ハリー・ポッターと合理主義の方法   作:ポット@翻訳

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49章「先験情報」

少年は禁断でない森のふちの、小さなひらけた場所で待っている。わきの砂利道は、一方はホグウォーツ城の門までつづき、反対方向は遠く先が見えない。 車が一台ちかくにあるが、少年はかなり距離をとって立っている。ただし視線は車からほとんど離そうとしない。

 

遠くから砂利道をたどって、人影が近づいてくる。 仕事着のローブを着た人影が、肩をおとしてとぼとぼと歩いてくる。足もとでは正装の靴が地面を踏むたびに小さな砂ぼこりをあげている。

 

三十秒後、少年はもう一度ちらりとそちらに目をやり、車の監視にもどった。 その一瞬のうちに、男が肩をまっすぐにして、表情がひきしまり、足もとも軽やかに土を踏み、少しもほこりを巻き上げなくなっているのが確認できた。

 

「こんにちは、クィレル先生。」  ハリーは車の方向から目をそらさずにそう言った。

 

「ごきげんよう。なにか距離をとっているようだが、今回の車両に奇妙(オッド)なところでも?」

 

奇妙(オッド)? いいえ、奇数(オッド)なところはないと思います。 どれもこれも偶数なようですから。 席は四つ、車輪も四つ、羽のある骨ばった巨大なウマが二頭……」

 

皮が張られた骸骨がハリーのほうをむいて、歯を光らせた。太く白い歯が、暗い洞穴のような口の前についている。この生き物は、ハリーがむけてやっているのと同じくらいの愛情を返しているように見えた。 骨と皮だけのウマがもう一頭、となりで、いななくようにくびを振りあげた。だが声はしなかった。

 

「これはセストラルだ。この車はいつもセストラルが引いていた。」となにげない声で言って、クィレル先生は、車の席の一列目に乗りこみ、一番右がわに座った。 「この生き物は、死を目のあたりにしてその意味を理解した者にしか見ることができない。たいていの捕食動物に対して有効な防衛策だ。 ふむ。おそらく、きみがあのディメンターのまえに出た一度目のとき、最悪に記憶としてよみがえったのは、〈名前を言ってはいけない例の男〉と対面した夜のことではなかったか?」

 

ハリーは暗い顔でうなづいた。 あたってはいる。理由はまちがっているが。 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「その記憶で見たなかで、なにか興味ぶかいことはあったか?」

 

「はい。ありました。」とだけ言って、ハリーはそれ以上説明しなかった。まだ追及するだけのこころの準備ができていなかった。

 

〈防衛術〉教授は手持ちの乾いた笑いのうちの一つをしてから、早く、と言うように指をひとたたきした。

 

ハリーは距離をつめて、たじろぎつつ車に乗りこんだ。 あの破滅の感覚は、ディメンターと会った日から日増しに強くなってきている。それまでは、少しずつ弱まっていたのに。 この車内で許されるかぎりクィレル先生から離れようとしてはみたが、これだけの距離ではまったく不足のようだった。

 

そして骸骨ウマが駆け出して、車が動きだし、二人をホグウォーツの外延部分へと連れていく。 そのあいだ、クィレル先生はゾンビ状態にもどって倒れこんだ。すると破滅の感覚が引いていった。その感覚はそれでもまだハリーの認識の境界線上に、無視しようのない存在として浮かんでいる……

 

車は進んでいき、森の景色が流れていく。木々が過ぎ去っていく様子は、ホウキや自動車とくらべるとほとんど氷河のような遅さだ。 その遅さにはどこか、気分を楽にしてくれるところがある、とハリーは思った。 クィレル先生にとってはたしかにそういう効果があるようで、崩れ落ちたからだに乗っかった口から、ひとすじのよだれがだらしなく垂れ、ローブにたまっている。

 

ハリーはまだ、自分が昼食になにを食べていいものか、決心をつけかねていた。

 

図書館で調査したかぎりでは、魔法族が非魔法性の植物と話せるという兆候はまったく見当たらなかった。 いや、ヘビ以外のあらゆる動物についてもおなじだ。だがポール・ブリードラヴの『呪文と口話』という本には、おそらく神話なのだろうが、〈モモンガの貴婦人〉と呼ばれた女魔法使いの話が収録されていた。

