青龍刀の斬撃と紅槍の刺突が、途絶える事無く入り乱れる。下りきった夜の帳を穿つように、火花が飛び散り闇を照らし上げる。
交錯を繰り返すたび、生じる閃光が映し出す。黒い龍騎士と蒼き槍兵の姿を。街灯の光さえも届かない街はずれにて、死闘の第二幕が催されていた。
両者、一歩も引かず。突き出された穂先の軌道を、分厚い峰を捻じ込んで逸らす。振り下ろされた刃の軌跡に、強固な胴金を挟み込んで凌ぐ。
「随分と勇み足だなぁ……っ!」
攻防の折、リュウガは大きく踏み出しインファイトを仕掛けた。槍の間合いを潰し、優位に立つだけではない。間合いを潰す行為そのものが、敵の必殺を阻む。
だが、その侵攻を易々と通すランサーではない。令呪によって研ぎ澄まされた槍捌きで、迫る攻撃を弾く。さながら、無数の点で形を成す鉄壁だ。
付かさせず、離れさせず。自らの思惑を押し通さんと、互いの得物が衝突を繰り返す。決して弛まぬ金属音は、拮抗を示していた。
「………………っ」
この戦況を、リュウガは良しとしない。相手の防御を打ち崩すように、大振りの攻撃を織り交ぜる。
首筋目掛け、横薙ぎに振るわれた力任せな一刀。ランサーはそれを受け止めず、巧みに躱す。
しかし、リュウガの攻勢は更に続く。得物を振り抜いた勢いを殺さず、後ろ蹴りへと動作を繋げた。
「一度見りゃあ十分だ、そんな曲芸っ!」
その攻撃は、ランサーにとって初見ではない。教会前の広場にて、龍騎がかつて披露した技だ。
足裏は槍の柄によって防がれる。だが、狙いは攻撃ではなく、間合いから離脱するための足場であった。
防御を利用し、ランサーごと蹴りながら飛び退く。不可避の必殺が届かぬ射程外へと。
大きく開いた彼我の距離。青龍刀を正眼に構え、紅槍を突き翳し、彼らは間合いを測り合う。
「しっかしよぉ。俺からすれば大歓迎なんだが、どういった経緯で心変わりしたんだ? ……そもそも、お前さんは赤い方と同一人物なのか?」
「……勿論同じ奴さ、俺もあいつも。変わったものは優先順位だけだ」
一歩一歩、石橋を叩いて渡るような足取りで近づきながら応答する。それと同時に、対峙している相手が時間の遡行を認識しているという事に気づいた。
予測されるのは、この身に脅威を見出したサーヴァントによる介入。どの陣営が来るか、どの陣営に来られるのが最も厄介か。脳内で算盤を弾く。
「へぇ……つーか、あの金ピカとは一言も喋らなかったってのに、俺とは会話するんだな」
「あぁ……あれはな、ただ単に喋るだけの余裕がなかっただけだ」
口を開いた事に対して指摘を受け、リュウガは忌憚のない感想を述べる。ギルガメッシュの規格外な射撃密度は、お前の槍の比ではなかったと。
挑発を返した途端、ランサーの表情に更なる喜悦が加わった。無論、己の槍が貶された憤慨は皆無ではない。だとしても、己の槍を思う存分にぶつけられる喜びは、憤慨を覆していたのだ。
「───そいつは望外。こちとら鬱憤が溜まりに溜まってんだ。ここいらで発散させとかねぇと気が済まねぇ」
だから、早々に倒れてくれるなよ。そんな言葉と共に、攻守が切り替わる。城塞の如き堅牢な防御が、攻城兵器が如き苛烈な攻勢へと切り替わる。
リュウガは迫り来る穂先を、ぎりぎりの所で捌きながら後退してゆく。それに伴い、ランサーは刺突の回転率を上げて前進してゆく。
「そらそらそらそらぁぁっっ!!」
景気の良い掛け声と共に、続々と繰り出される切っ先。鎧の薄い部位を集中して狙い、空を裂いて唸りを上げる。
