アリス イン ワンピースランド   作:N-SUGAR

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二話目にして原因判明!(まあ、一部の人はみんな知ってた)


第二話 宵闇と英雄と、そしてただの子供と

「う、うーーん…?」

 

家の中に運び込み、ベッドに寝かせた宵闇の妖怪が目を覚ましたのは、最初に見つけてからたっぷり四時間は経ったあとのことだった。

 

「いいにおいがするのかー?」

 

しかもこの妖怪は、その時私が作っていた昼食のナポリタンの匂いに釣られて起きたらしい。なんとも妖怪らしく欲望に忠実な奴である。

 

「はいはい。食べさせてあげるから、さっさと起きちゃいなさい」

 

「おー?」

 

まだ寝ぼけているらしいルーミアは、ごしごしと目を擦り目をぱちくりとさせた。

 

改めて確認しよう。今ベッドから起き上がり、私が皿に盛り付けたナポリタンの山を見て目を輝かせているこの少女の名前はルーミア。幻想郷に住む、闇を操る程度の能力を持つ野良の小妖怪である。一応は人間を食べるタイプの妖怪だが、やりようによっては一般人でも撃退出来る程度の雑魚妖怪だ。

 

そんな、本来なら私と大して関わりもないはずの小妖怪がどうして異世界に吹っ飛ばされた私の家に転がり込んで来たのかと言えば、

 

「ねえ、ルーミア。食べながらでいいから確認させてほしいのだけど」

 

「んぐんぐ…。んー?なんだー?」

 

意外にも野良妖怪にしては珍しく、ちゃんといただきますと挨拶してからフォークとスプーンを持ってナポリタンを食べ始めたルーミアを横目に見つつ、私も自分の皿を取り分けながら訊いた。

 

「昨日の夜、あなた私の家の屋根の上にいたわよね?」

 

「そーさなー」

 

やはりそうか。ルーミアは昨夜、何らかの理由で私の家の屋根の上にいて、そのまま異世界転移に巻き込まれた。この推測で大勢は間違ってはいなかったということだろう。

 

私は更に確認を進める。

 

「その時、何かおかしなものを見たりしなかった?」

 

「魔法の森は日常的におかしなものだらけだぞー?」

 

「いや、確かにそうなんだけどね?そうなんだけどそうじゃなくてね?ちょっと外を見てほしいんだけど」

 

んー?と、若干面倒臭そうな顔をしながら窓の方に目を向けたルーミアは、次の瞬間には目を大きく見開きポカンとした表情を浮かべていた。非常に表情豊かな妖怪である。

 

「ここ、どこだー?」

 

「そう。そこが問題なのよ」

 

私はルーミアに、私が今まで体験したことを語って聞かせた。特にここが異世界であり、私達がどうやら幻想郷からここまで家ごと飛ばされて来たらしいことは頭の弱い小妖怪でも判るように重点的によく噛み砕いて聞かせる。

 

「あと、くれぐれもあなたは、この村の人間に危害を加えたりしないように」

 

「ここの人間は食べたらいけない人間なのかー?」

 

「少なくともこの村に住む人間は食べちゃダメよ。私達はしばらくの間否が応でもここに住まなくちゃいけないんだから」

 

厳密にはこの小妖怪がどこをほっつき歩いて何をしようと私の知ったことではないのだが、ここは同郷のよしみとして一蓮托生に付き合わせることにしよう。一人より二人。三人集まれば文殊の知恵だったのだが、まあ贅沢は言うまい。

 

最低限注意すべきことを告げた私は、改めてルーミアに訊く。

 

「それで、以上の点を踏まえてみて、この状況に至るようなおかしなことが昨夜無かったか思い出してみて」

 

「あー。そっかー。あれはそーいうことだったのかー」

 

「何か心当たりが?」

 

「うん。あるぞー」

 

「!本当!?」

 

私は思わず身を乗り出す。本当にここ数時間の間はらしくないことばかりしてしまって参ってしまう。

 

まあ、本性が露呈していると言われてしまえばその通りなんだけど…。

 

「うん。昨日のことなんだけどなー。夜になってあちこち飛び回って、少し疲れたからアリスの家の上で休んでたんだけどなー?その時、下からいきなり何かに吸い込まれたのだー」

 

「下から?」

 

「そうなのだー」

 

