投稿100作目となる、記念小説です!
いつも読んで下さる皆さん、ありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!
Twitterでリクエストのあったカップリングを書きました!

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九つの光と輝き

『旅行に行こうよ!』

『また唐突ですね……。いきなりどうしたんです』

『みんな音ノ木坂を卒業して、遅くなっちゃったけど卒業旅行的な!』

『面白そうにゃ!』

『そうね。μ'sをお終いにした時は、ライブとか新生活の準備とかで慌ただしかったしね』

『たまにはいい事言うじゃない』

『たまにはってどういう事〜!』

『まあまあ。私は賛成♪』

『ウチもや。久しぶりにみんなに会えるなんて、ワクワクするやん』

『ま、そうね。近況報告も兼ねていいんじゃないの?』

『一応訊くけど、反対の人はいるかしら?』

『『『…………』』』

『誰もいない、かな?』

『決まりだね!』

『そうは言っても、旅行ってどうするつもりよ。九人全員の予定を合わせるのは大変よ?』

『あまり遠くは無理ですね。なるべく近場で、日帰りは物足りないでしょうし一泊、できても二泊でしょうね』

『また別荘借りるとか?』

『合宿じゃあるまいし……。それに、都合よく空いてるとは限らないわよ』

『むー、じゃあみんなで探そう! 一人一つずつ、行きたい場所を言う!』

『まさかとは思うけど、そこに全部行くとか言わないわよね?』

『私が言わせません』

『流石やね……』

『最近別々のタイミングが増えて、前より厳しくなっちゃったみたいで……』

『この前も、油断したと言って体重管理を怠っていましたから』

『えっと……ほどほどにね?』

『傍観できる立場ですか?』

『こ、怖いにゃ……』

『はいはい、話が逸れてるわよ。とにかく、旅行という案はみんな賛成みたいだし、各自希望と可能ならプランを考えておきましょう。とりあえず、一週間で』

『はーい!』

『了解しました』

『どこかあるかなぁ』

『美味しいものが食べたいですっ』

『今から楽しみにゃ〜!』

『ウチに任しとき〜』

『この私にかかれば、手頃な値段で最高のプランを立てられるわ!』

『ウソばっかり……』

 

 

 

 

十日後。

「はい、こちら十千万旅館でございます。……ご予約ですか? 何名様ですか? ……はい、九名様ですね。お部屋はご一緒……大部屋へのご案内になりますがよろしいですか? ……はい、はい。……コウサカ様ですね? かしこまりました。それではお待ちしております」

 

 

 

 

東京駅改札口前広場。

さらに一週間後の土曜日、午前八時に、かつてのμ'sメンバー九人が集合していた。

「みんな、久しぶり!」

「何人かはちょくちょく会ってたりしてたけど、こうして九人揃うのは凛達の卒業式以来ね」

「何だか、もうずっと昔の話みたいね」

「やーんにこっち、セリフがおばあちゃんっぽいで〜?」

「誰がよ! にこはまだまだピッチピチの二十代よ!」

「そのセリフがすでに年寄り臭いにゃ」

「……アンタ、毒舌に磨きかかったんじゃないの?」

「それで、穂乃果。目的地は静岡でいいのよね?」

「うん。沼津駅からバスでちょっと行った所にある、海辺の街。この前テレビで見て、ここだー! って思って!」

「その見切り発車っぷりは、変わらず穂乃果らしいというか……」

「……ちゃんと、宿は予約してあるんでしょうね?」

「もちろんだよ〜。にこちゃん何言ってるの〜」

「……スキー旅行の暴挙を、私は一生忘れないわよ」

「あまり立ち話をしている時間はありませんよ。特急の時間に遅れる訳にはいきませんから」

 

 

 

 

内浦。

「千歌ちゃ〜ん! 梨子ちゃ〜ん!」

唐突に自分を呼ぶ声が聞こえ、梨子はベランダから下を見下ろす。

「曜ちゃん? どうしたの?」

そこには、バッチリ私服姿の曜が。

今日はAqoursの練習は休みのはずだ。特に来るという連絡も受けていない。

「はーい! 今行くね〜!」

そして、すぐお隣さんから、元気に駆け出していくクラスメイトの私服姿。

「え、千歌ちゃん?」

二人で遊ぶ約束でもしていたのかと思ったが、

「梨子ちゃ〜ん? 何やってるの〜? 早く早く!」

「え、え、え?」

さも当然のように自分を呼ぶ二人に、自分も出かける約束をしていたかと梨子は記憶を遡るが、

「…………」

思い当たらない。

「置いてっちゃうよ〜?」

「ははーん。さては、梨子ちゃんも引きこもりたいお年頃なんだね?」

同い年でしょ、というツッコミを堪えて、

「す、すぐ行くから!」

大声で返事をすると、自室へと踵を返した。

 

 

「お、お待たせ」

「おっそ〜い!」

「まあまあ千歌ちゃん、来てくれたんだしさ」

「あの……、今日って、約束とかしてたっけ?」

恐る恐る訊いてみると、

「「無いよ?」」

「…………」

当然のように返ってきた答えに、ガックリ肩を落とす梨子。

「この辺は同年代も少ないからねー。一人でいてもできる事少ないし、いきなり呼ばれてもすぐ出かけられるようになっちゃってるんだよ」

「そ、そうなんだ……」

「ぷっ、梨子ちゃん、髪の毛ハネてる」

「あ、ホントだ〜」

「え、うそっ!」

千歌と曜に吹き出され、梨子は慌てて髪の毛を押さえる。寝起きではなかったものの、あまり身支度に時間をかけられなかったのだ。適当に櫛で梳かしてきたが、甘かったか。

「ど、どの辺……?」

「「ウソで〜す!」」

にしし、と笑う二人。

「…………。…………こらーっ!」

「わ、梨子ちゃんが怒った〜」

「逃げろ〜」

かしましい声が、内浦の海に響いた。

 

 

 

 

沼津駅前付近。

「ちょっとずら丸、ホントにこれ全部買うの……?」

「おばあちゃんに言ったら、お小遣いくれたずら」

「花丸ちゃんは、本当に本が好きだよね」

「問題、そこ……?」

書店にて、善子花丸ルビィの前には、わざわざ借りた台車の上に積まれた本の数々。

「そもそもこれ、どうやって持って帰るのよ。こんな事なら、チャリ乗ってくるんだったわ……」

「大丈夫ずら、善子ちゃん。こんな時の為に、これがあるずら」

花丸がドヤ顔で取り出したのは、緑色をした風呂敷。

「これがあれば、手で持ちきれない本も持ち運べるずら! まさに未来ずらー!」

「いや、むしろ過去でしょ……」

「風呂敷は一個しかないから、ルビィ達はお店で紙袋に入れてもらおっか」

「最初からそれでいいじゃない。全く……大切な用事だって言うから来てあげたのに、まさか荷物運びだったなんて……」

「本は知識を与えてくれる、財産の詰まった宝物ずら。マルが読み終わったら、善子ちゃんにも貸してあげるね」

「フッ……堕天使に、下界の書物など不要よ」

「じゃあ図書室で借りてる『黒魔術入門編』早く返すずら」

「れ、例外だってあるのよ!」

「あー! ルビィちゃん、アイドル雑誌の最新号が出てるずらー!」

「話聞きなさいよ!」

「ホントだ! あ、またμ'sの特集載ってる! “メンバー一人一人のプロフィールを、掘り下げる!』だって!」

ルビィはそう歓喜しながら、雑誌を抱いてレジへ駆ける。

「えへへ。明日発売のはずだったから、ビックリしちゃった。帰って、お姉ちゃんと一緒に読もうっと」

花丸が勝った本の入った紙袋の一番上に、雑誌を大切そうに置く。

「さあ帰るずら。途中で、松月でお茶するずら〜」

三人が書店から出て駅前に差し掛かると、

「ん……?」

善子はふと、駅の出入り口から若い女性の集団が出てきたのを見た。

「やっと着いたね〜!」

「お菓子の食べ過ぎです。お昼を食べられなくなっても知りませんよ」

「ラーメン食べたいにゃー」

「もうちょっとご当地メニューにしなさいよ」

「ハラショー。結構賑わってるわね」

「地元の人に聞かれたら失礼に思われるかもしれんから、ほどほどにな〜」

楽しそうに会話するそのグループを見ながら、

「何か……どこかで見た事あるような……?」

善子は記憶に引っかかりを覚えた。

だがそれを引き出す前に、

「善子ちゃーん、早くしないと、マルが善子ちゃんのみかんどら焼き食べちゃうずらよー?」

「ま、待ちなさいよ! ヨハネの黄金の果実は渡さないわよ!」

 

 

 

 

 

淡島ホテルにて。

「カナーン、ダイヤー、ウェルカ〜ム!」

電話で呼び出された果南とダイヤは、鞠莉の部屋へ。

「Oh〜、相変わらず立派に実ってマスネー」

「訴えるよ」

あからさまな抱きつきを見せた鞠莉を引き剥がし、果南はソファーに座りマカロンをつまむ。

「果南さん、せめて少しは客人らしく振舞ったらどうですの?」

「えー? だって鞠莉ん家だよ? 遠慮とかいらなくない?」

我が家のようにくつろぐ果南に今更ながら呆れつつ、ダイヤもその隣に腰を下ろす。

「それで? わざわざ私達を呼んで何かお話ですの?」

「冷たいわねぇ、ダイヤは。用が無かったら二人を呼んじゃいけないの?」

「そういう訳ではないですが……」

「だったら、No problemね! 一緒に遊びましょう?」

「まあ、休日に鞠莉に呼び出されたら、そんな事じゃないかと思うよ。ダイヤだって分かってたんでしょ?」

手を叩いてマカロンのカスを落とした果南は、どこか達観したように立ち上がった。

「それはそうですが……。これからどうするんですの?」

「とりあえずさ、外に行こうよ。こんな狭い場所に閉じこもってたって、気分上がらないでしょ?」

「果南、ナイスアイディーア! Let's goデース!」

「すぐそこに、青い海が広がってるんだもん!」

「絶好のダイビング日和ってヤツね!」

「まだ五月ですわ」

窓から内浦の水平線を見据えた二人に、ダイヤの冷静なツッコミが入る。

「……お?」

唐突に、果南が声を上げた。

「どうかしましたの?」

「今バスが来て、結構な人数が降りたんだよ。千歌の家……十千万旅館に向かったから旅行客かな? 若そうな女の人ばっかり。珍しいね」

「よく見えますわね……」

ダイヤは目を細め、果南の指差す方向を注視する。

確かに十千万旅館の前に米粒のような人影が視認できるが、その容姿までは判別できない。

「観光かしらね? 内浦に目を付けるなんて、中々粋な方々デースね! でも何で、うちのホテルにしなかったのかしら? 千歌っちに負けたみたいで、ちょっと悔しいわ」

「若いのでしたら、予算の問題じゃありません?」

「あー確かにね〜。このホテル結構高いもんね」

「その分、最高のServiceを提供してるのよ」

「値段を取るか、サービスを期待するか、営業職の難しい所ですわね……」

「ヘ〜イ、ダイヤってばカッチカチよ? もっと気楽に行きましょうよ〜」

「元はと言えば、鞠莉さんが言い出した事でしょう⁉︎ それに、貴女はもう少し浦の星の理事長としての自覚を持って下さる⁉︎」

「まあまあ、論点ズレてるよ」

勝手にヒートアップしたダイヤをなだめ、

「この内浦に若い人が来てくれたなら、滞在してる間に訊いてみようよ。どこに惹かれたのか、とかさ。Aqoursの知名度向上に繋がるかもよ?」

「確かに、それは一理ありますわね」

「流石は果南ね! そうと決まれば、早速行きましょう!」

ドアに向かってダッシュしかけた鞠莉を、果南は慌てて引き止める。

「向こうの予定だってあるだろうし、どこから来たかは知らないけど長旅で疲れてるかもしれないからちょっと時間は置こう?」

「そうですわ。旅館に泊まるという事は、日帰りではないのでしょうから」

やや不満ながらも、

「二人がそう言うなら、仕方ないわね。じゃあ今は、三人で思う存分遊びまショー!」

鞠莉は引き止めた二人の手を掴んで、今度は部屋を飛び出した。

その切り替えの早さに、果南もダイヤも苦笑いするしかなかった。

 

