FGO<Fate/Grand ONLINE>   作:乃伊

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「おおアスクレピオスよ、人間こそは偉大な奇跡である」
  ──ピーコ・デッラ・ミランドラ『人間の尊厳についての演説』(佐藤三夫訳)


ご注意:今回、主人公が『ブレイブリーデフォルト(3DS)』の演出と『テイルズオブジアビス』の設定についてネタバレを口走ります。プレイ予定の方はご注意ください。


2-0(後)

>>> [2/3] 人間だけが神にも獣にも変わりうる

 

 なあクー・フーリン。多様性って知ってるか?

 昨夜バーで聞いた話がちょっと面白かったので、魔女様の目覚めを待つ時間にそんな話題を振ってみた。

 

「人間の多様性ねぇ……。ここ(カルデア)の連中がそう言ってたのか? カルデアを名乗る連中は昔から変わらねぇな」

 

 ん? 期待した反応と違う答えが返ってきたな。クー・フーリン含めケルト戦士なんてのは、それこそ「強き者だけが生き残る!」みたいな多様性の対極に位置する存在だと思っていたんだが。

 

「それも間違いではねェが。何度も言うように、今のオレはクー・フーリンでありドルイドでもあるからな。……"Enosh hu shinnujim vekammah tebhaoth haj"。古いカルデア人の言葉だ。意味は『人間は種々異なった、多様な、変化する本性をもった動物である』とでもいったところか」

 

 はあ。カルデア人。……カルデア人? え、カルデアって組織の名前じゃなくて人種なの!?

 

「カルデア人ってのは、アンタらがバビロニアと呼ぶようなところに昔暮らしていた人々だ。バビロニアと言うと、なんだ、オレはどうも悪趣味な金ピカを思い出すんだが、それよりはだいぶ後の時代の話だな。この『カルデア』の名前も、たぶんそこから来てるんじゃねえか?」

 

 ふーん。確かに世界史で出てきたような気もするな。まあいいや。でも、今お前が言ったのは個々人の多様性というか可能性の話であって、人間集団の多様性の話とはまた違うよな?

 ……いや、同じなのかもしれない。そういう個人の可能性を最大化するために、集団の多様性を確保しなきゃって話でもあるか。俺もよく分かってないけどさ。

 

 そんなことをぐだぐだ駄弁っていると、待ちに待ったメッセージがやって来た。魔女様がお目覚めになったらしい。

 じゃ、移動しようぜー。

 

 まだ微妙に眠そうなツラのクー・フーリンと並んで、急ぎ足で医務室へと向かう。結局カルデアの施設内にこいつ(NPC)を呼び出すことになってしまった。だが、もしかしたらまだ『FGO』がVR(仮想現実)でありつつAR(拡張現実)でもあるという可能性は残ってるかもしれない。『ブレイブリーデフォルト』のカメラ機能使った例のアレみたいな……。

 脳裏に浮かんだ変な喩えを振り払い、先を急いだ。医務室燃えてなきゃ良いけどね。

 

 ……結局俺は、こうして魔女様と再び面会する段になってなお、どういう態度で彼女と向き合えば良いのか決めかねている。

 

 デオンさんは、カルデア側の戦力として彼女を運用させることを期待していた。

 だが俺はまだデオンさんから送られたメッセージの暗号も全く読み解いていないし、強制(ギアス)の呪いとやらがどれほど効果を持つのかもよく分かっていない。それこそルルーシュのギアスと同じ絶対遵守だったら話は楽だが、そこまでヤベー代物ではないだろう。そんなものがあるなら魔女様だって最初からそれを使ったはずだ。

 

 医務室の扉を開く。なぜかリツカとマシュさん清姫が揃っていた。

 なに、お前らも呼ばれたの? すごい慎重ぶりだな。

 

「いや、たまたま居合わせただけだよ。魔女ジャンヌは奥の部屋にいると思う。ドクター・ロマンも。早く行ってあげて」

 

 ……。

 

 そ、そうか。ドクター・ロマン。ドクター・ロマンもいるのか……。

 そりゃそうだよな。だってドクターだもんな。医務室にいるに決まってるよな……!

