『 我が 神なり 』
────スカイピア唯一神〝
『まず先ほど見たマスターの力は、あなた方の魔法のような先天的なものではありません。あれは〝メラメラの実〟と呼ばれる果実を食べたことにより得た後天的な能力です』
エースとなのは、ユーノ、そしてリンディたちが見つめる中、エールは再度説明を始めた。エースの力の根源を知ることができるとあって、全員の真剣さが増す。
聞き覚えがある内容になのはは相槌を打った。
「うん、それは私たちも聞いたよ」
「確かエースはそれを食べて、炎を操る力を手に入れたって言ってたね」
なのはとユーノが頷き返す。聞きなれない言葉に興味深そうに聞き入るリンディ達に相槌をするように、エールは発光しながら言葉を重ねた。
『ええ、そう言いました。ですが、なのは、ユーノ。あなた達の認識は厳密には違います。基礎知識を持たないあなた方を混乱させないようにというマスターなりの配慮だったのでしょうが、これから先も誤解したままというのは少し困ります。マスターが説明したことに加え、私が詳細をお教えしましょう(なのは、ユーノ。申し訳ありませんが、悪魔の実の弱点については黙っておいて下さい)』
言葉の中に二人だけにわかる念話を飛ばすエール。二人がアイコンタクトで了承したのを確認すると、彼女は新たなウインドウを展開した。
『それではその概要から。メラメラの実はまたの名を〝悪魔の実〟とも言う、私達の世界に存在する海の秘宝のことです。悪魔の実は
言葉と共に先ほどと同じ三つの、今度はサークルがそれぞれ異なる色を帯びながら出現した。それを囲うように大きな円が出来、その横に悪魔の実という表記が現れる。どうやら、それぞれが違う性質を現していることを意味しているらしい。
『現在、悪魔の実の種類は大きく分けて三つに大別されています。それぞれ超人系〝パラミシア〟、動物系〝ゾオン〟、自然系〝ロギア〟と言い、各々で性質がまったく違うのです。まず
「そ、それだけでも十分にすごいね…………」
「────だが、そこまで脅威になるようなものでもない。バラバラになられたくらいなら、いくらでも対処のしようがあるし、そもそも特化型の能力ほど弱点もわかりやすく致命的なことが多いからな」
先ほど負けたことの腹いせか、クロノが憮然とした表情で断じる。
その意見は概ね正しかった。初見なら驚くこともあろうが、自由自在に空を飛べたり、術式次第で様々な効果を発揮させられる魔法なら、どうしても攻めが偏ってしまう多くの超人系に対して優位に立てるし、対策も立てやすいと考えるのは間違いではない。
ただそれは相手が能力だけにかまけている限りでは、という条件が前提だ。また『グラグラの実』など、ともすれば相手どころか世界すら滅ぼしかねない能力があるなど及びもつかないからだろうが。
『次に
なかなかに複雑になってきた内容に、なのはの眉間に皺が寄り始めた。ユーノは持ち前の研究者としての好奇心、リンディ達は能力の秘密について重要な部分を聞きだせるという理由から真剣に聞き入っている。
そこまで話したエールが一呼吸を置き、最後の一つサークルを点滅させた。
『そして……三種の中で最も希少とされるのが
「上位存在……それに、無敵なんて大それた肩書きまで付くということは、何かしらの理由があるのよね? それほどまでに強力な能力ということかしら?」
『はい。自然系の実を食べた能力者は、それを食べたという事実だけで強大な存在となります。そうですね……例えば、エイミィさん。あなたはこの戦艦に乗っていらっしゃいますが、あなた自身は戦局分析担当の非戦闘員ですね。当然のことながら、戦う力は皆無に等しいのではないですか?』
「へっ? そ、その通りだけど、それがどうかしたの?」
いきなり振られたからか、口ごもるエイミィ。それだけ聞くと、エールは再び対象をクロノたちに戻した。