 

 

 

とあるバス停前。

「到着!」

バスから跳躍した穂乃果は、

「あ、荷物!」

キャリーバッグの存在を思い出してUターン。

「はしゃぎすぎです! 後ろがつかえてるんですよ!」

バッグと共に説教が降ってきて、

「ごめんなさーい!」

「待ちなさい!」

受け取った穂乃果は逃げ出すように旅館へ向かう。

高校時代と何ら変わらないやり取りに呆れつつ笑いつつ、七人もバスを降りる。

旅館はバス停の目の前。反対側には、あまり大きくはないが砂浜と青い海が広がっていた。頂点に差し掛かった太陽の光が、海面で乱反射していた。

「へえ……良い所じゃない」

「穂乃果にしては、いいセンスしてるわね」

「潮の香り……。これは、アキバには無いものね」

満足するメンバー達。

「おーい! 旅館に荷物置きに行こ〜!」

旅館の入り口で、穂乃果が手を振る。

「はーい、今行くわー!」

絵里が手を振り返す。

「……穂乃果には、感謝しなくちゃね」

「いきなりどうしたん?」

「わたし、高校を卒業してμ'sをおしまいにして、少しだけあの頃が遠い世界のように感じてたの。みんなと会える機会が少ないのもあって、懐かしさと思い出に潰されるんじゃないかって」

空を仰ぐ。希もつられて、視線を上へ。頭上では、夏にはまだ早いが太陽が最大限に輝いていた。

「久しぶりに会ってみて、どうやった?」

親友の楽しそうな表情を見ながら、

「分かってて訊いてるでしょ、希」

「そうやな〜。でも、本音を口にする大切さをあの子らから教わったんやない?」

「そうね。……何も変わってなかった。穂乃果は穂乃果だったし、みんなもみんなだった。私も私のまま。普段会えなくても、あの時の宝石のような思い出がある限り、私達はいつまでもμ'sなんだなって。スクールアイドルでなくなった、今でも」

「認めないー、とか言ってた頃が懐かしいなぁ」

「その話はしないでよ……。私も必死だったんだから」

「はーいはい。出会いって大切やろ? 一期一会じゃないけど、これまでもこれからも、そういう大切な出会いを見逃さないようにせんとな〜。と、く、に、絵里ちは頑固やからね〜」

「もう、からかわないの」

絵里は苦笑すると、道路を渡って旅館へ向かう。

「さ、行きましょう。みんなが待ってる」

 

 

「ようこそ十千万旅館へ。お荷物、お預かりしますね」

女将と思しき女性の押す台車に荷物を乗せると、九人は先導する女性の後ろを歩く。

「ここ、いい所ですね。自然豊かだし、凄くのどかで落ち着きます!」

どう見てもはしゃぐ一歩手前の穂乃果が口を開き、

「まあ、ありがとうございます。私達も、ここ内浦には自信を持っていますよ」

女性はにっこり笑顔でお礼を口にした。

「お部屋はこちらになります。お食事は大食堂とお部屋どちらでもできますが、いかがしますか?」

「うーんと、それって途中で変えられるんですか?」

「できますよ」

「じゃあ、今日の晩ご飯はこっちで食べます。明日の朝は食堂で!」

「かしこまりました。ではお夕食の準備ができましたら、一度お部屋にご連絡しますね」

「よろしくお願いしま〜す!」

「私、志満と申します。何かありましたら、フロントまでお願いします」

「分かりました!」

志満は襖を閉めると、

「もう……千歌ちゃんたら遊びに行っちゃって……。今夜は手伝ってもらわないと……」

少しだけぼやくと奥へと姿を消した。

 

 

案内された部屋で簡単に荷ほどきを終えた九人は、

「これからどうしよっか」

「もう午後だし、今から沼津駅まで戻るのはちょっと面倒ね。この辺見て回る?」

「それが良さそうだね〜。この辺りって、何があるのかなぁ?」

首を傾げることり。

「フロントにパンフレットとか、あるかも?」

「見てくるにゃ!」

「その必要はありませんよ。花陽、凛」

花陽を引っ張って部屋を飛び出そうとした凛を、海未が呼び止める。

「海未ちゃん、何か知ってるの?」

「ふっ……穂乃果に任せておくのは何かと不安でしたので、私の方でも色々調べておきました」

「酷いよ海未ちゃん!」

当然穂乃果からは抗議の声が飛んだが、他の七人はこっそり安心した事は黙っていた。

「それにしても……やけに嬉しそうね」

調べた内容が役立つのだから当然と言えばそうだが、基本的にストッパー役の海未にしては目の輝きが強い。真姫は若干違和感を覚えた。

「「まさか……」」

その違和感に気付いたのは、若干二名。かつて二度目の合宿で、泣きを見たメンバー。

「あーえっと、ちょっと疲れちゃったかにゃ〜、なんて?」

「やっぱり長旅の疲れは、旅館でゆっくりするに限ると思うんやけどな〜、なんて?」

「あんなに元気有り余ってたのに、一体どうしたのよ。凛らしくないわね」

「そうよ。希だって色々観光して回りたいって言ってたじゃない」

何も知らない真姫とにこに逃げ道を塞がれ、

「ねえねえ、海未ちゃんそれってどこなの?」

案の定ノープランな幹事がトドメの質問。

「ここから少し行った所に、手頃な山があるんです!」

凛と希の作戦も虚しく、海未は言い切った。

「へえ、そうなの」

「ハイキングかぁ。最近はご無沙汰ね」

「ちょうどいい運動になるかもね!」

そしてメンバーは、反対する素振りも見せない。

「「……………」」

別案がある訳でもないし、こうなるとプランを覆すのは難しい。かつてのように暴走しない事を、二人は願うばかりだった。

「凛二等兵、私はここまでのようだ……」

「しっかりして下さいにゃ希隊長ー!」

 

 

 

 

淡島、淡島神社。入り口の階段付近。

「全く……いくらアウトドアがいいとは言え、わざわざここを往復する必要はあったんですの?」

「いやー、Aqoursの練習も無かったし、体力有り余っちゃって。ちょっとでも運動しないと落ち着かなくてさ」

意気揚々と先導する果南について行って到着した場所が、ここだった。そのまま迷う暇すら与えられず、山頂までの階段を駆け登り簡単な参拝を済ませて降りてきたのだ。

「果南さんは、変わりませんわね……」

「そう言うダイヤだって、何だかんだ付き合ってくれるのは相変わらずだよね」

「そうそう。硬度10みたいに振る舞っても、結局は私達にベッタリなんだから!」

「……はい?」

若干ダイヤの口調が威圧的になったが、鞠莉はどこ吹く風。

「……っと、電話ですわ。ルビィから?」

「あら、愛しのシスターからなの? 早く連絡してあげなさい。ここで待ってるから」

「すみません。すぐ済ませますので」

ダイヤは小さく頭を下げると、少し離れて通話を始めた。

「ダイヤ、まだちょ〜っと堅いのよねぇ。私達が柔らかくしてあげないと、ホントにダイヤモンドになっちゃうかもしれないわ〜」

「鞠莉は柔軟すぎ……っと、バスが来た」

走るバスの邪魔にならないように、二人は道路の端に寄る。

「さあ、着きましたよ!」

「テンション高いにゃ……」

「アンタは随分と低いわね」

「真姫ちゃんは、知らないんや……」

「何なの、一体……」

そして停車したバスから、ぞろぞろと人が降りる。

「淡島神社に参拝かな?」

「観光客っぽいわね〜」

自分達より少し年上に見える女性達の顔を見て、内浦の住民ではないと判断する二人。

案の定、二人の側の階段へとやって来る女性達。

「こんにちは」

果南が挨拶をすると、

「こんにちは!」

快活そうな一人が挨拶を返す。

「観光ですか?」

「そうなんですよ〜。東京から来てて、二泊三日で!」

「内浦は良い所ですよ。ゆっくり楽しんでいって下さいね」

「そうします!」

あまり引き止めても悪いだろうと、それだけ言葉を交わすと果南は観光客を見送った。

「お待たせしましたわ。……あら? どなたかと話していたんですの?」

彼女らが階段を上って見えなくなったタイミングで、ダイヤが戻ってきた。

「ああうん、東京から内浦に旅行に来てるって人達とちょっとね」

「内浦へ旅行に? もしや、先ほど鞠莉さんの部屋から見えた方々ではありません?」

ダイヤの言葉で、果南も鞠莉も初めてその可能性に思い至った。

「Oh……私とした事が不覚だったわ……」

「まさか、目的地が同じとは思わなかったもんね……。向こうの人の元気が良かったからか、あんまり疑問持てなかったや」

あの有無を言わさない元気っぷりは千歌とか曜に似てたかも、と果南は会話した相手を思い出して呟く。

「それで、どんな方々でしたの?」

「んー、ちゃんと見てた訳じゃなかったけど、綺麗な人ばっかりだったよ」

「何かこう……オーラのようなFeeling!」

「はあ……」

大概適当な親友二人に訊いたのが間違いだったと反省しながら、

「私が話せていたら、何かヒントが掴めたかもしれませんのに……」

ダイヤは自分のタイミングの悪さに肩を落とした。

 

 

「お、ここで終わりかな?」

軽やかな足取りで最後の一段を踏みしめた穂乃果は、

「ゴール!」

楽しそうに右手を上に掲げた。

「にゃー穂乃果ちゃんに負けたにゃー!」

「まだまだ凛ちゃんには負けないよー!」

「運動靴でもないのに、どうしてあんなに走れるのよ……」

あまり中身が成長していない様子のおバカ二人を、真姫は不思議な目で見上げる。

「山、というには少し物足りない気はしますね……」

「そうね。何となくだけど、神田明神での練習を思い出すわ」

絵里の言葉。全員が感じていた事だったのか、登ってきた石段を振り返る。

「あっちよりかは、長かったけどね。ここを練習メニューに組み込むのはちょっと大変よ」

やや疲労が溜まったにこは、現役時代なら平気で言い出しかねない人物をチラッと見た。

「そうですね……。音ノ木坂の周りにこういった階段が無かったのが悔やまれます」

「悔やんでんじゃないわよ」

「あ、にこちゃんの話で思い出した!」

「何が?」

「この辺に、スクールアイドルっていないのかなって思って」

「あー……最近はチェックが追いついてないから、本戦出場グループ以外はチェックできてないのよね……。花陽なら分かるんじゃない?」

にこは肩をすくめ、花陽に視線を送る。

「ちゃんと目的地が分かっていれば、絞り込めたかもしれないけど……」

ああ、と。全員が納得する。

「穂乃果が全然プラン話してくれないからよね……」

「えーだって、サプライズの方が盛り上がるじゃん!」

「アンタのサプライズは不安しかないのよ!」

正論である。

「でも、沼津近辺でスクールアイドルはあまり聞かないから、そもそも存在しないかもしくは……」

「あまり有名ではない、って事ね」

言い淀んだ花陽の言葉を、真姫は容赦なく引き継ぐ。

「私は、いるなら会ってみたいけどなぁ」

穂乃果は山頂からの景色を眺めながら、独り言のように言う。

「スクールアイドルって、みんな一緒だと思うんだよ。自分達の想いを、誰かに伝えたいって気持ちがあるだけで、有名だとか人気があるとか関係ないんじゃないかなぁ?」

「……全く、穂乃果はいつまでも穂乃果ですね」

「きっと穂乃果ちゃんは、いつまでも穂乃果ちゃんだよね」

海未とことりは、幼馴染の後ろ姿を眺めながら笑いあった。

 