 

ハリーが本当にしたいのは、クィレル先生にたずねることだった。 問題は、クィレル先生の()()()()()()ことだ。 ドラコが言ったことからすると、〈スリザリンの継承者〉というのはかなりの爆弾のようであり、だれかに知られてしまっていいことなのかどうか、分からない。 〈ヘビ語〉について質問してしまったが最後、クィレル先生はじっとあの淡い水色の目でハリーを見て、「なるほど。ということは、きみはミスター・マルフォイに〈守護霊の魔法〉を教えて、うっかりそのヘビと会話してしまったというわけか。」と言うだろう。

 

この真の理由が仮説のひとつにはいるほどの証拠はそろっていないはずだし、その先験確率の低さをくつがえすほどの証拠もないことは言うまでもない。だが、そのことは問題にならない。 クィレル先生なら、()()()()()()推理してしまう。 ハリーはときどき思うのだが、クィレル先生は口にしているよりはるかに多くの背景情報をもっているのではないか。それくらい、クィレル先生の先験確率分布はよくできすぎている。 ときには、理由がまちがっているにも関わらず、先生の推論はみごとに当たっていたりする。 そうやって当てられたときに困るのは、半分以上の場合で、クィレル先生がどういう風に追加の手がかりをしのびこませているのか、ハリーにはさっぱりなことだ。 一度でいいから、クィレル先生の言ったことをもとにみごとな推理をして、先生を心底びっくりさせてみたいものだ。

 

◆ ◆ ◆

 

「レンズ豆の醤油スープをいただこう。ミスター・ポッターには、テナーマンの家庭風チリを。」とクィレル先生が給仕に頼んだ。

 

ハリーは急に絶望を感じて、ためらった。 今日は菜食主義の料理にしようと決心していたのだが、実際に注文するのがクィレル先生であることを忘れてしまっていた——この段階で口をはさむのは気まずい——

 

給仕の女性が一礼して、向きをかえた——

 

「あの、ちょっとすみません。その料理に、ヘビかモモンガの肉ははいっていますか?」

 

給仕はまったく平然とした様子で、ハリーのほうを向いてくびをふり、また一礼してから、ドアのほうに向かった。

 

(ハリーのこころのなかの三人が失笑した。 グリフィンドールは辛辣に「こんなわずかな社交的不安に負けて『共食い』をしてしまうのか。」と言い(ハッフルパフは『共食い』の部分に乗っかった)、スリザリンは「便利な倫理観でいいな。クィレル先生との関係を維持するといった重要な目標のためなら、簡単に曲げられるとは。」と言っていた。)

 

給仕が外にでてドアを閉じると、クィレル先生は手をひと振りして、かんぬきを下げ、いつもどおりのプライヴァシー用の〈魔法(チャーム)〉をかけてから、こう言った。 「おもしろい質問だな、ミスター・ポッター。なにを思ってそんなことを?」

 

ハリーは表情をしっかりとたもった。 「〈守護霊の魔法〉について、すこし調査していたんです。 『守護霊の魔法——成功と失敗の歴史』という本によれば、ゴドリックはこの魔法ができなかったけれど、サラザールにはできた。それでおどろいて、参考文献を読みました。『四偉人の人生』という本で、 そのなかで、サラザール・スリザリンがヘビと会話できた、という話に行きあたりました。」 (時系列と因果関係はおなじものではないが、クィレル先生がその点を誤解したとしても、ハリーが悪いのではない。) 「もっと調べてみると、モモンガと話せる地母神的な人物がいたという古い話もありました。 それで、会話できるものを食べていいものか、ちょっと心配になりました。」

 

そこでハリーはなにげなく水を口にふくみ——

 

——それとほぼ同時に、クィレル先生はこう言った。 「ということは、ミスター・ポッター、きみ自身も〈ヘビ語つかい〉なのだと思っていいのか?」

 

咳を終えると、ハリーは水のグラスをテーブルにもどし、クィレル先生の目ではなくあごを凝視しながら口をひらいた。 「じゃあ、あなたはぼくの〈閉心術〉の障壁を通過するくらいの〈開心術〉が使えるんですね。」

 

クィレル先生はにっこりと笑った。 「それは褒めことばと受けとらせてもらう。だが、はずれだ。」

 