『それを踏まえて話を進めます。戦闘では……こういうと言い方は悪いですが、あなたは足手纏いに過ぎません。武装したところでたかが知れているでしょうし、それこそ束になってもなのはやクロノ、ユーノには敵わないでしょう』
ウインドウに量産化されたのエイミィの山と、クロノ達の力関係が図で表された。それが的確であるかをクロノ達を見て確認してから、エールは話を核心となる部分へと進める。
『しかし……仮にあなたが自然系の実の一つ、『ゴロゴロの実』を食べて能力者となったのなら、その立場は大きく変わる。例えなんの訓練も積まず、能力だけにかまけていたとしても、マスターを除けばこの場の全員……いえ、この艦にいるすべての人間を相手にしても、おそらく掠り傷一つ負うことなく勝利できます』
「「「なっ!?」」」
「「ええっ!?」」
さらりと口にされたとんでもない発言に一同が騒然となった。だが、少し考えれば当然の帰結でもある。
魔導師は低ランクの者でも、普通の人間からすれば相当の脅威となる。魔導師にとってはなんでもない魔法でも、設定次第では容易く人を殺傷するものさえ存在するからだ。それは魔法を知る者たちにとっては当たり前すぎる話である。
質量兵器を使用すれば対抗する事は可能だが、高ランクのものになると師団級の軍隊を単独で殲滅できるほどの力を持つ者も少なくない。Sランクなどになれば、もはや戦略兵器の領域だ。過去には単独で世界の命運すら左右する人間がいた例もあるぐらいなのだ。
それほどの力。それがわかっているからこそ、管理局は魔導師を前面に押し出して権威を振るっているのである。事実、現在なのはやユーノ、クロノ、リンディなど、高ランク魔導師を複数乗せているこの艦は、管理局でもかなり高いレベルの戦力を保有していると言えた。
それが、いかに人を超えた力を得られるとは言え、見た目にはただの果実に過ぎないものを口にしただけで、ひっくり返るどころか問題にもならないなど誰が考えられようか。
もはや誇大妄想ととったほうが自然である話に、なのは達は言葉を失っていた。
「バカな! 魔法でだって自然は操れるんだ! いくらなんでも、そこまで圧倒的優位に立てるワケがないだろうっ!」
「落ち着きなさいクロノ。それをこれからエールさんが話してくれるんでしょう? まだ明かされていない自然系の秘密。それが話の核心よね?」
当然のごとく食って掛かったクロノを押し留めつつ、エールの方を窺うリンディ。予想以上の反応を示したクロノ達に、エールは苦笑しているように見えた。
『ご名答です。リンディ提督がお察しする通り、自然系にはその筋の能力者にのみ備わる特性があるのですよ。それこそが自然系を悪魔の実中〝最強〟とする所以であり、最大の長所と利点…………かの種は、自然現象を操れるという絶大なる力を与えると同時に、能力者自体を自然物へと変化させるのです』
「人を……自然物に? それはつまり、〝物体〟を〝現象〟へ変化させること、で……ッ!? ちょ、ちょっと待ってエール! ま、まさか……自然系の能力者は…………!」
重大な事実に気付いたユーノの顔から表情が消える。エールは少し間を置くと、ハッキリと告げた。
『──ええ。能力者は自然を操るのではなく、〝自然現象そのもの〟となる。それはつまり、〝実体〟を持たないということ。なのでその性質上、例外を除けば、物理攻撃であろうと魔法攻撃であろうと、ほぼ全ての攻撃が全く通りません。マスターは火ですので〝炎人間〟ですが、他には〝煙人間〟や〝光人間〟、今話したゴロゴロの実の〝雷人間〟などもいました。各々の性質は違いますが、基本は同じです。当然ですね。炎はもちろん、煙や光も殴ったり蹴ったりできるようなものではありませんから』
「確かに……それなら、本当に無敵ってことになるね……」
「な、なんてデタラメな能力だ……」