 

 完全に存在を失念していた。

 平常心がどこかへすっ飛んでいく。まずい。これはまずいぞ。

 

「──【信頼(アルジズ)】! おい、こいつはアンタの仕事だぞ、マスター。しゃんとしろ」

 

 いつもの展開をいい加減見かねたのか、クー・フーリンがルーンを刻んできた。宙に浮かんだ「Ψ」みたいな文字が俺の額目掛けて飛んでくる。……驚くほど動揺が収まった。本当便利だな、そのルーン魔術。できれば毎回やってほしかった。

 

 リツカたちに見送られて医務室奥の扉を開く。

 並べられたベッドのひとつ、その横にロマニ・アーキマン氏が立っている。……あ、平気だ。何ともないね。やったぜ、ルーン最高!

 

「来てくれてありがとう、ちょうど今目を覚ましたところなんだ。ええと……どうかな。なにか話せるかい?」

 

 ロマニが魔女に話し掛ける。

 虚ろに焦点の合わない彼女の目が、徐々に意識の色を取り戻していく。

 

「私は……」

 

 そういえば、彼女のことをまじまじと見たのは初めてかもしれない。

 以前に会ったときは、その剣呑な目つきとか、聖女の方とは真逆の黒い装束とか、やたら目立つ竜の旗とか、とにかく存在感の強い要素が多くて細かいところまで意識が行き届かなかった。こうして双方敵意のない状態で向き合って見ると、確かに聖女ジャンヌと全く同じ顔をしているのがよく分かる。だが、それでも印象はだいぶ違う。

 

 ……そうか、髪が短いんだな。

 

 そんなことを改めて思った。

 

「……ここはどこ? ファヴニールは」

 

 カルデアだよ、魔女様。そしてファヴニールはもういない。

 ぼんやりとした彼女の問いに答えながら、俺もベッドの横へ歩み寄った。

 

「貴方は……」

 

 お久しぶり。一週間くらい眠ってたんじゃないかな。体の具合はどう? 腹の傷は治ってるみたいだけど、まだ痛いとか違和感とかあったらそこのドクターに言うといいぜ。ドクター・ロマン。主治医的なポジションらしいから。

 

「紹介どうも。ロマニ・アーキマンだ。キミの治療を担当しているよ」

 

「……そうですか。つまり、私は、負けたのですね」

 

 おっと。虚脱気味の魔女様がアーキマン氏の自己紹介を無視して一足飛びに結論へ辿り着いてしまった。もうちょっと段階を踏んで話したかったんだが。さて、どうしたものか……。

 

 俺がディレクターに頼まれたバイトの内容は、目覚めた魔女の応対と、万一彼女が暴れたときのための用心棒だ。後者はクー・フーリンに任せるしかないので、俺は前者、つまりどう彼女に接するかだけを考えればいい。だがカネ目当てで引き受けたバイトとは言え、相手が魔女様ともなれば迂闊な対応は(はばか)られた。

 

 保護者役だったジル・ド・レェが死に、心の頼りだったファヴニールも滅ぼされ、根拠地のオルレアンを遠く離れたどこともしれないカルデアの秘密基地的なところへ拉致されている。混乱と不安? 心情は察するに余りあるだろう。運営は彼女を取り込めるなら取り込みたいと考えているし、デオンさんもそれを望んでいた。俺だって、敵対せずに済むならそれが一番だ。

 ……デオンさんがケモミミに言っていた。彼女は聖杯によって生み出されたばかりの子どものような存在なのだと。彼女はジル・ド・レェに望まれるまま全てを憎み、破壊を繰り広げたに過ぎないのだと。

 だったら、俺の取るべき立ち位置は。……もう一度彼女を観察する。

 

 短い髪。

 大人びた身体と未成熟の精神。

 幼少期の記憶の欠落。

 他の誰かに望まれるまま大惨事を引き起こした。

 そして、贋作。

 

(……ルーク・フォン・ファブレ)

 

 箇条書きマジックじみたパズルのピースが脳内でパチパチとはまり、昔のゲームキャラの名前が連想されるように浮かび上がった。ルーク・フォン・ファブレ。テイルズオブジアビスの主人公。10年くらい前のゲームなのに未だに知られているくらいには、救いのない設定を抱えたキャラクター。しかし同時に、人は変わることが出来るというメッセージの体現者でもある。

 

 クー・フーリンも言っていただろう。人間は多様性と可能性を持つのだと。

 そして俺は、少なくとも内面の人間性という点において、NPCとリアル人間の間に差を見出すことが出来ていない。

 であれば……。

 

