まちがいさがし   作:中島何某

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10話以後11話以前


Perish the thought.

 

 

 ここいらで定員割れしているそれなりの条件の公立学校をなんとか見つけ、通学・居候の生活も体に馴染んできた頃合い、日々は惰眠を貪るように、或いはあっと言う間もなく流れていく。ウィーズリー家を出て、未だにオイルショックや不満の冬の脛を噛んでは顔を顰める非魔法族の大衆に身を寄せると、未来に死んだ筈の奇妙な生い立ちの自身までもが肉体と精神の感覚を狂わされ、ジャネの法則が加速したり足踏みをしたりと忙しない。

 

「What's the time Mr. Wolf?」

 

「It's dinner time!」

 

 間延びした声が響いていた庭に、キャアと高い声が聞こえてふと読んでいた本から顔を上げる。どうやら『What's the time Mr. Wolf?(オオカミさん今何時?)』のだるまさんが転んだパートから鬼ごっこパートに移行したらしい。俺を挟んで同じくらい歳の離れた少年たちが子犬のように駆け回って、鬼役が追い付いた先でじゃれ合っている。

 ここはルパート・アンバディ氏の家のはす向かいのウィルソン家で、その家のナンシー婦人に同じ学校に通う彼女の一番上の息子のついでに放課後迎えに来てもらい、そのままアンバディ氏が仕事から帰ってくるまでおいでなさいなと誘われて現在庭先に本を持って腰を据えているのだ。今朝学校に行く時は雨が降っていたが、午後も過ぎると晴天になり、婦人は丹念に手入れをしているペチュニアやバラ、マーガレット、駆け回る自分の子供たちを横目に芝刈りをしている。

 再び本に視線を落とすが、一瞬見られていたのに気付いたのかこの家の少年たちは俺に駆け寄ってきて疲れを知らない笑顔をくれた。

 

Lot! Let's play together!(ロットも遊ぼうよ!)

 

Thank you for the invitation.(お誘いありがとう。) But, I'm in the middle of something.(でも今ちょっと取り込み中なんだ。)

 

How come!?(なんつった!?)

「pardon?」

 

 今日は一緒に遊びたくない、と顔にだしてだらだらと長文を返せば、兄の方にしょうがない奴めとでも言いたげに服を上下に引っ張られたり頭を小突かれたりしたので、持っていた本で小突き返す。婦人は芝刈りを終えて微笑ましそうに自分の子供たちを眺めてから、ふと引き締まった母親の表情をした。

 

「もう四時よ、オリバーは宿題をして頂戴。トニーも中に入って御本を読んで。さ、ロットも入って。ルパートがそろそろ来るかもしれないわ」

 

 イギリスの家庭では5時や6時の夕食はままあることで、その前後に子供たちは宿題を済ます。下の弟のトニーは未就学児だが、絵本でトリンガル教育をされているので四時になれば兄と同じように机に齧りつくことになる。

 子供たちをまず手を洗わせるために洗面台に追いやった彼女は、俺の持っている本を覗き込んで尋ねた。

 

「アナタは本が好きね。今度は何を読んでいたの?」

 

「オーウェルの動物農場を」

 

「ああ、反ソ連の時のね。たまにはシェイクスピアやジェーン・オースティンを読んでみたら?」

 

「女性はロミオとジュリエットや高慢と偏見がお好きなものですか?」

 

 聞くと、彼女はちょっと唇を尖らせた。「デニス()みたいなことを言うのね」と。高慢と偏見の次女エリザベスのように大衆の価値観で括られるのをよしとしないのか、最近デニス・ウィルソン氏との仲があまりうまくいっていないのかは判別つきづらい。ウィルソン氏は会うたび英国病が抜けきらないような顔をしていたり、サッチャーに激しく批判的であったり、ロンドンの雨模様のような情緒不安定さを思わせるも、婦人をよく愛し子供たちのよき将来のために手を尽くしたりと、深い交友が無ければシーソーのように掴みづらい人物だ。俺と氏では子供と大人という関係性もあり、あまり詳しくないのが現状だ。

 逆に俺も家の中のことをべらべらとは喋らず、アンバディ氏も非魔法族の周囲に俺のことを他人か自分の子供か、はたまた親戚の子かはっきりさせないので、ウィルソン氏は子供の生育環境としてよくないとアンバディ氏を責めつつ出来ることがあれば手伝うと親密そうでいて曖昧な立場を選択している。

 俺としてもはす向かいの家の内実に興味を持つのは下世話かと思い、婦人には「すみません、クラスメイトの女の子にそれらを好む子が居て」とはぐらかした。

 