で、その後のことはもう何も覚えてないのかー。と語るルーミアの言葉を参考に私は考える。屋根の上にいたルーミアが下から吸い込まれたというのなら、やはり原因はこの家の中にあるとみていい。しかも吸い込まれたということは、空間転移の起点は空間そのものの移動と言うような形よりも、思ったよりも小さい穴のような形状をしていると推測できる。ブラックホールと言う単語が示す通り、実際にそれが穴であるかどうかなど関係なく、ホールには落ちる、吸い込むという概念が付与されるからだ。家の全てが落ちたとするのなら、原因となる起点は家の中心部に位置しているはずで―――。

 

「あった。………これだ」

 

昼食を食べ終わり、原因となるものを探していた私はそう言って、床に転がっていた数本の裁縫針を拾い上げた。

 

「んー?なんなのだー?それは」

 

そこに、同じくとっくに作ったナポリタンの大半を胃袋に納めていたルーミアが覗き込んでくる。

 

「これは、昨日山に住む河童が置いていった新しい裁縫針よ」

 

私が拾ったもの。それは、異世界転移さえしなければ今日試しに使ってみようと思っていた新しい裁縫針だった。キャッチコピーは確か、何にでも突き刺せる針…。だったかしら、ね。あの河童が針をピンクッションではなく空中に刺した時は結構驚いたものだったけど…。

 

なるほどなるほどそういうこと。何にでも突き刺せるこの針は、空間にも同様に穴を開けられるって訳ね。

 

「あの河童。…今度会ったら確実にぶっ飛ばす…」

 

「原因は解ったのかー?」

 

「ええ。知りたい?」

 

「全然?問題は帰れるのかどうかなのかー」

 

「全くその通りね。結論から言えば、これだけでは全然帰れないわね」

 

「じゃあ、どうでもいいのかー」

 

この少女は案外抜けているようで核心を突くわね。なんだか幼い霊夢を見てる気分になる。まあ、見た目は全然似てないんだけど。

 

「そうね。でもまあ、こんなんでも私が帰還のための魔法を作る足掛かりくらいにはなるわ。まだまだ集めるべき情報は山のようにありそうだけど…」

 

空間に穴を開けて異世界間を移動する。言うは易し行うは難しの代表例みたいな行為だ。そもそも移動しようと言うからには、移動先の座標を明確に定めなければいけない。しかし私達には、幻想郷のある世界の座標を知ることができる術は今のところ持ちあわせがない。しかもその上異世界間の航行方法も私にはさっぱりだ。空間に穴を開けるだけじゃ足りないものが多すぎる。

 

というか、たったそれだけで異世界に行けるのならば、とっくに他の賢者達が異世界航行技術を確立しているはずだろう。

 

まだ何か、足りないピースが何処かにある?

 

「―――――アリス。…アリス!」

 

「え?ごめん。聞いてなかったわ。何かしら?」

 

「もう!アリスは一々考えすぎなのだ。今のままじゃ結論は出ないんでしょ?今考えたって何にもならないことを今考えたって仕方がないのだ」

 

「え、…ええ。そうね」

 

あれ?今私、諭された?

 

「今はまだ帰ることができない。それに私もアリスもまだこの世界のことを全然知らないじゃないのかー。慌てるのはまだ早いぞー」

 

あれ!?今私、諭されてる!

 

「そ、そうね。確かに少し慌て過ぎたかも知れないわ。別に時間制限が有るというわけでもないし、気長に取り組んでいけばいいわよね」

 

「そういうことなのだ。とりあえずはアリス」

 

「な、なんでしょうか」

 

おっと、思わず敬語になってしまった。妖怪の年齢は見た目に左右されない。勿論魔法使いとなった私にもそれは同じことが言えるわけだが、私はまだ魔法使いになってから日が浅い。そう考えてみると、案外妖怪人生の経験値で言えば私なんかよりも彼女の方が一日の長があるのかもしれない。

 

次はどんな深い言葉が出るのだろうかと、若干ドキドキしながら続きを待つと、彼女はドアの方を指差し一言だけ言った。

 

「お客さん」

 

へ?お客さん?…いやでもだって、ノックの音なんてしてないし。人影だって…

 

ドッカーーーーーーーーーーーーン!