 

 

 

十千万旅館。

「千歌ー、大部屋のお客様に料理運んであげてー」

「はーい」

「曜ちゃんもよろしく〜」

「はーい!」

料理を三段重ねの台車に乗せると、千歌と曜はこぼさないように慎重に押す。

「まったく……美渡ねぇもそんなに忙しくないクセに、仕事押し付けちゃってさ!」

「あっはは……。色々と大変なんだよきっと」

「でも曜ちゃん、手伝ってくれてありがとね〜。団体さんの予約で忙しくなっちゃって」

「気にしないでいいよ〜。私と千歌ちゃんの仲であります!」

「はあーあ〜……今日はμ'sの特集読みたかったのになぁ……。ルビィちゃんから、最新号が発売したって連絡きたからその為の復習しておきたかったのに」

「まあ、それは仕方ないよね。梨子ちゃんいれば、ちょっとは負担減ったかもしれないけどね」

「作曲に集中したいって言ってたし、私の家の事情にいきなり巻き込むのもねー。だから曜ちゃんは、本気で救世主なのだ!」

「照れちゃうなぁ。昔からやってるからね!」

「さあ着いたよ。文句は言ってても、やっぱりお客さんは大切にしないとね! おもてなしの心を忘れずに!」

「ヨーソロー!」

千歌は襖を軽く叩くと、

「お夕食をお持ちしましたー!」

大きめの声で部屋へ呼びかけた。

「はーい!」

襖越しにくぐもった声が聞こえて、すぐに開いて女性が顔を覗かせる。

「ありがとうございまーす! ってお、若い! 高校生かな?」

「あ、はい。私はここが実家なので……」

「へ〜! 実は私も実家が和菓子屋で、お店番とか手伝わされて大変だったんだよ……」

「は、はあ……」

フレンドリーに話してくる女性に、千歌は若干気圧される。

「旅館側に迷惑をかけてはいけませんよ。申し訳ありません、ご迷惑をおかけしました」

その後ろから、真面目そうな女性が頭を下げる。

「ん…………?」

「あ、気にしないで下さい」

謝罪に対して反応が無かった千歌に変わり、曜がフォローする。

「…………」

最初の女性と、謝罪した女性をゆっくり見る。それから、

「あ、ご飯来た?」

「やーもうお腹ペコペコやんなー」

部屋の中にいる残りの七人を確認。

「千歌ちゃん、早く並べちゃお……千歌ちゃん?」

「似てる……九人だし、でも知ってるのは高校生の時……他人の空似って事もあるし、そもそも東京ならともかくこんな所にいるはずないし……」

「千歌ちゃーん、どうしたのー?」

ぶつぶつ呟く千歌に、曜は怪訝な顔で近付く。

「そうだ!」

「うひゃっ⁉︎」

弾かれたように動いた千歌に、曜は尻餅をついてしまう。

「どうしたんだろ?」

「私に聞かれても……」

千歌は部屋を予約した、代表者の名前を確認する。

「コウサカ……様。ま、まさか……⁉︎」

「穂乃果が何か迷惑行為をしたんじゃないですか?」

「酷いよ海未ちゃん! まだ何もしてないよ!」

「“まだ”って何ですか……」

「あのっ!」

「はいっ!」

「お、お名前……伺ってもよろしいですか?」

「私? 私は高坂穂乃果っていいますけど……」

キョトンと自己紹介をした穂乃果。

「本、物……?」

この時点で、隣に立っていた海未は全てを察した。

「わわわわわわ私、高海千歌って言います高校二年でAqoursのスクールアイドルで浦の星女学院やってます!」

テンパって語順が滅茶苦茶な千歌だったが、

「え、スクールアイドルやってるの⁉︎」

毛色が似ている穂乃果には通じたらしい。

「えーっと……千歌ちゃん?」

「曜ちゃん!」

「はい!」

未だに状況が理解できない曜に、千歌は顔を寄せる。ゼロ距離まで寄った千歌の瞳は、キラキラと輝いていた。

「μ'sだよ! ここにいる人達、本物のμ'sなんだよ!」

「あ〜なるほど……ってええええええ⁉︎」

千歌ほど精通していない曜も、その事実には目を丸くする。

「どうしたんだろ?」

二人の反応を目の前で見ていた穂乃果は、首を傾げる。

「あなたは、自分が有名人だという自覚は無いんですか……?」

「そう言われても、μ'sの活動はおしまいにしちゃったし……」

「活動が無くなっても、人々の記憶から消える訳ではないという事です」

「そ、そうなんだ……。あんまり穂乃果の所にはそういうのは無かったから……」

穂乃果が感心したような照れたような顔で千歌へと視線を向けると、穂乃果でも直視できないほどの憧れを込めた目。

「い、色々とお話聞かせてくれませんか⁉︎」

「うん、いいよ!」

穂乃果も二つ返事。

「あの、ご実家のお仕事の方は大丈夫なのですか?」

「いいんです!」

「いいのかな……」

良くはない。だが千歌は、怒られても構わない覚悟で優先事項を決定した。

 

 

「美渡ー、千歌ちゃん知らない?」

「千歌? そういえば、大部屋のお客様に料理運びに行ってから見てないな……。サボりか? 許さん」

旅館の神様は大股で穂乃果達の泊まる大部屋の前まで来ると、念の為お客側の迷惑にならないように少しだけ襖を開ける。

「千歌、いつまでも時間かけてないで次の仕事を……」

「え、そうなんですか⁉︎」

「そうなんだよ〜。最初は三人だったしライブは全然人いなかったし……」

「あの頃は、まだまだダンスも拙かったわよね」

「あの頃の絵里ちゃん、怖かったにゃ」

「そうそう、絵里ち説得するの大変だったんやで〜?」

「わ、この写真の衣装、曜ちゃんが作ったの? 可愛い〜っ♪」

「い、いやあ〜、私は元々ユニフォームとかが大好きで……」

「趣味が転じてスクールアイドルの活動に生かせたという事ですか。素晴らしいですね」

「むむ、結構クオリティ高いパフォーマンスするじゃない……」

「これほどのグループのチェックを漏らしていたなんて……」

「曲もいいわね。作曲者もグループにいるんでしょう? 一度会ってみたいわ」

「…………」

美渡は無言で襖を閉めた。

そのまま戻ってきた美渡に、志満は不思議そうに訊ねた。

「美渡? 千歌ちゃんは見つかった?」

「アイツはアイツなりの仕事をしてたよ。水差すのは野暮ってもんでしょ」

「?」

志満は首を傾げたが、美渡はそれ以上言わず自分の仕事に戻ってしまった。

「明日までだからな。そこから先は、また手伝ってもらうからね。……今は、存分に楽しみなよ」

少しだけ、笑いながら。

 

 

 

 

その日の夜、ダイヤはAqoursのグループトークに明日の練習の予定を連絡していた。

『明日は午前八時に集合でよろしいですわね?』

『あー、明日は休みにしない?』

『え、千歌? どうしたのらしくない』

『ちょっと事情があって……みんなにとっても、悪い事じゃないと思うんだよ』

『まあ、確かにそうかも……』

『曜ちゃんは何か知ってるの?』

『その事情とやらは、この場で言えない内容なんですの? 今から電話しますので、きちんと説明して下さい』

『怒ったダイヤは、怖いわよ〜? 千歌っち、Fight!』

 

 

『明日の練習は中止! 皆さん、十千万旅館に集合ですわ!』

『え……どういう事?』

『天変地異の前触れずら……』

『どどど、どうしよう楽しみだよぉ!』

 

 

 

 

 

翌日。

ダイヤと電話を聞いていたルビィ、そして曜以外は事情を知らないAqoursのメンバーは、結局理由を聞かされないまま十千万旅館の前へと集まっていた。

「千歌の突拍子も無い言動は今に始まった事じゃないけど、あのダイヤを説得できるほどの理由って……何だろ?」

「梨子さんは、何か知らないずら?」

「昨日は、作曲に集中したくて千歌ちゃんとは全然……」

「曜は、知ってるんでしょ?」

「そうだけど、千歌ちゃんに秘密でって言われちゃってるから……」

「何なのよ、勿体ぶって……」

五人は疑問が解消できず、モヤモヤとしたまま。

「いよいよですわ……。夢にまで見たこの時が……」

「お、お姉ちゃん、ルビィこの服で良かったのかな……。制服とかの方が失礼なかったんじゃ……」

「落ち着きなさい。ルビィは充分似合ってますわ」

対称に、黒澤姉妹はソワソワと落ち着きが無い。

疑問を強める五人だが、こうなると聞き出すのも難しいと判断し、

「おーい! お待たせ〜!」

元気に旅館から出てきた千歌へ質問をぶつける。

「まあまあ、すぐに分かるから」

千歌も質問には答えず、

「みんなに、紹介したい人達がいるんだよ!」

脇にずれてその後ろから現れた人物達を手で示す。

「初めまして〜」

「……誰? ってムギャッ」

すぐには判別できなかった善子を押し退けて、ダイヤとルビィが飛び出る。

「は、初めまして。わ、私、黒澤ダイヤと申しますわ!」

「ルビィは、黒澤ルビィです!」

「お〜、ダイヤちゃんにルビィちゃんか〜。もしかして姉妹?」

「「はい!」」

「私は高坂穂乃果……って、知ってるかも?」

「勿論ですわ!」

「ほ、本物だよぉ……」

この辺りで、事情を知らされなかった五人も段々と察しがつく。

「え……もしかして?」

「WOW……。これはSurprise……」

「な、何で内浦なんかに……」

「未来ずら……。これは未来ずら……」

「ってか、昨日話した旅行に来てた人達……じゃん」

「えへへ……という訳で、あの伝説のスクールアイドル、μ'sの皆さんだよ!」

「伝説って言うほどじゃ、ないと思うけどなぁ」

穂乃果の言葉は、Aqoursには届いていない。

「あなた方が、スクールアイドルAqoursの皆さんですね? 私は園田海未といいます」

「私は南ことりです♪ 昨日千歌ちゃんと曜ちゃんと話して、内浦の魅力を紹介したいって言われちゃったの。それでね、もしみんなが良ければなんだけど、内浦を案内して欲しいなぁ〜って思ってるの♪」

