提督をみつけたら   作:源治

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陽炎さん、貴方は俺にとっての光だ(ツインテール見ながら)
 


『無職男』と『駆逐艦:陽炎』

 

 無職になってしまった。

 

 

 上司にラリアットしただけだというのに。

 

 解せない。

 

 ……。

 

 嘘だよ、解せるよ。

 そんなのクビになるに決まってるじゃない。

 

 なにをやってるんだよ、むしろシャバに居るだけでも奇跡だよ。

 

 故郷を遠くはなれて、せっかくいいところに就職できたというのに、なんてこったい。

 最後は解雇扱いでなんとか穏便に取り計らってもらったものの、結果暇をもてあますことになってしまった俺は、河川敷の野球場が見えるベンチでぼけっと煙草を吸いながら自由な時間を謳歌していた。

 

 昼下がりのよく晴れた秋空の下、野球場では練習にいそしむ少女たちの姿。

 時々聞こえてくる快音や、掛け声にはさわやかな熱気が溢れかえっていた。

 若さってすてきやな、あの頃は当然のように結婚できて子供もいて、かわいい嫁さんのためにせっせと給料運んでくる働きアリの様な存在になれると思ってたのに。

 

 多分時代が悪いんだろうなぁ。

 

 いかん、だめだ。

 暇になると余計な事を考えてしまう、これはいけない。

 しかし無為の思考はとめどなくわき出し溢れ、嫌な感情が鬱積するのを止められない。

 

 そんな思考の毒沼に首までどっぷりつかり始めていたその時、目の前に野球のボールが転がってきた。

 見ると野球をしていた少女たちがこちらを見ている。

 よくもまああんな離れた所からこんな所まで飛ばせたものだ。

 

 俺は携帯灰皿に吸い終わった煙草をねじ込むと、ボールを拾って手を振っているツインテールの少女に投げ返す。

 そこそこ距離があったので心配だったがボールは無事に少女のグローブに収まった。

 少女はペコリと一礼して、綺麗なフォームで遠くの仲間にボールを投げる。

 

 まだまだやれるな俺も。

 

 そんな無意味な自信でも今はありがたい。

 よっこらセックスと、自分でもどうかと思うが面白くてやめられない掛け声を出してベンチに座り、空を見上げる。

 

「まずは職探しだな」

 

 そんな男の決意に差し込む影。

 気配を感じて前を見ると、先ほどボールを投げ返したツインテールの少女がこちらをじっと見ていた。

 年のころはよくわからない、ジュニアハイスクールくらいなんだろうか、勝気な瞳とスパッツからすらりと伸びる細い足が印象的である。

 

「なにか?」

 

 近年は目を合わせただけで通報される世の中である。

 心臓バクバクいってる、無職から犯罪者へのジョブチェンジはご遠慮願いたい。

 

「おにいさんこんな所でなにしてるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

『無職男』と『駆逐艦:陽炎』

 

 

 

 

 

 

 

 

 警戒、というより何故か純粋に興味からそう聞いている、そう感じられる言葉だった。

 だが、俺はだまされない、隙があれば通報するつもりなんだ、俺は詳しいのだ。

 

「無職になったので人生を見つめなおしておりました」

 

 でも言い訳が思いつかなかったのでとりあえず正直に答えてみた。

 よく考えれば警戒している相手にさらに警戒を与えかねない情報だ。

 

 まずいんご。

 

「ふーん、へーーー、おにいさん無職なんだ」

 

 そういってニヤニヤしながら俺の座っている隣に腰を下ろす少女。

 なんだ、このライトな感じ、近い。

 彼女のやわらかそうな左右二房の髪がふわりとゆれ、僅かな汗と洗髪料の混じった甘い香が脳に直撃した。

 さらに肩をぐいぐいとこちらに押し付けてくる絶妙の力加減。

 これは癖になりそうだったが、犯罪者は勘弁なので、軽く押し返して言い放つ。

 

「なんでしょうか、無職がそんなに駄目でしょうかチクショウ」

 

「一般論でいえばいい年した男の人が無職なのは、いいこととはいえないと思うけど?」

 

 言葉というのは時に刃物のレベルを超え、魚雷レベルまで進化するらしい、現にその言葉は俺の心の側面に突き刺さる。

 

 あ、すみません、今バイタル(装甲)切らしてるんですよ。

 

 爆発した。

 

 損害大! 損害大なり! 浸水が止まりません!

