栄光の代償・元艦娘たちが語る対深海棲艦戦争(GHK出版新書) 作:蚕豆かいこ
〈トーチ作戦〉のあと、元海風は内地で卵子を凍結保存し、それから改二になってリンガ泊地へ転属になり、最後にトラック泊地に配属された。
「そのときすでにわたしの体調は最悪でした。人と話をしているときだろうがなんだろうが、爆雷に覆い被さった有明ちゃんが胴体だけになるところや、明石さんの悲鳴や、最上さんのひらいたままの目や、煙草も吸えず力が抜けてぐにゃぐにゃになった玉波から腕を切り取る映像……それらが全部同時に再生されてしまって、話した内容を覚えていられない。なにを見ても聞いても食べても気分が悪くなるばかりでした」
それでも元海風は助けを求めなかった。配属先の艦隊で元海風はベテランだった。弱みを見せていい立場ではなかった。部下の艦娘に陰で「あれじゃ海風じゃなく、臆病風だな」といわれるのが怖かった。努めて笑顔をつくった。強く頼りがいのある艦娘を演じた。
「思えば、当時のわたしは鬱だったのでしょうね」
鬱病とは極度に悲観的になることではない。自分がいずれ必ず死ぬことを理解していながらも人が毎日笑って過ごせるのは、現実を極めて楽観的に装飾し、不安に靄をかける脳の魔法にかかっているからだ。この魔法が消えて恐ろしい現実を恐ろしいまま直視するようになった人間を鬱病と呼ぶ。だから希望的観測を奪われればだれでも鬱病になる可能性はある。
元海風たちが現役だったころの海に希望はなかった。一秒前までくだらない冗談を交わしていた僚艦が目の前で物体になった。ならば一秒後の自分の生命をだれが保証してくれるのか?
納得のいく理由や原因があるわけでもなく、ただ運がわるかったというだけで、僚艦たちのようになんの感動も脈絡もなく死ぬ。村雨たちチーム8の三十一名が死んだのはたまたま間接射撃の砲弾に被弾したからだ。最上と明石が被雷したのは彼女らの落ち度ではなく、学生寮にもたれかかっていた並び順のせいだった。その後に最上が砲撃を受けて右わき腹をえぐられたのはただの偶然だ。深海忌雷が玉波を襲ったのは、単に元海風より彼女のほうが忌雷に近かったからだ。
そういった体験を何度も経るうちに、こんな考えが頭から離れなくなる。つぎはわたしだ。わたしはけっして特別な存在ではないのだ。わたしがこんにちまで生き永らえていることに明確な因果はなく、ましてわたしの実力でもなく、ただ運がよかっただけなのだ。いずれ運は尽きるぞ、あすにでも。――こうして脳の魔法が消える。
魔法が解けてしまったものにとって、まだ魔法にかけられている人間はときに腹立たしく思える。なぜそんなに能天気に笑っていられるのか。なにも考えていないだけなのではないか。くそったれ。怒りが元海風の血圧を恒常的に一九〇まで上げた。だが元海風には駆逐艦海風という役割があった。小艦隊旗艦という役割があった。怒りを封じ込め、よき艦娘、よき旗艦であろうとした。
「玉波の脾臓の血を何度も何度も浴びる夢をみても、わたしは起床ラッパを放送で流す直前にスピーカーに電源が入る音で目を覚まし、総員起こしの声で飛び起きるためにベッドのふちを摑みました。明石さんの叫び声を聞きながら、部下に笑顔でおはようとあいさつしました。最上さんの何も映していない目のことを考えながら、内地のお母さんが恋しくて泣く十六歳の江風の話を聞きました。わたしは海風の名に恥じない艦娘でなければならなかったからです」
元海風を知る艦娘たちは、だれもが彼女を「とてもいい人であり、尊敬に値する」と評した。人柄だけでなく、海中にひそむ深海忌雷を発見する技量でも信頼を勝ち取った。夜でも、暴風雨のなかでも、元海風は忌雷を目敏く見つけた。
トラック泊地への赴任は終戦の直前だった。すでに深海棲艦の活動は減少傾向にあった。ウレコット・エッカクスによる「赤潮」も縮小の一途を辿っていた。世界は長らく――本当に長らく――続いた総力戦体制の出口戦略を模索しはじめていた。商船の護衛でも、哨戒でも、深海棲艦と遭遇しない日、つまりだれも沈まない日が何日も続いた。艦娘たちは信じられないという意味で「不漁だな」と笑いあった。学術分野で深海棲艦のレッドリスト記載が議論され始めたのもその頃だった。
「われわれは深海棲艦を沈めすぎたらしい」。当時、米国のホワイトハウス報道官は記者会見でそう語った。「深海棲艦はもはや組織的な脅威ではなく、あくまで野生動物と同レベルの、偶発的で散発的な事故に注意すべき存在に位置づけられるようになるだろう。サメやクマや毒蛇のように。獰猛で危険だが、生態系でなんらかの役割を負っている一員である以上、みだりに絶滅させるべきではない。われわれは必要ならこれまでの方針を転換する用意がある」
これは主要先進国の共通認識となった。事実として元海風もトラック泊地勤務中の二年間で深海棲艦と交戦することは数えるほどしかなかった。せいぜい置き土産の忌雷を除去するくらいのものだった。
この「海のデタント」のため、深海棲艦対策にしか用を成さない「艦娘」という兵種は存在意義を喪失した。潜水艦娘なら深海探査や測量、救難などにつぶしがきく。いまだ少数ながら遊弋する敵潜には海防艦娘でこと足りる。そのため戦艦娘・空母艦娘・重巡艦娘がつぎつぎと解体された。遠からず軽巡や駆逐艦にもその波は及ぶだろうと、本国から遠く離れた西太平洋カロリン諸島のトラック泊地にいても元海風たちは肌で感じていた。
「あの時代の移り変わり、空気の色までもが日を追うごとにどんどん変わって見えていた感覚は忘れられません。でしょう? あるとき、後輩の江風がわたしにいいました。“姉貴。海って、青いンだな”。生意気で、手間がかかって、かわいい妹。もちろん白露型の、という意味ですけれど。でも彼女にいわれて、わたしははっとしました。海を見て、わたしは初めて、きれいだと思えたんです。涙が出ました。ほんとうにきれいだった。さびしいくらいに」
帰れる。しかももう二度と派兵されることはない。ほんとうの意味で家に帰れる。戦争は終わるのだ。艦娘たちはこの戦争はいつまでも終わらないと思っていた。すくなくとも自分が生きているうちは続くだろうと思っていた。死者だけが戦争の終わりを見るのだと思っていた。
「まさか、生まれたころには始まっていた戦争が、目の前で終わるなんて」
元海風は目を伏せながらいった。
「にわかには信じられませんでした。わたしはいつか自分も沈むと確信していました。でも、終わる、終わるんです、戦争が。しかも勝利というかたちで。残りの任期だって、深海棲艦のまとまった群れと戦うこともない。降圧剤でも下がらなかった血圧がすとんと下がりました。怒りが空気に溶けていくのがわかりました。鬱までもが寛解するのを感じました。わたしはこのまま、戦闘ストレスのプレートがかかったドアを叩くこともなく、名誉除隊で軍を去ることができる。希望がみえたんです。久しぶりに毎日を楽しく過ごせました」
いっぽうで深海棲艦のいない海に苦い顔をする艦娘もいた。元長波のように、自分が戦争で「変わってしまった」ことを自覚して、みじめな犯罪者や自殺者になる前に戦死したいと思っていた艦娘たち。
ほかには、家の事情でやむなく入隊したのではなく、深海棲艦と戦うためにほんとうの意味で志願して艦娘になったものたちだ。元海風の艦隊にいた、若いというより幼い涼風もそのひとりだった。
「なんとなくお気づきでしょうが、その涼風もシャングリラ事件で艦娘になることを決めた女の子でした。東京の街が空襲で炎に包まれ、陛下のご決断で皇居の各門がひらかれました。お
涼風は初の任地であるトラック諸島で「絶対許せねえ。あたいがみんな沈めてやるさ!」と意気込んでいた。そんな涼風にとって「不漁」の毎日は不満だらけだった。つらい訓練をやっと終えたのに、このまま戦争が終わって、深海棲艦と砲火を交えないまま日本にすごすご帰ることになるのではないか。
当時のトラック泊地では四班が地上勤務と哨戒を持ち回りしていた。洋上哨戒は二十四時間の一交代制で行なわれた。深海棲艦を発見するのはおおむね一週間に一、二回ほどで、それも群れをなしていない単体の駆逐イ級や潜水カ級ばかりだった。空振りに終わって帰投した涼風が、交代で出撃していった艦隊がそういった「はぐれ」と交戦し撃沈した報に接するや、まさに切歯扼腕した。それが何度も続いた。
ある朝の申し送り時、哨戒任務を控えている元海風が、出撃にアサインされておらず簡易トイレの始末が待っている涼風にいった。「わたしの代わりに出てみる?」。その少し前ならおよそ考えられない、卑怯者と痛罵されてしかるべき提案だった。出撃することは死のくじを引きにいくことだった。その
しかしここにも変化が訪れていた。もはや海は敵ではなかった。そこは波が歌い、雨が落ち、星が降り、月が
ましてや涼風は深海棲艦と出会いたがっていた。敵と出くわすには少しでも多く出撃することだ。そのアサインを譲ってもらえるなら、彼女にとってこれほどありがたいことはなかっただろう。「いいんすか!」。涼風は顔を輝かせて元海風に礼をいった。出撃の割り当てをその日に当人らが変更して認められるほど泊地司令部も弛緩を見せていた。
「なンだ、海風の姉貴、えらくちンちくりンになっちまったな?」。掩体壕の出撃ドックに向かう江風が涼風にいった。「べらぼうめ! あたいはきょう、なにがなんでもキルマーク持って帰っからな!」。涼風が細腕に力こぶを作りながら笑った。元海風はそれを遠目に見送った。
涼風を含む艦隊が出撃した。元海風は涼風が担当するはずだった仮設トイレに向かった。トラック泊地の仮設トイレは非水洗式で、本来は海上輸送用だったドラム缶を便槽に流用していた。もよおした者は間に合わせの階段を登って仮設トイレの囲いに入り、ドラム缶へと最終生成物を落とした。便槽に溜まるばかりの糞尿をだれかが適宜処理しなくてはならなかった。その方法が問題だった。大便が尿に溶け込んで、赤道直下の熱帯気候で温められた茶色い汚物がたっぷんたっぷんと揺れるドラム缶を引きずり出し、所定の位置まで運んで、ガソリンを混ぜ、火を放ち、水気がなくなるまでかき混ぜ続ける。そのときに発生する煙の臭いは髪に染み付き、口臭までもが下水道と化した。トイレからドラム缶を運ぶ段階でたっぷんと揺れたはずみで汚物がこぼれ、服や髪や顔に付着することもしばしばだった。しかもその仮設トイレはずらずらと並んでいた。
