仮面ライダーW 『Case of Chaotic City』   作:津田 謡繭

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その幼稚さは無知ゆえか、それとも邪悪さゆえか


Which is the origin of『childishness』,ignorance or evil?

 ◇

 

 

 

 それは、フィリップとツェッドがヒュームの倫理学に基づいた考察をすすめていた時だった。

 

「確かに人間の定義を共感とそこから生まれる社会性に求めるのであれば、常に論理的最適解を求める人工知性体との差別化は容易だ。しかしそれは他の社会性動物から人間のみを抽出するファクターにはなりえない」

「ヒュームは動物論の中で、人間と動物はともに理知を持つが、その程度については次元的とも言える大きな隔たりがあるとしていますね。もっとも重要なのは、政治や宗教のような複雑な社会体系を──」

 

 議論を始めて二時間と少々。ここまでくると、二人の周囲に話を聞いている者はほとんどいない。

 休日の広場には、どう考えてもこの会話より面白そうなものがたくさんあるのだ。

 スポンジ弾を発射するドローンで撃ち合いをしているグループとか、ボールとリンゴと昼寝中の狂殺毒魔鏖大蜥蜴で空間圧縮ジャグリングをしている大道芸人とか、釣り上げた10フィート級の大物アンヌルギヨクーペンにコンバットサンボの関節技をかけている釣り人とか。

 なんにせよ、そんな中でわざわざこの二人を気にしている者など、いるはずもなかった。

 なので、そのあからさまな視線はかなりわかりやすかった。

 ほとんど同時に視線の出どころへと顔を向けるフィリップとツェッド。

 簡素な服装の男が、向かいのベンチに座って二人をじっと見ていた。

 軽く、言葉を失う。

 男には特徴と呼べるものがまるでなかった。異常と言っていいレベルで普通の見た目。作為的なまでに平々凡々とした外見だった。

 自分の存在に気づいたと見るや、男は座ったまま、無遠慮に声をかけてきた。

 

「確認します。貴方達は先ほどから人間の定義について会話をしていましたね」

「ああ。そうだけど、何か?」

 

 フィリップの返事に、男は目を細め、口角を上げた。それを『笑った』と表現していいものか、フィリップは迷った。笑顔と言うには、あまりにも意図的に作成された表情に見えたのだ。

 男はその表情のまま立ち上がり、近づいて来た。

 

「私は貴方達に協力を依頼します」

「協力……?」

「私を人間にしてください。私は人間になりたいのです」

 

 それきり男は黙り込んだ。

 伝えるべきことは伝えたので、あとは返答を待つのみ。そういう態度だ。

 フィリップとツェッドは顔を見合わせ、小声で相談する。

 

「どうするべきだと思う?」

「この手の精神疾患はヘタに否定すると何をしでかすかわかりませんからね。話を合わせつつ、タイミングを見計らって逃げるに限ります」

「ここはヘルサレムズ・ロットだろう。本当に人間じゃない可能性もあるんじゃないかな」

「だとしたら尚更ヤバいです。普通は人間になりたいと思っても、ベンチで会話していただけの一般人に手伝いを頼んだりしません。()()()()異界存在なら、ぺスタ・アングラの闇医者クラブか、違法生体パーツ展示場に行きます」

「やれやれ。『まとも』という言葉の定義についても、一度話し合うべきかもしれないねえ」

 

 フィリップは苦笑し、考えた。

 やはりツェッドの言う通り、関わらない方がいいのかもしれない。しかしなぜか、フィリップは男の話を聞いてみたくなった。

 単純に警戒心より好奇心が勝ったのか。もしくは、無意識に何かを感じたのか。

 相変わらず人工的な笑顔で直立している男に、フィリップはたずねた。

 

「と、まあ、普通はそうするらしいんだけど。きみは何故ぼくらに?」

「それが現時点で最適だと判断したためです」

 

 男はそれだけ言ってまた沈黙した。

 さすがにムッとしたフィリップは、目を閉じてわざとぶっきらぼうに言った。

 

「詳しい説明をしてくれないのなら、きみの依頼を聞くことはできない。それに初対面の人間にはそれなりの礼節をもって接するべきだ。コミュニケーションの基本だよ」

 

