「無論、どちらもだ」
信仰と愛、どちらを選ぶかと問われた信一の答えは即答だった。
「……あのー、もう少し葛藤とかないんですか?」
『そもそも、優柔不断はやめてくださいって言葉聞こえてませんでした?』
それに対して早苗は呆れたような表情を見せる。
同時に、被さるようにして聞こえてくる声も、どこか呆れを含んでいるように聞こえる。
「あのですね。私と神が合体してるのは事実です。でも、合体しているからどっちを選んでも同じってわけじゃないんですよ?」
『そもそも、如何に神の器と言えど、わたしと私が同時に居続けられるほど大きくはないです。時間が経てば片方の意志を残し、溶け合って消えていくだけ』
「だから、どちらを残すかを信一さんに選んで欲しいんです」
早苗とヤハウェによる説明を黙って聞く信一。
要は、今の早苗は2人が同居している状態だが、それは限定的状況である。
最終的にはどちらかが消え去らなくてはならないのだ。
「私を唯一として、東風谷早苗を信じ愛するか」
『わたしを唯一として、ヤハウェを信じ愛するか』
「――あなたは選択しなければならない」
ニコリとどこか人形染みた笑みを見せ、両の掌を差し出す。
まるで、切り捨てるべきものを置いた天秤に似せるかのように。
「なるほど……丁寧な説明感謝する」
そして、その掌を見た信一はゆっくりと頷くと。
「だが、我の答えは変わらん」
当然のように両手を掴み取った。
『―――ダメに決まってるでしょ?」
その瞬間、倍に膨れ上がった重力が信一に襲い掛かる。
否、それは信一にだけ襲い掛かったのではない。
「私達だけじゃなく神社全体に力を…ッ」
自身の体にかかる負担と、軋みを上げる神社に神奈子は神社全体に重力をかけていると思う。
しかし、その考えはすぐに諏訪子により否定される。
最悪の形で。
「違うよ、神奈子…! これはそんなちゃちなものじゃない。こいつは―――世界そのものにだ!」
木が軋む音が聞こえてくる。
それは神社の柱の音だけではない。
妖怪の山全体の木々が悲鳴を上げている音だ。
「世界全体……つまり地球ッ!」
「はい。地球の質量を重くした
「地球の質量を重くしただけって……あなた、世界中の人間を巻き込んでいるのよ!?」
2倍だから何とかすんでいるが、下手をすれば人類の滅亡だ。
自分が何をやっているのか分かっているのかと、食って掛かる神奈子。
そんな彼女に対して早苗は、少し申し訳なさそうな顔で呟く。
「私も最初は幻想郷全体程度に収めるつもりだったんですけど……針の穴に糸を通すのって難しいじゃないですか?」
「……は?」
何を言っているのかと、思わず気の抜けた声を出してしまう神奈子。
しかし、すぐに早苗の言っている意味が分かり、顔を青ざめさせる。
幻想郷全体など、彼女の力からすれば針の穴程度に過ぎないという事実に。
『でも、確かに体の弱い人だと危ないですね。頑張って妖怪の山全体程度に抑え込みます』
そう言って、失敗失敗という顔で調整を始める早苗。
諏訪子は、そんなどこか子供っぽい姿を見つめながら冷や汗を流す。
早苗は針の穴に糸を通す手が、
もし、その指の狂いがもう少し大きければ。
重力の倍加が十、二十の範囲で行われていたら。
世界は簡単に滅んでいた。
「……流石は、世界をマジで滅ぼしたことのある神様は違うね」
『ノアの洪水のことですか? 大丈夫ですよ。万が一、世界が滅んでも、無かったことにするだけですし。最悪、一から作り直せますし。あ、さっきの重力操作で被害があった所はなかったことにしておいたので、心配しなくても良いですよー』
皮肉気に言ってみるが、真顔で返されて諏訪子は完全に黙り込んでしまう。
次元が違う。そうとしか言いようがなかった。
「さて、ちょっとトラブルがありましたけど、もう一度聞きましょうか、信一さん?」
「……何度問われようとも、答えを変えるつもりはない」
「だーから、それは出来ないんですよ?」
悪戯をした子供を叱るように、メッと信一のおでこに指を押し付ける早苗。
それと同時に、床がめり込む程の重さが信一の肩に加わる。
