人間のペットやってます 作:きゅーけつぎいいい!
──ジャラジャラ、ジャラジャラ、と。
歩く度に足首にはめられた枷が擦れて音を鳴らす。鉄球付きの枷が凄く邪魔。まるで囚人になったみたいだ。まあ、俺の現状的に強ち間違いでもないのかもしれない。
だけど装いは地下にいた時よりは、まだマシになったかと思う。何せ俺は家畜からペットまで昇格したのだから。
胴体を保護するのはいつものボロ雑巾みたいな服じゃなくて、黒い服だし。
・・・黒い服、というか黒い拘束着だけど。
抜かりなくこの服にも枷にも呪術が練り込まれて、俺の力をズルズルと引き抜いていってる感じがした。そもそも拘束着の時点で身動きが取りずらい。
こんなに頑丈に拘束するくらい信用出来ないなら、地下から出さなければいいのに。
他人事のように思いながら、久しぶりにお天道様の下を歩いた。まあこれでも俺も吸血鬼の端くれだから、日に当たると死ぬんだけど。
「そういえば、俺が使ってた紫外線除去装置ってまだ壊れてなかったんだ」
「いや。お前のはもう古くなってて使えそうになかったから、それは新しく作り直したやつだ」
何気なしに首に付けられた輪に触れて、前を歩く黒髪くんに声をかけた。人間の軍の中佐ってことは知っているけれど、実は彼の名前は知らないのだ。俺も名乗っていないからお相子だね。
それにしても人間が作ったという割に、この装置はかなり本格的というか・・・昔俺が付けていた紫外線除去装置をバラして仕組みを見たのだろうけど、毎度人間の技術力には驚かされる。
わざわざ俺のために作ってくれたのだから、もう親切なのかそうじゃないのかわからないなぁ、と考えていると不意に黒髪くんが「ちなみに、」と人差し指を立てた。
「その装置は色々細工されてるから。お前が変な気を起こして、これから会うガキ共に手ぇ出そうとしたらそれが弾け飛んで壊れるぞ。そのままお前は日光で丸焼きコースってわけだ」
「うわー・・・抜かりないなぁ、ほんとに」
立てた人差し指を左右に振って説明する黒髪くんの後ろで、苦笑しつつそうこぼした。前言撤回、全然親切ではなかった。
もっとも、先日あの女の子に言ったように俺から人間に危害を加える気はない。そもそも武装もしてない上にこんなにしっかり拘束されて、挙句血も足りていない最悪のコンディションの俺に何が出来るというのだろう。正直、日本帝鬼軍に力を貸せなんて言われても、その力が俺には殆ど残っていないのだ。
人間はごく稀に吸血鬼の力を巨大視しすぎる癖があると思う。警戒のしすぎも考えものだ。
「ほんとに盾代わりくらいにしかなれなそうだなぁ」
「後は囮だな。お前のその無駄に派手な容姿は目立っていいぞ」
「・・・そりゃあ、こんなゴテゴテの拘束服着てたら目立つだろうに」
「服じゃなくてお前の顔の話だよ馬鹿」
顔が派手とはどういうことだろう。褒められているのかそうじゃないのか。
何にせよ俺の役目は盾と囮で確定らしい。人使い・・・というか、吸血鬼使いが荒いことだ。とはいえ、それだけで外に出られるのなら安いものかもしれない。あの地下が嫌いだったわけでもないけれど、俺だってジメジメした場所は好きじゃない。吸血鬼だって青い空も白い雲も好きなのだ。
久しぶりに街へ出られるのだから、心躍るのも仕方の無いことだと思う。
「でも聞いていた話と違うなぁ。人通りは少ないけど平和そのものじゃないか。ヨハネのなんちゃらさんはどこにいるんだい?」
「ここは結界がはられてるから、ヨハネの四騎士はいねえよ。いたとしても弱体化してるから秒殺だ。お前ら吸血鬼もこっちには攻めてこないからな、まだ」
黒髪くんは、やけに『まだ』を強調して言った。近いうちに戦争の予定でもあるのだろうか。
俺が引き篭もっている間に少しでも吸血鬼と人間が仲良くなれていたら、と思っていたけれどどうやらそれは難しかったらしい。吸血鬼も人間も突き詰めていけばクソするかしないかの違いだと思うのだが。
まあ俺もそう割り切って考えるのに随分時間がかかったから、それを人間に強要するのは少々酷かもしれない。
「くだらない話は終いだ。見えてきただろ?・・・いやお前の視力ならもっと前から見えてたのか・・・、とにかくあれがお前の仲間になるガキ共だ」
「おおー、随分若いね」
あんな幼い子達まで戦場に出してしまう人間に何も思わないわけではないけど・・・、その原因は俺たち吸血鬼にあるのだから口を出すべきではないだろう。新人さんたちの部隊らしいし、変なことを言って困らせてしまうのも悪い。
戦場では一瞬の迷いが死を招くみたいなこと言うからね。せっかくの外出が血なまぐさいものになるのは、俺としても望むところではない。
「──ところで、君」
「ん?」
「この場合俺はどうすればいいのかな」
禍々しい日本刀を握りしめた少年が、俺に斬りかかろうとしているのだけど。
大人しく串刺しになるべきだろうか。
*
家族を、殺された。たくさん、みんな、殺されたんだ。
目を閉じるだけで浮かんでくる血塗られた記憶。今よりずっと幼くて、ずっとずっと愚かだったあの時。
百夜優一郎は全てを失った。吸血鬼と、他でもない己の未熟さによって。
