時の女神が見た夢   作:染色体

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第四部 9話 回廊の戦い 本戦

ホーランドの戦いは、玄人を唸らせる要素を多分に持っていたものの、ホーランドが賞賛を受けたかった肝心の一般大衆からは、地味な戦いとして忘れ去られることになった。

 

戦いの結末もさることながら、同日に行われたもう一つの戦いの方があまりに衝撃的だったからだ。

ホーランドの戦いは、まるでその戦いの前哨戦のようにも扱われた。

 

それは、ホーランドとワイドボーンの戦いとは真逆だった。戦術の観点では余人の参考に全くならない戦いだったが、一般大衆の記憶には強烈に残るものだった。

ライアル・アッシュビーという男が積み上げてきたものが問われた戦いだったと言えるかもしれない。

 

後にその戦いは伝説として語り継がれることになった。

 

 

宇宙暦801年 11月27日 フェザーン回廊出口

 

ライアル・アッシュビー率いる同盟軍臨時艦隊一万隻はフェザーン回廊を同盟側出口まで急行した。

 

彼らは連合軍第三防衛艦隊がベースとなっており、同盟から要請を受ける前からある程度の準備を済ませてガイエスブルク要塞に待機していた。このため最低限の時間ロスで出発することができた。

 

イゼルローン回廊における戦いのことは超光速通信で既に知っていた。彼らは自分達に同盟の未来がかかっていることを自覚した。

 

ルグランジュ提督率いる同盟軍第九艦隊一万三千隻は、フェザーン回廊の同盟側出口で待ち構えていた。

 

「何か妙だ。対峙したにも関わらず、敵に動きが見られない」

ライアル・アッシュビーの異常な戦場勘が、危険を察知していた。

 

だが、待っていても始まらないと前進の命令を出そうとした矢先にルグランジュ艦隊に動きがあった。

 

最初はゆっくりと、徐々に先を争うように艦艇が前進を始めたのである。

 

ルグランジュ艦隊は、有効射程に入る前から砲撃を始めていた。

アッシュビーの違和感は募るばかりであった。

フレデリカも気づいた。

「ルグランジュ提督は、歴戦の提督です。こんな素人のような砲撃をする筈がありません」

 

敵が有効射程に入ったところでアッシュビーも砲撃を指示した。

整然としており、しかも的確に要所を衝く砲撃によって、ルグランジュ艦隊の前線部隊には損害が蓄積した。

しかし、彼らは構わず前進を続け、ついにはアッシュビー艦隊に食らいつき、手当たり次第に攻撃を始めた。

 

今や損害は同程度に発生するようになった。

「やはりおかしい。まるで……。フレデリカ中尉、敵艦数隻の拿捕と、医療班、技術班に調査の指示を出してくれ。乗員の心身の状態を確認するんだ」

 

第九艦隊旗艦レオニダスIIでは、意識の朦朧としたルグランジュ提督に対し、ガスマスクを付けたヒルマ大佐が繰り返し語りかけていた。

「いいですか、敵は悪逆非道の専制君主です。尊ぶべきは献身と犠牲。最後の一兵になるまで我々は戦い抜くのです。前進、前進、前進です」

「ああ、前進、前進、前進だ……」

 

勢いに任せた攻撃にアッシュビーは正直辟易していた。相手の行動に違和感しか抱けず、対応も珍しく後手に回ってしまった。

それでもアッシュビーは艦隊をゆっくりと回廊内まで後退させて、敵艦の艦列への浸透と損害を最低限に抑えた。

その間に、拿捕した数隻の艦について分析が進められた。

 

フレデリカがアッシュビーに報告を入れた。

「いずれの艦も内部に気化した薬物が充満していました。全員極度の興奮状態で、暗示もかけられているようです」

 

アッシュビーは天を仰いだ。

「やはりか。挙国一致救国会議の奴ら、味方になんて事をしやがるんだ」

 

自らの生い立ちも思い出し、アッシュビーの中に抑えられない激情が生まれた。

「なあ、確認するが、暗示にかかっているし、かかりやすい状態になっているんだな」

 

「はい。敵は悪逆非道の専制主義者だ。奴らを倒せ、くたばれ皇帝、などと叫んでいます。各艦にガスマスクを付けた者が少数おり、その者達が暗示を繰り返していたようです」

 

