GX最終話とその後のキャロルとエルフナインの話。あと響。
キャロルのあの最後は結局どうなったのか、贖罪的に救済的にどうなのかの考察や想像や妄想を踏まえて書いた設定語りのような私案のようなそんなSSです。
(初出:2015/10/29)(他サイトと同時投稿です)
(2016/03/06:後日譚を書きました。『トロイメライ』https://syosetu.org/novel/161176/





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GX最終話とその後のキャロルとエルフナインの話。あと響。
キャロルのあの最後は結局どうなったのか、贖罪的に救済的にどうなのかの考察や想像や妄想を踏まえて書いた設定語りのような私案のようなそんなSSです。
(初出:2015/10/29)(他サイトと同時投稿です)
(2016/03/06:後日譚を書きました。『トロイメライ』https://syosetu.org/novel/161176/






カノン

 

 

 

 

 こんな夢を見た。

 

 

「エルフナインちゃーん」

 呼び声に顔を上げると、顔の高さに上げた手を小さく振りながら立花響がエルフナインに向かって歩いてくるところだった。もう一方の手にはカフェのトレーを持っている。

「響さん」

 テーブル席を十席ほど備えた艦内のカフェ。客入りの多くない店内のテーブル席の合間を通り抜けて、立花響はエルフナインの前にやってきた。

「一緒してもいい?」

「はい、もちろんです」

 エルフナインの浮かべた柔和な笑みに微笑み返しながら、立花響はエルフナインのテーブルの対面側にトレーを置いて席に座った。

「メディカルチェックの再検査ですか?」

 一週間前。シンフォギア装者である立花響は、東京の中心地で起きた大爆発に装者の中でただ一人至近で巻き込まれた。ギアを纏った状態かつイグナイトモジュールが起動中だったとはいえ、救出後に丸一日意識が戻らなかったことを憂慮して、精密検査を受ける運びとなっていた。

「うん。でも思ってたより早く終わって時間が空いちゃったから、ちょっとお茶していこうと思って」

「お茶、ですか……」

 エルフナインの語尾に疑問が滲む。立花響のトレーにはお茶という軽い語感の表現を用いるにはやや難のある、アイスクリームやカットフルーツが盛られた背の高い口広なグラスが鎮座していた。それを前にして立花響は目を輝かせる。

「本部カフェのフルーツパフェ、いっぺん食べてみたかったんだよねー! なっかなか機会がなくて……! エルフナインちゃんは?」

「ボクはさっき休憩に入ったところです。分析室は飲食禁止なので」

 エルフナインの手元には紅茶の半分ほど残っているティーカップセットがあった。

「検査の結果は、どうでしたか?」

「うんバッチリ。何にも問題ないって」

「良かったです。安心しました」

 気遣わしげだったエルフナインの顔に、良好な結果を聞いてほっとしたように安堵の微笑みが浮かんだ。立花響もパフェに手を付けながら笑みを返す。

「エルフナインちゃんの方こそ、その後はどう? ……うーん、キャロルちゃん? エルフナインちゃん? 未だにちょっと、迷うときがあるんだよねー」

「あはは……」

 無理もない、という風にエルフナインは困ったように笑う。

「いやーあのときはびっくりだったよ。病室に駆けつけたらキャロルちゃんが居て、キャロルちゃんなのにエルフナインちゃんなんだもの。キャロルちゃんがエルフナインちゃんのことを助けたんだろうなーっていうのはすぐ分かったんだけど……でも、キャロルちゃんって、どうなったの?」

「どう、なったんでしょうね……」

 尋ねられたエルフナインは、浮かべていた笑みと声音に翳りを帯びさせながら手元のカップに視線を落とした。

「ボクには、ボクしか感じられないんです」

 エルフナインと同じに、立花響も眉尻を下げて表情を曇らせる。

「そっか……エルフナインちゃんにも、わからないんだ……」

 立花響のパフェを掘る手が緩慢になった。

 他の客の控えめな話し声や店員の給仕の音を背景に沈黙が落ちる。けれど数秒後、立花響の突然上げた「あ!」という声でそれは破られた。立花響は柄の長いスプーンを持ったままの手を握りこぶしにして、もう一方の掌をぽんと打つ。

