Fate×Dark Souls   作:ばばばばば

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9話(後編)

「じゃあ行こうじゃないか」

 

 

 これから危険に飛び込むという状況でありながら、どこか楽し気な足取りで新都の街の先陣を切った慎二。

 

 それを白眼視しながらついていく凛と、何か考え込んだ様子の士郎。

 

 

 マスター達の会話を遮るつもりはないと、サーヴァント達は一歩下がりながらそのやり取りを遠巻きに見ていた。

 

 

「なぁ慎二、それで目星の場所ってのは、本当にそこで合ってるのか?」

 

「なんだい衛宮、僕を信じられないって言うのかい」

 

 

 そういうわけではと神妙な顔をする士郎に対し、慎二は胸元に折りたたまれた地図を取って広げて見せる。

 

 

「相手の動いた時刻は夜間に集中、夜も人がいる様な場所のビルが狙われてる。まぁこの新都の一帯を使い魔でも使って眺めながら選んでるんだろうね」

 

 

 地図には今までの被害箇所に几帳面な文字で細かく時刻や被害規模、慎二の考察などが書き込まれていた。

 

 

「向こうは隠してるつもりだろうけど、これだけ派手に動けば次は分かるよ、たとえば初めに起きた箇所から被害は円状に広がってるけど……」

 

「それで次の場所が分かるのか?」

 

「衛宮は本当に頭のめぐりが悪いなぁ……、話は最後まで聞けよ」

 

 

 士郎の朴訥な疑問に慎二は出来の悪い生徒を見るような目を向ける。

 

 慎二はそのまま気だるげに地図を裏返し、そこに大きな円を描き込むと、財布から10枚ほどの硬貨を落とした。

 

 

「衛宮、この円の中に落としたコインをバラバラに置いてみろ。いいか、ランダムにだぞ」

 

「ん? まぁ分かったよ」

 

 

 士郎は円の内の中で端に置かれたコインを並べて置いていく。

 

 

 置かれたコインはまばらな距離を取りながら、重ならないように円の全体に置かれていくがそれを見て慎二はやれやれと肩をすくめた。

 

 

「ほんと単純だなお前は……、いいかい、衛宮のそれは均等に置いただけだ。本当にランダムならコインは重なるし、場所はもっと偏る。衛宮がやってるそれはバラバラにしようとして勝手な自分のルールで置いてるに過ぎないのさ、そういうことを繰り返せば次にくる場所も自然と分かる」

 

 

 士郎は唸る様に腕を組むが、それを見て慎二は呆れたように硬貨を戻して地図を畳む。

 

 

「まっ、選んでる法則性はそれだけじゃない、魔術の準備のせいで妙な縛りがあるのか、それがノイズだけど手掛かりにもなった、僕は魔術にそこまで詳しくないからそこは苦労したね」

 

 

 その様子を見て、凛は少しだけ慎二を見ながら眉を上げる。

 

 

「それで、次に襲われる可能性が高いのがこのあたりなわけだけど……」

 

 

 慎二が遠くを顎で示してた場所はオフィスビルの一角、大小さまざまなビルが立ち並ぶ場所であった。

 

 

「多分だけど結界か何かで囲んで魔力を掠め取ってるんだろうね。今までの被害規模から結界のキャパは絞れてる。相手は士郎に似て几帳面なのかギリギリの大きさで納めると考えて、このビルに入ってる会社とテナントを八方の起点で囲むなら容積的に……、あそこから……、あの看板がかかってるらへんがお誂え向きだろうね」 

 

 

 周りを眺めて簡単にあたりを付け始める慎二は畳んだ地図の角でその場所を指す。

 

 魔術的な力のない慎二の調査が余りに本格的であったことに少しだけ見直した凛は彼を素直に褒めた。

 

 

「ふぅん、少しはやるじゃない」

 

「……やめてくれ遠坂、こんなのは少し考えれば誰でもわかるさ」

 

 

 こんなことに価値はないと詰まらなそうに吐き捨てる慎二。

 

 

「俺はできないぞ」

 

「はぁ……、衛宮にそんなこと言われても慰めにもならないんだけど?」

 

 

 慎二は心底うんざりしたように肩の力を抜いた。

 

 

「衛宮君はもう少し考えて行動して欲しいのは確かね」

 

「むっ……」

 