「選べるのは1つ。向けるべき愛の方向は唯一。浮気はダメ、絶対ですよ?」
『そもそもの話、どうしてそこまで両方を選ぶことに固執するんですか? どちらか片方しか選べないのに』
膝を屈し、首を垂れる用に俯くことしか出来ない信一に早苗は問いかける。
なぜ、どちらも選ぶと頑なになっているのだと。
そんな彼女に対し、信一は強い意志を持った言葉を返す。
「どちらかしか選べないと誰が決めた。信仰を捨てない。汝と共の道を歩む。両方を選ぼう」
「あ……」
早苗はその言葉に聞き覚えがあった。
いや、世界が滅んでもなお、忘れることはないと思った言葉だ。
「その台詞は……私に告白してくれた時の……」
「ああ、そうだ。さっきから言わせておけば……汝は我に、愛する女への誓いの言葉を破れと言うのか?」
「え、えーと……」
これにはさしもの早苗も、顔を赤くして返答に困ってしまう。
どちらも選べない優柔不断だと思っていたら、実際は自分への誓いを破らないためだったのだ。
思わず、照れ隠しで信一へかける重力をさらに上げてしまったのも無理はない。
「つ、つまり、それは私を何よりも大切に想っているということですから……私を選べばいいと思います」
「信仰は捨てんと言っただろう」
『それを重視するならわたしを選ぶべきです』
早苗とヤハウェがそれは自分を選ぼうと思っているのだと言うが、信一は頷かない。
「違う。あの時、我はどちらも捨てぬと決めたのだ」
どちらかを大切に想っているからの言葉ではない。
どちらも大切で、捨てることのできないものだからこその言葉だ。
「でも、愛する者は1人じゃないと……」
「早苗よ。汝はそこでまず、思い違いをしている」
『思い違い…?』
この全知全能たる神が一体何を思い違いをしているのか?
そんな視線に対して、信一は大真面目な顔で言い切る。
「ああ、愛が―――1人だけに向くなどと誰が決めた?」
時が止まる。
別に瀟洒なメイドが来ているわけでもないのに止まる。
早苗だけでなく、諏訪子と神奈子も凍り付く。
「こ…こ……」
そんな中で一番早く動いたのは、やはりと言うべきか早苗だった。
『ここに来てまさかのハーレム宣言ですかぁッ!?」
愛は1人だけに向くわけではない。
つまり、複数人に愛を向ける。
即ち、複数人の女性に愛を向けるハーレム宣言と早苗は受け取ったのだ。
「ゆ、許せません…ッ。私は信一さんのために全てを捨てたのに…! 信一さんが私を選んでくれないと、一緒に居続けることが出来ないのに…ッ!」
「落ち着け早苗。別にそういう意味で言ったのではない」
怒りで力が暴走し、妖怪の山全体に荒れ狂う嵐が襲い掛かってくるが気にしない。
今頃、河童が悲鳴を上げ、天狗がキレているだろうが気にしない。
どうせ、今の早苗を見て文句を言える勇気はないだろうから。
「妻を愛することと、娘を愛すること。それは浮気か?」
「え?」
「2人の女性を愛することを浮気と呼ぶならば、これも浮気だろう」
「いやいや、流石にそれは違うでしょ。愛の意味が違う」
信一の何やら良く分からない問いかけに、反射的に否定の言葉を返してしまう早苗。
そして、それこそが信一の欲しい答えだった。
「そうだ。愛には
男女の愛。家族愛。兄弟愛。師弟愛。
愛と一言で言っても、その中身は実に多様性に富んでいる。
しかし、種類が違うからと言って、優劣がはっきりとついているものでもない。
「妻を愛するのは男女愛。娘を愛するのは家族愛。確かに愛の意味が違う。しかしだ、早苗よ。汝は愛の種類でどちらか片方を切り捨てるか?」
「それは……」
答えづらい話に早苗が言いよどむ。
そして、信一はそこを勝機とみて一気に畳みかけていく。
「汝は妻を捨てて娘を取る者を。娘を捨てて妻を取る者を。夫として相応しいと思うか?」
「で、でも……」
「大切なものならば両方を掴み取ってみせる。それこそが男の甲斐性だろう」
どちらか片方を選ぶというのは確かに素晴らしい。
一途であるし、何より相応の覚悟を相手に示すことが出来る。
だが、考えても見て欲しい。この世に大切なものが1つしかない人間など存在するだろうか?
