提督をみつけたら   作:源治

21 / 58
 
二航戦のやばいほう
 


『僕』と『正規空母:飛龍』

 

 早朝、人通りのない道を学生服姿の女性が走っていた。

 

 短く切りそろえられたショートカットの髪が走るたびに揺れ、ついでに大きな胸もゆっさゆっさと揺れている。

 はつらつとした大きな瞳に、優しげなかわいい顔立ち。

 健康的な肌の色艶も相まって、まさに青春真っ盛りの女学生といった雰囲気。

 

 ついでにいえば何故か口に食パンをくわえて走っている。

 たぶん遅刻しそうなのだろう、たぶん、明らかに始業時間に余裕がありそうな早朝だけど。

 

 さらにいえば今日は休日である。

 

 食パンを口にくわえて走っているためしゃべることはできないが、もし彼女の心の中を解説するとすれば以下のようなことを考えながら走っているだろう。

 

 

 私、飛龍。

 花も恥じらう女学生。

 素敵な提督との出会いを信じている正規空母の艦娘なの。

 

 あとなんだか今日こそは、提督と出会えそうな気がする!

 ああ楽しみ、どんな人なのかしら?

 

 できたら、多聞丸みたいな人がいいなあ。

 四人前の料理をペロッと食べて平気な人。

 

 そんなわけで今日も提督をみつけるため、艦夢守市を提督特捜最前線よっ!

 二航戦、参るっ!

 

 

 こんな感じである、多分。

 

 そんな彼女の進む先の曲がり角に、黒い影。

 

「わ! あぶないどいてどいて!」

 

 口とは裏腹に、飛龍はとてもイイ笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『僕』と『正規空母:飛龍』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界は一度滅びかけたらしい。

 

 しんかいせいかんという、怪物が現れて世界をめちゃくちゃにしたんだ。

 だけどどこからか現れた艦娘と、その辺に居た提督と、あと沢山の人たちが力を合わせてしんかいせいかんをやっつけて平和を取り戻したんだって。

 

 その後、艦娘たちは妖精さん(以下一話参照

 

 まあ、現状それよりもピンチなことがあって……

 

 

「どうした少年、このような所に一人で居るとは」

「……」

 

 

 尻餅をついた僕を見下ろすとても大きい姿。

 体中毛むくじゃらで、鋭い爪に大きな口と大きな牙。

 

「……」

 

 何故か二足歩行でたっている、しゃべる熊さんが僕の目の前に居るのだ。

 

 妖精さんが居るくらいだから、しゃべる熊さんが居てもおかしくないような気がするけど、それでもいざ目の前に現れるとびっくりしてしまうのが人情というものだ。

 

 そういうわけで、なぜこんな森の中でこんな状況になっているのか、順を追って思い出してみようと思う。

 

 それまで僕が食べられなかったらだけど。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「おばあちゃんの弟?」

「そう、ぼんの大叔父にあたる人よ。冬休みの間に一度会ってらっしゃい、ほんとはばあちゃんも一緒に行ってあげたいんだけどまだ入院してなきゃいけないから」

 

 その日お見舞いに行くと、おばあちゃんがそう言った。

 今まであったことはなかったけど、なんでもおばあちゃんには年の離れた弟がいるらしく、今年あたり僕に会わせようと思ってたみたい。

 

 どうしておばあちゃんが急にそんなことを言うのかわからなかったけど、おばあちゃんの言うことなのできっと意味があるに違いない。

 そんなわけで冬休みに入った初日、僕は艦夢守島の田舎にある大叔父さんの家に列車で行くことになった。

 

 最初は赤城さんが付いてこようとしてたけど、手術の予定が沢山はいっているとかで難しかったらしく、それでも付いていくと駄々をこねて看護婦さんに羽交い締めにされていた。

