戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜 作:リースリット・ノエル
帝国軍防御陣地から3キロ先にある共和国の戦闘旅団の前衛が火の雨で焼き尽くされていく様をカイジは双眼鏡で眺めながら、使用した砲弾の効果を改めて認識した。
これは…使えるな…思った以上に…
ある意味では、榴弾や榴散弾よりも効果がある…
カイジは戦線上で起きている様々な悲劇を尻目に自分の閃きと狙いが正しかった事を強く確信し、新たな活路が開いた事に一寸先の希望を見る。
通常ならば侵攻してくる敵部隊に対して行う砲兵部隊の支援射撃には榴弾を使用する。
榴弾とは、貫通力を持たず炸裂の衝撃、破片効果による殺傷、制圧を主目的とする攻守ともに広く使用される一般的な砲弾だ。
この榴弾を使用して砲兵部隊が制圧射撃、防護射撃、集中射撃などの戦術を用いて敵部隊を壊滅、無力化、または制圧して前線の部隊を火力支援することが主である。
状況にもよるが、対人目標が主体ならば榴散弾の使用も検討される。
榴散弾は砲弾内部に球体の散弾が多数詰まっており、目標の手前上空で弾頭底部の炸薬を炸裂させ、散弾を前下方に投射して人や馬を殺傷するものである。
炸裂のタイミングを時限信管で調節する事で数十メートル四方の範囲にいる敵兵を散弾で薙ぎ払うことが可能な砲弾で、これも広く普及している。
コンクリートの厚い屋根で守られた要塞やトーチカのような防護陣地、戦車などの装甲化された目標には効力はないが、対人目標には絶大な効果を発揮する。
今回の主戦場であるアルサス平原は、見晴らしがよく障害物が少ない平原で、目標である侵攻部隊の主軸は歩兵部隊だ。
上記の条件から見れば、榴散弾による曳火射撃が有効だ。
砲弾が空中で炸裂し、大量の破片が地面に吸収されることなく目標の頭上範囲に降り注ぐ。
水平より下への破片すべてが有効な破片なる榴散弾は非常に効果的だ。
敵の頭上から破片を降らせる形のため、姿勢を低くしたりに窪地や穴に潜った敵にも損害を与えやすいのも榴散弾が選ばれる条件として合致する。
別の手段を使うなら、榴散弾と榴弾を併用した防護射撃も有効である。
…あればの話だったがな…
そうあればの話だ。
いや、普通はある…ある筈なのだが…
カイジがいる連隊の不安事項は、寄せ集めで全体的な部隊練度の低さや定数割れの戦車部隊だけではなかった。
ないのだ…正確に言えば、致命的なまでに榴弾と榴散弾が足りなかった。
連隊後方に控える砲兵大隊は10.5㎝ leFH 軽榴弾砲 18問の完全編成であるのに対し、貯蓄弾薬が榴弾、榴散弾、徹甲弾含め3000発しか無いのだ。
3000発なら、結構あるように見えるが…そうではない。
計算してみよう。
10.5㎝ leFH 軽榴弾砲の発射速度は、毎分最大6発。
1時間にすると1門につき約360発になる。
では18門にすると1時間につき約6480発を消費する。
砲兵大隊が全力で火力支援可能な時間は1時間すらない。
よくて30分、20分しかないのだ。
節約して毎分3発にして使用したとしても1時間で約3240発程、必要となり1時間を切っている。とてもではないが、足りなさすぎる。
これでは、共和国軍の一次攻撃で砲兵大隊は砲弾を使い果たし、二次攻撃では弾薬欠乏で事実上、壊滅したと同様の状態に陥る。
砲兵大隊の貯蓄弾薬の圧倒的不足は、あってないようなもの。
戦場の主力であり、女神たる砲兵部隊の加護を受けれずして連隊が共和国の攻勢を凌ぎ生き残れる可能性は低い。
戦闘に突入する3日前に連隊本部で行われた防御計画会議の中で砲兵大隊の臨時大隊指揮官であるメーベルト大尉が苦虫をダース単位で潰したような顔で報告をしてきた時には、開いた口が塞がらなかった。
最悪極まる状況だった。
カイジはすぐさま連隊本部を通した上で、後方に展開する各後方支援連隊に早急な砲弾の輸送を打診し、合わせて帝国軍の中央に勤める友人にも連絡した。
連隊長と連隊幕僚達も事の重大さを認識していたため、隣接する師団から弾薬の供与を促したり、果ては南部方面の補給、輸送を管理する南部補給軍にまで問い合わせた。
カイジ含めた指揮官達は物乞いの如く、「砲弾を!砲弾を!」と探し求め奔走したが、その努力の結果は芳しいものではなかった。
榴弾、榴散弾含め約2000発程度だった。
実際、どこの戦線も砲弾は満足に足りてはいないのだ。
共和国による全国境に及ぶ大攻勢は、全戦線に砲弾の不足を生み出していた。
その弊害で貴重な砲弾を出し渋るのが当然と言えば、当然だった。
無論、帝国軍は戦線で不足する砲弾を供給するために全力で努力していた。
帝国陸軍は、中央補給司令部、鉄道局が連携して鉄道、輸送部隊をフルスロットルで前線に送っていた。
だか協商連合との戦いに駆り出された数十に登る師団の西部戦線への配置転換による輸送
中央総軍の動員、輸送にかさばる野砲、重砲、戦車や砲弾や弾薬以外の補給品の輸送など幾重にも輸送計画が重なり、砲弾の供給は満足には出来ていなかったのだ。
共和国の大攻勢は、矢面に立たされる前線の部隊だけでなく後方の補給線まで衝撃と影響を色濃く与え、パンク寸前だった。
そんな状況に対しメーベルト大尉と火力運用幕僚のカルペン少佐が代替策を提示してきた。
内容は砲兵部隊は砲弾の使用量を抑えて精密射撃に限定。
連隊内にある突撃砲、歩兵砲、迫撃砲を統括した防護射撃計画を立案して、砲兵部隊の穴埋めを行うとするものだったが、効果の程は限定的との見解に至った。
ならば…どうすれば、いいか…
汗を垂らしながら、1人逡巡し苦悩を重ねた時に電流の閃きが走った。
そうか!…榴弾、榴散弾に拘りすぎていた!