 

音をたてながら、家のドアが盛大に吹っ飛んだ。

 

「ちょっ!?」

 

「おっと、ノックをするだけのつもりが勢い余ってしまったわい!」

 

ぶわっはっは!と、これまた盛大に爆笑しながら、矍鑠と言うにはあまりに元気すぎるお爺さんが開きっぱなしになった玄関口から入ってきた。

 

「コラッ!ガープ!お主いきなり何をやっておるんじゃっ!」

 

そしてその後ろからは、大柄なお爺さんの影に隠れるように小柄なお爺さん。スラップ村長が続く。

 

「いや、本当にすまん!久しぶりに来てみたらスラップの奴が新住民がやって来たと言いおっての。見てみればこれまた奇妙な気配の二人組だったもんで気になったあまりついでに勢いも余り過ぎたんじゃ!」

 

何?一体今何が起こっているのかしら?この爺さんは、もしかして今私達に対して言い訳をしているつもりなのか?だとしたら全然だぞ?言い訳の仕方をもう一度寺子屋で習い直して来た方がいいんじゃないの?

 

混乱の余り割とどうでもいいことに思考が割かれたけれど、しかしよく見て考えるまでもなく目の前のお爺さんが只者ではないことはひしひしと伝わってきた。一目見ただけでこの人は強いと断言できるような、幻想郷にはあまりいないタイプの直接的な強さを体現しているようなお爺さんである。あえて上げるなら、伊吹萃香や星熊勇儀のような鬼などがそのタイプに当たるのかもしれないが、こちらの方が筋肉質でより直接的だ。はっきり言ってもし戦闘になったとしても、私にはこのお爺さんに勝てるイメージが全くと言っていいほど浮かんでこない。

 

「ちょっとお爺さん?あなたが誰だか知らないけれど、人の家のドアを吹っ飛ばしておいてそれはないんじゃないの?」

 

だからと言って、そこで文句を引っ込めるようならそれはもう私ではない。たとえ勝ち目の浮かばないような相手であろうとも、私は言うべきことは言うし、やるべきことはやる。魔法使いとは虚勢の生き物だ。意志力無くして、魔法の完成などあり得ない。

 

「ぶわっはっは!威勢の良い嬢ちゃんじゃな!気に入った!何、そう怒らんでもドアはすぐに直させる」

 

「直させる?」

 

「おう。事故で壊してしまったわけじゃからな。このまま放っておくなんてことするわけないじゃろ」

 

おい!お前ら!と、お爺さんが後ろに向かって怒鳴ると、なにやら白を基調とした海兵服を着た人たちがぞろぞろとやって来た。

 

「ちょっとガープさん。またですか?いい加減にしてくださいよ」

 

「おれらも直しますけど、中将にも手伝ってもらいますからね!」

 

「えーーー!いいよ」

 

ぐちぐちと文句を言う恐らく部下であろう人達に言いくるめられて、お爺さんは吹っ飛ばしたドアを拾って部下の人達と修復作業を開始する。

 

「…と言うか、今、中将って聞こえたんだけど」

 

「ああ、ガープの奴はあれでも、海軍本部の中将なんじゃよ」

 

一瞬聞き間違えか何かかと思って確認すると、スラップ村長があまり認めたくなかった真実を暴露した。

 

海軍中将?中将って言ったら軍部のお偉いさんの階級のはずよね?それもかなりトップの方の。中将っていうのはそういう階級だったはずだ。

 

その軍のトップの方が、え?この人?この見るからに適当そうな人が中将様なの?

 

大丈夫なのか?その軍隊。

 

「おいおいスラップ。勝手にワシを紹介してくれるな。自分の自己紹介くらい自分でするわ」

 

「なんじゃ。存在そのものが自己紹介みたいな奴が今更何を言う」

 

スラップ村長も中々上手いことを言う。確かに、この人はそこにいるだけでその存在が否が応でも周囲に伝わることだろう。

 

「だったら自己紹介してほしいのだー。ガープは一体誰なのだー?」

 

「いやいや、もうガープさんって分かってるじゃないの」

 

ルーミアがまたおかしなことを言い出した。つくづくアホなのか賢いのか分からない子である。

 

「ぶわっはっは!そっちもそっちで面白い嬢ちゃんじゃな!よし!改めて自己紹介しよう!ワシは偉大なる航路(グランドライン)に本部を構える海軍で本部中将をしておるモンキー・D・ガープというもんじゃ!この村にはよく巡回に来るのでこれから何度か会うことになるじゃろう。宜しく頼む!」

 

「これはこれはご丁寧に。…私はこの度この村に引っ越してきたアリス・マーガトロイド。人形遣いよ。…そう言えばスラップさんにもまだ自己紹介してなかったわね。よろしくお願いするわ」

 

自己紹介をされたら返すのは大人として当然の礼儀であるが、ついスラップ村長の時は異世界転移に巻き込まれた動揺からそれを忘れてしまっていた。私の精神面での弱さが露呈したとも言える事例である。要改善だ。