 ずっと魔女様とどういう態度で向き合えばいいか決めかねていた俺の腹が、ストンと据わった。

 

 俺はベッドに腰掛け、そのまま魔女様の手を取った。人形のように白く血の気のない肌が、その手のひらと細く長い指を通して俺に冷たい感触を伝えてくる。驚いたように彼女が俺を見た。……性欲は殺せ。せめて今だけでも。俺は魔女様の顔を正面から覗き込み、告げた。

 

「アンタは悪くない」

 

 見つめた金色の瞳が、はっきりと揺れる。なにか口を開きかけたのを遮るように、もう一度同じ言葉を重ねた。

 

「アンタは、悪くない」

 

 動揺した表情が確かに聖女ジャンヌと瓜二つだな、などとオルレアンで最後に過ごした夜の記憶が蘇る。

 けれど今向き合うべきは、目の前の彼女だ。白い方のことは忘れろ。言葉をつなぐ。

 

「俺はデオンさんとジル・ド・レェの話を聞いてたんだ。だからアンタの事情も知ってるし、それはこのカルデアにも伝えてある。俺たちはアンタが憎くて戦ったわけじゃないんだよ、魔女様。ただ、どうしても相容れない立場だった。それだけなんだ。そしてそれも、特異点が修復された今は違う。もう戦う必要はないんだ。……だからこうして傷の治療をしてもらってるし、もう一度会えて俺は本当に良かったと思っているよ」

 

「でも……私は、魔女で……」

 

 否定の言葉は吐かせない。少なくとも今は。こういう場面で、『あの人』ならそうするはずだ。羞恥など捨てろ。臭いセリフに恥ずかしがっている余裕はない。再び、彼女の言葉を遮って話し続けた。

 

「すまない。俺は今までこの呼び方しか知らなかったからさ。これからなんて呼べばいい? ジャンヌでいいか? ……ジャンヌ。繰り返すが、俺はアンタ個人が全て悪かったとは思っちゃいないんだ。確かに、ジャンヌがやったことは罪深いことかもしれない。だが、だからといって決して許されないなんてことはないんだよ。だからオルレアンでは皆がジャンヌを生かすことを選んだし、俺は今日こうしてここに来た。ジャンヌのお見舞いと、これからの話をするために」

 

「……これからの……?」

 

 魔女様……じゃない、ジャンヌの意識はまだぼんやりしている。今ここで話していることが後でどれほど記憶に残るかも疑わしいくらいだろう。だが、それは別に構わない。俺が今やるべきことは、とにかく自分が彼女の味方であると示すことだった。過去の「やらかし」を踏まえてなお、彼女の存在そのものを肯定する味方であると印象づける。殺生院さんならきっとそうする。俺にそれを模倣するなんて無理な話だが、憧れて真似することくらいは出来るかもしれない。

 

 ロマニとクー・フーリンは静かに俺たちを見守っている。正直、横から口出しをされないのはありがたい。ただでさえジャンヌの様子を見ながらアドリブで話を組み立てている状況だ。他に思考を割くべき要素が減ることは、単純に俺の脳味噌の処理速度に貢献してくれた。

 

「そうだ、ジャンヌ。これからの話だ。俺とアンタはもう敵じゃない。だからアンタは自分の望むようにしていいんだ。……ジャンヌ、これからどうしたい?」

 

「私は……」

 

 ジャンヌは沈黙した。咄嗟に回りかけた舌を押さえつける。ここは考えさせる時間、か? これでいいのか? いや、既にやり直しなんて効かないんだが。

 

「……私は…………どうすれば」

 

 長い沈黙の後、彼女の口からポツリと迷いの言葉が漏れ出した。

 俺はゆっくりと、噛んで含めるように言い聞かせる。

 

「ジャンヌ。これはアンタ自身の問題なんだ。他の誰でもない、ジャンヌだけの。だから好きなように考え、好きなように決めていい。どんなことでもいいぜ。俺はそれをサポートしよう」

 

 簡単に答えが出る話のわけがない。殺生院さんならどうするだろうか。たぶん答えを急がせたりは、しないはずだ。俺がここで何かを提案するのは容易い。そして彼女はそれに飛びつくかもしれない。だが、今すべきことはそうではないはずだと俺は思った。

 

「……わからないのよ。何も。何も…………ジルだって、もういなくて……」

 

