PERSONA XANADU / Ex   作:撥黒 灯

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11月6~7日──【杜宮総合病院】出した答え

 

 

「……良かったです」

「何がだ?」

「先ほどまでとは、見違えた顔つきになりましたね」

 

 部屋に戻った自分が椅子に再度腰かけようとすると、美月はそう話しかけてきた。

 さきほど京香さんにも、良い目になった、と言われたけれども、そんなに変わったのだろうか。

 ……いや、そうかもしれない。

 さきほどまでの自分は、事態を受け止めるのに必死で、前なんて向けていなかったのだから。

 

「さて、判明した御厨さんについてのことは粗方伝えられましたので、私がお伝えしたかったことは、あと1つになります」

「伝えたかったこと?」

 

 そういえば最初に、御厨さんと美月、それから北都グループについて伝えたいことがある、と言っていたか。

 北都の事情などもある程度把握はしたけれども……となれば美月のことで何かが?

 

「今回の一件で北都……いえ、ゾディアックは、静観の姿勢を取る、とのことです」

「なっ……それは、璃音のことを見捨てる、ということか?」

「そう取って頂いて構いません。それほどまでに研究ができる天使の存在自体が、特殊な状況だと思っていただけると」

 

 そう語る美月の目は、後ろめたさも何もなさそうで、毅然としたものだった。

 一旦荒げそうになった声を抑えて、彼女の言い分を聞く。

 

「通常の天使憑きはそもそも、百害あって一利なしというか……異変だけを起こして異界を形成し、討伐するしかない大型シャドウです」

「大型……強いのか?」

「とても苦戦を強いられるケースが多いです。場合によっては大規模編成を組む必要があるほどには。ですが今回は“どこに邪魔をされることもなく”、研究の設備・環境を整えたうえで、異界をその場所に発生させることができてしまった」

「……だからその分、研究がしやすいって言うのか?」

「その怒りは尤もだと思います。ですが一方の見方をするのであれば、その研究でプロセスや何かしらが解決すれば、ペルソナ使いでない天使憑きの人などを救う道につながるかもしれない。……そもそも璃音さんの存在自体が稀だったが故、そのような判断に繋がってしまったのかと」

「……そのためであれば璃音がどうなっても良いと?」

「上は利益を見込み、そう判断した。というだけです」

「……美月はどうなんだ?」

「答えは伝えた通りです。岸波君の方針に任せます、と」

 

 確かに、そう言っていた。言ってくれていた。

 けれどもそれは、所属組織の方針とは食い違うのではないか。

 

「心配してくれているのは有り難いのですが、その勘違いを解いておく為に、今お話しているんです」

「勘違い?」

「ゾディアックとしては静観の構えですが、私個人としては、北都グループの現会長であるお祖父様より、こう伝えられています」

 

 

『籍を入れていないとはいえ、婚約者が不義理を働いている可能性があるのであれば、それを見定めるのもミツキの自由。好きに動きなさい』

 

 

「……征十郎さんがそう言ったとしても、美月はそれでいいのか?」

「もちろんです。X.R.Cの一員として、微力を尽くさせていただければと」

「全然微ではないのだけれども……そうじゃなくて、御厨さん、婚約者なんだろう?」

「……ああ」

 

 まるで、今思い出したかのように目を丸くする美月。

 そんなに驚くところか?