 流石に看護婦さんが大変そうだったので「赤城……さん、おばあちゃんのことと家の留守番をお願いできますか?」と、お願いしたらぴたりとおとなしくなって、何度も首を縦に振っていたので多分大丈夫だと思う。

 

 看護婦さんにはすごく感謝されてしまった。

 

 それから僕は赤城さんに送ってもらって家に帰り、準備を始める。

 といっても数日分の着替えをリュックに詰めるだけなんだけど。

 

 準備を終えて、何故かじっと後ろで座って待っていた赤城さんにうちの鍵を渡す。

 赤城さんはその鍵をぎゅっと握りしめて、大事そうに胸ポケットにしまった。

 

 そしてまた赤城さんに送ってもらって、艦夢守市中央駅に向かう。

 

 艦夢守市中央駅は艦夢守島各地に伸びる沢山の路線が交差する大きな駅。だから列車が発車するホームもいっぱいある。

 

 名残惜しそうに僕を見送る赤城さんと別れ、僕はおばあちゃんに書いてもらったメモを確認して切符を買い、茶色い二両編成という少な目の車両数の列車に乗り込んだ。

 

 荷物を足下に下ろして、ほとんど人が居ない座席に座り、しばらく待っているとやがて列車が動き出す。

 流れる景色が楽しくて外を眺めていると、隣の線路を走る列車の中に、どこかで見たことのある女の子がいた。

 

 確かえっと、うん、大鳳さんだ。

 

 彼女は慌てたような顔で走る列車の窓から身を乗り出してたけど、窓がちょっとしかあかないみたいで飛び降りられず困っているようだった。

 

 乗る列車を間違えたんだろうか?

 

 やがて線路が分かれて大鳳さんの乗った列車が遠ざかる。

 僕は大鳳さんが無事に目的地の駅に着くといいなと思いながら、しばらく外の景色を眺めていた。

 

 一時間半ほどで降りる駅に着いたので、列車から降りる。

 ここは無人駅みたいで、駅員さんは居ない。

 

 駅は森の中の少し高台に建っていて、駅から出て表の道の横は斜面になっており、眼下には森が広がっていた。

 

 駅から大叔父さんの家までは、歩いて一時間くらい。

 迎えが来るって言ってたけど、特にそれらしい人は見当たらなかった。

 

 待ち合わせ時刻が過ぎて、それから三十分くらい待ってみたけど一向にそれらしい人が来る気配がない。

 なので僕は歩いて向かうことにした。

 幸い大叔父さんの家までの地図は、おばあちゃんから持たせてもらっている。

 

 でもリュックから地図を取り出し広げた瞬間、とても強い風が吹いて森の方へ地図が飛ばされてしまう。

 慌てて僕は地図を追いかけて、森に入ってしまい迷ってしまったあげく、結果としてこうしてしゃべる熊さんと遭遇してしまったのであった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 取りあえずまだ食べられていないけど、どうしたものか。

 

「……」

「まぁ、大方道に迷ったという所か。しょうがない、近くの村まで送ろう」

 

 なにを言っていいのかわからず黙っていたら、そう熊さんが言った。

 どうやら熊さんは僕を食べないようだった、おまけに近くの村まで送ってくれるらしい。

 

「ええと、ありがとうございます」

 

 取りあえずお礼を言うと、熊さんはちらりとこちらを見て、長い爪の付いた手で僕の頭を撫でてくれる。

 爪は鋭かったけど、肉球はプニプニしていた。

 

 そして何故か僕を脇に抱えて歩き出した。

 

 しかし今度は別の意味でどうしよう、なんだか色々聞きたいことがある気がしなくも無い。

 なんで二足歩行なのかとか、なんでしゃべれるのとか。

 

 僕のなかで色々聞きたいことが浮かび上がる。

 そんな僕の気持ちをよそに、無言で歩き続ける熊さん。

 

 やがて森の出口が見え始めて、少し開けたところに出る手前で僕は意を決して聞いてみた。

 