 ジャンヌの声が湿り気を帯びていく。俺は握った手をどうしていいか、今更のように分からなくなっていた。冷たかった彼女の手は、いつの間にか俺の体温が移ったせいで人並みに温かくなっている。汗ばむ気配は俺のものか、彼女のものか。

 

「……でも、貴方なら分かっているんでしょう? だって貴方は、()()()()だって私のことを言い当てた。私のことなんて何も知らなかったのに、私も知らない私自身の真実を……」

 

 あのとき。あの、オルレアンでの命乞い問答のときのことだろう。

 であれば彼女は勘違いしている。俺のことを過大評価している。だが……それはそれで、今だけは悪くないのかもしれない。彼女が迷っているなら、一度間を取って様子を見るべきだ。俺はクー・フーリンよろしく訳知り顔で告げることにした。分かったような顔をした導師(ドルイド)ヅラで。

 

「ジャンヌ。アンタが自分のことを分からないのは仕方ないんだ。大丈夫だ。ジャンヌが悪いんじゃない。こんなの、今すぐ答えが出る話じゃないんだから、ゆっくり考えればいいさ。ここにアンタを害するものはいない。俺もアンタの調子が戻るまでは近くにいる。……寝起きでこんな話、疲れただろ。一度また休むといい」

 

 そうして彼女の手を握っていた両手を片方だけ放し、軽く彼女の肩を押した。抵抗もなくジャンヌはベッドに倒れ込む。

 

「おやすみ」

 

 そう告げると、彼女はゆっくりと目を閉じた。スゥッと深い呼吸が漏れる。

 ……もう大丈夫だろう。少なくとも、今日のところは。

 

「ドクター、後はお願いしますね。近くで待機してるんで、また何かあったら呼んでください」

 

「あ、ああ……」

 

 ……ん? なんだ。ロマニの視線がなんか変だぞ。

 

「キミは、あれかい? いわゆる()()()と言うやつなのかい?」

 

 いやいやいやいや。何を仰る。まあ、確かに俺が知ってる中で一番人間的魅力がある人を真似した振る舞いだったのは事実ですが。

 

「それならいいけど。いきなりどこぞのレジェンダリー・羊飼いみたいな語り口になるからびっくりしたよ」

 

 あいにく羊飼いの知り合いはいないッスね。あ、でもジンギスカンは好きですよ。

 ……さてクー・フーリン、俺たちも戻るか。そういやカルデアの食堂って俺たちも使っていいのかな? なんか甘いものが食べたい気分なんだけど。

 

 そう言って立ち上がろうとする。ジャンヌの手を握ったままだった残りの片手を離そうとして……その手が、強く握り返された。

 

「!?」

 

 思わずベッドに振り返った俺を、眠ったはずのジャンヌがベッドに横たわったまま、再び目を開けて俺を見つめていた。半ばぼんやりとしていた先ほどまでとは違う、はっきりと意思のこもった瞳で。

 

「ジャンヌ?」

 

 問いかける俺の声は、やや上ずっていた。俺は思ったより動揺しているらしい。

 

「──私にはまだ何もわからないけれど。貴方に、ひとつだけ頼みたいことがあります」

 

 先ほどのぼんやりした様子とは違う、はっきりとした口調。

 

「……いいぜ、何でも言ってくれ。アンタは俺に何を望む?」

 

 俺は彼女に軽く笑ってみせるが、それはひどく空虚に響いた気がした。

 

「私を、貴方の旅に連れて行ってください。まだ何もわからない私が、自分を、そして自分の犯した『罪』を本当に理解するために」

 

 ……さっきの話の続きだ。彼女が眠ったら終わりだと油断していた。一度緩めた気を締め直すのはキツいが……やれるか? ロマニの様子をちらりと見る。彼は分かっているというように頷いた。それも「現場の裁量」でいいんだな? 俺は浮かせた腰をもう一度ベッドに下ろし、ジャンヌへと向き直る。精一杯の努力で優男じみた表情を作り直した。

 

「もちろん、構わない。アンタが望むようにすればいい。そして、いつか自分のやりたいことが分かったら、そのときはそいつを俺にも教えてくれないか。きっと力になるからさ」

 

「本当ですか?」

 

「本当だとも」

 

