ひょんなことから同棲していた二人は、仲がいいような、悪いような、曖昧な関係でしたから、子供はいませんでした。
「アホ智也、シバ刈り行った?」
「まだ♪」
「早く行け、アホ!」
カナタは鎌を投げ渡してから、しぶしぶ洗濯物をもって川に行きます。
「全自動洗濯乾燥機とか、できないかな~」
「桃から生まれた一太郎」
むかしむかし、あるところに智也とカナタが暮らしていました。
ひょんなことから同棲していた二人は、仲がいいような、悪いような、曖昧な関係でしたから、子供はいませんでした。
「アホ智也、シバ刈り行った?」
「まだ♪」
「早く行け、アホ!」
カナタは鎌を投げ渡してから、しぶしぶ洗濯物をもって川に行きます。
「全自動洗濯乾燥機とか、できないかな~」
そのためには何百という発明と技術革命が必要でしたし、なによりカナタが発想できること自体が世界観にそぐわない発言でしたが、川の流れに流していきます。カナタが自分の下着から手洗いしていると、上流から。
どんぶらこ♪ どんぶらこ♪
大きな桃が流れてきました。
「これ、拾わないと話が進まないしね」
天性の女優として話の流れをわかっているカナタは、さっくと拾い上げました。
「重たっ」
どうにも中に人が入っていそうなほど重たいので、転がして帰ることにします。洗っていた下着を仕方がないので濡れたまま着ます。
「ぅ~っ……冷たっ。……む、言っておくけど、アタシは婆さんじゃないし。妙齢ってことで、よろしく♪」
誰に言っているのか、よくわからない発言でしたが彼女にとっては重要だったようです。ふんどしを締め直して、桃を転がしていきます。
「ああ、重たっ。アタシは山頂へ向けて岩を転がすシシュフォスかっての」
ギリシャ伝説のコリントス王、人間のうちで、最もずるいといわれ、神ゼウスをすら欺いたとされ、そのため神罰を受け、冥府では岩を山頂に押し上げる仕事を命じられたが、岩は頂に達するたびに転げ落ち、未来永劫にリプレイマシンすることになる伝説上の人物を愚痴のネタにして、家を目指しています。
「冥府ってさ、都道府県のうち、京都府、大阪府、メモオ府と同列なのかな?」
いえ、今は幕藩体制なのか、律令制なのかも、怪しいので気にしないでください。
「…………。ここは、どこ?! 今は、いつ?! アタシは誰?!」
あるところで、むかしむかし、そしてカナタです。
「………………帰る!」
家に着くと、まだ智也はいました。もうシバ刈りは、どうでもいいのでカナタも問いません。
「桃、拾った♪」
「よくやった」
すでに智也は包丁を研いでいます。彼も展開を知っていたのです。そのあたりの常識をわきまえている二人は血を見る話にするつもりはないので、中の人間を傷つけないように慎重に桃を切りました。
「だはっ♪」
「「………………………」」
桃から一太郎が生まれてきました。
智也が手ぬぐいを渡します。
「とりあえず、前を隠せ」
「オギャー♪」
みるみるうちに一太郎は一人前の30歳の男性体に変貌しました。
「だはははははっ♪」
「「………かわいくねぇ……」」
「鬼ヶ島へ鬼退治に行くので、お爺さん、おば…ぐはっ?!」
生まれたての一太郎は強烈な膝蹴りをカナタからもらって土間を這いました。
「ぅ…うう…うぐ…お姉さん」
「う~……ん、まあ、いいでしょう。いま生まれたばっかだし許そう」
お姉さんよばわりを許可したカナタは窓辺に座って脚を組み、火鉢で炭をつまみあげるとタバコに火を付け、紫煙を燻らせました。
「鬼退治? そんなに行きたい? あんた、死ぬかもよ?」
「おい、一太郎。どういう口実で行くんだ?」
「口実って?」
