世の中に たえて光のなかりせば 藤の心はのどけからまし   作:ひょっとこ斎

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第53手 プロ1年目 その13

 12月末、クリスマスイブも含む3連休。2人とも都合が良かったので、ヒカルとデート。

 時々一緒に出かけるけど、囲碁に関係なく何らかのイベントでのデートは初めてなので凄く嬉しい。そこそこお金は稼いでいるけど、まだ中学生だし、連休明けは学校と森下先生の研究会があるので、近場で良さそうな場所を探した。

 ヒカルはじっとしているのが苦手なので、映画館は候補から外れる。テーマパークも考えたんだけど、クリスマスイブでお休みの日という、凄く混みそうな時に行くのは疲れそうで避けた。

 というか、どこに行っても人が多くて大変なんだよね。そんなわけで発想を変えて、家族を巻き込んで泊まりがけで遊びに出かけた。

 

「へえ、結構いいな」

「調べたら、評判良かったから。作りもしっかりしてるって」

 

 お父さんに車を出してもらって、多摩の方にあるキャンプ場へ向かう。

 私もヒカルも、中学生にしては結構稼いでいるし、親孝行も兼ねて、一緒にお金を出した。

 キャンプ用品なんて私の家にもヒカルの家にも無かったので、初心者に優しいように大きめのコテージを借りている。一軒家をまるまる借りるのでキャンプしている感じは薄れるけど、テントに寝袋だと寒くて厳しいと思う。

 お姉ちゃんは2人で泊まりがけで出かければいいのにって言ってきたけど、それは多分まだ早いよ。

 

 

 いつもお母さんが料理を作るので、今日は私とお姉ちゃん、ヒカルの3人で作る。

 朝から移動して昼はカレー、夕方からバーベキュー。分かりやすいメニュー構成だね。

 薪はちょうどよいサイズに切られて売っていたので、素直にそれを買った。みんな初心者なので、無理に背伸びしても失敗するだけだから。

 

「飯ごうじゃないんだ」

「お米焦げちゃうし、難しいよ」

 

 今後も何度か来るようなら、その時は挑戦してみても良いかもしれない。

 聞けば佐為も自然の中に行くのは久々らしく、楽しそうにしている。森の中は千年前から変わらないって。

 

「ヒカルも切るの手伝ってよ」

「えー、面倒だなぁ」

 

 せっかく普段と違う場所に来ているんだから、やってないことも挑戦しなきゃ。そんな理屈で、普段お母さんが作るカレーとは違うものを試してみたくて、キーマカレーに挑戦。

 スマホで検索、なんて簡単にできないので、あらかじめレシピを印刷して持ってきている。移動時間を考えるとあまり時間が取れないので、結構簡単なものを選んだのは、多分正解だった。

 

 

 出来上がったカレーを、みんなで食べる。どれくらい食べるか分からなかったので、かなり多めに作っている。お母さんたちがのんびりと話をしながら食べているのに対して、お父さんとヒカルはガツガツと食べている。

 

「こういうのも美味しいね」

「うん。でもお姉ちゃんが来るとは思わなかったよ」

「家にいても暇だから。たまにはね」

「1人でご飯作るのが面倒だったとか?」

「それもある」

 

 ひゅう、と口笛を吹きながら遠くを見るお姉ちゃんを、ヒカルと一緒に笑う。

 食事が済んで、洗い物を手早く済ませて、周りを散策に出かける。大人はちょっと休憩、なんて言ってるし、お姉ちゃんは1人で動くって言うので、ヒカルと2人。近くに川があるらしいので、そこに向かう。

 

「夏に来たら、泳げそうかな」

「どうかなぁ、浅いから、遊べるとは思うけど泳げるかな?」

「また違う季節に来てもいいかもなぁ」

「釣りも出来るらしいよ」

「へぇ、釣りねぇ」

 

 佐為も昔、何度かやっているのを見ていたらしい。でも話に聞いている限り、疑似餌やリールを見たらはしゃぎそうな気がする。

 

「今度は、碁会所でやっている研究会のみんなで来ても楽しそうだね」

「ああ、それもいいな。でも運転できる年齢のやついねえじゃん」

「電車で来てもいいし、なんとでもなるよ」

 

 なんなら、マイクロバスを運転手込みで借りてもいいし。

 そんな話をするうちに、話題は囲碁に流れていく。

 

「そういえば、北斗杯のスケジュールってもう決まったんだよな」

「うん。関東で予選があって、4人選ぶの。中部や関西の人も合計4人選んで、8人でトーナメント。関東のが1月末頃、全体のは3月か4月だって」

 

 関東で、18才以下は和谷くんと越智くんを入れてちょうど8人。1戦だけやって、4人に絞ることになる。

 

「北斗杯は持ち時間が1時間30分だから、しばらくそれでやってくれないかな?」

「ああ、俺も練習になるし、いいんじゃねえの」

 

 しばらくそんな話をしながら歩いていると、途中で何かの虫を見つけたヒカルが走り出した。ふふふ、大人っぽくなったと思ったけど、まだまだ子どもだね。

 捕まえた虫は、しばらく佐為に自慢していたようで、満足したのか逃がしてあげていた。

 

