096
Bクラス内の勢力図はとっても簡単に描くことが出来る。
まず『一之瀬帆波』という名の大きな円を描く。
次に、その円の中に39個の点を打つ。
はいおしまい。
たったこれだけで出来上がり。
うちのクラスの誰に描かせてもそうなるだろうし、他のクラスの人に描かせてもそうなるだろう。帆波ちゃん自身はちょっと分からないけど……そもそも描きたがらないかな?
ともかくBクラスの生徒は誰もが帆波ちゃんを慕っていて、それを核とした強固な結束力こそが私たち最大の武器である。
しかし身も蓋も無いことを言ってしまうと、そんなBクラスも所詮は他人の集まりだ。同じ教室で過ごすようになってまだ半年も経っていない。いくら一枚岩と称したところで内部の結合は一様ではないし、密度も決して均一ではない。
ゆえにBクラス内の
ではクラスの委員長である彼女と最も近く、太く、濃い繋がりを持っているのが誰かと言えば、それはこの私――Bクラス副委員長の
神崎くんも同じく副委員長の任に就いているし、なりたての私と違って彼は4月からずっと帆波ちゃんの補佐をしてきた。それでも帆波ちゃんとの親密度合いで言えば同性の強みで私の方が先んじている。うん、間違いないね。
ちなみに委員長や副委員長といった役職はBクラスで勝手に言っているだけの非公式のもので、いわゆる内輪ノリってやつだ。何か決まった仕事があるわけでもないし、特別な権限があるわけでもない。
立石くんは数学が得意というだけで会計と呼ばれているし、紗代ちゃんは字が綺麗というだけで書記に選ばれている。その程度のゆるいノリなのだ。
それでもまあ、そういう役職名があることでみんなが頼りやすくなるという効果はあるみたいで。
帆波ちゃんに直接声を掛けるのは畏れ多いと考えている少々内気で奥手な子にとって、私の存在は丁度良いらしい。特別試験の実施が告げられて一日、今まであまり話したことのない子からも色々と相談を受けたりしていた。
正直、入学当初はこんな立場になるとは思っていなかった。副委員長になるなんて想像さえもしていなかった。帆波ちゃんとお近付きになりたいとは思っていたけれどそれは恋愛的な意味であって、委員長の仕事を補佐したいという欲ではなかった。
それが副委員長の職を得るまでに至ったのは、やはり
一学期の中頃。私が真釣くんに近付いたのは、当時Bクラス内で囁かれていた彼に関する黒い噂の真偽を確かめるためだった。真実を突き止めて、帆波ちゃんに褒められたかったのだ。
これまた正直に言うと、最初は「真釣くんを帆波ちゃんの恋人に」なんてことは全く考えていなかった。あの頃の私は少々アホみたいな行動もしていたけれど、そこまで愉快な発想は無かった。
しかしある日、私は聞いてしまったのだ。真釣くんが割と本気で『2000万ポイントでのクラスの移動』を目論んでいることを、本人の口から聞いたのだ。後に帆波ちゃんと神崎くんと一緒に詳しく聞くことになるけれど、それより先に、本当にざっくりとだけど、私は真釣くんの計画を知っていた。
そうでもなければいくら真釣くんのことが信用できたとしても、帆波ちゃんとくっ付けようとは流石に思わなかっただろう。
運が良かったのだ。
Bクラスで真釣くんの噂が流れたのも、それを聞いた私があまり賢くない突飛な行動をしたことも、真釣くんのメンタルが不安定でちょっと優しくされたら簡単に惚れちゃう状態だったのも、私にBクラスの副委員長を目指せるだけのポテンシャルがあったことも。
本当に、運が良かったのだ。
それゆえに、少々調子に乗ってこんなことを考えたりもした。
――真釣くんは私に甘い。だから真釣くんと帆波ちゃんが恋人関係になった未来で私が帆波ちゃんと友達以上の近さでイチャイチャしても、たとえばほっぺにチューくらいなら許してくれるんじゃないだろうか?
