(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

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今話にて灰色の騎士リィン・オズボーンは完結です。
続編にして完結編となる「獅子心将軍リィン・オズボーン」の投稿は近日中を予定しています。


君と未来へ

 七曜暦1205年3月27日、その日は多くの者にとっては何の変哲もないただの休日でしかなかったが、一部の者たちにとっては記念すべき日であった。リィン・オズボーンとトワ・ハーシェル、二人の挙式である。ーーーあるいは、式の主役たる二人の歴史に於ける重要性を考えれば、それは彼らと個人的な関係のある者たちに留まらない、歴史的な出来事と評すべきであったかもしれない。

 

 金銭に不自由することはない二人なので、その式は盛大に執り行われる事となった。

 二人の親友たるアンゼリカ・ログナー、ジョルジュ・ノーム、クロウ・アームブラストを筆頭に220期生の大半とⅦ組を含む221期生、そして教官が参列したその式は卒業式から一週間足らずだというのに、ちょっとした同窓会の会場のような状態となっていた。

 無論参列者は早い再会だったな、あの涙は何だったんだろうかと苦笑を浮かべる有角の若獅子だけではない。

 新郎との縁からヴァンダールの一門が、帝都知事たるカール・レーグニッツが、RFグループ会長たるイリーナ・ラインフォルトが……と錚々たるVIPが並び恐縮するハーシェル一家だったが、彼らを何よりも驚かせた参列者は新郎と縁のある者ではなく、他ならぬ彼らの愛する姪との縁から出席しているものであった。

 「内戦中に世話になって、数日後には秘書になってくれるトワ君の結婚式ともなれば出ないわけには行かないだろう?」と皇族にして副宰相たるオリヴァルト皇子が参列しているのだから。

 緊張するでもなく皇族と親しげに会話をするその姿は、改めてハーシェル夫妻に自分たちの姪も歴としたトップエリートだという事をこの上なく知らしめるのであった。

 

「天使だ……」

 

 また挙式が正式に始まる前の時間、花嫁の控室にてウエディングドレスに身を包むトワ・ハーシェルを見た瞬間アンゼリカ・ログナーはただ一言そうつぶやいた。

 

「アン、流石にわかっているとは思うけど……」

 

「今日くらいは自重しておけよ。頼むから」

 

「その位わかっているさ!ええい、静まれい!静まれい私の腕!!!」

 

 そうしてアンゼリカはブルブル震える己が腕を必死に押さえつける。

 そんなログナー侯爵の様子に在学時代に見慣れているトールズの面々は「何だいつものことか」とスルーするが、余り耐性の出来ていないハーシェル家の面々はその深窓の令嬢とも侯爵家当主としても不適格な変質者丸出しの様子に困惑した表情を浮かべるのであった。

 

・・・

 

「……本当に立派になられましたね」

 

 花婿の側の控室にて、成長した義弟の姿をクレア・リーヴェルトはどこか切なさを秘めた眼差しで見つめながら寿ぎの言葉を贈る。

 その胸の中にあるのは確かな喜びと寂しさ。

 目前の義弟の成長を寿ぐ気持ちと、置いて行かれる寂寥感の混じった複雑な心境であった。

 

「本当にな。あのチビスケが今や准将閣下だ。全くあっという間に俺らを追い抜いて行きやがって。

 トドメとばかりに卒業と同時に結婚するときたものだ。

 義兄貴としては嬉しいやら、寂しいやら複雑な心境だぜ」

 

 レクターもまたどこかそんな喜びと寂寥感の混ざった気持ちを滲ませ、肩を竦める。

 

「これも偏に多くの人の縁に恵まれたおかげさ。

 10歳の時に出会って以来、多くの事を教えてくれた義兄と義姉を筆頭にね」

 

 そしてそんな二人とは対照的にリィンはどこまでも純粋な感謝を込めて義兄と義姉への感謝の言葉を捧げる。

 照れ臭そうにした後一転、レクターは何時もと同じようなどこかからかうような口調で

 

