魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost 作:hidon
――――2018/07/05 (日)
――――みかづき荘・キッチン
「貴女は二年前に、大阪市に居た。そこで、タイガーファングの解散・及びリーダー苅田紗理奈の失踪に関与した。違う?」
手首を踏みつける足に力が入り、フェリシアの顔は苦悶に満ちていた。
だが、やちよの問いには頷きも否定もせず、ただ強く睨み返すのみ。
「警察が提供してくれた監視カメラの映像に、黒いパーカーを着た金髪の少女が映っていたわ」
顔は見えなかったけどね、と付け加えるやちよ。
「何でそいつがオレだと思った?」
「私もまさか、とは思ったけど、その時点じゃ私も貴女と断定はできなかった。でも、夏目かこに残した手紙の文章といい、用心に越したことは無いと思ってね」
フェリシアは不敵に笑う。
「それだけでオレをクロと決めるのは早計だろ。無実だったらどう責任とる気だ」
「無実では無いわ」
やちよの口元が、フッと弧を描いた。
「貴女、自分で墓穴を掘ってる」
「何……?」
「みたまから魔法少女の真実を教わってる時、なんていったか覚えてる?」
――――
「二次性徴期の女の子の感情から採取できるエネルギーこそが最も効率的だとね。この宇宙の熱源的死から救う為に……」
「はあ?? 宇宙がブッ壊れるっていうのかよー!?」
――――
「……」
フェリシアの表情に変化は無い。しかし、額がジワリと汗で濡れていた。
「『熱源的死』なんて単語は日常生活でまず聞く事が無い。いろはと学業優秀の鶴乃でさえ、意味が分からなくて首を傾げていた。……けど、貴女は即座にそれを『宇宙の消滅』と結び付けた。二人よりも学の無い筈の貴女が……明らかに不自然よ」
みたまはその時点で。そして彼女から話を聞いたやちよは、ある確信を持った。
「あの時、貴女は『“ねつげんてきし”って、なんだ?』と問いかけるべきだった。痛恨のミスね」
フェリシアは、魔法少女の真実を知っていた。教わるよりも既に。
「故に、私達は『貴女が無知を装って近づいてきた』のだと、断定した。出会った時からの貴女の行動全てが、私達を油断させる為の心理学的手段だと推測した」
フェリシアの瞳が震え出す。
それは自分への恐怖というよりも、憎しみのように強い怒りを抑えきれないようだった。
やちよは、真正面に見据えながらも、訥々と解説する。
☆
―――――
「だーかーらぁ、ちあんいじぶに入れろっつってんだろー!!」
「ですからっ! 入職して頂くには試験を受けないといけませんし、試験を受けて頂くにはこちらに身分証明書の他に住民票を提出して保護申請再登録の手続きをして頂かないといけませんし、住民票は市民課で発行して頂かないといけませんし、住民票を発行するには住所がはっきりしてないといけないんですって!!」
「いちいちメンドくせーなあ、家がねーっつってんだろー!?」
「それだと手配できかねます。まずご親戚の方を頼って頂くなり……」
「ヤだよメンドクセー!! オレは今すぐここではたらきてーんだ! だから入れろよ!」
「ですからっ! いくら強いご希望がございましても、色々段取りと手続きがあってそれを全部やる以前に、住む場所が無いと無理だってさっきから何度も申し上げてるじゃないですかー!?」
「いちいちメンドくせーなあ、家がねーっつってんだろー!!」
「さっきもそれ言ったでしょー!?」
「チョウセイはとっくに終わってんだ!! さっさと入れろー!!」
――――
まず、最初に市役所で見た時、貴女は明京町で噂された通りの「問題児」だった。
……いや、演じていた、というべきね。
『メラビアンの法則』を知ってるかしら。……勿論、知ってるわね。
私も以前、貴女のような傭兵に会ってね。心理学について勉強したの。
人間は人への行為を判断するときコミュニケーションの内容より、見た目が5割、口調が4割重視するようにできてる。
そして貴女が、私達に用いたのは――『初頭効果』ね。
人間は他人のことを基本、第一印象だけで判断する。
初対面から3分で相手に与える印象は覆すのが難しくなる。
その後は何をやっても、第一印象と同じイメージの情報だけで取捨選択するようになる。
学も常識も無い、気に入らなければ感情的に当たり散らす悪ガキ――――白木さんのような良識ある大人を困らせる姿を、私達に
最悪の第一印象ね。でも、これこそ貴女が撒いた罠だった。
『人を騙す』程の小賢しい頭脳が有るなんて、あの場では誰一人思わなかったのだから。
こうして、
――――その夜、貴女はみかづき荘へ帰ってこなかったわね。
食事と衣類を分けてくれたホームレスのおじさんに、お礼がしたいと言って、わざわざ野宿を選んだ。
これは、『親近効果』ね。
人間は最後に得た情報も印象に強く残ることがある。