 

「すみません、そちらを気に掛けて頂いたとは思わず……ご安心を。御厨さんは確かに縁談をし、話を纏めた存在ではありますが、私から御厨さんに向ける感情にそういった類のものはございませんので」

「家同士の話って言うし、そんなものなのか。会食の際はそこまで否定的ではなかったように思ったけれど」

「別に嫌っている訳でもありませんでしたし、立場上いつかはこうなるかもとも思っていましたから。……尤も、こうなってしまえばそもそも婚約話すら無効になりそうですが」

 

 ……見据えているものや、立場の違いなのだろうか。

 美月の目線がやはり自分とは違う所に置かれているように感じることがある。

 最近は一緒に話す機会が増え、ちょっとずつ慣れてきたけれども、未だ慣れない場面も多い。

 

「という訳で、岸波君に把握していただきたかったのは、今回の件は御厨さんの暴走に気づけなかった北都グループに非がありますが、ゾディアックとしては状況を好意的に見ている節があり、援護援軍は見込めません。それでも、自由に動く大義名分はありますので、こちらのことは気にせず、決断をしてくださいね。ということです」

「……まあ、急にこちらで解決します、って決定権がなくなってしまうよりは、多分全然良いんだろう。それでは自分たちが足掻けないからな」

 

 指をくわえて見ているしかないなんて、本当に最悪のケースだ。その上で、美月が変わらず手伝ってくれるだなんて、重畳というものだろう。

 最悪、美月が敵対することになる可能性だってあったのだ。……それは明日香にも起こり得ることだけれども、取り敢えずそちらは話し合い次第。

 挑戦が無謀であればあるほど、みんなを頼らざるを得なくなってしまう。

 だから素直に、今は喜ぶべきなのだと思う。

 

「足掻く、ということは」

「ああ、もう大丈夫だ。みんなを集めて、話をしたい」

「……ふふっ、では日程を決めていただけますか? みんな待っていますので」

「勿論だ。美月は都合の悪い日とかあるか?」

「時間は作るものですので。明日でも明後日でも、何とかしてみせます」

「ありがとう」

 

 本当に、ありがとう。

 忙しいはずなのに。家の、組織の都合とかもあって板挟みになってしまっているのに。それでもここまでしてくれて。こうして話をする時間までもらって。

 必ず、報いなければ。

 

 全員に早速、各自の予定を確認したところ、最短は明日の放課後が空いているらしい。

 みんな、待っていたと言わんばかりの食いつきだ。事実待たせていたのだろう。美月もそう言っていたし。本当に申し訳がなかったな。

 ……となれば、明日の支度をしないといけない。

 

 美月に別れの挨拶を告げ、仕事をするために残る彼女に手を振り、京香さんに車でマイルームへと送ってもらった。

 軽い支度だけ済ませたら、明日に備えて、寝るとしよう。

 

 

 

 

──11月7日(水) 放課後──

 

 

「それで、答えを聞かせてもらえるか、ハクノ」

「勿論」

 

 集まったいつものメンバー。ただし、璃音は今回外してもらった。

 この決断を、今の彼女に知らせる必要はないと思ったから。

 今はただ、アイドル活動への復帰に力を入れてほしい。それだけの理由で。

 

「まずは結論を教えてよ。どうしたいのさ、センパイ」

 

 祐騎がこちらに、頭の後ろに手を組みながら尋ねてきた。

 アクションはとても軽いが、目にはしっかりと芯がある。どうでも良さそうな体を取っているだけなのだろう。

 そのほか、みんなをぐるっと一周見渡す。

 全員、次の自分の言葉を待っていた。自分の意見に、期待をしていた。

 

「……璃音は助けたい。それも、記憶を戻せる可能性があるなら、それを探りながら動きたいと思っている」

 

 この返答に、肯定的な反応を示したのは、洸、志緒さん、空、九重先生。

 何も反応がなかったのは、祐騎と美月。

 そして。

 

「……はぁ。まあ、こうなるとは思っていたわ」

 

 呆れ顔の明日香だ。

 恐らく、そうなると予想はしていたのだろう。

 その上で彼女は、それでも厳しく問うてくる。

 

「私は前に言ったかと思うのだけれど、記憶を取り戻したことによって、リオンの負うリスクが発生する。そのことについては、どういう考えを持っているのかしら?」

 