 しれっと自分のことを棚に上げた説教をするフィリップに、ツェッドがじっとりとした視線を送る。初対面で二時間以上質問攻めにされたことをツェッドは忘れていない。

 しかしフィリップは目を閉じていたので、それには気づかなかった。

 

「もっと具体的な話を聞かせてくれたまえ。きみの依頼を受けるも断るも、それからだ」

 

 鼻を鳴らしつつ片目を開け、言った。

 その瞬間。

 

「──!?」

 

 フィリップは凄まじい速度でベンチから投げ出された。

 広場の景色が二回転。とっさに受け身を取り、芝生の上をゴロゴロと転がる。慌てて体を起こすと、さっきまで座っていたベンチが粉々になっているのが見えた。

 

「……な」

 

 状況を理解しようするフィリップの前に、ツェッドが庇うように立った。

 その手には、血で創られた細身の三叉槍(さんさそう)が握られている。

 

「すみません。とっさだったので少し手荒になりました」

 

 その言葉で、自分を放り投げたのがツェッドだとわかった。

 

「いや、大丈夫だ。ありがとう」

 

 ばらばらのベンチを見ながら礼を言う。ツェッドの判断が遅れていたら、フィリップもああなっていたかもしれない。

 ということは、攻撃をしてきたのはあの男か。

 だが、フィリップの目に飛び込んできたのは意外な光景だった。

 男はさっきとほとんど同じ位置にいた。しかし足が地面についていない。3mほどの怪物が、男の首を掴み釣り上げていたためだ。

 挽き肉でできたスライムのような、不定形の怪物だ。目や口のようなものは無い。腕のような触手だけが、のびあがった本体から不自然に突き出ている。その触手が男の首をギリギリと締め上げていた。

 

「あれは──」

 

 フィリップの背筋がぞわりと粟立つ。

 直感以上の確信を、肌で感じ取った。この異形だらけの街でも、なぜかフィリップには()()であるとわかる存在。

 

「ドーパントだ!」

 

 ツェッドがぎょっとした様子で振り返る。

 

「確かですか?」

「間違いない。あの怪物からガイアメモリの力を感じる」

「──わかりました」

 

 言うが早いか、ツェッドは一蹴りでドーパントの元へと到達し、血槍を突き入れた。

 

 刃身の()──『突龍槍(とつりゅうそう)』。

 流麗を紅く引いたなめらかな三叉。

 虚空にすら風穴(ふうけつ)を穿つ深紅の槍。

 

 触手がちぎれ飛び、男がその場にどさりと崩れ落ちた。素早く、ツェッドは男とドーパントの間に立つ。

 男は倒れたまま、ピクリとも動かない。だがツェッドは男の生死を確認するのは後回しにし、敵の方に集中した。

 最初に対峙したドーパントがテンプテーションだったこともあり、ツェッドは全身全霊で相手を警戒していた。

 触手を切断されても、ドーパントは呻き声すらあげなかった。ちぎれた触手は数秒、芝生の上でのたうち、吸い込まれるように本体へと取り込まれた。

 

 (ゴウ)と風が鳴る。

 構えた三叉槍が、視覚に表れそうな密度の風を纏う。

 一閃、紅い槍が残像になった。叩きつけられる風の塊。細かな肉片をまき散らしながら、ドーパントが吹き飛ぶ。

 打ち上げられた巨体がどしゃりと地面に叩きつけられたあたりで、ようやく周囲から悲鳴が上がった。

 物騒なことが始まったと気づいた人々が、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。これが適当に治安の悪い通りとかだったなら、間髪入れずにその倍の野次馬が寄ってきただろう。だが、幸いにも日曜午後の広場にいたのは、比較的まともな恐怖心を持った人々がほとんどだった。

 喧騒の中でフィリップが叫んだ。

 

「ツェッド! ヤツはすでに自我を失っているようだ。可能なら──」

「殺さないように無力化ですか。やってみます」

 

 仮面ライダーWは、左翔太郎の身体を基に変身する。ここに翔太郎がいない以上、メモリブレイクはできない。連絡がつくまで、ドーパントを拘束しておく必要があるのだ。彼か、もしくは彼女を、殺さないように倒すならば。

 起き上がったドーパントに向け、ツェッドは槍を投擲(とうてき)した。

 その突端が、ドーパントの目前で形を変える。彼岸花が咲くように、はらりとほどけ、柔らかに広がる。

 

「刃身の()『空斬糸』──」

 