「もうだまされませんよ。あれだけの証拠でその結論にたどりつくわけがない。」

 

「もちろんそうだとも。」 クィレル先生は落ちつきはらって言う。「これはいずれにしても今日きみに聞いておこうと思っていた質問だった。ちょうどいいタイミングがやってきたので言ってみただけだ。実は、このことには十二月から気づいていたのでね——」

 

()()()() ぼくも昨日知ったばかりなのに!」

 

「ああ。であれば、〈組わけ帽子〉のあのメッセージが〈ヘビ語〉だったことに気づいていなかったのか?」

 

〈防衛術〉教授はまたしても完璧なタイミングでそう言った。ちょうど、ハリーがさきほどむせたのどを水で流そうとしたところだった。

 

実際、気づいていなかった。いまのいままで。 言われてみれば、当然わかっているべきことだった。 だいたいマクゴガナル先生からも『人まえでヘビと話すな』とまで言われている。だがそう言われた時点では、ホグウォーツ内の銅像や彫刻でヘビのかたちをしているものについて言っているのだろう、とハリーは思いこんでしまっていた。 これは二重の透明性の錯覚だ。ハリーはマクゴガナル先生の話を理解したと思ったし、マクゴナガル先生もハリーは理解したのだと思った——でも、いったいどうやって——

 

「じゃあ、〈防衛術〉の初回授業のときに、ぼくに〈開心術〉をかけたんでしょう。そして〈組わけ帽子〉とのあいだでなにがあったかを知った——」

 

「それなら、十二月に知ったことにはならない。」 クィレル先生は背をもたれさせて、笑みをうかべた。 「この謎はきみが独力でとける謎ではない。だから答えをあかそう。 冬の休暇中、総長がとある人物の事件について非公開の再審査と、そのための委員会の設置を申請した、という通知を受けた。名前はミスター・ルビウス・ハグリッド。ごぞんじ、ホグウォーツの〈門番兼森番〉だ。彼は一九四三年のアビゲイル・マートルの殺人の容疑者だった。」

 

「ああ、なるほど。たしかにそれなら、ぼくが〈ヘビ語つかい〉であることは決まりですね……いやいや、いったいなにがどうなって——」

 

「もうひとりの容疑者は〈スリザリンの怪物〉だった。スリザリンの〈秘儀の部屋〉に住まうとされた伝説の怪物だ。 ある情報提供者がこの件をわたしに知らせてきたのも、わたしが相当額の賄賂をついやして詳細を調べる程度にまで注意をむけたのも、このためだ。 ところがミスター・ハグリッドは無実だった。 信じがたいほと明白に無実だった。 ブリテン魔法界の司法でこれほどはっきりとした無実の傍観者が有罪とされたのは、グリンデルヴァルトがネヴィル・チェンバレンを〈錯乱(コンファンド)〉した事件がアマンダ・ノックスのせいにされて以来だ。 ディペット総長は傀儡の生徒を使ってミスター・ハグリッドを訴追させた。ミス・マートルの死の責任を負わせる生けにえ(スケープゴート)が必要だったからだ。それでわが国の優秀な刑事裁判システムはその根拠で十分と判断し、ミスター・ハグリッドの退学と杖折りの処分を命じた。 われらが現任の総長は、単にそれなりに有意な証拠をいくつか新しく提示するだけで、再審査を申請することができる。それに、プレッシャーをかけるのがディペットではなくダンブルドアであれば、再審査の結果は目に見えている。 ルシウス・マルフォイとしても、ミスター・ハグリッドの汚名がそがれることを恐れる理由はない。だから一定の抵抗はするだろうが、それもみずからへの負担が生じない範囲でダンブルドアに負担をおわせようとするにとどまる。そしてダンブルドアはあきらかに、かまわず請求をすすめようと決心している。」

 

