続編「灰色の騎士リィン・オズボーン」の投稿までしばしお待ち下さい。
勝敗は決した。
憎悪という焔によって自ら纏っていた鋼を溶かした灰色の騎士は、“英雄”という“恒星”へとなること無く、その身を焼かれて天より墜落した。内臓を痛めたのだろう、ゴボリとリィンの口より血が吐き出される。
騎神へのダメージは起動者へと還る、胴体を貫いた敵の攻撃を間一髪で捩って核に届くのは防いだものの、それでも刻まれた損傷はかろうじて致命傷を避けた重傷と言ったところだろう。もはや、とてもではないが戦闘を出来る状態ではない
「何でだ……何で……!」
今まで出来ていた事が俺は出来ていないのだと、自分の不甲斐なさにリィンは血反吐を吐き出しながら、怨嗟の声を挙げる。
常々言っていた事のはずだ、敵には敵の事情がある、だがそんな敵の正義を力によって押しつぶし、自国の正義を押し通す事、それこそが“必要悪”を担う軍人の役目だと。
現にこれまではそれが出来ていたはずだ、クロスベルで《赤い星座》を相手に、ザクセン鉱山では《帝国解放戦線》を相手に。
何も、自分のやるべき事は変わっていない。違いと言えば、
だからそう、自分のやるべき事は変わらない。いつもと同じように、胸の中で猛る焔を鋼鉄の意志によって律して目前の敵を撃破する、それだけの事だ。
そう、
ーーー憎め、目の前の男は父の仇だぞ。憎んで当然だ、狂ってしまえば良い。
中途半端に制御しようとするからそんな無様を晒しているのだ、“力”に総て委ねてしまえばいい。
そう、胸の内より咆哮が猛る。
ーーー憎悪に身を委ねるな、覚悟していたはずだ、父を憎む者も居るのだという事を。
感情を律して理に従うのが軍人なれば、激情を飼い馴らすべし。それこそがお前の目指すべき“鋼の境地”である。
そんな声が頭の中には木霊する。
“憎悪”と“理性”2つの間でリィンは揺れ続ける。
父を殺された憎悪という感情が磨き上げた鋼の意志を溶かしてその身を焼く。
だが溶け落ちた鋼はそれでも、憎悪の焔を覆い、その火勢を弱める。
憎悪の焔に身を委ねた“怪物”にも、鋼の意志によって憎悪の焔を飼い馴らした“英雄”にもなることが出来ずにどこまでも“只人”としてリィンはどこまでも徹し切る事が出来ずに居た。
そしてそんな中途半端な意志では、身体に刻まれた傷をねじ伏せる事は出来なかった。
まだだ、まだだと吠えているその言葉もこれまでの“鋼の意志”の宿った宣誓ではなく、どこか空虚な響きを伴った空元気の範疇を脱するものにはなりえていなかった。
そしてそんな“親友”を楽にしてやろうとばかりにクロウはトドメを刺そうと近づいていく。
此処に至って、生かして捕らえるという気はクロウの中には存在していない。
目の前の親友の気性はよく知っている、我が身惜しさに貴族連合に与する等、文字通り死んでもリィン・オズボーンはしないだろう。
そしてそれは貴族連合も同じこと、貴族連合に全面的に協力するというのならばいざしらず、そうでないのならば宰相の遺児たる彼を放置する理由は存在しないはずだ。
既に此度の一件で少なくないラマールの騎士が、“灰色の悪魔”の手にかかった以上、虜囚となったリィン・オズボーンに待つ運命などろくでもないものだろう。
ならばこそ、他の誰かの手にかかる位ならば、この場で自分が仕留める。それがせめてもの誠意であり、友情なのだと信じて。
友を手に掛ける迷いはある、躊躇いもある。
だがそれを上回る漆黒の意志をクロウ・アームブラストは有していた。
目前の敵に確かな敬意を宿した上で
「やれやれ、一体何をやっているのか、この馬鹿弟子めが」
寸前にて甲高い金属音と共に
