サンタなんていないって知った時?二十歳になった時?子供が出来た時?責任を取る立場になった時?
大人になりかけた子供って、きっとサンタさんにお手紙を出すのを忘れた時なんじゃないかなって。もちろん全員がそうだとは言いませんが、無意識に自分には必要ないと理解した時なのかもしれませんね。
これは、そういう話です。
ちなみに、クロスオーバー要素はうっすら。でもFGOやってると楽しいかも。
pixivに既に投稿済みです。
メリークリスマス!
ヒーローになりたい。そう願う事は特別な事ではなかった。長続きするか、どれくらい本気でなりたいと思うのかは人によるだろうけれど、もうそれは特別な夢ではなかったのだ。
4歳の頃無個性と診断されオールマイトに憧れていた緑谷出久は現実に打ちのめされ、目を背けるしかなかった。無個性でもヒーローになれる。そんな言葉をどこかの誰かに言ってもらいたくて、この誰もが見た事のある夢に縋り続けていた。だがある時、幼い頃からずっと憧れていたヒーローの真実を知り、ヒーローになれる。とその心を認められた。
虚構は現実へと変わり、夢は現実に打ち砕かれた。それでも見続けた夢は報われた。ああ、明日目が覚めたら個性に目覚めていないかな、なんてあり得ないと分かっている夢を諦めながら見る日々は終わりを告げたのだ。夢が現実へ引き上げられた。思わず眠たくなる程に暗い海底から海水に崩された太陽を思うのではない。海の底から、空へと飛びあがる。
誰もが願った夢を自分だけが叶える権利を得た。この世界のどこかには出久以外にも無個性の子供は大勢いるだろう。もしかしたら無個性よりも酷い個性があるのかもしれない。それでも、これは出久が望んで叶えた夢だ。
個性が欲しい。ヒーローになれる個性が欲しい。
ヒーローになれる。誰の口からでも良い。その言葉が欲しかった。
子供が大人に変わる瞬間。それは一体いつからなのだろうか。大人になっただなんて、きっと本人にも分からない。けれど、子供でなくなる瞬間というのはきっと、本人だけが気付いている。
出久の母、引子は息子を無個性に産んでしまった事を悔やみ、出久が欲しがったオールマイトグッズはなるべく与えるようにしていた。当たり前だが、中学三年生にもなってサンタクロースがいるだなんて出久も信じてなんかいなかった。それでも罪滅ぼしともいえる母から渡されたレターセットに今年のプレゼントは何が欲しいのかを書く。それは出久にとって当たり前の習慣で、わざわざ意識して行うような事ではなくて、ああ。だからきっとそれも本人にのみ分かる子供ではなくなった瞬間なのだ。
「母さん、ごめん。サンタさんへの手紙書くの忘れてた」
「……そうね、出久ももう高校生になるんだもんね」
オールマイトから個性を受け継ぐ為に体を鍛えるようになった時からか。身体づくりの為の食事メニューを伝えた時からだろうか。きっと、母にはすでに伝わっていたのだ。
「ねえ、出久。今年のプレゼントは何が欲しい?」
母のその言葉を聞いた瞬間、少年は子供から一歩踏み出したのだ。
「大変だ」
世間はもはやクリスマスカラー一色。いや、緑に赤の二色。赤い服に真っ白い髭を携えたふくよかな老人が真っ赤なお鼻のトナカイさんと一緒にいる。出久の肉体強化のトレーニングに付き添ってくれているオールマイトなんてチャリティー活動に忙しい。いや、本当に困った。大変だ。大変なのだ。
緑谷出久は無個性だ。いや、無個性の筈だった。個性の中には本人ですら使い方も発動条件さえも知らないものもあり、むしろ条件が厳し過ぎるが故にある日突然個性の存在に気付く者も多い。特に異形型と分類されるが故に影を操れる、みたいな特殊な個性に気付けない。なんて事もある。
二十年ほど前。出久がまだ生まれていない頃に自分の誕生日にプレゼントをもらった数だけ若返るなんて個性を持った人がいたなんて騒ぎがあったらしいのだが、その人は90歳近いご老人で無個性でも仕方ないような世代の人で、本人的にはどうしようもない個性だった。誕生日の日付が変わればその個性も解除され、日中の若々しさを失う瞬間なんて良い夢を見たでは済ませないものだったとか。