「もしかして、実は二重人格になってたりとか!?」

「え?」

 突拍子なく言い出されてきょとんとするエルフナインに、立花響は自分の大発見を打ち明けるかのように熱意を伴わせた真顔で迫る。

「なんとかパズルみたいのを持って、もう一人のボク! とか言っちゃったりして。ダインスレイフの欠片が入ってた匣がちょうどそれっぽかったし? 敵と戦うときは歌のゲームだ! とか言ってスマフォのリズムアクションゲームとかで対決して、負けた相手には不思議な力で罰ゲームさせちゃうとか!?」

「な、ないですよそんなアニメみたいなことっ」

「だよねえ、あははは」

 エルフナインが困り笑いを浮かべながら両の手の平を振って否定すると、立花響は一転して破顔し、眉をハの字にして笑った。エルフナインも一緒に笑う。

「はは……ただ、夢を見ました」

「夢?」

「はい」

 首を傾げ訊く立花響に頷きで返し、エルフナインは遠くを見つめるような眼差しになる。

「ボクはあのとき、夢の中でキャロルと会っていたんです」

 そう、エルフナインは会っていた。

 あのときに。

 

 

    ◇

 

 

 あのとき。

 虚ろのような、満たされているような。判然としない、けれど凪いでいるような感覚に浸りながら、暗闇の中を自分がどこか深い深い底へと落ちていくのを自覚していた。

 目を閉じると、瞼に裏に浮かぶ者。ようやくに突き止めたそれの居場所を訪れたのは、四度目の夜を迎えたとき。

 自分を庇うように昏倒している少女の腕の中で目を覚ました後、人目を避けねばならないことを漠然と悟り、風を操る力を使って身を潜め、そうしながらの広範囲に渡る捜索という骨の折れる探索の末だった。

 こちらの『想い出』が底をつく寸前で、命尽きようとしているあいつの想いを拾い。

 そうして『想い出』は全て燃やし尽くされ。

 全てが、終わった。

 終わりきろうとしていた。

 深くになるにつれ密度の増していく闇の中を、背中から、更に深くへ落ちていくそのさなか。何を見るでなく開けたままでいた目に、きらきらと光る何かが舞い登っていっているのが見えていた。

 金色の細かなそれは、輝く砂のような光る粒子だった。宙で消えるそれを逆に辿ると出処は至近で、薄ぼんやりと透け光る自分の身体の至る所から流れ出るように乖離していた。

 自分を形作る何かがそうして揮発していっているように見えた。けれど心には恐慌も焦燥も浮かばない。根拠はないのに当然のことのように思えて、その現象をただ平静に受け入れるのみだった。

 金色の光の粒子はグラデーションの暗闇によく映える。闇の空へ溶けるように消えていく儚いそれを、きれいだと単純に思った。

「ルル……リー、ラー……ルルル、ルリラー……」

 旋律を、自然と口にしていた。

 途切れかけ、掠れかけてはいても。こうして心のまま想いをメロディに乗せて口遊むのは、ずいぶん久しぶりのことのように感じた。遠い昔にはよくこんなふうに、気分が乗ると歌を唄っていた気がする。