……いやはや、はしたない。
たとえばの話とはいえ我ながら中々に厚顔無恥な妄想だ。図々しいというか、太々しいというか。
もちろん本気で画策しているわけではない。繰り返すけれど、あくまでもたとえばの話だ。
しかし、もしも私がトチ狂ってそんなことを実行したとしても、きっと真釣くんは許してくれる。あるいは私じゃなくても、髪の長い可愛い子だったら許してしまう。その確信がある。男子が相手だったら流石にブチ切れるだろうけど。
中性的な顔立ちで引くほど女装が似合う真釣くんだけど、やっぱり彼は男の子なのだ。髪の長さを抜きにしても、基本的に女の子に弱い。
篠原さんのことをあっさりと許したのも、きっと彼の甘さがゆえだ。
無人島での『軽井沢さんの下着紛失事件』については真釣くんから聞いていたし、続く船上での一件も流れていた噂をキャッチしている。なにせこちとら副委員長ですから。Dクラス内部の揉め事でもそれなりに情報は集められる。
親友が無実の罪で
真釣くんも真釣くんだ。
罪を許せるのは美徳かもしれないけれど、決して美しいだけではない。周囲から舐められるし軽んじられる。それなのに謝罪を受けただけで簡単に許しちゃって。どうせ船に酔っていて物を考えるのが面倒だったんだろうけど、それにしたって、ねえ?
だから、そんな甘々な真釣くんの親友として、私は彼を守らなければならない。彼の善意に付け入ろうとする輩から守らなければならない。
――と、そこまで考えて、私は自嘲気味に溜息を吐く。
「はぁ……」
白々しくて、寒々しい。
「お客様?」
そう声をかけられて、今いる場所を思い出す。
船の1階、甘い匂いの立ち込めるドーナツショップ。
思考の海に沈んでしまい、店員さんが差し出している袋に気付かなかった。「すいません」と一言謝って受け取る。
時刻は午後4時過ぎ。小腹が空いてくる時間帯ではあるけれど、右手に提げているこれは私の胃に消えるものではない。フレンチクルーラー2個と、Sサイズのアイスミルク(氷抜き)。真釣くんへの差し入れだ。
遡ること5分前。
Bクラスの委員長と2人の副委員長が集まって特別試験について話し合っていたところ、帆波ちゃんの携帯に着信があった。Dクラスの平田くんからだった。今回の試験における同盟でも持ち掛けられるのかと思ったけど、用件はそこまで踏み込んだものではなく、真釣くんが私たち3人を呼んでるから来てほしいとのことだった。
神崎くんの頭に疑問符が浮かぶ。
「本人が直接呼べばいいだろうに、なぜ平田経由なんだ?」
「真釣くん、携帯失くしてるんだよ、」
「ほう。それは災難だな」
「一体何の用だろうね? 試験のことだとは思うけど」
「まさか携帯探すのを手伝ってほしいわけでもないだろうし」
そんな会話をしつつ部屋を出る。私は2人に先に行くよう告げて、ひとり客室の無い1階まで下りた。
誰かが用意してあげないと今の真釣くんは食事もとれない身だ。ひょっとすると平田くんあたりが既に持って行ってるかもしれないけれど、一応私の方でも用意しておこうと思った。真釣くんが食べないなら私が食べればいい。どうせ無料だし。
というわけで先に向かった2人から遅れること数分、昨日も今日も訪れている一室のドアを開け――
「おおっ」
驚きに声が漏れてしまった。
何に驚いたって、まずそこにいた人数だ。今まで私がここに来た時は真釣くん1人か、たまに三宅くんもいたりした程度だ。それが今は私を含めたBクラスの3人と、真釣くんと三宅くんと、平田くんと綾小路くんと堀北さんがいた。部屋の住人の倍の人数だ。
そして、なぜか真釣くんが帆波ちゃんに膝枕をしていた。真釣くんは猫でも撫でるような仕草で帆波ちゃんのストロベリーブロンドを
安らかな微笑を浮かべる真釣くんとは対照的に、帆波ちゃんは恥ずかしそうにもそもそしていた。これだけ観衆がいたら、そりゃあね。
「いらっしゃい、千尋さん」
「お待たせ、真釣くん。ドーナツ買ってきたけど食べる?」
「ありがとう。後でもらうから、その辺に置いといてくれ」
「おっけー。飲み物だけ冷蔵庫に入れとくね」
「助かるよ」
Dクラスの皆さんから怪訝な、あるいは興味深げな視線を受けつつアイスミルクを冷蔵庫にしまう。
「さて」
これ以上新しいメンバーは現れないらしい。私が神崎くんの隣に座ると、真釣くんは口を開いた。