その人は既に亡くなっているが、個性そのものは研究対象として死後十年以上経った今でも取り上げられている。つまり、そういう特殊性な条件の厳しい個性は確かに存在し、その時にだけ個性と分かる個性持ちは現代医学では無個性という診断が下される事がままあるという。けれどそれは出久には関係ない事だとずっと昔に割り切っていた。一縷の望みをかけて誕生日に一日病院にいた年もあったのだが、それ以来その望みは捨てた。だから、既にあり得ないものだと思い込んでいたのだ。
虚構は現実に。夜空に瞬く星のような願いは道に転がる石に成り果てた。ユメは、現実という言葉に引きずり降ろされた、筈だ。
「トナカイさん。トナカイさんを、探さなきゃ」
クリスマスイブまで一週間を切ったこの日、緑谷出久は自分の個性を理解した。
サンタクロース。いい子に夢を。悪い子には現実を。赤だろうが黒だろうがいる訳ないものに変わらなかったそれは、出久の本当の個性だった。
けれどクリスマスのサンタにはトナカイが必要不可欠だった。別にトナカイという個性を持っている人を探さなくてはいけないという訳ではない。サンタとしてこの人ならトナカイにふさわしいと思える人を見つけろという話だ。それは一体どこから出てきた話なのか。オルタ先輩かリリィ先輩に聞いて欲しい。サンタアイランド化面でも構わない。けれどサンタクロースをクリスマスに繋ぎとめておく存在を求めているのはその個性が訴える本能のようなものだろう。
マスターとサーヴァントのように、妖精と子供たちのようなサンタとトナカイの関係だが、ここで大きな問題が出てくる。出久には友達がいない。話す相手がいない訳ではないが、基本的に無個性といじめられている出久から、幼馴染のかっちゃんが怖い周りにトナカイになって欲しいと頼んだところで望み薄なのは今更だ。だったらオールマイトに頼めばいいって?だからオールマイトはチャリティー活動が忙しいのだ。ただでさえ貴重な活動時間を出久にこれ以上割いては貰えない。そして何よりサンタクロースとして、クリスマスからオールマイトを奪える訳がない。
いや、本当にどうするべきか。大変だ。困った。なんて呟いていたら出久はいつものジョギングコースを少し過ぎてしまった事に気が付いた。オーバーワークを咎められたばかりで情けない。息を整え、近くの自販機で何か飲み物でも買おうと辺りを見渡していると真っ黒い塊と目が合った。
ぴかぴかと、輝く赤い瞳に赤鼻のトナカイを思い出す。黒い誰かが誰で自分とは初対面だろうがもう出久には関係がない事だ。止めたばかりの足を動かし、人混みの中にその人が消えてしまう前に出久は叫んだ。
「トナカイになってください!」
妙な事になった。多分自分が受け持つ生徒より幼いだろう子供に意味の分からない懇願を受け、とりあえずいち教師として話を聞けば良いのか、それとも迷惑だからやめなさいと叱ればいいのか相澤は判断に困っていた。
緑色のもこもことした羊のような、自称サンタさんな少年はたすけてくださいよ、トナカイになってくださいよ、とその羊のような出で立ちのおかげで完全に眠気を誘っているとしか思えない動きでぴょんぴょんと自分の周りを回られている。跳ねられている。なんだこれ。
「ですから!サンタにはトナカイが必要なんです。変な事はしません!悪い事もしないって誓えます!だからトナカイになってください、トナカイさん」
どうやらこの少年の中で相澤は既にトナカイとして就任したらしい。なんだこれ。
「クリスマスまで残り一週間を切っています!このままじゃクリスマスが迎えられません!お願いですから、人助けなんですから!」
人助けなんて言われたら反応しない訳にはいかない。分かってやっているのか、それともこうしてぴょんぴょんと飛び跳ねながらも余裕がないだけなのか。余裕は十分にありそうだ。
「……トナカイって言うのは何やるんだ」