 いや、最近にもそうしたことがあったような気がする。頭の中が霞掛かったように輪郭が定まらなくて、思い出せない。

 記憶を手繰れないだけでなく、言葉のかたちが、わからなくなっていった。

「らLa、ラー……ラRぁら、らー……」

 旋律、音程さえも思い出せなくなる。

 それでもかまわず、口遊んだ。

「……lala、la、laー……」

 音だけになる。

 やがて音すらも。

「aー……、a……」

 落ちるにつれ、周りの闇はその濃さを厚みを増していく。

 背後の落ちゆく先に、濃く深く底のない塗りつぶされたような無限の闇の広がりを、漠然と感じていた。

 そこへ至れば、何もかも終わるのだと、確信めいた予感があった。

 落ちていく。

 落ちていく。

 見上げる空に、光は遠かった。今や点ほどに果てしなく遠い。落ちゆく底の底にはあの光は届かず、姿すらきっと見えないだろう。

 あの光こそ、己が欲していたものではないか――求め願っていた何かがそこにある気がして、衒いのないまっさらな心が空に手を伸ばさせた。

 今頃、それを求めるのか――言い知れない自己の嫌悪が胸中に募る。求めてはいけないと拒むものがありながら、手を伸ばさずにはいられなかった。

 届くとは思わない諦観が指先から力を奪う。

 掲げただけの腕の先の、水草のように頼りなく揺れる指の合間に見え隠れする光。それが見えなくなったときこそ、闇の底に行き着いたということなのだろうと思う。透ける薄い肌色の指にさえ遮られる光は、次の瞬間には消えていてもおかしくないほどに儚く見えた。

 けれども。

 揺らいだ指の影から現れ見えた白い光点は、闇に紛れて掻き消えるどころか、心なし大きさを増しているように感じられた。

 それは錯覚でなく、次第に、見え隠れするたびに大きくなっていく。

 やがて、指で隠れないくらいに大きく。

 いや。

 近づいてきていた。

 より正しくは、落ちてきていた。

 こちらに向かって真っ直ぐに落ちてくる明るい白い何か。近くなるにつれ姿形の輪郭が見て取れるようになってくるそれは、ヒトのかたちをしていた。

 頭を下側にして、顔を上げて、こちらを見据えて。

 ――■■■■! ■■■■ー!

 落ちるというよりは、追いつこうとして。

 何かを叫びながら、小さな肢体の腕を必死にこちらに伸ばして。

 近くまでやってきたところで、伸ばされたその手に宙に掲げたままだった手を掴まれた。

 途端、急激に落下の速度が激減する。無重力の中へ放り出されたかのように、宙で停滞する。

 漂うように浮いているのを、助け起こされるように腕を引かれて体勢を正された。真正面で向き合うよう立つそれは、自分と同じく子どもの背格好で、やはり自分と同じく、ぼんやりと透けて白く光っている。

 こちらを伺うような表情を浮かべるそれの、唇が動かされる。

 ――■■■■……

 叫んでいたのと同じ音は、やはり意味を為さない音にしか聞こえなかった。

 何と言ったのかも、誰なのかもわからない。問うための言葉も手段もわからなくて、首を傾げた。自然とその仕草を取ったのは、こういうときに行う所作だと身体が知っていたからだった。

 相手は眉尻を落として困ったような悲しそうな表情を浮かべた。俯き加減に視線を落とす。それから不意にこちらの両手を取って、左右それぞれの手同士を胸の高さで指を絡めるように組まされた。

 踏み込むように身を乗り出し、顔を近づけてきて。

 唇に、唇を重ねられた。

 その行為になんの意味があるのか、わからなかった。けれど、予期していなかったぶん多少の驚きはあったものの、拒むほどではなかったのでされるままにしておいた。自然と瞼が降りて目が閉じられる。これも知っている仕草の一つのように思えた。

 前髪の交じり合う距離の顔が少し傾けられて、重なりが少し深くなる。重なる唇の向こうから、唇と歯列の割ってこちらに滑り込む何かがあった。滑らかで温かいようなそれに舌が触れられる。

