せっしょういんらじお!   作:ルシエド

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殺生 in ラジオ

 開幕の鐘が鳴る。

 

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)―――!」

 

 ギルガメッシュが宝具を放ち、キアラを追い詰めるべく展開していた無限の剣製が壊れ、固有結界の崩壊がキアラの回避を助勢してしまう。

 BBがキアラへの牽制に光弾を飛ばし、それがタマモの放った魔術とパッションリップの発射したロケットパンチと空中衝突し、キアラに真っ直ぐ届かない。

 ネロとメルトリリスが前に出ると、ネロの巨剣とメルトリリスの足の剣がうっかり当たりそうになり、キアラではなく仲間のせいでダメージを受けそうになって思わず下がってしまう。

 

「なんでよ!」

 

 彼ら彼女らには相互に独特の精神的な苦手意識や好意があり、どこをどう連鎖させても、妙にどこかで上手く噛み合わないパターンがあった。

 

「ちょっと! しっかり連携してくれないとBBちゃんおにおこですよ!」

 

「マスター! 仕事を増やしてすまないが、きっちり制御してくれ!」

 

「分かった!」

 

 だが、マスターがひとたび手綱を握れば、連携は徐々に改善され、七騎の力は次第に十全に発揮されていく。

 それとは対照的に、キアラはどんどん弱くなっていった。

 何故か、加速度的に動きが悪くなっていった。

 

「これは……!? アンデルセン、これは一体、どういうことですか!?」

 

「わからんのかド阿呆」

 

 アンデルセンは皮肉げに笑った。

 

「お前、マシュはどうした?」

 

「カルデアの皆様はわたくしの内側に区画を作ってそこに放り込んでありますが?」

 

「大莫迦者だな、お前は。また『恋する少女』を仲間ごと取り込んだのか」

 

「……まさか」

 

「マシュを『今は』無力な人間だと思ったな?

 恋する少女も無力では脅威にならないと思ったな?

 徹底して隔離し、隔絶し、念入りに自分の中で無力化しようとしたな?」

 

「いえ、そんな」

 

「お前はいつも甘く見る。

 甘い恋を甘く見るのは、お前の治らない性分なのだろうな。

 月での戦いでも、深海での戦いでも、そしてこのカルデアにおいても」

 

 BB、メルトリリス、パッションリップの連携技がキアラに炸裂する。

 それでも、アンデルセンの語りは止まらない。

 

「お前は本当に……

 知らなくてもいいことを知っているが、知るべきことを知っていないな。

 いいか、よく聞け。

 英雄はどこからでも現れる。

 同じように、恋心もどこからでも生まれるものだ。

 お前を止める敵はいつだって、少年少女の色恋とそれに味方する英雄達だった」

 

 英雄王とエミヤが嫌々、互いの攻撃の隙間を埋めるように武器を斉射する。

 それでも、アンデルセンの語りは止まらない。

 

「そんなモノがストッパーになるからこそ、お前は人類悪なのだ、たわけ!」

 

 ネロとタマモが、妙に相性が悪そうに、妙に互いを理解している風に、近遠巧みに織り交ぜた連携を見せる。

 それでも、アンデルセンの語りは止まらない。

 

「恋は現実の前に折れ、現実は愛の前に歪み、愛は恋の前で無力になる。

 正義は善の味方となり、悪は正義を上回り、善は最後に悪を討つ。

 世の中というものは、『全てに対して必ず勝つ者』を生み出さん。滑稽な話だろう?」

 

 アンデルセンのキアラへの語りは止まらない。

 

「お前は何度でも負けるだろう。

 誰かに恋をした少女に倒される。

 誰かに恋をした少年に倒される。

 悪は善に討たれ、愛は恋に負け、欲は意志に両断される。

 何度でも、何度でも、それは繰り返される。

 誰かの中から英雄が生じ、誰かの中から恋が生じ、お前は負ける」

 

 それは、世界が終わらない限り続くルール。

 その法則がなくなった時、きっと世界は終わるだろう。

 