「鬼ヶ島にいる鬼を退治するっていうけど、それって明らかな侵略行為じゃないか? 専守防衛の我が国の基本方針にもとるぞ」
「…………。鬼は村の財宝を奪ったから、それを取り戻しに行くはずだね」
「村の財宝ってな。たかが、小さな村に、いったいどれほどの財宝があって、それを鬼は事前に知っていて、村を全滅させることなく財宝だけを奪っていってくれたなら、あまり刺激しない方がいいかもな」
「とにかく、オレはっ…」
「いいから、いいから」
カナタが妖しい手つきで一太郎を撫でました。
「今の生活にも飽きてたとこなの。アタシといっしょに京都へ行きましょうよ」
「「京都ぉ?」」
「そ♪ 智也にも飽きたし、この家を売って、そのお金で遊びましょ♪」
「「……………」」
一太郎は智也を見てみました。智也はタメ息をついて答えます。
「まあ、いいけどな。じゃ、一太郎、カナタのことは、よろしく。あと、家を売った金は折半だからな」
離縁が成立したので二人は家を売り、カナタは馬を買いました。その馬に一太郎も乗せると、カナタは走り去り、京の方角へと消えました。
「さてと」
残された智也は亀を助けるか、わらしべを交換していくか深く悩みつつ、目的地もなく歩いていると、日名城へ着きました。
見上げると、天守閣で二人の男が揉み合っています。
「殿ぉっ! おやめくだされぇ! 殿ぉっ!」
「ええい、離せ! 離さんか、晋一っ!」
「なりませぬ、なりませぬぞ! そのようなもので人は天を飛べませぬ!」
「聞けっ! 願いは諦めなければ叶う! 夕べ、枕元でお釈迦様からお告げがあった!」
「それは死神でございます! 殿ぉっ! 殿に何かあれば、残された麻尋は、どうなりましょう?! どうか! どうか諦めてくださいまし! 夢は夢でございますぅぅ! 人の夢は儚のうございまするが世の常ぇにて、どうかご自愛めされよぉ!」
「ええい! オレは飛ぶ!」
雄介はロウで固めた鳥の羽を羽ばたき、天守閣から飛びました。
「うぉおおおお! あがれぇええええええ!」
「殿ぉおおおおおお!」
二人とも転落しました。
「前からバカ殿だったが、とうとう死んだか。ちょうどいい」
智也は城に上がり込むと、残された麻尋とやらを探しましたが、あすかを先に見つけました。
「よぉ」
「トモ先輩」
「中途半端なところで略すな」
「トモヤ先輩。お嫁にもらってください♪」
あすかはハッピーエンドを焦りました。いつものことなので智也も慣れています。
「じゃあ、蓬莱山にあるという玉の枝を持ってこい」
「え~…え~……女の子が行くのぉ? あすか、一応は姫だよぉ~」
「田舎領主だろうが。オレと結婚しないと日名家は滅ぶぞ」
「う~……兄さんのバカ。じゃあ、三上家にしないで養子あつかいだしね」
あすかは文句を言いつつも、きっちり養子にすることだけは確かめて旅立ちます。
「ハル先輩ぃ~♪ ハル先輩ぃは、いないかなァ♪」
智也のことは、もういいようです。
「あすかちゃん、どこへ行くの?」
「外れ♪」
あすかは歩みと止めずに進みますが、修司が追ってきます。
「ハァハァ…待ってよ、あすかちゃん」
「………。なんか用?」
「ボクも旅のお供をするよ!」
「………………お腹空いた、キビダンゴ買ってきて」
「お安いご用だよ♪」
修司が見えなくなると、あすかは進路を変えました。しかし、香月が崩れた山の下敷きになって待っていました。
「ああ、そこを行くお方」
「あすかのこと?」
「…あ…あすかか……まあいい」
香月は悩み深そうにタメ息をつくと、諦めて頼みます。
「どうか、そこの札を剥がして私を助けてください。天竺へのお供をします」
「……また、猿」
