正義の味方に至る物語   作:トマトルテ
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エピローグ:正義の味方

 

「……本当に消えるのかい、アイリ?」

 

 外の世界がオールマイトの勝利で湧き上がっている中、固有結界の内部で切嗣は眠ってしまった壊理(えり)を抱きかかえながら、アイリスフィールと向かい合っていた。

 

「そうよ。世界の修正力はとてつもなく大きい。あなたに背負わせるわけにはいかないもの」

「待ってくれ! いくら君の力で固有結界を発動したと言っても使ったのは僕だ。負担を背負うのなら僕の方だろう!」

「確かにそうかもしれないわね。でも、私が負担を背負う理由はそれだけじゃないのよ」

 

 悲しげな表情を浮かべる切嗣と、穏やかな表情を浮かべるアイリスフィール。

 表情だけ見ればこれから世界から消える方が逆に見えることだろう。

 しかしながら、アイリスフィールには本当に未練が欠片もない。

 

「固有結界は世界にとっての異物。そして、私も本来はこの世界に居ないはずの異物(・・)

「つまり……負担を負おうが負わまいが、君も固有結界と一緒に修正されるっていうのかい?」

「ええ。切嗣を見守るためにズルしてついてきたけど、さっきので世界にバレちゃたみたい」

 

 今までは上手く行っていたのにね。そう笑いながら告げる彼女に切嗣は言葉を失う。アイリスフィールが自分を守ってくれているのは、いつからか気づいていた。だからこそ、彼女に頼り過ぎないように頑張ってきた。だが、しかし。彼女が本当の意味で世界から消えるなど思ってもいなかった。

 

「まあ、ズルするのはいけないものね。イリヤにも怒られちゃうわ」

「……ま、待ってくれ。異物というのなら、僕だって元はこの世界の人間じゃないだろう?」

 

 アイリスフィールが世界に消されるというのならば、自身も消されるはずだと告げる切嗣。

 しかし、そんな言葉にもアイリスフィールは、どこか嬉しそうに首を振るばかりである。

 

「確かにあなたはほんの少しだけ他の人と違うわ」

「だったら…」

「でも、あなたにはこの世界の人達との繋がりがあるでしょう?」

 

 繋がり。それは誰かと誰かが手を繋いでいるということである。

 

「私と違って切嗣にはこの世界での繋がりがある。だから、決して消えることはないのよ」

 

 繋いだ手は例え世界であっても離すことはできない。

 世界が切嗣を連れていこうとしても、繋がった人々が引き留めてくれる。

 だから、切嗣は異物として消えることがない。

 何より。

 

「それに、この世界で生まれ育ってきたあなたが異物になるのなら、みんな異物になっちゃうわ」

 

 衛宮切嗣がこの世界で送ってきた人生が偽物のはずがないのだから。

 彼もまた、この世界で生きるどこにでもいる普通の人間なのだ。

 

「だから、消えるのは私だけで良い。お願い切嗣。私にあなたの未来を守らせて」

「……君は…卑怯だ。そんな言われ方をしたら…僕は断れない…ッ」

「フフフ、だって私に感情というものを教えたのは卑怯な人ですもの」

 

 唇を噛みしめて俯く切嗣の頬を、アイリスフィールは優しく撫でる。

 愛とは相手の幸福を、救済を、未来を祈るものだといつか彼は彼女に教えた。

 そして、その教えの通りに彼女は彼の未来を誰よりも強く祈っている。

 

 つまり、彼女の申し出を断るということは彼女の愛を否定するということ。

 それだけは出来なかった。衛宮切嗣という男が、確かに彼女という女性を愛しているが故に。

 

「切嗣……あなたは本当に強くなったわ。私が見守る必要なんてないぐらいに」

「強くなってなんかいないさ。だって……僕は君を救えないんだよ?」

 

 今にも泣きそうな顔で救えないことを()びる切嗣。

 だというのに、アイリスフィールの方は心底おかしなものを見たとばかりに笑う。

 その場違いな笑い声に、切嗣の方も涙を引っ込めてマジマジと彼女の顔を見る。

 

「おかしなことを言うわね、切嗣は」

「おかしいって…本当のことだろう。僕は人を救うと言って正義の味方を目指したのに、結局、目の前に居る君を救うことができない!」

 

 苦虫を嚙み潰したような顔で声を荒げる切嗣だったが、アイリスフィールの方はそれを見ても未だにおかしそうに微笑んでいる。それもそうだろう。何せ、女からしたら、切嗣は大前提から間違っているのだから。

 

「何を言ってるの? 私は―――疾うの昔にあなたに救われているわ」

 