「なにが“むっ……”だ。どうせ遠坂と組んでた時も勝手に突っ走ってたんだろ?」

 

 

 士郎は自分をからかう声だけは生き生きとしている慎二に、何か釈然としないものを覚えながらも己の不利を悟り話を元に戻そうとする。

 

 

「……それでこれからどうするんだ? 入って調べるのか?」

 

「だから、衛宮は本当に話を聞いてたのかい? 獲物の前で僕たちがウロウロしてたら意味ないじゃないか。遠くで事が起こるまで隠れるに決まってるだろ」

 

「だが、それじゃあ中にいる人たちが――」

 

「事件を未然に防いじゃ意味ないわよ、これから起きることを防ぐためにすべきことは分かるでしょ?」

 

「それは……いや、そうだな。これは俺が違った」

 

 

 士郎は理が自分にないことも分かっていたのだろう、心のわだかまりを飲み込んだ。

 

 

「ちょうどここら辺のビルに隠れるかい? なにか飲み物でも買って待とうじゃないか」

 

「慎二、アンタ気を抜き過ぎ。遊びじゃないのよ」

 

「……なにか軽く腹に入れる物でも作って持ってくればよかったな」

 

「じゃあ後ろでピクニックみたいなこと言いだしてる奴はどうなんだよ遠坂」

 

 

 不意に凛から睨みつけられた士郎は気まずそうに目を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 一度戻るには短く、待つには少し長い時間、それなら腹ごしらえをしなければ力は出ないだろうとの士郎の言に一同は近場のコンビニへ足を向けた。

 

 

「これは面白いですね」

 

「そういえばセイバーはコンビニは初めてか」

 

 

 思えばコンビニよりはスーパーに行くことの方が多い士郎の傍についていたセイバー、その様子を初めて見たのか興味深そうにあたりを見回していた。

 

 

「市場をそれぞれ一つの棚に纏めたような場所ですね、ここは……」

 

「その分割高だったりするんだけどな、けど戦いの前だ。少しでも魔力の足しになるならセイバーも何か選んでくれ」

 

「値が張ると聞いてそれは……、いえ、感謝します士郎」

 

 

 そんな様子で歩き回るセイバーの後についていく士郎だが、興味深そうに商品を手に取る彼女の姿を見てるだけで見慣れたコンビニも飽きなかった。

 

 

「色とりどりの料理たち……、ここがメインを売っている棚と見受けられます」

 

 

 弁当とおにぎりコーナー、自動ドアをくぐって真正面にあるその棚の前には既に一人の男が唸りながら立っていた。

 

 

「むぅ……」

 

 

 それはおにぎりコーナーに立つバーサーカーであった。

 

 

「どうしましたバーサーカー」

 

「……セイバーか、この祭りのような様相を詰め込んだコンビニなる場所、見るべきものが多いが決めきれなくてな」

 

「なるほど、気持ちは分かります」

 

「リンに無理かと思いながらも頼めば、“おにぎり一個くらいは許してやる”と言われたのだが、そこからどうも難儀している」

 

「この中からたった一つですか……、それは難題ですね」

 

 

 士郎は子供に買い与えるおやつの話を軍議でもするかのように至極まじめに話し始める二人に笑いだしてしまいそうになる。

 

 

「このおにぎりなる糧食、実に奇妙だ」

 

「バーサーカーはおにぎりは初めてだったか? 日本人の主食の米を握った日本料理なんだ。後はお好みの具材を入れたり混ぜたり塗したり……」

 

「なるほど……、しかし使われる具材はどれも見たことがないな」

 

 

 バーサーカーは士郎の話を一通り聞いた後、おにぎりを指さして士郎に質問する。

 

 

「この緑の何かが混ぜられたものは?」

 

「混ぜ込みわかめだな、ワカメって言う海藻だ」

 

「じゃあこっちの……、なんだ、この綿毛のような物がついてるものは?」

 

「それはとろろ昆布、昆布って言う海藻を加工したのだ」

 

「海藻……? ではこの黒い何かが映ってるおにぎりは……?」

 

「……それは昆布の佃煮、……海藻だ」

 

「海藻……」

 

「待て、バーサーカー」

 

 

 なにか以前にも似たような出来事に覚えがあった士郎は何かを考えこむバーサーカーを制止した。

 

 

「幅があるようで、おにぎりの大半は海藻がつくものなのか……?」

 