 ジャンヌのレスポンスが早くなっている。現状がどうあれ、そもそも誕生の経緯からして“ガチ”の聖女を生き写しにした存在だ。マジ顔で見つめられた場合、気圧されるのは当然俺の方になるだろう。何を言われても肯定しようと決め打ちして彼女の言葉を待つ。

 

「それが、何かへの復讐だったとしても?」

 

 思わずひゅっと息を飲みかける。決め打ちが功を奏したのか、口だけは勝手に動いてくれた。

 

「もちろんだ」

 

 ……なんとか何事もなかったように即レスを返すことが出来たらしい。ありがとう脊髄反射。そして言っちまったからにはフォローまでしなくちゃな。クー・フーリンよろしく仰々しい口調で、全肯定するように。

 

「──それをアンタが望むなら、たとえ神様でも復讐(ころ)させてやる。そのための道筋(プロット)を示してやる」

 

「……」

 

 彼女はまだ俺の言葉を待っているように思う。だが、その金の瞳が刻一刻と輝きを増しているように見えて、思わず呑まれそうになる。……今度は俺の方に仕切り直しが必要だった。一度離した片手を再びジャンヌの手に添える。

 

「……だけど、今は少し休むといい。ゆっくり休んだらローマ旅行にだって連れてってやる。だから……」

 

 その言葉を言い終わるかどうかのうちに、彼女の手を握る力がふっと弱まった。糸が切れたように再びその目蓋が閉じられる。……眠ったのか? 本当に?

 ゆっくり彼女の手を離す俺に代わって、ロマニがその手を取ると脈を測った。

 

「脈拍正常……少し高め? 病み上がりに興奮しすぎたみたいだね。たぶん今日はもう目覚めないんじゃないかな。サーヴァント相手だから確かなことは言えないけど……とにかく、お疲れ様。エジソン(ディレクター)への報告は僕から上げておこう。冷蔵庫にお菓子があるから持っていっていいよ」

 

 とりあえず、今日のところはこれで仕事上がりでいいらしい。

 汗ばむ手をぐーぱーしながら部屋を出ると、手前の医務室にはリツカたちが残っていた。時計を見ると、まだ十数分しか経っていない。なんかどっと疲れた気がする。ぐっと背を伸ばすと上半身の骨がバキバキと音を立てた。

 

「お疲れ様。……様子、どうだった?」

 

 リツカが尋ねてくる。すまんが今は菓子が優先だ。まず俺に糖分をくれないか。そう要求すると、苦笑いで冷蔵庫から胡麻饅頭を出してきてくれる。

 もぐ。むしゃ。甘ぇ。生き返るわー。

 

 で、ジャンヌの話か。まあ、暴れたりする感じではなかったよ。なんかこっちの旅についてきたいって言うから、ちょっとエジソン氏に話通してみるけどさ。特異点での戦いにジャンヌを連れて行くのは、運営的にも万々歳なんだろう?

 

「え! カルデアに協力してくれそうなんですか?」

 

 マシュさんが驚いたように言う。ま、これから寝て起きたらまた気持ちも変わってるかもしれないけどね。……おそらくそんなことにはならないだろうと思いつつ、そう返事する。

 

 ……次の瞬間、背筋をゾッとするような寒気が走った。

 いつの間にか俺の横顔を、すぐそばから清姫の蛇みたいな眼がじぃっと見つめている。

 

「──まあ、此度は()()()()()()()というところでしょうか」

 

 ぱっと彼女は俺のそばを離れるとリツカの背後に戻っていった。

 ……え、今俺、燃やされかけてたの? 本心と違うこと言ったから? 嘘判定で!? 怖っ!

 

「だって安珍様(ますたぁ)の御友人ですもの。軽い嘘でも見逃せば、いずれ安珍様(ますたぁ)の魂の毒になりますわ。身近な方ほど普段の素行から気をつけていただかないと」

 

 ねぇ?とリツカに笑いかける清姫。人間嘘発見器コワイわぁ~。

 俺は胡麻饅頭をもう二つもらって退散することにした。こんな危ない部屋にいられるか! 俺はマイルームに戻らせてもらう!

 

「じゃ、セプテムでまた会おうねー」

 

 リツカがひらひらと手を振ってくる。

 おう、じゃあな。俺も軽く手を上げて、医務室の扉を閉めたのだった。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 もしゃもしゃと新しい胡麻饅頭を頬張りながらクー・フーリンと二人で廊下を歩く。そらよ、こっちはお前の分だ。残りの一個をクー・フーリンに投げ渡した。どうやら甘味もいけるクチらしい。

 

「後ろで見てて思ったんだがよ。あのオルガの嬢ちゃんもそうだが、マスター、ああいう女が好みなのか?」

 

 ぐふっ!