「あの、僕の名前は……といいます。よろしければ熊さんのお名前を教えていただけますでしょうか」

 

 でも名前も知らない人に色々聞くのは失礼かと思ったので、まずは自己紹介を兼ねて名前を聞いてみた。

 

「ふむ、ちゃんと名前が言えるとは感心だ。そうだな、色々と呼び名はあるが……まあ、私のことはクラウド、そう呼ぶといい」

 

 え、なにその名前、超意外なんだけど。

 でもちょっとかっこいい気もする。

 

「よろしくお願いいたしますクラウドさん。後、送ってくださりありがとうございました」

「うむ、よろしくな少年。そして気にするな、迷子の子供を送り届けるのは当然だ」

 

 そう言われると、なにかの歌にありそうな展開な気がした。

 といっても、まさか同じ状況に陥るとは思ってなかったけど。

 

 人生は不思議でいっぱいだ。

 

「ところで聞きたいことがあるのですが、質問してもいいでしょうか」

「構わない、予想は付いている」

 

 熊さんの表情はよくわからないけど、なんだか少し楽しそうな声の気がした。

 機嫌を損ねてしまって食べられるのもあれなので、下手なことは聞けないけど、これだけは聞いておかないとと思ったことを聞いてみる。

 

「どうして僕は抱えられてるのでしょうか、歩けますが……」

「……ふむ」

 

 熊さんがぴたりと止まる。

 少し考えるように口元に手を当ててから、ゆっくりと僕を下ろしてくれた。

 

「やるじゃないか少年、その質問は予想外だ」

「はぁ」

 

 そう言って熊さんは、僕の手を取るとゆっくりと歩き出した。

 といっても、僕の方から軽く熊さんの爪の先を掴んでる感じだけど。

 

「昔……どこぞからやってきてこの森に居着いていた人の子供が居てな。その子を拾って何年か育てていたことがあった。直ぐにどこかに突っ走っていくので、よく抱えて歩いていたものだ。ある程度育ってから『びっぐになるっす!』などと言って街へ出て行ってしまったが。まぁ……その頃を思い出してついな」

 

「なるほど」

 

 昔を思い出して少し寂しそうな熊さんの横顔。

 勿論表情なんてわからないから、なんとなくそんな気がしただけなんだけど。

 

 それとは別に、僕はその熊さんが拾った人のことが少し気になった。

 この熊さんに育てられたらいったいどんな大人になるのだろうかと。

 

 

「あの、その「危ない提督!!」は…」

 

 

 その人のことをもう少し聞こうとした瞬間、なにか女の人の声が聞こえた。

 と思ったら、すごい早さで現れた人影が熊さんの手から僕を奪い取る。

 

 なんか変な表現だけど、僕、奪い取られたようだった。

 

 見ると、僕を抱えているのは茶色の髪の女の人で、学生服を着てるので多分学生。

 問題は何故僕を奪い取ったのかだけど……

 

「危なかったわね提督! 農作業に向かうマイおじいちゃんの車に、偶々私がぶつかってしまい、むち打ちになってしまったおじいちゃんの代わりに、今日約束をして駅に迎えに行くことになっていた親戚を迎えに行く途中、うっかり道を間違えて熊に襲われそうになってた提督に出くわさなかったら危ないところだったわ!!」

 

 説明がとても長い、気がする。

 あと待たせている人はいいのだろうか。

 

 でも大体わかった、このお姉さん艦娘だと思う。

 そして熊さんのことを勘違いしてる気がする、仕方ない気もするけど。

 

「えーっと、あのですねお姉さん、あの熊さんは……」

「航空母艦、飛龍です! 空母戦なら、おまかせ! どんな苦境でも戦えます! 提督!!」

「あの、えっと、お姉さん、あの熊さんは……」

「飛龍よ!! 提督!!」

 

 あ、これいつものやつだ。

 