 退避ーーーーー! 退避だぁああああああああ!

 

 いぃやだぁ! お、俺にはまだやりたいことが残ってるんだぁ!

 

 心情内の寸劇の結果、絶望にうなだれる俺。

 少女があせったように声を掛ける。

 

「あっ、ごめんごめん。なんというかうれしくてついからかっちゃったていうか、ごめんね?」

 

 

「……俺が無職ということのどこに、君を喜ばせる要素があったのだろうか」 

 

 

「あーーーん! そうじゃなくて、えっと。あっ、それよりもさ、おにいさん。君じゃなくてよければ『陽炎』って呼んでくれる? 私の名前なの」

 

 ぱたぱたと手を振りながら、必死に否定しつつも話の流れを変えるその見事な手法。

 コミュ力53万とお見受けします。

 

「かげろ…う? えーっと、素適なお名前ですね、なんというか暗黒が付く大会に出てそうな炎使いの技名のようで」

 

 ……自分でも割と失礼な事を言った気もするが、陽炎は心当たりが有ったのか「あはは、そういや妹にもそんなこと言われたわね」と笑っていた。

 

「ていうか、しゃべり方がかったい! 敬語じゃなくてタメ口でいいよ」

 

「それなら遠慮なく」

 

 そもそも無職だからといって、年下の女学生に敬語で話す理由は無かったか。

 

「それより、おにいさんの名前教えてよ、ほら、自己紹介ってやつ」

 

「え? やだよ、名前押さえて不審者として通報する気だろ、コンチクショウ。無職がそんなに悪いか!! ……はい、悪いんです」

 

「えええ!? そんなことしないから! てか自分でいって自分でダメージ受けないでよぉ。うーん、まあとりあえずは提督さんって呼ばしてもらうわ」

 

 えへへ、と、陽炎は何故か嬉そうに頬を搔きながら俺のことをそう呼んだ。

 

 提督?

 

 提督ってあれだろ、海軍を指揮したり大昔に世界を救った偉大な人らの呼称だっけ、なぜ俺がそのような呼称で呼ばれねばならない。

 

 もしかしてあれか

 

 さてはさっきの暗黒な大会の件を根に持ってらっしゃるのだろうか?

 

「……無職を提督呼びとかもうそれ俺の事嫌いすぎないか? 無職提督とかなにその不憫な感じ。ねぇねぇ、俺泣いていい? 泣いていいか?」

 

「えええ!? そういう方向でもダメージ受けちゃうの!? うわ無職って大変なんだね……」

 

 軽くからかわれただけなのだろうか、なんにせよ地味に刺さるなその呼び名。

 

「へへへ、陽炎もいつかわかるさ。……いやわからない方がいいんだけどな、わかるのは無職になった時さ。この世の全てが自分に対して冷たくしてるように感じられるこのっ、感じ!」

 

 先ほどの決意を新たに、やっぱ職探ししなきゃなと心に決める。

 いつまでもこんなじゃりん子に、からかわれてはたまらん。

 

「まぁ、陽炎は今の若さ溢れる時間を楽しんどけよ。青春時代は二度絶対来ないんだ、間違いないからな」

 

 そう諭すような、若い者からしたらうざいことこの上ないような俺のSEKKYOUを聞いた陽炎は「ああ、うん、まぁ」と何故か気まずそうに目を逸らして頬を搔いていた。

 

 なんやのん君

 

