文字による色遊びをした『スパロボ』SS。2012年2月に脱稿。だいぶ古いものです。

Z2『破界篇』第30話直前を想定したロックオンとルカの会話がメインになります。当時ロククロに分類しておりましたが、クロウの出番は控えめ。

ブラスタの胸部は緑だし、デュナメスの機体色は緑だし。Z2で私の緑大好き病は更に重症化したような…。敢えてその緑を外し、黒と白で話をまとめた理由は、作中にあります。

ちょっとした所に黒と白を散りばめてあるので、簡単な仕込みの遊びでもあるのか、と笑ってください。

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SS 『BLACK and WHITE』

 ルカが両手で差し出した物に目を落とした時、ロックオンは2週間程前の出来事を思い出した。簡易包装を施された長方形の包みは、自分にも見覚えのある品だ。

 大人物の白いYシャツ。そう、包み紙と品、そして買った主の記憶が合致しているので、間違いないだろう。確かに以前、外出許可を提出したルカに自分が付き添った時の、彼の購入品だ。

「これをクロウに?」

「はい」と、ルカが頷いた。「クロウさんが着ていたシャツはおそらくもう使えないと思うので、これを代わりにと持って来ました」

 使い物にならない。皆と同様にその理由を知るロックオンは、改めて親友が今正に生還の道をゆっくりと歩いている事を思い知る。

 サンクキングダム攻防戦で負傷したクロウは、手術の後、細胞活性措置を受ける為に意識が戻らぬまま密閉可能なベッドへと移された。エメラルダンという敵機に襲われブラスタの腹部が引き裂かれたのは、昨日の話になる。

 胸部にコクピットを持つブラスタに乗りながら、パイロットであるクロウが同じく腹を割かれたのは、阿吽斬魔という敵機の剣撃が貫く攻撃や斬る攻撃ではなく、斬るように叩く攻撃であった事に起因する。剣撃の衝撃は、差し込まれた場所から波状にブラスタ内部へと広がった。元々、機動性重視という機体の仕様が特徴なだけに、回避し損ねた時のダメージは大きい。

 クロウは、パイロットとして機体ごとその衝撃に翻弄される結果になった。

 トレミーに収容したブラスタからシン達がクロウを引きずり出した時、シートから点々と続く血の痕が残っていたという。それでも彼が一命を取り留めたのは、重傷者の回収と措置が迅速に行われた事に加え、彼自身の持つ悪運の強さがあるのかもしれない。

 ルカが差し出すYシャツは、血染めのボロと化した着衣の代わりとして提供するつもりなのだ。

 しかし、とロックオンは考える。

「こいつはプレゼントなんだろ? 援護防御の礼だとか言ってなかったか?」

「はい。あの時は、買い物に付き合って下さって、ありがとうございます」ここで初めてルカが笑い、ウェーブのかかった髪でぺこりと頭を下げた。「ZEUTHの人達の加入で少しどたばたする時期がありましたから、渡すタイミングを逸してしまいました。でも、クロウさんは物持ちがとてもいい人なので、着ていたシャツと支給品の1枚でやりくりしていた事には、僕も随分前から気づいていたんです。今回1枚減ってしまったので、きっと不自由するのではないかと。次にシャツの支給が受けられるのは、帰還後ですからね」

 ぷっ。ロックオンは、巧みに言葉を選んだルカの機転に思わず吹き出してしまう。やはり、寝食を共にしている仲間の目は侮れない。

「物持ちがいい、ね。あれは単にケチと言うんだ」

「それもまた、クロウさんのいいところです」

「そういう気の回し方、俺は好きだぜ」

「ありがとうございます」

 ルカが、目線だけで会釈をする。

「今は、まだ大西洋上。しかもこれから、ブリタニア・ユニオンに向かおうっていうコース取りだからな。龍牙島に戻るにしろバトルキャンプに向かうにしろ、私物の補給が受けられるようになるのは、スコート・ラボで用事を済ませた後だ。クロウも俺達も、それまでの間はある物で我慢するしかない。ま、細胞活性措置を受けている間はシャツの心配をしなくて済む分、ほっとしてるんじゃないのか? あいつとしては」