「そろそろ戻る?」

「そうだな」

 

 歩きながら、どうしても話題は囲碁に偏ってしまう。2人とも碁打ちだからしょうがない。

 そのせいか、話していると打ちたくなってくる。

 

「晩メシ食ったら打つか?」

「うん、1局だけ打とう」

 

 

 自然と手を繋いで戻ると、お姉ちゃんに冷やかされた。お父さんは見てない振りしている。往生際が悪いなぁ。

 そんなことを思いながらお母さんたちと野菜を切って、ヒカルはコンロの準備。

 手軽にご飯を済ませると、マグネットの碁盤で打ち始めた。

 

「また囲碁?」

「うん。また囲碁」

 

 お姉ちゃんが呆れた様子だけど、こればかりはしょうがない。ヒカルは当然、私も碁打ちなんだ。

 ちょっと熱中しすぎてお母さんに怒られたのは失敗だったけどヒカルも楽しそうだったし、泊まりがけデートは正解だったと思う。

 

 

 

 そして年末年始が過ぎて、年明け早々に研究会を開いた。

 年明けの今回から伊角さんも参加している。そして新年早々ということもあり、全員参加できる日に集まった。

 市河さんやお店の常連にも挨拶をしていると、誰からともなく、話題が上がった。

 

「研究会の名前?」

「うん。俺が前まで行っていたのは九星会だし、誰か先生がいる研究会だと、その名前になるだろう?」

 

 言われてみると、確かに。若手研究会? 今はそうだけど、年齢を制限したくないし、私たちもしばらく経てば若手じゃなくなる。

 

「藤崎研究会でいいんじゃねえの」

 

 和谷くんが、当たり前のように提案してくる。いやいや、何を言ってるの。

 

「良いと思う。僕も藤崎さんに誘われて参加したようなものだし」

「んじゃそれで」

「ちょ、ちょっと待って」

 

 塔矢くんが同意して、ヒカルが決定させる。いや、でもそれは困る。実力が伴ってないのに私の名前でなんて無理。

 

「塔矢研究会だと、塔矢先生と被るしさ」

「それなら、進藤研究会とか」

「だって、俺はメンバー集めてないし」

 

 明日美さんに助けを求めて目を向けてみる。

 

「あかりちゃん、藤崎研究会が嫌なら、あかり研究会になるくらいしかないと思うよ?」

「悪化してるよ。それでいいなら、アキラ研究会とかは?」

「あかりちゃん、往生際が悪いよね」

 

 私以外、それでいいみたい。もうちょっと面白い名前にしてみたいけど、私個人のことじゃないから言い出しにくい。

 

「よし、それじゃあ名前が決まった記念と新年ってことで、全員で総当たりのリーグ戦とかやらねえ?」

 

 和谷くんの提案に、今度は私も含めて全員が賛同する。リーグ戦、面白そう。

 さっそく組み合わせ表を作っていると、市河さんの提案で壁に貼ることになった。お客様が見ても楽しめるようにって。

 実際、その場にいた人達はさっそく勝敗予想で盛り上がっている。みんな揃って、優勝は塔矢くん固定だったのには、ヒカルが拗ねてたけどね。

 2位は私とヒカル、冴木さんに予想が集まっているけど、プロ試験の内容を見ていると伊角さんもありえると思う。

 

「さっそくだけど、打っていこうぜ」

「うん。じゃあ組み合わせ決めようか」

 

 くじ引きの結果、私は伊角さんと打つことになった。他は明日美さんがいきなり塔矢くんと、ヒカルは越智くんと打っている。

 伊角さんと打ったのは一年以上前だから、今回どうなるか楽しみだね。

 

 

 早碁とまではいかないけど、持ち時間は1時間だけ。伊角さんはじっくりと考えるのが得意で早碁は苦手だと思っていたけど、全然そんなことはなかった。

 

「やっぱり伊角さん強いな」

「安定感が増したっていうのかな、落ち着いてる」

「うん感情のコントロールについて学んだから」

 

 結果だけ見ると、私が3目半差で勝った。でもずっと厳しい手が続いていたし、時間の使い方も上手く、長丁場の戦いならもっと不利になっていたかもしれない。

 最近、二次予選で打ち始めた高段者の人よりも強く感じた。

 話を聞くと、中国で高段者の人から心構えを鍛えられたらしい。私も初めて聞く内容だったから、興味深く聞かせてもらった。

 でも確かにその時の気分や体調で強さが変わるようだと安定して勝てないし、棋士として厳しいと思う。そういう意味では、私もそれなりに体調の変化に左右されず、感情のコントロールは出来ているのかな。

 ……ヒカルが、なんとなく空中を威嚇してるので、多分佐為がまた何か言ったんだろうな。

 

「ともかく、今日はこんなところだね。3人はもうすぐ新初段戦だけど、もう相手って決まってた?」

「ああ、俺は桑原先生とだよ」

 

 私が聞くと、伊角さんが答える。和谷くんは一柳先生で、越智くんは緒方さんと打つらしい。

 緒方さんが新初段戦に出るのは初めて。これは応援しないと。

 