「いいから早くしてくれ! 本場の天竺でカレーを食べるんだ!」
「あすかは蓬莱山に行くの♪ ハル先輩を捜して、二人で♪」
「………。智也と結婚するために蓬莱山に行くんじゃないのか?」
「あ…………あ~………二人とも、もらえないかな?」
「二兎を追う者は一兎をも得ず」
「じゃあ、ハル先輩にする」
「…………なら、智也とは私が結婚する」
「そうすれば♪」
あすかは山に貼られた札を剥がしてやりました。
「よし♪」
香月は自由の身になり、うれしそうに飛び回ると、すぐに蓬莱山へ瞬間移動しました。
「よし、あった」
玉の枝を見つけると、日名城に戻ります。
「智也! 見つけてきたぞ! 私と結婚してくれ!」
「ん~………ああ、……まあ、いいか。婚姻届は?」
天守閣で寝ていた智也は寝転がったまま、玉の枝を眺めた後、起きあがらずに香月との結婚を承諾しました。
「…………。婚姻届って智也は領主だろう、必要なのか?」
「牧師……いや、僧侶……ん~……」
「…………」
「じゃ、夫婦ということで、よろしく」
「あ……でも、そんな簡単に…」
香月が残念そうにしています。
「なんだよ? どうしろっての?」
「……ド…ドレスとか……角隠しとか着てみたい……かな、とか」
「着れば」
「……………………着てくる」
香月は城の財宝から、好きなように衣装を選び、美しく着飾ると天守閣に戻ってきました。恥ずかしそうに夫へ問いかけます。
「どう? ぁ…あなた」
「いいんじゃないの」
寝転んだまま智也は興味なさそうにしています。
「………」
「………」
「…ふ…ふつつかものですが、よろしくお願い申し上げます」
「ああ、よろしく」
「……………」
「………」
「…あの……お疲れですか?」
「別に」
「………お…お布団を敷きましょうか?」
「ああ、頼む」
「では…」
香月は赤面しつつ、天守閣に布団を敷きました。布団一組に枕が二つ、初夜の用意です。智也は寝返りをうち、畳の上を転がって布団に入りました。
「天守閣か……、こうやって城主になると、雄介の気持ちがわかるな」
「雄介の?」
「やることないし、バカでもやるか、みたいな」
「…や、…やること……」
香月が過剰反応して焦っています。それでも彼女は不慣れな女優として布団に滑り込みました。
「ど…どうぞ…、わ…私の……心の準備はできています!」
「え? あ、ああ」
智也も子供ではないので、やっと気づきました。
「香月、やる気だったのか……でもさ、やらないよ」
「え? ……智也さま?」
「だってさ、これ童話だし。18禁表現やると、また削除されるかもしれないし、童話の世界には神さまがいるんだ」
「…………私、子供がほしいです」
「川にでもいけば?」
「桃から生まれてない子供!」
「カレーから生まれた子供がいるかもよ? カレーの王子様とか」
「ホントっ?」
「ホントホント♪」
「行ってくる!」
飛んでいく香月を見送って智也はタメ息をつきました。その背後の襖が開き、瑞穂が御膳をもってきました。
「殿、お酒の用意ができております」
「酔わせて、やる気か?」
「め、めっそうもない! わたくしは殿の淋しさをまぎらわせてさしあげようかと…」
「痴れ者めが、お前はメモオフ的にありえない! 削除、削除、削除! 不愉快だ! お前は18輪轢きの刑じゃ!」
「あ~れぇ~お助けぇぇ~」
やっぱり瑞穂にハッピーエンドはありませんでした。さらに智也の背後に美海が現れました。
「なにか用か?」
「…あ……あの……」
「何だ?」
「わ…忘れればいいと思います」
「お前みたいに便利な脳をしてないんだ。ほら、これをやるから城下で暮らせ」
