なんというか、いまさらですが今回のは色々ひどい話です。
私はロリコン(児童性愛者)だ。
「児童性愛者は大人の女性を愛することができない哀れな人間」
そういう声を耳にしたことがある。
確かに私はその性癖の都合上、大人の女性を愛せないかもしれない。
だが、そもそも愛する必要もないのだということをわかっていただきたい。
無論、世間一般で犯罪者もしくは予備軍として扱われている者たちとは違う。
触れない、話しかけない、恐がらせない。
一部で紳士と揶揄されてる存在に近い者である、あろうと心がけている。
そしてこの思いは当然心に秘め、一生彼女たちへの神聖信仰を守りながら清らかなまま生涯を終えるものだと決めていた。
あの瞬間までは。
私は知ってしまったのだ。
我らが守るべき、そして生涯を通して神聖視すべき存在である彼女たちと結ばれるただ一つの方法があることに。
そう、艦娘の駆逐艦と呼ばれる少女たちだ。
彼女たちはある一定の年齢でその姿をとどめ、生涯を終える。
なんたる奇跡、なんたる神秘か。
かつて人類を救いたもうた偉大な少女たちと添い遂げる可能性。
私はそれを熱望してやまない、例え適性という壁が立ちはだかろうとも、私は必ずや夢をかなえて見せよう。
人の夢と書いて儚い?
儚いからこそ惹かれるのだ、儚いからこそ恋焦がれるのだ。
だから私は、今日もその可能性に手を伸ばす……。
「前島く~ん、ランチに行かない?」
夢はあきらめない、諦めるのはいつだって自分なのだから。
「前島く~ん? 聞こえてないのかなー、愛宕さんさびしいなー」
話せば長くなるが、個人的には『雪風』と呼ばれる駆逐艦の艦娘である少女が好みだ。
無論あくまで好みの話だ、彼女たちはみな等しく私の崇拝すべき存在である。
(一部駆逐艦とRJについては審議中)
「ぱんぱかぱーん! ぱんぱかぱーんしちゃうよー! ねー! 前島くーん!」
「……部長、パワハラは止めてください」
そう言いながら、私は後ろから絡み付いてきた女性を引き剥がす。
広い割には比較的冷房の効いたオフィスだが、こう引っ付かれては暑くて仕方が無い。
私は椅子に座ったまま体を回転させ、先ほどから周囲の目を気にせず、私の背中に絡み付いてきていた相手と向き合う。
まず目に飛び込んでくるのは、メロンほどのサイズでもあろうレベルの大きな脂肪の固まり。(焼肉用の牛脂を見てわく程度の感情)
そしてその上に視線を向けると、ふわりとした長い金色の髪に、ブルーの瞳を備えた西洋風の整った顔立ちをした女性の幸せそうな笑顔。
パツンパツンに張り詰めたオーダーメイドのスーツを身にまとう彼女は、私の部署のトップでもある部長。ついでに『愛宕』と呼ばれる重巡洋艦の艦娘だ。
ちなみに、ふわふわした見た目や言動とは裏腹に、かなり仕事ができる上に部下の面倒見もいい。
おまけに一般的な価値観で見ればかなりの美人。正直上司としてだけ見ればすばらしい存在だと思うが、個人的な女性の好みでいえば熟練観測手でも観測できないレベルの着弾位置である。
最低でももう三周りあらゆるサイズを落として欲しい、せめてそれから話しかけて欲しい。
後、極めて不要な情報だとは思うのだが。
「もう前島くんったら、愛宕と呼んでっていつも言ってるじゃない」
艦娘である部長が、自らの艦娘名を呼ぶよう願うということ。
つまり私は重巡洋艦の、少なくとも『愛宕』の適性があるようなのだ……。
まるでアンパン職人になりたい人間に、殺しのライセンスを与えるかのような冒涜。
なぜ神は駆逐艦ではなく重巡洋艦の適性を私に与えたもうた。
「部長、何度も申し上げておりますが仕事での公私を分ける為にも、そして私たちがなんら特に特別な関係ではないと周囲に誤解を与えないためにも、その名前でお呼びするのはお断りさせていただきます」
「ぶーぶー、私だってちゃんと分けてますよー、ほんとだったら『提督』って呼びたいのを我慢してるんですよ?」
できれば我慢のレベルを引き上げて一生我慢していただきたい。
「まあそれは今はまだいいわ、それよりほら、ランチに行きましょ。とっても美味しいランチを出すお店を見つけたんだけど、前島君とならもっとおいしく食べられると思うの、ね?」
私の手をいとおしそうに取り、両手で包み込むように握り締める動作。まるで花畑のような空間を形成しかねない部長のその甘い言葉と仕草に、こちらを見ていた仕事仲間たちの悩ましげなため息が聞こえてくる。
だが私には特になんの感情も抱かない不要なものなので、正直一山いくらで買い取って欲しい、むしろこちらが料金を支払おう。
「申し訳ありません部長、私は昼は用事(ランチ)が有るので無理です。失礼します」
部下が上司からの食事の誘いを断るのかと思われるかもしれないが、私は断固として自分の自由な時間を尊重させていただく。