「ん? あいつって、誰の事だ?」

 足音と馴染んだ声は、複数の男が会話を聞きつけ集まって来た事を告げている。顔ぶれは、ゲッターチームの竜馬とコロニーからやって来た工作員のデュオという2人組だ。現在は揃ってトレミー内部に私室を宛がわれているとはいえ、この組み合わせはかなり異色な部類に入る。

「貧乏くさい話の内容からして、クロウの事か?」と笑うデュオへ、「そう。そのクロウさ」とロックオンはすぐさま肯定した。「窓越しの見舞いついでに、ちょっとな」

「ダメになったYシャツの代わりを届けに来たんです」

 ロックオンの後をルカが受け、手にしている包みを2人の前に掲げて見せた。

 血染めのクロウを目撃した訳ではない2人だが、共に修羅場というものと縁深い生き方をしている者達だ。血液の持つ鉄臭が不快を誘うコクピットの惨状を脳裏で正確に再現したのだろう、揃って眉をひそめ唇を噛む。

「今度あのシュバルとかいう野郎が出て来やがったら、俺達で必ず援護に入ってやるぜ!」

 竜馬が、右手で拵えた拳を左の掌に打ち付け、決然と言い放った。

「きちんと名乗りを上げてからの攻撃です。不意打ちでやられたのではないだけに、クロウさんにとっても屈辱的でしょうね」

「ああ」

 外見では話の内容にまるで相応しくない清潔感漂う少年が、昨日の戦場で起きた衝突を同情的に分析した。ロックオンは、それに頷いてやる事しかできない。

 そう。へらへらし多額の借金を背負う事さえ良しとした男にも、人型機動兵器のパイロットとして腕に見合ったプライドを秘めている。シュバルという敵のパイロットは、クロウの中を貫くその矜持を、正攻法で打ち砕いたのだ。

 機体の性能差というより、パイロットが持つ技量の差が最大の敗因だった。明らかに自分への殺意を抱く者を正面に捉えながら、クロウは双角という円錐槍を避け損ねて動きを封じられた上、とどめ押しとなる大鎌の一閃をまともに食らったのだ。

 大袈裟な立ち居振る舞いに対する油断も、当然あったのだろう。しかし、同じ状況をオズマならば回避して凌ぐとの無慈悲な確信が、ルカのみならずロックオンの中にもあった。クロウの屈辱も想像に難くないが、ZEXIS全体の底上げ無くしてインペリウムに勝利する事はあり得ない。図らずも、その部分でパイロット達全員の意識が統一された形になる。

「だから、1秒でも早く治って立ち上がりたい。それがクロウの本音じゃないのか?」

 ロックオンもクロウの不覚は事実として認めながらも、付き合いの長くなってきたソレスタルビーイング見習いを正隊員として庇ってやる。

「ブラスタの方は? 相当派手にやられてるだろ」

 デュオが、艦前方の機体格納エリアを拳から突き出した親指で指し示す。

「それなんだが」と、ロックオンは但し書きから始めた。「今、イアンのおやっさんとリーロン、厚井常務達がブラスタにかかりきりになってるが、流石に開発元の力無しじゃ完璧な修理はできないらしい。クロウには申し訳ないが、起き上がった後最初にする事は、ブラスタをスコート・ラボに搬入する作業になりそうだ」

「一刻も早く雪辱戦といきたいんだろうによ」

 竜馬の呟きに、ルカとデュオが首の動きで相槌を打つ。

「雪辱戦か…」

 搬入先で早々にあり得るだけに、ぽそりと繰り返してから、ロックオンはその可能性をZEXISの全員が知っているのではない事を思い出す。

 クロウを解き放つ意味と狙いを知る者は、ZEXISのオリジナル・メンバーとZEUTHを合わせても、未だ10人少々という少ない数字だ。今は、その話を仲間に打ち明ける事が許されない。巡り巡って、出発前のクロウの耳に入りでもしたら、敵に違和感として悟られるかもしれないのだから。