よって懲罰あるいは最後任の役割だった。旗艦がやりたがる仕事ではない。それでも元海風は楽しく作業に従事した。涼風がめでたく初の実戦となるか、それともやはり波の音だけを聞いて帰ってくるのか。どちらであっても二十四時間後にあたたかく迎えてやろう。その前にシャワーを浴びなくちゃ。元海風はひとりにこにこしながら燃える糞尿をかき混ぜた。
しかし涼風は帰ってこなかった。元海風がみんなの排泄物を燃やしているとき、涼風は艦隊がエバリッテ水道を航行中に海面下にひそんでいた忌雷に触雷した。涼風の上半身に触手を絡みつかせた忌雷はすぐさま爆発した。涼風は顔の前半分が吹き飛んだ。脳が飛び散った。
「あンたがいれば、こンなひでえことにはならなかっただろうな」。帰投して、救護所で鼻筋に食い込んだ涼風の門歯を抜かれながら江風はいった。江風は心優しい旗艦を慰めるためにいったつもりだった。だがその言葉は元海風には「おまえがよけいなことをしたから、涼風は轟沈したんだ」と変換された。
その日を境に、元海風には、彼女にしか見えない涼風が見えるようになった。
基地の自室で昇進の試験勉強をしていると、部屋の片隅に涼風が立っていた。元海風は無感情なその目をじっと見つめ返してやった。見つめながら、あの日「わたしの代わりに出てみる?」と提案しなかった並行世界を観測しようとした。それは単に都合のよい妄想に過ぎなかったが、そのなかでは哨戒に出た元海風はいつもどおり首尾よく忌雷を見つけ、砲撃して誘爆させ、泊地に帰って汚物処理をしていた悪臭まみれの涼風にそのことを語って聞かせ、涼風は忌雷相手とはいえ深海棲艦と遭遇したことをうらやましがり、地団駄を踏んで、ずるいずるい、と悔しがるのだ。
そういう空想を日に何度もした。夢想しているあいだは脳のメモリがそれに使われて何も手につかなかった。
現実に着地すると涼風はいなかった。元海風がアサインを入れ替える「へま」をしたせいで、実戦を経験せずに帰国して不満たらたらの本人ではなく、戦死公報が親元に送られた。
また怒りが抑えられなくなった。ただし能天気に笑う僚艦らにではなく、自分自身に対する怒りだ。血圧も再び上がった。食事中や仲間と話しているときに不意に涙があふれた。涼風の亡霊を見ると、涼風を代わりに出撃させなかった世界を強制的に想像させられた。それははた目には元海風がぼうっとして怠けているようにしか見えなかった。どうしようもなくなって、元海風は医師という藁にすがった。任を解かれた。解体された。そのあと戦争が終わった。だが涼風は消えなかった。日本にもついてきた。
帰国後、元海風はすぐに涼風の実家を弔問した。玄関先で涼風の母親に正直に打ち明けた。言い訳がましくなるのを避けるため、涼風が深海棲艦との実戦を望んでいたからとはいわず、ただ自分と交代したせいで沈んだと伝えた。元海風は深く頭を下げた。涼風は一人娘だった。きっと罵倒とともに電話機くらいは頭に投げつけられるだろうと覚悟していた。だが涼風の母親は上がり
涼風の幻覚は終戦してから時間が経つにつれ、消えるどころか悪化した。道行く人のだれもが元海風の「へま」を知っている気がした。雑踏から笑い声が聞こえたときは自分が笑われているように思えてならなかった。退役後の日常生活でも、ことあるごとにフラッシュバックが起きた。
一説によるとフラッシュバックは、恐ろしい記憶を追体験するさいに防衛本能で分泌される脳内麻薬を欲しがる脳によって引き起こされるとされている。元海風の脳は大麻や覚醒剤に溺れる以前にすでに薬物中毒だった。いずれにせよフラッシュバックはその原因となった状況を想起させる特定の条件がトリガーになる。元長波なら肉を食べると深雪の味がする。元朝霜なら、ホルモンの盛り合わせを見ると浜風の腹腔から飛び出した内臓がよみがえる。元朝潮なら、白米を見ると戦友の死体にたかる蛆を食べたことを思い出す。そして元海風は、トイレや排泄物が、涼風の死と強烈に結びついた。
トイレに行くたび、元海風が糞尿の始末を請け合ったがために沈むことになった涼風の顔が脳裏に浮かんだ。トイレに行けなくなった。まだ結婚する前、実家での忘れられないできごとがある。オムツを履いたまま二階にある自室のベッドから出られなくなった。排泄物を受け止めきれなくなったオムツから脱糞の溶け込んだ尿が漏れてシーツを汚しても、元海風は身じろぎすらできなかった。すると一階の玄関からインターホンが鳴った。母が応対に出る声が聞こえた。母は交際している男のところへ遊びに出ているのに。「海風さんいらっしゃいますか」。涼風の快活な声がした。「ええいるわよ、どうぞ上がって」。いないはずの母の声。
すべて幻聴だ。元海風自身が作り出した声だ。わかっていても、階段を上がってくる音が幻聴なのか現実なのか、元海風には判別できない。鍵をかけていたはずのドアが当然のようにあいて涼風が入ってくる。「海風さん」。あの頃と変わらない涼風の声と姿。当然だ。記憶をもとに元海風の脳が再現しているのだ。それでも震えが止まらない。
次の瞬間にはドアが元通り閉じられている。また階段を上がってくる音。ドアが開く。涼風が顔を見せる。「海風さん」。また一瞬にしてドアが音もなく閉じている。階段を上がってくる足音。ドアがひらいて涼風が現れる。「海風さん」。閉じたドア。足音。ドアがひらく。「海風さん」
壊れたレコードのように一連のシーンが繰り返される。何度も何度も。次に涼風が顔を覗かせるときに恐ろしい怪物になっていたらどうしよう。恐怖に駆られてドアと反対の方向に顔を向けた。すると、すぐ目の前に涼風の顔があった。「海風さん」
元海風は悲鳴をあげることすらできず布団を被る。「海風さん」。涼風は親しみを込めた声で呼びつづける。「海風さん」。布団のなかで脅えきり、耳を塞ぐ。すると涼風が凄まじい形相になる。布団を被っているのになぜ涼風の表情がわかるのか。幻覚だからだ。やがて涼風は海の底から聞こえるような冷えた声でいう。
「あんたがよけいなことしなければ、あたしは沈みやしなかったんだ」
その言葉が、元海風本人の罪悪感が涼風の口を借りたものだと理性ではわかっている。だが元海風にはどうしようもない。「ごめんなさい、ごめんなさい」と叫ぶ以外には。
夜になって帰宅した母が静かすぎる家内に不審を覚えて娘の部屋を訪ねた。内側から施錠されていて応答もなかった。なんど呼び掛けても返事がないので警察に通報した。警官らは格子の嵌まった窓からの進入を断念し、母親の許可を取って鍵を破壊して入った。そこにいたのは、ベッド上でオムツから尿と糞便を溢れさせ、血を吐いて倒れている元海風だった。元海風は叫びすぎて肺胞の毛細血管が破裂し、自分の血で溺れていたのだった。
病院から退役艦娘庁と死傷艦娘支援局を経由して、六か月待たされて海軍転換艦隊総合施設に入院が決まり、ハイリスクのスタンプを捺された。関係者以外は決して入れない閉鎖病棟にも涼風は難なく現れた。投薬の甲斐あって、涼風が血と挽肉の状態で個室備え付けの便器から溢れるかたちで室内に侵入しては怨嗟の声を投げかけてくる回数は、週に十八回から三回に減った。減っただけだ。涼風が見えるたび、派兵中のトラック泊地に元海風の時間が巻き戻ってしまうことに変わりはなかった。
おなじハイリスク患者として同室だった元
さらには施設の医師やセラピストらは、あろうことか元海風が重度の鬱状態にあることを見逃した。もし診断を下していれば元海風は自分の症状と向き合えていたかもしれない。だが機会を逃した。元海風は、ベッドから起き上がれなかったり、入浴する気力すら湧かないことを、病気ではなく、ただだらしないからだと自分を責めるようになった。そんな時限爆弾となった元海風の退院が決まった。
退院式では、自分で書いたのか、なにか手本を見ながら書かされたのか、いまとなっては定かではない「社会復帰の決意」をスタッフたちの前で読み上げた。スタッフたちは拍手した。元海風は顔にこそ出さなかったが困惑していた。「ほんとうに? ほんとうに、わたしはこのまま家と社会に帰されるの? なにひとつ解決していないのに? うそでしょう?」。うそではなかった。ほんとうにバスに乗せられて最寄り駅で下ろされた。駅は利用客でごった返していた。だれもが自分の目的地に向かうために確固たる意志を以て行き交っていた。行き場のない元海風は立ち尽くした。人はこんなにも多いのに、元海風は独りだった。
治療は終わったはずだ。だから朝起きられないのも、集中力が持続しないのも、入浴する気力もないのも、やる気が起きないのも、常に自殺願望が頭から離れないのも、それらは病気ではなく、すべて自分のだらしなさのせいだと元海風は決めつけた。自分で自分を部屋から引きずり出した。精神があげる悲鳴を無視した。まともな人間を演じた。結婚した。凍結保存しておいた卵子を使って子供が生まれた。かわいい子だった。目に入れても痛くないという言葉の意味を初めて知った。
やっと幸せを摑んだと思った。ぜったいに放すもんかと固く誓った。
だが育児は戦争だった。鬱症状と涼風の怨嗟に加えて、赤子の泣き声が元海風の脳を蝕んだ。夜でもお構いなしだ。赤ん坊には集合住宅の事情など関係ない。ときには明石の叫び声と重なった。夫は転勤で家を空けていた。母は前年に脳梗塞で亡くなり、義理の両親には弱みを見せたくなかった。よって元海風には頼る者もなかった。「お願い、静かにして。それだけでいいから」。どれだけあやしても泣き叫んだ。こちらが参っているのを赤子が楽しんでいるかのように思えた。わが子が深海棲艦に見えた。
「殴っちまいなよ。黙らせちまいなよ」。涼風が耳元でささやいた。その言葉に操られるように元海風は赤ん坊に拳を振り上げた。振り下ろした。すんでのところで思いとどまって、部下の江風を侮辱した民間人を二か月の病院送りにした拳は、赤子のすぐ横のマットレスに深々と沈んだ。反動で赤子の頭が跳ねた。よけいに泣き喚いた。我にかえった元海風は必死に「ごめんね、ごめんね」となだめながら、自己嫌悪にさいなまれた。自分はいま、なにをしようとした?
そんなある日、地元の友人から連絡があった。「会えない?」。話し相手が欲しかった。家に招いた。
友人は笑いながら愚痴をこぼした。「小学校のときの友だちが艦娘になって、何年か前にいちど帰ってきたんだけど、それから連絡いっさいとれなくなったんだよね。薄情だと思わない?