否。そんな人間など居ない。
そもそもの話、最初から大切なものが1つなら選択肢は生まれない。
捨てたくないものが複数あるから、この世は選択の連続なのだ。
「信仰と愛も同じだ。我は神を愛し、同時に汝も愛している。どちらも同じ愛だが、種類が違う。そして、その2つは両方ともに切り捨てて良いものではない」
信仰の愛と家族愛は別物だ。
だから、どちらか片方を捨てるという選択をしないと信一は言う。
しかし、それだけでは相手は納得しない。
『……詭弁でしょう、それは。問題はわたしも私も神だという点』
「そ、そうですよ! 私達は自分だけを見ていて欲しいから言ってるんです! 愛を自分だけに望むから、選んで欲しいんです」
信一が言っていることは所詮は論のすり替え。
早苗とヤハウェ、どちらを選ぶかの答えには相応しくない。
だから、そのような理論は通らないと口にする。
「なるほど、確かに我の論は詭弁かもしれぬ。しかしだ。信仰も、異性愛も、全ての愛を1人だけに注がなければならないと、貴方が言うのならば……神よ、それは貴方もだ」
『なにを……』
しかし、そんな反論だけでは信一の口を塞ぐことは出来ない。
「神よ、貴方はどうして―――我だけを愛してくださらない?」
早苗の表情が、ヤハウェの魂が凍り付く。
それは禁忌の言葉なのだから。
「神が人間全てを愛する
『……神は全ての人間に平等です。そして同時に人と神は平等ではない』
「確かに。神は全てを超越した存在。それ故に我ら人間は、神からの救いを受けることが出来る。我らがそう望んでいる以上、不平等である事実には目を瞑ろう」
人間には許されぬ行為も、神にならば許される。
理不尽だろう。だが、理不尽という概念こそが人が神を望んだ理由であり、あるべき姿なのだ。
しかし、同時に。神とは理不尽に納得できないからこそ、望まれた存在でもある。
「だとしてもだ、早苗よ。我もまた……嫉妬しているのだ」
「嫉妬…? 信一さんが? 一体何に?」
嫉妬は大罪だと常日頃から言っている信一の突然の告白に、早苗は困惑した様子を見せる。
そして、次の言葉を聞いて目を大きく見開くのだった。
「我以外の愛を受ける汝にな」
「……え?」
何を言っているのか分からない。
そんな表情を見せる早苗を置いて、信一は淡々と語っていく。
「汝は神だ。すなわち、不特定多数の信仰と愛を向けられ、なおかつそれを
自分だけを愛して欲しい。自分だけの愛を受け入れて欲しい。
自分だけを信じて欲しい。自分の信仰だけ受け入れて欲しい。
神とは、そんな願いに対して真っ向から反対する存在だ。
「何故、汝は我以外の人間に愛を向けられているのだ?
何故、汝は我以外の男に信じられることを良しとしているのだ?
