「行け、マスター。......奴が追ってくる、ここは私が引き受けよう」
新たな特異点、新宿に根を降ろしたバレットタワー。
そのメインホールで赤い弓兵、エミヤは佇む。己の罪を、業を、過去を、そして
「何の冗談だ?まだ貴様の霊基も頭も腐ってはいないだろう、まさか本気でオレを足止めできると思ってはいないだろうな」
「そう思わせてしまったのなら謝ろう。私はここでお前を殺すつもりだ」
交わされる
「笑えるな。何故オレを殺そうとする?オレは貴様の成れの果て。いくらこのオレを殺そうとも運命は変えられん。いずれ貴様も外道に堕ちる」
「結末を変えたくて戦うわけではない。そんなことでタイムパラドックスを引き起こせるものならとっくにやっているさ」
「ほう、ならば何故戦う。新宿に生きる人間を救うためか?世界を守護するためか?それとも
「そんな
「生憎、味覚はとうの昔に飛んでいてね。
殺気と殺気がぶつかりあう。視線と視線が牽制しあう。
「ぬんっ!!!」「はあっ!!!」
その殺し合いは酷く一方的なモノであった。
「この程度でよく守護者をやっていられたものだ。我ながら感心する」
地に膝付くは赤のエミヤ。呼吸は乱れ、身体は血に染まる。それでも彼は剣を置くことはしない。再び双剣を構築、錬成してオルタに斬りかかる。
「くっ、またか――!!」
弾ける金属音と共にエミヤの脳裏に経験したことのないイメージがフラッシュバックされる。それはあまりにも惨たらしい、過去にも味わったことのない地獄であった。―――巨大な悪を孕む魔性の女。それを信仰する何の罪もない善良な一般市民。そして彼ら一般人を無慈悲にも殺し尽くす己の姿。
少年の叫びが聞こえる―まだ死にたくない。
女性の悲鳴が聞こえる―この子だけは殺さないで。
老人の怨念が聞こえる―なぜ殺されなければならない。
剣が心臓を抉る。矢が額を突き刺す。銃弾が命を奪う。いくつもの罪なき命を、願いを、想いを摘み取ってきた。その全ては深すぎる闇を払うため、人類をただ守護するためだけ。血まみれになった全身を一瞥もすることなく、ついに開け放った最後の扉。自分が次に見たのは、ビルの屋上から身を放り投げた魔性の女。――その女は酷く恍惚と笑みを浮かべていた。
「これが貴様のいずれ辿るオレの道だ」
タワーの壁に大きく叩きつけられ、がくりとうなだれるエミヤにオルタが告げる。もはや勝負は決まっていた。エミヤの剣は彼より長い経験で受け止められ、エミヤの弓は彼より早い銃撃で潰された。
「人類悪を抹消するために自分の信念を曲げてでも必ず殺すことを決意したにも関わらず、女に報いを受けさせることはできなかった。残されたのは『無辜の民を殺した』男。これが外道に堕ちずして何になるというのだ。そのような化け物になってしまうくらいならここで殺した方が幸せだろう」
銃口をエミヤに向けて、ぽつりと彼はその魔術の名を呼ぶ。
「
オルタの魔力が高密度に練られた弾丸が射出される。狙うは脳天、ただ一点。対するエミヤは震える腕を伸ばして全身に魔力を巡らせる。展開するは彼の持つ最硬の盾。
「――
「無駄だ」
弾丸が眩い輝きを放つ七枚の花弁に触れる直前、無数の剣に分裂する。オルタの放つ剣製は彼が過去に見た「剣」の概念すべてを蓄積した弾丸。それに込められた極小の固有結界から現れる剣はすさまじい威力を以て破裂してエミヤの盾を砕き、相殺し切れなかった数本の剣が彼の肩や足に深々と突き刺さる。
「即死とまではいかんが、まあいい。いずれその霊基もこの特異点から消滅するだろう」
背を向け遠ざかっていく未来の己を前に、彼の意識は闇へと沈んでいった―――
地獄を見た―涙を流す男の笑顔
地獄を見た―志を決めた夜の誓い
地獄を見た―あの人と初めてあった日
そして―――地獄を見た。先が地獄だと知っていてもなお、歩みを止めない少年を見た。
『その人生が機械的なモノだったとしても』
『その人生が偽善に満ちたモノであっても』
己が抱える矛盾を、未来を、絶望を知ってなお、正義の味方を張り続ける少年を見た。
『おい、
「......体は、
「しつこいぞっ!!」
虫の息ほどしかなかった魔力が何倍にも膨れ上がったのをオルタは背で感じて振り向きざま、とっさに銃弾をエミヤに撃つ。
「体は、剣で出来ている」
まっすぐに一直線に額に向かう銃弾はエミヤの双剣に叩き落された。
「貴様ぁ!!なぜまだ立ち上がれる!?」
憎悪に燃えるオルタから零れるうめき声。
それは焦りから来るものだった。膨れ上がる魔力は大気を揺らし、エミヤの皮膚には黄色の魔術回路が色濃く浮き出る。
「――そうだな」
エミヤの喉と唇が震える。彼の魂から溢れる言の葉は脳のフィルターを通すことなく、極めて無意識的に体外へと生を得た。
「とある愚か者の言葉を借りるとするなら」
剣を構える。見据えるは己。戦う理由は未だに分からず。
そうであっても一つだけ、たった一つだけ胸を張って言えることは。
「誰かに負けるのはいい、
でも自分にだけは負けられないから、だろうな」