「違う、いろいろあるぞ日本食のおにぎりは……! もっとこう、梅干しとか鮭とかツナとか、ほとんどは海藻じゃない……!」

 

 

 士郎はバーサーカーに心を乱されながら言い放つ。

 

 その圧に押されたバーサーカーはとりあえずは納得した様子で棚に目線を移す。

 

 

「そうか、何か分からないものを聞いていたが偶々か」

 

「あぁ、分かってくれたかバーサーカー」

 

 

 バーサーカーはそう言いながらおにぎり全体を眺め出す。

 

 

「そういえばなんだが、このどのおにぎりにも張り付いている黒い……、葉? いや紙か? これは何だ?」

 

「…………海苔だ」

 

「ノリとは?」

 

 

 士郎は強烈な敗北感を感じながら、呻くように呟いた。

 

 

「…………………………海藻だ」

 

「………そうか」

 

「待て!!」

 

 

 既にバーサーカーの脳内では『おにぎり=海藻に呪われた民族によってつくられた料理』という考えがインプットされていた。

 

 

 

 そんな風に、目的のビルを遠目に見張りながら彼らはいくらかの時を過ごす。

 

 

 

「開けようと思ったらノリが破れた。……これはこういう食べ物なのか? バラバラにして塗すのが正しいのか?」

 

「違うわよ」

 

「……どうやら“おにぎり”を食すにはある程度の技量が求められるようですね」

 

「どうやらそうらしい……。セイバー、貴公はしくじるなよ……」

 

「あぁもう、見苦しい食べ方をしないでバーサーカー」

 

「貴方の犠牲は無駄にしません。くっ、しかしこれは……、どこから攻めるべきか……!」

 

 

 

 とりあえずフィルムを開けてみたバーサーカーの掌のおにぎりは崩壊し、それを見て愕然とした表情をするセイバーは自身の目の前にあるおにぎりを見つめる。

 

 

「遠坂、そう言ってやるなよ。初見じゃおにぎりフィルムを開けるのは難しいだろ、ほらセイバー貸してくれ」

 

「シロウ……! 助かります」

 

 

 セイバーからおにぎりを受け取った士郎は僅か数秒足らずで開封していく、それを見ながらバーサーカーは驚愕のため息を漏らした。

 

 

「なんと流麗な……、どうやら私にその資格はないようだ」

 

「そんな大げさな話じゃないでしょ……」

 

 

 そんな様子を見て、慎二はペットボトルのお茶を一口含んだ後、半目で彼らのやり取りを見渡す。

 

 

「なにが気を抜くなだよ、まるっきりピクニックじゃないか、お遊び気分なのはどっちだよ全く」

 

 

 その言葉に何も言い返せずに言葉を詰まらせる凛、そして士郎は苦笑いを浮かべた。

 

 

「悪い慎二、もちろん目的の場所はちゃんと見張ってるよ」

 

 

 士郎の目線は件のビル群、すでに外は暗く、ビルの窓からは明かりが漏れ出している。

 

 慎二の言葉に周りの者たちの監視の目が改めてそこに集まるが、今のところ何も動きが見えない現状、ひとところに集まりながら、疎らに雑談に興じて彼らは時を潰した。

 

 

 そんな浮かんでは消える話題の中、日が完全に落ち夜が深まった時、煌々と光る街並みを見てバーサーカーがポツリと呟く。

 

 

「……あれだけの光を火を使わずにとは、聞けば人が作った物なのだろう? 何時の時代も天才は居るものだな」

 

「まぁ、利便性を考えたら魔術なんかより現代科学の方がよっぽど優れているのは確かね」

 

「あれはどういう仕組みで光っているのだ?」

 

「えっ、それは……、あれだわ、雷みたいなもんよ」

 

「雷……、あのような小さなガラスに雷を封じてるのか……」

 

 

 その言葉を士郎は苦笑しながら凛の代わりに答えた。

 

 

「雷が光る理由も同じだから凛の説明でも間違ってないけど、電気の通り道が高温になって光を放ってるんだ。あの光ってる部分は特に力を光に変えやすくて丈夫な素材、いわゆるフィラメントって奴だ」

 

「ううむ……、雷が何故光るなど考えたこともなかった」

 

 

 その説明の半分も飲み込めていないバーサーカーではあるが、自分の世界とは隔絶した技術力とその理解にもう一度、町に灯る光を眺め透かす。

 