いつもは飄々としているエイミィもさすがに驚きを隠せないようで、自然系能力者のぶっとび具合にクロノと共に顔を引き攣らせている。
「……本当ね。俄かには信じ難い話だけど、でも信じるしかなさそうなことは確かだわ。実際にこの目で見てしまっているんだし、ここまで来て嘘を言う意味もない。それにそうであれば、いくつか不分明だった事にも説明がつくもの」
リンディは密かに映像ディスプレイを立ち上げながら言った。そこに映し出されるのは、先ほどの一騎打ちの様子だ。クロノの攻撃がエースの腕を貫通したのも、魔法が直撃したはずのエースに全くダメージを与えられなかったのにも、すべて合点がいく。
「悪魔の実……前聞いたときは分からなかったけど、そんなに凄いものだったなんて…………」
「う、うん……」
ユーノとなのはが改めて知った悪魔の力の凄まじさに顔を見合わせていた。そして、ほぼ同時にエースの方を向き、目が合う。そこにあったのは彼らしくない寂しい笑みだった。
「────怖いか?」
「! い、いや……そんなことは……!」
いつも満面の笑顔ばかり見てきたなのは達にとって、それははじめて見る表情だった。
ユーノは初めて会った時に感じた感覚の理由に、ようやく合点がいった。
エースはまさしく太陽のような少年だ。皆の中心で輝き、すべての人を照らすような眩しい存在。だが、その顔に時折よぎる僅かな影があった。それは彼が背負う巨大な闇の気配、その片鱗だったのだ。
同時に直感は確信へと変わり、ユーノ達に悟らせる。
その過去がどれほど辛く、苦しいものだったかを。
「私は…………少しだけ怖いかな……」
「なのは!?」
ユーノは思わず振り向く。なのははエースと同じ寂しそうな瞳でエースを見つめていた。エースも穏やかな表情でそれを受け止めていた。
「悪魔の実の能力者には、私たちよりもずっとずっと強い人がたくさんいる。私がどんなに足掻いても、絶対に超えられないぐらいの……もし、そんな力を持った人と戦うことになったら、怖くてたまらなくなるかもしれない」
エースが苦笑する。もはや諦めているような笑みだった。
当然だ。元の世界でだって迫害されてきた。白ひげと出会うまで、彼が心を許した者は自分の仲間以外では数えるほどもいなかったのだから。
だから────次の彼女の言葉にエースは驚きを禁じえなかった。
「────でも、エースくんは怖くないよ」
その言葉にエースは目を見開いた。今までにないほど驚愕した表情で、じっと彼女を見つめる。なのははその視線から目を逸らすことなくじっと見返すと、零れ落ちんばかりの笑顔を顔中に咲かせた。
「私の大切な…………友達だもん。私にとってのエースくんは、すっごく優しくて、かっこよくて、頼りになって……私やユーノくんと一緒にいてくれて、守ってくれて……そばにいて欲しい人なんだ。能力者とか海賊とか、そんなの関係ない。だって、エースくんはエースくんなんだから」
一切の迷いなく言い切るなのはに、エースは言葉がでなかった。そんな言葉を誰かから掛けられたのはいったい何時ぶりの事だっただろうか。
海賊としてでも、能力者としてでも、禁忌の存在としてでもなく、白ひげ海賊団以外でエースを『ただのエース』として見てくれたのは。
「どちらかと言うと、秘密にされてたことの方が納得いかないよ。私たちはそんなことぐらいで離れてくように見えるのかなっ?」
頬をぷぅと膨らませてこちらを見るなのは。拗ねているように睨んでいるが、その目はとても優しい光を放ち此方を見据えている。
言葉はない。見聞色で聞こえたわけでもない。だが、エースには彼女の心の声が伝わってくるような気がした。
〝信じて〟 と。
「────独りぼっちが辛いのは……誰だって同じだよ。辛いのならもっと頼って。私たち、友達でしょ?」
少しだけ目を伏せ、なのはは笑った。一瞬見とれてしまうかと思うほどの、魅力的な笑みだった。
信じていなかったわけじゃない。だが、能力者の異質性はエースも嫌と言うほど知っていた。