「剣の本質を見失うな、されどその本質に囚われて誇りを捨てるなーーーそう、教えたはずなのだがな」
《獅子心十七勇士》が一角、人の形をした戦術兵器とも謳われる《アルノールの守護神》マテウス・ヴァンダールが蒼の騎神の前へと立ちはだかったのだ。
「マテウス……師範」
「アルノールの守護神……カイエンのおっさんが帝都から引き剥がしていたはずだったんだが……」
マテウス・ヴァンダール、皇室への絶対的な忠誠と武威を誇る彼をどうにかして帝都から遠ざける事、それは今回のクーデターを成功させるために重要な課題の一つであった。
万が一にも皇帝陛下の
もしも初動に失敗すれば、その瞬間に基より貴族内では穏健的な立ち位置に位置するハイアームズ侯、皇室への忠臣を
だからこそ、万一の事態を防ぐために事前にアルノールの守護神等という怪物を政治的な工作によって帝都から遠ざけた、そのはずであった。しかし、だというのならば目の前の事態は一体どういう事なのか。
「まさか私の留守中にこのような暴挙を企てているとはな……どうやらオリヴァルト殿下の読みは正しかったようだ」
「なるほど、あの“放蕩皇子”様が手を回したってわけか」
「然様、流石にこれ程の暴挙に及ぶ等というのは殿下にとっても想像の埒外であったようだがな」
己の戴く主を若干誇るようにマテウス・ヴァンダールは静かに口にする。
実際、クロウ・アームブラストはカイエン公が、いや自分たち貴族連合が放蕩皇子と揶揄されるあの道化を演じている第一皇子の事を若干過小評価していた事を認めざるを得なかった。
恐れるべきはギリアス・オズボーンという“怪物”とその怪物の手足となって働く“鉄血の子ども達”と帝国正規軍、拘束すべきは革新派のNO2たるレーグニッツ知事、そして帝国正規軍最高司令官シュタイエルマルク元帥と参謀長カルナップ上級大将と行った革新派の重鎮たち。
最優先で“保護”すべきは皇帝ユーゲントⅢ世陛下と皇位継承権を有するセドリック皇太子殿下とアルフィン皇女殿下、それが貴族連合側の認識であった。
第一皇子とは言え、皇位継承権を持たないオリヴァルト皇子は無論“保護”すべきお方ではあるが、優先順位は前述の者たちに比べれば落ちる、そのはずであった。
だが、それはひょっとするととんでもない誤りだったのかもしれない、あるいは未だ巣立ちを迎えていない未熟な雛鳥に過ぎないセドリック・ライゼ・アルノールとアルフィン・ライゼ・アルノールの二人よりも、オリヴァルト・ライゼ・アルノールこそを優先すべきだったのかもしれないとそんな想いがクロウの心中に過る。
(ま、そこまで俺が気にする必要はないか)
“蒼の騎士”等という大層な二つ名で呼ばれてはいるが、自分の立ち位置はカイエン公に雇われた私的な傭兵という立ち位置のほうが近い。全体の戦略を考えるのは自分の仕事ではないだろう。
今、自分が優先すべき事、それは“灰の騎神”の撃滅とそれを邪魔する目の前の敵を屠る事に相違なかった。
「まさか騎神の一撃を生身で防ぐなんて、噂通りのデタラメっぷりだな。ーーーけどわかっているだろう、あんた程の実力者ならば。コイツのデタラメっぷりもな。
生身同士の戦いだったら、俺はアンタに及ばないだろう。だが、いくらアンタでもコイツを生身で相手取るなんてのは流石に無茶が過ぎるってもんだぜ、アルノールの守護神殿」
淡々とクロウは告げていく、それは過信ではない、純然たる事実であった。
「ふん、確かにな。生身でそれを相手取れるような者が居るとすれば、それは既に人の領域から外れた者位だろう。
何がただの非力な人間だ、化物め。ただの人間に騎神の攻撃を生身で受け止められてたまるか。