 

「そんなにこの景色が珍しいのかバーサーカー?」

 

「あぁ、基本は火の光、あって魔術の光か、この人が闇に打ち勝ったような光景は私の想像の外にある凄まじい景色だ」

 

「バーサーカーがいた所は普通に魔術がある場所で、バーサーカーも魔術は使えるんだっけ。魔術の火が灯る世界なんてそっちの方が見てみたいけどな」

 

「あぁそうだな、私のいた所では――」

 

 

 そう言いかけてバーサーカーは口を閉じ、凛を見た。

 

 これ以上自分のことを語るのはサーヴァントとして得策ではないか、とバーサーカーは思い直したのだ。

 

 しかし、それを察した凛は変わらない表情を浮かべている。

 

 

「別にいいわよ、どうせ聞いても意味わかんないしね」

 

 

 凛もここに来るまでに何度かバーサーカーの住む世界について聞き及んでいた。

 

 誰にだって聞いたこともない、本で見たことすらない世界の話、そんな未知の世界で当の本人が覚えている事すらあやふや。

 

 したがって、ここに誰に聞かれようがバーサーカーの正体に繋がるような物は何一つ出ない、そもそも自身の肝心の真名すらここに来る前から覚えていないので、誰だろうが当てようがないと凛は考えていた。

 

 

 だが、それ以上にこの話をしても意味がない理由を凛は知っていた。

 

 

「魔術の光か……、私のいた世界は暗い世界だった。火が陰りかけた灰のような……、いつだってそんな場所に私はいた」

 

 

 そんな凛の許しを受けて、バーサーカーは思い起こすように再度口を開く。

 

 

「ながい間、戦ってきた気がする。時間も場所もあやふやで、一本道なのに同じところをグルグルと繰り返しているようで……」

 

 

 しかし、初めの思い返すような口調から、バーサーカーの語り口は次第に胡乱なものとなっていく。

 

 

「だがどうにかしようと……、どうにか出来たのか? いや、いっそ終わらせたのか? ちがうな……、光すら届かず、闇さえも……、それが失われた先にだって意味はない、そうだ、先……、その先に進んで……、終わりは……?」

 

 

 バーサーカーの身の上話、士郎は思惑などなく聞いていたが、慎二はその正体を暴けるのではという打算もあり耳をそばだてていた。

 

 

「最後……、そうだ、最期だ。私? 私は最期にどうなったんだ……?」

 

 

 だというのに、バーサーカーの言葉に皆が耳を傾けていた状況で、男は最後には呆けたようにぼんやりと町の光を見つめてしまう。

 

 

「はぁ……、バーサーカー、それでアンタの世界は普通に魔術の光がある場所なの?」

 

 

 凛が今にすればどうでも良い、当初の話題であったはずの質問を投げかける。

 

 そうすればハッとしたようにバーサーカーは顔をあげた。

 

 

「うん? あぁそうだ、魔術の光はあった。だが光を生み出す単純な魔術であるが、それはウーラシールの魔術だ。ヴィンハイムではついに実現できなかった彼らの神秘だな」

 

「ハッ、光を生み出すなんて初級魔術が神秘だなんて随分魔術が進んだ時代なんだね、……それでそのウーラシール? ヴィンハイム? それは地名かい?」

 

「探ってるつもりだろうけど無駄よ慎二」

 

 

 慎二のを探るような質問を止める様なことはせず、凛はため息をついた。

 

 

「そうだな、ウーラシールには行ったことはあった。……いや、だがそこは何百年も前に滅んでたな……? ヴィンハイムは一体いつ? あそこもまだ残っていたのか? そうだカタリナ、あの国は昔からあったはず……、かの騎士たちはいつの時代も気風のよい者達で……、うん? 何時の時代……? 私は何時彼らと会った……?」

 

 

 次第にブツブツと独り言に閉じこもるバーサーカーを見て、慎二は呆れたようにその様子に溜め息を吐く。

 

 

「なるほど、バーサーカー(狂人)だ。バーサーカーの癖に狂化してないように見えてやっぱり頭はちゃんとおかしくなってるんだね」

 

「狂化……?」

 

「衛宮はそんなことも知らないのかい? 理性や思考力と引き換えにサーヴァントの能力を上昇させる方法があるんだよ」

 