クィレル先生は一度水を口にした。 「だが本題にもどろうか。 総長が提示した新しい証拠についてだが、これまで検出されていなかった呪文が〈組わけ帽子〉にかかっていて、スリザリンであり〈ヘビ語つかい〉である者だけに反応するようになっていたことがわかった。総長みずからそう確認したというのだ。 総長の説によればさらに、これで一九四三年に〈秘儀の部屋〉が実際ひらかれたという解釈が事実である可能性が高まる、そして一九四三年というのは〈ヘビ語つかい〉として知られている〈名前を言ってはいけない例の男〉がホグウォーツで学んでいた時期とほぼ符合する、という。 疑わしい論理ではあるが、審査委員会にミスター・ハグリッドの有罪を容疑にもどすことを審決させる程度の効果はあるかもしれない。まじめな顔でそんなことが言えたものならばだが。 すると残る問題はひとつ。総長はどうやって〈組わけ帽子〉に隠された呪文のことを知ったのか?」

 

クィレル先生は薄ら笑いをしている。 「今年入学した諸君に〈ヘビ語つかい〉、つまり〈スリザリンの継承者〉かもしれない人物が一人いたと仮定してみよう。 こうやって非凡な人を見つけようとするとき、ミスター・ポッター、きみがいつも候補として目にはいるのは、きみも認めざるをえないだろう。 つぎにわたしが自問するのは、スリザリンの新入生の内心のプライヴァシーを総長が侵害して〈組わけ〉時の記憶をさぐったとすれば、標的になった可能性がもっとも高いのはだれか。ここまでくると、きみが目立ってくるではないか。」  笑みが消えた。 「そういうわけで、きみの精神をのぞきみたのは、わたしではない。謝罪してもらおうというのではないがね。 きみのプライヴァシーを守れとダンブルドアが抗議したのを見て、あの人を信じてしまっていたのだとしても、無理はない。」

 

「申し訳ありませんでした。」と言ってハリーは無表情をたもった。 かたくなにコントロールされた表情をするのも、ほとんど告白しているようなもので、ひたいに汗をかくのと大差ない。だが〈防衛術〉教授はそれをなんの証左ともしないだろう、とハリーは思っていた。 クィレル先生から見れば、ただ、〈スリザリンの継承者〉であると知られて神経質になっているように見えるはずだ。 意図的にスリザリンの秘密を漏らしたということを知られたのではないか、と思って神経質になっているのではなく……。いまとなっては、あれはかしこいやりかたではなかったように思える。

 

「さて。〈秘儀の部屋〉のありかについての進捗は?」

 

()()()、とハリーは思考した。だが合理的な否認可能性を維持するためには、隠す必要のないことを聞かれても、ときどきは言いのがれしてみせる、という方針でいかなければならない……。 「申し訳ありませんが、仮になにか進捗があったとしても、あなたにお伝えすべきなのか、明らかではありません。」

 

クィレル先生はまた水のグラスから、ひと口飲んだ。 「それでは、わたしが知っていることと推測していることを率直に言おう。 一点目。わたしは〈秘儀の部屋〉は実在すると思う。〈スリザリンの怪物〉もだ。 ミス・マートルは死後何時間も発見されなかった。結界が即座に総長へ警報を飛ばしていたはずだ。となると、なにかおかしい。 彼女を殺したのがディペット総長であれば説明がつくが、その可能性はあまりない。もうひとつの可能性は、結界に関して総長より高いレヴェルの権限がなんらかの存在にあたえられていた可能性だ。結界を作ったのはサラザール・スリザリンであり、したがって権限をあたえたのも彼だということになる。 二点目。〈スリザリンの怪物〉の目的がマグル生まれをホグウォーツから追いだすことだ、という通説はまちがっていると思う。 〈スリザリンの怪物〉がホグウォーツ総長と教師の全員を倒せるほど強い怪物でないかぎり、その目標を力技で達成することはできない。 隠れた殺人が複数回起これば学校は閉鎖される。実際、一九四三年にそうなりかけた。さもなくば、新しくさまざま結界が設置される結果になっていただろう。 それでは、〈スリザリンの怪物〉はなんのためにいるのか。ミスター・ポッター、その真の目的は何だ?」

 

「うーん……」  ハリーは視線をグラスに落とし、考えようとした。 「〈部屋〉に入ってきた者、入るべきでない者を殺すこと——」

 

「侵入者はサラザールが〈部屋〉に設置した強力な結界をやぶれるほどの腕をもつ魔法使いのチームだ。それを倒せるような怪物? ありそうにないな。」

 