「それに、わたしはいま、なにものでもないの。戦争に行ってたころは、わたしは駆逐艦海風405-070331だった。2水戦有資格者の海風だった。第7方面軍第16軍第48海上師団海上歩兵第47連隊の海風だった。第3遠征総軍第38軍独立混成第34海上旅団第187海上歩兵大隊付チーム8の海風だった。でも、いまは近所の人には、だれだれの奥さん、だれだれのお母さんとしか呼ばれない。なにかの付属物としてしか見てもらえない。夫と子供を通して間接的にしか社会に関われない。自分の座標が特定できないの。まるでたったひとりで大海原に放り出されたよう。いまわたしはどこにいるのかわからない。おかしくなりそう。もうなってるのかも」。なにより沈んだ涼風がいつも視界のどこかに立っている。そのときも元海風は、ソファに腰掛ける友人の背後に立つ、腕が何本も生えて血の涙を流しながら笑う涼風と目を合わせないようにしていた。
「つらいね」。友人は元海風と手を重ねた。「たまにはお酒でも飲んで、パーっと忘れてしまえばいいの」「お酒、飲めないの。軍では無理して飲んでたけれど」「そうなんだ。じゃあ」と友人は煙草でも取り出すように乾燥大麻の紙巻を取り出した。「これなら酔えるよ」
外地で薬物に手をだす艦娘はいないわけではなかった。なかには薬物依存症に陥って現地の売人と愛人関係になり、高価な修復材を横流ししたあげく不名誉除隊となった艦娘もいた。元海風は煙草を吸うにとどめていた。
現役時代、艦娘の余命は常に「あと一日」だった。あした沈まなくとも、それはまた新たな「あと一日」が始まるに過ぎなかった。去年までランドセルを背負っていた十三歳の女の子が遺書をしたためて戦場に赴くのが対深海棲艦戦争だった。
多くの国において未成年者の飲酒や喫煙が禁じられているのは、それらが将来的な生育や健康に悪影響を及ぼすおそれがあるからだ。成長途上にアルコールを日常的に摂取していると「将来」脳が萎縮する。早くから喫煙したものほど「将来」肺がんなどの煙草関連疾患になりやすい。「将来」の健康的な生活が脅かされる。
だが艦娘たちには将来がなかった。あす、艦隊の死角からひそかに忍び寄った敵潜水艦の魚雷に水柱へと変えられるなどということはないと、だれも保証してくれなかった。艦娘にはきょうしかなかった。今しかなかった。駆逐隊は二か月でメンバーが総入れ替えになった。何十年後かの「将来」のために、今を我慢する合理的な理由がなかった。
酒を飲んだ。煙草を吸った。煙草は線香や通貨の代わりにもなった。酒を飲まない艦娘は爪弾きになり、かえって寿命を縮めた。元海風でさえ無理して飲んだ。そのうち、飲むふりをして気づかれないように酒を捨てる手管も身につけた。
それでもいっぱしの常識を持ち合わせていた元海風は、旧友の勧めとはいえ大麻というれっきとした違法薬物の所持にも使用にも抵抗があった。「ありがとう。でもわたしはいいかな」。旧友は気を悪くしたふうもなく、「持っておくだけ持っておいたら? どうにもならなくなったらマリファナ吸えばいいや、くらいに思っていれば、気が楽になるかも。お守りよ、お守り」といった。独特の匂いで近所に怪しまれるかもしれないから吸うときはお香を焚くといい、とアドバイスする友人に、元海風は少し考えてから答えた。「このあと警察にタレこんで、うちを家宅捜索させる気でしょ」。これに旧友は舌を出した。「ばれた?」。ふたりは心から笑った。元海風にとって、何年かぶりとなる笑いだった。
旧友が帰ったあと、元海風は大麻を鏡台の抽斗にしまった。吸うことはあるまい。ただ持っているだけ。育児に忙殺されて存在すらすぐ忘れるだろう。
数日後、リビングの床を洗濯物が埋め尽くし、汚れた食器の重なるシンクにもたれかかり、わが子の泣き叫ぶ声をBGMにして、元海風は大麻を吸っていた。
目の前には家事と育児というめんどうな作業が山と積み重なっていて、片づけなければならないことは承知しているが、その日はどうしても体が動かなかった。なのに手をつけなければという焦りばかりが募った。実際にはなにもしていないのにまるで一日中働きどおしだったかのように疲労が蓄積して、元海風から活力と尊厳を奪った。そんな元海風を涼風が無言で嘲笑した。もうわけがわからなくなって、すがるように大麻を吸うことにした。
ハーブのような匂いの紙巻大麻に火をつけた。一口吸った。
二口目。何も起きなかった。
三口目。こんどは思いきり吸い込んで肺に充満させた。なにも起きなかった。頭がぼうっとするが元々だ。眠気すら感じた。
仮にも違法薬物として濫用を禁じられている大麻とはどんな顕著な薬効があるのか、期待と不安が等分に入り混じっていたが、肩透かしだった。そのまま煙草のように吸い続けた。
それは突然訪れた。喉から勝手に間抜けな叫び声がほとばしった。床が床としての固さを失って海になった。体が下へ下へとどこまでも沈んだ。恐怖。パニック。平衡感覚を失い、座っていられなくなった。体が重くなって這いつくばった。顔が海面下に沈んだら呼吸ができないから、必死に手を突っ張って頭を持ち上げようとした。なおも体の波動が下を向いた。沈む。溺れる。こんなことが現実に起きるはずがないと気づく余裕もない。動悸が異常なまでに加速し始めた。必死に息をした。
かと思えば波動が上に転じた。重力が小さくなったかのように自分の体が床からわずかに浮いている感覚。部屋が広くなった。どんどん壁が遠ざかっていった。
頭の高さにハートの形の輪がある気がした。その形をなぞるように頭を振った。ぴったり完璧にハートを描くことに夢中になった。何周もした。
頭をハートの軌道に乗せながら笑いがこみあげた。壁が白いのさえ面白おかしく感じられた。部屋が散らかっているのを見て床を何度も叩きながら笑った。ガラス戸が開きっぱなしになっている食器棚で酸欠になるほど笑い転げた。うんちまみれになっている赤ん坊の泣き声で、涙が出るほど爆笑した。
自分がなにか独り言をしゃべっていた。口がずっと動いた。しゃべった数秒後に内容を理解した。自分がなにをいっているのか追いかけるのが楽しかった。
目を覚ました。しばらくは目を覚ましたことすらわからなかった。部屋が薄暗くなっていた。煙のようにあいまいに起き上がり、時計をたしかめると、大麻を吸ってから三時間が経っていた。赤ん坊の泣き声をやっと脳が認識した。
何度も謝りながらおむつを交換し、お尻を拭き、離乳食をつくり、掃除や食器の片づけや夕食の用意をした。クローゼットから涼風が這い出てきた。ふと、大麻を吸っているあいだは涼風が姿を消していたことに気がついた。
以降、元海風は涼風を近寄らせないために、大麻を常用することになる。
果てのない家事と育児に追われ、息継ぎをするように大麻を吸った。夫が転勤先から顔を見せに帰ってくる前日は違法薬物を使用していることが露見しないよう念入りに掃除した。部屋中に散らばる乾燥大麻、大麻リキッド、LSDの紙片、MDMA、ガラスボング、ヴェポライザー、ガラスの煙管、モンキーパイプ、大麻バターのポップコーン、ボクカワウソを象った自作の大麻入りチョコレート、それにバッズ*2のかす。
薬物と使用器具がそこかしこの収納スペースに潜んでいる部屋で、なにも知らない夫は独りで育児に励む元海風をねぎらい、幼いわが子の寝顔に目尻を下げた。
「芳香剤?」。リモコンで湯船に湯を張っていると夫に訊ねられた。換気やお香や消臭剤でも、腹の底にピンク色の泥となって沈殿しそうな大麻独特の重く甘ったるい匂いはごまかしきれない。「ええ、アロマ。赤ちゃんを落ち着かせるのにいいんですって」。夫は疑う気配もなかった。うそをつく罪悪感はなかった。むしろそのうそは正しいことだと当時の元海風は思っていた。自分が違法薬物を使用していると知ったら夫はさぞショックを受けるだろう。妻が逮捕されるとなると仕事も続けられなくなる。だから自分はうそをつくことで夫を守っているのだ。夫が入浴しているあいだに、秘匿性の高いメッセージアプリで馴染みのプッシャーに大麻とLSDを注文した。
夫が数百キロ離れた赴任先へ戻った日の夜、何時間か前まで家族三人の団欒の場だった部屋で、元海風は例の友人を招いて大麻でハイになっていた。「ラスタファリ!」。ふたりとも赤い目でけらけら笑った。とにかく目につくものすべてがおかしくて笑った。そうして配達時間を首を長くして待った。ふだんは赤子を抱っこ紐で抱いて指定場所まで行ってネタを引いていたが、今回は元海風が自由になるのが夜なのでアパート近くまで配達してくれるとのことだった。
スマホが鳴った。近くに来たというプッシャーからの電話だった。お待ちかね。監視カメラがなく人通りの少ないルートを教えた。電話を切って友人とハイタッチし、にたにたしながら階段を下りた。
アパート近くの暗い路地に金色のミニバンが停められていた。青いアンダーネオンが夜道に悪目立ちする、いかにも怪しい車がプッシャーの愛車だった。元海風らが近づくと運転席にいるプッシャーが窓をおろした。プッシャーは日本人離れした目鼻立ちと浅黒い肌をした若い男で、初めて取引したさいに自分はジャム人と日本人女性との混血児だと、聞いてもいないのに説明してきた。
「お母さんも艦娘だったんで、配達料はサービスしとくよ」。恩着せがましくいうプッシャーの額にびっしり浮いた大粒の汗や、異様に見開かれた瞳をみれば、彼自身も薬物依存症であることは明白だった。キッチンドランカーが一流のシェフになれないように、この男も売人としては二流で終わるだろう。元海風は内心で見下していた。薬物中毒者は自分を棚に上げるものだ。