槍に込められた回復阻害の呪いさえ用いば、たとえ浅くとも傷を刻んで行けば、最終的に形成は傾く。
そして、敵が弱り果てた所で宝具を切り、心臓を刺し穿つ。それこそが、ランサーが企てた勝利への道筋だ。
「………………」
だというのに、繰り返される剣戟は一切の不協和音を出さず、旋律を奏で続ける。槍の切っ先は一度としてリュウガに至らず、徒らに分厚い刃を弾く。
片や、令呪による強化を受けたサーヴァント。片や、連戦を経て万全には程遠い筈の敵。伯仲して切り結んでいる事自体が、おかしな話だった。
僅かに生じた旋律の間隙を縫って、袈裟に切り返された剣閃。それを胴金で受け止めながら、ランサーは思わず呟いてしまう。
「へっ……。お前、俺らよりよっぽど人間離れしてんじゃねぇのか?」
「どこまででも遠ざかってやるさ。お前らを殺す為なら」
仮面の隙間から覗く双眸が、ランサーを見据えた。視線に込められたものは、純然たる敵意のみ。
やがて、どちらからともなく戦場を移そうとする。街はずれを沿い、一陣の風となって通過してゆく。
そして、両者の足はとある場所に至った。深山町と新都の境目、未遠川を縁取る海浜公園へと。
「───っ!」
跳躍し、激突し、交錯する。一際大きく硬質な音が、川のせせらぎを掻き消す。生じた衝撃に押し出され、互い違いの方向へ飛ばされた。
規則的に敷き詰められた煉瓦のタイルを、足裏で抉りながら着地。身を翻して得物を構え、リュウガとランサーは向かい合う。
「……やっぱり最高だよ、お前は。……最高に危険だ」
牙を剥いた笑みと共に発せられた言葉。遅れて赤い液体が滴り落ち、タイルを点々と上塗りする。
ランサーの頬には、浅い切り傷が横に一筋走っていた。対して、リュウガは依然として無傷のまま。
意味するものはただ一つ。保たれた均衡は傾きつつあり、神速の槍捌きは見切られつつあるという事だ。
「どの口が言ってる」
「……そうか。確かに、お前からすればそうだわな」
おそらく、リュウガの中で、この身は現存するサーヴァントの中でも最上位に位置しているに違いない。リュウガ自身を仕留められる確率が高い者に。
最も近くに居たからではない。最も危険だったからこそ、徒党を組まれる前に挑んできたのだ。無根拠な驕りではなく確固とした自負を以って、ランサーは結論付ける。
心ゆくまで果たし合いを堪能した末に、敗北を喫するのも悪くはない。だが、このまま横入りしてきた部外者に勝利を譲るのも癪だった。槍を両手で固く握り、構えを変える。
「位置取りも場所もいい感じだ。ここらで一発、"お待ちかね"をかましてやるよ」
どちらか選んでもいいんだぜ。心臓を刺し穿たれるか、心臓を突き穿たれるか。
ランサーの身に纏う雰囲気に威圧が、周囲を漂う空気に重圧が加えられ始める。
真名解放。槍全体を覆うように紅色の殺意が具現化し、リュウガに対して鎌首をもたげた。
「………………!」
突き進むか、仕切り直すか。足に力を入れ、何かしらの行動へ移る直前。ほんの一瞬だけ、リュウガは辺りに目配せをした。
同時に、敵が宝具を切ろうとする所以を理解する。槍を突き出すか、槍を投げるか。二択の状況に追い込まれたのだ。
駆け寄ったとしても真名解放を阻止できず、死棘によって刺し穿たれる。飛び退いたとしても鏡の中へは逃げきれず、死翔によって突き穿たれる。