 突然デリカシーの欠片もないセリフが飛び出してきた。俺は胸をたたいて喉に詰まりかけた饅頭を胃に押しやろうとする。

 ……ち、ちっげぇよ! そんなんじゃねーし!

 

「そうなのか? どっちも性格に難ありとはいえ、外見は間違いなく上玉だろうに」

 

 聞いてねぇ~。ていうか、こんなところで野郎同士の恋バナなんざしたくもねぇ。

 そう思いつつ、ひとしきり()せたところで何とか落ち着いた。どう答えたらいいものかちょっとだけ考える。

 

 ……クー・フーリン。お前自身も言ってたことだろ。人間は多様性と可能性を持つ生き物だって。

 

「そうだな。人間はその意思によって、神的なものにも獣のような存在にも変わりうる」

 

 だからさ。復活したジャンヌ・ダルクでも竜の魔女でもなくなった今のジャンヌが、「何か」になりたいって意思を持つならそれは可能なことだと思うし、俺も多少なり手伝ってやろうと思うんだ。

 

「『何かに』? 『聖女に』ではなくか?」

 

 そんなの分かんねぇよ。ただまあ、ジャンヌには聖女様になれる素質があるんだろ。だったらそれを伸ばしてやるのはいいと思う。少なくとも、俺は当面その方針で動く気でいるよ。こう見えて、聖女様には一家言あるからな。

 

「いいだろう。……もう一つ聞きたい。アンタはあの女に『お前は悪くない』と言った。あれは本心か?」

 

 本心といえば本心だな。罪を憎んで人を憎まずって言うだろ。オルレアンでの「罪」(やらかし)は間違いなく悪いだろうが、「人」については生まれからしてまともな状態じゃなかったわけだし、これから一緒に旅して変わるならそれでいいんじゃねぇの?

 ……1431年フランスでの大暴れが、現代日本人の俺からすれば他人事だってのはあるけどさ。

 

「そうか。それを忘れるなよ。ついでにもう一言だけ……拾ったからには最後まで面倒みろよな、マスター」

 

 へいへい、分かってますって。

 それよりお前、次の計画を立てるぞ。第二特異点、正直ノープランで行こうと思ってたが、ジャンヌを連れ回すとなると話が違う。「慣らし」も含めて最前線は避けつつ、適度に情報と戦闘機会があるような場所を拠点にしたい。

 

 えーっと、まずは地図だな。

 こういうとき、考察クランにツテがあると話が早くなる。どうも連中は第二特異点開幕までの虚無期間に勉強会をしていたらしく、【ヒムローランド】のカネさんを介して資料が送られてきていた。その手の会合には以前何度か顔を出したくらいだが、主な敵が歴史人物(サーヴァント)であることや特異点が現実の地理を反映すること、そしてオルレアンで俺がやらかしたあれこれを経て、情報の重要性というものが再認識されている。

 となれば必然、考察クランの士気も高くなるわけで。

 まだ誰も特異点に降りてすらいないのに、複数のシナリオが予想として挙げられていた。

 

 クー・フーリンの前に地図を広げる。興味深げに見入る奴の横で、同時代の人物まとめ資料を視野内のウィンドウへ展開させた。前回ジル・ド・レェやジャンヌ・ダルクが重要人物だったことを考えると、ネロ帝の立ち位置が最初のポイントになるだろう。シャルル7世よろしく敵に殺されている可能性も十分にある。だとすれば……ん?

 

 意外な名前を見つけて視野をスクロールする手が止まった。この時代の人物リストにクー・フーリンの名前があるな。お前、元は第二特異点と同じ時代の人間だったのか?