元海風は助手席に、友人は後部座席に乗り込んだ。元海風が六万円を渡した。プッシャーは乾燥大麻五グラムの入ったパケ二袋を元海風に手渡した。元海風は友人に一袋渡してから、パケを開けて深く嗅いだ。いい匂いだった。このプッシャーの扱う品種は肌に合っている。あと一度だけ嗅ごう。それが何度も続いた。友人も同じように匂いを嗅いで恍惚としていた。
正面からパトカーが来ているのに元海風が気づいたのは、そのときだった。あわててパケを隠した。
赤灯を消したままパトカーは元海風らが乗っているミニバンの横を通り過ぎた。三人は息を吐いた。元海風はルームミラーを覗いた。パトカーが後方でUターンしていた。そのまま近づいてきて、ミニバンの真後ろにつけて停まった。
「やばいじゃん。どうすんの?」。友人が狼狽した。「ただのバンカケでしょ。普通に対応すりゃいいって」。プッシャーが呑気に返した。元海風はどこか他人事のように状況を客観視していた。深夜の路地、金色のミニバンの車内で、三人の人間がなにかをしている。どう考えても車内検索と身体検査はまぬかれないと踏んだ。しかし大麻は現物を所持していないと逮捕されない。当時は使用だけなら合法だった。要は身体検査時にネタを持っていなければよかった。
元海風は車内に大麻のパケを捨てることで車の所有者のプッシャーにすべての責任を押し付けようと考えた。子供のためにも逮捕されるわけにはいかない。パトカーから下りたふたりの警察官が歩いてきた。プッシャーがそれをサイドミラー越しに確かめていた。その隙に、元海風はプッシャーの足に当たらないよう気をつけながら運転席のレッグスペースにパケを投げ捨てた。
「こんばんは。ここ邪魔?」。そうとは知らないプッシャーが自分から窓を下ろして警官に対応した。「なにされてるのかなと思って」と笑顔の警官に、プッシャーが「三人で遊びにいって、家まで送ってるとこ。話し込んじゃって」とでまかせをいった。警官はプッシャーの免許証を確認したあと、腰も低く切り出した。「防犯警戒でここら回ってまして。最近物騒じゃないですか。いちおう、なにか危ないものとか持ってないかどうかだけ、確認させてもらえないですか。ほんと申し訳ない」。定番のせりふ。プッシャーは快諾して車を下りた。とても大麻を売買しているとは思えない堂々たるふるまいだった。売人として百戦錬磨の職質の切り抜け方が見られるのではないかと元海風はひそかに期待した。プッシャーは身体検査を受けた。しかしズボンの上からプッシャーの股間に手を触れた瞬間、それまで柔和だった警官の顔色が変わった。「チンパケじゃねえか」
元海風の失望は深かった。普段から舐めていたが、そのプッシャーがここまで無能だとは思っていなかった。パケを股間というありがちな場所に隠して、それでごまかしきれると本気で思っていたのか。
「動くな! おい、わかるだろ? 動くな、いいかげんにしろ! 待て!」。警官の怒声が深夜の住宅街に響いた。プッシャーは元海風らを置いて脱兎のごとく逃走していた。もうひとりの警官が無線で応援を呼んだ。覆面をふくむ六台のパトカーがたちまち駆け付けた。寝静まっていた住宅地はまたたく間に赤い回転灯で溢れてダンスフロアみたいになった。元海風はミニバンの車内でスマートフォンからプッシャーとのやりとりを削除していた。プッシャーはあっけなく捕まり、路地へ連れ戻されてきてパトカーの一台に乗せられた。
鑑識がチンパケの植物片を大麻かどうか予試験でたしかめているあいだ、最初の警官二人組が元海風らに話しかけてきた。「お姉さんがたも身体検査したいんで、車下りてもらえますか」。駆けつけた応援のなかにはぬかりなく女性警察官の姿もあった。
元海風の体からは当然なにも出なかったが、友人は機転の利く人間ではなかったので、いましがた買ったばかりの大麻をブラジャーの中に隠していたのを見つかった。いずれの大麻も予試験で試薬が青に染まって陽性反応を出した。
車内を捜索しはじめた警官がすぐに声をあげた。「運転席にパケあり。緑の植物片」。女性警察官のひとりが元海風に疑いをかけた。「これはなに?」。元海風はしらばっくれた。「えっ、なんですかそれ」。あまりの白々しさに女警は眉間にしわを寄せて、いった。「ねえ、ここまできたら、正直にいおうよ。ぶっちゃけちゃおうよ。自分の口でいって」。会って五分も経っていない小娘が馴れ馴れしいのが気に食わなかった*3。元海風はきっぱりと断言した。「知らないです」
結局、三人は警察署への任意同行を要請された。「部屋に子供がいるんですが。生後八か月の」。元海風は赤子をだしに使ってなんとか連行をまぬかれようとした。「わたしが留守のあいだ子供になにかあったらどうするんですか?」。若い女警は周りの警官らと顔を見合わせてから「なら、お子さんも一緒に来てもらって」といった。元海風は手を鳴らした。「あら! こんな夜遅くに赤ちゃんを叩き起こして、照明の煌々と灯った警察署に連れていけっていうんですか? 素敵なアイデアですね。どうして思いつかなかったんだろう! あなた、お子さんは? いない? やっぱり! 母親ならそんなひどい発想、出てこないですものね」
さらに元海風は女警に畳みかけた。「あなた、艦娘に志願したことはありますか?」「いいえ」「ない? そうでしょうとも、育ちがよさそうですものね。わたしは九年と二か月、海軍にいたんです。駆逐艦でした。あなたが学校でお勉強していたころ、わたしは深海棲艦のあふれる海で、内地にいるあなたたちの生活を守るために戦っていました。あなたもいまはお巡りさんとして、身を挺して日々犯罪と戦っておられます。軍も警察も敬意を払われてしかるべき仕事です。だからお互い、口の利き方には気をつけましょうね」。とどめはこれだ。「任意ですよね?」
ほかのふたりのように違法薬物を隠匿していたならともかく、元海風の身体からはなにも出ていない。元海風は調子に乗った。「警察手帳を拝見できますか? どこの警察署の、なんというお巡りさんに違法な捜査で赤ちゃんを虐待されたって、ネット上に拡散しますから」「見たいなら署に行ったあとで見せます」「なるほど、じゃあ現時点では、わたしたちはあなたが本当に警察官かどうかもわからないですよね。ひょっとして警官のコスプレをしたタタキ(強盗)かなにかで、わたしたちはどこかへ拉致されるのかも」。すると年嵩の男性警官が微笑をうかべて割って入った。「なら、あした来てくれますかね」。ごねるにしてもここらが潮時だろう。元海風は了承した。
元海風は自宅マンションに警官ら数名を案内した。警官らは元海風にそこの住人であることを証明する書類を持ってくるよういった。彼らはその書類と、マンションの外観や部屋の扉を念入りに撮影した。プッシャーと友人が分乗したパトカーが警察署へ向かい、ほかのパトカーも一台また一台と去って行った。いつのまにか集まっていた野次馬たちも潮が引くように家々へ戻った。花火大会のあとのように住宅街に常の静寂が戻った。
周囲にパトカーや警官が残っていないのを確かめ、元海風はエレベーターのボタンを連打し、部屋へ駆け込んだ。家宅捜索を視野に入れておかねばならなかった。まず残っていたなけなしの大麻をすべて吸った。これからしばらく味わえなくなるという惜しさと、遠慮なく大盤振る舞いで吸える爽快さで、いままででいちばん気持ちよく酔った。
翌早朝。赤子にミルクを飲ませたあと、喫煙器具をまとめて捨てに行くことにした。ガラスボングにモンキーパイプ、その他。警官が見張っているかもしれないのでコンビニに行くふりで周辺を偵察したのち、部屋へ戻って喫煙具を紙袋に詰めて家を出た。ボングは大きさが二リットルのペットボトルほどもあるので始末に困った。考えあぐねた結果、山中の貯水池に捨てるのが適当と思われた。貯水池に着いた元海風は人目がないのを確かめて、フェンスの手前からパイプ、電子タバコ、大麻リキッドを投げた。最後にボングを投げた。放ったボングは、弾道軌道を描いてざぶんと思いのほか大きな音を立てて半ば沈みこんだあと、なにか忘れ物でも思い出したのかぷっかり浮かび上がったが、魚雷で土手っ腹に穴を穿たれた船のようにぽこぽこと泡を吐き出しながら濃緑の水中へふたたび沈んでいった。
安心した元海風は家に帰って、子供を抱いて警察署に出頭した。受付で用向きを伝えた。奥から出てきた制服警官の案内で四階にある刑事課のオフィスを通った。デスクに向かって事務作業している刑事たちが手を止めていっせいに元海風ににらみを利かせた。どの刑事の目にも猜疑という薬物が充満しているようだった。元海風は一向に気にせず窓の外から駐車場を見下ろした。村雨ちゃんは、この高さから飛び降りたのね。
オフィスの奥にある取調室に元海風を通した案内の警官はここで待つようにといって去った。スチール机とパイプ椅子だけの殺風景な部屋だった。採光窓を小さくして、おまるがあれば営倉に近い。そんな部屋で赤子をベビーキャリアで胸に抱いたまま待たされた。刑事たちがにらんできたのも、ここでしばらく放置するのも、被疑者を心細くさせて自白しやすいようにするお決まりの儀式なのだろうと思った。扉越しに聞こえてくるオフィスからの喧騒に耳を傾けていると、カサブランカ撤退戦の砲撃や爆音や怒号がオーバーラップした。じっと元海風は扉を見つめた。その向こうに深海棲艦の支配する要塞都市となったカサブランカがあるように思えてならなかった。ソリッドな灰色の扉に、色とりどりの幾何学モザイクで構成された精緻なアラベスク模様が重なった。ハッサン二世。落ちたシャンデリア。有明と村雨を同時に治療した明石。
やがて扉がひらいた。涼風が来たのかと思った。だがやってきたのは穏やかそうな顔をした年配の男だった。その背後にあったのは砲火入り乱れる戦場ではなくただのオフィスだった。年配刑事は待たせたことを詫びてから「話は聞いたけど、一緒に乗ってた車の運転手の男が売人ってことでいいのかな」と、やはり穏やかに質問した。まばたきをすることで何年も前の戦地から戻った元海風は「さあ、わかりません」とあくまでしらを切った。