誰と食べるかで料理の味は変わるという主張もわかるが、私はどんな料理も駆逐艦と食べるべきだと思う。いや、むしろ料理とかいいから駆逐艦といたい。
「ちょ、ちょっとぉー」
私は追いすがる部長を努めて冷静に撒いた上で、何時も食事を摂る店に向かった。
■□■□■
我々ロリコンが駆逐艦の艦娘という神秘に向き合う上で、どうしても避けて通れない話がある。
彼女たちは見た目はそのままではあるが、年は取る、そうなると当然精神は老衰していくということだ。
端的にいうと、ロリババアと呼ばれるものを認めるか否か、である。
私の結論を述べさせていただくならば、艦娘にいたってはYESである。
というのも・・・・・・
「お待たせしました! ご注文のミネラルウォーターとミートソースパスタ、ミートソース抜きです!」
そんな元気な掛け声とともにパスタを運んでくる少女、彼女は駆逐艦の『リベッチオ』と呼ばれる艦娘である。
小麦色に焼けた張りのある肌、抱きしめたくなる小さく華奢な体、あまりの美しさに表現する言葉が存在しない脇、常夏を思わせる大きな瞳にはじける笑顔、極めつけは黄金比率のラビット・スタイルツインテール。
楽園はあったよ父さん。
ちなみに彼女は私が愛用しているイタリア料理店の店主で、御年七十歳。
しかし何時来ても彼女はあのように明るい笑顔と、あどけない仕草で接客し、来店した誰もを癒している。
無論染み付いた演技、と思う諸氏もおられるかもしれないが、私はあれが完全な演技だとは思えない。
そしてあらゆる方面から考察を重ねた結果、私は一つの結論に至った。
つまり『精神』は『肉体』に引きずられ影響を受ける。
人間誰しも自分の老いや見た目の変化を自覚し、それにあった振る舞いをしようと心がける。
結果、精神や性格が老衰という過程を経るのであれば、一生若々しい見た目である彼女たちはそのままの精神と性格であり続けるのではないか。
無論差異はあろう、人生の経験によって人の精神構造は形成される、若くしてつらい経験を多くしたものは精神が老成するということも聞く。
だがそれらは対応力が付いたというだけで、精神や性格の老衰であるとはいえないのではないだろうか?
長々と説明をしたが、つまり私の中ではいくら年齢を重ねようと、彼女らは私の信仰の対象から外れ得ないということである。
うぬ、今日もリベッチオさんが作るミートソース抜きミートソースパスタは絶品だ。
「ご馳走様ですリベッチオさん、今日も美味しかったです」
名残惜しいが何時までも席を占領していると、店というよりリベッチオさんに迷惑がかかってしまう。
ちなみに私は提督適性者なので、彼女を艦娘での名前で呼んでも怒られることはない。
『愛宕』の適性など必要ないと思っていたが、これだけは神に感謝してもいい。
「あはは、なんだかいつもすみません。その、何度も聞きますがほんとによろしいんですか? 料金を割引いてもいいのですけど……」
申し訳なさそうに上目遣いに私を見るリベッチオさん。
そうだ、その瞳で見つめられるだけで私は、この先夢を掴むため一生戦える。
ちなみにミートソースを抜いているのは単純にカロリー計算のためである、一石二鳥だ。
「いえ、こんなすばらしいお店でお食事をさせてもらってるのですから、当然かと。むしろ手間をおかけしてる分追加でお支払いしたいくらいですよ」
そう言って私は毎日練習を欠かさない、自分にできる最も優しい微笑を浮かべた。
残念なことだが私の見た目は怖い、眼鏡をかけてなんとかごまかしてはいるが、幼馴染と組織のために二丁拳銃を使い裏切り者を粛清するマフィアや、とある英国機関に所属する執事、彼らの最盛期のようだといわれることがある。
なので、私が用いる最大限の優しい笑みを浮かべるのは、私に課せられた使命のようなものだ。
「えへへ、いい笑顔ありがとね。またよろしく!」
「ええ、また来させていただきます」
守らなければならない、この日常は、なにに変えても……。
「ぶーぶー、なにその表情。普段は表情を一切変えないのに、どうしてそんな優しい笑みを浮かべてるのかなー、愛宕さんそんな笑顔向けられたことないぞー」
本当の厄ネタというのは、人の都合など関係無しにいつも唐突に襲ってくる。
背中にのしかかる感じなれてしまった重さ、そして声。
ゆっくりと首だけ振り向くと、そこには部長の顔が真近にあった。
ひどく不機嫌そうにじと目になりながら、頬を膨らませている。
「……部長、お店の邪魔になるのでとりあえず離れてください」
努めて冷静に振舞ってはいるが、私の内心は過去例を見ないほど荒れている。
ここで選択を誤って、私がロリコンとばれてしまえば、もう二度とこの店に来ることができなくなってしまうだろう。
つまり今後一生リベッチオさんの料理を味わえなくなってしまう。
いっそ幸せな思い出を胸に秘めて、今後はここには来ないべきだろうか?