悪ガキの印象を皆に植え付けた後、知人を大事にする姿を演じたことで、印象を好転させた。
――――入居初日に、貴女はお礼と称して、私達にブリュレを御馳走してくれた。
あの時はありがとう。とても美味しかったわ。意外な特技でビックリした。
でもあれは『ランチョン・テクニック』だったわね。
美味しいものから受ける快感が、好印象に繋がるの。
そして『ハロー効果』。
なにか1つでも優れた点を持つを見ると、その人の全人格まで優れたものであるかのように錯覚する。
関係の無い他の部分も肯定的に評価してしまうの。
☆
「貴女は順調に私達に取り入り、みかづき荘の環境に溶け込んでいった。……でも、ここで新たなミスを犯した」
「……いろはに数学を教えたこと、か?」
「いえ、それ事態は大した問題じゃない」
あの時、やちよはフェリシアに『誰に勉強を教わった』のか、聞いた。
するとフェリシアは『忘れた』と即答した。
「その言い方が妙に引っかかったから、こう言ってみたのよ」
――――『そう、悪い事を聞いたわね』
「すると、貴女は、こう答えたの。『口の利き方には気を付けろ』って」
「っ!!」
フェリシアの口があっと開いた。
「……普通なら、私の言ってることがおかしいと思う筈でしょう?」
そうだ。
『勉強を誰に教わった?』、なんて質問を人にすることは別に悪い事でもなんでもない。
いたって普通の、日常的にごく有り触れた質問の筈。
「『何が悪いことなんだ?』って返すのが正解だった。でも貴女はうっかりそう答えてしまった」
フェリシアが歯をギリリと喰いしばった。
まんまと口車に乗せられた。乗っていた大船が転覆して水底に叩き落とされた気分だ。
屈辱と不快の余り後頭部が異様にムズムズした。
「お陰様で私は答えに辿り着けた」
フェリシアにとって、『勉強を教えた人物』の名をやちよに教えることは、"悪い事"だった。
「……つまり、その人物こそ、貴女の雇い主。貴女をうちに送り込んだ、全ての元凶」
刹那――フェリシアはとうとう掻痒感に堪えきれず、ズリズリと床で後頭部を擦り付けた。
瞬間、やちよの瞳がギラリと瞬く。
「それよ」
突きつけるような言葉に、フェリシアは思わずギョッと目を剥いた!
「貴女、感情が乱されると、頭の後ろを掻く癖があるわね?」
「バカな」
やちよが自分に対してそうであったように、自分もやちよを一番警戒していたのだ。
この癖を見られた事は一度も無かった筈……
「私に代わって、その癖を二度見た子がいる。……さて、誰でしょう?」
「!……ニンニク女か」
一度目は、みかづき荘の外。神浜総合病院で、自分が少年から「にーちゃん」と呼ばれた時。
そして、二度目は――――
「貴女が“毒”を盛る時」
淡々と告げるやちよの指には、フェリシアが先程やちよのコーヒーに入れようと
――――『誰も見てないからって、毒は入れんなよ』
「チッ!」
ヤツも、あの言葉も、仕組まれた罠だったというのか!
迂闊だった。みかづき荘とは関係無かったから油断していた!
心底いまいましく飛ばした舌打ちがやちよの推理を、正解と認めていた。
「以上で、チェックメイト、と私は言ったのよ」
「…………」
最早、反論の余地は無い。
フェリシアは口をムッと結び、黙りこくった。
しかし、屈辱と腹立たしさで形相は今にも憤激しそうな程真っ赤に染まっていた。
「大人しくしてくれれば、手荒な真似はしない」
「…………くっ!」
フェリシアは、一度苦虫を噛み潰すように歯を喰いしばると――――
「…………分かったよ」
踏みつける手首から力が抜けた。同時に表情も緩み、諦めたような声色でポツリと呟いた。
「オレの負けだ」
「…………」
紛れも無い本心だろう――――
そう受け取ったやちよだが、手首は踏みつけたまま。しかし、力を抜いた。
「よし、第二ラウンド」
刹那、フェリシアの口元がニタリと歪んだ。
「っ!!」
やちよが油断を悟った時にはもう遅かった!
フェリシアは手首を翻し、床を押した反発力と背筋力で、真上に滑り込んだ。
「ハァッ!!」
「っ」
瞬間、やちよの両膝裏に鈍痛が響く。
フェリシアが両足を大きく開いて蹴り上げてきた! その威力にバランスを失い、膝がガクリと折れる。
「死ね」
冷徹な一言。ヒュンと風切り音が鳴るのと同時に目前に迫っていたのは――――包丁だ!
「!」
ガキィンッ、と金属同士の衝突音がキッチンに木霊する。
やちよの右手には果物ナイフが握られていた。姿勢が落ちた一瞬の内に、引き出しを開けて取り出した。
弾かれたフェリシアの右腕が背中まで回る。だが、フェリシアはそれを利用して腰を旋回。
より勢いを付けてナイフを振り抜く。狙いは――――
(右足!)
「っ!?」
瞬間、フェリシアは瞠目。やちよが視界から消え――――いや、飛んでいた。
狙いを既に読んでいたやちよは、ジャンプで回避すると同時に蹴りを繰り出した。槍の刃先の如く鋭い爪先が、フェリシアの眉間を強打する!