進めば死、引いても死。絶妙な距離調整の成果がそこにはあった。選択肢が二つだとしても、待ち受ける結末は一つだけだった。
「……カードは使わねぇのか。それとも、もうお手上げか?」
「………………」
ランサーは槍を構えたまま、釘付けとなった敵を揶揄う。だが、カードによる形勢逆転を警戒し、仕掛けず様子を窺っている。
対して、リュウガは腰のデッキに手を伸ばす素振りすら見せない。進むわけでも、引くわけでもなく。敵の一挙一動を見逃すまいとする、徹底した待ちの姿勢。
「……こんな流れに持ち込んでおいてあれだが、焦れってぇな」
互いに手出しをせず、膠着状態に陥った戦場。やがて、この状況を作り出した張本人が沈黙を破る。
このまま睨み合いを続けて、無粋な横槍が入ってもつまらない。ならば、楽しい命がけの我慢比べをしようと。
求めるものは、爽快で痛快な殺し合い。その為だけに、ランサーは敢えて安全圏を捨てた。足を前へ踏み出した。
一歩一歩、丹念に躙り寄り。彼が歩み寄るたび、心臓の鼓動が脈々と血液を循環させ、自らの存在を強調する。
「───そうこなくちゃあ困るってもんだ!」
刺突の射程圏内へ至ろうとした瞬間。リュウガは圧縮されたバネを解放するように、後方へ跳躍した。ランサーが槍を持ち替え、投擲の姿勢に移行した。
レンガの破片が飛び散り、歓喜の声が響き渡り、ここに成立する。刹那と刹那を連結させて織り成す、電光石火の駆け引きが。
「
槍の名を叫び終える直前、ランサーの顔面目掛けて迫り来る円柱状の物体。それに記された消火栓の三文字。リュウガは路傍に設置された消火栓を蹴り飛ばしてきた。
だが、サーヴァント随一の敏捷性は、その妨害を物ともしない。宝具を維持したまま回避し、無防備となったリュウガに狙いを定めようとする。
「───
管から噴出された水が落下と共にタイルを濡らす。ランサーが必中必殺のゲイボルクを投擲する。それは、ほぼ同時の出来事だった。
手元から離れた紅槍が、凶悪な光線と化して突き進む。宙を舞う水滴を弾きながら、眼前の標的を突き穿たんとする。
しかし、水から生じた鏡面を見つけ、ランサーは悟った。リュウガとの駆け引きに遅れを取ったことを。予測をなぞるように、投槍は何者も捉えない。
「やべぇ、不味った!」
忽然と消え去った敵。ランサーは既視感を覚えた。龍騎と初めて邂逅した時の、手痛い一撃が脳裏よぎった。
戻って来い。信頼を寄せる相棒へ思念を送る。担い手を守るため、投げ出された槍が進路を変えて直帰する。
やがて、背後に姿を現わす敵。青龍刀がこれ見よがしに鈍い煌めきを放ち、ランサーへと襲い掛かる。
「──────」
最後の一歩を踏ませるかどうかの瀬戸際。ゲイボルクは担い手の信頼に応えた。
一足先に帰還を果たしたそれを右手で掴み取り、即座に逆手へと持ち替える。
リュウガの足が地面に接したタイミングに合わせ、脇の下から切っ先を通し、後ろへ突きを放った。
最短最速の奇襲返し。急停止など出来る筈も無く、槍が唸りを上げてリュウガを貫く。
「──────」
筈だった。最後の踏み込みは、刃を振るうためにあらず。リュウガはその足を軸に身を反転させ、穂先を躱した
反転に伴い、攻撃を左方から右方へ移す。行使する得物を、左手から右手へ移す。
ストライクベント。戦いの選択肢を増やすため、ミラーワールドの中でカードを装填していた。
そして、ランサーの死角から、リュウガの背中から徐々に顕となる龍頭の籠手。その口から漏れ出た黒い炎。
「───流石」
