「記憶と可能性は現実よりも遥かに恐ろしいものだ」
 by ハワード・フィリップス・ラヴクラフト

※モンハンの世界に存在するモンスターに対する人間の視点を、出来るだけラヴクラフト御大の作品っぽく書いた短編。各話の最後に参考にした話と、それが全集のどこに載っているかなどを記載します。

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 ラヴクラフト全集片手に執筆すること数時間、御大っぽい文章って難しいですね。手元に全集がある方は、この話を読んだ後その参考になった話を読んでみると、どれくらいパクリスペクトされてるのかわかりやすいかもしれません。


アマツマガツチ

 私はそれとわかるほど神経を張り詰めてこれを書いている。怪我をした左腕には包帯が巻かれ、僅かに身じろぎしただけでも痛みを感じるような有様だが、それでも書かねばならぬと判断した故だ。

 

 仕事と地位として、私はこれ以上望むべくもないほど上等なものを持っている。古龍観測所という機関から発足した部隊で、人智の及ばぬ超常の存在を調査するための集団。その名も古龍観測隊。私はその一員である。

 

 しかし、所詮はそんなもの、人の尺度によって定められた箱庭の階級に過ぎないと知ってしまった。私は神秘を追い求める者としてこの仕事を誇りに思っていたが、それさえも、目前にした()()()()()の前ではただの一息で吹き飛ぶものだと理解してしまったのだ。

 

 思い出すだけでもペンを持つ手が震える。それを抑えるために、持ち合わせの回復薬を煽る。気休めにしかならないことは私だって理解している。さながら薬物中毒者のような行為だが、かといって私が腰抜けであるだの変質者であるだのとは考えないでいただきたい。この手記を読んでもらえれば、十分にこの心情を理解してもらうには至らないにせよ、私に少しばかりの安息をもたらしてくれるこの薬を、どうあっても必要としなければならない理由を、あるいは察していただけるだろう。

 

 私が隊員として古龍観測隊の気球に乗り込んだのは、見渡す限りの紺碧が広がる晴天の日だった。時は残暑の残る秋口ほどだったか。古龍観測所の存在するドンドルマより遥か東方の地であるユクモという地方で、およそ通常では考えられない異常気象が発生したという。突然快晴だった空が曇り、何かを察したように逃げ惑うモンスターが多く現れ、次の瞬間には全てを薙ぎ払うほどの大嵐が巻き起こった、というものだ。

 

 その報告を受けた我々は、すぐにその原因の推定に乗り出した。

 

 古龍観測隊には二つの派閥がある。行動派と書斎派。元はとある二人の竜人族から端を発したものが古龍観測隊の成り立ちだというのは有名な話だが、その二人のスタンスが体系化され、後世まで受け継がれてきたものがこの二つの派閥である。

 

 行動派とは即ち、自ら気球に乗り込み情報を集める者たち。未知に発見を求める派閥だ。書斎派とはその逆で、既存の情報を解析し、そこから新たな論説を打ち立てる者たち。既知に発見を求める派閥である。互いが互いに協力し合い、行動派の持ってきた情報を書斎派が解析し、書斎派が打ち立てた論説を行動派が確かめに行くなど、その二者はスタンスこそ違えど良好な関係で結ばれている。私は行動派に属する者だった。

 

 書斎派によれば、此度の異常気象は、東方のその他に伝わる伝承と類似する部分があるという。文献によれば、過去ユクモに存在した村が大嵐によって一夜で壊滅したという記録もある。ただの偶然と呼ぶには些か規模が大きすぎる上に、普通、大嵐などというものはたった一夜にして収まるものではない。その報告は、まるで嵐そのものが移動しているかのような印象を私に抱かせるには十分だった。

 

 書斎派はこれを古龍による現象だと推測した。ユクモの地で〝天の神〟と畏れられてきた災害の化身。存在するだけで破壊と暴威を撒き散らす、天津(あまつ)より下りし禍津神(まがつかみ)。名を、アマツマガツチという。

 

 私を含む行動派の面々は、その論説の真偽を確かめる為、すぐに気球の準備を始めた。その間、書斎派はアマツマガツチの行動ルートの算出へと勤しんでいた。空は()の龍の領域である。そこを気球で通ろうというのだから、まず無計画では無謀というものだろう。

 

 故に、事前にアマツマガツチが何処を通るかということを考えた。過去、現在の全ての記録を照らし合わせ、そして未来の予測を弾き出す。書斎派の本領を遺憾無く発揮して、彼らは凡そ人智の及ばぬ災害の道筋を見つけ出すという挑戦へと乗り出した。

 

 その翌日、気球に積み込む荷物の搬入が全て終わったと同時、アマツマガツチの行動ルートの予測が届いた。ユクモ近郊の山間部を含めた巨大な地図に書き込まれた一本の線が、さながら蛇蝎のようにうねりねじれ這いずり回っていた。

 