 そう尋ねると、クー・フーリンは何とも言えない表情をした。

 

「アー、そいつは難しい問題だな。確かに、クー・フーリンにまつわる伝承と他所の伝承の整合性を考えると、クー・フーリンがこの時代に生きていたという見方もあるだろうさ。だが、オレはアンタらが使ってるような『西暦』の(こよみ)を認識してたわけじゃねぇし、これから行くのはローマを中心にした特異点だ。ローマの歴史観で綴られた世界ということだな。であれば、ローマから見たこの時代のケルト人というのはオレやアルスターの英雄たちじゃなく、イケニ族の女王ブーディカあたりになるんじゃねえか?」

 

 ふーん。じゃあこの特異点でアイルランドまで行っても生クー・フーリンには会えないってことか。……まあどうせ試すプレイヤーは出てくるだろうが、先に予測を知っておけるのは大きい。

 

 となると、逆に……。

 

 俺はクー・フーリンを突っついた。アン? という感じで地図から顔を上げかけたクー・フーリンに、その地図上の一点を指す。

 

「ここは……」

 

 その土地の名を見て、クー・フーリンも気づいたらしい。ニヤリと口元が笑う。

 

「なるほど、マスターらしいな。だが、そこにあの女を連れて行ってどうする?」

 

 俺もニヤリと笑った。

 決まってるだろ。罪滅ぼしも、聖女ムーブも、まず第一歩は奉仕活動(ボランティア)からってテンプレなのさ。

 

 

 

 

 

>>> [3/3] この特異点の片隅で

 

 

 第二特異点セプテム、すなわち西暦60年。

 現代では機械に置き換えられたおよそあらゆる仕事を、まだ人力でこなさねばならない時代。

 人手はあるに越したことはないが、どうしようもない災禍によって失われる命もまた多い。

 

 コーン、コーン。

 

 高く木槌の音が響く。

 俺は壊れた屋根の補修作業を頼まれていた。高所作業はある意味プレイヤーに向いた仕事だ。俗に「1メートルは一命取る」なんて言われるが、プレイヤーは死んでも復活するのでこういう作業へ雑に突っ込むのに強い。腕前? まあ人手が足りないみたいだし、多少は大目に見てもらえると思いたいな。

 

 眼下ではジャンヌが黙々と道の補修をしている。

 「全ての道はローマに通ず」という言葉はあながち言い過ぎの誇張というわけでもなく、この街……いや村? ここの集落もドミティア街道と呼ばれる主要街道の沿線にあった。古くはあのハンニバルがローマへ攻め込むときに使った道らしいね。道ひとつとっても21世紀まで残るような歴史と繋がってるってのは面白いよな。

 

 正直ジャンヌを連れ出すにあたっては、もう少し面倒なことになるんじゃないかと思っていた。運営(カルデア)の意向にせよ、ジャンヌ自身の意思にせよ。

 しかし予想とは裏腹に、エジソン氏は俺がジャンヌ相手にキングメーカーならぬ聖女メーカーを始めることに快諾したばかりか、目的地であるこの集落へのアクセス手段についてもサポートしてくれた。前回の特異点でプレイヤーの拠点だったマルセイユ(マッサリア)から比較的近い位置にあったことも都合が良かったらしい。

 

 一方、ロマニの報告を聞いてからというものオルガの機嫌が死ぬほど悪く、オルレアンでの反省を生かしてセプテム特異点での行動計画を共有したというのに、彼女からは「好きにすれば?」の一言が返ってきただけだった。ドクター・ロマニ・アーキマン。一体どんな報告を上げやがった……! クー・フーリンのルーンの加護はとっくに切れてしまって聞くのが怖いから聞いてないけどさ。

 

 まあ、オルガの機嫌の話はいい。

 ジャンヌの方も、予想に反して素直というか、あっさり俺たちについてきた。自分から同行を希望したんだから当然といえば当然なんだけど、なんかオルレアンのときの魔女様ぶりを見ていると今の従順な感じがスゲェ違和感ある。今だって、文句の一つも言わず土木作業へ従事しているわけでさぁ。特に不満がある様子も見えないんだが、何を考えてるのか分からなくて不安になるよね。そのうち爆発したりしないだろうな?