「言っとくけど、私はそんな外法はやってないわよ」

 

 

 凛の言葉に慎二は厭味ったらしく笑みを深める。

 

 

「こいつを見たら分かるでしょ? その狂化による能力上昇の恩恵もないに等しいのよ」

 

「見てない僕は君がどう召喚したかなんて分からないさ。あぁそれとも、ここに来る時は既に狂ってたのかもね」

 

 

 そんな慎二の推論に腹立たしさを覚えながらも、悔しいかな、違うとは言い切れない凛のもどかしさである。

 

 そんな風に彼女をやり込めたことに対して優越感を感じたのか、調子に乗った慎二はさらに言葉を続ける。

 

 

「どんな英霊だったんだかね……。まぁどうせ、どこぞで叩きのめされて心が砕けて狂った哀れな亡霊みたいな線が一番ありそうな――」 

 

 

 

「我ら不死人、例え狂えど、心は折れぬ」

 

 

 

 不意にバーサーカーは跳ね上がるように首を捩じり、慎二の方に顔を向ける。 

 

 その語り口には、今まで彼には感じなかった重厚な威圧感と、人を引き付ける様な響きがあった。

 

 

「な、なんだよ急に、文句でもあるのか?」

 

 

 不意に走る緊張、皆がバーサーカーの続く言葉を待った。

 

 

「……いや、そうだな……、何でもないぞ慎二殿……、いや今は仲間だから慎二と呼べばいいか? 貴殿の推察もたしかにそれらしく聞こえるな」

 

 

 しかし口を開いた時にはバーサーカーはいつもの調子に戻ってしまう、先ほどの雰囲気はどこぞへと霧散していた。

 

 

「ううむ……、貴殿の言う通り私はどこかで心折れた亡者なのかもしれん……」

 

「……そりゃどうも」

 

 

 バーサーカーは今自分が発した言葉を忘れたように、慎二から目を離して街を眺める。

 

 その手にはいつの間にか真鍮製の遠眼鏡が握られていた。

 

 

「アナログだなぁ……、魔術が使えるならそんな道具を使わず視力の強化ぐらいみせて欲しいね」

 

 

 そんな風にぼやく慎二の言葉を聞き流しながら、バーサーカーは不意に何かを見つけたような声をあげる。

 

 

「……むっ、塔からなにやら人が出てきたぞ?」

 

「なに?」

 

 

 そう言われた一行はバーサーカーの言葉を聞いて闇夜に目を凝らすが、常人の視力しか持たない士郎と慎二は、その場所を見つけられないでいた。

 

 

「どこだバーサーカー?」

 

「一番左の建物の角だ」

 

「どこだ……くそっ、遠くて見えないな……」

 

 

 そんな二人にバーサーカーは遠眼鏡を差し出す。

 

 

「限られた者が使えるより、誰もが使える方が便利だと思う。なにより道具は人に貸せる。……何個か遠眼鏡がある。こっちの物を使うといい、ちょうど三つあるぞ」

 

「なんで双眼鏡を何個も持ってるんだよ、一個で十分だろ……」

 

 

 そうして二人が注視した先にはスカートスーツに身を包んだ女性が建物の角に立っている姿が見える。

 

 それだけならこのオフィスビルの並ぶ新都ではなにも不自然でない景色であるが、女性はふらふらと建物の角に近づくと、壁に向かって一心不乱に何かを書き込み始めた。

 

 

「何かの術式……? 遠坂、あの人がマスターなのか?」

 

「……いえ、違うわ。あれは操られてるだけね。見なさい、他のビルの角にも同じように人が立っているわ」

 

 

 凛の言葉に士郎が他の場所を見れば、そこにも同じように壁に向かっている人影が確認できた。

 

 その人々の手によって書かれたその文字は濡れたインクのようであり、重力に従い壁を伝いながら地面へと流れていく様子が見える。

 

 

「あれは……、おいまさかあの文字は……!」

 

 

 

 複雑な図形を書き込んでいる彼女の手には何も握られていない、ただ、人差し指を固いコンクリートへ指の骨が見える程に強く押し付けているだけである。

 

 普通なら痛みの叫びをあげるはずの彼らは、ほんの数十秒で壁にその凄惨な文字を書き上げると、その文字はまるで綿に吸い込まれる水のように壁にしみこんでいった。

 