 線の横には一定間隔で時間が書かれていた。書斎派の言によれば、それはいつアマツマガツチがそこへ到達するかの指標だという。つまり、その時間に被らないように移動すれば、我々がアマツマガツチと鉢合わせることはないということだ。

 

 その時、私は書斎派に対する敬意とともに一抹の不安を覚えていた。これは本当に正しいのか。果たしてこのまま従っていて安全なのか。不思議ではあるが、何故か私の頭にはこの思考が渦巻いていたのだ。

 

 私は十人の仲間とともに気球へと乗り込んだ。空は、いっそ悍ましいほどの紺碧で、手を伸ばせばその青を掴めてしまいそうなほど明瞭だった。

 

 空の旅路は順調に進んだ。積み込んだ食料や水にも不備はなく、ただ一点の不満といえば娯楽が少ないことのみであったが、それでも概ね憤慨するほどのことでもなかったため、誰も何か苦言を漏らすことはなかった。

 

 そして、ドンドルマを発って一週間目の夜だったか。いよいよユクモ近郊に差し掛かり、(くだん)のアマツマガツチの領域へと我々は踏み込んだ。しかし嵐が我々を襲うようなことはなく、書斎派から渡されたアマツマガツチの行動予想図と現状を照らし合わせ、それに間違いがないということを確認した。

 

 その日、私は眠りに就いた後不思議な夢を見たのを覚えている。嵐の中を傷だらけで進む私。雷鳴が空を覆う雲から漏れ出し、雨が身体に水の弾丸を打ち付ける。そして、啼くような(いなな)きが空気を揺らし、何かと思い空を仰げば、そこにはこの世のものとは思えぬほどの威圧を湛えた()()()がこちらを見下ろしていたのだ。

 

 夢はそこで途切れた。逃げるように跳ね起きると窓からは朝日が差し込んでいた。同じ部屋で寝泊まりしていた仲間の言葉では、私はひどく(うな)されていたらしい。体験したこともないほどの寝汗が全身から噴き出していて、息も絶え絶えだった。

 

 ユクモの山間部を縫うように通り、窓から見える景色に私を含む全ての乗組員が魅了されていた。朝霧が朝日を浴び、煌めくその空間は、私がそれまで生きてきた中でも五本の指に入るほどの美しさだった。今でさえ鮮明に思い出せるが、それを文字で表すには、残念ながら言葉の限界というものがある。

 

 しかし、その景色を以ってしても、私の心に泥のようにへばりついた不安を拭うことは叶わなかった。順風満帆のように見えたこの旅路に、何か人の手では覆しようのない障害が立ちはだかっているのではないかと、私はずっと考えていたのだ。

 

 そして、ドンドルマを発って十日目。ユクモまであと少しといったところで、私の不安は現実となった。快晴だった空を突然黒い雲が覆い尽くし、嵐と呼ぶべき暴風と雷雨が巻き起こったのだ。

 

 それはアマツマガツチの接近を意味していた。だがしかし、有り得ないというのが我々全員の一致していた見解だった。書斎派によって作られた行動予想図とは全く違う行動ルート。アマツマガツチと鉢合わせないように慎重な空路を辿っていたこの気球が、まさか想定されていた道から外れたということもない。

 

 それは即ち、行動予想図が誤っていたということに他ならない。当時は書斎派の彼らに対し恨みに近い感情を抱いていた私だが、今思えばそれは全くの逆恨みだとわかる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 気球の体勢を保つ為に我々は全力を尽くした。しかし、それらは全て無駄だった。私は二人の仲間と共に気球の分解を防ぐ為、補強の道具を使い奔走していた。その時、見てしまったのだ。窓からこちらを覗く瞳。深淵のように深く、暗く、それでいて神秘的で、私を見ているようでどこか他を見ている、妖しい眼差しを、私は正面から見据えてしまった。

 

 そこからはよく覚えていないが、私は仲間の肩を掴み半狂乱で何かを口走ったことだけは理解している。だがそれをしたからと言って、決して私が臆病だとか意気地なしだとか、そういうわけではないことは理解してほしい。それほどまでにその瞳は鮮烈に、私の心に消えぬ傷跡を刻んだのだ。

 

 窓の前でその瞳の主が蠢き、消えた。それを見たその時の私はきっと安心したのだろうが、仲間の肩を掴む手を離し、やはり半狂乱ではあるが床にへたり込んでいた。だが、次の瞬間、気球もろとも大穴を穿ち、上空から凄まじい速度で放たれた一筋の水流が、先程まで肩を掴んでいた仲間を飲み込み貫き、僅かな赤すら流して我々を堕としたのだ。

 

 墜落する気球の中で、私は絶叫しながら空を見上げた。どこまでも空を覆う雲の内、ただ一箇所、穿たれたように空白となった雲の狭間から、まるで羽衣のように揺れる()()()を私は見てしまった。

 