「そして誰もが思うのさ。

 『ああ、これが正しい物語(セカイ)なんだな』と。

 間違ったお前が倒されるのを見て、皆そう思うのだ。

 俺が書いた残酷な物語を見て、『こんな物語(セカイ)は間違ってる』と思うようにな!」

 

 アンデルセンの服の下で、『世界がこんな残酷でいいわけがない』『作者は醜く歪んだ者に違いない』と読者にレッテルを貼られたがゆえに、歪んだ怪物の部分が痛んだ。

 

「つまりお前は、とんだ反面教師というわけだ! 人類悪にこそ相応しい!」

 

 月の勝者がキアラを倒す。

 恋の桜がキアラを倒す。

 藤丸立香がキアラを倒す。

 メルトリリスがキアラを倒す。

 それが、当たり前のことになるのなら。

 

「まあ、俺は捻くれた小説家だ。

 そんなお前が勝つ光景を見てみたい、とも思う。

 お前が勝ってバッドエンドになっても笑ってるだろうさ。

 最低最悪の淫乱女に負けた駄目な奴らの人間性をこき下ろすのも悪くない。……だが」

 

 アンデルセンは一瞬だけ優しい表情を浮かべ。

 

「今日は、負けておけ」

 

「いいえ、負けません。わたくしは今日こそ、至上の快楽を得るのです!」

 

 次の瞬間には、嫌そうな顔で唾を吐き捨てた。

 

カルデア(ここ)は、正しい愛と勇気が勝つ場所だ。

 歪み無き愛と希望が勝つ物語を愛する者達の城だ。

 この場所で、お前が正義の味方気取りの奴らに勝てる道理はない」

 

 呆れた溜め息を吐くアンデルセンは皮肉げで、小馬鹿にしていて、キアラを明確に外道で下等と見ていたが、その視線に嫌悪はなく。

 

「女の話をしよう。

 肥大化した自我は、女の人生を食い潰した。

 誰だろうと夢を見る自由はある。

 理想の自分。理想の快楽。理想の未来。

 理想の他人。理想の恋人。理想の別離。

 誰だろうと、安い夢を見る自由はある。

 だが……その大半は悪夢(わるいゆめ)だ。夢には必ず終わりがある」

 

 玉藻の前の吸収式魔術盾が、エミヤの花弁が、リップのロケットパンチが、キアラの攻撃を遮る盾となる。

 

「お前が他人を巻き込んで夢を見るのも、夢から覚めるのも、これで何度目だ。阿呆め」

 

 BBとネロが連携して突破口をこじ開け、ギルガメッシュが大量の宝具をキアラへと叩き込み。

 

弁財天五弦琵琶(サラスヴァティー・メルトアウト)ッ!!」

 

 全てを溶かし吸い上げるメルトリリスの対人宝具が、キアラが取り込んだ者達を取り戻し、不完全なビーストとして復活したキアラの構成要素の大半を、溶解させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日談。

 言うなれば、その後どうなったかというおまけの物語。

 殺生院キアラはラジオの途中からほぼ記憶がない、と言い、なんでもないような顔をしてカルデアのサーヴァントとして戻って来た。

 

 実際、キアラの中にあったビーストとしての悪性部分が肥大化し、それをメルトウイルスが溶解吸収という形で消滅させたため、キアラは以前よりはマシになったようだ。

 『メルト達の世界のキアラ』より、『こちらの世界のキアラ』に近くなったと言える。

 危険性は下がり、キアラは快楽天ビーストになる確率も目減りした。

 そんな彼女が、今何をしているかというと。

 

「マスター、アンデルセン、映画を一緒に見ませんか?」

 

「おい毒婦、タイトルを言え」

 

「『バニー・ザ・キラー』」

 

「おいマスター、逃げるぞ。俺の創作直感が言っている。これはクソの類だ!」

 

 捕まりました。見せられました。三人だけの映画鑑賞会の開幕である。

 