真面目で引き締まった空気を醸す海未と、この上なく柔らかな空気でお願いしてくることり。

「な、何なのこの、絶対に断れないような空気は……」

人一倍そういった雰囲気に敏感な善子が、えも言われぬ圧力に一歩身を引いた。

「まあ、断る理由も無いよね」

「あの憧れのスクールアイドルに、内浦の魅力を紹介できるまたとないChanceデース!」

果南と鞠莉も、乗り気を見せる。

「でもちょっと人数、多くないずら?」

「む……確かに」

合計十八人。そこそこの人数で、ゾロゾロと歩くには多い。

「それに関しては、私から案があるの。いいかしら?」

進み出たのは、絵里。

「私達もAqoursも、人数は九人でしょう? それなら、お互い二、二、二、三で分けるのはどうかしら。午前と午後の二回に。それなら、大体の人と一緒になれるし人数が多いより話しやすいと思うの」

「おお! 絵里ちゃんナイスアイデア!」

「流石はエリーチカですわ……」

はしゃぐ穂乃果と、崇拝に近い表情をこっそりと浮かべるダイヤ。

「反対意見は……無さそうだね」

果南が軽く反応を確認するが、内向気味な善子や梨子辺りは大賛成とばかりに頷いている。

「で、問題はどう分けるかなんだけど……」

「はい! 私は穂乃果さんとお願いします!」

「わたくしは断然エリーチカですわ!」

「る、ルビィは花陽さん!」

にこの言葉を遮るように、μ's大好き三人衆が挙手。

「……まあ、千歌達はそうなるよね。また後で別の組み合わせできるし、最初はそれでいっか」

「残りは……」

「……ねえ、Aqoursの作曲担当は誰?」

真姫の静かな声に、

「あっ、わ、私です!」

梨子は小さく手を上げる。

「あなた……梨子ちゃんね?」

「し、知ってるんですか⁉︎」

「昨日、Aqoursのプロフィール見たのよ。……あなた、私と一緒してくれる?」

「も、勿論です!」

「真姫ちゃ〜ん、そんな可愛い子連れて何するつもりなの〜? にこ気になっちゃ〜う」

「べ、何もしないわよ。そんなに気になるんなら、にこちゃんも来ればいいじゃない」

「とーぜん! 梨子ちゃんは、このにこにーが守るニコ!」

「何もしないわよ!」

「え、えぇ〜?」

勝手に話題に出されて言われたい放題の梨子は、どうしていいかパニック。

「待ちなさい! リリーを守るのはこの私の役目よ!」

そこへ飛び出す善子。

「「リリー?」」

にこと真姫は揃って首を傾げる。

「もう善子ちゃん! 変な事言わないで! あと失礼だから!」

「ヨハネよ!」

「「ヨハネ?」」

「あっちは、何や楽しそうやんか。ウチはどうしよっかな〜。絵里ちの横空いてるしそこにしよっかな」

「私はダイヤの側にいるよ。……一応、暴走しないよう見張る人がいないとね」

「凛はかよちんのと〜なり!」

「マルはルビィちゃんの横にいるずら」

続々と組み合わせが決まる中、

「私達は、穂乃果とですね。朝一で羽目を外して、迷惑をかける訳にはいきませんから」

「そんな事しないよ〜!」

「あはは……。……でもちょっと、否定できないかも……」

「私も千歌ちゃんと一緒に……と、ことりさんに衣装の話聞きたいし!」

「マリーもTogetherデース! μ'sの創設者達の実力、とくと見極めるわ!」

「みんな、ちゃんと組み分けできたみたいね。どこに行くかはそれぞれに任せるわ。……それと、私達はこの辺りには疎くて案内してもらう立場だって事を忘れないようにね。それじゃあ解散! お昼頃にまた連絡を取りましょう」

絵里の掛け声で、四組はそれぞれ定めた目的地へ向かって足を踏み出した。

 

 

 

 

穂乃果・海未・ことり・千歌・曜・鞠莉サイド。

「ねえ千歌ちゃん、これからどこに行くの?」

「それは……その……」

「……あ、千歌ちゃん何も考えてないねコレ」

しどろもどろになった千歌を見て、曜は状況を即座に理解する。

「まあ、あの憧れのμ'sが目の前にいるんだし、そうなっちゃうよね」

「よーちゃ〜ん!」

「あーうんうん。じゃあ、私が案内します!」

いきなり曜に泣きついた千歌を見ながら、

「……凄く、既視感を覚えたんですが……」

「千歌ちゃん、結構穂乃果ちゃんと似てるかもね」

「えっ、穂乃果あんな感じ⁉︎」

「今はともかく、高校時代はまさしく。宿題を忘れたから教えて欲しい、昼食を忘れたから分けて欲しい、授業中居眠りして怒られたから助けて欲しい、雪穂に言い負けたから難しい言葉を教えて欲しい、等々……。他にも、」「ちょちょちょ、もういいから!」

スラスラと黒歴史を暴露していく幼馴染に、穂乃果は慌てて口を塞ぐ。

「……これが、あの伝説と謳われたスクールアイドルのリーダー?」

鞠莉が凄まじいギャップに呆然としていると、

「穂乃果ちゃんの特別は、ちょっと見ただけじゃ分からないの」

「ことりさん?」

「でもきっと、鞠莉ちゃんにもすぐ分かると思うよ♪」

「さあ行こう千歌ちゃん!」

「は、はい!」

「……あの切り替えの早さ?」

「それは……一つあるかも?」

 

 

 

 

絵里・希・ダイヤ・果南サイド。

「皆さんには、私の自宅にご招待致しますわ!」

「ダイヤの家は、有名な網元の家系なんですよ」

「へえ、それは楽しみね」

絵里はにっこり微笑み、

「あ、あのエリーチカが私の家を心待ちに……!」

ダイヤは一人感動していた。

「……ねえ希」

「どうしたん? 何や慕われてて楽しそうやん」

「それは私もちょっと驚いたけど……そうじゃなくて」

絵里は希に顔を寄せると、

「……網元って、何かしら……?」

「あー……適当に合わせておけばいいんやない? それかさりげなく訊いてみるとか」

「そ、そうね」

同じくよく知らない希は、自分への知識吸収も兼ねてそう返す。

「そういえば、網元ってどういうお仕事なのかしら。私、あまり詳しくなくて」

「全然さりげなくないやん……」

久しぶりに炸裂した親友の天然っぷりに呆れる希だったが、ダイヤはそんな事お構い無しに目を輝かせた。

「はい! お答えしますわ! 網元とは、かつて漁猟に使う大切な網所有していた漁業経営者を指しますわ。ここ内浦では古くから漁業が盛んであり、私の生まれた黒澤家は江戸時代から続く由緒正しき網元の家系を持っており網元制度が廃止された今でもその名残は強く……」

「はいはいそこまでそこまで」

熱弁を振るうダイヤを遮って、果南が割り込んだ。

「む、何ですの果南さん。せっかく丁寧に説明していたというのに」

「長いし堅いし難しいよ。要するに、昔は一番凄くて偉い家だったって事でしょ」

「我が黒澤家の歴史を、そんな雑な言葉で纏められたくありませんわ……」

「まあまあいいじゃん。分かりやすいのが一番だよ。それに、ダイヤの家着いたよ」

気が付けば、四人は立派な門扉の前にいた。

「あら、本当ですわね。お二方、黒澤家の歴史は、またの機会にという事で……」

「そ、そうね」「とりあえず、何となく分かったからええかな?」

ダイヤの息つく暇ない解説から解放された絵里と希は、内心ホッとして迂闊な発言は避けようと心に決めた。

 

 

 

 

凛・花陽・ルビィ・花丸サイド。

「ねえルビィちゃんに花丸ちゃん、どこかオススメの場所とか、ある?」

「えっとえっとえっと……。ああどうしよう目の前に花陽さんがいるのに話しかけてくれてるのに何て返せばいいか分からないよぉ……」

完全にパニックに陥るルビィ。それに加え、

「ど、どうしよう困らせちゃった……。ご、ごめんね! そんなつもりじゃなくて……」

そんなルビィを

見て慌てる花陽。

「ルビィちゃん良かったね……。夢が叶ったずら」

そんな親友を見ながらしみじみ呟いた花丸のすぐ真横で、

「“ずら”?」

凛が首を傾げた。

「え、あ、マル……じゃなくて私、そういうんじゃなくて、口癖で出ちゃうずら……じゃなくて、出ちゃうず……です」

こちらはこちらでアワアワする花丸をキョトンと見つめた凛は、

「花丸ちゃん、面白いにゃ〜!」

ニカッと笑った。

「“にゃ”……?」

「あ、うん。これ、凛の口癖なんだ〜。昔からずっとそうなんだけど、かよちんもみんなも可愛いって言ってくれるから治さなくていいかって思ってるにゃ!」

「うんうん! 凛ちゃんは可愛いよ!」

少し離れた場所から、唐突に賛同してくる花陽。

「最近は、女の子は誰だってそれぞれ可愛さを持ってるんだって思うようになったんだにゃ!」

「それは……、マルにも……?」

「勿論にゃ!」

ノータイムで肯定。

「花丸ちゃんは可愛いよ! ルビィ、ずっと思ってるもん!」

「ルビィちゃん……」

「……この二人、ちょっとだけ凛達に似てるかもにゃ」

「うん、あの頃の私達そっくりだね」

凛と花陽は顔を見合わせてから同時に頷くと、

「ずらっ⁉︎」

「わわっ⁉︎」

「さあ、行っくにゃ〜!」

「自信を持って、私達にオススメを案内して欲しいな」

ルビィと花丸の手を取って駆け出した。

 

 

 

 

にこ・真姫・梨子・善子サイド。

「海の音……か」

「はい。私がここに引っ越してきて、悩んでいた時、救ってくれた糸口になったのがそれだったんです」

「面白い考えね。大自然から曲のヒントを得るなんて、やった事なかったわ」

「いえ、そんな大した事じゃ……うまく形にできたのは、千歌ちゃんに曜ちゃん、それに果南さんのおかげだし……」

「謙遜しなくていいわよ。曲を聴けば、何となく作った人の想いは伝わってくる。大好きなのね、Aqoursが」

「真姫さん……嬉しいです」

作曲者同士で会話が盛り上がる後ろで、

「真姫が、初対面であんなに話せるなんてねぇ……」

「リリーが、いきなり心を許すなんて……」

やや失礼な発言をする二人。

「ところでアンタ、善子っていったっけ?」

「ヨハネよ!」

「はい……?」

つい反射的に噛み付いた善子は、直後に我に帰る。

「いいえ、何でもないです……」

「どうしたのよ。ヨハネだっけ?」

「えっ……?」

どこか不満気な疑問顔で自分を見るにこ。

「よく分かんないけど、そのヨハネってのがアンタなんでしょ? だったらビクビクしてんじゃないわよ」

「え、いや、でも……」

「堂々としてりゃいいのよ」

「気味悪いとか、意味分かんないとか……」

「あ、それは真姫の専売特許よ」

「イミワカンナイ!」

「ほらね?」

「にこちゃん!」

「あーはいはい。悪かったわよ」

喚く後輩を適当にあしらって、にこは善子に向き直る。

「自分の決めた道なら、それを貫きなさい。それがスクールアイドルってモンよ」

「にこ、さん……」

「私の事はにこにーと呼びなさい。いい? 『にっこにっこにー!』が合言葉の大銀河宇宙ナンバーワンアイドルのにこにーよ!」

「クックック……リトルデーモンにこにーよ。この堕天使ヨハネに進言を呈すとは恐れ入ったぞ!」

「ちょっと生意気なのが気になるけどその調子よ。生き生きしてるじゃない!」

「このヨハネはリトルデーモンと共に!」

「にっこにっこにー!」

「「…………」」

独特な空間を作り出した二人をどこか遠くから眺めながら、

「何だかんだ、息ピッタリですね」

「……どこにも、珍獣っているのね」

 