何故、
紡がれる言葉は、ずっとひた隠しにしてきた醜い嫉妬の想い。
どす黒い独占欲の塊。軽蔑の対象になったとしてもおかしくはない。
だが、しかし。
「信…一さん……」
その想いを向けられる彼女は、どうしようもなく嬉しかった。
場違いにも頬が緩み、若干目じりに涙が溜まるほどに喜んでしまっている。
「ある日、お前がどこか別の誰かの下に行ってしまわないか、考えるだけで気が狂いそうになる」
「だったら……私を選んでください。そして、永遠という鎖で私を縛り付けてください」
始めて見せた信一の独占欲。
それが嬉しくて、抑えきれぬ喜悦が頬を染め上げ、呼吸を熱くする。
誰にも邪魔をされない2人だけの
そこでアダムとイブとして永遠に生きて居よう。
きっと、それを彼も望んでいるはずだ……。
「魅力的な提案ではあるが…その必要はない。何故なら、我は―――お前を信じている」
だが、続けられた言葉は彼女の願望とは異なるものだった。
「信じて…る…?」
「ああ、そうだとも。お前は決して我以外の男を愛さないと。例え、どれだけの信仰を受けても、我の愛する東風谷早苗から変わることはないと信じ……お前の幸福を祈っている」
決して裏切らないと信じている。
だから、嫉妬の念を抑え込んで、純粋に彼女の幸福を願うことが出来ているのだ。
「信じている。だから、お前が我以外を信じ愛することを許容できるのだ」
『……信じたとしても、裏切られるとは考えないんですか?』
「考えるさ。だとしても、我には信じることしか出来んし、必要もない」
『そんなことって……』
それでいいのか。裏切られる恐怖に耐えられると言うのか。
そもそも、どうして何の確証もないのに信じられるのか。
早苗の中では、そんな疑問が渦を巻くように沸き起こる。
自然と苦悶の表情が浮かび上がる。そして、信一はそこから1つの確信を得る。
「ああ、なるほど……神よ、お許しください」
『なにを…?』
「貴方を刺し穿つ槍は、今この手に」
神が、早苗が、自分以外を愛することを決して許さない理由を。
試練に次ぐ試練を与えて、決して人間を休ませようとしない理由を。
彼は理解した。
「神よ、なぜ貴方は―――我を
それは神は人間を信じているという大前提を壊す言葉。
敬虔深い信者であればある程に、思いもしない事実。
しかし、顔を青ざめさせる早苗を見れば、答えは一目瞭然。
「神よ……何故、貴方の予想を超えると信じてくださらない?
何故、人間に不可能はないと、心の底から信じてくださらない?
貴方が信じぬから、人間もまた―――神を信じ切ることが出来ぬのだ」
ただの卑小な人間の戯言だというのに、その場の誰もが動けなかった。
この場に居る信一以外の存在が全て、神であるために。
「主だけではない。神奈子殿に諏訪子殿もそうだ。神は人間を信じてくださらない。現代において信仰が薄れたから何だというのだ? 人は数千年もの間、神を信じてきたというのに。ほんの数百年の出来事で、何故そうも簡単に見限った? 貴方達が見てきた人間とは、信仰とは、その程度のものだったのか? 数多の命を捧げ、貴方達の理不尽を幾度も身に受けながらも信じてきた。それなのに、どうして貴方達は、ほんの少しの時に神を信じなくなっただけで、人間を見捨てるのだ? ……報われずとも信じ続けることこそが、信仰だというのに」
神々を観客にした人間の独壇場。
口を挟みたい。しかし、挟めない。
力の差が逆転したような、まるで天地がひっくり返ったような状況。
しかし、それも仕方のないことだろう。
信一の紡ぎだす言葉は、言わば。
「そうだ。人が神を信じなくなったのではない―――神が人を信じていないのだ」
「主よ。貴方は人間を信じると言いながら、その実、信じ切れていない。
本当に信じているのなら試練など必要ない。救いの手も必要もない。
人間が光り輝く存在だと、真に信じているならば、わざわざそれを示す場を与えはせぬ。