話だけ聞いて、仕事に差しさわりがなかったら付き合ってやってもいい。相澤に断られたこの子供が他の大人に話しかけて犯罪にでも巻き込まれたら堪ったものではないのだから。相澤とて自分が見るからに怪しい風貌をしている事は理解している。よく見ればヒーロースーツだと分かるとしても全身真っ黒の出で立ちの成人男性に声をかけるなんてこの子供には警戒心ってものが足りていない。もしヒーローを真似て犯罪を行うような人間だったらどうするつもりだったのだろうか。
「やったー!やりました!スカウト成功です!」
態度によっては説教も視野に入れていたというのに、両手を上げてぴょんぴょんと跳ねる姿を見ると怒れないと思ってしまう。教師なんてやっているのだ。子供には甘い自覚は確かにある。厳しい甘さだ。
「僕を、クリスマスに繋ぎとめてください」
トナカイになるのを了承してくれた人と出久はお互いの素性を明かすような真似はしなかった。ヒーローだとは分かる彼はきっと、出久をヴィランとして捕まえたくないからトナカイ役を持ち前の責任感から引き受けたのだろう。流石に個性から記録を漁ってすぐさま出久に辿り着くような事はないだろうが、知ってしまえば見過ごせない性格であるらしい彼にそこに辿り着くまでの情報を増やすような真似は避けたかった。
クリスマス前でテンションが上がり、少しだけ思考力が落ちていようと出久にだって良心はある。むしろヒーローを志すものとして、他人に無用な罪悪感を与えたくはないし、なによりヒーローオタクとして一人のヒーローの生涯に影を落とす理由にはなりたくない。
クリスマスの一夜の奇跡に名前はいらない。そんな言葉で彼の罪悪感やら責任感やらでこんなにも無駄な事をしている。いや、無駄ではあるが意味はある。今年のクリスマスにしか成しえない奇跡を出久は何よりも欲している。サンタが何かを求めるのはよろしくない。むしろまだま子供の自分がサンタになる事すら相応しくないのだときちんと分かっている。分かっているからこそ、最初で最後のクリスマスにはせめて、と願うのだ。
最初のサンタクロースはなにがどうしてそうなったのか分からない暴君だった。秩序善とか嘘じゃないのかと思う。二人目は、今の出久と似ている。子供がサンタになろうとして、消えないように守られている。三人目は、ただただ与えられて、いや流れるままにそうなった。むしろ一番サンタとして分かりやすい人物だ。
微熱に揺れて、マスターと冥界に下る三人目の代わりに出久はこうしてクリスマスを祝おうとしている。二人目と三人目の間に揺れ動く風船のように位置する出久は、サンタとしての自分を消す為にクリスマスを祝おうとしている。なんて、なんて無駄なのだろうか。それを、今こうして羊に似せたソリにプレゼントを積んでくれているトナカイさんに強いている。
出久は今年のクリスマスで誰の願いも叶えない。願いが叶うものではないと自分自身に突きつけ、子供であり生きた人間である自分自身からこのようやく見つけられた個性を消そうとしているのだ。
もしかしたら、今出久の師をしてくれているオールマイトにこの事を言えば止められるだろう。怒られてしまうかもしれない。だから駄目だ。願いは叶えてはいけない。願いは叶わない。夢が現実へと変わった自分では、もう今年のクリスマスに今冥界に下っている彼女たちがもしも間に合わなかったら、という保険をするしか方法がないのだ。そうすれば、未練なく消える事が出来るだろう。
「サンタさん、終わったぞ」
「……はい。じゃあ、行きましょうかトナカイさん」
ふわふわぬくぬくしたソリは出久とトナカイを乗せふわりと夜空へと飛び立った。流石にこれはトナカイさんも驚きの事だったらしく、その赤く瞬く瞳を大きく見開いて遠ざかっていく地上の色鮮やかなイルミネーションに感嘆の声を上げていた。ああ。それでいいのだ。これが一夜の夢となるように。今年限りのユメと消えるように、少しでも現実に引き戻してはいけない。
「あ、トナカイさんあっちですよ。あっちに悪い子がいます!」
「サンタはいい子にプレゼントをあげるんじゃないのか」
「今時のサンタは黒も赤も両方取り入れるのが通なんですよ」