「まあ、その子が好きなの? それともアプローチをかけられて?」

 

 それに困ったように首をふる。

 

「いいえ、彼女は僕が高慢と偏見を読んでいるのを見つけて、今度はエマや分別と多感をいつ読むのかしきりに声を掛けてくるんです」

 

「なるほど、同世代のファンを増やしたくてしょうがない子が居るのね。アナタのファンなんじゃなくて、オースティンのファンなの」

 

「ええ、とても熱狂的な」

 

 クスクス婦人は笑いだし、「きっとその子のお母さまがオースティンファンなのね」と愉快そうに言う。「とても、熱狂的な」と付け足して。

 

「ロットの本好きもルパートから?」

 

「どちらかというと彼のは収集癖かな」

 

「まあ、将来あの大きな家を図書館にする予定かしら」

 

「その時はオリバーとトニーの好みの本も仕入れるように頼んでみるよ」

 

 軽口を叩きながら彼女はキッチンへ、自分は外で遊んでいないがこの家の習慣に則って手を洗っておかねばと洗面台へと別れ、いつものようにリビングのソファをひとつ借りた。

 

 さてあんな冗談を口にしたが、自分がアンバディ氏の邸宅に長居する可能性をあるというには些か懐疑的な姿勢にならざるを得ない。アーサーやアンバディ氏は子供に気を使ってか直接口にしないが、実際氏の家にお邪魔する約束は半年ごとに更新されるものだ。これ以上引き取るのが無理そうだと思えば氏は一か月半前にはアーサーに連絡し、その間に彼は新しい非魔法族での息子のお邪魔先を探す。見つからなければウィーズリー家に回収という流れになるだろう。

 モリーとアーサーの会話を偶然ウィーズリー家で聞き及び、初見まるで試すような真似でアンバディ氏の反応を窺ったが、その時は割合無関心寄りの評価を得たにも関わらず、受け入れの体勢は深々とあるように感じられた。

 

 実際、ルパート・へクター・アンバディという男は物事を切り捨てる側面と押しに弱い側面を持ち合わせている。そして他者に注目されるのを嫌い、同調主義をも嫌う。

 押しに弱いとは言ったものの、頼まれごとは舌先三寸で躱す印象も持つ。どちらかと言えば困っている人が居れば、己でどうにか出来るならば、と思ってしまう(、、、)タイプの人間だ。自罰的且つ厭世的という評価を下すのは、この短い期間でも難しくない。

 自分以外の他者をけだるげに嫌い、どこか地に足をつけず見下しているのに、他者からの悪評を恐れる矛盾を抱えている。悪評を避けるため、自分の健全な自尊心のために他者を助けるのに、そのために自分の資産や時間を犠牲にすることを厭わないという無意識の思考回路は破滅的だ。

 その不安定な青少年的熱情と俯瞰的で冷めた失望の様子は、果たして1年もここに居られるだろうかという不審さと、望めば幾らでも居られるだろうという狡猾さを脳裏に過らせる。彼はまるで死んでもいいと思いつつ、他者に迷惑を掛けないためにルールを守ってアクセルをいっぱいに踏むイカれたドライバーだ。その思い切りの良さと暗黙のルールの順守、形骸化したルールの無視が技術的評価を下されるだけで、鉄の塊(不注意)でいつ死んでも構わないペシミスティックな観念は時代的なものか、はたまた人生の過程で徐々に捻くれたものか、そうでなければある一点で悲劇的にねじれた運命によるものか。

 

 さてはす向かいの家の内情については下世話と忌避したが、居候先の家長についてはどこまで踏み込むべきか。踏み込まないにしても無知を装うか、口を出さずに寛容さを見せるか。30歳に差し掛かるかという年若い家長の人生・家庭環境・仕事が絡んだアンバランスさを、如何にして就学児が出しゃばらず生活様式の安定を図るかという命題は、果てしなく無謀に近い試みにも思える。

 などと埒も明かないことを茫洋と考えていると、幼児特有の明るい声が耳を打った。

 

「ロット、ルパートが迎えに来たよ」

 

 下の兄弟のトニーに声を掛けられ、はっとする。彼の声に導かれ婦人と上の兄のオリバーもリビングにやってきてアンバディ氏と世間話をしている。

 

「ナンシー、知人から貰ったワインなんだが、今年はうまく出来たそうだ。貰ってくれ。それから子供たち用にチョコレートも入れてある。いつもロータスを迎えに行ってくれて助かってる」

 

「あら、嬉しいわ。ありがとう」

 

「やったー! ルパートありがとう!」

 