「で、お2人さんもクロウの見舞いか?」

 再戦の話を終わらせるつもりで、ロックオンは竜馬達に別の話を振る。

「いや、見舞いは昨日済ませてある。ちょっと冷たい物が欲しくなってな」

「俺達、揃って全敗だったのさ。それで少し、火照りを冷まそうと」

 余り詳しくは話したがらない竜馬に代わり、デュオが人差し指でトリガーを引く仕草を真似る。勿論、それはシミュレーターで行った模擬戦を意味する仕草だ。

「全敗? お前達がか?」

「ああ」と、ロックオンの問いかけにデュオが答えた。「相手は、昨日取ったばかりのエメラルダンのデータさ。もぉ強ぇの何のって! 半端じゃないぜ、あのオッサン」

 おどけた口調で柔らかく包み込んではいるが、デュオから滲み出る悔しさはロックオンにも伝わってくる。それぞれが一対一で戦い、圧倒された末に完敗したのだ。それも、一度ならず複数回も。

「それで、この珍しい組み合わせなんですか」納得顔で、ルカが小さく口で丸を描く。「あの数値は、まだ概算値なんです。昨日の戦闘は、エメラルダンの100パーセントでない事は明らかなので」

 直後、竜馬が壁に拳を打ちつけた。

「手抜きの技で負けただと!? っくそう!!」

「あ…!」

 失言に戸惑うルカへ、「わかっちゃいたんだ。気にするな」とデュオが助け船を出す。「ゲッターロボと俺のデスサイズは、昨日ライノダモンとブルダモンの掃討を引き受けてただろ? もし、俺達があのエメラルダンとかいう敵機と戦ったら、どうなってたか。それを確かめておきたかったんだ」

「結果は、4戦4敗。まるで話にならないぜ!」

 舌打ちの後、竜馬が罵倒する。無残な結果と、それを一度として覆す事のできない自分自身を。

 それは悔しかろうと、ロックオンは思った。確かに、冷たい物も欲しくなる。

「じゃあ、一息つくか」

 ロックオンが背中で竜馬達を誘導し、改装された食堂でそれぞれが飲み物を口にしつつ気を取り直す。頃合いを見て、ソレスタルビーイングのスナイパーは、先程の話を再び持ち出した。

「なあ。インサラウムの騎士だか何だか知らないが、俺達には俺達流の戦い方ってやつがあるだろ。あいつの強さが本物だとしても、いや、だからこそ、一対一に持ち込む必要はないんじゃないのか。次元獣をぞろぞろ引き連れて襲撃するような輩には、俺達全員の全力をぶつけるだけさ」

「そんな事ぁ、言われなくてもわかってる」と、竜馬が速攻で反論した。「俺も別に、本番でタイマン張りたいってんじゃねぇ。ただ、データでもいいから奴とぶつかってみたかった。それだけだ」

「そうそう」と、デュオが相槌を繰り返す。

「ま、それならいいんだが」

 二つ掲げた可能性のうち、竜馬の言わんとする事が指し示した方にロックオンが目をやる。

 あの竜馬が、敵の強さに総毛立つ興奮を覚えたのではなく、かえって冷静になったか。おそらくは、クロウを物差しにし敵の力量を計った結果、今のままでは自分にも一対一の戦いで欠片程の勝算もない事をはっきりと悟ったのだ。

 シミュレーターで確認したのは初手を凌いだ後の部分で、パイロットの技量、敵機の装甲、エネルギー残量など、思いつく限りのチェック項目を並べ立て、贔屓目無しに潰していった筈だ。竜馬の戦い方は勘働きではない。彼なりに、状況は適時分析している。