そう言いたい衝動をクロウはぐっと堪える。
「……それでも振るう者が木偶で有れば対処のしようもあったのだがな。その若さで実に大したものだ。
故にこそ惜しい、何故貴殿はカイエン公に与する。如何なる“誇り”を抱いてその剣を振るう」
「……あいにくだが、俺がこの力を振るうのは徹頭徹尾“俺自身のため”だ。
そこに転がっている野郎みたいに、やれ“祖国”のためだの“大義”のためだの、そんな“誰か”のためなんてあんたら好みの理由は存在しない。
カイエンのおっさんに協力しているのは、俺の目的を果たすために色々と助けてもらったからな、その義理立てみたいなもんだ」
祖父のため?否、死人が何を考えているかなど残された側が勝手に想像するしかない。
故にこれはどこまでも自分が許せないという理由でしか無い、あの人はこう思っていたはずだ等と死人の思いを盾に取ろうとする程断じて自分は落ちぶれていない。
ジュライのため?否、ジュライは経済特区として繁栄を謳歌している。むしろ今や特区の庇護者となった鉄血宰相が死ぬ事はジュライにとってはーになりこそすれ、+になるはずもない。
ーーーそもそも祖父を“生贄”に捧げた連中のために戦おう等と思える程にクロウ・アームブラストは聖人君子ではない。どれだけ死人が出ようが知ったことか!等と言うほどに恥知らずになるつもりはないが、それでも親友程に、無条件に無力な民は守られるべき存在だ、等とはとてもではないが思えなかった。
故にこそ、何故剣を振るうのかと問われればそれはこう答える以外にないだろう。
それは、“自分のため”であると。
「ーーーそして、今俺が灰の騎神をぶっ倒そうとしているのはカイエンのおっさんへの義理立てじゃねぇ。俺自身がそいつと決着をつけねぇとならねぇからだ。
だから、退けよアルノールの守護神。俺とそいつの戦いに割って入るっていうんなら、俺は一切容赦する気はねぇぞ」
誰にも邪魔をさせる気も譲る気もない、こいつは俺の獲物だと漆黒の戦意を滾らせるクロウを前にマテウスは悟る。
なるほど、これは
多くの人間は“大義”がなければ、自分が正しいのだと思わなければ戦う事は出来ない。
相手が同じ人間であるという事を自覚しながら、なおその命を断つという覚悟が出来る“
大半は相手は同じ人間だと必死に思い込まないようにする、そのためにこそ各国は兵士を育成する際にはまず
“殺人”という悪徳を為すというのはそれほどに、良識と常識を養った善良な人間にとっては耐え難い苦痛なのだ。
だからこそ指導者は戦争の前に“大義”を煽るのだ、これは祖国を守るための正義の戦いなのだと。此処で戦わなければ愛する者を奪われる、故に恐怖を乗り越えて戦うのだと。
だが、目の前の相手の語る言葉に、そういった己を誤魔化そうとする色は一切感じられない。
あくまで“己のため”だと言い切る漆黒の殺意がそこには宿っていた。
それはマテウスにとっては手放しに賛美出来るものではない、彼は“守護の剣”を掲げるものなのだから。
綺麗事だと百も承知の上で、“誰かを護る”ためにこそ剣を振るうのが守護の剣の本分なのだから。
だが、その自分では決して至ることの出来ない漆黒の境地には敬意を払わざるを得ない。
それは“武の理”とはまた別の到達点、“修羅”の境地に通じるものであった。
これはいよいよ以て、厄介な敵だとマテウスは目前の相手への警戒度を跳ね上げる。
「生憎だが、それは出来ぬな。怒りによって己を見失った不肖の弟子だが、それでも其奴は未だ若い。
いずれはこの私を超えていく男だと、そう見込んでいるのだからな。此処でその生命を散らすにはあまりにも早いというものよ」