 

さて、それはともかくここからが問題だ。来客が急すぎて相談するタイミングを逸してしまったが、これからのことを考えるとこれだけは確実にやっておかなければならない。果たしてルーミアは私のアドリブについてきてくれるだろうか…。

 

「…そして、こっちは()()()の―――」

 

私はそう言いながら、ルーミアに目線を向ける。全力で話を合わせろという副音声を、その瞳に滲ませながら。

 

私とルーミアは非常に偶然なことに、割と容姿が良く似ている。外国人の目から見ればほとんど一緒に見えるはずである。姉妹だと偽っても少なくともこの豪快かつ大雑把そうなお爺さん相手ならそうそうバレないはずだ。これから一緒にこの世界で生活を送ると言うのなら、お互いが血の繋がった身内であるということにしておいた方がなにかと話が早い。

 

そういう目線を送っていたのが功を奏したのか、どうやらルーミアも私の意図を判ってくれたようでニコニコとさも面白そうな顔をしながら

 

「ルーミアなのかー。アリスお姉ちゃん共々宜しくお願いしますなのかー」

 

と、話を合わせてくれた。

 

ナイス!と、内心でガッツポーズを決めていると、ガープさんはぶわっはっは!とまたもや豪快な笑顔を浮かべてごしごしとルーミアの頭を撫でる。ルーミアの頭が潰れるんじゃないかと私が若干心配していると、

 

「そうかそうか!二人は義理の姉妹じゃったか!」

 

などと、そもそもの前提を覆すようなことをガープさんが言い放った。

 

「おー。ガープ。私とアリスの血が繋がってないってよく分かったなー」

 

私が予想外の出来事に軽く絶句している間に、ルーミアはやはり楽しそうにガープさんに撫でられながら、ケラケラ笑ってガープさんに話しかける。ガープさんはさも自慢をするように言う。

 

「まあな!これでも世界の海を廻って色んな奴らに会ってきた身じゃ。それくらいはなんとなくの勘で分かるわい!」

 

勘かよ!世界の海を廻ってきた経験とか年季とかじゃないのかよ!

 

いくらなんでもそんな霊夢みたいなことを言いながら私の苦労を台無しにしないでほしかった。脱力感と疲労感がマッハで私の気力を奪ってくる。

 

「…たとえ血が繋がっていようがいなかろうが、私とルーミアは姉妹なの。そこだけは、分かっておいて欲しいわね」

 

それでもなんとか譲れない一線くらいは守っておこうと、私は最後の気力を振り絞ってそこだけは念押しした。ここで私とルーミアが引き離されでもされたらたまったものじゃない。一度面倒を見ると決めたものを中途で手放すなんて、それこそ私の沽券に関わる。

 

「おー。そうだぞー。私のお姉ちゃんは今のところアリスだけなのかー」

 

ルーミアの奴は確実に状況を面白がっている。まあ、そうしておいてくれた方が話が進みやすいからいいのだけどね。それに少し羨ましくもある。状況を面白がっているというのは、余裕がある証拠だ。私も出来ることなら斯くありたいものである。

 

状況を面白がる…か。

 

うん。それくらい吹っ切れた方が、この世界で過ごすのにむしろ支障がないかもしれないわね。

 

私の胸に微かな炎が宿ったような気がした。

 

「こう言ってはなんだけど、ルーミアが一緒にこっちに来てくれて助かったわ」

 

「んー?どうしたのだー?アリス」

 

「ううん。なんでもない」

 

私はガープさんの側に立っていたルーミアをこちらに引き寄せ、後ろからその小さな両肩に手を添えた。

 

私は真剣に、されど不敵に笑って、この世界に宣戦布告する。

 

「とにかく、私達はちょっとした事故でここに一軒家を移してしまいましたが、それでもスラップさんの許可は取りましたし、疚しいことなど何一つした覚えも無いわ。海軍本部中将様にも他の誰にも文句を言われる謂れはありません。もし私達姉妹に何か危害を加えるようなことがあれば、例え相手が誰であろうと、少なくとも私は全力で抵抗します」

 

そして負ける気も、さらさらありません。

 

全くこの場では必要のない宣言だ。いくら目の前のガープさんが強そうだといっても、彼は私達に対して何の敵意も抱いていない。むしろ発言内容は状況に対して甚だ不適当極まりなく、何の脈絡もない。

 