「……飛龍さん、あの熊さんは……」

「ふふふー! 安心して提督!! この飛龍に任せておいて!! なぁに、あんなの直ぐにやっつけちゃうんだから!!」

 

 飛龍と名乗った艦娘と思われるお姉さんは僕を地面に下ろすと、すごくいい笑顔でこちらに向かって親指を立てながら言った。

 

 僕は知っている、それは死亡フラグという奴だ。

 

 というか、さすがに熊さんの誤解を解かないとと思ったけど、その前に飛龍さんは熊さんに向かって飛びかかってしまった。

 

「チェストー!」

「ふむ、艦娘か……」

 

 飛びかかった飛龍さんが熊さんに攻撃を当てたと思った瞬間、早くてよく見えなかったけど、なにかがぶつかる大きな音が聞こえる。

 見ると、ものすごく見事に熊さんの拳が、飛龍さんのお腹にカウンターで突き刺さっていた。

 

「ぐふぁ!!」

 

 熊さんは一拍おいて、インパクトの瞬間に曲げた状態で止めていた腕を伸ばしきる。

 すると飛龍さんが、腕を伸ばした勢いと拳をねじった回転の影響を受けて吹き飛ばされ、背後の大きな木に激突した。

 

「意気込みはよし。だが相手がヒヨッコではな」

 

 拳を突き出した状態の、ものすごく綺麗な構えで静止した熊さんがそう呟く。

 すごい、めっちゃつよい気がする。

 

「っく! 艦娘の防御力が無ければ即死だった……貴方ただ者じゃ無いわね……」

 

 ただ者じゃ無いのは間違いないと思う、だって熊さんだし。

 飛龍さんはあまりダメージを受けていないようで、ゆっくりと立ち上がったけどなんだか額から汗が一筋垂れていた。

 

「しかし、いきなりずいぶんな挨拶だな」

「うるさい! 沈みなさい!!」

 

 飛龍さんが大声を上げて、再び熊さんに飛びかかり拳をくりだす。

 熊さんはやれやれといったふうに難なくかわした。

 

 ……すごい。

 

「その程度では、私を敵に回すにはまだ未熟」

「なにぉおお! 提督に出会えた艦娘のぉおおおお! 想いの力を侮るなああああ!!」

 

 飛龍さんはそう叫びながら、攻撃をかわされて体勢を崩した状態を利用し、体をねじるように回し蹴りを放つ。

 

「それは一人前の艦娘のセリフだ」

 

 でもあっさり熊さんに足を捕まれて、そのまま投げられる。

 僕の近くの木に激突する飛龍さん、すごい音がした。

 だけどやっぱりダメージは受けてないみたいで、直ぐに起き上がる。

 

 しかし飛龍さんはかなり警戒して、構えながら僕をかばうような位置に移動した。

 

「怖いか未熟者よ、己の非力を嘆くがいい」

 

 悪役みたいなことを言いながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる熊さん。

 でも何故かちょっと楽しそう。

 

「……やっと会えたんだ、やっと……だから提督は私が守る。たとえ、最後の一艦になっても……守って見せます!」

 

 そう叫びを上げながら飛龍さんが、構えをとる。

 その瞬間、飛龍さんが立っている地面が少しへこみ、なんだかすごい力のような物が感じられた。

 

 え、なにこれ、どういう展開なの?

 

「おいおい、なめられたものだな。出力を上げたからといって勝てるとでも思ったか? それに手持ちの燃料がどの程度か知らんが、未熟者が地上で缶に火を入れるリスクを正しく……」

「提督を守るためなら、たとえどんなことでもやるわ」

 

 熊さんの言葉を遮るように、力強く、決意を以て宣言する飛龍さん。

 なんというか、どこかさっきまでと違う様子だ。

 

 その様子を見て、熊さんは「ふむ……悪くはない……」と呟きながら少し考え込む様なそぶりを見せ、ゆっくりと腰を落とし両手を構えた。

 