 あなたと出会ったその日からずっと。

 そう言って、アイリスフィールは柔らかな微笑みを切嗣へと向けてみせる。

 

「僕が……君を?」

「あなたは私に生きる意味をくれた。愛を教えてくれた。私の全てはあなたにもらったもの。人形のまま終わるはずだった私の生涯を、人間へと変えてくれたのは紛れもなく、衛宮切嗣その人よ」

 

 アイリスフィールの魂はまさに新雪のように白かった。

 しかし、そこに切嗣が色を付けた。

 何一つ描かれずに終わるはずだった白紙のキャンバスには、彼女の幸福が描かれている。

 これを救いと言わないのなら、何を救いと言うのだろうかと彼女は思う。

 

「ありがとう、切嗣。あなたと出会えて本当に良かった」

 

 だからこそ、アイリスフィールは満面の笑みで感謝の言葉を口にする。

 そして、その言葉がきっかけとなったように世界が修正の波に飲み込まれていく。

 もう時間はない。それを理解した切嗣は喉元からせり上がる嗚咽を飲み込んで、笑顔を作る。

 

「それは…僕のセリフだよ。こんな臆病で弱虫な僕を愛してくれて……本当にありがとう」

「フフ、弱気な所はまだ治らないのね。じゃあ、私が最後におまじないをかけてあげる」

 

 崩れていく世界。消失間際のアイリスフィール。

 自分の頬に手を伸ばすその姿が霞んで見えるのは、瞳に溢れる涙のせいだけではないだろう。

 それでも切嗣は、彼女の最後の言葉を決して聞き逃さないように耳を澄ませる。

 

 

「大丈夫。あなたは奇跡()が居なくても―――強く生きていけるわ」

 

 

 祝福のエールと共に、柔らかな口づけが1つ落とされる。

 それが最後だった。

 

 世界が壊れる。内と外が正常に戻り、固有結界が解かれる。

 切嗣が無意識に空を見上げると、既にそこは星一つない晴天の青空だった。

 

「………アイリ」

 

 ポツリと彼女の名前を呼んでみるが応えてくれる声はない。

 最後まで残っていた雪も切嗣の頬に当たり融けて消えてしまう。

 だが、しかし。彼女が彼に残していったものが消えたわけではない。

 彼女の愛はこれからも、彼と共に生き続けていくだろう。

 

「ありがとう、アイリ……君と出会えたことこそが、僕にとって本当の―――奇跡だった」

 

 止めどなく零れる涙を(ぬぐ)おうともせず、切嗣は感謝の言葉を告げる。

 

 もうどこにもいない。それでも、確かに自分を愛してくれた彼女に届くように。

 

 

 

 

 

 ある家のリビングのテレビからニュースが流れている。

 

【続いてのニュースです。またしてもお手柄です】

 

 テレビの中のアナウンサーがにこやかな笑みを浮かべながら進めていく。

 どうやら、今からは最近活躍が目覚ましいニューヒーローの話題らしい。

 

【本日未明に起きた炎上型(ヴィラン)による火災事件ですが、発生後すぐに現れたヒーローデク(・・)(ヴィラン)の捕縛、救助ともにあっという間に終了させ、終わってみれば負傷者はゼロという結果になりました】

 

 画面には火災現場から子どもを抱えて現れる出久の姿が映っている。

 その顔は助けられた者を安心させるように、誰よりも明るい笑顔が輝いている。

 

【いやぁ、宮城さん。ヒーローデクは高校卒業以来目覚ましい活躍を見せていますね】

【ええ、(ちまた)では3年前に引退をしたオールマイトの再来と騒がれるほどですからね】

 

 アナウンサーがコメンテーターである宮城(みやぎ)大角(だいかく)に話しを振ると、宮城の方も四角い眼鏡の下で瞳を細めながら出久の活躍に満足気に頷く。

 

【オールマイトの引退以来、世間では平和の象徴が失われた動揺が広がっていましたが、デクの登場でそれも収まって来ていますね】

【こちらにデータがあるんですが、オールマイトの引退後には犯罪数が増えている傾向にあったのが、ヒーローデクの登場以来、まさに右肩下がりの勢いで犯罪が減ってきています】

 

 宮城の発言に対して、アナウンサーの方は予め用意しておいたボードを取り出して見せる。

 そこには出久の登場以来、激減していっている犯罪件数がグラフになっていた。

 

【まさに新たなる平和の象徴の誕生も間近と言ったところでしょうか、宮城さん?】

【このまま彼が活躍し続ければあるいは…という所ですが、可能性が無いわけではないでしょう】

【はい、これからの活躍にも期待したいものですね】

 