 私は正気を保つことが出来なかった。奇跡的に、墜落した場所は雨でぬかるんでいたので、半壊した気球の中で一命を取り留めはしたが、今私の左腕が使い物にならないのはその時の怪我のせいである。私は瓦礫となった気球の下から数本の回復薬と救急箱、記録用紙を探し当て、折れた片腕でありながらも必死にバッグに詰めた。今これを書いているのがその時の記録用紙であることは言うまでもない。

 

 私はひたすらに歩いた。そこはユクモの山間部の一角であり、近隣に大きな街などは望めようもなかった。仲間がどうなったのかは、考えたくもないが、墜落した後土砂に混じった赤色を見た途端に彼らの末路を理解してしまった。

 

 手負いで尚且つ丸腰である私が、この山間部に生息するモンスターたちの餌にならなかったのは不幸中の幸いだろう。アマツマガツチの出現により、多くのモンスターたちは皆逃げたか巣に籠もったのだと思われる。或いは不幸にも嵐に呑まれたか。

 

 私は悲嘆と絶望の中空を見上げた。もしハンターズギルドが此度の墜落に気づけば、直ぐ様捜索隊が編成されるのだろうが、それまで何日生き延びればいいのだろうかと。いっそ仲間たちとともにあそこで瓦礫の下に広がる血溜まりの一つとなった方が幸せだったのではないかと。そう思っていた故の、半ば諦めを含んだ仰天だ。そして、その時、私は見たのだ。あの瞳、あの水流、あの羽衣の正体を。

 

 それはまさに龍と呼ぶに相応しい存在だった。黒々とした雷雲の中でもまるで輝くように在り、嵐を纏う『生きる災害』。そして、視界に映り込む情報に揺らされる脳が狂乱の中導き出した答えはただ一つであった。それこそが、我々が調査すべき古龍、アマツマガツチであるのだと。

 

 私は叫んだ。そして足元など気にせず全力で走った。()の龍に背を向けて。それほどまでに、それは恐ろしかったのだ。それはもしかしたら、ただ一人生き延びてしまった私に対する罰として、天が与えたものだったのかもしれない。死から逃げた私に対する、最上の恐怖を。

 

 どれほど走っていたかは覚えていない。時計なんてものは持っていなかったし、空を覆う雲のせいで太陽の運行を確認することも出来なかった。しかし気球でアマツマガツチに遭遇したのが昼前であり、私がこの小屋に辿り着いたときには既に空が暗くなりかけていたのだから、私はどうやら六時間以上はこの山の中を歩いていたことになる。

 

 そう、小屋だ。夜の自然が脅威だということは子供でも知っている話だろう。私とて、狂気に呑まれながらも当然そのようなことは承知していたし、こんな大嵐の中野宿などすれば朝には物言わぬ冷たい肉袋となっていることは想像に難くない。故に、私は至上の幸運に恵まれたことになる。アテもなく彷徨っている内に、相当長い間放置されていたようではあるが、かつての村の残骸のような場所に辿り着いたのだ。その中にあった、まだ崩れていない小屋の中で、私はこの手記を書いている。

 

 小屋に辿り着いた私は、背負っていたバッグから回復薬と救急箱を取り出し、応急手当を自らに施した。

 

 ……ああ、わかっている。私のこの処置は全て無駄になる。私は救いようのない狂気に呑まれてしまった。だからこそ、私は今、参考になるか嘲笑の種になるかはわからないが、十分な弁明をここに記し終えた後、何もかもに()()をつけようとしているのだ。

 

 私が今これを書くことになった経緯(いきさつ)はこのようなものだ。私は今でも、全てが純然たる幻だったのではないかと自問することがある。ドンドルマを発った後、気球で仲間内の娯楽に勤しみ、窓際で日光に当たりすぎて日射病に倒れ、錯乱状態になっての、熱に浮かされた幻覚ではないかと。そう自問してみても、その答えとして、恐ろしいほど生々しい光景が眼前に蘇ってしまう。

 

 遥かな空のことを考えると、今この瞬間にも、風の中を泳ぎ回り、這いずり回り、太古の伝承通りの姿をねじらせたり、水を吸った大地の人々の営みに自らの嵐の足跡を刻みつけたりしているかもしれない、あの名を思い返すのさえ恐ろしい怪物が決まって思い出され、全身がわなわなと震えてしまう私なのだ。私は夢に見る。()の龍が地上まで降りてきて、生き残った目撃者たる私を、その暴威のもとに千切り裂くその日を。陸地に傷跡を残し、渦を巻くあの竜巻が全てを呑み込むその日を。

 

 そろそろけりをつけてしまおう。この手記もこれで最後になる。これがいつか、誰かに見つかり、私の恐怖を少しでも記録に残してもらえたら幸いだ。ドアが音を立てている。何か大きなものが近くにいる気がするが、錯覚だと信じたい。いや、そんな! あの羽衣は、瞳はなんだ! 窓に! 窓に!




 参考:ラヴクラフト全集三巻『ダゴン』

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