だが、それでも私はここで宣言しておきたかった。この世界に生きるために。そしてこの世界を楽しむために。胸に宿った炎が冷めないうちに。

 

私はこう見えても好戦的な性格なのだ。穏やかに暮らすのは好きだが、それでも喧嘩はいつでも買うし、決闘ならいつでも受けてたつ。

 

幻想郷でそうだったのにここではそうじゃないなんてのはおかしな話だ。それこそ、私の流儀に反する。

 

慎重に?未知の世界に気を付けながら暮らす?そんなもんくそ食らえだ。

 

私はいつだって好きなように生きる。それは今もこれからも直すつもりの無い私の性格なのだ。らしいらしいと、一々確認するようなものでも、そもそも無い。

 

それを変えてしまえば、そんな奴はもう私でもなんでもない。

 

これは、そういう宣言なのだ。

 

「おー!そうなのだー!私達は、好きなように生きるぞー!」

 

私の雰囲気に誘われたのか、ルーミアも両手を振り上げ宣言する。妖怪である彼女は、周りの人間の感情や精神の影響を受けやすい。故に私達二人は今、それこそ本物の姉妹に負けないくらいに心をひとつにしているに違いなかった。

 

さて、そんな私達の好き勝手な宣言を受けた相手側の反応はと言うと。

 

まず、スラップ村長は、特に思うこともないのか、ただいつも通りの訝しげな顔で片眉を上げるだけだった。

 

玄関を修理していた海兵の皆さんは空気を読んで黙々と作業を続けている。

 

そして問題のガープさんはと言えば、―――腹を抱えて呵呵大笑していた。おい、そこ。笑うな。

 

「本っ―――――当に面白いなあ!お主達は!ワシに対してここまで堂々とした宣言をする奴など片手で数えるくらいしか見たことないわい!」

 

その肝っ玉、部下に見習わせたいくらいじゃ。と、ガープさんはご機嫌に語る。

 

「なあに。心配せんでもワシはお主達に危害を加えるようなことはせんよ。ここに来たのも、ただの挨拶じゃ」

 

ただし、お主達が海賊にでもなれば話は別じゃがな。その時はワシはお主達の敵になるわけじゃから、せいぜい全力で抵抗せい。と、そう言ってガープさんは、私とルーミアの頭をぽんぽんと叩いた。その手つきは私が初めに思ったよりもずっと優しいものだった。それが私には、自分がまだまだ子供であると思い知らされたように感じて、少しむず痒い気持ちになった。

 

「ふむ、ここまで面白いと、ただ放っておくのも惜しい気がしてくるのお」

 

…何このお爺さん。いきなり何か嫌な予感のすることを呟いてるんですけど。

 

「あの、まだ何か?」

 

「おう。ちょっと聞いてくれるか?」

 

できれば聞きたくない。だけどガープさんは、そんなこちらの内心などお構い無しに話を続ける。

 

「実はのう。最近ワシはひょんなことから孫を預かることになったのじゃが、もうお主達も知っての通りワシは海軍将校。面倒を見てやる時間がこれっぽっちも無いのじゃ」

 

いや、このお爺さんは割かし自由にやってそうな気配がムンムンするのでこれっぽっちも時間がないと言うのは嘘な気がする。まあ、だからと言って私が親だったら、このお爺さんにはまず子供を預けやしないと思うが。

 

もしその子供が男の子とかだったら、このお爺さんは修行だとか言って孫を平気で千尋の谷に突き落としそうな気がするのだ。そんな危なっかしい人に我が子を預けるとか、ネグレクト以外の何者でも無いだろう。むしろ虐待を疑うまである。

 

一体お孫さんの親は何を考えているのだろう?

 

「そこでワシは近々この村に孫を預けようと思っておったのじゃが、預け先がまだいまいち決まっていなくての」

 

嫌な予感がやめられないとまらない。どうしよう。今のうちに断りの文句でも考えておこうか。

 

「最初は面倒見の良いマキノのところにでも頼みに行こうかと思っておったのじゃが、どうじゃ。お主達さえよければ、ワシの孫を預かってはくれんか?」

 

「いいぞー」

 

「ちょっと!?」

 

私が考えていた断りの文句を言うより先に、何故かルーミアが勝手に依頼を引き受けてしまった。

 

「ルーミア!一体どういうつもりなの!?」

 

「んー?なんだか引き受けた方が面白いことになりそうな気がしたのだー」

 

その上引き受けた理由が曖昧なことこの上ない。無責任がここに極まるといった様相である。

 