 

 

 

穂乃果・海未・ことり・千歌・曜・鞠莉サイド。

「ここは……」

「伊豆・三津シーパラダイスでーす!」

「略したNameは三津シー!」

「ヨーソロー!」

穂乃果達は、水族館へと案内されていた。

「随分、テンションが高いですね……」

「曜ちゃんは、海に関係するとちょっとだけテンションがハイになっちゃうんです。鞠莉ちゃんは……多分ノリ?」

「えっ、私ですか……?」

「ん?」

「はい?」

発言が微妙に噛み合わない二人。

「違うよ〜。海未ちゃんじゃなくて、ザブーンな海!」

もう慣れているのか、穂乃果がフォローに入る。

「でしょ?」

「あ、そういう事か……」

ようやく海未の天然を理解したのか、千歌は大きく頷く。

「そ、そのくらい私も分かっていました! 単なる小粋なジョークです!」

顔を赤くしてそっぽを向いた海未に、穂乃果はニヤニヤと肩を叩く。

「またまたぁ〜。海未ちゃんがそういうのは苦手だってよく知ってるもん。千歌ちゃん達も、笑っていいんだよ〜」

「あ、そうなんですか……」

ちょっと可愛いなと思いつつもどう反応していいか困惑していた千歌は、

「……穂乃果」

「ヒィッ⁉︎」

能天気な笑顔の憧れの人の背後の、笑っていない笑顔に一瞬で青ざめた。

「μ'sってどんなトンデモグループかと思ってたけど、意外と普通なのね」

「鞠莉ちゃん⁉︎」

ポツリと本音を漏らした鞠莉に、千歌は慌てて飛びつく。

「あ、いいのいいの。気にしてないから……っていうか、その通りだもんね」

だが穂乃果は、ヘラヘラと笑う。

「私達はね、ずっと全力だったの。廃校を阻止したくて、みんなと一緒に頑張りたくて、私達の楽しいって気持ちを、多くの人に見て欲しかった、伝えたかった。それだけだったんだよ。他の事なんて、全然考えてなかった」

「……Really?」

「まあ、そうですね。言うなれば、私とことりはその第一犠牲者ですかね」

「犠牲者⁉︎」

「私は最初、スクールアイドルなんてする気は無かったんですよ。強引な穂乃果に引っ張られて、気が付けば全力で楽しんでいましたが」

「ほぇ〜……意外……」

海未はクスリと笑う。

「当然でしょう。廃校を阻止する為にスクールアイドルをやる、なんて。普通は誰も本気にしません」

「……あ、私も最初はそうだった……」

千歌がスクールアイドルに目覚めた直後の自分を思い返して、曜はハッとする。

「……私も、そうだったわね」

二年前のダイヤと果南の勧誘。歯牙にもかけなかった自分が思い起こされる。

「でも、」

ことりが、言葉を引き継ぐ。

「みんないつの間にか、スクールアイドルになってた。穂乃果ちゃんに引っ張られて、時に引っ張って、最後まで駆け抜けたの。……だからね、似てるの」

「「「?」」」

「Aqoursは、μ'sに似てる」

「あの頃の自分達を見ているようです」

「穂乃果は難しい事よく分かんないけど、そういう事なんだよ!」

先駆者達の、エールだった。

直接言葉にされなくても、三人には気持ちが伝わってきた。

「ファイトだよっ!」

「「「はい!」」」

「さあ、水族館楽しも〜!」

「私が案内します!」

 

 

 

 

絵里・希・ダイヤ・果南サイド。

「へえ、果南ちゃんはダイビングが得意なんか」

「実家がダイビングショップなので、物心ついた時からやってたんですよ」

「アキバは海岸遠いからなぁ。ちょっと羨ましいって思っちゃうやん?」

「あはは、でも私達からしたら、秋葉原みたいな大都会なんて別世界みたいでしたよ」

「芝は青く見えるって事やな。……それにしても、よく引き締まった体つきやなぁ。服の上からでも分かるで。これは一つ、ウチが確かめる必要がありそうやんな?」

「希、セクハラは禁止よ」

「じょーだんやって。妬かんといやー、絵・里・ち☆」

「妬いてなんかないわよ……」

「……今、希さんから鞠莉さんと同じ気配を感じましたわ……」

「奇遇だね、ダイヤ。私もだよ……」

胸元を隠すように、ダイヤと果南は小さく身震いする。

「お、何や何や? もしかしてすでに耐性付いてるん? これは、久しぶりにウチのワシワシMAXを解禁する時が来たんやな?」

「やめなさいってば」

本気で腰を浮かせた希を、絵里は服を引っ張って座らせる。

「ごめんなさいね、希も悪気は無いのよ」

「そ、それは分かっていますわ」

「ま、呼吸するように触ってくるうちの理事長に比べれば優しいよね」

「お、Aqoursにもそんな子がおるんか。是非後で挨拶し……」

「その話題はもういいわよ」

いつまでもセクハラトークを繰り広げそうな希を、絵里は呆れ顔でたしなめる。

「ダイヤちゃんは、生徒会長なのよね」

「え? ええ、そうですが……」

「大変でしょう?」

「それは……まあ、自分勝手で意地っ張りな人が多いですからね」

「む、それってもしかして私の事?」

「否定はしませんわ。お互いもう少し素直でしたら、あの確執も二年も続く事は無かったでしょうからね」

「鞠莉の為だと思ったんだもん」

「果南さんは、不器用なんですもの」

「……うふふっ」

静かに言い合うダイヤと果南を見ながら、絵里は失笑した。

「エリーチ……絵里さん?」

「あ、ごめんなさい。何だか懐かしくなっちゃって」

「今でこそ丸くなった絵里ちやけど、初めはμ'sの活動に猛反対してたんやで?」

「えっ、そうなんですの⁉︎」

「始めたのは穂乃果達だったし、私は私で、生徒会として廃校阻止に躍起だったのよ。でも全然うまくいかないし、すぐ諦めるだろうと思ってた穂乃果達はちっとも挫けないし。私も、意地になってたのよね。“やりたいと思ったらやってみる。本当にやりたい事って、そんな感じで始まるんやない?”」

「「?」」

「よく覚えてるやん」

「忘れる訳ないじゃない」

絵里は、右手を指し伸ばす。

「私の意地っ張りな気持ちも、不安も、穂乃果が全て吹き飛ばした。大袈裟かもしれないけど、私はあの時のあの手に、人生を救われたと思ってる。二人は、どう?」

二人は、自分の右手を見つめた。

「私は……手と言えば手かな? 結構痛いビンタだったけど」

「私は……ルビィ、妹の差し出した衣装、ですわね」

意外にも悩む事なく答えた果南とダイヤに、絵里は微笑む。

「そのキッカケと支えを、大切にしてね」

「ウチは……何やろ?」

かつての生徒会長の綺麗な手を見ながら、希も記憶を遡る。

すぐに、口角が上がる。

「やっぱりあの時の……雪、やな」

 

 

 

 

凛・花陽・ルビィ・花丸サイド。

「ん〜! 美味しいにゃ〜!」

「みかんどら焼きって初めて食べたけど、こんなに美味しいんだね〜」

凛と花陽が引っ張ったのか、ルビィと花丸が案内したのかは定かではなかったが、四人は松月でスイーツタイムの真っ最中だった。

「スクールアイドルの練習の帰りにも、時々寄るんです!」

「ん〜そういえば凛達も、帰りに穂乃果ちゃん家に寄って和菓子ご馳走になったりしてたにゃー」

「それでも夜ご飯はちゃんと食べられちゃうんだから、やっぱり練習は凄いお腹減るんだなぁって思ってた」

花陽は油断して食べ過ぎたあの時をふと思い出し、一瞬手が止まる。あの“怖ーい笑顔”が頭をよぎって、慌てて窓から外を見やる。

「花陽さん? ど、どうかしたんですか?」

当然、誰もいない。限界プランで走らされる事もない。

「う、ううん、何でもないの」

第一、今の花陽はスクールアイドルではないのだ。そこまで体重管理をする必要はない。

「やっぱりスクールアイドル始めて、食べても体重変わらなくなったのは嬉しいずらね〜」

「うっ……」

何気なく放った花丸の一言が、花陽を突き刺す。

「花丸ちゃん、沢山食べるのに全然太らないよね。凄いなぁ」

目の前で消えていくスイーツを見ながら、ルビィが羨ましそうにため息一つ。

「いっぱい食べた方が元気出るずら。オラは食べてる時、幸せ〜って思うずら」

モグモグと頬張りながら、花丸は至福の表情を浮かべる。

それを見ながら、凛が意味ありげに頷く。

「えっと、凛さん? どうかしましたずら?」

「それ、それだよ!」

「?」

「花丸ちゃん、口癖出てるにゃ」

「あっ……」

指摘されて思い出したのか、花丸は慌てて口を押さえた。

「全然気付かなかったずら……じゃない、気付かなかったです……」

「気にする必要ないにゃ! 花丸ちゃんはその方が可愛いと凛は思うよ」

「ま、マルは可愛くなんか……」

「そんな事ないよ! だって凛が可愛いって思ってるもん!」

「り、凛さん……」

「自信持つにゃ」

「は、はい!」

仲良く手を取り合う二人を眺めながら、

「「ふふっ」」

ルビィと花陽は同時に笑う。

 

 

 

 

にこ・真姫・梨子・善子サイド。

「梨子は、オトノキから転校してきたのよね?」

「あ、そうです。内浦がどんな所か分からなくて不安で……でもAqoursとしてスクールアイドルを始めて、どんどんこの場所が好きになっていって……」

「誰もそこまで聞いてないわよ」

淡白な質問からつらつらと語り出した梨子を見て、真姫は苦笑する。

「ご、ごめんなさい……」

「何で謝るのよ」

「それはぁ〜真姫ちゃんが怖いからじゃな〜い? ホラホラ、笑顔笑顔! にっこにっこにー!」

「キモチワルイ」

「ぬわぁんですって⁉︎」

割り込んできたにこを、真姫は一蹴。

「リリー、そなたには賢天使にこにーから授かった力を分け与えよう」

「賢……、天使?」

「この堕天使ヨハネと肩を並べるほどの力を持った、賢天使にこにーよ!」

「リトルデーモンはどこいったのよ」

「だって、『宇宙ナンバーワンアイドルのにこにーが僕なんて許されないわ!』とか怒るんだもん……」

「……善子ちゃん、その辺の設定雑よね」

「設定言うな! あとヨハネ!」

「何話してるのよ?」

「うっひゃあ⁉︎」

背後から話しかけた真姫に、飛び上がる善子。

「ちょ、そんな驚かなくてもいいじゃない……」

「フッ……甘いわね。未来を見通せるヨハネにとって、不意打ちの驚きなどあり得ない! さらに今は、賢天使の加護も得ているのです!」

「どぉうも〜! 賢天使のにこにーでぇ〜す! 魔法の呪文、いっちゃうよ〜? はい、にっこにっこにー!」

「に、にっこにっこにー……」

「恥ずかしがってんじゃないわよ! 堕天使が泣くわ!」

「は、はい!」

「もう一回!」

「……何か、仲良くなってるわね」

「善子ちゃん、結構流されやすいタイプだから……」

 