それから年配刑事の質問を三十分ほどのらりくらりとかわしていると、その日二回目の離乳食の時間がきた。「授乳室はありますか?」「いやあ、ないなあ」「でしょうね。では給湯室は?」「それなら」。年配刑事が立ち上がって案内した。彼に続いて取調室から刑事課のオフィスに出るなり、目に猜疑を詰めこんだ若い刑事がつかつかと元海風に歩み寄ってきて「あの運転手から大麻を買ったんだろう。正直にいったほうがいいよ」と問い詰めてきた。元海風は若い刑事を無視して赤子をあやしながら「こんなドラマでも見ない石器時代みたいな方法、本当に使ってるんですね」と年配に話しかけた。年配は苦笑いした。若い刑事がまだなにかいいたそうな
給湯室で子供に離乳食を食べさせたあとまた取調室に戻った。聴取はふたたび年配が行なったが、彼が収穫を得ることはなかった。尿検査も「お願い」されたものの、元海風はたまたまその数日間LSDを使っていなかった。陽性反応が出るとしたら大麻成分だけなので素直に応じた。検査は十五分もあれば終わるはずだが年配刑事は尿検査の結果については触れず「じゃあ、聴取はこれで終わりだから。どうもお疲れさん」と元海風を解放した。
車で家に帰りながら、間違いなく大麻使用は発覚しただろうと元海風は確信していた。大麻は最後に使用してから最大三十日ほど尿に成分が出る。やはり家宅捜索はかならず来る。もう大麻もそのほかのネタも使わないと決意した。ガサ入れが空振りに終わって途方に暮れる刑事たちの顔をとくと拝ませてもらおう。
しかしそれから二か月、なんの音沙汰もなかった。涼風が毎日何度も現れた。暗い空洞のような眼窩から重油のような黒い涙を流して笑い、そのたびに元海風の精神を過去の戦地に飛ばすのだ。
出頭から三か月後、元海風の自宅には、ガラスボングにパイプ、大麻のバッズにリキッドにエディブル*4、MDMA、LSDが戻ってきていた。子供がベビーベッドで泣いているのもかまわずに大麻を吸った。
それからさらに一週間後の早朝、オートロックのインターフォンが鳴った。こんな時間にだれだろう。もう少し眠らせて。ゆうべも子供が熱を出して、ろくに寝てないの。
今度はドアをがんがん叩かれた。名前を呼ばれた。知らない男の声だった。どうやってオートロックを突破したのだろう。うっとうしい。元海風は頭をかきむしり、がつんと怒鳴ってやろうとベッドから抜け出た。ドアスコープを覗くと、スーツ姿のいかつい男が立っていた。こんな時間に営業か。チェーンをかけたままドアをあけた。玄関先に立っていたのはひとりではなかった。何人もいた。元海風が口をひらくより早く、男のひとりが紙を広げて見せつけた。捜索差押令状だった。「警察。いまから家宅捜索するから」。眠気が投射機に射出されて飛んでいった。
違法薬物の根城と化していた部屋を捜索する刑事たちはまるで水を得た魚だった。いくらでも物証が見つかった。元海風は女性刑事に留置場へ行くための荷造りと現金の用意を促された。「あの、赤ちゃんがいるんです」。元海風はまたも子供を盾に使おうとした。別の男性刑事が「旦那さんは」といった。「単身赴任です」「じゃあ連絡して。旦那が来るまでは児相に預かってもらうから」。にべもなかった。今回は警察も本気だった。
若い刑事が逮捕状を音読し、事実と相違ないか形式的に訊いて、元海風の両手首に手錠をかけた。手錠の鎖に通した縄を元海風の腰に巻き、犬を散歩させるときのリードのようにして縄の先をにぎった。奇しくもその日は元海風が除隊した記念日だった。国家鎮護の防人だった元海風は手錠と腰縄で連行され、被疑者としてマンションの前に横付けされていたパトカーに乗せられた。
手錠には物理的な拘束以上に人間の心を折る効力がある。手錠をかけられると、自分はいままでどおりの自由な一個の人間ではなく虜囚になってしまったのだという実感が重くのしかかる。それは被疑者をどうしようもなく不安にさせる。不安は自供へつながる。とはいえ、刑事たちにとって元海風は一筋縄ではいかない相手だった。
艦娘または元艦娘は警察官にとってかなり手ごわい難敵とされている。なぜなら艦娘たちは現役時代に一度ならず憲兵の世話になっており、また酒場での乱闘その他違法行為で警察のやっかいになることもしばしばだった結果、黙秘権の行使が取調官への最大の嫌がらせになることを学んでいるからである。
艦娘は(とくに駆逐艦は)自分たちこそが殉国の烈士と自負していた。いわば民間の一般企業において一部の傲慢な営業職が法務部を「非生産的部門」「やつらの給料は自分たちが稼いでいる」と見下すように、憲兵や警察のごときを「深海棲艦と戦うこともできずに安全な内地でままごとに興じるしかない腰抜け」とほとんど憎悪に近い目で蔑視するものが多い。よって警察への嫌がらせとなると嬉々として精を出すのは当然のなりゆきであった。艦娘たちはたとえ自分にすべての非があろうとも堂々と黙秘して取調官らの手をかりかりのウェルダンになるまで焼かせた。黙秘権について定めた刑事訴訟法第311条や、警察は取調の前に黙秘権が使えることを本人に伝える義務があると規定する同198条を完璧に暗唱できるのは艦娘にとって最低限の教養とされていた。そのため戦時中の警察は被疑者が艦娘となるとおざなりな聴取ののち釈放することが多々あった。
元海風も、妹のようになにくれと面倒を見ていた後任の江風を侮辱してきた民間人に暴力を振るうなどして(というのは、そういった状況で手を出さない艦娘は艦隊で一切信用されないからだった)、手錠の冷たい感触も元海風にとっては艤装の次に手馴れたものだった。なつかしいとさえ思った。
三か月ぶりに入った警察署四階の取調室で、家宅捜索のときにもいた女性刑事に「大麻とかMDMAをみだりに所持して使用したことを認める?」とか「逮捕されたことをどう思う?」とか問われても、元海風は「黙秘します。ですが退屈なので雑談なら付き合ってあげます」といけしゃあしゃあと答えた。女刑事は閉口した。
「じゃあこれに署名と、拇印を捺して」。女刑事がノートパソコンで作成してプリントアウトした調書の確認を求めた。そこには「私は大麻をみだりに所持し、またジアセチルモルヒネ等以外の麻薬をみだりに所持していたことを認めます」というような文言が書かれていた。すべて事実だったが拒否した。「なぜですか。どこか間違いがありましたか」「理由については黙秘します」「それはなぜ?」「権利だからです」「書かれてある内容は正しいけれど、署名はしないという意味?」「黙秘します」。女刑事は元海風が罪を認めていないという内容に書き直した。それでも元海風は署名しなかった。
否認する調書に署名捺印すれば警察は曲がりなりにも「被疑者は否認した」という証言を得られる。うそのメッキはかならず剥がれる。何度も取り調べをするうちに主張が二転三転する。矛盾が生まれる。そこを突破口にできる。だが否認すらしない黙秘では警察はなんらとっかかりを摑めない。黙秘を続けてほとほと困り果てた取調官が「頼むから調書を取らせてくれ」と泣きついてくるのを見るのが駆逐艦娘たちの数少ない慰みのひとつだった。むろん元海風も例外ではなかったし、退役したあとでもそれは変わらなかった。
初回の聴取を終えると三人の刑事に輪形陣のように囲まれながら三階の留置場へ連れていかれた。刑事の握っていた元海風の腰縄が留置官に引き渡された。刑事課のオフィスは異様な活気にあふれていたが、留置場は古ぼけた蛍光灯のためだけでなく空間そのものに生気がなかった。留置官に腰縄と手錠を外された元海風はふたり入るのがせいいっぱいの狭い事務室で留置手続きに入った。簡単な身体検査。金属探知機。それが終わると留置場貸し出しの灰色のスウェット上下に着替えさせられ、緑色の便所サンダルを履かされた。サンダルにマジックペンで「7」と書かれた数字がかすれかけていた。留置官に「これからは七番と呼ぶから」と機械的に告げられた。
留置官のあとに続いて居室まで連れられながら、元海風は左右交互に前へ現れるサンダルの「7」という数字に視線を落としていた。また七番か。この元白露型七番艦は口元を緩めた。現役時代の番号は九桁だったのが、たった一桁の、それも使い回しの背番号になったのは気に入らないが、七という数字に免じて許してやろう。
その留置場は六畳の四人部屋が十二、三室ほどあった。元海風が収容されることになった四号室には先客がひとりいた。元海風は一目見て干物だと思った。ぼさぼさの髪の毛を金に染めているが頭頂部が黒く、眉毛のない痩せぎすの女。干からびた年齢不詳のその女は十五番だった。
居室は前面に鉄格子の扉と配膳口があり、床は畳張りで四人分の布団と毛布が畳まれて置いてあった。奥に洗面台と私物棚とトイレが設置されていた。ここをふたりで使えるなら艦娘母艦の六人部屋よりはるかに過ごしやすかった。なんといっても床が揺れない。三段ベッドのように起きるときは横に転がって抜け出るなどという工夫もいらない。
居室に入った。留置官が施錠した。酸っぱい臭いに気づいた。「なにしたの」。あぐらをかいたまま十五番が訊いた。元海風は「大麻で」と答えた。十五番は眉のない顔でところどころ抜けた黄色い歯をこぼした。「女がこういうところに来るったらクスリだよね。あたしはアイス。あたしも最初は大麻吸ってたけど、いつもみたいに買ってたら売人がおまけでアイスくれた。それでこのざま。逮捕十二、三回目」。アイスが覚醒剤の隠語のひとつだとは知っていた。元海風は正直に明かした。「覚醒剤って、まだ使ったことないんです」「やらんほうがいいよ。臭くなるから」。たしかに十五番からは酢のような臭いが漂っていた。しかし覚醒剤という未知の快楽に対する興味は、たしかに元海風のなかで萌芽を見た。