智也は日記を書くための紙を大量に下賜して、美海を帰しました。
美海と入れ替わりに麻尋が来ます。
「やっと真打ちの出番ね」
「うっかり登場を忘れただけだろ?」
「ぅっ…、あ、あすかちゃんに譲ったの!」
「どうでもいいが……お父さんと雄介は残念だったな」
「……うん……」
「いい老中とバカ殿ぶりだったのに。もう少し、楽しみたかった」
「…………」
「お前も帰れ」
「………………。願いは諦めなければ、きっと叶う! カナタさんだって、きっと!」
「あいつは、どうでもいい」
「あ……あれ? はずれ?」
「はずれ」
「……………じゃあ、………伏線もなにもなかったけど……やっぱり彩花さん?」
「当然だな」
「……………。願いは諦めなければ、きっと叶う…」
「とりあえず、反論しておくが、だったら、彩花を生き返らせてみせろよ。ついでに雄介も」
「う~…………童話だし、いけるかもよ? クリリン的に」
「っ……麻尋っ!」
「っ?!」
「ナイスっ! やってみよう! オレは旅に出る!」
また智也は旅に出ました。彩花を復活させるための旅に。
なのに、問答無用で葉夜が待ち伏せしていました。
「不思議の国へ、ようこそ♪」
「げ……」
長くなりそうなので引き返そうとしましたが、間に合いません。これまでの展開を無視して、不思議ワールドが始まります。いつのまにか、女王の間でした。
「脚をお斬り!!」
女王果凛が命じました。
「うわああああああ?! やめろおおおおお!!!」
「黒い気持ち、黒い気持ち♪ 白い粉で、黒い気持ち♪」
叫んでいる扉の脚に、葉夜が斧を振り上げています。どうやら、不思議の国での麻薬取り締まりによる刑罰のようです。
「信、いるか?」
智也も展開を無視して旧友を呼び出します。
「なんだよ?」
「次のステージへオレを導いてくれ」
「………はぁ……。あれに乗れ」
信は不思議の海を泳ぎ切るという伝説のスイマー鷹乃を指しました。
「うむ、持つべき物は親友だな」
「物あつかいするな!」
「じゃあな」
鷹乃に乗った智也は海を進みます。乗ったといっても競泳水着を着ているので、18禁的な二人の肉体的密着にならないよう、ドダイに乗るグフのような仁王立ちです。
ようやく三途の川を渡りきり、智也は冥府に着きました。
「ありがとう、鷹乃」
「1030円になります」
「これで」
智也は最初に家を売ったお金で鷹乃に三途の川の渡し賃を支払い、冥界を歩きます。
焼け野原に、妖しい女がいました。
「ここはぁ~、どこの細道じゃ♪」
つばめです。
風と炎を司る放火の女神、かなりの強敵です。
「やもえんな。先手必勝!」
智也は陰陽道を駆使して聖獣「朱雀」を呼んで、つばめを退治してもらいました。
さらに、三途の川を行ったり来たりしている人影が、呼びかけてきます。
「あ、智也さん。ダメですよ、こんなところに来ちゃ」
「「そうですよ。ここには絶望しか、ありませんよ」」
みなもと希・望です。
「…………」
まだ、冥界へは来ないようなので、放置しておきます。
さらに冥界を奥へと進む道を歩いていると、哲学の小道になっていきます。
もちろん、巴が待っています。
「トミーっ! 行っちゃダメ!」
「淳に会えるかもよ?」
「ぁ………。でも、今さら弟に興味ないし、弟もえじゃないし」
「そういう男漁り的な対象に実弟を…」
「いいじゃん、私は負け犬になりたくないの」
「伊波でも探せ」
「そーする」
切り替えの早い彼女は未来永劫親友を裏切りつづけるリプレイマシンとなるために下界へ堕りていきました。冥界の下って………まあ、いいでしょう。お似合いだと、ほたるさんが川辺で囁いています。
ほたるは智也へも声をかけます。