吐く息も白く凍える夜空を飛べば遠く離れた地上のイルミネーションの輝きがこの冬の空気でよく見えた。羊に似たもこもことしたサンタクロースとこれまたぬくぬくと暖かそうなソリに乗って空を飛んでいる。三十路手前でこんな事になるだなんて、想像もしなかった。もちろん本当に幼く、クリスマスの夜に徹夜で起きているなんて事すら出来なかった年齢の相澤はこんな光景を夢見ていたのかもしれないが、今となってはこんな非現実的で夢の中にいるような光景は可能性としても考えられなかった。本当に、人生というのはその時になってみなければどうなるか分からないものだ。
クリスマスというだけで相澤の目の前にいるサンタは楽しそうに鼻歌を歌いながら細かに向かう方向を確かめていた。いい子にプレゼントを渡すのが普通のサンタだと思っていた。だがよく考えればこの少年は普通のサンタではない。いい子に夢を。悪い子には現実を。そんな不穏さを感じさせる言葉を一切の悪意もなく言い放つこの子はサンタとかサンタではないとか関係なしに普通ではないだろう。
迷いなく進んでいたソリがゆっくりと速度を落とし始め、地面に近付いていく。相澤はいつでも動けるように捕縛武器に手をかける。悪い子の程度にもよるがヴィランである可能性も十分に高い。用心はしていて損はないはずだ。
「メリークリスマス!」
鈴の音と共に空飛ぶソリから降りてきたサンタクロースに驚く様子を見せながらも、多分どこかのヒーローの夜回りか何かかと思っているのか、その場のノリでメリークリスマスとサンタに返している少女の顔にどこか見覚えがあるような気がした。眼帯を付けて学生服に身を包んでいる。年齢から考えればもしかしたら以前雄英を受験した事があるのかもしれない。生徒の顔は毎年忘れないが流石に受験者の顔までは覚えてはいないのだから十分あり得る話だ。
悪い子だというからそれなりに構えて少女の一挙一動に出遅れないようにしていた相澤だったが、少女の願いはバイトの愚痴を聞いて欲しい。という細やかなものだった。販売機から暖かい飲み物を買って三人で取り留めのない話をしてそのまま上空へと戻ったのだが、どうしてプレゼントを渡さないのかと聞いてもはぐらかされるだけだった。
「まあ、そもそもお手紙を貰ってないので渡せませんけど」
「俺がソリに乗せたのは何だったんだ」
「キャンディーとかクッキーとかそういうすぐになくなる変えの利くものです。まあ、プレゼントを渡す前に戦わなきゃいけないのでなるべく渡したくないってだけですけど」
「おい待て聞いてないぞ」
プレゼントの前に戦闘ってなんだ。本当についてきてよかった。ヴィランを捕まえるのはヒーローの仕事だが犯罪行為を未然に防げるのならそれに越した事はない。
「ヴィランと変わんねえじゃねぇか」
「ええ。そうですね。だから僕はトナカイさんを探してたんです。トナカイさんならきっと、誰かの為に――」
ゴオオ、ゴオオオ、まるで大きな竜が唸り声を上げているかのような風がサンタの言葉をかき消した。自分の言葉がトナカイに届いていない何て考えもしていないサンタの頬は自分の言葉に照れているのか真っ赤に染まっていて、それを隠したかったのか、すぐ近くを指さしながら良い子がいます!と弾むような声を上げた。
もしもこの時相澤がサンタの少年の言葉を聞いてやれたのなら何か違っていたのだろうか。何かが違えば、得られたものでもあったのだろうか。
ごうごうと吠えるような悲しい風の声を鈴の音が隠してしまう。サンタと名乗る少年の目的も、誰かの笑顔に隠れるのだろうか。
「終わりましたー!やりました!やりとげましたね、トナカイさん!」
たった一夜の付き合いだった。それでもこうしてトナカイさんの周りを羊の様にぴょんぴょんと跳ねる程には出久も彼に懐いていた。彼も、最初はそれに戸惑うような表情しか浮かべてくれなかったけれど、今はお疲れ様。なんて優しい声で頭を撫でてくれるくらいには出久に情が湧いているらしい。ああ、やっぱりこんな事頼まなきゃ良かった。この人に頼んでよかった。真逆のようで同じ方向を向いている心を出久は無理やり押し込めて、この寒さの中でも目薬を忘れなかった彼の赤く瞬く瞳を見つめ、サンタとしてではなく緑谷出久個人として贈り物を差し出した。