「名乗れ艦娘」

「第二航空戦隊、航空母艦、飛龍」

 

 一触即発という空気なんだろうか、じりじりと真剣な感じで向かい合う二人。

 

 うーん、さすがになんだかまずい気がしてきた。

 

 熊さんはこの状況を楽しんでるような感じだし、たとえ勘違いでも、飛龍さんは僕を守るために必死になってくれているんだろうなというのは解る。

 でも、どういうことであれ僕が飛龍さんの提督であるのなら、きっと僕の意に沿わずそしてまた飛龍さんに意味のない戦いをさせてはいけない気がするんだ。

 

 だから、僕はこの戦いを止めることにした。

 

 といっても話を聞いてくれない飛龍さんを止める方法はあるのだろうか?

 そう考えて、ふと看護婦さんとのことを思い出す。

 

 

『いいか坊主、もし院長が暴走することがあったらお前が止めるんだ。それが提督の役目でもある』

 

『提督の役目……』

 

『望んで提督になったわけじゃ無くても、だ。その辺の心構えや気構え、そしてそのあり方は提督によって様々だから俺からは教えられねえ。だけどな、もしやらなきゃならなくなった時に、やりたいと思った時に、それができないってのは嫌だろ?』

 

『はい』

 

『よし、じゃあ提督だけが使える必殺技を一つ教えてやろう。これは俺とは別の木曾が……ほんとだぞ、ほんとに別の木曾だぞ? その木曾がその昔、とある戦いのために編み出した技の一つを応用したやつでな……』

 

 

 僕は看護婦さんの言葉を思い出す。

 

 艦娘は生まれもって水上で戦う術を身につけているし、おまけにいつでも展開できる艤装を使えば、軍艦の火力と機動力を引き出せる。

 だから水上で艤装を展開した艦娘と戦うのは無謀もいいところだ。

 

 だけど

 

『陸上での戦いは訓練を積まないと不慣というか、ちょっと感覚が違って戸惑う「うわっ!? 海上と違う!!」ってな感じでな。といっても普通はそんな訓練受けなくてもいいんだ。なんせ俺たちはなにもしなくても力が強いし、それにダメージを与えたいなら、せめて戦車が必要だからな。だからその手の訓練を受けてるのは軍人か、専門の仕事に必要なやつだけ、まぁ……後は趣味のやつか。話を戻すが、そんな俺たちをそれでも止めなきゃいけない状況ってのが来たときどうするか。さっきも言ったけど、付け入るとしたらそこ、海上と違うって所を突く、つまり……』

 

 不慣れな足場へ

 

「む?」

 

 僕は飛龍さんに近づく、熊さんが少しうなった声が聞こえた。

 

「危ないから下がって! ていと……え?」

 

 僕を後ろに下げようとする飛龍さんの手を取り、強く強く握る。

 それを感じて飛龍さんは、慌てて出力? を下げたような気がした。

 

 僕はくり出す、看護婦さんに教えてもらったその技を。

 かつて夜の街でとっぷを取ったらしい看護婦さんとは別の木曾さんが、看護学校の学費を稼ぐために男装して働いていた店で編み出したとされる技。

 

 

 YOKOSUKA流 決闘術

 ホスト式 超低空 蟹挟み

 

 

 飛龍さんの手を掴んだまま、僕の足で彼女の足を挟み込みひねる。

 

「ひぎゃ!?」

 

 すごく見事に、びたんと飛龍さんが前のめりに倒れ込んだ。

 僕はすかさず飛龍さんの耳元で囁く。

 

「やめろ飛龍、僕の恩人に手を出すな」

 

 確かこうだったはず。

 

 

『ははは! どうだ簡単に倒れただろ? いいか坊主、自分の艦娘に言うことを聞かせる時は、この状態でこうやって後ろから覆い被さって耳元にぞっとするような冷たい言葉を、とろけるように甘く囁くように言うのさ。え? やり方がわからない? よし、試しにやってやろう…………どうだ? え、よく解らなかったからもう一回? しょうがねえなぁ、じゃあ……あ、院長、え、いや、あのこれは……ぼ、坊主今だ! 今こそ止めぎゃアッー!!』