「なるほど。なあ、同盟軍士官の平均年齢はどのくらいだろう。佐官以上の」

「佐官以上となると四十歳です」

「ふむ、となるとやはりあれだな」

「あれ、ですか?」

「なあ、フレデリカ中尉、二つほど頼まれてくれないか?」

「何でしょうか」

「敵艦隊全体への緊急通信回線を、拿捕艦から至急割り出して欲しい」

「承知しました。もうひとつは、これですね」

アッシュビーは驚いた。準備に時間がかかると思われた自分の欲しかったものが、既に用意されていたのだ。

「何で持っているんだ!?」

フレデリカは微笑んだ。

「こんなこともあろうと、前々からつくっておいたんです」

「……なあ、やっぱり結婚しないか?」

「ノーです、閣下。冗談言ってないで早く準備してください。その間に一つ目の方は片付けておきますから」

「いや、冗談じゃなくて……」

 

 

三十分が経過した。

その間にもルグランジュ艦隊は個艦ごとに猛り狂い、彼我双方の損害は加速度的に増加しつつあった。

 

そんな時、突如ルグランジュ艦隊の全艦に警告音が鳴り響いた。フレデリカの手により、艦隊の緊急通信回線がオンになったのだ。

 

次に歌が流れてきた。

それは、ある世代以下の同盟市民なら、特に軍人を志すような者ならば忘れられないメロディーであり歌詞だった。

 

いつしか、ルグランジュ艦隊は、アッシュビー艦隊の隊員達さえも、その歌に聴き入っていた。

 

少年の頃は宇宙をこの手に掴めた

永遠の夜の中だって

黄金の翼背負って

どこまでも行けたはずだった

忘れずにいてもらいたい

誰もが心の宇宙船乗り

君がいればどこまでだって行ける

どちらを見ても銀河 果てまで翔んでも銀河

闇が深くなるのは夜が明ける前触れだから

さあ、勝負はこれからだ

 

……ポスト・アッシュビー時代の防衛戦争意識の薄れた同盟において、軍志願者数の減少傾向に歯止めをかけるため、同盟軍全面協力の元につくられた立体TVがあった。

 

その立体TVの名は

「銀河の英雄 キャプテン・アッシュビー」

 

 

歌が終わると今度はナレーションが流れてきた。

 

時は宇宙暦730年、ところはサジタリウス腕。

空間すら歪む果てしなき銀河へ、愛機ハードラックを駆るこの男。

将来、史上最年少の元帥にして議長となるブルース・アッシュビー。

だが人は若き日の彼を、キャプテン・アッシュビーと呼んだ。

 

それは、

若き日のブルース・アッシュビーが、730年マフィアの愉快な仲間達、星間警備隊の頑固な老提督ギャレット・ギネス、美人諜報員にしてアッシュビーの義理の妹フリーダ・アッシュビーらと共に、

同盟の専制国家化を目論む宇宙海賊や、マッドサイエンティスト、果ては外宇宙からの侵略者たちと戦いを繰り広げる、

という設定の宇宙冒険活劇だった。

 

広大な宇宙の中での心踊る冒険、ハードラック号のデザイン、アッシュビーの格好のよさ、フリーダのちょっとエッチな服装……

国策でつくられたはずのそれは、当初の意図を大きく越えて、当時の少年少女の心を掴んだのだった。

そして、同盟軍を志した者であればなおさら、誰しもが心の中にかつての憧れを残していた。かつての少年、かつての少女が残っていた。

 

ナレーションが終わるとともにスクリーンがオンになった。

そこには男が立っていた。

派手な赤色のパイロットスーツに、大ぶりの光線銃を構えて立っていた。

彼らが少年少女の頃に憧れた赤毛の英雄、キャプテン・アッシュビーその人が。

 

アッシュビーはスクリーンを通じて語りかけた。

ルグランジュ艦隊の隊員それぞれの心の少年少女に。

 

……やあ、みんな。聴こえているか?

いま、みんなの心に直接語りかけているんだ。

みんな、久しぶりだな。

俺のことを覚えているかな?