 そして人形のように操られた人々は、ぎこちない動きでビルの中に戻っていく。

 

 

「……行くわよ、どうやら敵が動き始めたみたいだわ」

 

 

 

 

 その一言で彼らはビルへ急いで向かう。

 

 

 そして彼らがビルの中にたどり着いた時、既にそこは敵の術中だった。

 

 

 

「これは……」

 

 

 入った瞬間に感じる虚脱感、まるで骨を柔いスポンジに変えられていくような感覚。

 

 魔術的な素養がないなら腰砕けになるだろう魔術が張られたそのビルのエントランスには先ほどまで外で結界の起点を書き込んでいた人々が覆いかぶさるように倒れていた。

 

 

「人が倒れてる……! 救急車を――」

 

 

 それを見て反射的にその選択を言いかけた士郎はその後に口を噤む。

 

 

「おいおい、この結界を調べるのが先だろ衛宮、起点を壊すにも魔力がどこに向かってるかを調べなきゃいけないんだからさ」

 

 

 士郎自身もそのことは分かっていたのだろう、だがつい口に出た言葉を慎二は嫌味のように刺した。

 

 

「……僕だってこんなところに長居はしたくないからね、頼んだよ遠坂」

 

 

 彼は懐から取り出した本を握りしめながら話しているが、この結界のおかげで本調子でないことは見ればわかった。

 

 

「おそらく人から集めた生命力を魔力に変換、どこかに集めて送ってるはず……、少し調べさせて」

 

 

 その言葉を聞いて、士郎はエントランスに倒れている人々を結界の外へ運び出そうと担ぎ出す。

 

 

「……何やってんのさ衛宮はさ」

 

「できることだ」

 

 

 魔術的素養があるならこの結界内部でも動くことは可能である。

 

 だがそれは可能というだけであり、自由に動けることを意味しない、実際に士郎は油汗をかきながら肩に担いだ人を玄関へと引きずっていた。

 

 

「衛宮は本当に馬鹿だね、敵陣で余計な体力すり減らしてどうするんだい。やるにしてもサーヴァントにやらせろよ」

 

「シロウ、私も手伝います」

 

 

 すでに士郎が一人目を抱え起こした時には、慎二の後ろにいたセイバーは他の二人を両脇に抱えて士郎に着いていっていた。

 

 それを慎二は面白くなさそうに眺めている。

 

 

「おいライダー、この結界の術式が分かるか?」

 

 

 慎二は懐から先ほど見た術式の大まかな形を写したメモを開く。

 

 

「それなら先ほど私も見ました。おそらくですが、ヘカテーの魔術を汲む術式で……」

 

「誰が今僕がそんなこと聞いてると思う訳? その魔力がどこに集まるかを聞いてるって話の流れで分かるだろ? あと今は流すけどその情報、気づいた時に言えよな」

 

「一般的に中心に集まりますが、術式によって変えられるので確実にここだという場所は――」

 

「あのさ……、相手はやたらめったらに魔力をかき集めているんだ。お前はその普通に考えた時にありそうな場所を言えばいいんだよ、ほんとに使えないなぁ……」

 

 

 慎二はビルの案内図をチラリと見た後、凛へ声をかける。

 

 

「で? どうだい遠坂」

 

「そうね……、確かに建物の中心に魔力が流れているわ」

 

「なら、3階のオフィスらへんかな? おい衛宮、そんなことしてる暇あるなら早く行くよ」

 

「今運び終わった。……それで」

 

「階段はそっちだよ」

 

「あぁ、分かった」

 

 

 言葉少なく交わされた会話の後、士郎は先陣を切って歩き出そうとするので、セイバーはそれを言葉で制した。

 

 

「シロウ、先頭は私が」

 

「無駄無駄、衛宮馬鹿だから、コイツもうキレてるよ。問答する前にさっさと追い抜いた方がいい」

 

 

 その会話の最中でさえ、先に進んでいく士郎を見てセイバーは慌てて士郎を追いかけた。

 

 

「私達も行くわよバーサーカー」

 

「なら殿を務めよう」

 

 

 結局、士郎を追いかけるように一団は結界の中心部へと向かう、そしてビルの3階に到達した時、明らかな異変が起きていた。

 

 

「なにこの音……、硬い何かが擦れるような……」

 

「……骨だな」

 

「骨?」

 

 