否、断じて否。
どんなにすばらしい経験も、その幸福感の詳細までは記憶できない。
つまり過去に経験した最高の幸せな思い出に浸るより、新たに最高の幸せを見つける方が遥かに魅力的だ。
そう、過去の幸せな思い出が、今目の前にある幸せより素晴らしい訳がないのだから。
「とりあえず外に出ましょう、リベッチオさん、ご馳走様でした」
あはは、またねー。と軽く手を振るリベッチオさんに見送られて私と部長は店の外に出る。
「ところでなぜ部長はあの店に?」
先制攻撃の軽い牽制、確かに私は完全に部長を撒いたと思っていたが、私に落ち度があったのだろうか。
「前島君とランチに行く予定だったお店に一人で行ったら前島君がいたの、不思議よねー」
ふぬ、なるほど、つまりは偶然だったというわけか。
知っているだろうか? 厄ネタの偶然が引き起こす結末は二つしかない、『不幸』か『不幸中の幸い』かだ。
つまり私は不運とタンゴを踊ってしまったというわけだな、しね。
「私の方は用事を済ませてから、たまたまあの店を見つけましてね、昼食をとっていたのですよ」
このひたすら不要な会話を行っている最大の目的は、今後部長があの店に入り浸る可能性の排除である。
つまり、たまたまあの店に行ったということにすれば部長の私への心証はさておき、その最悪を回避できると私は見ていた。
楽園は汚してはならないのだ。
「ふーん、たまたま入ったお店で、何時も同じメニューを頼んでいて、おまけに“名前を知ってるリベッチオさん”にあんな素適な笑顔を見せるなんて、不思議だね?」
「……」
「ひどいなー、愛宕さん傷ついちゃったなー。これはもうディナーを一緒にしてくれないと立ち直れないかもしれないなー」
部長が言わんとしていることは分かる、だが、しかし。
私のロリコンが原因で貴方を傷つけてしまったのなら……それは別にロリコンじゃなくても傷つけているだろうから、ディナーはあきらめて可及的速やかに隕石とか落ちてきて私のことを忘れてどこかに行ってくれないだろうかと思わずにはいられない。
無論この心情を吐露すれば、色々終わってしまうのは私にだって分かる。
さて、どうすべきかと必死に頭を回転させていたところで、私の視界がとある幼女を捉える。
常に無意識に広範囲にわたってその姿を探している私の視界に、幼女が捉えられるのはそう珍しいことではない。
だが問題は、道路を挟んで建っている立体駐車場の六階、申し訳程度に立てられた簡素な鉄柵の隙間から、まさに幼女が落ちてしまいそうだということだ。
「……」
「ぱんぱかぱーん、前島くーん? おーい……っ!?」
刹那の硬直をはじいて動けるもの、そこに凡と非凡の違いがある。
気が付けば私は無意識に駆けていた、そして道路を走る車を最小限の動作でよけ、最短で立体駐車場の下にたどり着く。
非常階段を上る時間が惜しい、階段の手すりを取っ掛かりに駆け登る。
急げ、急げ、急げ
今にでも幼女が落ちてしまいそうではないか。
私は三階程度まで駆け上がったところで、サラリーマンの基本装備品であるフックと、ワイヤーを組み合わせる。(通りすがりのサラリーマンの必須装備)
そして投擲し、フックを幼女と私の間くらいにある場所にひっかけた。
正直固定先の強度とフックの固定具合を確かめたかったがそんな余裕はない。
状況に気が付いた周囲の人間たちが悲鳴を上げる。
その声に反応した幼女が……落ちた。
タイミングはぎりぎりだ、だが私にためらいはない。
私は私の信仰に従って、成すべきことを、為す。
飛び降りた私は重力と、ワイヤーの力を使い振り子のような動線を描いて幼女の元に肉薄した。
片手はワイヤーを利用してぶら下がり、もう片方の手で幼女を受け止める。
成功だ、見守っていた者たちの歓声が聞こえる。
だがしかし、やはり、といったところか。
私と幼女の重量を支えきれず固定先が崩れる。
高さとしては二階程度、私はワイヤーを切り離し両手で幼女を守るようにして抱きしめて背中を地面に向け落下の衝撃に備える。