 

 そんな彼女の御目付役のはずのクー・フーリンは、初日だけジャンヌの様子を監督していたが、二日目には「ありゃ心配ねえよ」とだけ言い残して近くの森の中へと消えていった。以来、夜寝るときしか帰ってこねぇ。なんでも、現地の人たちに黒い森(ネルルク)と呼ばれる深い森林はドルイド的にも健康に良いのだとか。ここ最近の不調がそれで治るなら構わないが……。

 

 とりあえず、このまましばらくはここで過ごすつもりだ。

 ローマの方ではネロ帝率いるローマ軍が敵と戦っているらしいのだが、まだ相手方についても分かっていないことが多い。本格的な攻略が始まるのはこれからだろう。情報は集めているから攻略へ乗り出すのは事態が動いてからでも遅くないし、今の俺にはジャンヌの方が優先度が高い。

 

「精が出るわね」

 

 と、下の方から声がかかった。見下ろせば、杖をついた老女がこちらを見上げている。木槌を軽く持ち上げて挨拶を返した。

 

「昼食を用意したわ。切りのいいところで休憩したらどうかしら」

 

 お、ありがたいね。『FGO』において食事は必ずしも必要ではないが、食べておけば魔力供給の足しになるらしい。以前は「詳細不明だけどバフ効果はあるっぽい」くらいの認識だったのが、アバターを構成する魔力という概念を得たことで話が分かりやすくなったのだ。

 借り受けている作業道具一式をまとめて屋根から降りる。俺を呼びに来た女性はジャンヌにも声をかけた。

 

「あなたも一緒にいかが?」

 

 だがジャンヌはお誘いの相手じゃなく俺を見てくる。……え、俺に聞いてる感じ? まあ好きにすれば良いんじゃね? せっかくだから皆で食おうぜー。あ、クー・フーリン以外。

 

「……であれば、私は構いませんが」

 

 ジャンヌは相変わらず何を考えているのか分からない調子で道具を回収し、俺に歩調を合わせて歩き出す。俺はジャンヌの横顔をちらりと見た。聖女らしくも魔女らしくもない、同年代くらいの若い外見の整った顔。だが抱え込んだ迷いゆえにか、かつての決然とした様はなく、ここでのボランティア活動も俺に言われるままやっているという印象が強い。おそらくこの街がどこなのかということも気に留めてはいないだろう。できればもう少し周囲にも注意を向けてほしいんだが、それはまだ早いか。

 

 ともあれ──せめてこの街での経験が、今のジャンヌへプラスになってくれるといい。

 

 そんなことを思いつつ、杖を突きながら少し先を行く女性に追いつくようやや足を早める。ご高齢とは思われるが矍鑠(かくしゃく)としていて、背筋もスッと伸びている。その背中越しに声をかけた。

 

「近頃は物騒なことも多いですが、他にお困りのことはないですか? ()()()()()

 

「そうですね……この辺はまだローマの宿営地に近いので『連合』の兵も少ないですけれど。いずれは戦いになるのでしょうね」

 

「仮にそうなっても、俺たちがいる限りここは襲わせませんよ」

 

「期待させていただきますね」

 

 道の向こうから食べ物の匂いが漂ってくる。昼時ということもあり人通りはいつもよりやや多い。

 その誰もが、俺たちの先頭を行くマルタさんと行き交うたび丁寧な挨拶を交わし、笑い合う。

 遠く離れたエルサレム近郊のベタニアからこの街へやって来た彼女は、既にこの土地に融け込み、誰からも聖女として好かれ受け入れられているようだった。

 

 ──ここはタラスコン。かつてネルルクと呼ばれた、ほんの10年ほど前に邪竜タラスクに襲われた街。

 

 「邪竜を更生させた」聖女であり、第一特異点では竜の魔女ジャンヌの被害者でもあった老マルタの暮らすこの街を、俺たちは第二特異点修復における最初の拠点として選んだのだった。

 

 




 花がありそうで花がない少しだけ花の旅路、はーじまーるよー。

 連続更新(連続じゃない)は以上となります。次回はローマ編がある程度まとまったらまた一挙更新の形にしたいと思いますので、しばらくお待ちいただければ幸いです。たぶん3年後とかふざけたことにはならないと思います……。
 あ、後で活動報告も書きますね。今回の展開ってアレじゃねーか!というのも含めて色々書きたいので。

◆老マルタ
 聖女マルタ(生)。
 生没年不詳ではありますが、西暦30年頃とされる救世主(キリスト)の死の後に南フランスで布教活動を行ったとされるので、まだ生きてるかも?という推測のもと御登場となりました。Wikipedia『タラスコン』の記事によると、マルタさんのタラスク退治は西暦48年らしいですよ? 要出典の注釈付きですけどね。
 当時の寿命を考えれば結構な御高齢と思われますが、あの型月マルタさんならタラスク退治から10年やそこらで死んだりしないでしょう(偏見に基づく捏造設定)。

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