零距離点火。籠手に溜めた熱を接触と同時に解き放った。そして、ランサーのがら空きな背中に炸裂する。不殺の枷から解き放たれた一撃が。
「休むな。とっととかかって来い。お前の後にも殺すべき連中が控えてる」
未遠川沿いの海浜公園にて、黒炎の飛沫が辺り一面に飛び散り延焼する。リュウガは構えを解かず、炎の向こう側の様子を窺っていた。
一撃を繰り出す寸前、リュウガは見た。空いた片手で放られた謎の石を。その石が結界を創り出し、籠手の炎を防いで見せたのだ。
あたかも生きているかのように呼び掛け、向こう側からの反応を待つ。相手が何をしてきても良いように警戒をしながら。
「はぁ……吹っ切れてくれたのは嬉しいんだがなぁ、もう少しばかり楽しむ余裕も残してみたらどうだ?」
気を逸らせ過ぎると、ゴール手前で燃え尽きるかもしれないぜ。そんな助言と共に、ランサーが姿を現わす。
煤に塗れた相貌に、戦意の衰えなど皆無。だが、先ほどの爆炎の影響は、皆無とはいかなかった。
「お前が先だよ。消えるのは」
「……今の戦況を見れば、そうも言いたくなるか」
リュウガの指摘に対して、ランサーは素直に頷く。そして、自らの現状を俯瞰する。
彼の背中には真新しい大火傷。致命の一撃を避けた代償は、それ相応に高くついた。
更に、虎の子である触媒を用いて結界を発動させた。完全な六面体ではなく、一面だけの不完全な代物を。
「………………」
今のランサーに勝機を見出せるものは、敵の体力。ギルガメッシュがどれだけリュウガの体力を削ったか。
だが、その薄い勝機には濃厚な敗北が付き纏う。ランサーの槍捌きは、既に攻略されつつあるのだから。
相手の体力が尽きるのが先か、自らが命を費やすのが先か。幾重もの衝突を経てなお、結果がどちらか計り知れない。
底の見えない沼。その畔に立っている感覚すら覚える。それほどまでに、リュウガは疲弊を感じさせぬ佇まいのまま。
「───しゃらくせぇ、結果が分かる戦いなんざ望んじゃいねぇんだよ」
槍の柄を握り直し、両膝に力を入れて地を蹴り抜いた。喜び勇んで、沼へと足を踏み入れるかの如く。
ランサーが炎の境界線を飛び越え、勢いに乗って突きを放つ。リュウガの籠手が、それを迎え撃つ。
そして、これまでの流れを再現するように、衝突が繰り返された。互いの武器が発する金属音が、一定の間隔で響く。
「……………!」
しかし、その様相は大きく変化していた。縦横無尽に振るわれた穂先が、リュウガの仮面や鎧を掠める。
猪突猛進。ランサーは身の守りを完全に払い除け、敵への攻めにのみ比重を置いたのだ。
攻守を切り替えるのではなく、切り捨てる。その意を示すように、我武者羅な乱撃を振る舞う。
当然の帰結として振るわれる返しの一刀。細かな血飛沫が宙を舞い落ち、地面を赤く染めた。
「ぐっ……ははははは!」
だとしても、ランサーは仕切り直す事はしない。寧ろ、速度を増して躍りかかってきた。それでも尚、リュウガには有効打を与えられない。
攻めと凌ぎを両立させた、攻防一体の超絶技巧。絶え間なく全身を動かし、絶え間なく思考を巡らせ。リュウガは敵を死に至らしめんとする。
「──────!」
だが、その皺寄せを一身に受け、体力の消耗は加速していく。これこそが、ランサーが企てた戦法だった。
与えた傷が十へと差し掛かると同時に、彼の真意に気付いたリュウガは、大きく飛び退いて距離の確保を試みる。