 瞬間、揺蕩(たゆた)っていた紅が張りつめる。

 無数の血の糸が、瞬く間にドーパントに絡みつき、再生を始めていた触手が交差する網目に切断された。

 

赫棺縛(かくわんばく)!」

 

 翡翠色の両腕が、血糸の束を引き絞り、締め上げる。

 縛り上げられたドーパントは、なすすべなく地面に倒れ伏す──はずだった。

 

「えっ」

 

 素っ頓狂な声をあげ、ツェッドがつんのめった。完全に虚を突かれた。そのあまりの()()()()()()()に。

 振り返ったツェッドの表情が固まる。

 

「あ」

 

 何が起きたのか。

 フィリップが理解したのは、格子状に切断されたドーパントの残骸が、ぼたぼたと芝生にまき散らされた後だった。

 声を出すヒマも惜しみ、駆け寄るフィリップ。細切れの肉片が再生する様子はない。それどころか、端から塵になり消えていく。

 ドーパントとして死んだ者の、肉体の侵蝕崩壊。フィリップには見覚えのある光景だった。

 と。

 

「これは……」

 

 崩れていく肉片を見下ろすフィリップは、何かを考えこむように口元に手を当てた。

 そこに、ツェッドが声をかける。

 

「あの……なんというか……」

「いや、気にしないでくれたまえ」

「しかし……申し訳ありません。手加減したつもりだったんですが、まさかこれほど脆いとは思わなくて」

 

 うなだれるツェッドの頭上に、「未熟者」と彫られた岩の塊が見えた。

 慙愧の念に押し潰されそうになっているツェッドに、フィリップが微笑む。

 

「もちろんだとも。ドーパントがこんなに脆いはずはない。気を遣っているわけじゃなく、本当に気にしなくていいんだ」

「……は?」

「もし彼が、あるいは彼女が、本当にドーパントとして死亡したのなら、排出されたメモリはどこにある?」

 

 言われて、ツェッドはあらためてあたりを見回す。フィリップの言葉通り、周囲にはガイアメモリも、その残骸も見当たらなかった。

 

「ガイアメモリは使用者が死亡した時点で機能を停止し、自動的に体外に排出される。エネルギー放出による爆発もなく、メモリが消滅するほどの破壊は起こっていない。にもかかわらず、メモリが見当たらないということは……」

「本体はすでに逃げている、ということですか」

「あるいは、最初から本体は別の場所にいたか」

 

 体の一部を分離、あるいは生成、あるいは召喚。そういった方法で、自由に動かせる兵士や怪物を造り出すドーパントもいる。

 さっきの怪物もその類の能力で生み出されたものかもしれない。何者かがドーパントの力を使い、刺客として怪物を送り込んだ。

 そこまで考えて、フィリップはハッと顔を上げた。

 

「彼は? あの男性は無事かい?」

「ひとまず無事のようです」

 

 数メートル先の男に目をやり、ツェッドは答えた。

 男はむくりと上半身を起こし、何が起こったのか理解できていない様子で、こちらを見ていた。

 いや、というより、アレはまるで()()()()()()()()()()()()だ。

 締め付けられていた首まわりは赤く痛々しい(あざ)ができている。にもかかわらず、男は怪物が現れる前とまったく同じ表情を、フィリップに向けていた。

 

(さすがに不気味だな)

 

 そう思いつつも、事情を聞くべく男に近づき。

 

「……っ」

 

 フィリップは絶句した。

 異変に気付いたツェッドが駆け寄ってきて、同じように言葉を失った。

 

 赤く見えたのは痣などではなかった。首のまわりの皮膚が裂け、肉がえぐり取られていたのだ。

 致死レベルの大怪我。しかし傷口からは一滴の血も流れていなかった。

 そして、極めつけに。

 ぱっくりと割れた肉の奥では、精緻な金属製の骨格が、キリキリと微かな音を奏でていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「じゃあ、なに? あの、あいつ、ロボットなワケ?」

 

 眠気覚ましのコーヒーをすすりながら、翔太郎は引きつった顔でたずねた。

 

「ああ。ロボット、アンドロイド、オートマタ、バイオノイド……。媒体によって名称に違いはあるが、いずれも人型の自立機械の意味で使われている言葉だ。彼もそういったモノの一種のようだね。もちろん、詳しく調べてみたワケじゃないから断言はできないが」