皆覚えていたら、俺の名を呼んでくれ。

 

……そうだ、アッシュビー、キャプテン・アッシュビーだ。

 

今、俺は自由惑星同盟乗っ取りを企む非道な宗教団体と戦っている。

だが、どうにも困った事態に陥っているんだ。

なあ、みんな、俺に力を貸してくれないか。

安心しろ。みんなが一緒なら、俺は誰にも負けはしない。

 

……ありがとう。

 

やって欲しいことは簡単だ。

まずは艦内の換気速度を最速に設定して欲しい。

その後十分に深呼吸してくれ。

やってくれるな?

 

……ありがとう!

 

……さあみんなで歌を歌おう!

それが済んだらみんなで悪の宗教団体を倒しに行こうじゃないか!

 

さあ歌おう!

 

どちらを、みいてもぎーんがー

はてまで、とんでもぎんーがー……

 

 

宇宙を、虚空を、皆の心を、歌が駆け抜けた。

その時、ルグランジュ艦隊の隊員の心は少年少女に戻り、キャプテン・アッシュビーと共に確かに宇宙を羽ばたいていたのだった。

 

 

 

……戦意を喪失したルグランジュ艦隊の隊員達をアッシュビーは一時的に拘束した。多くの者は気絶していた。抵抗を続ける者はごく少数であり、すぐに鎮圧された。旗艦レオニダスIIではヒルマ大佐を拘束し、薬物漬けとなっていたルグランジュ提督を救出した。

 

 

「なあ、フレデリカ中尉」

「はい」

「俺はこの数年、連合でドサ回りを続けるうちに気づかされたんだ」

「はい」

「……ある一定年齢以下の層には、アッシュビー本人よりも、キャプテン・アッシュビーの真似の方がウケるってことをな」

今回のことはライアル・アッシュビーの下積みの賜物であった。

 

「私もキャプテン・アッシュビー、大好きでしたよ」

「……なあ、フレデリカ中尉」

「何でしょう?」

「なんで君までそんな格好を、美人諜報員フリーダ・アッシュビーの格好をしているんだ?」

「一回着てみたかったんです」

「そうか……」

 

 

 

一時間後、ルグランジュ提督は、アッシュビー艦隊旗艦ハードラックの医療ベッドで目を覚ました。

彼は虚脱状態だった。

 

俺は、気を失っていたのか

……なんだ、この俺が涙を流しているじゃないか

ひどい悪夢を見ていた気がする

だけど途中からはとても楽しい夢になった

艦隊のみんなで一体となって、何かとても大事なことを思い出していたような

あれは一体なんだったのか

とてもとても大切な、忘れてはいけないはずの何か

 

 

そこで部屋に男が入ってきた。その赤毛の男を見た瞬間、ルグランジュはすべてを思い出した。己のやるべきことを。

 

「アッシュビー!」

ルグランジュは拘束具をひき千切ってベッドを脱出し、一瞬のうちにアッシュビーの至近に到達した。

 

軍医が叫んだ。

「拘束が甘かった。誰か止めろ!」

 

だが、ルグランジュの行動の方が早かった。

ルグランジュは、アッシュビーにおもむろに手を伸ばし……

 

お手本のような敬礼をした。

 

「キャプテン・アッシュビー! このルグランジュ、悪の宗教団体を倒すため、キャプテンのお供をさせて頂きます!何なりとお申し付けを!」

ルグランジュの瞳は、夢見る少年のようにキラキラと輝いていた。

 

 

 

ライアル・アッシュビーは、黙って軍医の顔を見た。

 

軍医は首を横に振った。

「とても強力な暗示がかかっています。ルグランジュ提督だけでなく第九艦隊員全員にです。しばらくはこのままでしょう」

 

 

 

……こうしてアッシュビーは、悪の宗教団体を倒すための新たな仲間を手に入れた。

 

少年少女の心とキラキラした瞳を持った、頼もしい仲間達を。

 

 

 

 

「どうしよう、これ」

 

 

歌で一個艦隊を止め、一瞬で味方にしてしまったこの戦いは、「キャプテン・アッシュビーの戦い」として長く語り継がれることになった。







書いてしまったけど、どうしよう、これ。

とある古いアニメネタ……リアルタイムで視聴していたわけではありませんが

作中歌、そのとあるアニメの主題歌に似ているようで、実は1フレーズも同じではありません。

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