架空の財閥を歴史に落とし込んでみる   作:あさかぜ

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番外編:この世界及び中外グループのサッカー事情(1980年代~)

 史実よりも多い参入、読売新聞と大日新聞による広告もあり、日本サッカーリーグ(JSL)の人気は史実よりも高くなった。それでも、日本代表の成績が芳しくない事、JSLの盛り上がりが今一つな事から、人気は決して高いとは言えず、観客動員数も低調だった。

 また、1980年代のJSLは矛盾を孕んだ内情となっていた。元々、JSLは実業団チーム及びクラブチームによるリーグで、選手はアマチュアで占められている事となっている。

 しかし、1970年代後半から社業よりサッカーをする時間が多い「企業アマ」が現れる様になった。1980年代には試合結果に応じて報酬を支払う事実上のプロが現れるなど、アマチュアは名目上だけのものとなっていた。

 他にも、チーム所在地が大都市圏に偏っている事、選手層の薄さなど多くの問題があった。

 

 こうした矛盾の解消と日本代表の更なる強化の為、JSLを本当のプロリーグとする計画が立てられた。これ以降、1993年のJリーグ開幕までは史実と同じになるが、最初にJリーグに所属するクラブの数が異なった。

 史実では10クラブだが、この世界では12クラブとなり、名称も「オリジナル12」となった。その2チームは以下の通りである。

 

(クラブ名:前身組織:ホームタウン:本拠地スタジアム)

・筑波ヘリオス:大日新聞サッカー部:茨城県つくば市、水海道市、結城郡石下町、筑波郡伊奈町、筑波郡谷和原村(2006年に前述の全治自体と守谷市が合併して、政令指定都市「つくば市」が誕生):筑波総合競技場

・セレッソ大阪:ヤンマーディーゼルサッカー部:大阪府大阪市:長居陸上競技場

 

 「ヘリオス」の名称は大日新聞の「大日」に由来し、「日本サッカー界の太陽たる存在」を目指してギリシャ神話の太陽神から名付けられた。当初は「アポロンズ」という名称も考えられたが、商標の問題や神話における印象が良くない事から変更された。

 また、野球チームが「イーグルス(鷲)」なので同じ猛禽類から「ファルコンズ(隼)」や「ヴァルチャー(禿鷹)」、「ラプターズ(猛禽類)」なども考えられたが、何れも野球の二番煎じ感が強かった為却下された。

 ホームタウンを大日新聞時代の埼玉県八潮市から茨城県つくば市に移転した理由として、三菱自動車工業(後の浦和レッドダイヤモンズ)が埼玉県浦和市(現・さいたま市)をホームタウンとした為である。当初、三菱はホームタウンに東京都を望んでいたが、都内の大規模サッカー場が何れも本拠地として使用出来ない事から(※1)、ホームタウンを浦和市に移す事を決定し、大日新聞は競合を避ける為に移転した。

 移転先の茨城県には、鹿島に住友金属(後の鹿島アントラーズ)が存在した為、茨城県側は大日新聞のつくば移転に当初は難色を示した。これに対し大日新聞は、筑波の施設の大改修を自費で行う事を約束した事、県の負担は殆ど無い事から県が了承した事で実現した。

 一方、三菱自動車と共に東京都23区内を本拠地として希望していた読売サッカークラブ(後の東京ヴェルディ)は、東京都稲城市のよみうりランドに隣接する自前のサッカー場を本拠地に利用出来る様に改修する事で(※3)、東京都をホームとする事が出来た。

 

 ヤンマーはJリーグ初年度からの参入となった。史実でもヤンマーはオリジナル10の候補に選ばれており(※4)、この世界でも関西でのサッカー人気を牽引してもらう存在として先に決まった松下電器(後のガンバ大阪)の対抗馬となる存在を欲していた。当初は大室重工堺が有力だったが、大日新聞が先に参入した事で中外グループとグループに近い企業が2つ同時に参入するのは拙いと見られ、土壇場でヤンマーの参入が決定した。

 これにより、ヤンマーが「セレッソ大阪」としてJリーグ初年度に参入する事となった。ヤンマーにオリジナルメンバーの座を奪われた形の大室重工堺は、1993年に同じ敷地内の大室製鉄産業と共に「レイニアス堺」を設立(※5)してジャパンフットボールリーグに参入した後、1995年にJリーグに加盟して当初の目的が実現した。

 

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 史実よりも加盟クラブが多く発足したJリーグは、ヴェルディが最初から東京都を本拠地とする、新規加盟のペースが速い、史実よりも2年早い2部制への移行などの違いはあったが(※6)、数年間は史実と概ね同じ歴史を歩んだ。また、ヴェルディが最初から東京を本拠地とした事で経営が比較的安定し、読売グループの支援も続けられた。

 大きく異なるのは、横浜フリューゲルスの身売りが存続した事である。

 