逃がさない。離れるや否や、槍の石突を地面に叩きつける。タイルの破片が弾丸と化し、リュウガへ射ち出された。
「ちっ………!」
跳躍しながら籠手を点火し、迫る破片を迎撃。炎を推進力に変えて、リュウガは更に距離を稼いだ。
そして、慣性に身を委ねたまま海浜公園を飛び越え、深山町と新都を繋ぐ冬木大橋へと着地する。
アスファルトを削り取りながら、つま先で急制動。勢いを完全に殺した後に、リュウガは顔を上げた。
「……やっと、見せてくれたじゃねぇか。人間らしさ」
「……、……、……」
遅れてやってくる、自らの血に塗れた槍兵。重厚な刃渡りの青龍刀に切り刻まれたというのに、彼の足取りには一切の淀みが無い。
対して、連戦による疲労という重石が、リュウガにはのしかかっていた。取り繕った平静を引き剥がすほど、あの猛攻は凄まじいものだったのだ。
微かに揺れる肩、口から漏れる白い吐息。牙を剥いた相貌、傷口から漏れる真っ赤な血潮。果たして、追い詰められているのはどちらなのだろうか。
「正直なところ、安心してるぜ。俺の槍は、お前に届くみてぇだ。……惜しむらくは、今のお前が全力でも全快でもないってことだけだが」
「……どうでもいい御託を並べるな。此処で、お前は殺す」
だったら、休むんじゃねぇよ。先ほどの言葉の意趣返しと言わんばかりに、ランサーは立ち止まって手招きする。
これ以上、長引かせてはならない。これが、この立ち合いに於ける最後の息継ぎだ。制約を自身に課し、リュウガは深呼吸した。
神経を擦り減らし、研ぎ澄ます。目の前の敵を殺せる鋭さまで。周りの景色の、明度と彩度が落ちる。目の前の敵だけが映る暗さまで。
「──────」
末遠川のせせらぎが、沈黙を仄かに揺さぶる。町と都を繋ぐ冬木大橋にて、生と死の隔たりが薄く脆いものとなる。
一秒でも早く仕留める。一秒でも長く楽しむ。相反する意思が臨界点に達した瞬間。両者はアスファルトを同時に踏み砕き、駆け出した。
先手を取るは、敏捷性の勝った蒼き槍兵。迫り来るは、間合いの勝った緋き穂先。無数の残像が犇く様相は、たった一人の槍衾。
「──────」
接触。幾多もの鋭利な軌跡が、リュウガを抉る。数多もの交錯を経て、遂にランサーの槍は獲物に至った。
たたらを踏んで後退し、揺れる体躯。既に限界だったか、もう燃え尽きるのか。
微かな落胆を胸中に浮かばせながら、ランサーが心臓目掛けて突きを放った瞬間。
その穂先を青龍刀が受け流した。籠手による裏拳が、ランサーの頬へと繰り出された。
「がっ───っ!?」
激突。強烈な威力に、頬骨と頸椎が軋む。駆け巡る衝撃の逃げ場を求め、両足が地を離れる。錐揉み回転をしながら飛んで行く。
殴り飛ばされる最中、ランサーは己の迂闊さを戒めた。相手は弱っていたのではなく、ただ覚悟を決めただけだったのだ。死中にしか活は、勝利は無いのだと。
「───、───」
アスファルトに叩きつけられ、ランサーは転がる。アスファルトを蹴り抜き、リュウガが疾駆する。
体勢を立て直し、砕けた奥歯を吐き捨て。ランサーは駆け寄ってくるリュウガを盛大に歓迎した。
斬る、弾く、殴る、防ぐ。刺す、流す、穿つ、薙ぐ。息もつかせず、繰り広げられる怒濤。
「お、らああぁぁっっ!!」
仮面ごと頭蓋を叩き割らんと、上段から振り下ろされた胴金。それを右手の籠手が阻む。踏み締めた両足を起点に、地面に亀裂が走った。
互いの得物が上と下で拮抗するも、一時のもの。リュウガは槍を受け止めたまま前に進んだ。そして、その動作を攻撃へと繋ぐ。