ひとしきり身の上を話し合ったあと十五番は差し入れされたものらしい漫画を読みふけり始めた。元海風はトイレに目をやった。和式便器が衝立で通路側から隠されているだけだった。突如として便器から水がごぼごぼと逆流して赤黒い肉塊の姿で涼風が這い出てこないか不安になった。視界から外すとその隙に涼風がトイレから侵入してきそうな気がした。だから生活スペースから丸見えの便器を凝視し続けた。どれほどそうしていたかわからない。留置官から「七番、接見。当番弁護士さん。用意して」と呼ばれた。元海風はなおも便器から目を離さず「はい」と返事をした。
透明なアクリルで隔てられた面会室で、先に座っていたダイエットの必要な男性弁護士は元海風に質問した。「それで、今回はなにがあったんですか」。いかにも面倒くさそうだった。元海風は答えた。「大麻を使用していたらガサが来て、物証も押さえられ、それで逮捕されました。黙秘と署名押印拒否は徹底していますから、不起訴か無罪を狙えませんか」。現役だったころは警察に逮捕されても軍が横車を押して釈放させてくれた。その感覚が元海風はまだ抜けていなかった。すぐに出られるものだと思っていた。だが弁護士は鼻で笑った。「薬物事犯は、詐欺などと同様に過失でなく百パーセント故意である以上、司法はかなり厳しい態度で臨みます。それに検察がクルーシャルエビデンスを握っている以上、不起訴はまずありえません。無罪もないでしょうね。まあ初犯なので反省すれば執行猶予は期待できますよ」
元海風は理解できなかった。「執行猶予? それって有罪判決でしょう? それじゃだめなんです。わたしは不起訴か無罪で家に帰らなければならないんです。じゃないと主人の仕事に支障が。あなたはわたしを犯罪者にしたいんですか? 主人を犯罪者の夫にしたいんですか? まだ一歳にもなっていない子供に、おまえの母親は犯罪者だといえるんですか? わたしを有罪にするということはそういうことなんです。わたしではなく、わたし以外の人を苦しめるだけなんです」。これに弁護士は小さく息を吐いた。「それはすべてあなたの責任です。違法薬物に手を出せば、自分だけでなく大切な人まで傷つけるのです。これを機会にきっちり反省して、薬物から離れたほうがいいですよ」
厚生労働省の薬物乱用防止啓発漫画の登場人物みたいな胸くその悪いせりふのあと、弁護士はさらに続けた。「艦娘だったんでしょう? 国を守っていたのなら、ルールも守らないと」。得意になって説教する弁護士にはっきりとした憎しみを覚えた。弁護士は被告人を有罪判決から守るための存在ではないのか? わたしはこんな役立たずを守るために2水戦の訓練をやり遂げ、MS諸島やモロッコやリンガやトラック諸島で戦ったのか? 艦娘にもなれない男のくせに。戦争の役に立てなかったぶん、元艦娘を無罪にするべく奔走するのが、せめてもの恩返しではないのか? 元海風は一片の言葉すらこの弁護士に費やすのが惜しくなって
初回無料の弁護士接見は無駄に終わった。留置場で漫画を読む十五番の居室に戻った。夕食の時間になった。主菜の豚肉の切り身は紙のように薄っぺらくかろうじて塩味がするだけだった。副菜はむやみやたらに塩っ辛い切り干し大根に、まったく味のしないほうれん草のお浸し。白米は生ぬるかった。味噌汁は出汁が効いていなかった。ついでに十五番の饐えた体臭。入浴もないまま消灯時間になった。
翌日も朝食のあと取り調べが待っていた。この清純そうな顔立ちに似合わずふてぶてしい艦娘あがりになんとか口を割らせようと刑事たちは工夫を凝らした。「黙秘していると罪が重くなる」「おまえのためにならない」「知らないなんて言い分が裁判で通ると思っているのか」と口々に脅した。
まだ終戦から一年あまりだったから、横須賀や舞鶴あるいは佐世保のような軍港のある街の刑事たちであれば艦娘相手の取り調べがどんなものか知っていた。なにをいえばいいか知っていた。なにをしてはいけないか知っていた。だが石川の警察はおそらく艦娘を取り調べた経験に乏しいようだった。艦娘というある種どうしようもない人種の扱い方を知らない取調官らに、元海風はむしろ同情さえ覚えた。かわいそうに。時間と税金を無駄にして。
なかでも若い刑事は「持っていたなら正直に話すべきだ。自分から話せば罪も軽くなるかもしれない」といきり立った。無自覚に居丈高な刑事に、元海風は彼の失敗を彼に代わって憐れんだ。そういう言い方は艦娘には絶対にしてはいけないのに。
「このまま黙っていたら、うそをついたという罪の意識にずっと悩まされることになるぞ」。若い刑事の言い分が面白くなってきて、元海風はからかってみることにした。
「うそはついていません。黙っているだけですから」。これに刑事は逆上する。「ほんとうのことをいわないのは、うそをついているのと同じだ」「勝手に捕まえて、勝手に話しかけてきて、答えなかったらうそつき呼ばわりするんですか? それに、どうして大麻の所持が罪になるんですか?」「法律でそう決まっているからだ」「なるほど。悪法もまた法なりですからね。では、これは個人的な雑談なのですが、なぜ大麻の所持が法律で禁じられているのだと思います?」「殺人犯がなぜ人殺しは罪になるのかといっていたらどう思う?」「殺人は被害者がいますから厳しく罰せられるべきだと思いますが、大麻はだれにも迷惑をかけていないでしょう?」「トランス状態になって他人に迷惑をかける可能性はじゅうぶんある」「ではなぜお酒は合法なのでしょうか。泥酔して喧嘩や交通事故を起こすケースはいくらでもありますよね」「体に悪影響があるだろう」「なら自殺も刑事罰の対象になっていないと筋が通らないですね。悪影響どころか殺しているわけですから」。刑事はとかげを呑まされたような顔になった。そこで元海風の興味は尽きた。また黙秘に戻った。
当時を元海風ははにかみながら回顧する。「子供だったんです。警察を相手に突っ張るのがクールだと信じていました。まだ自分が艦娘だと思ってたんですね。図体だけ二十二歳になった、世間知らずの子供。だれにも迷惑をかけていないですって。子供の面倒も見ずに大麻を吸っていたのに」
逮捕から四十八時間を迎える直前の朝、元海風は検察に身柄が送られた。ここでも元海風は黙秘を貫いた。
翌朝、勾留質問のため地裁に移送された。同じように勾留質問を受ける被疑者がほかに四、五十人はいた。二畳ほどの個室で留置官とともに待たされた。一人ずつ裁判官に呼び出された。時計もない部屋でただ待たされるのは退屈だったが軍で慣れていたので苦にはならなかった。元海風の番が巡ってくるころには夕方になっていて、そのあいだ木のベンチと奥に便器があるだけの殺風景な部屋で微動だにしなかった元海風を、留置官はむしろ不気味なものを見るような目で見た。
勾留質問とは、裁判官が被疑者の言い分を聞いて、検察の勾留請求を認可するか却下するか判断する手続きだ。しかし実際にはその前の段階、検察が提出した勾留請求書と事件記録を裁判官が読んだ時点ですでに勾留か釈放か決めているとされる。しかも薬事犯なら勾留決定はほぼ確実である。よって被疑者の話をいちおう聞くだけは聞いてやったという体裁をとるためのセレモニーにすぎない。
民主主義にセレモニーはつきものだ。いやしくも特別職国家公務員だった元海風はその重要性を知っている。そのセレモニーに元海風が賓客として呼ばれるときがきた。先行する留置官がドアをノックした。「入りなさい」という返事でドアが開かれた。留置官は外で待機する。元海風と中年男性の裁判官と書記官。部屋にはその三人だけとなった。
裁判官が人定質問で本人確認した。元海風は天井と壁の境目を視線でなぞりながら答えた。裁判官はまず黙秘権があることを元海風に告知し、勾留請求書の被疑事実を読み上げ「なにかいいたいことは?」と尋ねた。「黙秘します」。海風がいうと、自動応答のように「では、逃亡、証拠隠滅の恐れがあるので、十日間の拘留を認め、弁護士以外の接見を禁じます」と告げた。書類から顔を上げることはなかった。勾留質問はわずか数分で終わった。流れ作業で人一人の自由を追加で十日奪う盲判を捺す裁判官の態度が不愉快だった。いっぽうで、勾留が決まり切っているのならいっそ手早く片付けてくれたのがありがたくもあった。どうせ艦娘になったこともない男に話すことなどなにもない。
留置場に戻った。昼食のあと鉄格子越しに留置官から正式な勾留延長通知書が手渡された。元海風はその場で準抗告を申し立てた。本当に延長が取り消しになるとは夢にも思っていない。とにかく裁判官によけいな事務仕事を増やしてやりたかった。軍隊と同様に、司法は法に則って正式な手続きで提出された正式な書類を黙殺することはできない。なんらかのリアクションをしなくてはならない。翌日、留置官が準抗告申立却下の通知書を渡してきた。通知書には元海風が一貫して黙秘していて捜査に協力的でないことが理由として書かれてあった。どうでもよかった。このぺら紙を作成させられた裁判官の徒労を想像すると、少しは溜飲が下がった。
延長された勾留期間中も元海風は刑事との取り調べで黙秘を徹底した。いっぽうで軍にいたころのくだらない話ばかりを聞かせた。刑事たちは元海風の機嫌をとれば供述してくれるのではないかと思い出話をひたすら聞いた。それをいいことにこの元艦娘は数時間ぶっ通しでしゃべるだけしゃべって取調室を独演会場にし、満足しては留置場へ帰った。手紙が来ていた。留置場の被疑者は外との連絡手段が警察の検閲を介した手紙か弁護士をメッセンジャーにするかしかない。元海風は弁護士を信頼していなかったので夫に手紙を書いていた。押収された薬物や道具類は友だちのもの。わたしは無罪。すぐに帰るから気にしないで。子供は元気?