 この世界でも、横浜フリューゲルスの前身は全日空横浜サッカークラブなのは変わらないが、Jリーグ加盟の際に共同出資した相手が異なった。史実ではゼネコンの佐藤工業だが、この世界では京浜急行電鉄(京急)が出資した。京急は横浜に馴染みがある企業であり、既にプロスポーツの経営のノウハウを持っていた事(※7)が決め手となった。

 尚、京急がスポンサーとなった事で、ユニフォームに赤が差し色として使われる事が多くなったが、クラブカラーは青と白なのは変わらなかった。

 その後、バブル景気が緩やかに終息した事で、史実の様な極端な景気の悪化は回避された。これにより、全日空及び京急の経営状況は比較的安定しており、スポンサーから外れる事は無くなり、それに伴う身売り及び合併騒動は発生しなかった。

 だが、景気の終息による収益の減少の影響はあり、積極的な補強が難しくなった。また、20世紀末から10年程は主力選手の多くを放出せざるを得ない程資金不足となり、J2降格を味わっている。その後、何とかJ1に戻ったが、選手層の薄さや資金不足による有力選手の獲得が出来ず、下位に低迷し続けている。それでも、チームは存続し続けたのである。

 

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 サッカー人口が最初からやや多かった事、景気の悪化が緩やかな事から、史実よりもJリーグの加盟クラブは多くなった。その中にはこの世界オリジナルのクラブやこの世界でJリーグ加盟が実現したクラブ、史実とは母体が異なるクラブが存在する。

 

 「この世界オリジナルのクラブ」で代表的な存在がレイニアス堺である。レイニアスについてはある程度前述しており、1995年からJリーグに加盟した。加盟に際し、堺にある大室系の工場跡地に収容人数25,000人の大規模サッカー場が建設され、ここがホームグラウンドとなった。

 日本有数の企業がバックについている事、企業時代からチーム強化に熱心だった事から、加盟初年度から上位争いに食い込んだ。だが、勢いは良いが長続きしない傾向があり、上位には食い込めても優勝に手が届かない状況が続いた。それでも、強さは中堅クラスであり、常に10位以内には存在する為、加盟してからJ2への降格は一度も経験していない。

 他にも、中外系では大室物産と協和銀行を母体とした「葛埼ジェミニFC」が1998年に、扶桑製紙を母体とした「宇摩セントラルFC」が1999年にそれぞれ設立された。大室重工徳島もプロ化が検討されていたが、レイニアスとの関係から(※8)企業スポーツのまま存続する事となった。中外系以外では、西武鉄道を母体とした「ヘラクレス武蔵野」が1995年に(※9)、王子製紙樺太を母体とした「レインディア豊原」が1996年にそれぞれ設立され、他にもJリーグに加盟したクラブが存在する。

 

 「この世界でJリーグ加盟が実現したクラブ」の代表的な存在がアキュート浜松である。このクラブはHondaFCを基に設立されたチームで、駿遠鉄道がスポンサーとなった事で浜松市からの協力を仰げた。これにより史実では頓挫したJリーグ加盟が可能となり、1997年に「浜松FC」が設立され、翌年からチーム名を「アキュート浜松」に変更して参戦となった。尚、クラブ設立に伴い、浜松が母体となり狭山を吸収して設立された為、両チームは解散となった。

 ホンダ時代の強さを引き継いだアキュートは加盟した年から2部制となりJ2加盟となったが、強さはそのままだった。J2では無類の強さを誇り、1998年のJ2優勝チームとなりJ1への昇格を果たした。J1でも強さは生きており、6位前後にいる事が多かった。J1優勝はまだしていないものの近い将来の優勝が常に言われており、清水エスパルス、ジュビロ磐田と共に静岡県での熾烈な争いを繰り広げている。

 

 「史実とは母体が異なるクラブ」の代表例な存在がレノファ山口である。史実では山口県サッカー教員団が母体だが、この世界では日本鉄道興業サッカー部が母体となっている。設立も2004年と2年早く、2007年にJFL昇格、2009年から3部制になった際にJ3のオリジナルメンバーとなった。その後、2014年にJ2に昇格し、将来的にはJ1に昇格出来る様に強化が行われている一方、地元との連携強化も行っている。

 他にも、横浜FCが大室化成産業と大室重工横浜を、ギラヴァンツ北九州が三菱化学黒崎と新日鐵八幡をそれぞれ母体として成立した。スポンサーが大企業の為、共に補強が積極的に行える様になった。

 

 その他にも、日本鋼管川崎や帝人、コスモ石油四日市などが廃部になる事無く存続したり、サガン鳥栖のメインスポンサーにソフトバンクが就くなど一部クラブのスポンサーの変化があった。ソフトバンクがスポンサーにはった経緯として、読売新聞や大日新聞、西武グループといった野球でのライバルがサッカーのスポンサーをしている事、スカパーの設立によってメディアへの影響力を高めた事を活用する事から、サッカーへの参入を決めた。その対象となったのが、大口スポンサーを探しており創業者の出身地をホームとするサガン鳥栖だった。