 

 

 

お昼過ぎ、一度集合した一行は昼食を食べると次なる組み合わせを決める。

「Aqoursのみんなは、私達の誰と話してみたいとかあるかしら?」

「はいっ」

真っ先に手を挙げたのは、ルビィ。

「アンタが一番だなんて珍しいじゃない」

「う、うん。ルビィ、海未さんと話してみたいなって思ってて……」

「私、ですか?」

意外そうに自分を指差した海未。

「海未さんみたいに、カッコよくて素敵な女性になりたいなって思ってて……それで……」

「私は、ルビィが思っているほど優れている訳ではありませんよ?」

「そ、そんな事ないです!」

「まあまあ、ええやん。海未ちゃんだって、素敵って言われて悪い気はせんやろ?」

「それは否定しませんが……って何言わすんですか!」

「ほな、海未ちゃんはウチと組むで〜」

「じゃあ、マリーが一緒しようかしら? 海未さんとは、さっきはあまり話せなかったからね〜」

鞠莉が音もなくルビィの横に移動する。

「ピッ⁉︎」

思わず背筋が伸びたルビィを、姉は見逃さなかった。

「鞠莉さん、く、れ、ぐ、れ、も、ルビィに手を出すんじゃありませんよ?」

「いやねぇ、ダイヤったら。このマリーが、愛しのルビィにちょっかいなんてかけないわよ〜」

「こ、この上なく信用できませんわ……。あの、お二方、鞠莉さんが暴走しないよう、注意していただけませんか……?」

「お、任せとき〜。ウチがいれば問題なしや!」

「ああ、ありがとうございます!」

「どの口が言うんですか……」

「まだまだ伸び代がありそうな子やん? これは楽しみになってきたで〜?」

「の、希さん⁉︎ お願いしますわよ⁉︎」

「嫌な予感がしますね……」

せめて自分だけでもと、海未は強く思った。

「さて、他の組み合わせだけど……」

「下界のサンクチュアリを統べた二人の王と、ヨハネが邂逅する日が来ようとは……!」

「えっと……?」

突然呟きだした善子。当然、誰も真意が伝わらない。

「生徒会長さんだった二人と話したいなら、そう言えばいいずら」

「何勝手な事言ってんのよー!」

「違ったずら?」

「違っ……わないけど」

「そういう事で、よろしくずら。穂乃果さん、絵里さん」

「ええっと……よろしく?」

「そういう……事かしら?」

ペコリとお辞儀をした花丸に、穂乃果と絵里は首を傾げながらも頷く。

「あ、じゃあ私はダイヤちゃんとお話したいなぁ♪」

「こ、ことりさんからご指名⁉︎」

「うん、さっき曜ちゃんから衣装見せてもらったんだけど、ダイヤちゃんも作ってたんだよね? 可愛かったなぁ」

「わ、私のデザインがあのことりさんにお褒め頂きましたわ……! 我が生涯、一片の悔い無し……っ」

「はいはい、まだ死んじゃダメだからね。梨子ちゃん、ダイヤの世話頼める?」

「私ですか⁉︎」

「ダイヤ、結構暴走するから大変なんだよねー。まあ、頑張って」

そんなぁ、とぼやく梨子。

「そこににこが入れば、完璧よね! 今こそ温め続けた、にこにーにこちゃんの封印を破る時が来たみたいね!」

「にっこにっこにーは完璧ですわ!」

「いや、聞きなさいよ」

冷静にツッコんだにこは、

「む……」

ダイヤが堂々と披露した“にこにー”の完成度に小さく唸る。

「やるじゃない。こうなったらにこのアイドル魂を、叩き込んであげるわ!」

「ありがたき幸せですわ!」

何やら一瞬で師弟関係が築かれた二人を見て、

「ええっとぉ〜……」

「……もしかしてこれ、面倒事増えた?」

「じゃあ、残った凛達は元一年生ズで組むにゃ!」

「何だか紛らわしいわね……」

「Aqoursの方は……」

「はい! 一応リーダーの高海千歌です!」

「え、何で急に自己紹介?」

「こっちは幼馴染トリオだね〜。よろしくお願いします」

凛、真姫、花陽と千歌、曜、果南の三人。

「それじゃあ夕方、日が暮れる前には旅館の前に集合しましょう。はい、解散!」

絵里が一つ手を打って、それを合図にグループごとにバラける。

 

 

 

 

穂乃果・絵里・善子・花丸サイド。

「ねー善子ちゃん」

「ヨハネよ!」

「じゃあヨハネちゃん」

「だからヨハネよ……って、あれ?」

「そこまで言われ慣れてるのに、訂正する必要あるずらか?」

「いいのよ!」

二人の会話が終わるのを律儀に待ってから、穂乃果が質問を続ける。

「私達に聞きたい事って、何?」

「フッ……いいでしょう。このヨハネの問いを「どうやったらもっと凄いスクールアイドルになれるか、μ'sのリーダーと生徒会長だった二人に聞きたいらしいずら」ってコラずら丸ー!」

「回りくどいし分かりづらいずら」

善子の質問、もとい花丸の代弁を聞いて穂乃果と絵里は顔を見合わせた。

「うーん……、何だろうね?」

「私に聞かれても……」

「……はい?」

てっきり記録もやむなしとなるような名言が出てくるかと思っていた善子は、拍子抜けして素で声が出た。

「廃校を何とかしなきゃー、って思って、それでスクールアイドルを知って、これだー! って思って、あとはがむしゃらに駆け抜けただけだもん。元々、穂乃果はそんな凄い事考えてた訳じゃなかったんだよね〜」

サラリと暴露される事実に、善子は言葉を失う。

「伝説になり得る、極意や秘訣は……」

「んー分かんない! “全力で頑張る!”これじゃないかな?」

「ごめんなさいね、善子ちゃん。穂乃果ってこういう性格だから……。私から言えるのは、“変わる事を恐れないで、突き進む勇気”かしら?」

流石に解答が雑すぎたと思ったのか、絵里が苦笑しながら補足する。

「二人も、スクールアイドルを始めるキッカケが何かあったでしょう? その時、何かしら自分を変える必要があったと思うの」

「堕天使で、い続ける事……」

「ルビィちゃんに、誘ってもらえた事……」

ふと漏れた言葉を聞いて、絵里はニッコリ微笑む。

「その時の自分を信じて、全力で走り続けるだけでいいのよ。難しい事は、必要ないの」

「流石は絵里ちゃん!」

「あなたは全然変わらないわね。海未の気苦労が窺えるわ」

「むー、それどういう意味〜?」

「あの頃と変わらないって事よ。穂乃果の想いは、口だと伝えにくいわね」

「褒められてる気がしなーい!」

頬を膨らませた穂乃果は、だがすぐに切り替える。

「善子ちゃん!」

「ヨハネ! ……ハッ、す、すみません!」

つい反射的に返してから、相手を思い出す善子。だが穂乃果は気にせず、

「善子ちゃん、堕天使なんでしょ? カッコイイねぇ〜!」

「え、あ、それは……」

真っ直ぐすぎる目で詰め寄られ、たまらず善子は目を逸らす。

「自分を信じろって言われたばっかりずら」

「だって! さっきのにこさんといい、全然引かないのよこの人達!」

いつの間にか取り出したのっぽパンを頬張りながら、花丸がジト目を向ける。

「おっ、花丸ちゃんのそれ何? 美味しそう!」

「のっぽパンずら。お一つどうぞ」

「くれるの⁉︎ ありがとう!」

「絵里さんもどうぞ」

「ありがとう、いただくわ。アキバでは見ないわよね。この辺りの限定商品なのかしらね?」

「…………」

どうしていいか分からぬ間にのっぽパン試食会が開催され、

「わ、私も食べるー!」

 

 

 

 

海未・希・ルビィ・鞠莉サイド。

「そんな経緯があって、私は半ば強引にスクールアイドルを始めたんです」

ルビィが知りたがったので、海未は穂乃果に誘われたあの日の事を話していた。

「そうだったんですね……。特集だと分からない事まで教えてくれて、ありがとうございます!」

「気にしないで大丈夫ですよ。それに、ルビィは礼儀正しくて良いですね。親御さんの教育が行き届いている証拠です」

「えへへ……お姉ちゃんみたいになるのが、ルビィの夢なんです!」

「そういえば、二人は姉妹でしたね。幼い頃から、さぞ切磋琢磨し合ってきたんでしょうね」

「それは……そうでもないかも……」

「おや、どうしてです?」

「お姉ちゃんは何でもできる凄い人だから、ルビィなんかとは比べ物にならなくて……」

「ルビィ」

「は、はい!」

「“自分なんて”と思ってはいけませんよ。あなたにはあなたの魅力があります。尊敬する存在としてダイヤを目標にする事は素晴らしいと思います。しかし、あなたは黒澤ルビィであって黒澤ダイヤではないのです。あなたにはあなただけの魅力があります」

「ルビィだけの……魅力……」

「ライブの映像を拝見しました。あんなにもキラキラしたパフォーマンスができているんです。あなた自身も、どこかで気付いているはずですよ」

「あ、ありがとうございます! 頑張ルビィ!」

「おや、フフフッ。にこみたいですね」

「えええ⁉︎ そ、そんな恐れ多い……!」

「畏れる必要はありません。ルビィ、あなたなら大丈夫です」

姉妹のようなやり取りをする二人を、数歩離れた位置から希と鞠莉は眺めていた。

「んー、ウチらが入り込む隙が一ミリも無いやんなー」

「あの臆病なルビィがあっという間に懐くなんて、流石デース」

「海未ちゃんも、何だかんだ面倒見いいもんなぁ」

「希さんは最後に加入したそうですけど、実はμ'sの成り立ちを見守ってたりしたのかしら?」

「おっ? 鞠莉ちゃん案外鋭いやん」

「知り合いに、似たような人がいるんデース」

「ダイヤちゃん? さっき本人から二年前の話を聞いてきたんよ」

「ダイヤったら……おしゃべりね」

「頑張るんはいいけど、あんまり無理はしたらアカンよ? 心配はしとらんけど、本心を伝える事も重要なんや」

「分かってマース。それで、早速でsorry希さん」

「おっ?」

 

 

「……何をしているんですか」

「おっ、海未ちゃん。いやー、鞠莉ちゃん凄いで? これは絵里ちに勝るとも劣らない感触……!」

「ピギッ⁉︎ ま、まままま鞠莉ちゃん⁉︎ そ、そんな希さんに……」

「Oh〜ルビィ! これは想像以上だわ……。まさか、果南を超えるボリュームに出会うなんて思わなかった!」

お互いをワシワシする希と鞠莉に、海未は眉間を押さえて大きくため息をついた。

 

 

 

 