「なんつーか、こうして絵面だけ見ると本当に犯罪的な光景だな。

 外から見ただけでお前らが1歳差、あまつさえ花嫁の方が年上だなんて誰も思わねぇだろ」

 

 片や十七勇士の正装に身を包み、185リジュの堂々たる体躯を有する偉丈夫。

 片や150リジュにも満たない未だ日曜学校に通う年齢だと言っても通じそうな少女。

 それこそ下手をしなくても父娘に間違われてしまいそうだと花婿の方の控室にてレクターは苦笑しながら告げる。

 

「アハハハ、リィンってば卒業式の時にも久しぶりに制服着ていたけど、なんというか一人だけコスプレしていたみたいだったもんねー」

 

 悪意など欠片も存在しない、無邪気な様子でミリアムは告げる。

 

「……ほっとけ」

 

 少しだけすねたような口調でリィンは口にする。

 そしてそんな様にクレアはクスクスと小さく笑う。

 

「良いじゃありませんか。ある意味ではこの上ない成長の証という事なんですから」

 

「はい、それだけ准将が上に立つものとしての風格と威厳に満ちているという事なので余り気にされる事は無いかと。……それよりも、本当によろしかったのでしょうか?」

 

 おずおずとどこか落ち着かない様子でアルティナは告げる。

 

「?アーちゃんってば何を遠慮しているのさ。

 アーちゃんは僕たちの妹なんだから、リィンの結婚式に出るのだって当然の事じゃん」

 

「いえ、そちらもそうですが、それ以上にリィンさんが私の後見人になったという件についてです」

 

 本来であればアルティナ・オライオンはまだ日曜学校に通うような年齢だ。

 それが各種特例と権力によってミリアムと同様に情報局に在籍している身なわけなのだが、それでも当然ながら独り立ちするにはあまりにも早すぎる年齢だし、何よりも彼女の精神はある意味ではミリアムよりも更に幼い状態にあるとリィンは彼女と行動を共にしている内に悟らざるを得なかった。

 そしてそんな新しい義妹をほうっておく等という選択肢はリィンには存在しなかった。

 トワへと無理を承知で頼み込み、彼女は当然のように笑顔で了承してくれた、義兄レクターの力も借りて彼女の後見人という立場を公的に勝ち取ったのであった。

 ミリアムがクレアの下で暮らしているように、彼女には共に過ごす家族が必要だとリィンは考えたのだ。

 

「そちらの方面の知識が乏しい事は自覚している私ですが、それでも新婚の夫婦にとって二人きりの時間という事が大事なものだという程度の事は知っています。

 だと言うのに、私のような者が一緒では……その迷惑ではないでしょうか?」

 

 まるでリィンに邪魔だと思われる事が何よりも耐え難い事なのだと言わんばかりに怯えた様子の少女に対してリィンは苦笑して

 

「迷惑だったらそもそもそんな役目を引き受けたりはせんよ。

 この件については、ちゃんと彼女とも話し合って決めた事さ。

 むしろ、アルティナの方こそどうだ?俺達と暮らすのは嫌じゃないか?」

 

「いえ、そのような事は決して……」

 

「じゃあ決まりだな。

 子どもが遠慮なんかする物じゃないさ」

 

 そうしてリィンはそっとその頭を撫でてやる。

 髪の色も相まってその様は仲の良い兄妹、あるいは父子にさえも見えるような光景であった。

 

「ねぇねぇエリオット、お姉ちゃんってば凄く大事な事に気づいちゃったわ」

 

「どうしたの姉さん、そんなに嬉しそうにして?」

 

「あのね、アルティナちゃんとミリアムちゃんがリィンの義妹って事は私の義妹って事でもあるんじゃないかしら?どうしましょう、トワちゃんも入れたら一気に義妹が三人も出来る事になるわ」

 

「……えっと」

 

 真顔で隠しきれない喜びを広げて筋の通っているようで微妙に通っていない気がする事を言う姉の様子にエリオットは困惑する。

 

「言われてみればそうじゃん!わーい、フィオナお義姉ちゃーん!」

 

 そんな中ミリアムはその言葉を聞いた瞬間にフィオナの胸へと飛び込む。

 

