リヴェリアに弟がいるのは間違いない事実だ   作:神木 いすず

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今回はハシャーナを殺害した人物と行動を共にしていた少女の名前が明らかに。


20話 至天と少女

 レフィーヤは視線の先の光景をしばし呆然と眺めていた。灯された魔石灯の光や水晶の煌めきに彩られる美しい夜の街並みがモンスターの群れに破壊されていく。

 探さずとも目につく長大な体躯を誇る食人花のモンスターは、最早数えるのが億劫なほど至るところにのさばっていた。

 突破するまでも無く街壁を蛇の如く這って越え、断崖からも滝を登る魚のように続々とよじ登ってくる。あまりにも数が多過ぎて街の光景の半分を黄緑色が占めているのではないかと錯覚するほどだ。

 天幕や木の小屋を無造作に吹き飛ばす、宙を高速で泳ぐ無数の触手があらゆるものに蹂躙を働く。

 途切れることの無い阿鼻叫喚の悲鳴にレフィーヤの紺碧色の瞳が震えた。

 

「街が、モンスターに攻め込まれてる」

「これは⋯妙ですね。動きがモンスターの()()では無い」

「ルーク、早く街に戻った方が良いでしょう」

 

 その言葉を受けてリヴェルーク、リュー、アイズ、レフィーヤ、ルルネの五人は街へと急行する為に足を踏み出そうとしたのだが、とある一人が動きを止めたので他の四人も釣られて立ち止まった。

 

「ルーク⋯?どうかしましたか?」

「──リュー達は先に行ってください。俺は少しやることが出来ました」

 

 いつに無く真剣で余裕の無い表情を見せるリヴェルークに、ルルネを除いた三人が嫌な予感を覚える。

 リヴェルークと付き合いが全く無いルルネでさえ『あのリヴェルーク・リヨス・アールヴがこんな表情を浮かべるのか』と驚いている。

 

「⋯分かりました。また後ほど会いましょう」

「⋯気をつけてね」

「ええ、勿論です。直ぐに追いつきますよ」

 

 リヴェルークの言葉を聞いた四人はすぐさま街へと向かった。そんな四人の背中をしばし眺めていたリヴェルークだったが、ややあって少し離れた場所にある組み立て式カーゴの裏に隠れている人物に声をかける。

 

「そこに居るのは分かっています。()()()()()二人きりになってあげましたよ?」

「──ふふっ。流石は私の弟子ね」

 

 アイズ達と合流してから僅かにだが感じていた殺気の持ち主。透き通った可憐な声をしている。容姿は未だ幼い少女といったところだが、その身から放たれている殺気は明らかに少女が出せる物では無い。

 いや、それらはまだ受け止められる。それよりも問題なのは──。

 

「弟子、ですか?貴女に師事した覚えはありませんが」

「⋯そう。なら思い出させてあげるわ」

 

 そう言うと少女は一瞬で俺との距離を埋めてきた。振るわれた剣を紙一重で躱して距離を取る。──少し焦った。かなりの速さだな。今の動きを鑑みるにステイタス的には恐らくリューやアイズより()であることは間違い無い。

 低く見積もってもLv.()6()。もしくはそれを超えている少女。付け加えるならアイズやリューにさえ気配を気取られることがなかったほどの隠密っぷり。そんな存在など俺は知らないし、ましてや俺の師匠を騙るとは。

 

「一体、貴女は何者ですか?」

「ふふっ、聞いて()()。私の名はミーシャだよ」

「──はあっ⁉︎」

 

 素っ頓狂な叫び声を出したかと思えば、次の瞬間にはリヴェルークの動きどころか思考すら完全に停止した。

 そんな隙をこの少女が見逃す筈が無い。普段のリヴェルークならば絶対に晒すことの無い致命的な失態だった。

 

「やばっ⁉︎」

「隙だらけだよ、私の可愛いリヴェルーク?」

「──ガッ⁉︎」

 

 微笑みながら殺気を飛ばしてくる少女は俺の耳の傍らでそう呟くと鳩尾辺りに拳を叩き込んでくる。

 瞬時に後ろに飛んだは良いものの、それでも威力を殺し切れずに俺の身体は宙を舞うのであった。

 

 

 