ことり・にこ・ダイヤ・梨子サイド。

「にっこにっこにー!」

「にっこにっこにーですわ!」

「アレンジ加えてくるとは、やるじゃない……。この同士を見つけた興奮、花陽以来かもしれないわ」

「光栄ですわ! ……ああっ、この日の為に、ありとあらゆる知識を蓄えてきて正解でしたわ!」

「さあ、まだまだ行くわよ!」

「はいですわ!」

「止められる気がしない……」

盛り上がるままににこにー講座が始まった目の前の光景に、梨子は複雑な表情を浮かべる。

「……あの、にこさんって、いつもあんな感じなんですか……?」

梨子は堪らず、隣でニコニコとしていることりに訊ねた。

「ん〜最近はよく分からないけど、μ'sの頃はあんな感じだったよ? にこちゃん、可愛いままだよね〜」

「は、はあ……」

素晴らしいマイペースっぷりに、梨子は返す言葉が無くなる。

「ことりさんって、μ'sでは衣装製作を担当してたんですよね?」

「そうだよ〜」

「あの、でしたら、どんな風に衣装を考えていたか教えていただけませんか? ものは違っても、曲作りのヒントになるかもしれないんです」

「う〜ん、参考になるかなぁ。私はね、とにかく“可愛い♪”っていうのを意識してたなぁ。こうすれば穂乃果ちゃんに似合って、こうすれば海未ちゃんに似合うかもって考えながら、とにかくみんなが可愛くなるようにイメージを固めてたよ〜」

「可愛く……なるほど」

「梨子ちゃんも、美人さんだよね〜」

「ええっ⁉︎ わ、私なんてそんな……そうですか?」

「うん♪ あ、せっかくだから、湧いてきたデザインのイメージ固めたいなぁ〜」

「……げっ」

ノリノリでにこにー講座を続けていたにこが、ことりの変化を敏感に察知。

「ねえ梨子ちゃん、ダイヤちゃん、あとにこちゃんも、ちょっとだけモデルさんになってくれないかなぁ?」

予想通りのセリフが飛んできて、にこは思考をフル回転させてこの場を回避する抗弁を紡ぐ。

「ことりさんのお手伝い⁉︎ 喜んでお供致しますわ!」

前にダイヤが全力で肯定した。

「ちょっ……」

「ホント? 嬉しい〜♪」

「むしろ、私からお願いしたいくらいです!」

「じゃあ、一度旅館に戻ってもいいかなぁ?」

こうなると、渋った所で無駄なのだ。衣装作成班のにこは、当時からよく分かっている。

「あーはいはい。そうしましょ。ただし、やるからには全力よ。歌って踊るだけがアイドルじゃないの。それを教えてあげるわ!」

 

 

 

 

凛・花陽・真姫・千歌・曜・果南サイド。

「へー。凛さんは元々陸上部に入るつもりだったんだ」

「うん。真姫ちゃんと一緒にかよちんを励ましたら、そのまま凛達も勧誘されちゃったんだ〜」

「あの時は、まさか自分がスクールアイドルをやるなんて思わなかったわ。穂乃果の強引っぷりにはホント呆れるわよ」

「でも楽しかったよね〜」

「まあ、否定はしないわ」

「真姫ちゃん、相変わらず素直じゃないにゃ〜」

「うるさいわよ」

繰り出されたチョップを食らい、凛はへへへ〜、と笑う。

「三人は、とっても仲良いですよね〜」

「うんうん、まるで千歌と曜ちゃんと果南ちゃんのように。ように! あ、今のは“曜”ちゃんと“ように”を掛けた〜」「説明、しなくていいから……」

ドヤッとする千歌に、曜は一応ツッコミを入れる。

「千歌ちゃん達も、凄く仲良いよね。何と言うか、全然遠慮してない感じがする」

「まあ、三人共産まれた頃からずっと一緒ですからねー」

「む、凛とかよちんもずっと昔から一緒だよ!」

「凛ちゃん、そこは張り合わなくていいよ……。恥ずかしいし……」

「どこに対抗心燃やしてるのよ」

「あ、それだと真姫ちゃんが仲間外れになっちゃうにゃ!」

「問題はそこじゃないでしょ」

「じゃあ、真姫ちゃんも昔から一緒だった事にする!」

「いや、意味分かんないし……」

「あはは、やっぱり仲良いですよね。私達の腐れ縁とは違って、絆みたいなのを感じます」

「えー! 千歌達にも絆はあるよ!」

「単なる例えだってば。そういうニュアンスって事」

脇から湧いてきた千歌を、果南は慣れた様子で押し留める。

「そう……かな。ずっと一緒にいると、分からないのかな?」

「μ'sおしまいにしてからも、三人でお泊まり会とかよくやってるもんね〜」

「凛が押しかけてくるんでしょ」

「ずっと一緒にいるから、それが当たり前だと思っちゃってるのかもね」

「それって……辛くないですか?」

花陽の呟きを、果南が硬い声色で問う。

「果南ちゃん?」

「急にどうしたの?」

「ごめんなさい。でも聞いておきたかったんだ。いくら仲良しでも、絆で結ばれていても、ずっと一緒にはいられない。いつかは離れ離れになる日が来る。そんな時……どうしますか?」

かつて、想いのすれ違いで二年近くも大切な友達と離れてしまった果南。そして卒業後の進路。この先輩達は、どうやって気持ちの整理をつけるつもりなのか。果南は知りたかった。

「凛達、実は一回バラバラになった事があるんだよ」

「えっ?」

凛の言葉に、千歌は思い至る。

「あ……、第一回ラブライブ大会……」

「うん、穂乃果ちゃんが倒れちゃって、出場を辞退して、それでことりちゃんが留学するってなって……」

「その時、自分を責めた穂乃果ちゃんがスクールアイドルをやめるって言い出しちゃったんだよね……」

「活動休止になるわ、穂乃果と海未は喧嘩するわで大変だったわね」

あの時を思い出したのか、三人は感慨深げに頷く。

「そんな事があったんですか……」

「そこまでは、知らなかったな……」

「…………」

「で、その後は結局うまく解決できたんだけど……」

「その時に思ったの。心がバラバラで通じ合わないって、なんて辛いんだろうって」

「だから、私達は分かってる。たとえ違う道に進む日が来ても、心が通じ合っていれば寂しくなんてないって」

「真姫ちゃん、言う時は言うにゃ〜」

「茶化さないでよ。恥ずかしいでしょ……」

「私達だけじゃない。きっとμ'sのみんなが、同じように思ってるんじゃないかな」

「果南ちゃんは、どう?」

「私は……」

言い淀んだ果南を、両脇から千歌と曜が抱きつく。

「勿論、一緒です!」

「Aqoursの絆だって、μ'sに負けません!」

「千歌、曜……」

左右の幼馴染の笑顔を見つめる果南。

「大丈夫そうにゃ」

「スクールアイドルだもんね」

「それ、関係ある?」

 

 

 

 

「穂乃果には、今でも見習うべき所が多いのよね」

「エッヘン!」

「善子ちゃんも、いい機会だから浄化されるといいずら」

「それヨハネのアイデンティティなんですけど⁉︎」

「いやー堪能したなぁ」

「この先を担うスクールアイドルに、セクハラしないで下さい」

「希さん直伝の“ワシワシ”、メンバーの成長を確かめるのに最適デース!」

「た、助けてお姉ちゃん……」

「とうちゃーく!」

「凛さん、速いな〜」

「泳ぎなら負けない自信あるんだけどなぁ……」

「唐突に競争とかするんじゃないわよ……」

「私、もう運動してないから……」

「軽い気持ちで競争とか言うんじゃなかったー!」

続々と十千万旅館に戻ってくるメンバー。

「あれ? ことりちゃん達がいないよ?」

「ダイヤがいるし、心配ないと思うけどなぁ」

「でもダイヤさん、μ's絡みだとテンション上がっちゃうし……」

「……不安になってきた」

「ことりも、何よりにこがいるんだし時間は守るわよ。もう帰って来てたりして」

噂をすれば何とやら。直後に旅館の玄関の扉が開いた。

「おや、皆さん……」

「あ、ダイヤ。やっぱり先に戻ってたんだ」

「何かちょっと……元気ない?」

力なく歩くダイヤの表情は、少しだけやつれているようにも見えた。

「私は……私は……」

「ど、どうしたのダイヤ。今にも倒れそうだよ?」

ヨロヨロとするダイヤを受け止めた果南に、

「果南さん!」

「な、何?」

「私は、幸せですわ……」

恍惚とした表情を浮かべるダイヤ。

「えっと……ホントに何があったの?」

状況が把握できない果南。それは、後ろに立つ十三人も同じだった。

「……あ、やっと戻ってきたのねアンタ達……」

続いて、にこが旅館から出てくる。こちらは、見るからに疲弊した表情。

謎が深まるばかりだったが、

「あ〜ん待ってよ二人共〜」

さらに出てきたことりの、右手に持たれた作りかけの衣装を見てμ'sメンバーは全てを察した。

「ことりの、スイッチを入れてしまったんですね……」

「ご愁傷様やん……」

「そ、そろそろご飯だから、ことりもその辺にね?」

はーい、と返事したことりについで旅館に戻り、ダイヤとにこを支えながら部屋に入ると、

「私は、いつまでこの状態でいれば……」

巻尺を巻かれ、恐らく寸法を途中で放り出された梨子が一人寂しく立っていた。

 

 

 

 

『っは〜〜〜〜…………』

十千万旅館の温泉に、十八人はいた。

穂乃果達が快諾した事もあり、美渡の計らいで千歌を除いたAqoursの八人もお客としてあの大部屋に登録されていた。

「広いお風呂って、やっぱり気持ちいいね〜!」

「あまり騒がないで下さい。今は他のお客様はいませんが、来てからでは遅いんですよ?」

「まあまあ海未ちゃん。せっかくの温泉なんだから、リラックスしよ?」

「千歌ちゃんは、毎日こんなお風呂に入れるのか〜。ちょっと羨ましいな〜」

「うーんでもやっぱり、手伝いは大変ですけどね……」

「分かる、分かるよ! 穂乃果も家が和菓子屋さんだから、よく店番させられるもん!」

「よくサボるからでしょう? 日々お店に尽力していれば、おばさまも考慮してくれるはずですよ」

「もう! 旅行来てまで海未ちゃんのお小言なんて聞きたくないよぅ!」

穂乃果は耳を押さえて、口元までお湯に沈む。

「あなたが普段からだらしないからこうなるんで……聞いているんですか穂乃果!」

「ブクブクブク」

「穂乃果ー!」

「う、海未ちゃん、落ち着いて。声大きくなってるよ」

「はっ、し、失礼しました。お見苦しい所をお見せしました、千歌」

「いえ、これが生μ'sのやり取りなんだって思ったら嬉しくて! 私は気にせずにどんどんやって下さい!」

「千歌ちゃんまで〜! ことりちゃん助けて〜!」

 

 

「いい? アイドルたるもの、たとえ温泉だからって気を抜いちゃダメよ! この温泉の水圧を利用して、ボディを引き締めるの!」

「「はい!」」

浴槽で正座するダイヤと善子の前で、にこはもしかすると引き締まってしまった胸を張って指導していた。

「温泉はリラックスする場所だって先入観から捨てるの! キャラ作りやパフォーマンス向上への、一番の近道なのよ!」

「「はい!!」」

「だからって、焦ってもダメよ。場所はお風呂でも、仮にもエクササイズ。まずは準備運動をしっかりね。じゃあ行くわよ。にっこにっこにー!」

「「にっこにっこにー!」」

「腕の角度が甘いもう一回!」

「「に、にっこにっこにー!」」

ツッコミは不在である。

 

 

「へー。絵里さんって、バレエのコンクールに出場してたんですか?」

「子供の頃ね。結局受賞はできなかったけど……。曜ちゃんだって、飛び込みの代表にもなったんでしょう? 凄いじゃない」

「いやー、競技人口少ないですからねー。バレエに比べたら、全然」

「謙遜しなくてもいいわよ? 少なからず努力はしてきたでしょうし、何より楽しかったんじゃないかしら?」

「見抜かれてるなぁ……。でも、」

「?」

「千歌ちゃんと一緒には、できなかったんですよね」

曜は、首元までお湯に身を沈める。

「私、ずっと千歌ちゃんと一瞬に何かがやりたかったんです。二人でお互いの、隣を走りたかった。要領よくこなせるって思われてたけど、誰かと一緒に頑張るってできなかったんです」