「なーに?ミリアムちゃん」

 

 フィオナもまた驚くでもなく、微笑みながらミリアムを抱きしめる。

 

「えへへー頭撫でてー」

 

「もちろん良いわよー。はーいよしよし。ミリアムちゃんは何時も明るくて本当にいい子よねー」

 

「でしょでしょー」

 

 そしてそんな甘え上手な方の義妹の様子に苦笑を浮かべた後、義姉とは対照的に甘えベタな真面目な義妹の方へと再度視線を向けて

 

「な、子どもというのはあんな位でちょうど良いのさ。君もお姉ちゃんを見習ってもう少しだけワガママになると良い」

 

「えっと、それでは……わーい、りぃんおにいちゃーん」

 

 明らかに無理をした様子の棒読みの言葉が響く。

 そんな様にリィンは微笑ましさを覚えながら、苦笑して

 

「いや、無理に真似しろという意味ではないからな。ま、時間はあるんだ。ゆっくりとその辺は学んでいけばいい」

 

 そっと再度可愛らしい義妹の頭を撫でてやるのであった。

 

「うう……あんなにも小さかった子どもがこんなにも立派になって……父は、父は嬉しいぞ~~~!!!」

 

 そんな式典前の和やかな空気の中、オーラフ・クレイグの野太い叫びが木霊する。

 その瞳からは既に大滝のような涙が溢れていた。

 

「もーう、父さんってば、いくらなんでも泣くのは早すぎるよ」

 

「でも、お父さんの気持ちもわかるわ。お姉ちゃんも同じ気持ちだもの……」

 

 そんな父の様子が伝播したかのようにフィオナもまたグスリと涙を零し始める。

 そんな家族の様子にエリオットは苦笑しながら

 

「うーん、二人が泣き出しちゃったから代わりと言ってはなんだけど僕から一言言わせてもらうね。

 おめでとうリィン、まさかリィンがこんなに早く結婚するだなんて正直思っていなかったけど、きっとトワ会長と一緒だったら大丈夫だね。お幸せに。

 本当ならリィンの結婚式の時には僕がお祝いの曲を演奏でもしてあげたかったんだけど……まだアマチュアだからね。流石にこんな凄い人達が一杯のところでやるには流石にまだまだ役者不足だよ」

 

「何、気にする事はないさ。プロデビューの暁には皆で押しかけるから、その時に聞かせてくれればいい」

 

「うん、その時には今日の埋め合わせも含めて精一杯演奏させてもらうよ。

 僕の信じた音楽の力を改めて証明するためにもね」

 

 そうしてリィンとエリオットは互いに笑みを交わし合う。

 穏やかで優しい時間が流れていた。

 それぞれ忙しい身の上にも関わらず、リィンの家族達は、皆当然のように参加していた。

 大将たるオーラフも、激務を抱えるクレアにしてもレクターにしても、皆リィンの晴れ姿を目に焼き付けるために出席していたのだ。ただ一人、リィンの血の繋がった実の父を除いて。

 

「ったく息子の晴れ舞台だっていうのに、あのおっさんは何やってんだか」

 

 レクターがぼやくようにそう口にする。

 

「仕方がないですよ、忙しい方ですから」

 

 そう口にしつつもリィンのその言葉はどこか誤魔化すようなものであった。

 忙しい身というのならば、オーラフにしてもオリビエにしてもそれは同じなのだ。

 だというのに彼らは時間を作ってこうして来てくれた。

 つまるところ、自分の結婚式は父にとってはわざわざ時間を作ってまで出席するのに能わないものだという事なのだろうと。何せ、既に自分達親子の道は別たれたのだからと、内心でどこか諦めの色を漂わせながら。

 

「すまない、道が混み合っていてね。少々遅れてしまったようだ」

 

 そんな思いを裏切るようにその男は姿を現した。

 

「父さん……来てくれたんだ」

 

 今、自分はどういう表情を浮かべているのだろうか。

 困惑しているのか、それとも笑っているのかリィンには自分の気持の判別がいまいちつかなかった。

 