それでも。そのことをを知ってなお同じように接してくれる彼女がとても大きく、そして尊く見える。
もちろん話していないこともある。絶対に話したくないこともある。エースが歩んできた道が明るいものでないことは、言葉の端から理解できることだけでも充分だった。
だが、生きていれば誰しもが何らかの想いを抱えて生きている。それは自分も同じ。人よりも少し奇異な人生を歩んでいるのかもしれないが、それは決して〝違う〟ということではない────言葉には無いが、彼女はそう言ってくれているような気がした。
「ぼ、ボクだってそうさ! エースは大切な友達だ! 君を悪く言う人は許さないし、そんなことボク達が絶対にさせない!」
なのはの言葉に同調するようにユーノも叫ぶ。
驚いたように二人を見つめていたエースだったが、その表情は次第に穏やかなものとなっていった。
「なのは、ユーノ…………ありがと、な」
「! ……うんっ、えへへ……」
エースが〝初めて〟見せた笑みに、二人は照れくさそうにはにかみながら頬を掻いた。
思えば、彼は自分たちと距離を置いているような気がしていた。もちろん無碍にされたりはしていないし、エースが二人を大切に思っているという言葉の本当だっただろう。
だが親しげにしつつもどこか一歩引いている……二人はそれを明確に感じ取っていた。
見守っている、といえば聞こえはいいかもしれない。しかし、それは友として本当に心を開いていることにはならない。
どこかで話さなければならない。
そう、エース自身も心の片隅で考えていたことだったが、彼が二人に自分の心を一部であっても曝け出すのは勇気のいることだっただろう。
この世界に降り立って初めてできた友達、それも年端もいかぬ純粋な心を持つ少年少女に拒絶されたら、それはエースにとって何よりも辛いことだったろうから。
リンディは三人の朗らかな遣り取りを見ながら、エースの背負っているものの大きさを感じていた。
(人を超えた、人の手には余るほどの絶大な力……それが齎すものが、幸福だとは限らない……彼はここにいる誰より、それを理解しているのね……真の幸福が、そんなものでは得られないことも……)
自然系悪魔の実の能力は凄まじいものだ。それこそ、その片鱗しか聞いていない自分ですらわかる。管理局が提言するルールで支配された今の次元世界のパワーバランスを、根底からひっくり返しかねないほどの存在だろう。
このことが知れ渡れば上層部が青ざめるのは確実だし、反魔法団体などはきっと躍起になって悪魔の実を探し出そうとするに違いない。種類にもよるが、ともすれば食べるだけでSランク魔導士すら問題にならなくなるような代物だ。世界自体への影響は少ないとはいえ、間違いなくロストロギアクラスである。
またそれほどの力が宿っているエース自身も危険にさらされるだろう。私利私欲で彼を利用とする輩は後を絶たなくなるばかりか、彼を巡って争いが起こる可能性だってある。一度露見してしまえば次元世界中の組織が黙っていまい。
だが、それは元の世界でも同じだったはずだ。これほどの力、利用価値という下種な観点からしてみれば非常に有用であるし、悪用しようとすれば方法などいくらでも思いつく。
そんな中で彼は戦ってきたのだ。大人たちの中で、こんな小さい身体で。
自分たちでは想像も付かないような苦しみを味わったこともあったに違いない。そうであれば、彼から時折感じる大人びた雰囲気にも納得がいく。
リンディはそこまで考えて、胸を締め付けられるような思いに駆られた。厳密には彼は既に成人しており、彼女が思うような境遇とは少し違うのだが、エースの人生が平坦なものでなかったことは言わずとも感じ取っていた。
世界から憎まれ、自らに宿った呪いの如き運命に翻弄されながらも懸命に生き、そして生き抜いたかつての世界。