 

 ごくん、とコーヒーをのどに流し込み、翔太郎は横目で謎の男を見やる。

 男は窓際で、ソーラー稼働式の首振りレインボーピエロ人形を凝視しながら、同じ動きで首を左右に揺らしていた。

 初見では気づかなかったが、なるほど、確かに首のまわりだけ色素が薄い。傷は勝手に修復された、ということだろう。もはやお決まりの超常技術。この程度ではたいして驚かなくなっていた。

 

「で、人間になりたいってか」

 

 翔太郎は頭をかきながら、ため息をついた。

 俺は探偵であって、なんでも屋じゃねえんだけどな。そう言いかけて、やめた。

 あらためて思い返せば、風都でもそんな扱いだったような気がするのだ。

 ドーパント絡みのものを除けば、依頼の大半は犬猫探しに失せ物探しがほとんど。事件の調査や人探しといった探偵らしい仕事は、実はそんなに多くなかったりする。

 まあ、それでも頼りにはされていたのは確かだ。翔太郎も、依頼人の喜ぶ顔を見ればそれだけで報われる人間なので、愚痴っぽくぼやくことはあっても、心から不満に思ったことはない。

 それなら、ヘルサレムズ・ロットでも同じスタンスでやっていけばいいのだろう。依頼の内容がどれだけ突飛なものでも、依頼人が助けを求めていることに変わりはないのだから。

 

「……やるだけやってみるか」

 

 小さく息を吐く。

 諦念ではなく、ある種の覚悟を決めて。

 

「どの道、ドーパントが関わってるとあっちゃあ、放ってもおくわけにはいかねえよな」

 

 それに、と付け足す。

 

「半分寝ぼけてたとは言え、一度引き受けちまった依頼だ。受けた仕事を途中で放り出すなんてのは、ハードボイルドな男のやることじゃねえからな。……まあ正直、ロボットを人間にしてくれって言われても何をどうすりゃいいのかサッパリだけどよ」

 

 そう苦笑する翔太郎に、フィリップは「実は考えていることがある」と切り出した。

 

「これはぼくの推測なんだが」

 

 口元に手を当て、仮説を再確認するように考えを言葉にしていく。

 

「彼が望んでいるのは、体を完全な人間にすることではなく、人間の精神性を手に入れること、つまり『心』が欲しいんじゃないだろうか?」

「心……ねえ」

 

 翔太郎はうなずいた。

 なるほど、あり得る話ではある。心が欲しいロボットというのは、昔からサイエンスフィクションの定番だ。

 

「彼が声をかけてきたのは、ちょうどぼくたちが哲学的観点から、人間とは何かについて話していた時だった」

 

 ちらりと翔太郎の様子をうかがい、フィリップは続けた。

 

「哲学が人間を定義するにあたって、避けては通れないのが、人間が持つ致命的な矛盾だ。

 自己が生存するために不可欠である、本能的な利己心。それとは逆に、社会性動物として善を目指す構造、いわゆる道徳や理性という概念。

 これらの二律背反こそ人間の本質であるとする考えが、近代哲学の基盤になっていることは間違いない。そして、この自己矛盾こそ、ぼくたちが『心』と呼んでいるものだ。

 それゆえに、プログラムは心を完全に再現することができない。矛盾を矛盾として内包できない機械に、心を持つことはできない」

 

 またちらりと翔太郎の様子をうかがい、脂汗をにじませながらなんとか付いてきている相棒の必死の表情に苦笑しつつ、フィリップは続けた。

 

「おそらく彼はこの問題を解決するため、ぼくとツェッドに協力を求めた。その点からも、人間の心を学習(ラーニング)することが、彼の言う『人間になること』だと考えてかまわないだろう」

「だあああ、はっきり言えよ相棒! けっきょく俺に何しろってんだ?」

 

 しびれを切らした翔太郎に、フィリップは微笑んだ。

 

「きみがことさらに何かをする必要はないよ。そう、ただしばらくの間、彼をここに置いてやって欲しいんだ。ぼくの推測が正しいなら、彼はきみを勝手に観察して学んでくれるだろう。ぼくの知る限り、きみほど『心』の学習にふさわしい教材もいないからねえ」