 記憶を戻す。もしくは元通りにする、ということはつまり、天使も璃音の中に戻ってくると推測されている。

 確かに明日香の言う通り、リスクだ。抱えることで夢から遠ざかってしまっていることも、事実。それが自分たちと過ごした半年間だ。

 ……そう。

 

「自分や、自分たちがその遠回りを否定してしまったら、自分たちの出会いや時間すべてを批判するのと、同じだと思う」

「それは私たち側の勝手な主観でしょう」

「でも自分は、彼女が積み上げてきた半年間の努力を、その過程で得たものを、否定したくない」

 

 いらないとされた記憶は、その時点で本当に無価値になってしまう。本人も周りも価値を認めていないのであれば、その努力は何のためのものだったのか。

 

「否定するのが、彼女の為になるとしても?」

「どっちが良いかなんて、璃音にしかわからないだろう。けれども、否定しないことで失われることもやっぱりある」

「それは?」

「明日香という友。対シャドウ案件に伴う人脈もそうだ」

「……私は、別に」

「それは明日香の勝手な主観だろう」

「……」

 

 自分だって、洸だって、別に今の璃音と一から関係を築きなおすことは、多分できる。前ほど親密とはいかないだろうし、お互い暗黙の線引きは生まれそうだけれども。

 けれども、明日香は違うはず。自分たちのような半端者とはいえ、同じ世界に片足を突っ込んでいる人間であれば距離は縮められるだろう。でも彼女は、表と裏の関りを否定する以上、そこに入り込む余地が生まれないはずなのだ。

 だから、完全に断たれるとしたら、明日香と璃音の縁、となるだろう。

 

「同じ言の葉のカウンターが正面から決まった。これは相当効くんじゃない?」

「実況すんな、ユウキ」

「いやまだ浅い。イーブンってとこだな。確かに綺麗に言葉を返しちゃいるが、言ってしまえば返しただけ。切り込んじゃいねえ」

「嘘だろ。シオさん解説するのかよ」

「あの、少し静かにしてもらえますか……?」

「「「……すみません」」」

 

 空の不満そうな表情が刺さり、男性陣が口を閉ざす。

 場が静寂を取り戻した段階で、

 

「対シャドウ案件の人脈は……まあ芸能活動に活かせないことはないかもしれないけれども、本来有り得ないものだからそこまで大きな要素にはならないわ。私だって」

「そんなことない。明日香は大事だ」

「フォローありがとう。お世辞でも嬉しいわ。一応」

「まあ、認めないならそれでも良い。けれども、明日香の言うリスクにはメリットも含まれていたことは、認めてくれるか?」

「……そうね。それでもリスク──デメリットの方が大きいと私は思う」

「じゃあ、他のメリットを話そう」

 

 一晩、必死に考えたのだ。

 話せる内容は、いっぱいある。

 

「記憶が戻ることで、璃音が強くなる」

「いや、強さはいらないでしょう。戻らなければ戦わなくて良いのだから」

「強いというのは、体だけじゃなくて心の方もだ。今の璃音よりも記憶のある璃音の方が、強くて折れずらいだろう。色々なトラブルに対する耐性だってついていたに違いない」

「……岸波君のせいじゃないかしら?」

「そんなことは……まあ置いておいて」

 

 あ、逃げた。という視線が刺さる。

 仕方がない。そもそも自分と出会うことで天使が活発化してトラブルに見舞われるようになったのだから。でも先ほど言ったように、出会いを否定するつもりはない。だから弁が立たないのだ。

 

「一度でも璃音が不満を言ったか。弱音を零したか。少なくとも自分の前ではしていない」

「それは……そうね。私にも吐き出してくれてはいないわ」

「まあ、2人がないなら他もないだろ……ないよな?」

 

 洸が一応、と聞くが、全員が首を横に振った。

 なら、やっぱり。

 それが辛かったのだとしても、耐えて頑張ると判断した璃音の想いを、汲みたい。

 