可能な限り落下の衝撃を自らの体で吸収しなければならない。
私の手には守らねばならぬ小さなぬくもりがあるのだから。
そして強い衝撃が背中と、幼女を抱えた腹側に走った。
私の中のあらゆる空気が排出され、一気に呼吸ができなくなる。
だが……耐えられる。
いつか来る、駆逐艦たちとの出会い。
姉妹が多い彼女たちにさびしい思いをさせないためには、彼女たち全員の愛を受け止められねば信仰にかかわる。
特に陽炎型と呼ばれる二十人近い駆逐艦たちに迫られたとき、彼女ら全員を受け止め、抱きかかえられるよう想定して、耐えられるよう体を鍛え続けた私の体ならば、この程度の衝撃など数分もあれば回復可能だ。
朦朧とする意識の中、私は胸の中の幼女を見る。
触れてしまってすまない、怖がらせてしまってすまないと心の中で謝りながら。
幼女はなにが起こったのかわからなくてきょとんとしていたが、やがてなにか怖いことが起きてしまったと理解し、泣き出してしまった。
私は慰めるための声も出せない自分のふがいなさを恥じる。
そして、時を同じくして起きた不幸な事故
余所見でもしていたのか、私たちの直上の位置にある七階程の場所、バックしすぎた車が鉄柵にぶつかるのが見えた。
手抜き工事でもしていたのか、鉄柵を支えている根元の基礎はあっさりと崩れて、上から鉄柵やコンクリートが落下してくる。
それらを見ながら、不幸の続く自らの運の無さを呪った。
厄ネタはこちらのお構い無しに、連続でやってくるのだな、と私はやたら冷えて冴えていく頭で漠然とそのようなことを思う。
まったく、どうせなら幸運の女神のキスが欲しいな、本当に。
自嘲気味な笑みを浮かべながら、まともに動かない体に鞭をうち、今動かずに何時動かすのだと自らを奮い立たせて幼女に覆いかぶさる。
泣きやまない幼女、彼女を安心させるように、私はせめてもと思い飛び切りの微笑を浮かべた。
「……大丈夫、怖く、ない…ですよ」
私は上手く笑えただろうか?
願わくばどうかこの幼女がこの恐ろしい事故を忘れて、今後健やかに成長できることを、祈……
「はあああああああああああああああ!!!!!」
私が最後の祈りを捧げようとした瞬間、凄まじい大喝破が響く。
そして上空で私たちに向かって落下してきた鉄柵やコンクリートが、風きり音と衝撃音を撒き散らしながら飛んできた“街路樹”に衝突しそれらを巻き込んで遥か向こうの無人地帯に墜落した。
私は、いや、周りにいた誰もがなにが起きたのか、どうしてそれが起こりえたのかわからなかった。
視線を街路樹が飛んできた方向に向けると、そこには投擲後の姿勢で、肩で息をしながらこちらを見つめる『愛宕』の姿が見えた。
■□■□■
あの後、私たちは会社を早退する旨を連絡し、色々な事故処理を終わらせた。
幸い私も幼女もほぼ無傷だったため、比較的早くにそれらは終わったのだが、それでも終わった時には夕方になってしまっていた。
私などはともかくとして、幼女を危険にさらした保護者や柵にぶつかった車の運転手、そして手抜き工事者に裁きを下さねばとは思うが、それは司法にゆだねることにした。
ちなみ、現在私は夕焼けに染まる住宅街を部長を背負って歩いている。
というのも、部長が言うには、
なけなしの燃料を使い、出力を引っ張り出した反動でほとんど動けなくなってしまった。
ということらしかったからだ。
艦娘の生態に関してはいろいろと秘匿されていたりする部分もあるため、まあそういうことも有るのかと納得はした、が。
なぜだか動けない自分を背負って家までつれて帰ってくれ、という部長のわがままに付き合ってるのか、それについては私も答えが出せないでいる。
真っ先にタクシーを使えばいいのでは? と思った。
すれ違う買い物帰りの主婦、帰宅途中の労働者たちの視線が悩ましい。
あと背中に当たる脂肪の塊がぐにゃぐにゃして背負いにくい。
(背中にグミを押し当てられた程度の感情)