 強気な発言や荒事を好むところが目につきやすい竜馬だが、本物の修羅場慣れとは、こういう人間の中にあるものを指す。過去に一度たりとも竜馬が無謀な追撃戦に出た事がないところでも、彼の中に常時監視の目を光らせている冷静な部分が竜馬という男を握っている事がわかる。

 この男は決して、闘志だけに全てを委ねたりしはない。だからこそシュバルの強さ、そして自分との力量差を正確に見抜きもし、その敵と向き合うイメージを苗床に竜馬自身を更なる成長へと導くのだ。格闘家気質というものがあるのなら、竜馬に備わっているものこそ、正に格闘家の持つ才能と言うべきだ。

 それは、工作員としての英才教育を受けたデュオにも一部当てはまる。単独行動で一定の成果を上げる事ができるよう徹底的な教育と訓練を受けた事により、一人で見、計る為の優れた苗床がデュオの中には存在していた。対大国軍を睨んだ教育と訓練とはいえ、戦術予報士のプラン次第ではチームで行動する事も少なくないソレスタルビーイングのものとは似て非なる特徴があるように思う。

 それだけに、シュバルと一人で戦うイメージ作りは、デュオをシミュレーターに走らせた。竜馬と同様、勝算の低さに内心愕然としたところは察して余りあるものがある。

 アイム・ライアード、そしてアイムに及ばないまでもあのマルグリットというパールネイルのパイロットもまた、年単位の鍛錬をその身に刻んでいるとわかる。それも、過酷な実戦を含んだ鍛錬を。

 全てが霧散したリモネシアで戦った人語を解する銀色の巨漢。未だ全力で攻撃を繰り出そうとしないアイム。そして、それ自体が国家だと標榜する鈍色の巨大移動要塞。桁外れという言葉が裸足で逃げ出してしまいそうなあの怒濤の攻撃力を知っている者に突きつけられた、インペリウムの新たなパイロット。それが、シュバル・レプテールだ。ZEXISの誰もが自身の技量を慎重に計り直そうとするのは、当然の流れと言うべきだろう。

 昨日、シュバルに敗れたクロウの技量がZEXISの中で格別劣っていた訳ではない事は、皆がよく知っている。クロウも皆も、リモネシアで会敵した時よりは腕を上げていた。しかし、更に強くなる必要があるのだ。あのインペリウムを退け、地球圏から最大の脅威を取り除く為に。

 そして、生き延びる為にも。

「一対一に持ち込む必要はねぇ、か。ま、あいつと一番戦いたいのはクロウだろうし、俺は、あいつの剣でもぶち折ってやれりゃあ、それで満足だ」

「そうそう。クロウもよく言うじゃないか。『騎士様に野良犬の戦い方をご披露するか』ってな。俺達ZEXISには、ZEXIS流の戦い方があるだろ。シミュレーターでわかったぜ。俺もそいつを目指さなきゃ、ってな」

 竜馬とデュオの話を聞き、そうだ、とロックオンは心の中で大きく頷く。相手の力量云々は問題ではない。ZEXISのパイロット達が、自分達の戦い方を忘れてしまう事の方が恐ろしいのだ。奇しくもルカの提供したエメラルダンのデータは、その問題にも光を当てているようだ。ZEXIS内部は沈痛な空気に包まれているが、決して悪い状態ではない。

「ところで、ルカ」SMSの少年パイロットが包みを脇に抱えたところで、デュオが突然視線でその品を追いにかかる。「そのシャツの包み、俺はどっかで見た事があるぞ。ここをこうっ! 喉の上まで出かかってんだが」

「あ、これはですね」と、ルカが包みを両手で立て直し、包み紙にあるロゴを強調する。「2週間前に外出をした時、東京のデパートで買った物なんです。ブルダモンの攻撃から僕のメサイアを守ってくれたクロウさんに、お礼をと思って」

「そっか。それで、さっきの貧乏臭い話に繋がるのか」デュオがぽんと手を叩き、納得した事をやや大袈裟に表現する。「クロウは、2枚しかないシャツを着回して凌いでるからな」