 その途端、奔流が、頭の中に流れ込んできた。

 言葉。音楽。情景。物語。それらが瞼の裏で次々と立ち現われては消えていく。そのさまはまるで、高速で動いたとき視界の両側を後ろに流れていく風景のようだった。

 その速度を落としていくように、奔流はやがてゆるやかに途切れる。

 唇が、顔が離される。

 瞼を上げて目に映した風景は、相も変わらず無限に広がる闇ばかり。

 目の前の唯一見える相手は、変わらず自分と同じく薄ぼんやりと光っていて、けれど自分の身体からは溶け出ていくような光る粒子の乖離は止んでいた。

 相対する者の、その唇が動かされる。

「キャロル……」

 紡がれた、先刻から呼びかけられていたのと同じ音は、今は意味を為して耳に届いた。

 そして、気遣わしげにこちらを見つめる相手のその名を、思い出せる。

「……エルフナイン」

 それに口にすると、エルフナインは顔に安堵を浮かべていくらか表情を明るくした。

 一方で、キャロルの心中には疑問が浮かぶ。

「どうして、オレを」

 信じがたい思いでそれを口に出すと、エルフナインは真っ直ぐに見つめ返してきた。

「消えようとしていたボクを、キミは手をとって掬い上げてくれました。それと同じことをボクもしたまでです」

「……あのまま捨て置けば良かったものを」

 手を解き、向けられる視線から逃れるよう俯き加減に顔を逸らす。

 『想い出』の過度の焼却。知識や情報、言語や技能を自我と紐付ける経路にまで及んだ燃焼は、自我の維持根拠までも失わせ、燻ぶる余燼が燃え残りの炭を侵食して全て灰にし尽くすように、自我をゆるやかに燃やし尽くして消失させる。

 昏倒する少女――立花響の腕の中で目が覚めて以来、いずれそうなるという自覚があった。また、探し出したエルフナインがもうひとりの自分であると知らされたとき、ひとつになれることを直感で悟った。

 なればこそ、もう一度、ふたりで。

 エルフナインは躯体を、自分は自我を、互いの欠損を補う形に補完し合って。

 死にゆくはずだったエルフナインは、消えたくなかったこの世界で代わりの躯体を得て、生きていくことができたはずだった。

 なのに。

「さっき、ボクの『想い出』をキミに複写しました。自分のことがわかりますか?」

 問い掛けに、自ずと記憶に走査が走る。

「ああ、分かるとも。オレは……」

 膨大な欠落を感じるものの、エルフナインの『想い出』は僅かに断片的に残っていたキャロルの『想い出』をも補完していた。霞は霧散し、定まらなかった輪郭は冴え冴えとして、はっきりと脳裏に立ち現われてくる。

 遠い昔の、父との柔く優しい暖かな記憶。

 疫病から村を救い、人々に感謝されてはにかむ父の姿。

 一方的な審問の末、資格なき奇跡の代行者として焚刑に処され、「世界を識れ」と遺して煤とされた父。研鑽を奇跡にすり替えられた。そんな奇跡は必ず皆殺すと、誓いを立てた炎のあの日。

「オレはっ……」

 錬金術において識るとはすなわち、分解して解析すること。ゆえに、世界を識るとは、世界を分解すること。だが『想い出』の中の父の姿を思えば、世界を識れという言葉――命題は、世界を壊すなどということ望んで託されたものではないことは自明だった。

 恣意的な曲解。違和感を伴わせるほど歪んだ解釈をしたのは――

 あまりの愚かしさに身悶えて、自らを自らの腕で掻き抱いた。

「身を焼く憎悪の炎から救われようとして、血で血を洗い狂った汚れた醜悪だ……!」

 憎悪に依って生きた数百年の『想い出』をほとんど失い、客観が可能になった今に悟る。

 憎しみのあまり、父から託された命題を復讐の理由へとねじ曲げた。それが真相だった。

 世界に。そしてなによりも父に。偽り、裏切り、踏みにじるような所業を行った。

 ……何故、いま、己は存在しているのだろう。存在できているのだろう。ぎり、と指が腕に食い込む。

 残滓など微塵も残さず、この世から失せ果てるのが似合いの末路だというのに。

「ボクの考えたパパの命題の答えは、『赦し』……」

 エルフナインは、告げるように語りかけてくる。言葉を寄り添わせるように。

「たとえ世界の全てがキミを否定しても、キミ自身がキミを否定しても。ボクだけはキミを赦します」

「赦し……」

 投げかけた視線は真っ直ぐに見つめてくる瞳に受け止められた。

「オレの存在を赦すというのか。そんなことができるものか」

 眼差しに否定を混じえてもなお、自分と似ている透き通った青緑色の瞳は揺るがない。

「キャロルのこの完璧以上に完成した躯体であれば、異なる電気信号の共存は可能です」

 ホムンクルスの躯体はヒトと異なる組成でできている。ヒトを遥かに上回って、膨大な『想い出』と情報記憶、技能記憶の保持を可能にして余裕のあるこの躯体なら、あるいは可能かもしれない。