「っ───、───」
青龍刀による横薙ぎ一閃。分厚い刀身の半ばまで使い、ランサーの横腹を深く裂いた。夥しい鮮血が堰を切って溢れ出した。
手応えなし。余分な情報を削ぎ落した思考回路が、そう判断する。これで決着。すれ違いざまに身を翻して籠手の炎を放つ。
「まだ……まだぁあっ……っ!」
しかし、ランサーはそのような終幕を許さなかった。燃え滾った闘争本能の赴くままに、戦闘を続行する。
傷口が開く事も厭わず、身体を捻る。そして、虚空に火の刻印を描く。アンサズ、炎と炎が至近距離で衝突し、爆ぜた。
ランサーは爆風に押し流されながら宙返りをして着地した。だが、先ほどの斬撃が尾を引き、両足に力を込められない。
これは、致死量か。切創から続々とまろび出る赤き血潮。それらを見遣り、ランサーは嗤う。
「くっ、はは……ははは……。愉快で、愉快でしょうがないな」
槍を地に突き刺し杖代わりにして、どうにか立ち上がった途端。燃え広がる炎を突き抜け、リュウガがまっしぐらに駆け寄って来た。
どれだけ追い込まれたとしても、勝負の土俵から降りようとしない。一貫した行動理念に思わず共感を覚えてしまう。
「……かかって来いや」
弛緩した手足に戦意を流し込む。手にした槍に敵愾心を注ぎ込む。気づけば、身体は真名解放の構えを取っていた。
最後に立っている者がどちらかなど、もう関係ない。ただ、己が持つ総てを擲つだけだ。不退転の意思を固め、ランサーは掠れた声で槍の真名を紡ぎ始めた。
「
穂先に紅蓮が灯され、辺り一帯が濃厚な死の気配に竦み上がる。その源泉に、リュウガは真っ向から突っ込む。今この瞬間が、この死闘の分岐点であると見定めたのだ。
籠手を投げ捨て、青龍刀を腰だめに構え。更に速度を上げてひた走る。愚直とすら呼べる疾走は、この場で決着を付けるという決意の表れ。
そうして、リュウガは取り返しのつかない領域に踏み入った。仮面の奥の双眸を大きく見開いて、引き絞られた槍へと視線を移す。
「──────」
切っ先が向いた先は、リュウガの心臓ではなく足元。得物を敵の胸元へ持ち上げる事すら叶わぬ。それ程の満身創痍。
されど、これより放たれしは因果逆転の槍。たとえ何処へ繰り出したとしても軌跡は屈曲し、心臓を終点に据えるのだ。
一際強く地を蹴って、一際大きく足を振り上げる。だが、リュウガの足が地に付くよりも速く、ランサーが腕を前へ動かした。
槍の形を成した死が、下降した斜線を描く。後は、真名を言い終えて対象を貫くだけ。それだけで因果が生まれる。
「───
だというのに。その線が描いた死への軌跡は、硬質な破砕音と共に止まった。敵の心臓へと上昇する直前で。
アスファルトに深々と突き刺さった槍。それを覆っていた紅蓮が霧散し、外気に還ってゆく。
何故だ。ランサーの目が、手にしている槍の先端へと移る。穂先の上には、リュウガが踏んだ最後の一歩。
「───……なるほど、お見事」
槍を放てば、槍が刺さる。その因果を成立させる前に、足で踏み潰された。ただ、それだけの事だった。
たった一文字。たった一文字の有無が、勝負を分けた。ただ、それだけの事だった。
そして、リュウガは腰だめに携えた青龍刀を、致命の一撃をランサーへと突き出した。
「ぐっ……ご、はっ………」
決着。重厚な刺突がランサーの心臓を刺し穿つ。貫通した刃が背中から顔を出す。返り血が、喀血が、黒い鎧を赤く染める。