「マスター、精子アレルギーをご存知でしょうか。

 文字通り中出しされてしまうと精子にアレルギーを起こしてしまう病気です。

 症状はスズメバチの毒に等しいとか……

 とても、おそろしいことです。わたくしがそんな病気にかかれば、自決を選んでしまいそう」

 

「そうなんだ、すごいね」

 

 画面の中では捕まった男が、チンコ以外を兎の怪物へと変貌させるクスリを打たれていた。

 

「チェリーというのは処女を意味する外国語のスラングです。

 それが日本に伝わり、童貞を意味する言葉に変貌しました。

 処女が童貞に……マスター、これはサーヴァントによくあるTSなのでは?」

 

「そうなんだ、すごいね」

 

 画面の中ではチンコだけ人間のままの兎の怪物が、チンコを扇風機のように振り回しながらおまんこ(Pussy)ォ!と叫びつつ人間を襲っている。

 

「新宿は一説には世界で一番女装男性が多いのだとか。

 ニューギニアのサンビア族でそんな文化があったなら大変ですね、マスター。

 あそこは成人まで儀式としてホモセックスをするそうですから。

 ホモセックスをしなければ大人になれず、儀式を行うホモのプロも完備。

 この儀式のせいで性癖が歪み、白人ホモレイプ魔となってしまった男性も……」

 

「そうなんだ、すごいね」

 

 怪物のせいで死んだ被害者が車に衝突し、股間の勃起アゾット剣が車の窓ガラスにハロウィン・ストライクする。

 貫通して警官がマジビビりしていた。

 

 クソ映画を見ながら、マスターは思う。

 変な方向に博識なキアラを見て思う。

 もしかしたらこの知識は『あっちの世界』のキアラではなく、被害者であった『こっちのキアラ』の知識なのではないか?

 被害者ではあってもムッツリだったせいで、知識を溜め込んでいたのではないか?

 向こうのキアラが性交で欲求を解消していたように、こちらのキアラは本能的に、その方向性で知識を得るという個性を持っていたのではないか?

 藤丸立香は、そう思った。

 

 やがて映画は、怪物のチンコを主人公が力任せに引き抜き、それを聖剣のように怪物の顔に突き刺して、怪物を殺すというクライマックスシーンを迎えていた。

 

「今のはまさしく、聖剣を引き抜き敵に立ち向かったアーサー王の―――」

 

「キアラさんもしかして

 『余計なこと喋ってないで静かに映画を見よう?』

 って言われるの見越してそれを封じるためにこの映画選んだの?」

 

「とんでもない。純粋に、マスターと同じ映画を見たかっただけでございます」

 

 ふふふ、とキアラは笑う。

 マスターはアンデルセンに目で助けを求める。

 アンデルセンはうんざりした顔をしていた。

 

「わたくし、理性をどこに落としてきたと時々言われますが……

 ええ、最近思いました。マスター、あなたがわたくしの理性だったのですね」

 

「嫌だよキアラさんの理性になるとか」

 

「そんなつれないこと、言わないでくださいませ」

 

 キアラがまた暴走しても、また藤丸が止めるだろう。

 彼の命が、続く限りは。

 そしてキアラは自分以外の全ての敵の魔の手から、マスターを守り続けるだろう。

 

「マスター、未来永劫―――欲望(わたくし)を、否定(たお)し続けてくださいませ」

 

 それは、他者を誘惑する者であり。

 

「それこそが、ありきたりな人間がありきたりな日常の中で繰り返していることであり」

 

 誘惑する他者、自分の欲を満たしてくれる他者が居なければ、満足できない者。

 

「わたくしの求める欲望の発露を、来たるべきその時の絶頂を、高めるのでございます……」

 

 愛という名の欲。欲という名の悪。悪という名の女。

 

 彼女の名は殺生院キアラ。

 

 いつか来たる終わりまで、何度もマスターに止められ、結局世界を滅ぼすことはなかった、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの面倒臭い同僚であった。

 

 

 




 殺生院に、彼女の願いが全て叶ったハッピーエンドはあり得ない。
 けれど、アンデルセンはいつも彼女にトゥルーエンドを持って来る。

 これにて完結です

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