 だが。

「だとして、そうまでしてオレを留めることに何の意味がある」

 目を逸らし、伏せた瞼を重く瞬く。

 再び手繰れるようになった知識の中に、ひとつの躯体に複数の自我を共存させた事例はなかった。

 不測のリスク。それがつきまとうのに、なにより、災厄を齎した害悪は世界から爪弾かれ取り除かれるのが必定なのに。留める理由がわからない。

「キミは、罪を贖わなくてはなりません」

「罪を、贖う……?」

 言葉の意味を図りかねてエルフナインを見遣る。エルフナインはその視線を受け止めから、こくりと頷いた。

「ボクたちの錬金術は分解だけに留まるものではありません。そのあとの構築――世界と調和することが到達点です。壊れたものは直すことができるんです。……離してしまった手は、もう一度繋ぎ直すことができるんです」

 真摯にこちらを見詰めながら、切実に、訴えかけるように、エルフナインは言葉を連ねる。

「呪いだったはずの歌からキミが起こした小さな奇跡。それが引き出した、パパのほんとうに伝えたかった命題は、ボクたちに託された命題は……『人と人がわかり合うこと』です」

 目を見張った。

 エルフナインにもあれが見えていた。聞こえていた。

 エルフナインの施した呪われた歌に、同じ意志を持つがゆえに父の面影が重なったのを。

「キミはもうひとりのボクで――」

「……オレは、もうひとりのお前」

 自然と応じたそれに、エルフナインは小さく頷く。

「キミの罪はボクの罪。託された命題の答えを求め続けることが、ボクたちの贖いです」

 その言葉は、芯に確たるものを感じさせて静かに紡がれた。

「ボクたちは一人きり。だから――行こう、一緒に」

 手を取って。

「……どこまでも」

 掴んだこちらの右手を、胸の高さにして両手で包み。

「キミがボクの手を取って、消えゆくボクを掬い上げてくれたように。これがボクの正義だと信じて、キミの手を握ります」

 祈りを込めるかのように、握り締めた。

 正義――エルフナインの紡いだその語に、瞼を重く下ろす。

 大アルカナにおいて、正義と力を暗示する数字である、11。

 計画が最終段階に及んだ折に、廃棄躯体がちょうど11を数えたことに、今となっては逃れがたい運命のような皮肉を感じてならなかった。

 呪いの歌をギアに仕込むためには、歌女たちの元へ魔剣を届けなければならない。動きを無自覚に内偵させるためにも疑われない、信用される人格が望ましかった。

 廃棄躯体には普段、労役後献体に使って廃棄するのに都合が悪いため、計画の助力に必要な錬金術の知識の他に情緒の根拠となる『想い出』をインストールしない。

 歌女たちに受け入れられるよう、そしてこの世から潰えさせたくない『想い出』のあわよくばの外部退避も兼ねて。廃棄物11号(Elf-Nein)に父との善き『想い出』をインストールし、意図した通り善の心を持つ自我を為したときに、己の命運は決まっていたのかもしれない。

 人の道にかなって正しくある力――正義の力など、自分には要らなかった。

 父を殺した世界が定めた人道など、命題探究の元に踏みにじると決めていた。

 そうした正義との決別を兼ねて、エルフナインの放擲は自分にとって相応しい。そう思っていたのに。

 その正義が信じることで為した力――呪いの歌によって、自身も、失いたくなかった『想い出』も、掬い上げられた。

 奇跡と、呪い。主観に依って見え方が異なるだけで、本質にはどちらも同じ。力だ。

 正義とは、各々が正しいと信じること。それもまた、主観に依って在り方が違って見える。

 力とは何か。力は、純粋に力でしかない。その使い方を決めるのが自身の信条――正しいと信じることの元に力は振るわれる。

 こちらの手を握り、託された命題を求め続けることが贖いだと、自分の正義だとエルフナインは言う。

 元を正せば、その正義の出処は自分自身で。

 エルフナインは、もうひとりの自分だった。

 ならば。

 自分が為すことは。

 もう一度――

「だが――」

 瞼を上げ視界に見えたエルフナインは、発せられた逆接の意図を図りかねてか、緊張と不安を滲ませ、こちらの意志を読み取ろうと上目がちに推し量るような顔でこちらを見つめていた。