その穏やかな言葉にリィンは悟る、師が自分をこの場から逃がそうとしているのだと。
そのために、自らの命を賭す覚悟なのだと。
そしてそれまでの落ち着いた様子から、マテウス・ヴァンダールは裂帛の気迫を持って宣言する。
「そして貴殿の覚悟、それは十二分に伝わった。その上で、あえて言わせて貰おうか。
アルノール家の盾にして剣なり!誇り無き狂犬の牙など、へし折ってくれるわ!!!」
「だったら、その誇り毎噛み砕くまでだ!!」
その言葉と共に両者は激突を始める。
生身と騎神という、結果のわかりきった戦いを。
「警告。既ニ機体ヘノ損傷、ソシテ貴殿自身ニ刻マレタ負傷ハドチラモ看過シエヌモノデアル。
コノ隙ニ戦域ヨリ離脱シテ、シバシ休眠状態ヘト移行シテ回復ニ務メル事ヲ提案スル」
「逃げろと言うのか……俺に!師を犠牲にして!!父の仇を討つ事もなく!!無様に!!!」
どこか無機質な、されど合理的な己が愛機からの提案にリィンは血反吐を撒き散らしながら反発する。
されどそんな己が起動者に対してもヴァリマールはどこまでも冷静に
「然様。既ニ勝敗ハ決シタ。我々ノ敗北ダ。故ニ、コノ上ハ速ヤカニ離脱シテ再起ニ賭カケルベキデアル」
「~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!」
負けた、そう自分は負けたのだ。クロウに。
クロウ・アームブラストの漆黒の意志にこそ自分は負けたのだ。
経験の差や武装の差、それも確かに存在しただろう。
だが、それ以上に自分は意志と覚悟で負けていた。
憎悪によって自ら纏っていた鋼を溶かした自分と違い、クロウ・アームブラストは確かな覚悟を宿していた。
言い訳の余地のない完敗だ。かつてない屈辱と自分自身への怒りがリィンの身を苛む。
だが、それを律しなければならない。
憎悪という焔によってその身を焼いたのが自分の敗因なれば、どれほど厄介だろうと自分はこれを制御しなければならないのだ。
この上、怒り任せに振る舞えばそれは恥の上塗りというものだろう。
ーーー何よりも、命を賭して自分を逃がそうとしている師の犠牲を無駄にする事になるのだから。
そんな醜態をこれ以上、晒せるわけがない。
「……撤退する!目標地点はアイゼンガルド連峰の何れか潜伏に適した場所。ーーーそこで、再起までの時間を稼ぐ」
「承知シタ」
我が身を裂かれるような怒りと屈辱にその身を焼きながらもリィンは決断した。
必ず戻ってくる、今度こそこのような無様は晒さないと。
ーーー亡き父の遺志を継ぎ、必ずやこの国に“勝利”と“繁栄”を齎すのだと誓って。
《灰色の騎士》リィン・オズボーンは
七曜暦1204年10月30日。
貴族連合は帝都を占領。オズボーン宰相暗殺はクーデターを目論んだ帝国正規軍及びそれに乗じて権力を手中に収めんとした一部政治家の仕業だと断定。
帝国正規軍最高司令官シュタイエルマルク元帥、総参謀長カルナップ上級大将を筆頭に帝国参謀本部の主だった面々を拘束。
更にはアルノールの守護神マテウス・ヴァンダール大将もそれに与し、抵抗したために貴族連合の英雄、“蒼の騎士”クロウ・アームブラストがこれを討伐したと高らかに発表した。
最も信頼していた己が騎士が反逆を目論んだというこの事実に心を痛めた皇帝陛下はしばし、ご静養される事にしたというアルノールとヴァンダール、そして帝都の民の神経をこの上なく逆撫でする宣言と共に。
それは、後の世にて《十月戦役》と称される帝国を2つに別つ開戦の号砲であった。
これよりおよそ2ヶ月余り、エレボニア帝国は同胞同士が殺し合う血で血を洗う“内戦”へと突入する事になるのであった……
這い上がれ、立ち向かえ。