「なんだ。みんな、気づいてたのか」

 ロックオンがぽそりと呟くと、ルカ、デュオばかりか、竜馬に、その時たまたま食堂に入って来たチームDのジョニーも頷いた。

「これといって特徴のない無地の白いYシャツだから。そういう理由から誰も気づいていない筈だと思っているのは、ZEXISの中でもクロウ本人だけなんじゃないですか」

「やっぱ、隠し通せると思ってたんだ!」

 ジョニーの推測をデュオが受けて驚く。

「幸か不幸か、今回捨てる事になったのは、左の襟端にゴマ粒程の穴が開いている方だろう。新品と交換するいい機会ができて良かったじゃないか」

 事実とはいえ情け容赦のないコメントを、竜馬がする。

「でも」

 ロックオンの背後から、更に別の声が割って入った。

 振り返るまでもなく、声質からZEUTHの女性MSパイロットのルナマリアだとわかる。

「1枚減ったから1枚追加した事になるだけでしょ。たった2枚の着回しなんて、何も改善されてないんじゃないかしら」

「そのうちの1枚は新品になった…って、2枚が危うい数には違いないですよね」

「随分前から追加を頼めって言ってるんだが、いつも『ZEXISもかつかつだろうし、どうせ3枚目は勿体なくて使えないさ』って聞きやしないんだ」

 ルナマリアとルカに、事情通としてロックオンが説明する。

「ZEXISがかつかつ!?」

 竜馬を除く聴衆の全員が、そこで声を一つにした。

「クロウの貧乏性って、自分の懐の話だけに留まらないんだ」

「クロウはただの貧乏性じゃなくて、人の懐にも思いやりのある貧乏性だった、って事か」

 ZEXISの懐事情に敢えて触れたのは、ルナマリアとデュオ。

「とはいえ彼の貧乏性は、筋金入りを通り越して哀愁すら漂いますね」小さく息をついた後、そう漏らすのはジョニーだ。

「これで1枚は確実に入れ替わるんだ。俺はそれで文句ねぇ」懐の話からは一歩退いているのは竜馬。

そして、「それじゃあ、今がちょうどこのシャツの渡し時なんですね」と安堵したのは、ルカだった。

 ルカが、手にしていたシャツの包みをロックオンにそっと差し出す。

「クロウさんが目を覚ました時、きっと最初に声をかけるのはソレスタルビーイングの皆さんだと思うんです。どうか、これを預かって下さい」

「俺でいいのか?」ロックオンは念の為、確認をとっておく。

「はい。僕からだとは言わなくても…」そう言いかけたルカを遮り、ロックオンは「必ず伝えておく」と敢えて強調する。

「ありがとうございます」

 再び頭を垂れるルカから、ロックオンはYシャツの包みを受け取った。

 

                * * *

 

 スコート・ラボのあるシカゴ郊外まで20キロを切ろうかという位置で静止し、蒼天の中、プトレマイオスはブラスタの発進準備にかかった。

 表向きは、修理の依頼と称して開発元へ単機でブラスタを送り込むという話でまとめ、回復したクロウにもそのように伝えてある。しかし実際は、インペリウムの動きを探る為にクロウに単独行動をさせる事も目的の一つに加えられていた。

 クロウにのみ奇妙な関心を垣間見せるアイム、同じくそのクロウを執拗に狙うライノダモンMD。サンクキングダムではシュバルが彼の搭乗するブラスタを襲い、インペリウムの資金は、彼を「貧乏人」と蔑んで憚らないアクシオン財団総裁カルロスが支えている。少なからずインペリウムに属する者達との接点を持っているクロウへの執着を逆手に取り、彼の単独行動で何を釣り上げる事ができるかを見届けようというヴェーダとスメラギ達の魂胆だ。