人間が如何なる試練も乗り越えると信じているならば、ただ見守るだけだろう」
何もしないというのは、放任主義と取られるかもしれない。
しかし、信じるとはそういうことだ。
赤子が自らの足だけで立とうとしているのを支えない。
例え、立つことが出来ずに倒れたのだとしても、手を差し伸べずに見守る。
次は必ず成功すると、赤子以上に彼のことを信じて。
ただ愛し、見守り続ける。
「しかし、貴方はそうはしなかった。この世に悪魔を解き放ち、世界を誘惑で満たした。そして、必ず救うという約束すらしてみせた。それは何故か?」
だが、神はただ見守ることを良しとしなかった。
自らで試練を与え、人間に乗り越えてもらおうとした。
もし、人間が自分の与えた試練を全て乗り越えるのならば。
「答えは簡単だ。貴方は人間を信じていない。だが―――誰よりも人を信じたいのだろう」
人を本当の意味で信じられると、そう
「……ホント、神になる前だったら、信じる程度のことで、なんて大げさなことをするんだと思っていましたけど」
ポツリと、早苗が静かな言葉をこぼす。
相手を信じるなんて難しいことでも何でもない。
神となる前はそう思っていた。
だが、しかし。
『全知全能になったら何も―――
ヤハウェと同化した今となっては、全てを信じることが出来なくなっていた。
「別にみんなが嘘をついていると分かったとかでもないですし、急に世界が悲観的に見えるようになったわけでもないんですよ? ただ」
全知全能である神にも関わらずに、人間にすらできる行為が出来ない理由。
それは笑ってしまう程に簡単でいて、泣いてしまう程に複雑。
「全てが分かり、出来る。それって……誰も信じる必要がないってことなんですよね」
神が全知全能であられるからだ。
そう。何もかもが分かるのだから信じる必要がない。
「人間は分からないから不安になる。でも、同時に分からないことがあるから相手を信じられる」
信じるとは確証がないことに対して行うものだ。
明日は晴れると信じる。
この人ならば嘘をつかないと信じる。
神様が自分を見ていてくれると信じる。
これらは全て
『でも、
考えてもみればいい。
明日は必ず晴れると分かっている。
この人は嘘をつかないと分かっている。
神様が自分を見てくれているのが分かっている。
そうなれば。
『分かっているのだから信じる必要がない。信じるとは確証がないものを思うこと。お互いの心が分からないからこそ生まれる感情。なら、全知全能の神は……何も信じられない』
何も信じることが出来ない。
「その通り……信じるという心は、人の愚かさの象徴。完全無欠たる神には起こり得ぬ感情。人間特有の滑稽で、愚かで、か弱く、何よりも―――美しいものだ」
『そう、だからわたしは人間を愛している』
静かに瞳を閉じてヤハウェは耳を澄ます。
そうすれば全ての声が聞こえてくる。
真の信仰も、偽りの信仰も。全てが手に取るようにわかる。
「そもそもの話。貴方ならば、このような会話など必要ない。我が何を言うかも、それでいて自身が見透かされることも全て知っていた。そして、それを防ぐ術も星の数よりもあった。だというのに……今の状況がある。これが答えだろう」
『……変な話ですよね。相手が裏切るか裏切らないかも分かるのに、知っているのに……疑念が消えないんです。信じられないんです。全知全能だというのに』
神は全てを知るが故に、何かを盲目的に信じるということが出来ない。
故に誰よりも証拠を欲しがるのだ。これだけしてくれたから、信じていいだろうと。
相手が自分を信じ切れるかどうかなど、試す前から分かる。
だとしても試さずにはいられない。それは神が信じることが出来ないから。
分かっているのに疑念が消えないのだ。