まぁ、命の恩人にお願いされたとなれば多少のことはかなえねばならない。
「あははー、ごめんなさいね。重くない?」
「いえ、成人女性平均より少し上程度ですので平気ですよ」
ぽかり、と頭を叩かれた、解せない。
そして部長は甘えるように、私の首に回していた腕に力をこめる。
もしかしたら思ったより現在の状況を心苦しく思っているのかもしれない、そう判断した私は部長の罪悪感を消すために声をかける。
「気になさらなくても部長は命の恩人ですから、私にできることなら……可能な限りさせていただきますよ」
自分で言ってしまい少し後悔した、とんでもない要求をされてしまったらどうしようか。
そんな私の内心を知ってか知らずか、部長は思考の為なのか僅かに間をおいて
「じゃあ、今日のこと……褒めてくれる?」
どこか照れくさそうに、小さな声でそうこぼす。
割と色々覚悟していたのだが、思ったよりも安い願いだ。
それに命の恩人の願いだ、まぁ、それくらいなら叶えねばならないだろう。
「よくがんばりましたね愛宕、えらいですよ」
サービスで艦娘名で呼んであげた。
それを聞いて部長はさらに腕に力を込めて、私の首裏に顔をこすり付ける。
「……提督もすごくかっこよかったわ」
表情は窺えないが、伝わってくる体温が高いような気がしたので照れているのかもしれない。
「えへへへ」
自宅に着くまで、部長はずっとそんな感じだった。
■□■□■
「ここですか?」
とある高級マンションの部屋の前、ようやく到着した私はいまだ降りようとしない部長に確認を取る。
「ええ、インターホンを鳴らすわ。ルームメイトが開けてくれるはずだから」
そう言って彼女は背負われた状態のまま、手を伸ばしてインターホンのボタンを押す。
しばらくして「はい」と応じる反応が返ってきて、部長が「わたしー」と間延びした返事をした。
しばらくしてドアが開く。
でてきたのは肩まである長さの黒髪の品のよさそうな、部屋着姿の女性、美人ではあるが残念なことに色んな所のサイズが部長と似ていると思われる。
当然だが熟練観測手が「着弾確認できません!」と心の中で声を上げた。
「あははー、ごめんね高雄。ちょっと力使っちゃって動けなくなっちゃった。悪いけど……」
そこで、私と部長は『高雄』と呼ばれた女性の様子がおかしいことに気が付く。
彼女はまるで雷にでも打たれたかのような状態で固まっていた。
……部長との出会いを思い出す、正直、またしても厄ネタのにおいしかしない。
警報が私の中でこだまする、逃げろ、今日一番の厄ネタが来るぞ、と。
そんな警報もむなしく、彼女はやたら興奮した様子で自己紹介を始める。
「こ、こんにちは。高雄です。貴方のような素敵な提督で良かったわ!」
いいえ、ケフィアです。
高雄と呼ばれた女性はそんな私の心中を無視し、自己紹介を終えた後、急に私に抱きつき、動けない私の唇を奪った。
背中で部長が悲鳴を上げる。
悲 鳴 を 上 げ た い の は こ っ ち で す 。
しばしの抱擁と口付けのあと、解放された私は、努めて冷静な声で――
「失礼」
そういって部長を『高雄』と呼ばれた女性に押し付けて、部屋に土足で上がり、トイレと思われる場所に向かい入る。
後ろでは部長が珍しく怒声を上げていたが、今は関係ない。
扉を閉めて鍵をかけた私は、胃の中のものを全て便器にぶちまけた。
いつか素敵な駆逐艦と出会えた時のためにとっておいた、大事ななにかが、失われてしまった。
玄関の方から修羅場の様子をかもし出し始めた言い争いの声が届く、正直一ミリも興味が無い。
喪失感にさいなまれながら薄れゆく意識の中、私はいまや相棒となってしまった便器を抱きしめながら、
どんなに辛い試練でも乗り越えて見せる。
そして駆逐艦と結ばれる、私はあきらめない。
そう誓いを新たにした。
本気になった愛宕さんが、実はかっこいい、愛宕さんに甘えるよりも甘えられたい、そんな夢を抱いてしまった。