空っぽになった心を埋め尽くすのは、ただただ吸血鬼への憎悪。あれから十数年間、それだけを胸に生きてきたのだ。家族の敵討ち。そして今も尚吸血鬼の元で家畜として苦しむ人間を救うために。
その為に力をつけ、吸血鬼を呪い殺す武器を手に入れて、今日ようやく吸血鬼を駆除しに行けるのだ。吸血鬼殲滅部隊『月鬼ノ組』として──、
「───おーい、優くん?」
「・・・・・・あ、」
横で心配そうに眉を下げる少年──早乙女与一にとんとん、と肩をたたかれて優一郎はハッとした。薄ぼんやりとしていた意識が戻ってきて、思わず優一郎は周囲を見渡した。即席の仲間たちが訝しげに自分を見つめている。よほど長い間ぼうっとしていたらしい。
なんだかバツが悪くなって視線を逸らせば、「フン」と鼻で笑う声がする。明らかに悪意が含まれた笑い方だ。
横目でチラと見ると、二つにくくられた金髪を揺らして優一郎を睨む少女が冷たく言い放った。
「戦場に出る前からそれでは、先が思いやられるな」
「・・・お前、なんでさっきからそんな突っかかってくんだよ・・・つかお前誰だよ」
「名前を聞く時は自分から名乗ったらどうだ?一般常識も身につけていないのか?」
バチバチと吸血鬼の前に二人で殺し合うのではないか、そんなふうに思ってしまうくらい険悪な雰囲気に、「まーまーまー」とシノアが割って入る。シノアはへらりと薄っぺらく笑って、
「優さん、こちらの可愛い女の子は三宮三葉。みっちゃんって呼んであげて下さいね」
「呼ばんでいいっ!」
「はいはいうるさいうるさーい。で、単細胞が服着て歩いているようなこの人は百夜優一郎です。はい握手ー!」
手を叩いてヘラヘラ笑うシノアに二人揃って「するか!」と返して同時に顔を背ける。子供っぽいやり取りに与一が苦笑し、目つきが鋭い短髪の少年──君月士方は呆れたようにため息をついた。
「おい、中佐が来たぞ」
壁にもたれていた君月が顎をしゃくって遠くを指した。
一斉に皆が視線を向けた先には、君月の言うように日本帝鬼軍の中佐である一瀬グレンがいる。
「・・・アレ、なんだ・・・?」
しかし、問題はそれじゃなかった。
グレンの数歩後ろを歩く、拘束着の人間。目深に被ったフードでその表情は伺えないが、それが不気味さに拍車をかけていた。ベルトでギチギチに絞められた手足に、中でも一際目を引くのはその足枷。鉄球付きのそれは歩くことさえままならなくさせるだろうに、奴はこともなさげにグレンについてきている。
そもそも奴は人間か?
「みっ、皆さん違うんです。彼は、」
困惑する四人に説明しようと珍しくシノアが慌てて、前に出る。確かに、奴は人間じゃない。
シノアは冷や汗をかきながらさりげなく優一郎の視線を遮るように、立った。きっと一番取り乱すのは優一郎だろうから、せめてグレンがここに来るまでは知るべきじゃない、と。
───しかし、遅い。
誰よりも注意深く奴を見ていた優一郎は気づいてしまった。フードの隙間から見えた奴の
「ちょっ、優さん!待ってください!」
瞬間、優一郎はシノアの制止も聞かずに走り出していた。
「───吸血鬼は、皆殺しだ・・・・・・!!」
そう吐き捨てて、優一郎は地を這うように駆けた。鬼呪によって限界まで加速された優一郎が奴に斬り掛かるまでほんの一瞬の出来事だった。
柄が軋みそうなくらい強く握られた刀に吸血鬼への殺意が滲んでいる。キラリと陽の光を反射して光る刀を切り上げるようにしてすばやく振った。確実に奴の命を刈り取るはずだったそれは、直前で奴と優一郎の間に躍り出たグレンの刀によって止められてしまう。
「どーどー落ち着けバカ優」
「なんで止めんだよグレン!コイツ吸血鬼だろ!?」
受け止めた優一郎の刀をそのままはじき返したグレンはさも面倒そうに「あーシノアのやつ説明しとかなかったのかぁ」と後頭部をガシガシかいた。
その手をプラプラと振って優一郎の首根っこを動けないよう雑に掴む。
「なんだ、その敵ではないから安心しろ」
「はあっ!?意味わかんねーよ!」
怒りのままキッ、と一部始終をぼんやりと眺めていた吸血鬼を睨みつける。
「──、」
そして思わずその中性的な美貌に目を奪われた。
さらりと揺れる白金色の髪が、透けるような白い肌が、長いまつげに縁取られた真紅の瞳が。その全てが優一郎の時間を握りしめるように奪い去っていく。
シノアも三つ葉も、他にも今まで出会ってきた中で端正な容姿の者は腐るほどいた。しかし、彼らとこの吸血鬼は決定的に何かが違う気がする。
幼少期を吸血鬼の都市で暮らしていたから、奴らの美しさには慣れていたつもりでいたけれど、目の前の化け物は他の吸血鬼とは段違いで、ともすれば神秘的な美貌ですらあった。
半ば意地で目を逸らさない優一郎に吸血鬼は形の良い口元で緩く弧を描いて、幼子を見るように穏やかに笑ってみせた。近づくことすら躊躇うような天使のごとき美貌が、その瞬間親しみやすい青年に変わる。
何を言うかと身構える優一郎に、にっこりとより一層笑みを深めて、
「やあ、こんにちは。今日は天気がいいね」
「死ね吸血鬼!!」
とりあえず、第一印象が最悪だったことは間違いない。