それ以外に使えそうなものがあるじゃないか!
…効果は充分ある筈だ…過去に使用された事例もある…不明確な面もあるが、使ってみなければ分からない事もある…どちらにしろラインで大人気の砲弾は手に入れるのは難しいからな…
この代用品で勝負に出よう!
その代用品がもたらした結果が、目の前に広がる業火の惨事。
傘型に開き無数の火の粉が満遍なく平原に降り注ぎ、地獄を創り出し続けている。
カイジの横に立つヴォルフ・ハイネマン大隊先任准尉は、のたうち回り、逃げ惑い混乱する共和国軍を双眼鏡で一瞥し、戦場に似つかわしくない陽気な笑顔を湛えながらカイジを褒める。
「やりましたなぁ、大隊長!狙い通りですよ!狙い通り!フランの奴等は、大混乱で戦いどころじゃありませんぜぇ!」
「ああ…通常砲弾の代用品だが、想像以上の効果を発揮したな…!」
幸いこの代用品の調達は、第24後方支援連隊及び連隊長と知己の中である師団長が務め、隣接する第16師団から合計2300発、南部方面補給処から1900発程調達出来た。
連隊弾薬所にあった500発を合わせ計4700発を得ることが出来た。
まだ不十分な量ではあったが、この収穫は大きく作用する。
輸送には連隊補給中隊のトラックでは足らないため、中央にいる友人に無理を言って不足分のトラックを確保し、弾薬輸送を間に合わせた。
いずれ、彼には感謝の礼に酒を奢らなければなるまい。
カイジは先程まで憂鬱だった気分が少し晴れ行き、気が楽になっていた。
ヴォルフはまるで自分の息子が手柄を上げたような嬉しそうな調子で、カイジに話をかける。
「まったく!まさか、白リン弾による曳火射撃を思いつくとは、流石我らが大隊長ですなぁ!」
やけに喜ぶヴォルフにカイジは、微笑を湛えながら「まぁな」と一言交わし、再び視線を煉獄の彼方へと向ける。
俺が榴弾、榴散弾の代用品として選んだのは、黄燐発煙弾。
通称、白リン弾・WPと呼ばれている発煙弾だ。
黄燐発煙弾は充填された黄燐(白燐)が酸素に触れると自然燃焼し発煙するという特性をいかした破裂式の発煙弾。
通常は攻撃対象を照らし出す照明弾、あるいは着弾後の白煙で敵の視界を限定する煙幕を作り出すのが目的だ。
だが、本来の目的よりも強い副作用をこの砲弾を持っている。
それは限定的な焼夷効果による高い対人殺傷力。
黄燐弾の空中炸裂で飛び散った黄燐の破片と接触するとどうなるか。黄燐の燃焼熱で溶けた黄燐が衣類を浸透して体に食いつく。
例え難燃性繊維の衣類を着ていても防げはしない。
付着したら容易には取れない上、燃えている黄燐が体に付着した場合は深刻な火傷を引き起こす。
溶けた黄燐はじっくり燃えながら体の皮膚、筋肉、果ては骨まで侵食するという戦慄の仕様だ。
そして、高熱で焼き尽くしながら人体内に潜り込んでいく。
その結果、黄燐の破片は人体にぽっかりと大きな黒い穴を開けることもあるというから恐ろしい。
この黄燐を揉み消そうとしたり、地面に転がり回って消そうとしても消えない上、更に延焼範囲が広がり、それに伴い苦痛も増加する。
燃えている黄燐は水で消火可能だが、不用意に水をかけると黄燐が煮えたって飛び散り、さらにダメージが広がるという厄介さ。
それ以上に厄介なのは、火が消えないのだ。
黄燐は一度燃え出すと、秒速数十メートルの強風でも消えず、消火は困難とされる。
また、不完全燃焼により生じる蒸気にも殺傷力があり、これも防御が難しい。
加えて活動妨害効果もある。
本来の役目である白煙による視界遮蔽と催涙効果で行動を制限する。
また黄燐は消火しても乾くと再発火するので消火活動妨害効果は非常に高い。
では装甲化された車両ならば安全なのかと言えば、そうとも限らならない。
約1000度にも及ぶ燃焼温度は融点の低い金属を溶かす。
燐酸は多くの金属と反応するため対金属効果も限定的にある。
正面からの徹甲弾や上空から降り注ぐ榴弾の破片には耐える戦車であっても安全は確保出来ない。
燃焼熱で溶けた黄燐がエンジングリルなどの隙間から車内に流れ込み燃やされてしまう可能性もある。