 それを意に介さず、手を解く。解いた手でエルフナインの肩を押して身体を半転させ、その背中をやってきた空へと押しやった。

 無重力遊泳のように、空へ向かっていく白い姿。振り向いた、遠ざかっていく驚いた横顔へ、追い打ちを掛けるように言い放つ。

「お前は目覚める時間だ」

 

 

    ◇

 

 

「一言では伝えられないですけど……キャロルと会った夢から覚めると、ボクはキャロルになってベッドのそばに立っていたんです」

 視線を戻した先の立花響は、琥珀の瞳にエルフナインを映してじっと言葉に耳を傾けていた。

「それからボクは毎日、眠るごとにキャロルの夢を見ています。夢の中で会って話をしているんです。なので……ボクにはボクしか感じられないのですが、キャロルが居なくなったという実感はあまりないといいますか……」

 言ってること、わかりませんよね――そんなふうに困り笑いを浮かべるエルフナインに。

「そっか……」

 立花響は目を伏せ、小さく顎を引いた。

 考え込みでもするように、一拍置いたあと。顔を上げ、テーブルの上のエルフナインの手を取り、包むように両手で握った。

「エルフナインちゃん。たとえ夢の中でもいい、キャロルちゃんに会ったら、わたしがキャロルちゃんに言いたかったこと、伝えてくれないかな? ……伝え、たかったんだ」

 目を細め、首を少し傾げて。柔く、けれど切なさを伴わせる微笑みを浮かべる。

「人と人とはきっと分かり合える。わたしはそう信じてる。離れてる手と手はきっと繋げられるよ。……信じて繋ぐ。繋いで見せる。それをわたしが見せてあげられたらいいなって」

 握ってくる手に、ぎゅっと力が篭められる。

「わたしたちには歌がある……そこへキャロルちゃんとエルフナインちゃんの錬金術まで加わったんだから、これはもう鬼に金棒で間違いないよ。なにするものぞ、バラルの呪詛ー! ってね!」

 立花響はウィンクしておどけたように笑ってみせた。

 それにつられるようにしてエルフナインもおずおずと微笑みを浮かべる。

「お役に立てられますでしょうか?」

「そんなのとっくにだよ。だってキャロルちゃん、わたしの手を最後に掴んでくれたよ」

 碧の獅子が大爆発を起こす直前。地表に向かって共に落下する中で、立花響がイグナイトモジュールを起動したときのことだと察して。

 ふふ、とエルフナインが笑う。

「そうでした。覚えています」

「え? 覚えて……?」

 感じた違和の正体を探すように、立花響は視線を彷徨わせる。そしてエルフナインの後ろ向こうの壁の一点に目を止めた。

「あぁっ!? もうこんな時間!? 未来と待ち合わせしてたんだった!」

 椅子を蹴倒すような勢いで立ち上がり、はたと我に返ってエルフナインを見遣る。

「あああああ、パフェを食べてたのは内緒で! おゆはんが食べられなくなるでしょって未来に怒られちゃう!」

 パフェグラスはいつの間にかきれいに空になっていた。立花響はわたわたと手を振ったり握ったりして、その様子にエルフナインは可笑しそうに笑う。

「大丈夫です、言いません」

「なんて、余裕で食べられるんだけどね。えへへっ……それじゃ、またね!」

「はい、またです」

 トレーを持って慌ててカフェを出て行く立花響の後ろ姿を、エルフナインは微笑んで見送った。

 

 

  ◇

 

 

 そんな夢を見ていた。

 