 

 

 あの後大変だった気がする……。

 

 まぁそれはおいといて。

 うまくいったのかよくわからなかったけど、飛龍さんは顔を真っ赤にして何度もうなずいていた。

 

「……ほう、やるではないか少年よ」

 

 熊さんが褒めてくれた、だとしたら多分うまくいったのだろう。

 

 やった。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

「こんのバカ孫が! よりにもよって山神様にてぇ出すとはなにしてんだ!!」

「ふええええん! ごめんなさあいいいいいいい!!」

 

 飛龍さんが大叔父さんにめっちゃおこられてる。

 

 あの後僕は飛龍さんと、缶に火を入れた反動? なのか、真っ赤になって動けなくなった飛龍さんを担いでくれた熊さんと一緒に、おばあちゃんの弟である大叔父さんの家に向かった。

 大叔父さんの家は、珍しいかやぶき屋根の大きな家で、着くと大叔父さんが首を押さえながら僕たちを出迎えてくれた。

 

 ちなみに熊さんはこの村では有名な熊さんだったらしい。

 そんなこんなで今、僕と熊さんと大叔父さん、そして飛龍さんは囲炉裏を囲んで座って居る。

 

「すんません山神様、バカ孫が」

「いや構わない、私もずいぶんと顔を出していなかったからな」

 

 熊さんが器用に正座しながらのんびりと言う。

 

「そうだよおじいちゃん、私だって山神様が熊の姿をしてるって聞いてたら……」

「バカもん、山神様はそのお姿をしょっちゅう変えられるんじゃ、ゆったじゃろ」

「え、そうなの?」

 

 え、そうなの?

 僕もびっくりである。

 

「はいはい、お説教はそこまでにして夕飯にしましょうね」

 

 奥から大叔母さんが、大きな鍋を抱えてやってくる。

 山で採れた山菜や獣の肉をふんだんに使ったお鍋らしい、おいしそう。

 

「ほんとにしょうがねえ。山が荒れないように獣を抑えたり、危険が無いか見回ってくださってる山神様に感謝すんだぞ」

「ははは、言い過ぎだ。私はただ暇をもてあまして山を見回ってるだけさ……ああ、ありがとう」

 

 熊さんは大叔母さんに差し出された料理の入った器を受け取ると、横に置いた。

 あれ、食べないのかな? と僕が思ったそのとき。

 

「よっこいしょっと。いや、これを脱ぐのも久しぶりだ」

 

 

 

 ……熊さんの中から、短い髪の綺麗なお姉さんが現れた。

 

 

 

 なにを言ってるんだろう、僕は。

 でも、なんか、うん、めちゃくちゃリアルな熊の着ぐるみを脱いだってことなのだろうか、うん。

 

 僕がわりとすごいショックを受けていると、飛龍さんが驚きの声を上げた。

 

「えええええええええ!? 山神様の中身って『日向』さんだったのおおおおおお!?」

「うん、伊勢型航空戦艦、日向。一応この名前も覚えておいて。気がつけなかっただろう? 夕張重工の特注品だ、家に帰れば他にも色々な種類の着ぐるみがある」

 

 えっとうん、つまりこの人は日向という艦娘みたいだった。

 つまり熊さんでクラウドさんで山神様で日向さん。

 

「そういえば少年よ、飛龍を倒したあの技は見事だった。いい筋をしている、なんなら色々教えてやろうか? ふふふ、弟子を取るのは久しぶりだ。ああ、そうなるなら私のことは師匠と呼ぶといい」

 

 そして師匠。

 