 当然、クロウには相応の戦力が送り込まれる事が予想でき、彼は危険に晒される事になる。それでも今後の対インペリウムという部分で、クロウに対する執着は計画に加担した者達全員が見届けたいと思っていた。勿論、クロウに加勢するZEXISの戦艦とパイロットも、既に選抜されている。

 作戦に参加する戦艦は、月光号。トレミーからブラスタを送り出した後、出撃メンバーに数えられているロックオンもまた、同ポイント上空に待機している月光号へと愛機ごと移動する手筈になっている。

 しかし、全てはクロウとブラスタを発進させた後の話だ。

 真新しい白のYシャツに袖を通し、すっかり血色の良くなったクロウがブラスタへの搭乗用タラップの前に立つ。ZEUTHも絡みZEXISとして立案した囮作戦の事など何一つ知らずに。

「似合ってるぜ、その新品のYシャツ」

 見送りに来ているルカの前で、ロックオンはクロウのシャツを褒めた。

「いいもんだな。新しいシャツっていうのは。気分までパリッとするから、新鮮な気持ちでチーフと面会できそうだ」にこやかな表情で目線を変え、クロウが言葉を足す。「ありがとうな、ルカ」

「はい」

 見送りする人間の中でも背の低い方に入るルカが、クロウを見上げ、邪気のない笑顔を返した。そんなルカだが、クロウを急襲するであろうインペリウムの勢力をいち早く捕捉する為に、誰よりも早く発進する事が決まっている。

 見送りに来ているパイロット達の中で囮作戦について伝えられていないのは、マクロスクォーターで待機する青山、甲児、トレミーで待機するデュオ、シンくらいのものだ。葵、竜馬、刹那、アレルヤ、アポロ、オズマは、出撃メンバーとして作戦の全てを知らされている。待機組とはいえ、デュオも薄々事態は把握している素振りを見せる。

「気をつけて行けよ、クロウ。でないと、後ろからアイムに襲われちまうぜ」という言葉には、出撃組の全員がどきりとさせられた。その反応に、デュオは作戦の内容について確信を得たようだ。

 咄嗟に出した葵の肘鉄を腹部に受け、デュオが身長を半分程に縮めて「悪ぃ!」と短く謝罪する。

「でも」と、慌ててクロウの気を引いたのは、アレルヤだった。「新しいYシャツがそんなにいいものなら、あと1枚くらい追加してもいいのに」

「2枚くらいでちょうどいいんだ」満足げにそう呟くクロウが、形の整ったシャツの襟にそっと触れる。「大切に使おうって気になるだろ? ま、今回は正面きって負けちまった訳だが、次はそんなヘマはやらねぇ。俺の意地にかけてもな」

 それが本音だったのか。「勿体ない」という話を刷り込まれていたロックオンとアレルヤも、今の話には合点がいった。

 やはりクロウは、最前線に立つZEXISのパイロットだ。金への執着以上に彼の根底を支えているものが、やはり確かに存在している。

「っと、そろそろ時間だな」

 さっと身を翻すクロウが見送りに集まった仲間達に一瞬だけ背を向けると、ブラスタのコクピットに飛び込む。

「気をつけて行ってこい」と声をかけるロックオンに、「修理代が安く済むように祈っててくれ」との言葉が返って来た。

 ブラスタの発進に備え退去を始める見送りの中で、皆の思いを葵が代弁する。

「結局お金の話になるんだ」

「今回ばかりは仕方がないさ。おやっさんでもお手上げな状況を開発元に何とかしてもらおうって話だからな」

 弁護に入ったロックオンが、一度だけブラスタを顧みる。

 光沢を抑えた白銀の機体は、部分的に黒い塗装が施されている。あの機体がトレミーから射出された瞬間に、白銀の翼は蒼天の映り込みに映えるのだ。

 人間やインベーダー、獣人の血を幾度も流したブラスタだが、ロックオンはあの機体を美しいと常々思っている。機体色だけではない。人型機動兵器の持つ威圧感の対極を目指している、とわかるのだ。それは、ブリタニア・ユニオンのランスロットに通じる思想と言ってもいい。