ハリーはすこしプレッシャーを感じはじめた。 「じゃあ、〈秘儀の部屋〉というくらいですから、その〈怪物〉に秘密があるんじゃないですか。いや、()()()()()()()その秘密だったり?」  いや、そもそも〈秘儀の部屋〉にはどういう秘密があるというのだろう? この点については、ハリーはまだあまり調査をしていない。だれもなにも知らないのではないか、という印象があったからでもあるが——

 

クィレル先生は笑みをうかべている。 「単にその秘密を書きのこせばよさそうなものだが、できない理由は?」

 

「うーん……。〈怪物〉が〈ヘビ語〉でしゃべるとしたら、スリザリンの真の子孫でなければ秘密を聞けないようにできるから、とか?」

 

「〈ヘビ語〉の文句を〈部屋〉の結界を解除する鍵としておくのはたやすい。 なのに手間をかけて〈スリザリンの怪物〉を作る理由はあるか? 何百年も生きる生物を作るのが、そう簡単であるはずがない。 ほら、ミスター・ポッター。こたえは明白だろう。 生きた精神から生きた精神へ言い伝えることはできるが、書きのこすことはできない秘密と言えば?」

 

ハリーはそれに気づいた瞬間、アドレナリンがどっと流れ、心臓がどきどきし、呼吸が早まるのを感じた。「()()()。」

 

サラザール・スリザリンはやはり狡猾だった。 〈マーリンの禁令〉の抜け道を見つけるほどに狡猾だった。

 

強力な魔法は、本や幽霊(ゴースト)を通じて伝えることができない。だがある程度長命で記憶力のいい、意識ある生物を作りだせるなら——

 

「こういう可能性は十分あると思う。」とクィレル先生が言う。 「〈名前を言ってはいけない例の男〉は最初、〈スリザリンの怪物〉から聞いた秘儀を使ってのしあがったのではないか。 うしなわれたサラザールの知識が〈例の男〉の異常なまでに強力な魔術の源泉だったのではないか。 だからわたしも、〈秘儀の部屋〉とミスター・ハグリッドの事件については興味があった。」

 

「そういうことですか。」  そしてもしハリーがサラザールの〈秘儀の部屋〉を見つけられたなら……ヴォルデモート卿が得た、うしなわれた知識はすべてハリーのものになる。

 

これだ。物語はこうならないと。

 

そこにハリーの優秀な知性と多少の独創的な魔法研究とマグル式ロケットランチャーがくわわれば、決戦は完全に一方的になる。というか、ぜひそうしたい。

 

ハリーはにやりと笑った。とても邪悪な笑顔になった。 新しい優先事項:すこしでもヘビらしいものを見つけたら、話しかける。 手はじめに、すでに試したものからはじめる。ただし今回は英語ではなく〈ヘビ語〉にする。そして——ドラコに頼んでスリザリンの共同寝室(ドミトリー)にはいらせてもらう——

 

「そう興奮するな、ミスター・ポッター。」  そう言うクィレル先生の顔は無表情になっていた。 「そのさきを考えてみなさい。 〈闇の王〉は〈スリザリンの怪物〉にわかれを告げるとき、なんと言ったと思う?」

 

()() なんでぼくたちにそんなことが分かると思うんですか?」

 

「その光景を思いえがいてみなさい。 細部まで想像力をはたらかせて。 〈スリザリンの怪物〉は——おそらく巨大なヘビで、〈ヘビ語つかい〉としか話せないように作られたのだろう——自分がたくわえた知識をすべて〈名前を言ってはいけない例の男〉に告げた。 〈怪物〉は彼にサラザールの最後の祈りをとどけ、〈秘儀の部屋〉はまた封印されなければならない、と警告する。つぎに十分に有能なサラザールの子孫があらわれるまでは解かれないように封印せよ、と。 のちに〈闇の王〉となる男はうなづき、こう返事する——」

 

「アヴァダ・ケダヴラと。」と答えつつ、ハリーは急に不吉な感覚におそわれた。

 

「ルールその十二。」とクィレル先生がしずかに言う。「自分のちからの源泉を、ほかの人に見つかるような場所に放置しないこと。」

 