 テレビの前に居る視聴者を楽しませるように、少し大げさに語っていくアナウンサー。

 しかし、宮城の方は浮かれたような表情は見せていない。

 それはある理由があるからだ。

 

【ただ、私達には気をつけなければならないことがあります】

【と、言いますと?】

【オールマイトの引退以来上がってしまった犯罪率。これは平和の象徴である彼1人に依存を続けてしまった弊害です】

 

 難しい顔をしながら宮城は語っていく。オールマイトが引退した後は平穏無事という訳にもいかずに、世界は悪の脅威に晒されることが増えた。それはAFOが消える前に言っていた通りに、悪を愛する者の種は決して消えないということの証明だった。

 

【現在も犯罪率が下がって来ているとはいえ、死柄木(しがらき)(とむら)率いる(ヴィラン)連合のような巨大な悪の組織もあります。今の平和を崩そうと考え、なおかつその力がある者達がいる以上は決して気を抜いてはいけません】

 

 そこまで言って、宮城は水を口に含んで唇を湿らせる。

 

【もし、私達がデクに対してオールマイトのように頼りっきりになることがあれば、それは悪につけ入る隙を与えるようなもの。ですので、1人の英雄に依存するのではなく、1人1人がチームとして平和を維持するための努力を続ける必要があるのです】

【なるほど……確かにオールマイトの引退時は『オールマイトロス』と呼ばれる程の不安や動揺が社会全体に広まっていましたからね。しかし、チームですか】

 

 アナウンサーが興味深そうに頷きながら、視聴者に分かり易いような例を求める。

 

【分かり易い例としては、インゲニウムが行っているような複数人の“個性”を適材適所に当てはめて、最大限に活用していくチームのような意識が必要ですね。私達1人1人では役に立たずとも、力を合わせればできることもある。それを覚えておいて欲しいのです】

 

 1人の英雄に寄りかかる時代は終わった。

 これからは今を生きる全ての人々が、力を合わせて平和を維持していく必要があるのだ。

 

【そういう点ではデク以外にも出てきている『爆殺王』や『ショート』、『ウラビティ』などのヒーロー達にも期待したいところですね】

【ええ、全ての人々が平和を守るために努力をしていきましょう】

【さて、ここからは政治の時間です。今月の25日に行われるアメリカ大統領の訪日ですが―――】

 

「切嗣ーッ! 何のんびりニュースなんて見てるの! 早く出ないと遅れるわよ!」

「ああ…ごめんね、信乃」

 

 慌ただしく玄関へと駆けていく信乃に怒鳴られて、切嗣はシュンとしながらテレビを消す。

 別に恐妻家というわけではないが、今回は事情が事情であるために信乃は怒っているのだ。

 

「まったく、あなたが早く起きないからバタバタするはめになったじゃない」

「だから、僕は昨日は徹夜するって言っただろう?」

「寝坊しないために徹夜するって、常識的に考えておかしいことに気づきなさいよ!」

 

 今日は大事な日なのに切嗣が寝坊をしてしまったために、慌てて準備をしないといけなくなっているのだ。もちろん、切嗣の方も今日が大切な日だとは十二分に理解しているので徹夜して備えようとしたが、4時を過ぎたあたりで信乃に気づかれて無理矢理眠らされた。その結果が寝坊なのだから、どっちの方が良かったのかは分かったものではない。

 

「もう若くないんだから、無理ばっかりしているとすぐにガタが来るわよ」

「心配してくれてありがとうね、信乃」

「奥さんなんだから当然のことよ。それより、早く車を出して」

 

 切嗣が自分のことを心配してくれたことに礼を言うと、信乃は何でもない風に告げる。

 だが、その首筋には僅かばかりの赤みが走っていることを切嗣は見抜いていた。

 と言っても、ここでそれを指摘すると、このまま照れ隠し染みた夫婦喧嘩に突入しかねないので黙っておくことにする。

 

「学校までの道は分かってる?」

「昨日のうちにナビに登録しておいたよ。もちろん、自分でも覚えてる」

「なら、授業が始まるまでには間に合いそうね」

 

 車のカギを開けながら2人で確認を行う。

 そもそも、何故2人が急いでいるのかと言えば。

 

洸汰(こうた)壊理(えり)が授業参観に遅れたら大変よ」

洸汰(こうた)は何も言わずに不機嫌になって、壊理(えり)は泣くだろうね」

「それが分かってるなら早く行きましょう」

 