「急な呼びかけにもかかわらず来てくれてありがとう。メンツも揃ったことだし、始めようか」
「始めようか、ではなく」
呆れた声で遮ったのは堀北さんだ。
勉強もスポーツもDクラスとは思えないほどのハイスペックで、先の無人島試験ではクラスのリーダーも務めていたらしい。真釣くん好みの綺麗な黒髪ロングをなびかせているけれど、目の保養のためだけに呼ばれたわけでは無いだろう。
「まず説明してくれないかしら。優待者の選ばれ方に法則を見付けたと聞いたけど、本当なの?」
「え? いや、見付けてないよ?」
「……え?」
「というか、それを見付けるために集まってもらったんだけど。綾小路君か三宅君か、あるいは僕の伝え方が悪かったんだろうね。あっははー」
笑う真釣くんと、それに若干イラッとした様子の堀北さん。仲が良いわけではないのかな。
「では、それはそれでいいとして、どうしてBクラスの人も呼んだのかしら?」
「人手は多い方が良いからねー。……そう睨まないでくれよ。僕としては龍園君や葛城君を誘ってもよかったんだぜ?」
「とんでもないことを考えるのね」
「この七面倒な試験をとにもかくにも早急に終わらせたいんだよ」
辟易とした様子の堀北さん。あっけらかんとした真釣くん。二人の温度差に平田くんも苦笑いだ。
今度は神崎くんが質問する。
「優待者の法則性を見付けると言ったが、そもそも法則性が存在する確証はあるのか? ランダムで選ばれている可能性だってあるだろう?」
「確証は無いよ。ただ、そう予想するに足りる根拠はある。これは後で話すとして……」
真釣くんは自分が招集したメンツをぐるりと見まわして、「他に聞きたいことは?」と問うた。誰も発言しないことを確認して真釣くん――の前に平田くんが口を開いた。
「えっと、これからこの8人で『優待者』の法則を見付ける、ってことでいいのかな?」
「んー……少し違う」
真釣くんはにやりと笑った。
「やる事は至ってシンプル。僕が優待者の法則として考え得るものを列挙するから、君たちにはそれを検証して正解を見付けてもらいたい」
「列挙……?」
「
あまり理解できていない様子の平田くん。
それを無視して真釣くんは続ける。
「そんでとっとと羊グループの試験を終わらせてくれ。適当な解答をして結果④で終わらせようかとも思ったんだけど、携帯が無いからね」
真釣くんは両手を広げて肩を竦めた。やれやれと言いたげな様子だけれど、それはこちらも同じだ。
やれやれ。
「さて、始めようか。メモの用意は良いかな?」
私の密かな嘆息に気付くことも無く――気付かれても困るけど――真釣くんは本題を始めた。
「『優待者』の選ばれ方に法則性があるとして、その候補は大きく分けて三種類。『特別』『共通』『順番』だ。
「……『特別』と『共通』は似たようなもんだし、分けなくてもよかったかな?
「ああごめん。話を進めよう。
「まず『特別』ってのは、ある特定の要素を持っている人がグループに一人いて、その人が『優待者』になるパターンだ。分かりやすく例を挙げると、たとえば男子ばかりのグループに一人だけ女子がいて、その子が『優待者』って感じ。
「そうだね。仲間外れを探すイメージだね。
「そして『共通』。これは12人の優待者全員に、そしてこの12人だけに特定の要素が共通しているパターンだ。例えばこの学年に男子が12人しかいなかったとして、彼らが優待者になる、みたいな。
「そう。この場合探すのは
「じゃあ、これから考えられる特定の要素を並べていくよ。体調の都合で一度しか言わないから、聞き逃さないでね?
「まずは今言った性別。それから――
「ABO式血液型、Rh式血液型、誕生日、名前に使われている漢字・部首・仮名・母音・子音、十二星座、十三星座、動物占い、利き手、利き足、利き耳、利き目、アレルギー、病歴、補導歴、海外渡航歴、就労経験、性経験、表彰経験、スポーツ等の大会成績、委員会の経験、部活動、習い事、宗教、きのこ派たけのこ派、ごはん派パン派、犬派猫派、海派山派、インドア派アウトドア派、恋人の有無、ペットの有無、兄弟の有無、姉妹の有無、その他家族構成、出身地、国籍、本籍地、実家の所在地、出身小学校・中学校の所在地・公立私立……――
「とまあ、こんな所かな。
「え? いやいや、ふざけてないよ?