「当然だろう、愛する息子の晴れ舞台なのだからな。

 これを欠席しては、女神の下に召された時にカーシャになんと言われるかわかったものではない。

 余りアレに怒られる原因を増やしたくはないのでな」

 

 そう告げるギリアスの姿に皆驚く。

 何故ならばその瞬間、確かに彼は微笑んだから。

 常のような不敵な笑みではなく、それは真実息子を思う何処にでも居る父親としての表情で……

 

「リィンよ、余り多くを語る気はない。

 私からお前に告げておくべき事はただ一言だけだ。

 大切ならば、必ずその手で護り通せ。

 ーーー惚れた女に先立たれるというのは、この上なく堪える事なのだからな」

 

 お前は自分のような負け犬(・・・・・・・・・)に決してなるんじゃないと告げられた父の言葉にリィンはそっと微笑んで

 

「ちょっと違うよ、父さん。

 俺達はこれから互いに支え合って生きていくんだ。

 俺が一方的に彼女を護るわけじゃない」

 

 告げられた愛息子の言葉、それにギリアスはこの男にしては珍しく本当に呆気に取られたような表情を浮かべた後に、心の底から安心したようなクレア達が見たこともない優しい笑みを浮かべて

 

「そうか……そう言えるのならば安心というものだ。

 本当に良い相手と巡り会えたのだな」

 

「うん、俺には勿体無い位の最高の女性だよ」

 

 そうして道を違えた父子は笑い合う。

 それは胸を張って自分の選んだ女性を自慢する息子と成長した息子の姿を寿ぐ父親というどこにでも居る、普通の仲睦まじき父子の姿であった。

 

 

・・・

 

 多くの参列者が見守る中雄々しき花婿と可憐な花嫁は壇上へと登る。

 壇上には女神に代わり、婚姻という誓いの見届け役たる老神父が若人の門出を祝福する慈愛に満ちた表情を湛えながら待ち構えていた。

 

 

「新郎リィン・オズボーンさん、あなたは新婦トワ・ハーシェルさんを妻とし、女神の導きによって夫婦になろうとしています。汝健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「はい、誓います」

 

 胸を張ってリィンは宣誓する。

 彼女と一緒ならば例えどれほどの苦難や絶望が待っていようとも自分は、いや自分たちは乗り越えられると信じて。

 隣に居るこの何よりも誰よりも愛しき人が支えてくれる限り、自分は誰にも負けない無敵の英雄になれるのだと誇りと共に。

 

「新婦トワ・ハーシェルさん、あなたは新郎リィン・オズボーンさんを夫とし、女神の導きによって夫婦になろうとしています。汝健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「はい、誓います」

 

 トワもまた同じ気持ちだ。

 彼女が好きになったのは英雄でも、将軍閣下でもない。

 何処にでも居るがんばりやさんで真っ直ぐで、だけど不器用でそれでも優しい青年の事を好きになったのだから。

 例え彼が英雄じゃなくなったとしても、世界中の人が彼を責めたとしても自分だけは彼を支え続けるのだと誓って。

 

「それではお二人とも、誓いの口づけを」

 

 二人の身長差は30セルジュ以上。

 そのままでは口づけを交わす事は当然できない。

 故に花婿の方は膝を折って花嫁と目線を合わせる。

 遠くだけを見つめながら、彼方に歩き去りなどしない。

 大切で愛しい君と共に歩んでいくのだとそう伝えるように。

 

 そうして二人は口づけを交わし合う。

 誓いの言葉を封じ込めて永遠とするために。

 これから先の未来を二人で共に築いてくのだと信じて……それは大きな時代の流れの中に翻弄されて消えていく泡沫の夢なのかもしれない。

 これより待ち受けるのは激動の時代であり、男はそんな時代の“贄”として運命へと射止められた“英雄(イケニエ)”なのだから。

 

 されど、それでも何時だとて未来を築いていくのはそんなささやかな願いと思いなのだ。

 故に門出の季節を迎えた若人に送る相応しき言葉というのは決まっている。

 

「どうか……幸せにな」

 

 そして、自分を超えて行け愛しき息子よ。

 子は親を超えて行くものなのだから……

 


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