「ねえ? あなたは私を愛していると言ってるけどそれは本当? 命を懸けられる? 全てを捨てると誓ってくれる? ねえ、あなたの愛は―――証明できるの?」
だから試練を与える。乗り越えればそれが真実の愛だったと分かるから。
でも、それが終わればまた不安になる。その繰り返しだ。
神は人の愛を証明するために試練を与え続けるのだ。
永遠に満たされぬ愛に狂いながら。
「信一さん……私はただ不安なんです。貴方の愛が本物か分からないから。信じられないから。いつだって、貴方の視線を独り占めにしていないと気が済まない。愛に種類があると分かっていても、貴方の愛全てを受けていないと不安になる」
神は父と呼ばれる厳しさと、強さを持っているとされる。
しかし、神は全知全能。すなわち、全てを内包する存在。
ならば、か弱い女の優しさと、弱さも持っているはずだ。
そして、それが今の早苗と同化した姿なのだろう。
「ねえ、信一さん。貴方の愛は……本物ですか?」
弱々しい声。全てが分かっていても不安になってしまう感覚。
そんな、乙女の覚悟を決めた問いに対して。
「分かるわけがなかろう。常識的に考えて」
「……へ?」
信一は呆れたように返すだけだった。
「い、いや、ちゃんと答えてくださいよ」
「全知全能たる神ですら分からぬのなら、この世の誰も分かるはずがない」
『……それを言ったらお終いでしょう』
神に分からないことが人間に分かるはずもない。
よって、愛を証明することなど出来はしないという方程式が成り立つ。
「そもそも愛は証明できるものではない。出来るのは信じることだけだ」
「それが出来ないから困ってるんですけど……」
今までの話は何だったのだと、思わずツッコミを入れてしまう早苗。
しかし、それで終わる信一ではない。
「だから―――信じられるようになるまで試せ」
力強い声で言い切る。
耳ではなく、心に届くように。
『え……で、でも、それは相手を信じられていない証拠ですし』
「だとしても、貴方にはそれしか出来んのだろう? ならば、何も変わらない。気のすむまで我に試練を与え続けるがいい。それこそ、永遠にでも付き合ってみせよう」
彼の言葉は聞くまでもなく分かっていた。
それでも、意外だった。彼がそれを言うことではなく。
自分がこんなにも嬉しいと思うことが。
「
「神に人間を信じさせるという試練なのだろう? ならば超えられぬはずもない。何故なら」
不可能に見える難題であったとしても、それが神からの試練ならば問題はない。
「神は決して、乗り越えられぬ試練を与えぬッ!!」
逆転の発想。神が与える試練が全て乗り越えられるのなら。
神からの試練ならば、逆に不可能な試練も乗り越えられるようになるのだ。
「故に、与えよ! 試練をッ! 貴方への信仰を示す試練を! お前への愛を示す試練をッ!」
無茶苦茶な理論だ。
普通に考えれば、そんな道理など通るはずもない。
しかし、世の中にはそんな道理を捻じ曲げる理不尽な存在が居る。
「可能性が万が一、億が一でも構わん。我には那由他の彼方であっても十分過ぎる」
理不尽の名は神。そして、神とは人々の信仰によって形作られた存在。
すなわち、人の信じる姿であり、行為であり、概念である。だから。
「そうだ。我は必ず―――信じてもらえると
信じ続けていれば、いつか必ずその願いは叶うのだ。
『……ああ、人の子よ。その言葉に偽りはないな?』
「嘘を言ったら針千本ですよ?」
「無論だ」
ヤハウェの脳裏に、ありとあらゆる未来の可能性が映し出される。
そして、そのどれに登場する彼も、決して十字架を離すことはなかった。
早苗の脳裏に、ありとあらゆる世界の信一が映し出される。
無限のもしもの彼が居た。それでも、彼の隣にはいつも1人の少女が居た。
結果は知った。だが、それでも、全知全能たる神は尋ねずにはいられなかった。
『お前は……わたしを唯一の神として信仰するか?』
「あなたは……私を唯一の女性として愛しますか?」