ハリーの視線はテーブルクロスに落ちた。テーブルクロスはすでに、黒い花と陰影からなる悲しげな模様になっていた。 この話はどこか……想像できないほど悲しい。 スリザリンの巨大なヘビはヴォルデモート卿に協力しようとしただけなのに、ヴォルデモート卿はあっさりと……。そう考えると、なぜか耐えがたい悲痛さを感じる。純粋に仲よくしようとしてきた生き物に対して、考えられない仕打ちだ……。 「〈闇の王〉は実際そんなことをしたと——」

 

「そう思う。」とクィレル先生はあっさりこたえた。「〈闇の王〉が通ったあとには、かなりの死体の列ができている。これを例外としたとは思えない。 それだけでなく、持ち去れる遺物があれば、持ち去っただろう。 それでも〈秘儀の部屋〉にはなにか見る価値のあるものが残っているかもしれないし、きみが発見者となれば真の〈スリザリンの継承者〉であることの証明にはなるだろう。 だがあまり期待しすぎるな。 わたしの読みでは、なにかのこっているとしても、〈スリザリンの怪物〉の亡き骸が眠る墓が関の山だ。」

 

二人はしばらく無言になった。

 

「これが当たっていない可能性もある。けっきょくは単なる推測だ。ただわたしは、きみが落胆しすぎないようにと思って、警告しておきたかっただけだ。」

 

ハリーはみじかくうなづいた。

 

「きみが赤子だったころの勝利すら、なければよかったと言えるかもしれない。」  そう言ってクィレル先生はゆがんだ笑みをした。 「〈例の男〉が生きてさえいれば、きみは彼を説得して、その知識を伝えさせることができたかもしれない。〈スリザリンの継承者〉から〈継承者〉へ、伝承すべき遺産として。」  ゆがんだ笑みがさらにゆがんだ。仮定としてさえ、どう考えてもありえない話だ、と言うかのようだった。

 

()()()()()()、とハリーは寒けと一片の怒りを感じながら思考する。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

また部屋が静まった。 クィレル先生はハリーのほうを見ている。質問されるのを待っているかのようだ。

 

「あの、その関係でちょうど聞いておきたかったことがあります。〈ヘビ語つかい〉というのが実際にどういう風に機能するのか——」

 

そこでドアにノックがあった。 クィレル先生は警戒するように指を一本たて、ひとふりしてドアをあけた。 給仕が食事をのせた巨大な盆をバランスよく持って入室した。その全体に重さがないかのように見えた(多分、実際ないのだろう)。 クィレル先生には緑色のスープといつものキャンティがグラスで出された。ハリーには濃厚そうなソースにひたされた細切れ肉の皿、そして例によってトリークルソーダが一杯ついた。 それから給仕は一礼し、退出した。おざなりな形式ではなく、こころのこもった敬意があるように見える礼だった。

 

給仕がいなくなると、クィレル先生は、静粛に、と言うようにまた指を一本たて、杖をとりだした。

 

それから、一連の詠唱をしはじめた。ハリーはそれがなんであるか気づいて、はっと息をのんだ。 それはミスター・ベスターが使ったのとおなじ組み合わせ、おなじ順序だった。真に重要な話をするまえに取りおこなう、二十七の呪文の組だ。

 

つまりここまでの〈秘儀の部屋〉の話とは段違いに重要な話があると——

 

クィレル先生は呪文を——呪文は()()あり、そのうち三つはハリーに聞きおぼえがなかった——かけおえると、こう言った。 「これで当分は割りこみがはいらない。 きみは秘密をまもれるか? ミスター・ポッター。」

 

ハリーはうなづいた。

 

「これは重大な秘密だ。」  クィレル先生はけわしい表情で、その目はしっかりとハリーを見ている。 「漏れれば、わたしがアズカバンに送られかねない。 返事をするまえに、そのことを考えなさい。」

 

ハリーは一瞬、なぜそこまで気にすることがあるのか、すでに自分はかなりの量の秘密をためこんでいるのに、と思った。だが——

 

その秘密が漏れればアズカバンに送られかねない。つまり、クィレル先生は非合法なことをしたということだ……

 

ハリーの頭脳はいくつかの計算をした。 どんな秘密であれ、クィレル先生はその非合法な行為がハリーに悪印象をあたえない、と思っている。 ()()()()ことによってなにか得することはない。 そしてもしクィレル先生の悪い面を知る手がかりになるものなら、ハリーにとってそれを知ることははっきりと得だと言える。だれにも言わない、という約束をすでにしているとしても。