「それ褒めてんだよな……?」

「もちろん。そしてそれだけじゃない。彼がぼくたちと一緒に行動すれば──」

「コイツを狙うドーパントも、いずれ俺たちの前に現れるってことか」

「その通り」

 

 フィリップは「どうだい」という得意げな顔で話を終えた。

 答えを求められて、翔太郎は──彼には珍しく──わずかに躊躇(ちゅうちょ)した。

 

 ドーパントのくだりは、ロボットとは言え依頼人を囮に使っているようで、イマイチ気乗りはしない。

 だが、彼が元から狙われているのなら、むしろ護衛として常にそばにいられる、と考えることもできる。

 一石二鳥。悪くない。

 フィリップらしい、合理的な判断だ。

 しかし同時に、翔太郎は「らしくねえ」とも思った。

 風都にいたころから、フィリップが積極的に依頼人を引っ張ってくることは珍しかった。加えて、今回は具体的にどうするかまで、最初から自分で決めていた。

 例によって、フィリップの目はキラキラと輝いている。人間になりたがるロボットという存在に、興味津々なのは間違いない。それは、もう、いつものことだ。

 しかし、それを加味しても。いつになく前のめりなフィリップの態度に、ほんのわずかな、ささくれのような胸騒ぎを覚えたのだ。

 経験上、そういう時は決まって、何かしらの波乱が待ち構えているのである。まあ、この街に来てからは波乱のない平和な日の方が珍しかったりするのだが。

 わずかに逡巡はした。だが。

 

「オーケー、決まりだ。他にやりようもねえしな」

 

 けっきょく、翔太郎はフィリップの提案を受け入れることを選んだ。

 それは「何があっても俺たちなら大丈夫だ」という自信もあったが。

 

(なんでだろうな……。この件はフィリップが避けては通れねえ、いや、避けて通っちゃいけねえような……)

 

 そんな予感がしたからでもあった。

 ともあれ。

 

「やることは決まったな」

「ああ。それと並行して彼自身のことも調べていこう。ガイアメモリ絡みだし、情報収集にはライブラの協力も得られるだろう」

「あ、そういやツェッドはどした?」

「周辺を一通り警戒してから、事務所に戻って報告を入れる、とのことだったが」

「ならもう話は通ってると見ていいな。とりあえず明日あたり、本部に連れてってみるか」

 

 そこまで詰めて。

 翔太郎はあらためて、依頼人に振り返った。

 

「と、そういうワケだ。そっちもそれで構わな──」

 

 固まる。

 窓際には、日が落ちて動かなくなったレインボーピエロ人形がいるだけだ。

 男の姿はない。

 

「……あっれぇ?」

 

 相棒の方へと視線を戻す。フィリップはふるふると首を振った。こっちも男を見てはいなかったようだ。

 らちがあかないと判断して帰ったか。いやしかし、さすがに玄関からドアを開けて出ていけば気づく。ということは、事務所の中にはいるはずなのだが。

 その時。

 ガチャン、と何かが割れる音がした。次いでどさどさと何かが崩れ落ちる音。給湯スペース、もとい台所の方からだ。

 

「まさか、ドーパントか!?」

 

 慌てた翔太郎に続いて台所へと向かいながら、しかしフィリップは冷静に言った。

 

「いや、あの音はおそらく……」

 

 言い終わるより、翔太郎がひざから崩れ落ちる方が早かった。

 翔太郎は持ち前の凄まじい精神力を発揮し、その惨状に唖然としながらも、なんとか「なにしてんの……?」と声を絞り出した。

 

「食事をしています。人間は生命活動のため、定期的に各種栄養素の経口摂取が必要です」

 

 男は、冷蔵庫の中身のほぼすべてがぶちまけられた床の上でそう答えると、冷凍牛モモ肉に潰れたトマトとピーナッツバターを塗りたくり、大量のシリアルやミックスベジタブルと一緒に口に押し込む作業を再開した。

 

「……しばらく一緒に暮らすって?」

「ぼくはそれが最善だと判断した」

「かなり厄介そうだぞ……こりゃ……」

「ああ、予想の斜め上だ。食事が必要とは」

「違う! そこじゃねえ!」

「実に興味深いね。ゾクゾク──」

「する前に片づけだ……道具、たのむ」

「かまわないが……きみは何もしないのかい?」

「……足に力が入らねえんだよ」

「……了解した」

 