「はい、どうぞ。本当なら眠っている時に渡したかったんですけど、サンタじゃなくて僕個人からの贈り物ですから。それぐらい許してくださいね?」
「……戦うのか?」
出久が差し出したラッピングされた小さな袋を不思議そうに見つめる彼にああ、そういえば。と空を駆けるソリの上でサンタとしての風習を少し話したことを思い出した。
「言ったでしょう?これは個人が贈る物です。サンタクロースの役目は奇跡と笑顔を届ける事。ですがこれは、たった一夜の友人への不要な贈り物です」
別に今プレゼントを開けてもらえるかどうかは関係なかった。ただ、本当に今年が最後で、今年最初のプレゼント。まだ母にも渡していない個人としてのプレゼントをこの人にどうしても渡したかったのだ。
「メリークリスマス、トナカイさん」
いつまで経っても受け取ろうとしないから半ば強引に押し付けるようにして渡せば彼はようやくその小さな袋を手に取り、袋の上からでも分かる軽く柔らかなその感触に数度の瞬きを繰り返した。
「……あ~、なんだ。ほれ、俺からも」
メリークリスマス。という言葉と共に手渡されたのは赤と緑のリボンの飾りが辛うじてクリスマスを象徴するようなどこにでもあるボールペンだった。中のインクは交換も出来て、日常的に使いやすい。赤と黒の二色で合理的だろう。という言葉に、ああ。そっか。と自分が捨てようとしたものの一端を見た気がした。
これでいいんだ。良かったんだ。夢が現実になった。ずっとずっと憧れていた人から個性の譲渡を持ちかけられた。けれどその後自分の中で眠っていた本当の個性を見つけて、すぐに捨てなきゃ。と使い終わらなきゃ、とまるで日用品を持て余すような思いでずっといたのだ。
出久にとって個性とは手に入れられる筈がないと諦めていたものだった。だからヒーローノートなんて者に逃げて、体を置き去りにする事で心が軋むのを抑え込んでいた。
ヒーローになりたかった。ヒーローになれるチャンスを得た。だから、それ以外の不要なものはなるべく捨てて、今更得てしまった少し大人に進んだ心を象徴するような個性を早く捨ててしまいたかった。
オールマイトに憧れていて、彼の様になりたくて、なれないって分かっていたのに夢を見る時の微睡のような心地よさから抜け出せなかった。だから、こうして捨てようとしていたのに。
くしゃり、とビニール袋が音を立てる。これは、どこにでもあるボールペン。きっと大きな文房具屋を探せば見つけるのは簡単で、それでも、普通はそういうものなのだ。相手を思って相手の負担にならないで、相手の意思を尊重する。賢者の贈り物という物語とは違う。心に余裕があるからこその贈り物のなんて、尊いものだろうか。すぐに捨てる事も壊す事も出来る物をきっと大事にしてくれると信じて渡すその心が、どうしようもないくらいに苦しかった。
ああ、なんて、何て事をしてしまったのだろうか。これも個性がなかったからか。無個性だったからだろうか。個性を捨てる事の残酷さの意味はまだ理解できない。出久にとってこれはまだ自分じゃないからだ。それでも今夜自分がした事が髪を切って売るよりも余程酷い事だという事ぐらい、分かるのだ。
ヒーローになりたかった。けれどその夢は叶わないと知っていた。――知っていたから、なんだというのだろうか。ヒーローになる為に、自分の為に捨てようとしたものに今、意味が出来てしまった。名前も知らない、教えていない人との間に意味が生まれてしまったのだ。
ヒーローとして、最初に切り捨てるものが、決まったのだ。
「ありがとう、ございます」
震える声は寒いからだ。零れそうな涙は、なすべき事をやり遂げて安心したからだ。込み上げる程の苦しさは、目の前のこの優しい人に酷い事をしたからだ。
出久の様子がおかしい事に彼は気付いていただろう。けれど出久はそれに触れて欲しくなくて、涙が零れる前に勢いよく上を向く。ごめんなさい、と続いてしまいそうになる言葉を一生懸命押し込めた。