怒られるのを恐れる子供のようにおずおずと。
とても、神とは思えぬような弱々しさで。
だから、信一は2人を安心させるように――
「――神に誓って」
柔らかな満面の笑みを浮かべてみせるのだった。
「信一さんが笑った…?」
『なるほど……名は体を表すか。
イサク西山信一。
それが信一の洗礼名であり、生まれた時から仏頂面だった彼が笑えばと願ってつけられた名だ。
『ああ、いいだろう、イサクよ。お前の望むように、お前の願うように、わたしは永遠に試練を与え、お前を永劫に渡り傷つけよう』
「望むところだ」
『しかしだ、1つ問題がある。わたしは永遠だ。だが、お前は永遠ではない』
ゆっくりと、どこかぎこちない足取りで信一の目の前に来る早苗。
と、同時に、どういうわけか一羽の白いハトが早苗の肩に現れる。
『わたしはお前の願い通りに、この少女とは別の存在であり続けよう』
「……つまり、分離したということか?」
「そうですね。力がごっそり減った感じです。まあ、それでもパワーアップしてますけど」
信一の願いは信仰と愛を別々に貫くこと。
そのため、ヤハウェと早苗が同居しているのは好ましくない。
なので、分離したというわけだ。
『話を戻すが、今のお前は滅びある肉体だ。それでは永遠に耐えられぬ』
「だから…その……え、永遠をくれるそうです」
「なるほど、願ってもない話だ。それで、どのようにすれば?」
『お前は、ただ黙って立っておればよい。力は既にこの少女に渡している』
何やら、頬を赤く染め、モジモジとしている早苗が気になる信一。
しかし、信仰する神に黙っていろと言われた以上は、言われたとおりにジッとするしかない。
「信一さん……動かないでくださいね?」
「動くも何も、何をする気――」
何をする気だと、最後まで言うことは出来なかった。
何故なら、その唇は早苗の唇で塞がれてしまったからである。
唇から伝わる、柔らかい感触。鼻腔をくすぐる甘い匂い。
そして何より、自らの肉体が作り変えられていくもどかしい感覚が、信一の体を駆け巡る。
体の不調が全て消える。古傷すら立ちどころに直っていく。
本来ならば、それは最後の審判を終えた後に与えられるはずの肉体。永遠の命。
老いや死から解放され、
つまり、それは。万人が求めてやまない。
―――
「「ブッフォッ!?」」
ふぁさぁ…と生え出てくる信一の髪に、空気に徹していた諏訪子と神奈子が耐えきれずに吹き出す。
「…? 一体何が――ファッ!?」
キスをしていたため目をつぶっていた早苗が、遅れて状況に気付き仰天の声を上げる。
信一の姿を見て驚いていないのは、鳩の姿をしたヤハウェだけである。
全知全能であるがために、こうなることを知っていたので驚かずに済んだのだ。
というか、こいつ知っててやったのだから確信犯である。
「なんで…なんで…私の青春はいつもこうなるんですかーッ!?」
1人の女神の慟哭が響き渡るが、世界は無情。
人間の記憶は消すことが出来ても、神の記憶は消すことが出来ない。
彼女の青春の1ページに刻まれた育毛の奇跡は、永劫消えることがない。
『これも試練なのだ、少女よ』
そんなファーストキスを台無しにされた早苗に、鳩ヤハウェは真顔で告げる。
当然、早苗はこの鳥畜生に殺意を抱き、そして誓うのだった。
「改宗なんて……絶対にしないんだから…ッ」
何があっても、この神だけは信仰しないと。
取りあえずストーリーは完結。今後は後日談とかですね。説明不足な部分もありますし。
この作品は一部はカミを失い、二部はカミを得るというのがテーマでした(真顔)
感想・評価もらえると嬉しいです。
後、新作書きました。こちらもどうぞ(ダイマ)
『茨木童子の腕を見たとき……勃起……しちゃいましてね』https://syosetu.org/novel/183564/
まあ、新作と言っても2話目なんですけどね。