「あっ!? そういえばおじいちゃん、私提督見つけたから。よろしくー」

「おおっ! 姉ちゃんが言ったとおりやっぱ坊主がそうじゃったか。それはめでてえ、めでてえけど学校はちゃんと卒業してから嫁入りすんだぞ」

「えーーー!」

「あったりめえだばかもん、嫁ぐにもそれなりの学や作法を身につけてからにしろ! 提督捜しごっことかアホみたいなもんにうつつを抜かしとるようじゃまだ嫁にだせん!!」

「ちょ!? やだおじいちゃんばらさないでよ!!」

 

 ……なんだろう、なんだか色々起こって僕はとても混乱している。

 やばい、なんというかこの気持ちはなんなんだろうか。

 

 とりあえず言えるのはえっと

 

 

 ここは『艦夢守市(かんむすし)』

 

 

 大きな港があり、その港と街の周りをぐるっと山に囲まれている、そんな立地の場所。

 都会とまではいかないけれど、それなりに騒がしくてそれなりに穏やかな大きさの街。

 

 からそれなりに離れた場所にある村。

 

 ここにはどうやら僕の親戚で、艦娘でもある飛龍さんが居た。

 これから僕と飛龍さんがどうなるかはまだわからないけど……

 

 大叔父さんに叱られてる飛龍さんが、ちらりと僕を見た。

 そして舌をちょっと出しながらウインクして、とっても嬉しそうに笑う。

 

 つまり、ここは僕の“もう一人の”お姉ちゃんともいえる人が住んでいる村なのだ。

 

 

「弟子になるなら特別な瑞雲を見せてやろう」

 

 

 ……あと、師匠。

 

 

 つまり、人生は不思議でいっぱいだ。

 

 

 

 ■□■□■

 

 

 

 とあるお家の扉の前。

 

 

 

 一航戦の青い方と、五航戦の姉の方が意を決してインターホンをならそうとしていた。

 

 勿論みんな大好き、百万石と鶴(姉)である。

 

 なにをしているかというと、何故か最近通学路で待ち伏せをしても全く出会えない提督に直接会いに来てしまったのだ。

 ファーストアタックをしくじってしまった思いもあり、我慢していたのだが……

 

 ぶっちゃけ、辛抱たまらなくなってしまった。

 

 なのでとてもお高いお菓子などを手に、ついでに自らの提督の保護者にご挨拶もしてしまおうという覚悟も決めてきている。

 

「いいかしら翔鶴さん?」

「はい、加賀さん。いつでも」

 

 いつの間にそんなに仲がよくなったのか、二人はうなずき合って恐る恐るインターホンを押す。

 

『はーい』

 

 扉越しに聞こえてくる女性の声、二人はきっとそれが自分の提督の母親だろうと思い、ファーストインパクトに備えて背筋を伸ばす。

 

 扉が開く。

 

「「は、初めまして!! 私たちは……あ?」」

 

 扉を開けたのは、すごくいい顔をした赤城の山だった。

 

「提督さ-ん、頼まれてた天山のプラモデル持ってきた……よ……って、翔鶴姉じゃん?! なにやってんの!? 爆撃され……じゃなくて、え、いや。今海外出張中だから私の大事な話は帰ってから聞くって言ってたのに……ほんとになにやってんの?」(温度急降下のアイ)

 

 そして後ろからプラモデルの箱をもって瑞鶴がやってきた。

 

 ドーバー海峡沖海戦のボス戦BGMが、加賀と翔鶴の中で大音量で流れ始める。

 

 挟撃を受けた史上あんまり例を見ない機動部隊に退路は……

 

 

 

 無かった。

 

 

 




 
僕の名前が書かれてないのは、まだ決まってないだけだったりします。

※豆知識
『YOKOSUKA流 決闘術』の開祖は木曾。
木曾は数年で学費ためて、あっさりホストをやめた。
だがその技は当時、木曾の取り巻きだったホストたちに伝わっている。
なお、南雲病院の木曾とは別の木曾らしい。(ほんとぉ?)
 
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。