「越智、緒方先生は強いよー。あっさり負けないようにね」

「誰が相手でも勝つだけだよ」

 

 越智くんらしい回答だけど、今の緒方さんは本当に強いからなぁ。

 越智くんなら簡単に負けないと思うし、楽しみだ。

 

「私も月末に女流棋聖戦があるし、がんばらなきゃ」

「女流棋聖戦か、相手誰だっけ?」

「木ノ内さん。海外棋戦でも活躍してるし、かなり強いよ」

 

 他にも何人か強い人がいるけど、多分木ノ内さんが一番強いと思う。

 もちろんリーグ入りしている塔矢くんや、それに近い実力があるヒカルには及ばないだろうけど、私だと勝てるかどうか分からない。棋力は負けてないと言いたいところだけど、積み上げてきた場数が違う。

 女流はあまり注目されないし、強い相手と戦う機会がどうしても減っちゃうけど、さっき言った通り海外棋戦で注目されるのにも慣れているし、混合戦でも三次予選まで進んだ経験がある。

 女流で三次予選の経験者は片手で足りる程度だから、いかに木ノ内さんが凄いかが分かる。

 

「練習手合いで俺や塔矢にも勝ってるし、公式戦だって森下先生に勝ってるんだからな。弱気になったらその時点で負けるぞ」

「うん。私ももっと経験を積みたいし、女流タイトルは凄く欲しいよ」

 

 中学生プロが多い囲碁界だけど、頭角を現している塔矢くんとヒカルに、そろそろ世間も注目してきている。

 北斗杯の予選免除も、途中でうっかり負けてしまわないよう配慮した結果だし。2人ともうっかり負けたりしないだろうけど、そもそも塔矢くんは忙しすぎてスケジュールが厳しい。ヒカルは塔矢くんにこそ勝ったし、予選も勝ち進んでいるけど、リーグ入りみたいな分かりやすい結果はまだ少し先だもんね。

 

「僕たちは、まずは北斗杯予選だね。僕が勝つつもりだけど」

「てめー、直接当たったら今度はリベンジしてやる」

 

 越智くんの軽口に和谷くんが乗る。プロ試験で負けたもんね。

 

「ちぇ、いいなあ。俺ギリギリで出られないんだよな」

「伊角さんは惜しいよね。でもこの研究会から2人確定で、残り1人もここの誰かになりそうだよね。18才以下で、他に強い子っていたっけ?」

 

 明日美さんが首をかしげるけど、確かに他に強い子は思い浮かばない。でも、前世では社くんだっけ、彼が出ていたってことは越智くんや和谷くんより強かったんだろうけど。

 

「そういえば、関西棋院に強いやつがいるって聞いたことがあるよ。去年はプロになるのがいなかったけど、今年は文句なしでプロになったって。まあ強いって言っても、僕よりは弱いだろうけど」

「へえ。越智詳しいな。でもそうだな、中部や関西に強いやつがいてもおかしくないよな」

 

 まだまだインターネットも普及していないし、情報の伝達速度もそこまで高くない。トッププロや塔矢くんくらい注目されている若手の話題はともかく、他の情報はあまり出回らない。

 

「どういう組み合わせになるか分からないけど、楽しみだね」

 

 ここで打つのも勉強になるし楽しいけど、数少ない席の奪い合いは、力の入れようが段違いで、凄く良い経験になる。ヒカルの成長速度についていくには、一局も無駄にできないんだ。

 

「みんな終わったみたいだし、次の組み合わせでやっていこうか。参加率が低いメンバーを消化しておく方がいいね」

 

 塔矢くんの提案で、参加する頻度が減ってきている塔矢くんと私とで対局を始めた。

 塔矢くんはいつだって真剣だけど、勝ち負けの記録を付ける対局は久しぶりだ。あっさり負けないように、気合いを入れて臨む。

 

 

 

「ヒカル、帰ったら塔矢くんとの対局の研究していいかな?」

「おう。敗着になった手も、しっかり確認しなきゃな」

 

 負けて、後から考えたら駄目だった手も、打つべき手も見えてくる。過去の研究で良い手だったと判明しているものや、悪い手と言われているものでも、実はそれほど研究が進んでいない手もたくさんある。

 今日も、そういった手を打ってみたけど、まだまだ甘かった。

 

「佐為にも手伝ってもらって、色々な経験値を積んでおかないとな」

「うん。女流タイトル戦もそうだけど、北斗杯も、経験が少ないと困るもんね。中国や韓国は、私たちとそう年齢が変わらない頃から、どんどんタイトル戦や海外棋戦に挑戦してるから、経験値が凄いらしいよ」

 

 日本とは環境が全然違うらしい。

 とはいえ、本因坊秀策がつきっきりで四六時中教えているほどの環境じゃないだろうから、凄いとは思うけど羨ましいとは思っていない。ヒカルのそばで打つことほど、良い環境なんてないもん。

 

 

 そうして去年にも増して囲碁の研究をしているうちに、女流棋聖戦のタイトルをかけた挑戦手合いの前日を迎えた。

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