 

 拡散していた意識が収束し、浮上し、覚醒する。

 目が覚めた。ということは。

「……キャロル」

 呼びかけに顔を上げると、キャロルの座る玉座の段前にエルフナインが立っていた。

「また来たのか」

「また来ました」

 平坦な問いかけとは対照的に、柔らかく温度のある返答。

 エルフナインは玉座に歩み寄ると、肘掛けに手を衝いて身を乗り出し、右手を顔に添えてきた。

 察して、顔を上げて瞳を閉じる。

 唇に柔らかな感触が落ちてくる。差し入れられる柔らかい温かなそれを薄く口開いて招き入れると、こちらのそれとに触れ合わされた。

「ん、……」

 いつまでも慣れるということのない、微細な切ないような感覚。それが身体に走る感覚に襲われて、喉が勝手に鳴らされる。

 何度か絡めるように擦り合わせた後、やがて、余韻を残しながら唇も顔も離されていった。

「……口頭で語って聞かせればいいものを」

「一言では伝えられないですから」

 内面に生じてしまう波紋を悟らせまいと、眉根を少々寄せて向けた目線は、柔らかな微笑みにやんわりと受け止められてしまう。

 日毎に繰り返される対面の場は、虚空の広がる宙空だったのがいつしかチフォージュ・シャトーの広間となっていた。エルフナインと共に長く居た場所といえばここだった。ゆえに、心象に描かれる風景として想起されやすい。当然の帰着と言えた。

 互いの姿も既に、発光しても透けてもいない実体をとっている。別個体として存在していたときと遜色ない五感といい、遠く低く歯車の音がかすかに聞こえるシャトーの広間の空気感といい、二つの自我が意識を持ち寄って構築したイメージとなると再現性に富むのは当然かもしれない。キャロルの装いがこれまでと同じ紅いワンピースなのに対し、エルフナインが白のワンピース姿なのは、自分の姿の記憶が今現在よく身に着けている衣服姿に刷新されているからなのだろう。

 あのとき――霧散し消失しかけていたこちらの自我に『想い出』を複写したとき以来、エルフナインは日毎、キャロルの元を訪れて『想い出』を複写する。命題探究のために、世界で生きてきた日々を共有する必要があるというのがエルフナインの主張だった。父から託された命題は、学術や知識だけでは解き明かせない。”ヒト”ではなく”人”の間に横たわるものの問題であるから、人の営みを眺める必要性には異論はなかった。

 だが。

 そうした世界を生きるのは壊そうとした自分より守ろうとしたエルフナインにこそ相応しい、そう思うゆえか、エルフナインの覚醒時には自然と眠りに落ちているのだが――先ほどのように、訪れるエルフナインから『想い出』を複写される様は、巣で親鳥から運んできた餌を口移しで与えられる雛鳥のようで、少々気恥ずかしいようなものを感じてしまってやるせなかった。

 それとは別の面で――『想い出』の日毎の複写。日々を世界で生きるエルフナインと同じくするよう『想い出』を追従させるその様は、まるで一定節遅れて同じ旋律をとる輪唱のよう。この関係性とは、エルフナインとふたり、表裏一体で紡ぐ追走曲――なのかもしれない。

 この世界を構成している、七つの惑星と七つの音階。七つの音階は、錬金術の真理である宇宙法則の模型でもある。音楽と錬金術とは親しいものだと、幼き日に父より教えられた。両親より贈られた祝歌を意味する自分の名が、真理に因み真理により近くあることができるよう授けてくれたものな気がして、嬉しく誇らしく思ったものだった。