「それは、何?勘なの?」

 

「うん。勘だぞー」

 

はあ…、この子は本当になんと言うか、予想外なことが多い子ね。私は頭に手をやり、ため息を一つつく。

 

「はあ、面白いことになりそうだって言うなら、それは仕方がないわね」

 

「うん。仕方がないのだー」

 

「ぶわっはっは!!お主達ならそう言うと思っておったわい!」

 

相変わらずよく笑うお爺さんだが、しかし請求すべきものはきちんと請求させてもらう。

 

「ただし、養育費はきちんと渡して貰いますよ」

 

「む?そりゃあ、どう渡せば良いんじゃ?孫を連れてきたときに纏めて渡せば良いのか?」

 

「それだと保管が大変なので、定期的にガープさんの給料の一部をここに送ってもらうようにしてもらいましょう」

 

使えない老人が頭にクエスチョンマークを浮かべたところに、副官と思われるダンディーな将校さんが助け船を出してくれた。やはり上司が適当だと、部下がしっかり者になるものなのだろうか。

 

「うーむ…。まあ、複雑なことはようわからん。そこら辺は全部ボガードに任せるとするか」

 

あらあらおじいちゃん。今話しているのはあなたのお金のことなのよ?それを全部他人任せにするというのは、いくらなんでも財産管理が適当すぎるんじゃないかしら?

 

まあ、そんなこと言っても多分今更だろうからどうでも良いが、しかし一度決めたこととは言え、この人の孫を預かるというのは一抹の不安が残る。

 

「あの、これだけは聞いておきたいんですけど、あんまりあなたのお孫さんが問題児すぎると、流石に預かりきれないってこともあるかもしれません。あなたのお孫さんは、どんな感じのお子さんなんでしょう?」

 

「なに、安心せい。ルフィは少しやんちゃじゃが、至って普通の子供じゃわい。ゆくゆくは立派な海軍将校にするつもりじゃから、いつまでも普通でいてもらっても困るがな!」

 

絶対にそれは嘘だ。この人の孫に限って普通の子供とか絶対にあり得ない。この人レベルの自由奔放な子か、もしくはこの人に鍛え抜かれた修羅かのどちらかに一つが来るに違いない。

 

結局のところ、全てはなるようにしかならないだろうと諦めた私は、もはやなんでも来いとばかりにそのまま話に流されることとなった。特にルーミアが嬉々として話を纏めているのを見て、私は改めて年季の違いを実感した。

 

結果的にまとまった話は主に以下の通りである。

 

・ガープさんのお孫さん(ルフィ君)を私の家で預かること。

・養育費は毎月30万ベリー。

・町内会にはできるだけ参加。

・何か相談があればマキノの酒場まで。

・ガープさんの定期巡回は一年に1~2回。緊急の連絡は電伝虫(電話の代わりになる生き物らしい)で。

 

他にも細々としたことを、主にスラップ村長とボガードさんが決めて紙に書いて私に渡してくれた。その間私とガープさんはぼへっとしていたし、ルーミアは会議の雰囲気だけを楽しんでいるようで特にこれと言って意見らしい意見は出していなかった。

 

その後、夜になって私達は揃って村の新人歓迎パーティーという名の宴会に参加した。村の人達はなかなかノリの良い人達だった。あんなに宴会ばっかりするのは幻想郷以外に無いんじゃないかと思っていたが、世界とは広いものだ。まあ、異世界だけど。そう言えば、ここの海の名前も東の海(イーストブルー)と言うらしいし、お酒を呑んでいると、幻想郷と関係が全く無いとは思えなくなってきた。多分お酒のせいだ。

 

しかし、今日は本当に忙しい日だった。朝起きたら異世界に飛ばされてるは、そこにルーミアが降ってくるは、豪快なお爺ちゃんが襲来してくるは、知らないうちにそのお爺ちゃんの孫を預かることになるは、本当に散々な日だった。

 

だけど何故だろうか。

 

散々な目に合わされているはずなのに、どこかその続きを楽しみにしている私がいるのだ。妖怪は周囲の人間の感情や精神の影響を受けやすいという。

 

どうやら私も、周りの浮かれた雰囲気に毒されてきたようである。

 

 

To be continued→




本編にはさっぱり影響の無いことですが、河童が作った裁縫針について知りたい方は、「発明少女にとりちゃん」第十四作 マッチ針 をご覧ください。そこだけ読んでも全然大丈夫なようになっています。https://syosetu.org/novel/151807/15.html

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