 その音を聞いて警戒する凛に対し、バーサーカーは一瞬で察したようで、実に嫌そうな顔で端的に一言で表す。

 

 

「……骨ですか、骨を使った使い魔で結界の中央を守らせているのかもしれません」

 

 

 不意にライダーはそう呟くと、彼女が何かを言うとは思っていなかったのか慎二は意外そうな顔をする。

 

 

「骨の使い魔ねぇ……、で、それだけ? 他に何か知ってるんじゃないのかライダー?」

 

「……そうなのライダー?」

 

 

 ライダーは少し考え込んだ後、慎二ではなく凛の質問に答えるように口を開く。

 

 

「骨の兵というなら撒かれた者(スパルトイ)でしょう、竜の歯から兵士を作る魔術です。先ほどの結界から考えても、これが英霊の魔術とするなら相手は私の時代に類する英霊なのかもしれません」

 

「ふぅん……」

 

 

 その言葉に慎二は自分の頬を撫でながら、何かに気づいたように笑みを深める。

 

 

「相手が誰か気づいたの慎二?」

 

「さぁね。現状は憶測だし、ここで当たってたとして意味ないよ。それに衛宮が早く中に入りたそうにしてる。今は良いじゃないか」

 

 

 士郎はオフィスに備え付けられていた業務用の断裁機から刃の部分を器用に取り外すと既に強化の魔術を施していた。

 

 

「ちょっと士郎、こっちにはサーヴァントが3体もいるのよ。まさかアンタも戦う気?」

 

「危険が迫らなければシロウは後ろにいてください」

 

「そうは言っても護身用は必要だろ」

 

 

 そうは語る士郎であるが、その目に浮かぶ意思は戦意に溢れており、敵の目の前に飛び出しかねない危うさを孕んでいた。

 

 

「リンの言う通りだ。やめておけ士郎」

 

 

 そんな士郎に対して、珍しく凛の意見に同調するバーサーカーは士郎の得物を指さしたあとに言葉を続ける。

 

 

「骨に刃物で挑むなど……、見るものに見られたら嘲られてしまうぞ、使うなら鈍器だ」

 

「確かにそうだな」

 

「違うわよ!!」

 

 

 しかしというべきか、やはりバーサーカーは凛の言葉など汲んでなどいなかった。

 

 

「この水差しは少し間合いが狭いか……、そこの螺旋の紐がついた重石はフレイルに近いんじゃないか? 取っ手もあるぞ」

 

「あぁ、これは電気ポッド、あとそれは電話の受話器だな」

 

「あんたらオフィス用品や家財道具を武器にするなんて阿呆なの?」

 

 

 真剣な顔でオフィス用具を見回す不審者二人に、凛は呆れたような顔を見せる。

 

 

「何を言う、フレイルも元は脱穀用の穀竿が原型だ。手に馴染む道具を武器にするのは実にありふれた話だぞリン」

 

「そういう話じゃないでしょ……」

 

「そうだな。俺は慣れてないから、悪いけどこの誰かが忘れた傘を使わせてもらうよ」

 

「なら私はメイスを使うか、敵が骸骨相手ならやはり神聖のクラブだな。いや、同じ骸骨とは言え敵の弱点が分からん、いっそここは我が導きのグレートクラブを……」

 

 

 幾つかの武器を瞬時に手元に取り出すバーサーカーを見て、今まで関わるのも億劫だという表情をしていた慎二はため息をつく。

 

 

 

 

 

「……というかさ、さっき僕らに双眼鏡を貸したんだから、そのたくさんある物騒な品のどれか一つを衛宮に貸せばいいだけじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、行くわよ。敵を殲滅した後、集められた魔力を私が探って敵の根城を調べるわ」

 

「あぁ、分かった」

 

 

 凛の合図で3階の奥、オフィスの大部屋に突入する彼らを出迎えたのは骨の兵隊達。

 

 大きな牙だけの頭部、人ならざる頑強で太い骨の体躯、その手にすら骨で象られた様々な武器が握られている。

 

 それは人型のみならず、鰐や狼などの獣の異形すら交じっていた。

 

 

 前に出るのはセイバー、それらを相手にする竜牙兵達を一合すら切り結ばせずになぎ倒し、その討ち漏らしをライダーは鎖の杭で砕いていく。

 

 

