……ああ。
これからどうしよう?
桐原達への制裁は終わった。もう、黒鉄さんにちょっかいを掛ける馬鹿はいないだろう。
その途中に、桐原さんが『綺麗な桐原さん』になった気がしたが、些細なことだよね?
……んんっ、とにかくもうこの件は終わった。
そうだ、もう終わってしまったのだ……。
もう終わったのに、俺が黒鉄さんに会いに行かないのは、俺の心情――言い換えれば、俺の意気地の無さが原因だった。
……黒鉄さんが虐められていたのは、俺の所為だったことが分かった。
黒鉄さんの為に頑張っていた頃なら、その事を忘れることが出来た。
俺は黒鉄さんの為に、頑張っている。だから、根本的な理由について考える余裕は無い。
そう自分を誤魔化してきた。
けれど、一段落して、それについて考える余裕が出来てしまった……。
あの人達が、黒鉄さんに危害を加えていた理由は、俺が黒鉄さんと共に居たから。悪く言えば、黒鉄さんへの嫉妬による八つ当たり。
直接的に危害を加えたのは彼等だったが、間接的な原因は、俺だった。
俺が原因なのに、俺自身がそれに怒って、事件を解決しようとした。
……まったく、酷いマッチポンプにもほどがある。
黒鉄さんだって、きっと呆れてしまうだろう。
だからだろうか。
俺はあれから黒鉄さんに会っていない。会う機会なら幾らでもあったが、仮病と称して授業も受けず、ずっと部屋に引きこもっている。
生まれて初めて病弱な体に感謝した。まさか俺の不健康な体に、こんな利点があったとは……。
「……ホント、どうすれば良いんでしょうね」
いや、分かっている。
黒鉄さんに謝りに行けば良い。そうすれば、全ての問題に片が付くだろう。
けれど、理性ではそれが良いと言っても、感情がそれを拒む。
……怖い。黒鉄さんに嫌われるのが怖い。
俺が初めて戦場に立ってから、殺されかけた経験は一つや二つでは済まない。その時は、とても怖かったけど……そんな比じゃない。
何でだろう? 前世では友達に嫌われても、何とも思わなかったのに……今はとても怖い。
黒鉄さんに嫌われることは、命を奪われることよりも……ずっと怖い。
もし、俺が黒鉄さんに謝っても許してくれなかったらどうしよう? 軽蔑の視線を向けられたらどうしよう? 拒絶されたらどうしよう?
……その時、俺はどんな顔をしているんだろう?
いや、黒鉄さんがそんな人じゃないことは分かっている。……大丈夫だ、きっと笑って許してくれる。
大丈夫、大丈夫、大丈夫……本当に? 本当に許してくれるの?
あの日、黒鉄さんを拒絶したときの、あの傷ついた表情……そして、どこか、やっぱりかとでも言うような、達観した諦めの感情……。
それに怒っていたら、どうしよう? もう友達じゃない、そんなことを言われて……笑っていられる自信は、俺には無い……。
俺は、何であんなことを言ったんだろう?
傷つくことは分かっていたのに……いや、意趣返しのつもりだったんだ。黒鉄さんが大切なことを黙っていたから、俺はそれが許せなくて、あの言葉を言ったら、黒鉄さんも少しは反省するだろうと思った。
ホント――何であんなことを言ったんだろう?
――ベルの音が鳴った。
「……はーい」
気力無く返事をしてから、俺はドアを開ける。
そして――
「――っ⁉ 」
――驚愕した。
驚いて、驚いて、驚き過ぎて、背中から崩れ倒れそうになってしまったくらいに驚いた。
だってドアの前には――
「……やぁ」
――黒鉄さんが居たのだから。
「…………」
「…………」
……気まずい沈黙が部屋に広がった。
チラリと黒鉄さんを盗み見してみると、何をすれば良いものか、と迷ったような表情をしている。
何を迷っているのだろうか? ……縁を切るための言葉を切り出すの……?