一度は終わったはずの人生を、既に過ぎ去った時代の姿で彼は再び歩いている。
その背中に、再び護りたいものを背負って。
「……ありがとう。もう十分です」
沈黙が落ちた部屋にリンディの声が染み渡るように響く。クロノは少しばつの悪そうな、エイミイは申し訳なさそうな顔をしつつも、顔を背けたまま口元を引き結んでいた。
無理もない。局員として優秀な働きをしているといっても、二人はまだ未成熟な心を宿す十代、その半ばにさしかかったばかりなのだ。エースが背負ってきたものを理解するには若すぎ、一度に受け止めるには少し年を重ねすぎていた。
積み重なっていく知識はあるが、どこまでも経験が足りない。知っているが、そこに伴う感情を、世の摂理を知らないのならば、どれだけ秀逸に描いた想像も妄想に堕ちる。
理解したくともできないジレンマ。己が心にどう接して良いのか分からず、感情を持て余しているのだろう。改めて、こんなに若い二人が自分の力になってくれていることを誇りに思うリンディだった。
「疲れたでしょうから、今日はもう休むといいわ。明日、改めて迎えを出します。クロノ」
「はい。元の場所に送ろう。明日の迎えもその場所でいいね?」
「あ……そ、そのことなんですけど────」
なのはがためらいがちに口を開き、自分の現状を説明する。現在の自分の状況。家族に黙っては行けないこと。この世界に居る友達のこと。
それらを考えると、今すぐには決断できないことをなのはは懸命に伝えた。
「そういうことなら、なのはさんとユーノくんはとりあえず保留ね。エースくんは……」
「なのはと同じでいい」
「わかりました。どちらにしろ、明日再度伺うということにしましょう」
すべてを聞き終えた後、リンディは柔和な笑みを零した。そのまま彼女と二、三言葉を交わし、クロノとエイミイに付き添われながら三人は艦をあとにしていく。
目の前に立ち上がった立体コンソールに映し出される彼らを見ながら、リンディは一人深く息を吐いた。
(ポートガス・D・エース、か……)
巨大すぎる力を持ってしまったがために齎される苦悩。今までに見たことのないほど重いそれを持つのは、まだたった十そこそこの少年だった。
想像もつかない。いや、想像しようということすら躊躇わせるほど暗く、そしてどこまでも悲しい色をリンディは感じとっていた。今笑っていられることが奇跡に近いような経験を彼はしてきたのだろう。
ゆえにリンディにとって、彼はとても大きく見えた。
年齢とか体格の話ではない。生きてきた人生の厚みがもはや常人のそれとは違う領域にあるのを感じた。それは、彼という存在が既に年齢的には大きく離れているはずのリンディ(じぶん)を超えていることの証であろう。
真っ直ぐに。ただ真っ直ぐに。
前に進むしかなく、後退は許されない。
降りかかるものは無数。
振り払い。叩き伏せ、振り返ることなく歩んできたであろう茨の道。
ひたすらに自分の道を切り開いてきたその生き様。
リンディは彼の後姿からそれらを強く感じ、そして幻視する。
光の向こうに消えた亡きあの人と重なる、覚悟に満ちた背中を────
(……本当に世界に必要とされているのは、あなたのような人かもしれないわね)
「ふぁああ…………」
日没が迫った公園にエースの声が響く。傾いた日差しによって伸びた影法師が彼の動きに合わせて大きく伸びていた。
リンディ達との話し合いも一段落し、元の場所に送り届けられたのがつい先ほどのことだ。
時間も時間であるため今後については明日協議することとなり、三人はアースラに別れを告げ、なのはの家への帰途についている。
「早く解放されてよかったぜ。あのまま缶詰にされるのが続いてたら、ちょっと問題だったからな」
心底安堵している様子のエースに、となりを歩くなのはの肩から笑い声が響いた。
「あはは、僕もすごく緊張したよ。でも、エースでもプレッシャーとか感じるんだね。時空管理局の提督と執務官相手にそのぐらいじゃ、すごいと思うけど」