 幼かったあの頃。暖かく優しい日々の中で、学ぶことの他に、歌うこともたくさんした。

 歌うことが、好きだった。

 歌が、好きだった。

 頭を軽く左右に振り、内に没入しかけていた意識を引き戻す。

「……お前が関わっているあの解析だが」

 今日に複写された『想い出』の中に気付いた事柄を見つけたのだった。語で察したのか、エルフナインの顔が困ったように少し曇る。

「ええ、ウェル博士が遺したデータの解析、手間取っています」

「ゲマトリア式、ノタリコン式、テムラー式。この辺りは試したのか」

「あ――」

 はっとした顔になったところを見ると、エルフナインはやはり思い至っていなかったようだ。キャロルは小さく息をついて、玉座の背もたれに背を預ける。

「元はこの時代の一介の生化学者とはいえ、あれは聖遺物の細胞を身に宿し先史文明の遺跡と接触しさえした男だ。現代の暗号解読技術の他に秘儀分野でのアプローチを当然考慮に入れて然るべきなはずだ」

「その発想はありませんでした」

 至らなさを感じてか、エルフナインは小さく肩を落とした。

「もうひとりのオレだというなら、そのくらい出来てもらわねば困る。でなければ命題の答えに辿り着くなど到底かなわぬだろうからな」

「はい。……ありがとう、キャロル」

「ふん……」

 上段に構えて言ったにも関わらず、エルフナインは柔和な笑みを向けてくる。どうにもそわつきを覚えて目を逸らさずにいられなかった。

 その一方で。自分が口にした語を、胸中で反芻する。

 命題。

 ――人と人はきっと分かり合える。

 ――それをわたしが見せてあげられたらいいなって。

 亜麻色の髪と、琥珀色の瞳の少女――立花響。

 手を握り、伝えて欲しいとエルフナインに願うその情景は、『想い出』を複写されずとも知っていた。眠っているはずの意識は立花響がそばにいるときだけ無意識的に浮上し、覗き見でもするかようにエルフナインの意識を夢見させるのだった。

 奇跡の体現者。

 奇跡は皆殺すとした自分に、奇跡を体現してみせたあいつ。

 自分も、もうひとりの自分も。あいつから目が離せないでいるのは、知る存在の中であいつが命題の答えに一番近いと予感しているせいなのだろうか。

 その拳で奇跡を手繰って握ってみせる、あいつは太陽のように眩しく見える。豪腕の太陽はあまりに眩しくて、きっと眠っていられず目が覚めてしまうのだ。

 全てを分解して混沌へと帰すとして、錬金術の寓意になぞられて『想い出』の全てを碧の獅子へと変換錬成した。今にして思えば、想い出を積み重ねただけの自分が、想いを束ねて無限に輝く太陽をどうして飲み込めるなどと思ったろう。

 憎悪を狂い咲かせた心では、何もかもを見誤るということの現れだったのかもしれない。

「それはそうと」

 ふと気が付いたことを、エルフナインに問うてみる。

「『想い出』の複写など、日を開けてまとめて行っても問題なかろう。毎日眠る毎にオレの元に来て複写する必要など、ないのではないか」

 心象世界での活動とはいえ、この対面が心身の休息に影響がないとは思えなかった。

 問われたエルフナインは屈託なく、柔らかく微笑んで。

「ボクがキャロルと会ってお話したいんです。だめですか?」

「っ……」

 事も無げに告げられ、しかも逆に問われもして、思わず言葉に詰まってしまう。

 大げさにため息をついてそれを紛らわし、口開く。

「……好きにしろ。が、加減は自分で付けろ。さもないとまた寝坊をするぞ」

「はうぅ、気をつけます……」

 切り返して言ってやると、エルフナインは恐縮したような困り笑いを浮かべて身体を小さくした。エルフナインは日々の様子を隠すこと無く正直に複写するので、遅刻した日の『想い出』はしっかりと把握済みだった。

 命題の答えのかたち。その一つを、あの太陽が照らし出すときはきっとくる。

 そのとき自分は、エルフナインの寝不足をきっと笑えなくなるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 殺り逃げは許さないスタイル。キャロルちゃんにはパパのほんとうの命題の答えをエルフナインと共に求め続けるというAGANAIをしていただきましょう…というわけでキャロルちゃんは消えてなくて躯体の中で眠ってるよ説で書いてみました。数ある想像の一つとして楽しんで頂ければ幸いです。

(2016/03/06:後日譚を書きました。『トロイメライ』https://syosetu.org/novel/161176/




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