 

「ぼくは権威に敬意をはらったことはありません。司法や政府の権威もそこにふくまれます。 あなたの秘密はまもります。」

 

それを告白することでクィレル先生にとって危険が増えるはずだが、そうする価値があると思うのか、とたずねることはしなかった。 その確認の必要があるほど、〈防衛術〉教授はバカではない。

 

「では、きみが真にサラザールの子孫であるかどうか、試させてもらう。」  そう言ってクィレル先生は席をたった。 ハリーも、計算でというよりは反射運動と本能で、ぱっと自分のからだを椅子から引き離した。

 

視界のブレ。変位。突然の加速。

 

ハリーはパニックになって後ろに飛びすさる動きを途中でやめ、腕でからだをささえ、なんとか倒れないようにした。アドレナリンがどっと体内に流れこんだ。

 

部屋のむこうがわでは、一メートルの高さのヘビがゆらゆらとしている。あかるい緑色の皮膚に、白と青の細かな縞がはいっている。 ハリーはヘビ学には詳しくないので正確にはわからないが、『あかるい色』が『有毒』の意味であることは知っていた。

 

ずっとあった破滅の感覚が消えていた。皮肉にもちょうど、ホグウォーツ〈防衛術〉教授が毒ヘビに変身したタイミングで。

 

ハリーはごくりと息をのんでから言った。 「こんにちは——あ……フスー、いや、えー、コンニチハ。

 

デハ」とヘビがシューシューする声で言う。「オマエガ 話セバ、ワタシハ 聞ケル。ワタシガ 話セバ、オマエハ 聞ケル?

 

聞ケル。」とハリーがおなじことばで言う。「アナタハ 動物師(アニメイガス) カ?

 

当然ダ。三十七ノ るーるガ アル。ソノ 三十四。動物師ニ ナレ。 常識ガ アレバ、カナラズ、ナル。スナワチ、稀ニシカ イナイ。」  ヘビの目は、暗い縦穴にはめこまれた、まったいらな面のようで、灰色の広がりのなかに鋭い黒色の瞳孔があった。 「コレホド 安全ニ 話ス 方法ハ ナイ。ワカルカ? コノ話ハ ホカノ ダレモ 理解 シナイ。

 

相手ガ ヘビノ 動物師 デモ?

 

すりざりん継承者ガ 聞カセヨウト シナイカギリハ。」  ヘビは何度かみじかくシュッシュッと音をだした。ハリーの脳はそれを皮肉な笑い声に変換した。 「すりざりんハ 馬鹿 デハナイ。ヘビ動物師ト ヘビ語ツカイハ チガウ。サモナクバ、策ニ 大キナ 穴。

 

そうか。だとすれば、〈ヘビ語〉が個人単位の魔法であるという可能性が強まった。ヘビという種族全体が意識があり言語を学習できる種族だという可能性は低くなる——

 

ワタシハ 未登録ダ。」  ヘビの暗い眼窩がハリーをじっと見つめた。 「動物師ハ カナラズ 登録スル。罰ハ 二年ノ 禁固。少年、コノ秘密ヲ マモルカ?

 

ハイ。約束シタ コトハ カナラズ マモル。」とハリー。

 

ヘビはまるでショックを受けたようにして、こわばったように見えた。それからまた、ゆらゆらしだした。 「ワタシタチハ 七日後 マタ ココニ クル。見エナク スル まんとヲ モテ。時間ヲ 旅スル 砂時計ヲ モテ——

 

知ッテイタノカ?」 ハリーはショックを受けて言った。 「ドウヤッテ——

 

また皮肉な笑い声に変換されるシュッシュッという音がした。 「オマエハ ワタシノ 最初ノ 授業ニ キタトキ、ホカノ 授業ニモ イタ。敵ヲ ぱいデ 倒シタ。記憶ノ 球ガ フタツ アッタ——

 

モウイイ。馬鹿ナ 質問ダッタ。アナタガ 賢イト 忘レテイタ。

 

忘レルトシタラ 馬鹿ダ。」とヘビが言ったが、立腹したような声ではなかった。

 