「俺の方こそ、あいがとうね。開けてもいい?」
「はい、はいっ!それはトナカイさんの物ですから!」
かさり、と包装を解く音がする。破いてしまってもいいのに。袋から現れた白い猫を模したアイマスク。袋から現れた猫と目が合った彼がとても優しく微笑んだのを見てしまう。
「メリークリスマス、トナカイさん」
はやく大人になりたかった。はやく、捨ててしまったこの夢を忘れたかった。たった一夜のこの夢が誰の記憶にも残らないで、忘れられてしまったらと何度思っただろうか。それすらも忘れなくては、きっと捨てた自分の為にならないのだから。
雄英に入学し、体育祭や職場体験も経て林間合宿で自分を超えた。その先に何があるのか、その先に行く為にこれ以上何が必要で何が不要なのか考えながら、きっとあの人はもう忘れているだろうな、と段々と近付いてくる季節に出会った人を思う。けれどもう殆ど覚えていない。誰にも思い出されないように、まず自分が忘れなくてはいけないのだから当たり前の事だった。ああ、けれど、この記憶を捨てる時どれだけ苦しかったかは今でもちゃんと覚えている。泣き虫と言われる自分が涙を堪える程に酷く優しい思い出だった事はちゃんと覚えているのだ。
けれどあのサンタとしての状態では普段の二割も頭が回っていないのだ。きっとあと一年も雄英で揉まれれば本格的に忘れてしまうだろう。二色ボールペンの片方のインクが切れそうな事に気付いた出久は次の外出の時の行先の一つに文房具屋を入れる。
書き終えたノートは日直の日誌で、本当ならシャーペンで書いた方が良いのだろうけれど、このボールペンでは誤字が少ないような気がするからどうしても使ってしまうのだ。
日誌を持ち、職員室へ足を運ぶ。相澤は今日もドライアイを酷使して目を充血させているんだろうな。こんなに寒いのに、あのヒーロースーツは風邪をひかないのだろうか。自分のスーツも熱対策は入れていても防寒対策はしていただろうかとサポート科に行く時の事も考える。
「緑谷です。相澤先生、日誌持ってきました」
ノックの後に扉を開き、あの厳しい担任の声が返ってくると思っていたのに、見えたのは唇に指を近付け、静かにね。という仕草でこちらを見つめてくるオールマイトの姿で、その視線の先にはもうずっと使いこんでいるだろう白い猫を模したアイマスクを付け寝袋に入る担任の姿だった。
ああ、ああ、そうだ。そうだった。今の今までちゃんと忘れていたそれが、押し込めていたそれがあの日堪えた涙の分だけ膨れ上がった。
「トナカイさん!」
職員室だ。オールマイトの前だ。相澤先生にそんな事したらきっと怒られる。今度は謹慎では済まないかもしれない。でも、しょうがないのだ。出久だってこんなどこにでもあるボールペンを何度もインクを交換し、相澤先生が絶対に読む日誌には必ず使った。ならだ、今出久が見ているものもその答えだった。
「トナカイさん!トナカイさん!メリークリスマス!ありがとう、ございますっ!!だいすきです!!ずっとずっと、大好きです!」
寝袋に飛びついた出久を叱ろうとアイマスクを外した相澤はその羊のようなふわふわぬくぬくとした緑色の頭をそっと撫で、メリークリスマス。と小さな気恥しそうな声で返してくれた。
あえて描写しなかった場所。たくさんあるんですけど、まあこの出久君は雄英入学前の年のクリスマスに自分の個性サンタクロースを捨てた、という話です。全く意味わかんないですね。分からないのが正解です。FGOネタ満載。私はアルトリアが一番意味わかんない存在だと思っています。リリィに関してはジャンヌオルタという存在しない存在がさらに存在しないものになったというだけです。それを失わせない為のトナカイさんの策略でした。サンタアイランド仮面はきっとリアルタイム視聴してた説を個人的に押しています。
今年のアルテラザサンタは、まあ羊から託されたのです。私ドゥムジ好きです。だってなんかやれそうな気がしませんか。とかあのキャラいいですよね。うん。好き。神々の全体的な部分を繋ぎ合わせて人前に出てる感が好きです。よくわからないですよね。うん。