勝敗は決したというのに、リュウガは手を緩めない。柄を握り締め、傷口を広げるように捻った。相手が生き絶えるまで、何度も何度も執拗に。
理屈ではなく、本能で察知していたのだ。このサーヴァントの往生際の悪さを。だが、肩を掴まれ反射的に手を止めた。
「……もう、いい……あれを、踏まれた時点で……俺の、負けさ」
この期に及んで認めないのは、戦士の名折れだからな。喉に血反吐を絡ませながら、ランサーはリュウガに対して敗北宣言をする。
遅れて、その言葉に嘘偽りがない事を示すように、武器から手を放した。彼の意に従い、ゲイボルクは輪郭を失ってゆく。
「く、くく……最後の最後に、とんでもねぇ、綱渡り……かましやがって……」
「………、………」
「余計な、お世話……だろうが、この先も……足、踏み外さねぇように……気張れよ」
そして、相棒の後を追い、ランサーの肉体は粒子へと還って行った。ささやかな激励を言い残して。
敵の消滅を見届け、リュウガはようやく呼吸を再開した。酸素を求めて息を継ぎ、荒々しく肩を揺らす。
そうしながらも、彼は決して膝をつこうとはせず。ゆっくりと頭上を見上げた。
「───、───、───」
視界に捉えしは、夜闇を彩る発光体。目的の代物であるサーヴァントの魂だ。
休息を欲する身体に鞭打ち、それを確保するためにカードデッキへと手を伸ばす。
指先がカードに触れる。一連の動作と同時に、大橋の鉄骨に黒い何かが降り立った。
「………………」
趾を鳴らして鉄骨の淵に寄り、リュウガを見下ろしてくる。見計らったようなタイミングに現れた来訪者の正体は、黒い鴉だった。
あれは、夜行性の鳥ではない。何処かの陣営が偵察に使い魔をよこしたか。そう判断し、早急に事を済ませようとした瞬間。
「宝具───」
くぐもった低い声と衣擦れの音が、リュウガの耳朶を撫でるように打った。敵の姿を認めるよりも先に、背後へと青龍刀を投擲した。
対象を上下に別つ水平回転。だが、敵の身のこなしは、ランサーに比肩する程に俊敏。身を沈めたのちに跳躍し、迫る刃を回避する。
「──────」
空を舞う包帯、脈動する異形の腕。風にはためく黒い蓑、真っ白な髑髏の仮面。無粋な襲撃者の名は、アサシン。
この聖杯戦争に於いて、最も隠密性に優れたサーヴァントであり、最もフットワークの軽いサーヴァントである。
策を講じるまでもなく、この状況は必然であった。漁夫の利こそが、アサシンの最も効率的な運用方法なのだから。
「───
そして、鴉の瞳は映す。赤熱した異形の指先が、リュウガの胸板を捉える光景を。
そして、使い魔と視界を共有した神父は嗤う。この世全ての悪、その誕生を脅かすイレギュラーの脱落に。
ランサー自身がリュウガを仕留めてもよし、どっかの誰かが介入してリュウガを仕留めてもよし。
勝負後に水差し野郎……アサシンの登場を予測して、言峰はランサーを送り出したわけなんですね。
地の文に入れるとテンポがあれだったので、後書きにて解説いたしました。
【挿絵表示】
そして、唐突に始まる新コーナー、【絵描いてる暇あったら小説書けや】。
本編の挿絵に使うには微妙な絵を後書きに置いて供養していこうとおもいます。
毎回ではなく、気まぐれになるとは思いますが。もしかしたら、最初で最後かもしれませんが。
それと、一年も待たせてしまったというのに、沢山の感想をいただきありがとうございました。今度は燃え尽きない程度に、ほどほどの熱量で頑張ります。