「げぇっ!!」
脳が揺さぶれるような衝撃と同時にフェリシアの体は壁際まで勢いよく転がった。
絶好のチャンスだが、あえて追撃せずに、様子を見守るやちよ。
ここまで用意周到に事を運んできたヤツだ。恐らく、自分にバレて、追い詰められた可能性も計算に入れている筈。
「……クッ」
床に這いつくばった状態で、フェリシアが呻く。
しかし――――
「クッ……クックック……クククククククク……!!」
口の端を大きく吊り上げて、低い笑い声を響かせる。
何がそんなに面白いのか、やちよには分からない。理解の外過ぎて、不気味だった。
直後――――
ぐきりっ
ごりごりっ
ばきっ
「!?」
骨が折れる様な不快な音がけたたましく響き、やちよは瞠目。
めきめきっ
ごきんっ
音の発信源は――――なんと、立ち上がろうとしてるフェリシアからだった。
思わず、一歩退き、様子を眺めていると――驚愕した。
いろはよりも細っこかった四肢は、筋肉が大きく盛り上がり太くなっていた。更にばきばきと全身の骨と関節を鳴らしながら、ゆっくりとフェリシアは立ち上がる。
(肉体が変化……いえ、
フェリシアの身長は自分より頭一つは低かった筈だ。
しかし、直立した今のフェリシアの顔は自分の視線の先にあった。
「さすがは、神浜の英雄。あの結城安里を滅茶苦茶にしただけの実力はある……。なら、こっちも」
“第二形態”だ―――
キンキンに甲高かった声は、一瞬で獰猛さを存分に孕んだ低い色に変わっていた。
「貴女は、一体?」
まさに別人。
やちよもその豹変ぶりには唖然とするしかない。
「驚いたか。固有魔法の応用さ。テメーらに取り入る為に……」
フェリシアは先ほどやちよに蹴られた眉間を指でチョンチョンと突いた。
「二年間の記憶を消した。で、誕生したのが、クソガキのオレってワケだ」
記憶操作系か――――滅多に使い手はいないが、その分、強力だ。しかし……
「完全にはいかなかったようね」
「まーなー。ちょくちょく本来のオレに戻してやらねーと、あのままになっちまうからよー。骨が折れんだわ、アレ」
本当のオレは花も恥じらうフィフティーンよ、と軽口を叩くフェリシア。
追い詰められてる状況なのは依然と変わらない筈だが、余裕綽々そのものな態度を見る当たり、他にも何か仕掛けているのは明白だ。
「狙いは、私ね」
ニッとフェリシアは嗤う。
「おうよ。テメーを
「……随分高く買われたものね」
「日本一有名な魔法少女だ。自覚が無いとは言わせねえ」
カッと見開かれたフェリシアの瞳には澱んだ狂気が灯火のように揺らいでいた。
やちよもグッと睨み返す。
「私と直接対決で勝てるとでも?」
「冗談だろ? 傭兵はギャンブラーとは違う。確実に勝てる戦しかしないんだ」
「なに……?」
「残念だが、テメーを殺すのは失敗だ。だから、プランをBに移行する」
その言葉に、やちよの瞳が研ぎ澄まされた刃の様に瞬いた。
「何をするつもり?」
くくく、と嘲笑うように低い声を響かせるフェリシア。
「ニトログリセリンを知ってるか?」
その単語を聞いた時――――肝が冷えた気がした。
「そいつを大量に積んだドローンをこっちに向かわせてる。数は25機。テメーを殺れねえなら、ここをブッ潰すまでだ」
やちよの表情は変わらない。絶対零度の瞳でフェリシアを見下ろしたまま。
しかし、額に一筋の汗が流れる。
「それで……貴女の欲しいものは手に入るのかしら」
「半額は出るさ」
「貴女も無事じゃ済まない」
「脱出ルートをオレが確保していないとでも?」
「…………」
やちよは下唇を噛んだ。その仕草を見たフェリシアの表情は実に愉快そう。
だが――――
「貴女は今、ミスを犯している」
「なに?」
フェリシアはやちよの顔を凝視した。ウソやハッタリを言ってる表情ではない。
その瞳は、相変わらず自分を強く見据えていて、確かな自信に満ちている。
「貴女にとっての脅威は、私一人じゃないわ」
――――ピーターさん、いろはを頼んだわよ。
まず、はじめに。
オーバードライブ先生。この度は、警察の設定について、細かなアドバイスを下さり、ありがとうございました。
鐘餅先生。この度は、貴殿に設定を推して頂けた事で、執筆に自信が持てました。本当にありがとうございました。
この場を借りて、感謝申し上げます。
さて、今回のゲストキャラは、
『僕のヒーローアカデミア』の『塚内直正』警部でした。
まさかのフェリシア原作より年齢2歳上げ。
これはいろはの対比役を演じて貰う都合上でして、はい……すみません……
本当はもっと書きたかったけど、文章量長くなり過ぎたから、ここらで切ったお……。
最近執筆速度が低下しすぎてつらいお……
なお、「おれは こきつね」の意味をやちよさんが理解した理由は、次回で。