「でもさ、なんで辞めちゃったの? 仕事」

 

「答えにくいことをずばずばと聞いてこられる」

 

「えへへ、長女ですから、悩みがあるなら言ってみなさい。おねえさんが相談に乗ってあげる」

 

 また俺をからかおうというのか、だがそう言う陽炎の表情は、何故か本当に心配してるかのように優しいものだ。

 

「……別に、たいした話じゃない」

 

 その優しさというか包容力に甘えてしまったのか、それとも心のどこかで聞いて欲しい部分があったのか、俺は仕事を辞める羽目になった状況をポツリポツリと語りだす。

 

 珍しい話じゃない、色々セクハラがひどかった上司が居た。

 

 そいつが取引を盾に一線を越えるようなことを取引先の女性にしようとしたので、色々手を回した上でラリアットして収めただけである。

 結果はごらんの有様だが、まぁ会社と取引先の被害は最小限だったかと思わないでもない、が、もっと上手くやれる方法も有ったかもしれない。

 

 ……いや、あるに決まってるだろ、なんだよその解決法。

 

 でも思えばきっとガイアが囁いたのだろう、あの時はもうラリアットがしたくてしたくてしょうがなかった、むしろ手段が目的になっていた。計画の着地点がそれになっていた。

 きっとかっこいいだろうな、皆驚くだろうな、という想像にとり憑かれていて気がつけば上司のクビに綺麗に決まっていた。

 

 ……もしかして俺はアホなのか?(正解)

 

「なにそれ、提督さんなにも悪くないじゃん。提督さんはその人を助けるためにやったんでしょ……」

 

 いや、ラリアットは悪いだろ。

 

 でもそんな俺の恥ずかしい過去を聞いて、怒ってる割に何故かぞっとするようにブツブツと爪をかみながらいう陽炎。

 どこか若さ溢れる正義感とはちょっと違う? なんだこの感じ、やだん、ちょっとやめなさいよ女子、爪かみながらブツブツとか怖いじゃない。

 

 俺は陽炎の気持ちを静めるように、努めて平穏な声でため息を吐くように言葉を吐き出す。

 

「そんなかっこいい話じゃないさ」

 

「?」

 

 きょとんとしている陽炎に俺はごくごく自然に話を続ける、実際誇るようなことでもなく俺がそれをした恥ずかしい理由を。

 

「そんな大それたことをした理由は、ただの下心だよ。その取引先の女の子にいいとこ見せたかっただけだ」

 

 つまりはそういうわけで、別にやりたいことをやったからに過ぎないのだ。

 

「まぁ……終わっだ後に既婚者だっだど知っだげどな……」(泣き顔覆い)

 

 なお、結果は散々だった模様。

 

 

「っぷ、あはははははは! あは、あははははははは!!」

 

 

 陽炎は独白めいた俺のその言葉を聞いて、それはもう嬉そうに大爆笑した。

 殴ったろかコンチクショウ。

 

 憮然とする俺を見て陽炎は「ごめんごめん」と未だに笑いが収まらないように手を合わせながらあやまる。

 

「あのね、やっと会えた私の提督さんが実に好みの提督さんすぎて、もう色々おかしいくらいうれしくなっちゃったみたい」

 

「……わけがわからん」

 

 やがて笑いが収まった陽炎は「よしっ!」と立ち上がって俺の手を掴み引っ張りながら走り出す。

 突然の陽炎の行動と、その柔らかな手のぬくもりに驚いた俺は、抗う事もできずに引っ張られてしまう。

 

 女の子に手を引かれて走るなんて、なんという青春の一ページなのだろうか。

 まさかこの年でこんな経験をすることになるとは……

 走りながらも悪戯な笑みを浮かべて、そんな驚く俺を見る陽炎と目が合う。

 

 ……やたらうれしそうな顔してるな。

 