 世界初の対次元獣用機動兵器。それが、人間に対する威圧感を廃し機能美に対する配慮を優先させているとしても、人命を尊重する兵器という仕様を考えるなら、なるほど確かに間違ってはいない。

 一方で、スナイパーライフルを構えたデュナメスはどうだ。まるで、戦場を蹂躙する威圧感そのものではないか。

 しかし、それでいい。ソレスタルビーイングのガンダムが決して与えてはいけない印象なのだ。美しい、などというものは。

 目を細めたまま体を戻すロックオンの視線に、何かを感じ取ったのだろう。ルカがそっと囁いた。

「綺麗ですよね、ブラスタは。色も形も」

「ああ」

 ロックオンは、相槌を打つに留めておいた。

「御存知かとは思うんですが、絵の具で三原色を混合すると黒に、モニター上で三原色を混合すると白になるんです。ZEXISに所属しているブラスタは、ZEXISそのものを上手く表現しているんですね」

 うっとりと独りごちるルカに、青山が「ZEXISそのもの? ブラスタが?」と質問にならない質問をする。

「何と言うか…」それがこじつけだと気づいて、途端にルカが赤面した。「この世界のソレスタルビーイングや黒の騎士団のような非合法組織から21世紀警備保障といった会社組織、そして特派に代表される正規軍、これを混合した色を白とするなら。この多元世界と繋がって間もないカミナさん達暗黒大陸出身の人達、他の次元からやって来たばかりの僕達SMSやZEUTHの人達を混合した黒。ブラスタには、両方の色がメイン・カラーとして使われているんです」

「あー、なるほど」

 なかなか上手い事を言うものだと、感心顔でデュオが頷いた。

「前回の戦闘でブラスタはかなりの損傷を受けてしまいましたが、クロウさんもブラスタも、ZEXISには必要な存在です。これから発進し、必ず無事に帰還しなければなりません。象徴だからではなく、クロウさんとブラスタのいる風景を、僕達がなくしたくないと思っているから」

「ああ、そうだ」

 ロックオンの相槌に、力が入る。

 今からクロウは、再起を前提に単身スコート・ラボへと向かう。囮の役割を担った仲間とその機体を死守するのは、ZEXISのパイロット達が背負うべき役割だ。

 ブラスタの射出を確認する前に、出撃メンバーが走り出す。

 待機組からは、「がんばれよ!」との声が飛んだ。

「頼むぜ、ルカ!」

 ロックオンは片手を挙げた。

「皆さんも、宜しくお願いします!」

 走り出した者達が、更に二手に分かれる。

『ブラスタ、発進しました。トレミー搭乗の出撃メンバーは、出撃可能な状態で至急月光号に移動して下さい』

 トレミーのブリッジから、拡声器に繋いだフェルトの声がする。

 ハロを取りに戻りノーマル・スーツに着替えると、艦首に通じる通路には既にティエリアの姿があった。

「遅いぞ」

「そう言うなって。俺達の見送りがなけりゃ、いくらクロウでも何かおかしいって勘づくだろう」

「気づかれたのか?」

 ヘルメットを抱えているティエリアが、眉を寄せた。

「いや。あれなら大丈夫そうだ」

「たとえインペリウムが現れても、必ず俺達が叩く」

 同じくヘルメットを手にした刹那が、気合いと共にそう呟く。

「ああ。たとえ誰を釣り上げる事になってもな。ZEXIS流の戦い方なら、俺達は勝てるんだ。…絶対に誰も死なせねぇ」

 仲間達に、そして自身に言い聞かせ、ロックオンは走り出した。

 他のガンダムマイスターの足音も、それに続く。

 5分後。デュナメスが射出された空には、仲間達の機体と月光号が待機しているだろう。

 蒼天の空は、繋がっている。クロウが向かったシカゴ郊外の空へ。

 数時間後には、黒煙に彩られた戦場になっているであろう空へと。

 

 

                       - 了 -

 


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