「智也くん、ガンバってね」
「……ああ、ありがとう」
愛に生きる女は、ストレートに応援してくれました。
さらに冥界を歩いたときでした。
橋が見えてきます。
「あ、彩花!」
「いいえ」
詩音です。
「………」
「…………」
今までにない緊張が漂います。
「……………………」
「あまりに本を読みすぎることの弊害がわかりますか?」
「……いや」
「先が読めてしまうことです」
「……………」
「おそらく、この世界は、すでに桃太郎から伊弉冉尊の神話へ移行しています」
「……やはりな…」
「彩花さんは、すでに腐っているはずです。ご覧にならない方がよいかと…」
詩音の頭をハリセンが直撃しました。
スパコーン♪
「誰が腐ってるって?!」
彩花です。
天使の羽で空中制止しています。
「永遠の14歳っ! 彩花は腐らないの! 賞味期限も切れないの♪」
「彩花」
「だから食べてもいいよ♪」
彩花は羽衣を脱いで、水浴びを始めました。
「脱ぐなって! エロい展開になるだろ!」
といいつつも、智也は羽衣を奪います。これで天へ帰れないだろう、オレの嫁にする、神聖な存在に対して、菅原道真公の高祖とは思えぬ下劣な手段、やっぱり太宰府に流して正解です。
「あ、こら! 智也♪ 服かえしてよ!」
水浴びをしていた彩花は抗議しつつも、赤くなって嬉しそうです。隣で見ていた詩音がタメ息をつきました。
「はぁ……こうくるとは……。…私も脱ぎましょうか? 冥界のヌーディスト村ということで」
「「お前まで脱ぐと18禁止になるから脱ぐな!!」」
「ふっ♪ 14歳なら子供的ですからね」
おおむねいつも17歳の詩音がほくそ笑んだ。
「むっ!」
永遠の14歳体形、彩花が怒る。
「ええい、もう怒った! 智也は確保っ! 詩音は地獄逝き!」
とうとう死を司る伊弉諾尊を気取った彩花が配下の軍勢に捕縛を命じました。
「うおっ?!」
「逃げますよ、智也さん!」
「追え! 捕まえろぉおお!」
「待てぇぇ♪」
唯笑とニン猫軍団が追ってきます。
「待てぇえぇ♪ トモちゃぁぁん! 結婚してぇぇ!」
「く、来るなっ!」
「これでも喰らいなさい!」
詩音は栗を投げました。
パクッ! もぐもぐ…
唯笑とニン猫軍団は食べるうちだけ足止めされましたが、すぐに追ってきます。
「これも!」
詩音は栗ご飯で作ったオニギリを投げました。
パクッ! もぐもぐ…
またまた食べる時間だけ足止めできますが、食べ終えると追ってきます。
「智也さん何かありませんか?!」
「ガムがある!」
智也はポケットにあったガムを投げました。
バクッ! もぐもぐ…
唯笑は平気でしたがニン猫軍団の様子がおかしくなりました。苦しそうに倒れていきます。
「トモちゃんのバカっ! ガムなんか食べないよ!」
「ここはユカリとお兄ちゃんにまかせて!」
唐突に現れた兄を連れた縁が猫たちを天使のように抱き上げます。どうやら残酷な話にならないよう動物病院へ運ぶようで、唯笑は安心して追いかけることにしました。
「待てぇえ♪ トモちゃぁああん!」
「くっ…なんで、あいつ、あんなに脚が早いんだ?!」
「それは悪鬼という設定を背負っているからでしょう」
冥界の丘を前にして、沼があります。
茶色い液体が沸騰してブクブクと泡を吹いています。
「やばそうな沼だ」
「カレーの沼ですね。ヌシがいるかもしれません。呼びましょう。香月さん?」
「かれーーーーーーぇぇええ!」
沼の底から香月が現れました。全裸なのですが、全身をカレーに覆われているので露出度はゼロで問題ありません。どうやらカレーの王子様に会えず、独身貴族になっていたようです。
「かれーーーぇぇえ!」