「堀北さんの言う通り、検証するまでもないものも確かに多い。大前提として学校側が正確に把握している必要があるわけだから、個人の思想や趣味嗜好は除外していい。
「でも、それは君たちの仕事だ。
「今僕がやっているのは、『0から1を作る問題』を『100から1を選ぶ問題』に変換する作業だよ。問題として成立させるために、万に一つも正解を入れ忘れちゃいけない。だから選択肢が膨大になってしまうのは許してくれ。
「あと口数が多いのも許してくれ。言葉にすることで脳を整理してるとこもあるんでね。
「さて、我ながら随分と丁寧に予想を挙げていったけれど、正直僕は法則性があったとしても『特別』『共通』パターンではないと読んでいる。というか、有り得るとすれば『順番』パターンだと思っている。
「というのも、話を戻そうか。
「確か隆二君だったかな? 優待者の選ばれ方に法則性がある確証はあるのかと聞いたよね。で、僕はそれに確証に近いものならあると答えたような、答えてないような気がするけれど、その話だ。
「昨日のルール説明を思い出してほしい。
「僕には一つ引っ掛かることがあったんだけど、みんなはどうかな?
「……。
「…………。
「………………いやいや、よく考えてみてくれよ。思い出してみてくれよ。
「干支に
「普通は
「何らかの作意があるとしか思えない。
「どんな作意かは分からないけどね。
「そんなわけで僕にとっての大本命、『順番』パターンの候補を挙げていくよ。
「まずは誕生日。4月始まりも1月始まりも考えられるね。それから――
「身長、体重、髪の長さ、足のサイズ、座高、視力、聴力、BMI値、血糖値、血圧、肺活量、名字・名前の文字数順・五十音順・ローマ字表記でのアルファベット順・画数順、兄弟姉妹の数、いとこの数、保護者の年齢、入試の点数、1学期期末テストの点数、一学期期末試験の点数、現在所有しているプライベートポイント、学籍番号、携帯番号、連絡先登録数……――
「とまあ、こんなもんかな。
「たくさん挙げたけど、日々変動する数値は使えないだろうから候補は搾りやすいよね。
「あと『順番』パターンで大事なのは
「つまり、
「ついでに言うと干支の動物をわざわざ一般的な漢字表記に直しているところも気になるよね。どうして『未』じゃなくて『羊』なのか……。
「まあ、あくまで個人的な意見だけどね。
「何か質問はあるかな?
「……ははっ、みんなメモに必死で質問どころじゃないみたいだね。
「それじゃあ僕の話はこれでおしまい。後は君たちで頑張ってほしい。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると言うからね、これだけ候補を挙げれば流石にどれかは正解だろう。
「まあ、
「
……ん?
真釣くん、今、余計なこと言わなかった?
よくもまあそんなに思い付くものだと感心していたら、最後の最後で余計なフラグを立てなかった? 立てたよね? 立てやがった!
「ちょっ――」
猛烈に嫌な予感がした私は彼が言い忘れたその『何か』を聞き出そうとしたけれど、無粋な電子音に遮られてしまった。
ピロピロピロリ、と。
部屋にある7つの携帯がシンクロする。
それは1回だけでなく、立て続けに6回も鳴動した。
ああもう! あっちもこっちも嫌な予感だらけじゃん!