「……そうね。私も昔は、何でも一人でやろうとしてた。実際、そうやって任される事も多かったから」

絵里は曜の話に思う事があったのか、すぐ隣に寄り添う。

「そんな時、千歌ちゃんがスクールアイドルを始めたんです。一緒にやろって、誘ってくれたんです。嬉しかったです。これでやっと、千歌ちゃんと一緒に走り出せるって思いました」

「私もね、穂乃果がスクールアイドルに誘ってくれたの。ずっと反対してた私を、それでもと。嬉しかったわ。今まで、何を悩んでいたんだろうって。曜ちゃんも、今が楽しい?」

「はい!」

満面の笑み。力強い肯定に、絵里も微笑む。

「いい友達に出会えたのね。大切にしなさい。きっと、私にとってのμ'sみたいな、最高の宝石になるわよ」

 

 

「Oh! 白米にそんな魅力が詰まっていたんですか!」

「そうなの! 分かってくれて嬉しいよ〜。パンとかの洋食も勿論美味しいんだけど、やっぱり日本に生まれたからにはお米だと思うの」

「私は両親がホテル経営してるのもあって、洋食mainだから……お米の魅力を教えてくれてthank you berry much!」

「そうだ。後でできたら厨房を借りておにぎりとか作りたいなぁ。握り方にもコツがあるんだよ」

「rice ball! 出来次第では、ホテルオハラの食事serviceにも取り入れたくなっちゃう! 花陽さん、Let’s go!」

「ええっ⁉︎、と、とりあえず今は温泉に浸かろうよ。おにぎりは逃げないから、ね?」

「それもそうね……。急がば回れって諺の通りデース!」

「それは……違うような……」

 

 

「温泉は、温泉なんだよ、温泉なんだから。字余り!」

「いや、余りすぎじゃ……」

「なるほど……」

「いやいや、多分深い意味は無いと思うよ⁉︎」

肩まで浸かってリラックスした凛の、心の一句。真面目に考察しようとするルビィと、それを止める果南。

「温泉、気っ持ちいいにゃ〜!」

くつろいでいるようで、今すぐにでも泳ぎだしそうな凛。年齢的には年下である果南だが、いつ実行に移すのかと内心ヒヤヒヤしていた。泳ぎ出せば止めるつもりでいた。

「この自由奔放さ、ちょっと鞠莉に似てるかもね……。セクハラはしてこないけど」

果南はふと鞠莉の姿を探したが、当の本人は少し離れた場所でお米談義に花を咲かせていた。

「凛が好きなようにできたのは、かよちんと真姫ちゃんがいたからだよ〜。凛が走ってもちゃんとついて来てくれるし、遅れたら引っ張ってくれる。だから、凛は二人やμ'sのみんなが大好きにゃ!」

プカプカ浮かびながら、凛はニカッと笑う。

「ストレートな人だなぁ……。このくらいストレートなら、私も鞠莉とケンカしなかったんだろうなぁ」

「ルビィも、お姉ちゃんとあの時話せていれば……ずっとスクールアイドルが好きなままでいられたはずだったのに……」

「そんな悩む必要ないよ〜。凛だって、ずっと自分に自信持てなかったんだから。一緒に頑張ってくれる仲間がいれば、怖い事なんて何も無いにゃ!」

凛は一度顔を沈めると、盛大に飛び出す。

「だから、Aqoursも大丈夫! 誰かが困っても、誰かがきっと助けてくれるにゃ!」

 

 

「…………」

「…………」

真姫と花丸は、隣同士でお湯に浸かりながら無言の時を過ごしていた。

「き、気まずいずら……。オラ、真姫さんの事よく知らないから何を話していいか分からないずら……」

「……ねえ」

「は、はい!」

抑揚の少ない声。無言が逆に機嫌を損ねてしまったのでは、と花丸に緊張が走る。

「湯加減は、どう?」

「へっ? 湯加減?」

あまりに予想外の言葉。真姫が湯加減の調整をできる訳ではないのに、花丸は質問の意図が分からなかった。

「な、何でもないわ」

横を向くと、不自然に目線を彷徨わせる真姫。その顔は、入浴中を加味しても赤く染まっていた。

「あの……真姫さん?」

「何?」

「その……怒ってませんか?」

「怒ってないわよ!」

「ご、ごめんなさい!」

「あ……」

つい大きな声を出してしまった真姫は、

「……ごめん」

小さく謝った。

「何話していいか分からなくて……。こうやって一人で相手する事、あんまり無いから……」

「マルも、人とお話しするのは苦手ずら……。ルビィちゃんに誘われるまでは、ずっと図書室にいるだけだったし……」

「私も、一人でピアノ弾いてるだけだったわ。穂乃果と出会うまではね」

「ちょっと、似てるずら」

つい漏らしてから、花丸は慌てて横を向く。そこには、

「そうね。案外似た者同士なのかもしれないわね」

優しい微笑み。思わず花丸が見惚れていると、

「ねえ、花丸ちゃん。音を奏でるのって、楽器だけじゃないのよ?」

真姫はそう言うとお湯の水面を叩き始めた。掌で、指で、強弱をつけて。その叩き方で、発生する音は微妙に変わってくる。その変化を連続させれば、不思議と音楽に聞こえてくる。

「み、未来ずら!」

「誰でも簡単にできるのよ」

「オラにもできるずら⁉︎」

「勿論よ。やってみて」

最初の空気はどこへやら。真姫と花丸はメロディーを口ずさみながら、お湯を叩いていた。

 

 

「…………」

少しのぼせた梨子は、一人サウナへやってきた。ドアを開けると、

「お、梨子ちゃんやん」

希がヒラヒラと手を振った。

「ど、どうも」

ぎこちなく会釈した梨子に、希はニコニコ笑いかける。

「そんな緊張せんでええよ〜。文字通り裸の付き合いなんやし、堅苦しいのは抜きで行こ〜」

「は、はい。失礼します……」

梨子はおっかなびっくり、希の隣に腰を下ろす。

「…………」

「…………」

しばらく無言の時間が流れ、

「梨子ちゃんは、一年間音ノ木坂にいたんよな?」

希が口を開いた。

「はい」

「どうやった? あの学校は」

一瞬何かを含んだ質問なのかと勘ぐった梨子だったが、

「んー? ウチの顔に何がついとる?」

平和そうな穏やかな表情を見て、余計な考えはやめた。

「いい、学校でした」

「うん、せやろ?」

「一年前は特に感じませんでしたけど、今なら分かる気がします。μ'sの皆さんが、全力であの学校を守ろうとした気持ちが」

「守ろうとしたんは穂乃果ちゃんで、ウチらは巻き込まれただけやけどな〜。いい意味で」

「浦の星に来て、スクールアイドルを始めて、見たかった景色が少しだけ見えたのかなって思います。……って、私が言うのは身分違いですけど……」

「そんな事ないで? 穂乃果ちゃんもよく言ってたやん。スクールアイドルは、みんなで一つなんだって」

クスッと梨子は笑う。

「穂乃果さんらしいですね」

「お、梨子ちゃんも分かってるやん」

サウナに、小さく笑い声が反響する。

「梨子ちゃんの曲、ウチは好きや。真姫ちゃんみたいに音楽には詳しくないけど、色々な気持ちが溢れてくる」

「ありがとうございます」

「だから大丈夫や。梨子ちゃんの、Aqoursの未来は明るい。これからも頑張ってな」

「は、はい!」

「ウチの占いは、よく当たるって評判なんよ」

「ありがとうございます。私、ここに来て本当に良かったって思います」

「うんうん。……さーて、占い代は梨子ちゃんをワシワシと行こか?」

「………………え?」

 

 

 

 

翌日、早朝。

一人目が覚めた千歌は、旅館目の前の砂浜にやって来た。

打ち寄せる波を眺めながら、

「私達、μ'sと会えたんだよ。あのμ'sと。こんな奇跡、あっていいのかな」

ポツリと独り言を漏らした。

「こんな奇跡が起きるんだもん。きっと……私達も起こせるよね、奇跡を」

「起こせるよ!」

突如、背後から元気な声が響いた。不安なんて全て吹き飛ばしてしまいそうな、底なしに元気な声。

「穂乃果さん……!」

千歌が振り返ると、そこには道路から手を振る穂乃果の姿が。

「良い所だよね、ここ。私も気に入っちゃった」

「はい。私も、みんなも大好きなんです」

穂乃果は、遠く水平線を見つめながら、

「私もね、学校が廃校になるかもって知って、凄くショックだった。大好きなこの場所が、無くなるなんて絶対に嫌だった。何とかしたかった」

「…………」

「そしたら、みんなが手を差し伸べてくれた。みんなは穂乃果のおかげだって言うけど、穂乃果は何もしてないよ。音ノ木坂の廃校を阻止できたのも、みんながいてくれたから。スクールアイドルは、一人じゃないんだよ」

「穂乃果さん……。穂乃果さんにとって、“輝き”って何ですか?」

「輝き? そうだなぁ……、『みんなで叶える物語』かな」

「それって……」

第二回ラブライブ全国大会。μ'sが定めた、キャッチフレーズ。

「みんながいて、μ'sがいる。みんながいたから、μ'sがあったんだよ」

過去形。穂乃果の声に変化は無いが、千歌はそこはかとない寂しさを感じた。

ほんの数歩、前に立つ穂乃果。千歌にはその距離が、途方もなく長く見えた。

 

 

その時、山の上から朝日が昇った。世界が、一気に輝き出す。

「ねえ、千歌ちゃん」

穂乃果は振り向いて、

「歌おうよ!」

手を差し伸ばした。

「μ'sとか、Aqoursとか、スクールアイドルとか、難しい事は考えないで、思いっきり歌おうよ! 楽しく、全力で、みんなで!」

「みんなで……」

 

 

「そうですよ」

「みんなで、歌おう?」

背後からかかる声。

振り返ると、

「海未ちゃん!」「梨子ちゃん!」

逆光の中、いくつもの人影が見えた。

「久しぶりに、ワクワクしてきちゃった♪」

「ヨーソロー!」

「テンション上がるにゃー!」

「私達を誘わないなんて、ブッブーですわ!」

「何や面白そうやん!」

「ラグナロクに匹敵するこの舞台。ヨハネの真の姿を見せる時ね!」

「みんな、変わってないわよね。まあ私もだけど」

「こういうのっていいよね。野外ライブっぽくてさ」

「こうやって歌うのなんて、久しぶりだなぁ」

「が、頑張ルビィ!」

「さあ、みんな準備はいいかしら?」

「Let’s dance!」

思い思いの言葉を叫び、海岸へと駆け下りてくる十六人。

「みんな……」

少しだけ、涙ぐんだ千歌。

「さあ千歌ちゃん、歌おう!」

真っ直ぐに差し出された右手。

「今の私達なら、きっとどこまだって行ける!どんな夢だって叶えられる!」

涙を拭った千歌は、

「はいっ!」

大きく頷くと、笑顔でその手を取った。

 

 

「伝えよう!」

 

 

「「スクールアイドルの、素晴らしさを!」」



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