「僕は沖田さんに言いたいことがあるんだ」
「……っ!」
……来る。
言うつもりなんだ。それが怒りなのか、拒絶なのかは分からないけど、しっかりと受け止めないと。
それが一番のケジメになる。
俺は断罪を待つように、グッと目を閉じる。
「――ありがとう」
「……え?」
「沖田さんだよね――」
ありがとう? この人は一体何を言っているんだ? 分からない分からない。この人が何を言っているのか、何を言いたいのか分からない……。
「今日、桐原君たちが謝ってくれたんだ。あんなことをしてごめんって、心の底から謝ってくれたよ」
「……ぁ」
桐原さん達はちゃんと謝ったんだ。
それも、黒鉄さんが受け入れたくらいに、真心を込めて――謝ったんだ。
あぁ、少しだけ嬉しいな。
「桐原君が言っていたよ? 『沖田さんが目を覚ましてくれた』って。だから、ありがとう」
「……怒って、いないんですか……?」
「怒る? 何を? 」
「え? だって、黒鉄さんに無断で色々やりましたし、黒鉄さんも傷つけてしまいましたでしょう?」
黒鉄さんがどれほど怒っているか、俺には分からないけど、それでも怒っていると、ずっと思っていたから……。
「……うん、そうかもね。あの時、沖田さんに拒絶された時、傷ついちゃったかもしれないね」
「なら……?」
「――けどさ、沖田さんが僕のために拒絶したことには気づいたんだよ?」
「そ、そんなことは……!」
そんなことはない。
あれは、俺の醜い感情の発露だ。黒鉄さんのためだなんて、口が裂けても言えない……。
「それに、僕がそれに傷つく権利は無いと思うんだ。僕は君を友達と思っていたけど、僕は君に対して友達だと言ったことは一度も無かったからね」
「けれど、そんなことは当たり前ですよね……?」
友人関係なんて、大体がそんなモノだった。いつの間にか仲良くなって、いつの間にか友達になった。
真正面から俺たちは友達だ――そんな言葉を俺は一度として言ったことが無い。
そして、いつの間にか友達じゃ無くなっていたことも、沢山あった。
「そう、かもしれない。だけど、だとしても、僕達には、ソレが必要だったよ。仲良くなりたかったら、より踏み込みたかったら、申し込むべきだった」
「申し込む?」
申し込むって一体何を?
「――僕と、友達になってください」
息が止まった。
心臓の鼓動は強く早く――今にも張り裂けそうなほど、高鳴っているのが分かった。
とてもキツい、喉がカラカラしている――けれど、悪い気持ちはしない。
俺は今、どんな顔をしているだろう?
「……私は、そんな大層な人間じゃないです。今にも地獄に落ちそうなほど、沢山の人を殺してきました」
「……うん」
「……それも、使命でも大義の為でもなく、ただ自分のエゴの為に人を斬ってきた――人斬りです」
「……うん」
「それでも、良いんですか?」
「うん、良いよ」
雨が降った――室内なのにそう思った。
だって、視界が滲んで、黒鉄さんの顔もまともに見えないから。
「わ、私は、ホントに屑な人間ですよ……! 現に、この事件だって、元はと言えば、私の所為なんですよ……⁉」
「……うん」
「……それでも、それでも、良いんですか?」
「僕は君が良いんだ。また、沖田さんと団子を食べたいんだ。また、沖田さんのご飯だってご馳走して欲しいよ」
……あぁ、俺は今どんな表情をしているんだろう? 多分、泣いているんだと思う。
だけど、悲しくないな。何故か、とても嬉しい。泣きたくなるくらいに……嬉しかった。
「……えぇ、えぇ、任せてください! 私があなたが泣きたくなるくらいに、美味しいお団子をご馳走しましょう!」
「え? と言うことは?」
「そうですね――私と友達となりましょう」
そろそろこのペースを維持するのが、キツくなってきました……。
投稿は続けるつもりですが、投稿スピードが遅くなってしまうことは、どうかご容赦ください。