 今日は2人の子ども達の授業参観日の日なのだ。

 切嗣と信乃は結婚を機に洸汰(こうた)を正式に引き取った。

 さらに、壊理(えり)も引き取り手がなかったために、切嗣がそのまま娘にしたのである。

 誰一人として血の繋がりの無い家族ではあるが、その心の繋がりはどんな家族にも負けない。

 

「……ああ、ちょっと待って。忘れものだ」

「なに? 忘れものなら早く取ってきて――」

 

 そんなことを証明するように、切嗣はこちらを向いた信乃に不意打ち気味にキスを送る。

 

「行ってきますのキスを忘れてたよ」

「……バカ」

 

 不測の事態に反論することも出来ずに、頬を染めてバカと零す信乃。

 その顔は、先程まで怒っていたのが嘘のように綻んでいたのだった。

 

 

 

 

 

「私は洸汰(こうた)の方の参観に行ってくるから、あなたは壊理(えり)の方をお願い!」

「わかった!」

 

 学校に着いた頃には、開始まで後少しだったのですぐに分かれて行動を始める2人。

 切嗣にいたっては“個性”を使用して駆け出そうかと考えている程である。

 無論、廊下を走ることは教育上良くないので、彼にしては非常に珍しいことに自重しているが。

 

「……ふぅ、なんとか間に合ったな」

 

 そうして、競歩染みた早歩きを見せた切嗣は無事に壊理(えり)のクラスに到着する。

 同じように授業参観に来た親御さんに軽く会釈をしながら教室に入ると、丁度子ども達が始業の挨拶をしている所であった。

 

 因みに、今日の授業内容は家族についての作文の発表という参観日向けに作られた題材である。

 

(さて、今日のために信乃に内緒で買った最新のデジカメが、ついに火を噴く時が来たようだな)

 

 妻には内緒で揃えているデジカメコレクションの内、最も性能が良いものを構えて切嗣は笑う。

 後で写真を見せる時にバレて叱られる運命に気づくこともなく。

 

「それでは次は衛宮壊理(えり)さん、発表をお願いします」

「は、はい…!」

 

 出席番号順に発表していくために、早い段階で順番が回って来た壊理(えり)が緊張した面持ちで黒板の前に立つ。そして、既に10回はシャッターを切っている切嗣を見つけて、恥ずかしさと嬉しさからはにかんだ様子を見せる。同時に切嗣のシャッターを押す速度が倍速となる。彼の名誉のために言っておくが、別に“個性”は使ってはいない。これは愛の力である。

 

「……『私の家族』。私には3人の家族が居ます。お母さん、お兄ちゃん、お父さんの3人です」

 

 緊張で声を震わせながらも、しっかりと原稿を読み上げていく壊理(えり)

 因みに家族の順番は家庭内のヒエラルキー順である。

 父親とは家に居ない時間が多いために、総じてヒエラルキーが下がりやすいものなのだ。

 

「お母さんは優しくてお料理も上手で、すごくきれいな自慢のお母さんです。でも、お父さんに怒る時はちょっと怖いです」

 

 切嗣、うんうんと首を縦に振る。

 後でバレたらどうなるかなどは考えないのだろうか。

 

「お兄ちゃんは普段はあまり話さないけど、私が困っていたらいつも一番に助けてくれる優しい人です。私もお兄ちゃんみたいに誰かを助けられる人になりたいです」

 

 洸汰(こうた)はぶっきらぼうな所があるが、その実非常に面倒見の良い子に育った。

 所謂(いわゆる)ツンデレ系なので、将来はかなりモテるタイプになるかもしれない。

 衛宮家の遺伝である女難の相が発動しないことを祈るばかりである。

 

「お父さんは家に居る時は、すごくグータラでいつもお母さんとお兄ちゃんに呆れられています。私も休みの日は中々起きないお父さんをよく起こしてあげています」

 

 切嗣の精神に想像を絶するダメージが入る。

 ここが公の場でなければ、まず間違いなく膝と手を地面についていたことだろう。

 

「でも、私は知っています。お仕事をしている時のお父さんは、すごくカッコいい――」

 

 しかし、壊理(えり)はそんな切嗣をフォローするように続ける。

 自分と初めて会った時に父が見せた姿を思い出しながら。

 

 

 

「―――正義の味方だって」

 

 

 

 

 ~正義の味方に至る物語FIN~

 





後書きはここに書くのもあれなんで活動報告に書きます。
一先ず、ここまでお付き合いしていただき皆様、本当にありがとうございました!
感想・評価貰えると嬉しいです!

それと、オリジナル長編
『猫耳幼女信仰を広めるために今日も剣を振るう』
を書き始めたので作者ページから飛んでそちらも読んでくださると幸せです(ダイマ)



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