砂時計ハ 制限サレテイル。九時マデ 使エナイ。」とハリー。

 

ヘビはあたまをぶるっとさせた。ヘビらしいうなづきかただ。 「制限ハ 多イ。オマエシカ 使エナイ。盗ムコトガ デキナイ。他ノ 人間ヲ 運ブコトガ デキナイ。 ダガ ぽーちニ イレタ ヘビハ、多分 イケル。 防護けーすノ ナカデ 砂時計ヲ 動カナク スル コトガ デキルト 思ウ。 けーすノ ホウヲ 回ス。結界ハ 気ヅカナイ。 七日後ニ 試ス。 計画ノ 続キハ ココデ 言ワナイ。 スベテ ダレニモ 言ウナ。 予定ガ アルコトモ 知ラレルナ。 ワカッタカ?

 

ハリーはうなづいた。

 

声デ 言エ。

 

ワカッタ。

 

ワタシガ 言ッタトオリニ スルカ?

 

スル。タダシ……」  ハリーは震える音をだした。その音はこころのなかで、『うーん』というためらいの声のヘビ版に変換された。 「アナタガ マダ 言ッテイナイ コトヲ スルトハ 約束シナイ。

 

ヘビは震えあがる仕草をした。その仕草はハリーのこころのなかで、にらみつける表情に変換された。 「当然ダ。詳細ハ ツギニ 会ウトキ 議論スル。

 

またブレと加速が逆むきに起こり、気づくとクィレル先生がまたそこに立っていた。 すこしのあいだ、クィレル先生はあのヘビとおなじように、ゆらゆらしているように見えた。目が冷たく平坦に見えた。 それから胸をはると、また人間的になった。

 

そして破滅のオーラがもどってきた。

 

椅子がもとの位置にすべりこみ、クィレル先生は腰をおろした。 「のこすのはもったいないぞ。」と言ってクィレル先生はスプーンを手にとった。 「とはいえ、いまのわたしは、生きたネズミを一匹食べたい気分だが。 精神から身体を脱ぎ捨てるのは、なかなか簡単ではないということだな……」

 

ハリーはゆっくりと席にもどり、食べはじめた。

 

◆ ◆ ◆

 

「つまりサラザールの血筋は、〈例の男〉でとだえたのではなかったということか。」とクィレル先生はすこし間をおいてから言った。 「生徒のあいだではすでに、きみが〈(ダーク)〉であると評判になりつつあるようだ。 このことを知れば、彼らはどう思うだろうな。」

 

「あるいは、ぼくがディメンターを破壊したということを知ればどう思うでしょうね。」  ハリーはそう言って肩をすくめた。 「一連の騒ぎは、つぎにぼくがなにかおもしろいことをしたら、吹き飛ぶんじゃないかと思いますよ。 でもハーマイオニーは実際困っています。 それで、なにか彼女への助言をいただけないかと思っていました。」

 

それを聞いて〈防衛術〉教授は無言で、スープをスプーンにもう何杯か口にした。 そしてまた話しはじめたとき、その声は奇妙に平坦だった。 「あの女の子のことをほんとうに気にかけているようだな。」

 

「はい。」とハリーは静かに言った。

 

「おそらく、だから彼女がきみを〈吸魂〉(ディメンテイション)から救いだせたのだろう?」

 

「そんなところです。」  クィレル先生の言いかたはある意味で正しい。厳密には、 〈吸魂〉された自分がだれかのことを気にかけていた、と言えばまちがいだ。あれは、ただ困惑しただけだ。

 

「わたしは若いころ、そのような友人をもったことがなかった。」  また同じ、抑揚のない声。 「きみも孤独だったとしたら、どんな人間になっていただろうか?」

 

そのことばにハリーは不覚にも震えを感じた。

 

「きっときみは彼女に感謝しているのだろう。」

 

ハリーはただうなづいた。厳密に言えばちがうが、それでも真実ではある。

 

「では、わたしがきみの年ごろに、それに値する相手がいれば、やっていたであろうことを言うとすれば——」

 

◆ ◆ ◆

 

原作品の著者:J. K. Rowling

ファンフィクションの著者:Eliezer Yudkowsky

 




「マーリンの禁令」については23章を参照(原作にない概念です)

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