帆波ちゃんも膝枕されてる場合じゃないと体を起こす。
真釣くん以外の7人が同時に携帯を確認する。
「ええっ!」
驚愕の声は平田くんのものだった。しかし口に出さないだけで、携帯の無い真釣くん以外は全員が驚いていた。受信ボックスには学校からのメールが6通。その内容は。
『鼠グループの試験が終了しました。以後鼠グループの『話し合い』は行われません。結果発表をお待ちください』
『牛グループの試験が――』
『蛇グループの試験が――』
『馬グループの試験が――』
『鳥グループの試験が――』
『猪グループの試験が――』
顔が強張るのを感じる。
蛇、馬、猪。
この3つはBクラスの生徒が『優待者』に選ばれているグループだった。蛇に関しては私が所属しているグループでもある。
帆波ちゃんに「これはまずいね」とアイコンタクトを飛ばす。正しく受け取ってくれたようで、重々しい首肯が返ってくる。
神崎くんの方を見ると、彼は苦虫を潰したような表情だった。きっと私も同じ顔をしているのだろう。
「どうして……」
動揺を隠せない帆波ちゃんに、真釣くんが「見せて見せてー」と身を寄せる。帆波ちゃんが携帯を差し出す。
メールを確認した真釣くんは、臭いのきつい納豆を食べたみたいに「うげー」と顔を顰めた。
「なんで羊グループがないんだよぉ」
分かりやすく落ち込む真釣くん。彼にとっては6つのグループが終わったことより、自分のグループが終わらなかったことの方が余程ショックらしい。
その姿を見て、慰めるつもりか綾小路くんがこんなことを言った。
「でもまあ、『優待者』の選ばれ方に法則性があるという説は、これでより濃厚になったと言えるんじゃないのか?」
それは確かにその通りだ。
示し合わせたような一斉解答。組織的な行為であることは間違いない。
誤答にはペナルティがあるのだから、首謀者には『優待者』を見抜いたという確証があるはずだ。Bクラスの誰かが裏切ったとは考えられないし、たった一度の『話し合い』でバレるとも思えない。
ということは、やはり法則性が有るのだろう。
私が真面目にそう考えている一方で、真釣くんは緊張感もなく不貞腐れていた。
「なんであれ羊グループが終わってくれないと、僕にとっては意味が無いんだよ。あーあ、集中力切れちゃった。もう寝る。後は任せたよ」
真釣くんは矢継ぎ早にそう言い残し、糸の切れた人形のようにベッドに倒れた。船に酔って体調の悪い中、相当無理をしていたようだ。すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
「……とりあえず、解散するしかないでしょうね」
堀北さんの提言にみんなが頷く。
もしDクラスの『優待者』もBクラス同様全滅していたら協力し合えたかもしれないけれど、彼らの様子を見るにDクラスは無事らしい。
となればこれ以上話せることも無い。
私たちは黙って部屋を出た。
097
嫌な予感というやつはどうしてこうも律儀に当たってくれるのだろうか。
あれから。
まずは突然の事態に浮足立っているBクラスを落ち着かせて、当てられた(かもしれない)優待者の三人にはカウンセリングを施した。「あなたが悪いわけじゃない」と言い聞かせるくらいだけど、しないよりはましだと思う。
帆波ちゃんに全部任せるでも良かったんだけど、蛇グループの二宮さんには同じグループということもあって私が声を掛けた。
ちなみに帆波ちゃんは綾小路くんと同じ虎グループで、神崎くんは堀北さん・平田君と同じ兎グループだ。どちらもまだ試験は継続している。
クラスの空気がどうにか落ち着いてきたら再び三人で集まって、『優待者』の法則探しを始めた。まず真釣くんが並べた百を超える選択肢を選別する。堀北さんが指摘していた通り、検証するまでもない奇抜な案が大量にあるからだ。
『試験として成立する』という大前提を基に数を絞り、残った候補は22個。これをBクラス全員にメールで聞いた。
10分程で全員の回答が揃って、そこからの集計がまた面倒だった。何人かに手伝ってもらったんだけど、薄々勘付いていた通り結果はどれも外れに終わった。
真釣くんが立てやがったフラグが見事に回収されてしまったわけだ。
とはいえ成果がゼロだったわけではない。
真釣くんが着目していたルール説明の順番を調べてみると、そこに法則性があることが窺えた。
犬、猪、蛇、鳥、虎、龍、鼠、馬、兎、牛、猿、羊。
『い』で始まる二つ、『と』で始まる二つ、そして『う』で始まる三つが並んでいることから、読み方を使った何らかの法則があることはうかがえる。ただ、それが何なのかは分からなかった。
というのも、どれだけ頭を捻ろうにも、真釣くんが並べたありとあらゆる選択肢のどれかに必ずと言っていいほど思考が引っ張られてしまうのだ。まだ出ていない新しいアイデアには中々辿り着くことが出来なかった。
「ヒントが欲しいよねー」
困ったようにそう言ったのは帆波ちゃんだ。
しかしよくよく考えてみると、そもそもこのルール説明の順番自体が優待者の法則性を解き明かすためのヒントのはずなのだ。ヒントのヒントが欲しいという状況は言葉としては面白いけれど、当事者としては頭を抱えるばかりである。
頭が痛くなることは実はもう一つある。
真釣くんの部屋から解散した直後、もう一度携帯が鳴った。今度は猿グループの試験が終了したという内容だった。タイミングから想像するに、6グループの終了を受けて焦った誰かが慌てて解答したのではないかと思われる。
猿グループの優待者がどこのクラスかは知らない。
しかしなんにせよ、私たちが関与できないまま試験が進んで行くのは精神的に厳しいものがあった。
「ちょっと外の空気吸って来るね」
そう言い残して部屋を出た。
ぶっちゃけ頭を使う作業なら帆波ちゃんと神崎くんがいれば大丈夫だ。私がいても二人以上の成果を出すことは出来ない。私が二人に勝っている能力なんて、真釣くんの扱いと絵心くらいのものだ。
だからと言って何もしないわけにもいかない。
軽く敵情視察でもするとしよう。
「……ふむ」
廊下を歩けば他のクラスの生徒とすれ違う。ラウンジやデッキに行けば大勢の生徒で賑わっている。その様子を観察してみる。
一年生全員の顔と名前を憶えているわけじゃないけど、所属クラスならある程度分かる。
「……ふむふむ」
遊んでるのは圧倒的にCクラス。無人島でも豪遊してたらしいけど、船の上でも夏休みを満喫してるみたい。特別試験の心配は何もしていない様子だ。
心配がいらない、ということはやっぱりあの一斉解答はCクラスが?