 

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 21世紀に入り、Jリーグの人気は落ち着いた。それでも、Jリーグ加盟を望むチームは多く、史実よりも早く2部制へ、そして3部制へと移行した。これにより、2019年のシーズン開幕時のクラブ数は、J1に20クラブ、J2に24クラブ、J3に20クラブの計64クラブが存在する。将来的にはJ3の加盟数を増やしたり、J4リーグの設置構想も出てくると見られている。

 未だに赤字で経営が安定していないクラブは多いものの、Jリーグへの加盟を希望するクラブは多い。Jリーグ側もその希望に可能な限り応えようとしているものの、経営が不安定なクラブが増えてもメリットが無い為、そこの所の選別は行われいる。

 また、スポンサーがプロ野球を保有している企業が多い事から、プロ野球との交流イベントも多い。親会社が異なっても本拠地が同じチームの交流も進んでおり、新規ファンの獲得や野球ファンとサッカーファンの相互理解の場としても活用されている。

 日本フットボールリーグ(※10)の方も改革が進んでおり、加盟数を20に増やすだけでなく、J3からの降格制度の導入や強化費の増額などより対抗意識を上げる制度が導入された。これにより、Jリーグ加盟を目指していないクラブや企業チームのやる気が向上し、幾つかのチームは強化を行ったり廃部を取りやめるといった現象も見られた。

 

 野球程メディアの露出が多くないものの、メディアを親会社とするクラブが幾つかある事、史実よりも経済状況が良い事から経営が安定しているクラブが多い事から、史実よりも安定した状況にある。また、近隣の満州への対抗意識から野球だけでなくサッカーにも対抗意識が生まれ(※11)、韓国と北朝鮮、ロシアというサッカーが盛んな国と接している事もサッカー熱を高める要因となった。

 JリーグとJFL、JFL下部の地域リーグとその下部の都道府県リーグとの隔たりは大きいかもしれない。だが、Jリーグが当初の理念である地域の振興と日本サッカーのレベルの底上げを忘れず、プロとアマチュアの交流が続く限り、日本サッカーの発展は続くだろう。そして、野球に対抗出来る状況になれば、プロ野球に対する良い刺激となって良好な競争関係を築けるだろう。




※1:国立競技場を本拠地とする事が認められなかった、西が丘は収容人数不足(最低15,000人に対して約7,000人)、駒沢はナイター設備が無い事、調布サッカースタジアム(※2)は当時存在しなかった。唯一使えそうな武蔵野は西武鉄道サッカー部が本拠地としており、西武は三菱と読売と仲が悪く使用出来なかった。
※2:この世界では千住の東京スタジアムが1990年代まで残っていた為、混乱を避ける意味から「調布サッカースタジアム」となった。
※3:史実のヴェルディグラウンドだが、西武への対抗意識から拡張された。
※4:他の候補は選ばれた清水市民クラブと住友金属の他、ヤマハ発動機、日立製作所、フジタがいた。後にそれぞれジュビロ磐田、柏レイソル、湘南ベルマーレの後身となった。
※5:堺市の鳥であるモズの学名に由来。レイニアス堺設立に伴い大室重工堺サッカー部と大室製鉄産業サッカー部は解散したが、後にOBとプロ化に反対した人達が1997年に「大室堺サッカークラブ」を設立する。
※6:史実では1999年に2部制に移行した。この世界では、1997年の2部制移行時に、J1に16クラブ、J2に20クラブとなっていた。
※7:この世界の京急は「横浜京急フライヤーズ」というプロ野球チームを経営している。詳しくは「架空の財閥を歴史に落とし込んでみる」の『番外編:この世界でのプロ野球の状況(2リーグ分立直後~1970年代)』参照。
※8:Jリーグ規約により、1つの企業が複数のクラブに影響力を持つ事が禁じられている。これにより、徳島のプロ化は諦める事となり、後に大室製鉄と住友金属が合併した際に大室製鉄が持つクラブの株式の多くを大室重工と大室金属産業に譲渡している。
※9:これにより東京武蔵野シティFCは設立されず、基となった横河電機サッカー部が存続する。
※10:略称はジャパンフットボールリーグと同じJFLだが別物。ジャパンフットボールリーグはJSLの後継組織であり、後にJ2と日本フットボールリーグに発展的に分立した。その為、ジャパンフットボールリーグの方は旧JFLと言われる事がある。
※11:この世界の満州はソ連の衛星国として独立している。その為、サッカー熱が高く、ワールドカップの出場も東アジアでは最も早く、2000年頃までは世界ランクでは満州の方が上だった。
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