「カレー」
「かれーーぇええ!」
詩音の言葉に反応した香月は唯笑に襲いかかります。
「かれーーーぇえ!」
「いただきまーす♪」
またしても唯笑は食べ始めます。香月の身体に着いているカレーを啜っていきます。
「かれーーえぇ! か、かれーーーぇ♪」
「ライスペーパーでもあれば、もっと…もぐもぐ…」
「かれぇーー♪」
しばらく時間がかかりそうなので智也は逃げつつ、詩音に問いかけます。
「さっきの何を話したんだ?」
「カレー語です」
「……ああ。幼い頃から世界中を回ってたから、話せるんだな?」
「はい♪」
詩音が頷き、見上げました。
「あそこを登れば帰れます」
光の階段が目の前にあります。その下で雄介と晋一が揉み合っていました。
「なりませぬ、殿っ!」
「離してくれ、晋一!」
「なりませぬぞ、これ以上ここに留まっては現世に戻れなくなりまする!」
「ええい、離せ! オレは冥界の様子を書き留めてエンターテイメント性の高い作品に仕上げるんだ!」
「道中日記ならば現世へお戻りになってから!」
「もっとロケハンするんだぁ!」
「殿ぉ! どうか! 殿ぉ!」
「「………………………」」
つい、智也と詩音は足を止めて、バカ殿ぶりを見てしまいました。
「ト~もォ~ちゃ~~んぅ」
「「っ!」」
気がつけば悪鬼が立ち塞がっています。
「唯笑……」
「もはや、これまで」
詩音は最後の手段、日本刀を振り回して人外の存在を斬りつけようと刀の柄に手をかけました。その手を男性の手が止めます。
「いけない。ライバルを斬り殺すなんて、童話的には日常茶飯事だけどメモキャラ的にしては、いけないよ」
「一太郎さん………、死んだのですか?」
「あ、うん。つい、今しがたに落馬事故でね」
光の階段の向こうで一太郎の死体と馬とカナタが転がっています。カナタは軽傷ですが、一太郎は即死でした。
「一太郎、お前、やっぱり、あそこで死亡フラグが……カナタが馬を買った時点で危ないとは思ったが……」
「そう思うなら止めてほしかった。でも、お爺さん、手ぬぐいの恩は忘れてない。恥をかかずにすんだからね」
一太郎は智也と詩音の前に立つと唯笑を見つめました。
「唯笑ちゃん…」
「…テンチョーさん……」
「これを」
一太郎の手から魔法のように桃が現れ、唯笑に手渡されます。
伊弉諾尊伝説でも最期の決め手になった霊験あらたかな光り輝く桃です。桃を受け取った唯笑は追跡悪鬼状態から覚醒しました。
「……唯笑は……間違ってるのかな?」
「うん、言いにくいけど、間違ってる」
一太郎は頷きました。
「つい、可哀想だから正解とか間違いとか無いって大人的に誤魔化してしまったこともあるけど、やっぱり間違ってる。オレは言ったよね、128勝129敗1引き分け、あいつが死んだ後、しばらく彼女と暮らして、そして別れた。先人の失敗に学んだ方がいい。だから、今は、はっきり告げるね。唯笑ちゃんは間違ってる。そして、わからないことは、わからないまま、わかったつもりになっちゃいけない」
「………………テンチョーさん……」
「もう逝くね」
唯笑の心に住んでいた悪鬼を退治した一太郎を見送って、光の階段を登ると、そこは晴れていました。
「晴れたな」
「晴れましたね」
「晴れてるね」
「殿っ! 現世ですぞ! 殿ぉ!」
「冥界を恐れてはいけない♪」
「恐れてくだされ殿っ!」
「はははっ、ははははは。晋一は、まっすぐ帰りたいか?」
「帰りとぉごさいますぅ~ぅ!」
すがりつく晋一をクルクルと振り回している雄介は元気そうです。
「あの二人も助かったのか……大快晴だな」
「ですね」
「だね♪」
ステキなハッピーエンドでした。おしまい。