 ナンシー(婦人)に袋を預け、彼は俺を見て手招きした。見慣れた硬い表情にひとつ頷いて開いていた本を閉じ、足の長いソファからずり落ちるように降りて彼の近くに寄る。30歳ばかしと10歳以下、年齢的基準は通過するものの、果たして我々が親子に見えるものだろうか。同じ年頃のナンシーとオリバー・トニーは見間違いようもなく親子なのが当たり前なのに奇妙なほど愉快だった。

 アンバディ氏も自分を家に置く上で、手を貸してくれる隣家への細やかなプレゼントであったり、様々な工夫をしてくれているという点では感謝の念に耐えない話ではあるけれど。後でこの件をアーサーへ伝えておかねばなるまい。自分からもウィルソン家を出てから感謝の意を伝えておくべきだろう。

 

「ルパート、デニス()もそろそろ帰ってくるし、一緒に夕飯はどうかしら」

 

 婦人の誘いに彼はにべもなく首を振った。

 

「いや、フィッシュパイを作ろうと生のタラとサーモンを買ってある。遠慮しておくよ」

 

「そう? ロット、好き嫌いせず食べるのよ」

 

「ええ、豚肉以外だったらね」

 

 頭を撫でて語る夫人にそう返せば、ぱちりと瞬いた後に「夕食前の『動物農場』はこれから禁止ね」と笑い、アンバディ氏は俺の持っている本の表紙に視線をやってから頭を軽く小突いた。

 

「デニスによろしく。帰るぞロータス」

 

「はいルパート。それじゃあまた、オリバー。トニー」

 

「また明日、ロット」

「チアーズ!」

 

 一家に別れを告げ、すぐそこのアンバディ家に帰る際、バラのアーチをくぐりながら彼はポツポツ俺に尋ねた。

 

「ロータス、ギフテッドのプログラムを推薦する話が学校から来ていたが、どう考えている?」

 

「放課後の課外活動か促進方式(飛び級)は有りだと思っています」

 

「クラスを別けて授業を受けるのと、サマースクールには否定的か?」

 

「そうですね。サマースクールとなると場所によっては家族にも負担が増えるでしょうし、GATE(Gifted and Talented Education・ギフテッドタレンテッド教育)は非魔法族の中でも一部に対する特別手段ですから、当初の目的の非魔法族の思想への根本的理解を考えると、僕がプログラム参加する必要があるのか少々懐疑的です。アンバディ氏はどうお考えですか?」

 

 つらつらと纏めた内容の返事をすると、氏は苦虫を噛み潰したような顔をして俺を見詰めていた。必然我々は立ち止まった。

 

 

「――――外でルパートと呼ぶように、家でもルパートでいい」

 

 

 辟易、同情、軽蔑、物珍しさ、それら全部を混ぜ合わせた魔女のスープみたいな顔だ。ちょっと笑いそうになる。

 少なくとも外でルパートと呼ぶのは、Mr.アンバディと呼ぶのよりかは家族、親戚、他人、そのいずれの印象も与えやすいようにという配慮だったのだが、思ったより彼との心の距離は近いようだ。彼は再び歩きはじめ、自分も短い足でそれを追う。

 

「それから、GATE自体が明確な選出基準を持たない点から、プログラムに参加しないという選択を持つことは禁止しない。ひとまず今お前が挙げたものは断っておく」

 

「ありがとう、ルパート」

 

 右の眉と頬をあげて、ふむ、とでも表現されそうな顔をした彼は、家のイトスギ――サイプレスの扉の鍵を内側に開けながらまたポツと言葉をこぼした。

 

「そういえば、『恐るべき子供たち』をまた映像化するとかで、キャスティングチームが各学校を回っているそうだ」

 

「はあ、それはまた」

 

 話題の変化に首を傾げながら、内鍵を閉めるルパートの背を見る。彼は此方を見ずに続けた。

 

「GATEの話のついでに、ダルジュロスとアガートの子供時代の一人二役のオーディションを受けてみたらどうかって話が出ていた」

 

「……誰に?」

 

「お前に」

 

「…………そっちも断っておいてください」

 

 今度は俺が煮詰めた魔女のスープのような苦虫を噛み潰した顔をして言う。顔は見えなかったが、小さくルパートが笑ったような気配がした。

 

 

 






色々あって実家に帰っておらず原作を買い直しても手元に置いておきづらい環境のままなので連載再開ではないのですが、書けそうな所を一先ず補足。
同僚の息子を6年も預かる変なオジサンに対する観察と所感。
あと日常の家族以外とする進路の会話と、当初の居候生活におけるギクシャク。
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