「あのね提督さん! 私やりたいことがどんなに難しいことでも、やれちゃう人ってとっても好き! 提督さんが無職でもそんなの全然関係ないくらい! ……まぁ、さすがにラリアットはどうかと思うけど」

 

「いや、そう言ってもらえるのはありがたいが、てか陽炎いい加減その提督呼びヤメロォ! あと前を見ろぉ! いや、それよかどこに連れて行く気だ!」

 

 なにがおかしいのか、陽炎はとても楽しそうに笑いながら、さらに走る速度を上げる。

 

「ちょ、おま、速い、速いって!」

 

「あはははは! 乙女の告白をスルーする提督さんのいうことなんて聞きませーん!」

 

「告白っておま! そういうのは“せめて学校卒業してから”言えってうおわぁ!」

 

 うぉ、てか力が強すぎだろこれ、何馬力だこれ!?

 あと陽炎、お前はなぜ気まずそうにしているのだ?

 

「ほ、ほら、ちょうど審判がいなくて困ってたんだ。バイト代払うから審判やってやって」

 

「ちょっとまておい、お前はいいかもしれんがあんなに女の子が居たら嫌がる子も……」

 

「へいきへいき! みんな私の妹だから!」

 

 え? 野球二チーム分かれてできるくらいの数の姉妹が居るとか、お前の親どうなってんだ!?

 いや、もしかして腹違い? 養子? 下手に突っつくと闇が這い出してきそうだなオイ。

 

 そんな大きな疑問もあったが、陽炎の勢いに押されて俺は審判をすることにした。

 ちなみに他の少女たちは、何故かすごく驚いた様子で俺のことを見ていた、なんだよチクショウ、やっぱり無職は駄目なのか。

 

「陽炎姉さん、その方は……」

 

「えへへ、いいでしょ。私の提督さん見つけちゃった!!」

 

 そういってマウンドに立っていた、やたら目つきの鋭い少女が俺を凝視する。

 

 やだ、なにその戦艦クラスの眼光、怖い。

 

 別にびびった訳じゃないが怖かったので、俺はとっとと審判の防具をつけて、キャッチャーミットを構える陽炎の後ろに立つ。

 ちらりとこちらを見た陽炎はどこか、キラキラと光り輝いて見えた。多分気のせいだけどな。

 

 あとバッターボックスに立つカピバラみたいな子が、ぽかんと大口を開けて俺を見てた。

 こらこら、年頃の女の子がなんてツラしてやがる。

 

 ピッチャーの方を見るように指差すと、慌てて前を向いたがどうにもこちらが気になるのか、チラチラとこっちを見ているな。

 ほら陽炎、言わんこっちゃない。

 そんな様子であのおっかないピッチャーの球を打てるのだろうか。

 

 まあ心配しててもしょうがないので「プレイボーイ!」と試合開始の合図の声を上げる俺。なんか一瞬世界が固まった気がしたけど多分気のせいだ。

 

 少女たちの戦いが始まった。

 

 防具をつけてる間もずっとこちらを凝視していた鋭い眼光のピッチャーが、ふんす、と一呼吸入れて振りかぶる。

 放たれたやたら気合の入った球は、少女とは思えない速さだ。

 

 てか速すぎだ、正直審判のポジションだとめちゃくちゃ怖い。

 へいへい審判ビビッてるー! ビビッてるー!

 

 そしてそのボールはズバン! という快音と共に陽炎のキャッチャーミットに吸い込まれた。

 微動だにしないバッターボックスのカピバラ少女。

 

 俺はそれを見定め、高らかに宣言する。

 

 

「ストラーーーーイク! ……ゾーンってどの辺なの?」

 

『ルールしらないのぉおおおおおおおお!?』

 

 

 秋晴れの空に、綺麗にハモった陽炎と少女たちのツッコミが響く。

 許せ、俺の野球知識はあ○ち充の漫画しかないんだ。

 

 

 




陽炎に手を引かれて、妹たちとだらだら草野球して遊びたいだけの人生だった。
 

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