返事にはこうあった。会社にはいづらくなって退職した。マンションも引き払った。いまは別のアパートにいる。帰ってきたらまた三人で暮らそう。本当におまえが薬をやっていたのなら、正直に話したほうがいい。
元海風は叫びながら居室の鉄格子にこぶしを叩きつけた。十五番は大笑いした。留置官が飛んできて怒鳴るが知ったことではなかった。おまえたちがわたしを逮捕なんかしなければ、わたしたち家族はいままでどおり生活できていたのに。
十日が過ぎた。もういちど勾留が延長された。二十三日の拘束上限期間いっぱい黙秘を貫いた。元海風は起訴されて被疑者から被告人になった。ひと月後、第一回公判がひらかれて結審し、一週間後に判決がいい渡された。懲役一年・執行猶予三年の有罪判決だった。薬物事犯なので保護観察にも付された。「控訴するだけ無駄ですよ」。勾留初日に当番弁護士として接見にきてそのまま国選弁護人に選任された弁護士が閉廷後にいった。自分は無辜を冤罪や警察検察の横暴から救いたいがために弁護士になったのであって、ドラッグに手を出しておきながら悪びれもしない艦娘あがりなどのために時間を割きたくない、と顔に書いてあった。
しかし弁護士にいわれるでもなく、元海風には控訴する気力が残っていなかった。逮捕からすでに二か月半が経過していた。帰りたかった。手紙でなく夫と子供の顔が見たかった。声が聞きたかった。海風として外地に出征していたころは一年や二年は会えないのがふつうだったが、このときは一刻も早く再会を果たして、生活環境の変化がふたりにもたらした影響の程度が予想より小さいことを確かめて安心したかった。執行猶予なら判決が確定すればその足で家族のもとへ帰れる。
裁判所から日の当たる駐車場に出ると夫が子供を抱いて待っていた。子供は気のせいかずいぶん大きくなったように見えた。夫はぎこちない笑みを貼り付けていた。「おかえり」。見覚えのある表情だった。退役して輸送艦で帰国したときに迎えに来たときの顔だった。元海風が戻ってきたことの安堵と、これからいままで通りに暮らしていけるだろうかという不安が複雑に入り混じった顔だ。
車の助手席に乗った元海風に、ハンドルを切りながら夫はいった。「もう、大麻……なんてものには頼らないでくれ。おれを頼ってくれ。支えになりたい」。元海風は涙をぼろぼろこぼしながら、何度も「うん」と頷いた。
だが涼風の粘つく恨み言を聞きつづけて十日後、元海風はいつの間にか覚醒剤を入手していた。高架下のまずいおでん屋で買う方法は留置場で十五番から聞いていた。購入したのはワンパケだけだった。初心者なら五回ぶんと売人の老婆はいっていた。元海風は一回だけ使って残りは捨てるつもりだった。一回なら依存せずに後戻りできるはずだ。あの十五番が病みつきになった薬物の味を知りたかった。一回だけ。一回だけ。
初回サービスということで無料でもらった注射器の封をあけた。医療用注射器だった。県内の大学付属医療センターで働く臨床工学技士から横流しされているというそのポンプに覚醒剤の水溶液を吸わせた。ゴムチューブを二の腕に巻いて怒張させた静脈に注射した。
「その瞬間のことは忘れられません」と元長波に元海風は苦笑する。「脳のしわに溜まった黒い澱がきれいさっぱり洗い流されたようでした。本当にすごかった。あのきらきらとした感じ。まるで魔法だったの」
暗い眼窩から重油のような黒い涙を流す涼風が、深海棲艦と遭遇しない毎日に
鬱のため動かなかった体が軽くなった。視界が明るかった。まるで祝福されているようだった。実際にはただ覚醒剤の作用で瞳孔が散大しているだけだが、元海風本人には2LDKの部屋が隈なくきらきら輝いて見えた。元海風の肉体は天国と地獄にそれぞれひとつずつ存在していて、いままでは地獄のほうの肉体に魂が閉じ込められていたが、覚醒剤を摂取すれば天国の肉体に精神を移すことができた。薬効が切れるとふたたび地獄にいる肉体に戻された。そこでは家事と育児が待っていた。体が極度の疲労感で動かなくなった。聞こえる音は赤ん坊の泣き声だけだった。天国には数時間しか滞在できなかった。
パケを見た。あと四回分残っていた。それは天国へのビザだった。どうせ捨てるなら使ったほうが合理的ではないかと思った。もう買わなければいいだけだ。
半年もするころには元海風の腕は無数の注射痕が星座をつくっていた。涼風にちゃんと笑っていてほしかった。江風に責められたくなかった。きらきらがない世界に耐えられなかった。天国のきらきらをいつまでも見ていたかった。元海風は「きら漬け」になっていた。
きら漬けのまま買い物に出た。その日は木曜日だった。車で十分のところにあるスーパーマーケットは毎週火曜と木曜と土曜に冷凍食品が半額になった。元海風はそのいずれかの曜日に決まってスーパーを訪れた。彼女の挙動があきらかにおかしいという保護司からの通報を受けた警察がひそかに彼女を内偵していた。買い物から帰ってきた元海風をアパート前で職務質問した。
「身体検査させてもらっていいですか」「どうぞ」。なにも出なかった。「車内見せてもらってもいいですか」「どうぞ」。なにも出なかった。警察官はいった。「おしっこください」「いやです」。大麻と違って覚醒剤は使用だけで違法になる。尿を採られたらそのまま逮捕だ。それは避けねばならなかった。「身体検査には応じました。車のなかも見せました。なぜどんどん要求がエスカレートしていくんですか? 弁当持ちだからってそこまでされなければいけないんですか? わたしはあなたやあなたの家族を守るために戦争へ行ったのよ」「何も出なかったら出なかったでいいじゃないですか」「あなたたちはそれが仕事だからいいでしょうけれど、こちらは時給も出ないのに付き合わされるなんて、納得がいきません」「潔白を証明できるんですよ」「なら最初から疑わなければいいでしょう?」。元海風は強引に家に帰ろうとした。もうひとりの警官が応援を要請していた。たちまち何台ものパトカーが駆け付けて十数名の警官が元海風を囲んだ。元海風の怒りは増した。警官はいつもこれだ。深海棲艦みたいにすぐに数で押し切ろうとする。人として恥ずかしくないのか。
尿の任意提出をあくまで拒むなら裁判所から令状をとって採尿の強制執行になると脅された。元海風はやれるものならやってみろと強硬な態度に出た。そのころには冷凍食品はすべて融けていた。「どうしてくれるんですか! あなたたちのせいでごはんが作れない!」。元海風は怒鳴り散らした。どろどろの冷凍食品を地面や道路に爆雷のように投げ捨てた。警官たちはひとつひとつ拾った。強引に部屋に戻った元海風は子供の食事をつくった。アパートのドアを警官らがあけたまま親子を監視した。その異様な状況で一歳の子供が泣かないはずもなかった。「閉めてください!」。これに警官たちは冷静に対応した。「採尿に任意で応じていただければ、ぼくらもこんなことせずにすむんですよ」
アパートの周囲は依然として複数の警察車両が囲んでいた。「令状が来るまであとどのくらいですか?」。元海風が訊くと警官のひとりが答えた。「だいたい五、六時間くらいを見ていただけたら」。小艦隊三個ぶんほどの警官に囲まれ、開け放した玄関から監視されながら六時間半待った。捜索差押令状が届いた。国家が人ひとりの尿を欲しがってわざわざ法的手続きをとった。そのことが元海風にはばかばかしく思えてならなかった。命がけで守った国家に裏切られた気分だった。
子供はまた児童相談所の職員が預かった。元海風はパトカーに乗せられ、泌尿器科のある病院へと連行された。「いまからでも任意で提出してくれれば、強制執行はなしになるよ」。道中の車内でかけられた若い女警官の声も元海風の耳には届かなかった。足下の床、元海風の両足の間に涼風の後頭部が現れたからだ。いつこちらを振り返るかわかったものではなかった。
元海風は院内の手術室でベッドに寝かされ、さらには両手両足を女性警官たちが押さえつけた。看護師にジーンズと下着をおろされた。医師がカテーテルの先端に滅菌済グリセリンを塗って元海風の無理やり開かされたむき出しの股間に近づいた。元海風はその医師の顔を見た。涼風だった。涼風の目と口から黒い粘液が流れ始めた。口の端が耳まで裂けていった。
元海風はすさまじい悲鳴をあげて暴れた。警官らは全力でこの薬物中毒者を拘束した。医師は激しく抵抗するジャンキー女に、けれどもてこずることもなくカテーテルを外尿道口から挿入した。するすると体内を遡っていくカテーテルがさらに膀胱内を犯した。元海風の意思とは関係なく尿が漏れていった。自尊心が尿とともに流れ出ていくようだった。屈辱のあまり元海風の食いしばった奥歯が砕けた。そうして強制採尿は終わった。
尿からは覚醒剤の成分が検出された。覚醒剤使用の容疑でその場で逮捕された。執行猶予も取り消された。
選任された若い国選弁護士が接見時にいった。「病院や薬物依存症リハビリ施設での治療を検討していると裁判官にいえば減刑される可能性がある」。元海風は拒否した。どうせ海軍転換艦隊総合施設のように画一的な治療プログラムで患者を治した気になる自慰行為に付き合わされるだけだろう。二度とごめんだ、二度と。
起訴される前の勾留中、夫が面会に来た。夫は涙ながらに訴えた。「もう本当にやめてくれ。どうしたら薬をやめてくれる? なにが望みなんだ?」。元海風にもわからなかった。そのときも元海風は刑期を終えたら覚醒剤が使えるとしか考えていなかった。
模範囚だったため元海風は仮出所の対象となった。夫が子供を連れて迎えに来た。「もう二度と、絶対にやらないでくれよ」。元海風はそんな夫がわずらわしく思えた。うるさいなあ、こっちはやっとシャバに出られたのに、しらけるようなこといわないでよ。その本音が声に出ないよう押しとどめるために口をせいいっぱい引き結んだので、なにも返答はできなかった。
大麻のプッシャーとともに逮捕されて収監されていた友人もこの時期には仮出所していた。ある日の昼にふたりで会った。友人は変わらず大麻を吸っていた。「あんたも捕まってたんだ」「そうなの。シャブでムショいってた」。元海風は友人に覚醒剤を教えた。友人も夢中になった。元海風以上のツネポンになるまでそう時間はかからなかった。
保護司は年々減少の一途をたどり、ボランティアであることも手伝って犯罪者や非行少年ひとりに割ける時間はきわめて限られていた。幼稚園全体の園児をたったひとりの保育士で見るようなものだ。元海風が覚醒剤の常習者であることを見抜くには、担当官に与えられた時間はあまりにも少なかった。
元海風は二歳の子供をひとりで留守番させ、車に友人を乗せて覚醒剤を買いに行った。一斉摘発でおでん屋はなくなっていた。だが大麻同様にネットで買えばよかった。むしろ便利になった。旧態依然としたおでん屋が淘汰されたおかげで覚醒剤もスマートフォンで求めやすくなった。それでも早く入手したいなら手押し*5の売人から引くにかぎるのは変わらなかった。買った。さあ家に帰ってパーティーだ。気が
三度目の逮捕で面会に訪れた夫はいった。「おまえが戦争で大変だったことはわかる。それは俺がどうにかしてやれるものじゃないことも。だが、だからといって、子供をほったらかしにして薬物に溺れていい理由になるのか?」
元海風はそのとき、自分でもわかるほど醜悪な表情に顔が歪んだ。いっさいの反論を許さない正論が憎かった。正論を吐いてどうなる? それでわたしがシャブをやめられるのか? 正しいことをいうだけなら小学生にもできる。大人なら実現可能な提言をするべきなのではないか? 元海風は夫の純真でさえある稚拙さを心から恨んだ。
服役した。出所した。子供は四歳になっていた。いい母親になろうと誓った。一年後には覚醒剤を入れるための血管を子供に探させていた。ドラッグをやめねばならないという意識はあった。つまり罪悪感もあった。だからこのころの元海風は「覚醒剤の使用を正当化する理由」を血眼で探すようになっていた。きょうはこんなストレスを感じる出来事があったから、覚醒剤を使っても許される。きょうは夫にきついことをいわれたから、覚醒剤を使ってもしかたがない。自分に対するいいわけを重ねた。
しかしもうどこにも針を刺すところがないので、お腹を空かせた子供が見ている前で覚醒剤の水溶液を自身の肛門に注いだ。そこを帰宅した夫に見られた。元海風は台所の包丁を持ち出した。柄を両手で握った。刃先を自分の喉に突き付けた。「この包丁を押してよ」。その状態で元海風は尻から水溶液を垂れ流しながら夫に詰め寄った。「この包丁を押してよ」。夫は、自分でも驚くべきことに、そうしてやらねばと思った。子供が泣いた。それで包丁の柄を一押しするのではなく、警察に通報した。
四度目の逮捕。刑務所に面会にきた夫の顔には感情がなかった。「おまえを支えたい気持ちはある。だが、おまえがいるとあの子のためにならない」。抗った。業を煮やした夫は離婚調停を申し立てた。そこでも元海風は一歩も譲らなかった。
駆逐艦娘は拝命した艦名と、所属する艦隊の看板とを背負う自覚が不可欠だった。どんなに些細なものであっても紛争では負けを認めてはならなかった。仲間内での口論、酒場での民間人との喧嘩。すべてにおいて正面から戦いを挑み、堂々と受けて立って、完全勝利しなければならなかった。引き分けは勝利ではなく、勝利ではない以上は敗北とみなされた。敗北した艦娘に名誉はない。名誉は艦娘にとって命にも代えがたいものだった。
事実、こんな挿話がある――元海風が現役中、ある隊で、酒の席における駆逐艦娘どうしのつまらない諍いが起き、自分から謝罪して場を収めようとした誠実な艦娘がいた。彼女は後日、基地中の同名艦たちから「恥晒し」と激しく誹謗中傷され、また艦隊の僚艦らからもいちじるしい不興を買った。「おまえのせいでわたしたちまで笑いものだ」。基地内で孤立し、嘲笑の的となった。耐えかねた彼女はついにトイレの個室のドアノブで首を吊って自殺した。そんな事例は大なり小なりどこの隊にもあった。
だから元海風も調停の場では夫はもちろんのこと、調停委員の説得にも頑として耳を貸さなかった。完全なる勝利以外許されないと信じ込んでいた。説得を聞き入れて拳を収める艦娘に名誉はない。軍ではたとえ軍法会議にかけられる不利益を被ろうとも目の前の勝利を摑む艦娘こそが艦娘として認められた。もう艦娘ではないのに、まだ駆逐艦娘のつもりでいた。時計の針を進めていなかった。
調停不成立から離婚裁判に発展した。一審は元海風の敗訴に終わった。しかも母親側は九割以上勝てる*6親権争いでも負けていた。刑務所に面会に来た弁護士から判決内容を伝えられて、迷わず控訴した。負けた。上告した。棄却された。引き分けですらない完全な敗北だった。「きちがい病院」から退院させられたときと同じく、また独りになった。その孤独を埋めるために元海風はますます覚醒剤に溺れていくことになる。
出所した日、友人にお祝いとして覚醒剤をプレゼントされた。炙って吸引した。上機嫌でひとり車を運転していると職務質問を受けた。パトカーとすれ違う瞬間あからさまに警官から顔を背けたので怪しまれたらしい。「なにか危ないものとか持ってませんか?」「いいえ、拳以外には」「車内とか見せてもらってもいいですかね」。ネタ(薬物)の入ったパケとポンプ(注射器)がとくに隠蔽工作もなくグローブボックスに入っていた。元海風は断固拒否した。警官ふたりはどこか達観した笑みを浮かべていた。「我々もね、わかってて声お掛けしたんですよ。だってお姉さん、目、イッちゃってますもん」
なおも元海風は運転席で粘った。応援の警官十人以上が車を囲んでも粘った。薬物担当の刑事が到着しても粘った。七時間以上も粘った。深夜になっても粘り通した。
裁判所から発行された捜索令状が届くまでのあいだ、最初に職質してきた警官が雑談を交えて元海風の説得を続けた。「
令状が来た。白い結晶の入ったパケが車内からあっさり見つかった。試薬検査がはじまった。結晶は試験管のなかで試薬に染まって鮮やかなブルーを呈した。「青色になったね」。刑事がいった。「ええ、
「もう今度こそは反省して、きっぱり足洗いましょうよ」。署へ向かうパトカーの車内で警官がいった。元海風は思わず鼻で笑っていた。呆れて反論する気にもならなかった。反省? 反省ときた。薬物依存は病気なのだ。病気を治すには治療が必要だ。なのに、するべきことが、反省? あなたたちは反省すれば、がんが治るとでも思っているの? 思わない? 結構。安心したわ。ではなぜ薬物依存は反省で治ると無邪気に信じていられるの? 仕事柄ポン中なんていくらでも見てきているだろうに。それでよく警官が務まりますね。やれやれ!
