦闘ではなく補助を得意としているヒーローだ。
10年に渡り、殺しの技術を磨いてきたステインに勝てるはずがない。
「志は高くとも力が無ければただの凡夫。ヒーローを名乗るには不十分…ハァ…期待外れだ」
「期待外れ…ねえ! そういうのは、勝ってから言ってくれるかしら!」
「ハァ…では、そうするとしよう」
自身の顔面に向けて放たれた鋭い蹴りに焦ることもなく、ステインは首を曲げるだけで攻撃を回避する。そして、伸び切って硬直した足にナイフを走らせ血を滴らせる。それ自体は大したダメージを与えるものではない。だが、ステインの前で血を流すことは死を意味する。
「恨むなら弱いままに英雄を名乗った過去の自分を恨め」
「体が動かな…ッ!?」
ステインが信乃の血を舐めたことで彼の“個性”『凝血』が発動し、信乃の体が崩れ落ちる。
彼の“個性”はB型・AB型・A型・O型の順で長く相手の動きを止めることが出来る。
最大のB型では8分、O型では2分だ。
「じゃあな」
ステインの基本戦法は“個性”で相手の自由を奪って止めを刺すことである。
そして、今回もその例に漏れることなく彼女の細い首に向け刀を振り下ろす。
「やめろてめえぇええッ!!」
しかし、彼女の前に1人の少年が飛び出してきたことでその刀は止められる。
「洸汰…ッ!?」
「ハァ…自らの体を盾にするか。まだ子どもだが、お前も…悪くない」
飛び出してきた少年は洸汰だ。
奥歯をガチガチと鳴らし恐怖に怯えながらも信乃を守る様に立ち続ける。
その姿に信乃は焦ったような声を出し、ステインは面白そうに目を細める。
「退け、俺は状況次第では子どもも殺すぞ?」
「どかない…ッ」
「ハァ…となると争いになるな。その場合は弱い方が死ぬわけだが…覚悟はあるか、子ども?」
これ以上邪魔をするようならばお前事叩き斬ると脅しをかけるステイン。
しかし、洸汰はそれでもなお動かない。
「洸汰! 馬鹿なことしてないで逃げなさい! 私はどうなってもいいから!!」
「逃げない!!」
「洸汰、なんで…!?」
今度は信乃が逃げろと言い聞かせるが、それでもやはり洸汰は動かない。
その並々ならぬ強情さに、信乃だけでなくステインも耳を傾ける。
洸汰の決して譲れない信念に。
「マンダレイを…家族を…! 見捨てて逃げられるわけがないだろッ!!」
洸汰はヒーローへの反発心から、信乃や他のワイプシの面々に心を中々開こうとはしない。
しかし、彼女達を家族と思っていないかと言われれば別だ。
お帰りと言ってくれる人がいる幸せを痛い程に理解している。
そんな彼が、家族が目の前で殺されようとしているのを見逃せるはずがない。
「俺の…俺の家族を、これ以上奪うなぁあああッ!!」
「洸汰……」
「……ハァ…家族か。俺は既に切り捨てたが、家族のために実際に命を張る奴は…良い」
洸汰の魂の叫びに、ステインは美しいものを見たかのように目じりを下げる。その仕草に信乃は、これなら洸汰は見逃してもらえるかもしれないと、僅かに希望を抱く。だが、奇跡はそう容易くは起きない。
「―――だからこそ惜しい」
ステインは刀の柄を強く握り直し殺意を新たにする。
「お前が年を取り、力をつけていれば…ハァ…俺に殺されずに済んだかもしれないな。だが、お前は弱きままに俺の前へ立った。逃げることも良しとしない。ハァ…ならば一刀のもとに斬り伏せる以外に道はないだろう?」
ゆっくりと刀を振り上げるステイン。
それを見て、己の死を確信するがそれでも洸汰は動かない。
否、もはや動くことなど出来なかった。
「ハァ…動くな。動かなければ2人まとめて痛みも感じさせずに殺してやれる」
「洸汰、いいから逃げなさい! あなたは親の分まで生きないとダメなのよ!!」
「それでも…それでも…ッ。家族を見捨てられない…ッ!」
何もできないことなど嫌なほどに分かっている。
だとしても、家族を見捨てて生きていくことだけはできない。
きっと、それをしてしまったら、体は生きていても心が死んでしまうだろうから。
「せめて安らかに逝け」
襲い来るであろう死を想像し、瞳から涙を溢れさせる洸汰を最後に一瞥するステイン。
そして、自らの迷いごと断ち切るかのように、
「―――遅くなってごめん」
だが、その刃が2人に届くことはなかった。
「ハァ…やはりお前か!」
「それはこっちのセリフだ。ヒーロー殺し」
クロスさせるように両手で持ったナイフによって防がれてしまったのだ。
「お前…なんでここに…」
「あなたが来るなんて……ううん、違うわ。あなたが来るって何となく信じてた」
「洸汰君、信乃ちゃん。色々と言いたいことがあるけど、取りあえず無事で安心したよ」
では、誰が刃を止めたのか。
「さて…ヒーロー殺し。今日この場をお前の狂った理想の墓場にしよう」
「ハァ…いいや、お前達の墓場だ」
答えるまでもない。ピンチに訪れる人間が誰かなど相場が決まっている。そう。
「ここが年貢の納め時だな―――悪党」
「出来ると思うか―――正義の味方?」
正義の味方だ。
ヴィラン殺しVSヒーロー殺しのほこたて対決、ファイ!
こんなこと言っといて何ですが少し更新休ませてもらいます。
まあ、休むと言っても短編か中編書いてリフレッシュするってことですが。
ギャグか恋愛ものでも書いて気分入れ替えてきます。
多分2,3週間したら復活しますのでそれまでお待ちを。