でもAクラスの落ち着きっぷりも気になるんだよなあ……。部屋に籠っている人たちのことは分からないけど、見える範囲だと焦っている様子はない。そういえば葛城くんの派閥の生徒はあんまり見ないような……気のせいかな?
Dクラスは色とりどりでまとまりがない。遊んでる人もいるし、忙しない人もいるし、不安そうな人もいる。とにかくまとまりがない。これじゃあ一斉解答するような真似は出来ないだろう。
逆にその後の猿グループの解答はDクラスの可能性が高いかもしれない。誰かが焦って先走りそうな空気はDクラスが一番強い。
各クラスの様子を総合的に判断すると――
「よく分かんないや」
聞き込み調査でもすれば推測以上の情報を得ることも可能かもしれない。しかしあんまり必死に聞いて回るのも、Bクラスに余裕がないことを悟られてしまいそうで躊躇われる。
他所のクラスに真釣くん以外の知り合いがいないわけじゃない。私は美術部に所属しているから、そこでのつながりはある。
でもなー。
こういう時に話を聞けるほどの仲じゃないんだよなー。
「おやおや? 浮かない顔だね~」
とぼとぼと船の廊下を歩いていると、階段に繋がる角の所で星之宮先生と出くわした。我らがBクラスの担任であり、養護教諭も務めている。柔らかい空気を纏っているので話しかけやすい先生だ。
「試験の調子はどう? なーんか色々あったけど」
「あまり芳しくないですね。見事に先手を取られてしまいましたし、後手として打てる手も今のところ見付かってないですし」
「そっかそっか。大変だねー」
星之宮先生は他人事みたいに適当な相槌を見せる。まあ、立場上突っ込んだ話は出来ないよね。優待者の法則性について聞き出せるほどの話術が私にあるはずもないし。
というわけで、世話の焼けるあの友人について気になっていたことを聞いてみる。それは試験が通知された時から考えていたことだ。
「ところで先生」
「ん~?」
「真釣くんって、体調不良で途中棄権とか出来ないんですか?」
先生は困ったような笑みで答える。
「彼の場合、疲労感や倦怠感があるだけで、それ以上の症状がなにも無いんだよね。一発ゲロってくれればこっちとしても止めやすいんだけど」
「なるほど……」
「それに棄権する場合はペナルティがあるから、あんまりドクターストップは出したくないんだよね」
「そうですか……」
真釣くんのDクラスでの立場を考えると途中棄権はしてほしくない。でも体調の優れない彼にこれ以上試験を続けさせるのも気が引ける。羊グループの試験が終わってくれればいいんだけど。
次の『話し合い』まであと2時間弱。それまでに優待者の法則性を見抜けるだろうか。
羊グループの誰かに適当な解答をしてもらう、という手は出来れば打ちたくない。Bクラスにおける私の立場にも真釣くんの評価にも悪影響だろうから。
なんというか、呑気に船内をほっつきまわっている場合ではない気がし来た。
「協力は出来ないけど応援はしてるから、試験頑張ってね~」
「はい、ありがとうございます」
先生と別れて部屋に戻る道中、改めてルール説明時の干支の並びを思い出す。
犬、猪、蛇、鳥、虎、龍、鼠、馬、兎、牛、猿、羊。
さあ考えよう。
これは一体、何順だ?
次回投稿目標は2019年、夏です。