いつもの逮捕。いつもの取り調べ。いつもの黙秘。いつもの勾留質問。元海風は地方裁判所でも心ここにあらずだった。戦闘ストレスに起因する解離症状・無感動・鬱・無限の疲労感、それに覚醒剤の早期離脱症状が重なって外界の刺激に反応することがむずかしくなっていた。五時間待たされても待たされたことを記憶できなかった。裁判官の待つ部屋に呼ばれた。形式的な質問を受けた。舌が勝手に回転して応答した。それを元海風本人は他人事のように見ていた。魂と肉体の座標が一致しなかった。自分が勾留質問というセレモニーの当事者とはどうしても思えなかった。好きにしてちょうだい。
「もしかして海軍にいましたか?」。女性裁判官が人間味のある感情を乗せた口調で訊ねてきた。裁判官が女性だとようやく理解できた。「ええ」。元海風にはどうでもよかった。どうせ勾留は決定事項なのだからさっさと流れ作業で片づけてほしかった。「艦娘だった?」「ええ」。いらいらが募った。なにが知りたいんだろう、この裁判官は? セレモニーは台本どおりやってくれなくちゃ。
だが裁判官は決定的な質問を投げかけた。「海風だった?」。元海風は顔を跳ね上げた。このとき初めて元海風は女性裁判官の顔をはっきりと見た。年齢を重ね、紅色だった髪も黄金色だった瞳も生まれつきの黒に戻ってはいるが、間違いなくかつての後輩だった
トラック泊地では元江風に泊地での生活様式から武器装備の点検の裏技、良心的な娼館まで教えた。最後任だった江風はいつも元海風の後ろをついてきていた。「姉貴、姉貴」と元海風を頼った。その元江風は退役後、中卒の身から想像を絶する苦学の果てに司法試験に合格しさらには司法修習でも上位五%の成績を修めるまでに研鑽を重ねて判事となった。
あの美しい環礁の泊地にいたころ、後任であるその江風のことをどこか見下していなかったといえばうそになる。この子はわたしがついていなくちゃだめ。射撃や魚雷射法の成績も同時期のわたしより下。先任として導いてあげなくては。
ところがどうだ。いま自分は楽なほうへ楽なほうへと流されたすえに違法ドラッグを濫用するけちな犯罪者に成り下がった。元江風は自らの力で波風に逆らってでも目的地へと航海を続け、裁判官という目もくらむような社会的地位に昇りつめた。
最も見られたくない相手に、最も見られたくない姿を、こんな形で見られた。その後悔と情けなさと惨めさで、元海風はただ机に泣き伏せるばかりだった。薬物に溺れている自分を初めて恥ずかしいと思った。
「ここで再会したことは残念です。ずっとあなたがどうしているか案じていました」と元江風は、号泣しつづける元海風に冷静に語りかけた。「わたしがいえることは、あなたはわたしが知るかぎり最も優秀で、善良な艦娘だったということです。最高の艦娘でした。わたしにとっては実の姉同然でした。いまのあなたを見て本当に残念です。けれど手遅れじゃない。いまからでもあなたは法律を守って正しく生きることができます。わたしはだれよりもそれを強く願っています。あなたを信じている“妹”がいることを忘れないでください」
元海風は、それまでいちども考えたことのなかった薬物依存症からの脱却を元江風と自分自身に誓うことになる。留置場に戻った元海風は留置官に手鏡を借りた。正気に戻った目で自分を見た。そこには骨と皮だけになったみすぼらしい老婆がいた。まだ三十代なのに痩せこけて頬骨が張り出て、目だけが大きくぎらぎらしていた。黒に戻っていたぱさぱさの髪は半分白髪だった。体重はわずか三十二キロしかなかった。
刑務所では「虫をわかせ」るたびに元江風の成長した顔を思い出した。出所後は依存症治療専門病院を受診した。支持的精神療法・心理教育・個人心理療法・認知行動療法的心理療法・条件反射制御法などさまざまな治療プログラムが元海風を待っていた。
その治療中、友人が違法薬物の過剰摂取で亡くなった。治療の一環として連絡を絶っていたため人づてに聞いた。友人には身寄りがなかった。元海風ら数名の中毒者仲間で引き取って密葬した。焼き上げた骨は砂のように箸からこぼれた。元海風は友人を見捨てたという罪悪感を言い訳に覚醒剤を使用してしまい、その自己嫌悪で通りをふらついているときにパトロール中の警察官に怪しまれ、六度目の逮捕を迎えた。
幸いにも元江風の裁判官と関わることなく刑務所に行けた。だが次はわからない。
「江風との再会は、どんな言葉や量刑よりもわたしにシャブから足を洗う決意を固めさせました。あの江風とは、被疑者というかたちでは、もう二度と会いたくないの」
それで父親の会社を受け継ぎ、同じように更生を願う元受刑者らを雇う協力雇用主となってこんにちまで来ている。経済的事情から支払えずにいた子供の養育費も払うことができるようになった。来年には成人する息子とは十年ほど会っていない。会う資格がない。それ以上に、元海風のなかで息子の顔と覚醒剤が強く結びついてしまっているため、会うことがきわめてむずかしい。元海風は薬物から逃れるためにわが子の顔さえ見てはならなくなった。
息子は元海風の誕生日と母の日に欠かさずプレゼントを贈ってくる。元海風も息子の誕生日にはプレゼントを贈る。わずかとはいえ母子の絆を取り戻しつつある。そのきっかけをくれたのが江風だった。
「判事になったっていうその江風とは、わたしも同じ艦隊になったことがあってね」
と元長波が引き取る。
「まあ。奇遇です」
「それ以来会ったことは?」
「いいえ。わたしなんかに時間をとらせるのも気が引けて」
「会って礼をいいたい?」
「もちろん。できることなら」
それに元長波はいう。「実はきょう、来てもらってる」
元海風がぽかんと口をあける。元長波がドアに向かって「どうぞ」と声をかける。開けられたドアの向こうから、背広姿の元江風が知的で人好きのする笑みとともに姿を現す。元海風の下にいたときは十四歳のがむしゃらな駆逐艦だった。いまは三十九歳にして最高裁判所事務総局民事局第一課長と同第三課長を兼任している。きょうは多忙のなか元長波の頼みを快諾して駆けつけた。
元海風は自然と立ち上がって、子供のように顔をくしゃくしゃにしながら元江風に駆け寄る。ふたりは固く抱き合う。元江風の目にも光るものが見られる。
「ごめんなさい。こんなで、ごめんなさい」と元海風。
「いいンです。わたしだって、あのときわたしの代わりに殴ってくれた恩返しがしたいと思っていたンですが、なにもできなくて」
「いいえ。あなたのおかげ。ぜんぶ」
元長波には、泣きながら抱き合うふたりが、まだ十代だったころの、海風と江風だったころに若返っているように見えている。きっとそうなのだ。
「わたしはあなたを救えたンでしょうか?」
「そうよ。江風のおかげでやめようって思えた。あのときの裁判官があなたじゃなかったら、きっといまでもわたしはやり直そうなんて思いもしなかった。本当にありがとう」
「よかった。あなたはわたしに救われたと思っているかもしれませンが、いままさに、わたしはあなたに救われたンです。この道に進ンだのは間違いじゃなかったって。あなたはわたしにとって特別な存在だったから」
ふたりは体を離し、手を取り合い、涙とともに笑う。
「姉貴、ひさしぶり」
と元江風が微笑する。
「江風も」
元海風も返す。
それから元長波を見やる。
「ありがとう、長波さん」
元長波は軽く手を振る。
過ぎ去った時間は取り戻せない。だがいまこの瞬間に自分を変えようと立ち上がることはできる。そのときようやく戦争を終えられるのかもしれない。元長波は、かつて同じ艦隊で海を駆け、その後あまりに別々の道を歩んでいままた再び交わった数奇な運命のふたりの元艦娘を見て、そう思っている。