 しかし、本来なら大立ち回りで敵を粉砕できるセイバーとライダーではあるが、辺りに人が幾人も倒れ込んだこのオフィスではその全てを処理することはできず、数にものを言わせる敵は最後尾に身を滑らせた。

 

 

 それをバーサーカーは無駄に巨大なこん棒(グレートクラブ)を叩きつけ、バラバラになった敵を執拗に鈍器で骨の髄まで砕け散るまで叩きつけた。

 

 

「ちょっと、そんなにしなくてもいいでしょ。こっちからも来てるわよ」

 

「俺が前に出る!」

 

 

 敵へ足止めのガンドを打ち込む凛、士郎はその隙に粗末な木の棒に見えるクラブを叩きつけると目には見えない力が骨の体にしがみ付く術式を焼き切る。

 

 

「これ、悪くないな」

 

「僕には衛宮がこん棒をもった野蛮人にしか見えないけどね」

 

 

 バーサーカーに無理やり持たされたヒーターシールドに隠れ、慎二はほんの少し震えた声を何とか軽口で押しのけた。

 

 

「木は手に馴染む上に軽い、つまり誰でも使える。それにこれは地下墓のお供に最適なんだぞ」

 

「知らないよ……!」

 

「……次が来るわよ! 喋ってないで手を動かしなさい手を!」

 

 

 

 

 敵の掃討は問題なく進み、あたりに動くものが仲間以外誰もいなくなった時、凛は素早くこの階の中央へ駆け寄った。

 

 しゃがみ込みながら床に触れる凛を見守る様に各々は立つ。

 

 

「……魔力の流れていく方向は大体分かったわ。……でもだめね、もう一か所ぐらい抑えれば正確な場所が割り出せそうだけど………」

 

「地図がある。その方向はどっちだい?」

 

「この地図で言うと――」

 

 

 その言葉を聞いて、詳しい話を地図を広げながら話し合う凛と慎二。

 

 

「ここまでやったら相手のクラスは遠坂も大体想像できるだろ?」

 

「えぇ、相手はキャスターね……、陣を張ってると考えていいわ」

 

 

 理詰めで考える慎二の意見は魔術的な見落としを補完し、彼らの話し合いは非常に建設的に進んでいく。

 

 そんな様子を自分に出来ることはないと遠巻きに見ていたバーサーカーは同じように横に立つ士郎に声をかけられる。

 

 

「バーサーカー、助かった。これ返すよ」

 

「あぁ……、それにしてもキャスターか……、確か魔術師のサーヴァントだったか? そういう手合いは同じ不死人だろうが強敵だろうが非常に厄介だ。搦手も使ってくる」

 

「そういうものなのか?」

 

「私の知る魔術師達は皆、一癖も二癖もあった」

 

「なるほど……」

 

 

 そんな記憶もおぼろげな彼らに思いを馳せていると、自然とバーサーカーの目線は凛の方へと向かいかけるが、それを鉄の意思で曲げてバーサーカーは外を見る。

 

 そんな中、思わず凛の方を見てしまっていた士郎は、何故かこちらに顔を上げて不機嫌そうな表情をする凛と目が合ってしまい、慌てて目線を逸らした。

 

 

(フッ、まだまだだな、セイバーのマスターよ)

 

 

 しかし心で囁いた筈の呟きだというのに、続いて何故か凄まじい勢いで凛が睨んできため、バーサーカーは無言で亀のように首をひっこめた。

 

 

 

「遠坂?」

 

「ごめん、それでキャスターの張ってる陣の位置だけど。サーヴァントレベルのキャスターなら、どこだろうとロクでも無い伏魔殿になるわね」

 

「……そうだな、単純に考えようか。逆説的に言うなら、お相手は陣を張るのに一番適した場所にいると考えられるんじゃないかい? 僕はそこら辺の霊地には詳しくないんだけど、遠坂は?」

 

「そうねこの方面だと――あるわね、普通ならマナが濃すぎて逆に魔術師の拠点に向かないような所」

 

「普通なら、……ね」

 

「言わないで頂戴、あー、抜けてたわ、盲点というか単純にこれは私のミスね」

 

 

 

 どうやら結論は出たようだと二人の雰囲気から察した者達は凛の言葉を待った。

 

 

 

 

 

 

「敵のサーヴァントはキャスター。ねぐらは柳洞寺、冬木最高の霊地よ」

 

 

 

 

 

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