「ここまで必死に努力してきたであろう璃音が培ってきた経験や価値観も、彼女の成長だと思う。そのすべてをなかったことにするべきではないんじゃないか」

「じゃあその通りだとして、例えば将来異変を起こした時、璃音で対応ができるとでも? そう上手くはいかないわ。専門家でもない人間が一人でどんな案件にも対処できる、なんてことはないのよ」

「でもその時、記憶のある璃音であれば、対シャドウ案件だと見なして一番最初に明日香を頼れるだろう。でも、記憶がなければその判断もできない。天使の存在は一旦抜きにしたとしても、他の機会でもこの知識は活かせるものじゃないか?」

「……いや、あまり裏の世界に関わることを前提にしないで欲しいのだけれど」

「関わらないことができるなら、それでも良い。それでも実際に起きた場合は、そうできることが大切だと思う」

 

 もちろん、何事もなければそれで良いのだ。関わる必要性も実際はない。

 けれども、万が一の際に身を護る術を、そういった意味では身に付けられていたのだ。先日までの璃音は。

 だから、それを戻すことに大きなメリットはきっとあるはず。

 

「それに、思うんだ」

「何を?」

「さっきは明日香だけを例に出したが、明日香も自分も、洸もみんなも」

 

 ここに集まった、全員の顔を、再度見渡す。

 

 

「仮に記憶を取り戻すことがリスクだというなら、自分たちの存在がそれを超えるメリットになれれば良い。そう努力したい。……そうすることで、“助ける責任”を背負っていきたい。って」

 

 

 4月から考えてきた、助けた責任を負う、ということについて。

 他ならぬ、璃音を助けた責任と、これから助ける責任への答え。

 

「それが、自分の出した結論だ」

 

 

 はっきりと言いたいことを言い切って、席に深く座り直す。

 ああ、もう語り残したことはない、はずだ。

 それでも何か意見が出るのであれば、また話し合わなければならない。

 

 ……しかし、それ以上明日香が口を開くことはなかった。

 

「答えは、出ましたね」

 

 ここまで黙っていた美月が、口を開く。

 彼女は明日香のほうに語り掛けており、明日香はやがてゆっくりと、頷いた。

 

「それではここからは私が進めても? 岸波君」

「え? ああ。何か話したいことがあるのか?」

「はい。具体的にどうしたら記憶を取り戻せるのか。そのことについて、現状の推測を交えて、私の意見をまとめたものを説明します」

「……えらい準備が良いな、北都」

「信じてましたら。そういう答えになる、と。まあ違った場合は正直作戦も推測も何もなく、シャドウを討伐するだけなので、準備することもありません。なのでその場合は、このプランは日の目を浴びることがなかったでしょう」

 

 まあ美月は昨晩の自分が言ったことから、出そうとしている結論を先読みできたような気はするしな。

 ……とはいえ、結論に合わせて用意してくれようとしたこと。また、本当にその短期間でまとめ上げてきてくれたことについて、感謝の念が溢れてくる。

 

「ありがとう。そこまでしてくれて」

「いいえ。これくらいは当然です。寧ろ病院のこととか、御厨さんのこととかもありますので、やらせて頂きたいんです」

「……それでも、ありがとう」

 

 正直、今回は本当に、美月にも京香さんにも頭が上がらない。

 いや、向き合うきっかけをくれた明日香も、選択を託してくれたみんなにも、同様に上がらないのだけれども。

 

 美月は立ち上がると、資料のようなものを取り出すと、一人ずつ取って次の人に回していくように伝えて隣の明日香に手渡した。

 

 

「まず、皆さんお伝えしたいことがあります。今回の件、成功率はまだ数パーセント存在しているかと。……そして、迅速に対応ができれば、より確率があがるのではないかと、踏んでいます。その理由を、手元の資料と一緒に説明させてください」

 

 

 

 

 その日の話し合いは、夜まで進んだ。

 

 

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