 かすかに微笑んで、フィリップは掃除用具を取りに裏口へと向かった。

 

「はぁ──……」

 

 がっくりと肩を落とし、大きく、長いため息をついた翔太郎の口に。

 

「警告。深刻なエネルギー不足の恐れがあります。あなたも食事をしてください」

 

 男はチリソースまみれのバターを塊で押し込んだきた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『──報告。対象を確認。民間人2名と接触中』

「よしよしよーし! 邪魔はあったがそれなりに順調というワケだ。結果オォウライ」

 

 上機嫌な声と共に、けばけばしい白スーツに包まれた長い脚が振り上げられた。ピンと伸びた両脚は空中で素早く4の字に組まれ、そのまま真下に落ちて、ズダァン、とデスクを揺らす。

 

「そのまま監視を続けろ! 余計な手出しはするなよ。絶対するなよ! フリじゃねえぞ!」

『了解。監視を続行』

「よろしいっ! いいお返事たいへんツマランッ!!」

 

 通話が終わる。

 

「イッエエエエエェス! イエスマンばっかでツマラアアァンッ!」 

 

 白スーツの男はもう一度、脚をデスクに叩きつけた。振動で、今度はデスクの上のモニターが床に落ち、あっけなく壊れた。

 しかし男は気にも留めなかった。デスクの上には同じようなモニターがまだ10個ほどあるし、足りなくなればまた新しいのを用意すればいいだけの話だからだ。

 代わりはいくらでもある。だから、欲しいのは替えが効かない一点モノ。

 

「もうすぐだ……ボクの最高傑作……!」

 

 あと少し。あと少しで完成する。

 時間がかかった。

 困難な道だった。

 でも諦めなかった。

 すごくがんばった。

 すると奇跡が起こった。

 神様からの贈り物。そうとしか思えなかった。

 

「…………神様っているんだなあ。この前ホットドックみたいにスカイリトゥ・ビル食ってたああいうのじゃない、ちゃんとしたキレイなヤツ」

 

 チェアの背もたれを限界まで倒し、大きくのけぞって天井を仰ぐ。

 とてもいい気分だ。

 水に浮かんでいるようないい気分。

 しかし彼は知っていた。もう一歩、あと一歩という時こそ、一番気を引き締めなければならない。そう、ついこの間も、危うくすべてが台無しになるところだったではないか。

 

「まあ……その時はまた『コイツ』を使おう」

 

男はジャケットのポケットに手を滑らせると、()()をしっかりと握りしめ、ほくそ笑んだ。

 と同時に、チェアの背もたれがバキリとへし折れ、男は後頭部から床に激突した。

 

「……」

 

 でんぐり返りに失敗したような変な体勢で、後頭部の鈍い痛みに耐える。

 そのまま五分ほど経過した。

 コンコン、とノックの音が響き、女性の声が男を呼んだ。

 

「そろそろお時間です、社長」

「ハァーイ」

 

 よっ、と起き上がり、白スーツの男はだだっ広い部屋を静かに歩いてドアに向かう。

 部屋から出る直前、男は振り返って、ガラス越しの夜景を睥睨した。

 霧に覆われたマンハッタン。

 キラキラ光るヘルサレムズ・ロット。

 そのどこかにある自分だけの玩具に心躍らせた。

 

「もうちょっとだ……!」

 

 たまらない様子でつぶやき、男はきらびやかなペルシャ絨毯の上で幼稚なステップを踏んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 おかしい……なんで特撮ヒーローと、技名を叫んで殴る漫画のクロスオーバーを書くために、近代哲学とかカントとかヒュームとかについて調べなくちゃいけないんだ……絶対にオカシイヨ……。
 はい、また例によって、作中のそれっぽい哲学系のお話はすべて、いんたーねっとで聞きかじった超絶にわか仕込みのエセ知識です。普通に勉強した方からすれば失笑モンの理解レベルだと思うのですが、そこはもう、どうか生暖かい目で見守ってください。
 もっとアホなことだけ考えて小説を書けたらいいのにね。そんなことを考えていたら生まれたのが、最初の方に出てきた「狂殺毒魔鏖大蜥蜴」です。「きょうさつどくまみなごろしおおとかげ」と読みます。277通りの方法で人間を死に至らしめることができますが、じつは人懐っこく遊び好きなかわいいトカゲです。
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