なにより最大の効果があるのは、燃やされることに対する心理ショックだ。
部隊全体が心理的ショックに陥ったら最後、混乱からの回復には時間がかかる上、戦力的価値は半分程になる。足止め効果も充分だ。
空から散弾銃のようにばら撒き落ちてくる火の雨に焼き打ちにされる様は戦慄の恐怖を人間に引き起こされる。
恐らく人間が一番嫌悪する死に方は、食べられるか燃やされるかだ。
もちろん、銃弾の雨や砲撃による暴風も充分人が恐怖するに有効だ。
だが食べられると燃やされるとでは、潜在的な恐怖の質が違う。
その違いは生きながらにして、グロテスクに自分の死を強く感じ続ける。
生々しく損傷する自分の体を見つつ、耐えきれない苦痛を感じなから、逃がれられない現実を自覚し続ける恐怖は激烈なもの。
その様を近くで見せつけられば、人はパニックになりやすい。
食べられる事は猛獣に襲わせるか、とある巨人で襲わせない限りは再現は出来ない。
だが燃やす事は容易く可能。
実に簡単に確実に。
戦争の歴史は燃やす事の繰り返しだ。
造作もない。
それをより効果的に実現出来るものは、黄燐発煙弾だった。
「あくまでも過去の事例に習っただけさ…」
おやっさん、アンタから教えて貰ったんだ…そうカイジは心の中で呟く。
10年以上前、カイジがかつて二等兵以前、階級もない訓練兵だった時だ。
新兵訓練課程で「砲弾」に関する教育を当時「鬼の訓練教官」として恐れられていたヴォルフ軍曹が野戦演習場で行なっていた。
実際に砲弾の効果がどれだけのものかを目で見て知るのが教育の目的だった。
砲兵隊が射撃を行い着弾するまでをヴォルフの野太い声で説明されながらカイジは見ていた。
実際の砲弾の炸裂。
榴弾の直撃で粉々に吹き飛んだ目標。
榴散弾でズタボロになった皮人形を間近で見て、その威力が絶大で危険なものと唾を飲み込んで認識した。
ヴォルフが一通りの説明を終えると「貴様らは、どの砲弾が一番脅威に思うか?」と訓練兵達に質問を投げかけた。
皆、衝撃と破壊力がある炸裂をする榴弾だ、破片効果が大きい榴散弾だと答える。
それに対し「そうだな!貴様らの理解は正しい。だが俺は違う。目の前を見てろ!」
ヴォルフは訝しぶ訓練兵達に対し黄燐発煙弾に射撃を見させた。
花火のよう閃光をさせながら黄燐が目標に振り注ぎ、広範囲に焼き打ちされた光景は実に明確な印象として残っていた。
ヴォルフは普段なら貴様らが!クソどもが!と罵声を撒き散らすが、今回は真剣な眼差しで如何にこれが危険なものであるかを対処法も含め丹念に教えていた。
最後にヴォルフはこう言った。
「実際に白リン弾に狙われたら、最後。回避する事は不可能に近い。生きながらにして蒸し焼き殺す悪夢のような兵器だ。よく覚えておくんだ。」
10年前にヴォルフから学んだ知識がアルサス平原に悲壮な殺戮空間を作り出していた。
それをヴォルフは気付いているか、どうかは知るよしもない。
ようやくここまで来ました。
実はまだ内容としては序盤なのですが、短期間で更新出来てよかったと思います。
ただ、説明が長過ぎた感がありますが…
さて、今回の防衛戦で使用した黄燐発煙弾(白リン弾、WP)ですが、実際にはイメージがつきにくい面があると思います。
ですが、これは紛れもなく残虐な兵器でその効果はググッて動画や画像を見れば理解出来ると思います。
何てたって、本当に火が消えないですね。これが。
過去に何回か間近で使用済のWPを見ましたが、2日経っても弾頭に残った黄燐が煙を出しながら燃えているんです。驚きでした。
ちなみに黄燐発煙弾は、現在でも使用され続けています。
有名なのはイラクとカザ地区での使用、シリアで政府軍とロシア軍が使用した事でしょうか。
その残虐性から国際問題となり、ジュネーブ条約に違反してる してないとの事で未だに争議が絶えません。
実際は限りなくアウトでしょうがね。
今回は、短期間で投稿出来ましたがペースの維持はやはり難しいです。
基本、遅筆である事を念頭において下さい。
あと、文章の修正もしなければ…