その中で、この出久くんは個性っていう枠組みの中にあるからか、リリィとアルテラの間をいったりきたりしている感じです。私、アルトリア全く分からない。なんでそうなったんだ。大人の事情以外の理由が全く分からない。アーサー王が女であるレベルに意味が分からない事なのです。
まあ、去年の、そして今年の復刻版ではリリィを消さない為に願いを叶える事を伝え思い出す為の旅でした。けれど出久くんと相澤先生のこの一夜は決して願いを叶えず、贈り物をせず、サンタとしての役目をひっそりと終える為だけの夢でした。ちなみに、アルテラとは同期。アルテラが冥界下りしているから保険でサンタやってるレベル。やんなくてもいい感じ。
トナカイさんはマスターとサーヴァントの関係みたいなものでした。そこに繋がりを得る事でその繋がりを見失って忘れてしまえばサンタとしての出久はどこかに忘れ去られてしまいます。でもまあ、お互いのプレゼントが忘れた事を思い出させてしまうのは、物語的な伏線だけではなくて、どこにでもあるような不要と言ってしまえる物を贈り合ったからこその、ぱちり、とチャンネルが合ったような、目が覚めたみたいなものです。
ヒーローとしていつか何かを捨てなければならない時があります。何かになる為に、自分の夢が実現すると分かった時点で憧れだけではない、実感と小さな何かが必要だった筈なんです。オールマイトだって平和の象徴をする為に捨てたものがいっぱいあって、狂気と称されたそれと同じものを持っている出久くんはまだ別に捨てなくても良かったものを捨てるんです。あの世界で個性が失われるって自分が失われていくようなもので、死んでしまう事よりずっとずっと悲しくて苦しい事なんでしょうね。髪は長い友達、なんていいますけど伸ばしている間の思い出も、それを好きだと言ってくれた人の笑顔も、たくさん奪われるようなものなんでしょうね。ミリオとかプッシ―キャッツのラグドールの気持ちとかきっと出久くんは理解出来ないから、出来たとしても最初から誰かに譲る事前提のOFAはあまりその人そのものじゃないんですよね。オールマイトは積み重ねた年数が違いますけど、最初から譲るのを分かっていたのに、その途絶えさせてはいけないという意志ばかりが強かった。
無個性と個性持ちはそういう意味ではあまり分かり合えないと思うんです。苦しいぐらいに。
サンタクロース活動中、一応ヴィジランテの蜂須賀ちゃんとか書きたいなーって思ったんですけど時系列おかしいし、そこ書いてたら何も終わらない事に気付き、梅雨ちゃんのご兄弟も書きたかったけどまるっと省きました。いえい。
いい子に夢を。悪い子には現実を。普通のサンタと黒いサンタ。夢を見る手伝いと、現実の手伝いです。怖い事は一切なく、その人に必要なものって感じです。それはヴィランとヒーローとかそういう対比でもなく、現実に生きる事が必死な人とか、夢を追いかけるのに必死な人とか、そもそも色々違うので。
アポクリファを意識してこの世界に善も悪もない。ただ誰にとって都合がいいか悪いかで、その誰かの質や量で決まるのだ。みたいなこと書きたかったんですけど、間に合わないなぁ。って。無理。うん。
どこにでもあるものを贈り合って、それを当たり前のように使えなくなるまで使う。相澤先生だって多分出久くんとのクリスマスは忘れてましたが、アイマスクを使い続けている理由はそれが大事だったから。使っているうちに大事になったから。色々ですね。ラストはもう思い出していますけど、マイクにかわいいじゃんそれ、みたいに言われても使い続けるのは、その思い出が本当に大事だからです。説明になってないね。でもそんな感じだからトナカイさんを任せられました。これ、本当は相澤先生メインの筈だったのに、いつの間にか任せてしまえたんですから、そういう所まで、本当にもう。
一応ね、出久サンタはセイバーです。ライダーの方が良いよね。みたいな子ですけど、最優という理由で押し込められたのです。
メリークリスマス!