『ユーノ、マスターが言っているのはこの後のためだと思いますが』
「へ? この後?」
緊張で身体が凝っていたんじゃないの、と首を傾げるユーノにエースは若干表情に陰りを落としていた。
「ああ、もうすぐ翠屋のディナータイムだぜ? 遅れたら桃子さんにどやされちまう。二度目は勘弁だ……」
「せ、切実だけど、そこまでなの……?」
「ふふっ、あの時間帯のお母さん容赦ないから」
桃子の黒い笑顔を思い出して青くなるエースになのはは笑う。
その表情はとても優しい色を宿している。母親が幼いわが子を見守るような、いや、とても愛おしい
全てが綯い交ぜとなり、それは彼女を魅力的に映し出す。
と、スキップするように、なのはがエースの前に出た。
「ねぇ、エースくん」
「ん? どうした?」
背を向けたままでいるなのはの髪が風に揺れる。最後の一滴となった夕日の光が、愛らしいその後姿にきらめきを散りばめる。
温かさに少しずつ冷たさが混じってゆく中、背を向けたまま彼女は続けた。
「私……私ね。もしエースくんが────……」
一際強い風が三人の間を駆ける。舞い上がった砂埃にエースは手を掲げ、目を細めてやりすごした。
ごうごうという音に掻き消され、囁くような彼女の声は空に溶けてしまった。
「っと。何か言ったか、なのは?」
乱れた髪に手をやりながらその後姿に問いかける。
数秒の沈黙。
夜を迎える前の、最後の夕日を浴びた彼女の髪は紅く光を放ち、周囲の風景を幻想的に染め上げた。
空の色を落とし込んだ一瞬の世界。
その絵画の
「……ううん、なんでもない。さ、早く帰ろっ」
「お、おう……?」
此方の戸惑いを分かっているのかいないのか。
もう一度笑みを向けてから、彼女は何も言わず踵を返した。
エースとユーノは顔を見合わせて首を捻る。
何かいいことでもあったのだろうか。
なのはの意味深な素振りにエースは首をかしげるが、問いただそうにも彼女は既に歩き出していた。エースの僅かばかり前で後ろ手に組んだまま歩く彼女に続くように足を速める。
数歩先んじていたその横に並んだエースを見やり、なのはは楽しそうにウインクを寄越した。
「急がなきゃね、遅れたらお母さんぷんすかだよ」
「そうだな……って、ヤベっ、もうこんな時間じゃねェか! 怒った桃子さんはウチの船長と同じくらい怖ェんだ、早く帰るぞなのは!」
「ふふっ、はーい」
慌てて走り出すエースの後ろ姿を優しさに満ちた顔で眺め、自分も走り出すなのは。その後ろを再びフェレットに変身したユーノが跳ねるように追いかける。
まだまだわからないことは多い。予断を許す状況ではない。
だが道は開けてきている。エースのことも、フェイトのことも、なのは自身のことも。
(……もう迷わない)
自分の信じた道を行く、その生き方を彼から学んだ。その背中を見ながらなのはは強く思う。
自分を信じてくれる人たちのためにも、まずは全力でぶつかってみよう、と。
時空管理局と相対したその日。
なのはは自分の『道』を初めて見つけた気がしたのだった。
第二十一話でした
つ、疲れた。すべて自分で書くと言うのは当たり前のことですが、物書きのリハビリ中の身としては中々に堪えるものがありますね
エースらしさが出ていればいいな……
それではまた次回にて
‐追記‐
前回の投稿にもちょこっと載せましたが、宣伝をさせていただきます
長らく書き物を離れていた関係で、書くコツや勘などの諸々が錆び付いてしまったこともあり、リハビリと新たなる展望を兼ね、AIによる補助を受けた小説を書き始めました。
作品名は
【機動戦士ガンダムSEED / Re.00 -西暦の蒼き翼-】
例によってクロスオーバー小説であり、長年私の頭の中のみに存在していた構想を生成AIという文明の利器で形にしたものもになります。
興味がある方はこちらもどうぞ