 

「ルーク様、急にどうしたんでしょうか?」

「⋯分からない」

「ルークにしか分からない何かがあるのでしょう。私達は彼を信じて待つだけだ」

 

 四人は街を目指して走りながら、先ほどのリヴェルークの様子について話し合っていた。

 彼に送り出された四人は何故あの場に彼だけが留まったのか未だ理解出来ていない為、疑問だけが解消されぬまま残っている。

 しかしこの場合は理解出来ない四人を責めるのではなく、彼女達に気取られなかったミーシャの方を褒めるべきだろう。

 

「今は街に一刻も早くたどり着くことが先決ですね」

「⋯うん、そうだね」

「街には団長達がいるとはいえ、モンスターの数が多いですから──」

『オオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 ──ね。とレフィーヤが言おうとしたタイミングで破鐘の叫び声を轟かせながら一体の食人花のモンスターが眼前に飛び出してきた。

 土砂流のように激しい勢いで岩の斜面を削りながら現れる。進行方向を完全に遮る長駆に四人が四人とも驚愕した後、すぐさまアイズとリューが己の武器を手に取りモンスターへと斬りかかる。

 レフィーヤとルルネは状況の急激な変化に対応出来ず立ち尽くしていたのだが、身を襲う振動を感じ取りはっと正気に戻る。

 

「全方向からモンスターがっ⁉︎」

「う、嘘だろ⁉︎囲まれちまう!」

 

 アイズ達の現在地である街の片隅、その近辺にそびえる外壁や地面から次々と食人花のモンスターが出現し、四人のいる元へと押し寄せてきた。

 このままでは圧殺されてしまうと即座に判断したアイズとリューは、それぞれが脇にレフィーヤとルルネを一人ずつ抱えてその場を離脱する。

 周辺に無造作に積み重ねられたカーゴや生い茂る木々を使った曲芸じみた脱出劇にモンスターは一瞬だけ動きを止めたが、次の瞬間には何事も無かったかのように後を追ってきた。

 

「三人は先に街へ向かって下さい。ここは私一人で充分だ」

「なっ⁉︎いくらリューさんでもそれは⋯」

「⋯任せる、ね」

「そんな、アイズさん⁉︎」

 

 まだレフィーヤが何かを言っていたが、その辺りはきっとアイズがなんとかしてくれるだろうとかなり他人任せな思考をしつつ、リューは追撃してきたモンスターの群れに突っ込む。

 自身の敏捷を高さを活かしたヒットアンドウェイで複数に囲まれながらも常に一対一の構図を作り出す。

 かつてリヴェルークに教わった一対多における合理的な戦い方。リューの技量や敏捷あってこその戦闘法ではあるが現に今彼女は傷一つ負うこと無くモンスターの数を減らしている。

 更に彼女は並行詠唱を行い、この高速戦闘中にも関わらず魔法も用いることで殲滅速度を上げている。

 

「⋯ね?心配、いらないよ」

「す、凄いですっ!」

「ロキ・ファミリアはやっぱりヤバイな〜」

 

 リューが無事か確認する為に少しだけ足を止めていたレフィーヤだったが、リューの凄まじい戦いっぷりを見て介入不可能だと認識してしまった。

 自身の無力さをここでも痛感した彼女だったが、愛しのアイズに話しかけられたことで我に帰り、少し声を裏返しながらも何とか返事をする。

 この場に残っていても足手纏いになるだけであり、居ても無意味なら街を目指すべきだと認識したレフィーヤはアイズやルルネに続いて再び街を目指して走り出す。

 道中にて出現したモンスターはアイズがその都度倒しながら進む。なるべくモンスターと鉢合わせしないように迂回する進路を取ったこともあり、出会ったモンスターはそこまで多くなく負担にもなっていない。

 

「も、もう少しで街に着きます!」

「よぉし!モンスターも見たところ居ないし、後は走り抜けるだけだな!」

 

 街が目前まで迫ってきたこともあり、すっかり気の抜けた様子のルルネ。そんな彼女に対してレフィーヤは呆れた視線を送るが、ふと何かを思い出したかのようにアイズの方へと顔を向ける。

 ──アイズさん!と口を開こうとしたのだが、自分達の進路を塞ぐようにアイズが横に手を伸ばしたことでそれは叶わなかった。

 

「ア、アイズさん?どうしましたか?」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 そんなレフィーヤの疑問に答えることも無く、アイズはジッと前方を眺めている。

 レフィーヤとルルネもつられてそちらを向けば、いつの間にか自分達の前に見知らぬ男性の冒険者が立っていることにようやく気が付いた。

 ──手足の先から胸元まで厚い黒鎧に包まれた男性冒険者。首にはボロ布のような襟巻きをし、頭には兜を被っている。浅黒の肌の顔半分には包帯が巻かれており、露わになっている左目でアイズ達を無感動に見つめていた。

 見るからに怪しい男性に対してレフィーヤが細い眉を曲げ訝しげな表情を隠せないでいると、その男は無言でこちらに直進して来た。

 

「ア、アイズさん!どうしましょうか⁉︎」

「⋯少し後ろに下がってて」

 

 男の不気味な雰囲気に──あたかも這い寄ってくる黒い巨獣を思わせるような威圧感に──気圧され、レフィーヤの杖を持つ手が汗ばむ。

 隣のルルネは獣人の本能なのか頭の耳と尻尾をぶるぶると震わせており、色を失った顔で歯を鳴らしている。

 そんな状態でも二人は極力アイズの邪魔にならないように五歩ほど後ろに下がる。今の自分達ではアイズの足手纏いになると分かっているからこそ、震える身体に鞭打って何とか距離を空けるしか出来ることが無いのだ。

 

「⋯私達に、何か用ですか?」

「お前達には無い。お前達が持っている宝玉に用がある」

「──お、女の人っ⁉︎」

「⋯貴女が、ハシャーナさんを殺したの?」

「だったらどうした──っ!」

 

 相手の返答が終わる前にアイズの姿がかき消えた。レフィーヤやルルネには目視することさえ不可能な速度による肉薄。

 男の姿をした女の犯人を捕らえる為に振るわれた剣は、しかしながらあっさりと躱されてしまう。

 当然アイズも躱されて終わりでは無い。一度でダメなら二度。二度でダメなら三度。途切れることの無い剣閃の嵐。

 それもただ振り回すかのように剣を振っている訳ではなく、敢えて緩急をつけることで敵のリズム感を崩していく。初めのうちは全て避けていた殺人鬼もこれには堪らず距離を取ろうとするが──そこまで含めて全てがアイズの計算通りである。

 

「──ッ⁉︎」

「⋯ようやく、当たった」

 

 Lv.5のアイズがここまで緻密に事を運んでようやく頰に一掠り。それだけでも衝撃的なのだが、三人の目にはそれよりもインパクトのある悍ましいものが映ってしまった。

 アイズが切り裂いた頰。本来ならば血が流れるべき負傷場所からは何も流れていない。それどころか裂けた皮膚の下に()()皮膚が見えているのだ。

 そんなアイズ達の驚きが伝わったのだろう。殺人鬼は薄ら寒いほどの無表情さを崩すこと無く淡々とネタバラシを始めた。

 

「死体から顔の皮を引き剥がして、被っているだけだ」

「なっ──⁉︎」

毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の体液に浸せば人の皮の腐敗は防げる。知らなかったか?」

「⋯つまりその顔は、ハシャーナさんの?」

「そんなの知りたくもありませんよっ!」

 

 抑揚の無い口調で告げられる彼女の言葉に、寒気が背筋へ走り抜ける。つまり、目の前の人物は奪ったのだ。首を折って殺害したハシャーナから顔の皮を残酷にも剥ぎ取って。

 あのハシャーナ(亡骸)の顔の惨状は単に癇癪で踏み潰されていた訳では無く。肉の皮を引き剥がしたことを悟らせまいとする隠蔽の為の手段だったのだ。

 アイズは注意深く頰の切り傷を再度確認する。切れた皮膚の下に更に皮膚があるのも、血が流れていないのも、上の部分がハリボテであると知った後なら得心がいく。

 

「ネタバラシはこの辺で終わりだ。いい加減、宝玉(たね)を渡してもらう」

 

 そう告げると、殺人鬼の女の方が腰に佩いている長剣を抜き放ってアイズに襲いかかってきた。

 先ほどのアイズの奇襲を彷彿とさせる速度。今度はアイズが剣閃の嵐に見舞われることになった。

 何とか敵の一撃を愛剣《デスペレート》で受け止めたのだが──恐ろしいまでの膂力はアイズの腕を容易く痺れさせる。

 

「──【目覚めよ(テンペスト)】ッ!」

 

 ステイタス面、特に膂力において劣勢に立たされたアイズは堪らず魔法を行使する。紡がれた呪文が気流を呼んだ。

 ──やるしかない。依然として続行される敵の激しい攻め立てに、アイズは最早躊躇を捨てるしかなかった。ここで決断しなければレフィーヤ達も危ない。対人戦では強力過ぎて使うまいとしていた己の魔法、その行使にようやく踏み切ったのである。爆発的に高まった速度をもって敵の攻勢を押し返した。

 

「なっ⁉︎」

 

 女の目が驚倒する様子を視界に収めつつ、長剣を撃墜しそこから一挙、大風が宿った斬撃を逆袈裟に放つ。女は咄嗟に防御するも、身体は耐え切れずに凄まじい勢いで後方へ飛ばされた。

 巻き起こる風の咆哮。斬撃の余波、その風圧によって肉の仮面(マスク)だけでなく身に付けていた兜や鎧さえも裂けて飛ぶ。

 石畳を削りながら大きく後退した女がややあって起き上がる。露わになるのは血のように赤い鮮やかな髪と白い肌。貴石の如き緑色の瞳。インナーに包まれた豊満な胸。白い首筋やしなやかな肢体。男達が虜にされてしまうのも頷けるほどの身体つきだ。

 陶磁器のような美しい美貌の持ち主は、その切れ長な瞳を愕然と見開いていた。

 

「今の風⋯そうか、お前が()()()か」

 

 その呟かれた名前に──アイズは金の双眸を大きく見張る。胸を揺らす鼓動が早まる。声を発せぬほどの衝撃が全身を襲い、『何故』という言葉が頭の中を埋め尽くす。

 両者が共に驚愕を浮かべ、奇妙な沈黙がしばらく続くかに思えたが──。

 

『──ァァァアアアアアアアアアッ!』

 

 地面に置いていた宝玉が──雌の胎児が叫喚を上げる。宝玉の中でもがくように体を動かし、遂に緑色の膜を突き破る。

 そのまま自分の総身の何倍以上もの距離を飛礫(つぶて)のように飛んだ。全身から液体を滴らせながら胎児は宙を飛び、水晶の壁に埋まる食人花のモンスターへ接触、寄生した。

 アイズ達と赤髪の女の間に瀕死の状態で横たわっていた食人花が絶叫を上げる。

 長駆の一部に張り付いた胎児はあたかも刻印するかのようにモンスターの体皮と同化していく。更に血管が浮き出るかのように赤い脈状の線が長駆を走り抜けていき、それと連動するようにモンスターの体全体が膨れ上がっていく。

 ──変容に次ぐ変容。常軌を逸した成長、進化とはこのことだ。あの宝玉は強制的に別の存在へモンスターを至らせる禁断の果実であったのか。まるで蛹から羽化する蝶のように、人の体らしき輪郭がメリメリと体皮の下で起き上がろうとしていた。

 

「ええい、全て台無しだ⋯」

 

 のたうち回るモンスターは未だ変容の途中。無作為に暴れ狂う巨体は、向こうにその気が無くとも予測不能な攻撃になる。

 そんな場面を見た赤髪の女は盛大な舌打ちを放つとその場を離脱していく。

 ここに留まっていたらレフィーヤやルルネが危ないと判断したアイズも、二人の身体を抱え込んで脱出を図る。リューがいない為にアイズの負担は倍になるが移動速度が落ちるだけなので脱出するだけなら特に問題は無い。

 ──水晶広場を目指して進路を転じたアイズ達が後方を顧みる先では、羽化を遂げたかのようにモンスターの体皮を破った女体の姿を捉えるのであった。




次回はリヴェルーク、リュー、ミーシャの三人が話の中心になります。
リヴェルークが負けることなど万が一でもあり得なさそうですが、果たしてどうなることやら。
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