戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜   作:リースリット・ノエル

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「アルサスの名産品を知ってるか?そうそう、ワインと戦争だ。」

〜アルサス・ラレーヌ地域圏 州都ストラルスプールの市民の証言より〜


第3話 地獄の釜Ⅲ

「タオべ1よりエルターン・フックス。敵突撃部隊の先鋒を視認。距離5000。敵戦力、戦車大隊を主力とする1個歩兵旅団相当と思われる!なお後続部隊も多数確認!」

 

声を甲高くさせ、早口に報告をするのは第144臨編歩兵連隊 連隊本部 観測班所属の女性魔導師アデルナ・ジングフォーゲル中尉。

 

連隊の目として管制・警戒要員の任に就く彼女のコールサインはライヒ語で鳩を意味する「タオべ」。

 

鳩より妖精のほうが好みだったかなと思いながら、不思議な造語のコールサインを持つ連隊本部に逐一状況報告を行う。

 

上空から差し迫る状況が鮮明に確認出来るからか興奮と緊張が滲み出るのが自分でもよくわかる。

 

彼女は国家が誇る精鋭無比の先鋭たる存在の1人。

帝国軍魔導師として任官して5年が経ち、いくつかの国境紛争や海外派兵に従事。

実戦も幾度か経験し死線を潜り抜けた。

任官後も上級魔導戦技過程など様々なカリキュラムを経たベテラン魔導師だ。

 

まだ5年、されど5年。その期間で濃密な経験を公私ともに積み重ねているアデルナからすれば、大体の事は驚かず理性的かつ冷静に対処できると思っていた。

 

だが現実には自らが経験し、見てきた以上の世界とモノを見せつけ、実感させられる。

 

ワインの名産地として名高い美しきアルサス平原をじっくりと侵食してゆく100輌相当の戦車と装甲車、埋め尽くさんばかりに展開する多数の歩兵部隊。

 

突撃部隊先鋒は戦車、装甲車混成の機甲部隊、その後方には縦深が2〜3キロ程に伸びる歩兵部隊が横隊散兵隊形を構築しながら、ゆっくりとだが確実に近づいてくる。

 

これぞ近代国家の持つ力、伝統的に強力な陸軍を保持するフランソワ共和国。

 

思えば、列強国同士の正規軍を総動員し、真っ向からぶつかり合う戦争を目の当たりにするのは初めてだった。

 

「タオべ1、こちらエルターンフックス。敵戦車部隊の詳細及び、現時点における突撃部隊先鋒の戦闘体形を報告せよ。」

 

「タオべ1よりエルターンフックス!敵戦車の陣容、ルノーNC 30両以上、ホチキス30両以上確認。その他40両程は装甲車だと思われる!」

 

「敵先鋒は、最前列に戦車部隊を横隊隊形で展開!後方の装甲車及び歩兵部隊は傘型散兵隊形を形成している!」

 

連隊本部に対し、的確に現在目下で視認できる限りの情報を伝達していく。

 

彼女にとって幸いだったのは、敵航空機部隊の接近を確認出来てなかった事だ。

 

西方航空艦隊の善戦によるものだろう。

これは連隊にとっても小さくない救いだ。

 

だが湧き出る無数の敵部隊が我が連隊に確実に近づくのを見ながら、不安がよぎる。

 

「切り抜けられるかしら?…これ程の部隊を相手に…」

 

ぼそりと呟きながら、自らの仕事を果たすべく、雲の合間に隠れ空を舞いながら観測を続ける。

 

 

 

 

「いよいよ、おいでなさりましたなぁ。この戦線もお客さんには困りませんな。」

 

「ああ…繁盛する事は間違いない…特にここらへんは人気スポットだからな…」

 

「間違いないですなぁ。"アルサス平原のワインは我らが作る"とか言ってますもんね。」

 

「やれやれ」と言わんばかりにヴォルフは肩を竦める。

 

「今回のフランによる奇襲攻勢は、空隙を突いてのルーラ工業地帯の制圧と帝都進撃の楔を打ち込むことが目標らしいが〜実際はアルサス・ラレーヌ地方の奪回が本心だとか思ったりしますな〜」

 

ヴォルフは冷めた微笑を湛えながら溜息をつく。

彼は硝煙に塗れた戦場を青年時代から渡り歩いているが、その中でも共和国との紛争の数々。

この手の領土紛争では、かなりの手を焼き、厄介な後処理に追われた事を昨日の様に覚えている。

 

「…いったいあの執念は何処から来るものか…骨が折れますなぁ…顔の傷が疼くぐらいに…」

 

ヴォルフは額から顎にかけて深い傷を手でさすりながらボヤくように語る。

 

顔に刻まれた戦傷は第一次アルサス事変の激戦区で受けたものだ。

「自国の意思を突き通す強さは世界屈指だ…その頑固さは半端がないからな…」

 

カイジ自身においても、それなりに長い軍歴の中でアルサス絡みの紛争は幾度か経験してる。

 

その国境紛争で、彼ら共和国がアルサス・ラレーヌ地方に見せる異様な執着心を血生臭い戦いを重ねる度に見せつけられた。

 

「(アルサス・ラレーヌ地方一帯は、長年に渡る両国の係争地…特に共和国軍は失地奪回を叫び続けている……今回の攻勢でも南部方面に多くの戦力を集中をさせているだろう…)」

 

アルサス・ラレーヌ地方は、共和国と帝国との国境地帯にあり、それぞれの国から見れば地理的には辺境であるのにもかかわらず、欧州の「中心」地域になっている。

 

帝国の前身たるプロセライン王国が普仏戦争で当時フランソワ帝国を破ると、プロセライン王国はフランソワ帝国との講和条件としてアルサス=ラレーヌを国土の一部とした。

 

その後プロセライン王国は現在の軍事国家「帝国」の成立を宣言し、この地域を帝国の完全直轄統治下に置いた。

 

ただし元々アルサスの一部であったはテトリアル・ド・ベルディアンは併合を拒み、激しく抵抗したためフランソワ領に留まった経緯がある。

 

それ以後、度重なる国境紛争を重ね続ける事になる。

 

そして現在に至るまでフランソワ共和国と帝国を丁度二分する中間点となり、なおかつ欧州の中心ということは歴史をふりかえれば非常に象徴的であり、絶え間ない火種を燻らせている。

 

特にフランソワはいつ如何なる時に於いてもアルサスを再び我が物にせんと躍起になっているのは当然の結論である。

 

「(フランソワは奪われた事に対する屈辱を絶対に忘れず、いざとなれば必ず奪い返す…

特に自分のプライドを傷つけられたならば、執念深く報復の機会を待ち続ける、そんな奴等だ…)」

 

一度、掲げた信条は必ず突き通す。

 

それを果たすために多くの犠牲を積み上げ、血で大地が汚れようとも厭わない。

何年、何十年掛かろうとも決して厭わない。

 

「奴らにとっては、ここはルーラ地方の重工業地域を制圧する以上に価値がある…」

 

1つ仮定の話をしよう。

 

仮にルーラ地方の重工業地域を制圧出来ず、中央最短ルートによる帝都進撃の矛先が頓挫したとする。

 

だが彼等にとって失った領土の奪回を達成せしめる事が出来れば、長年の国家目標、ひいては多くの対帝国工作を行った愛国者達の願望を果たせる。

 

さらに国家発揚の起爆剤としては充分な効果を持つ。主に大衆に対してだ。

 

結果的にライヒとは負け戦続きの共和国としてはアルサスを手にしたという事実は、絶大なインパクトを発揮する。

 

それは事実上の勝利宣言に等しい。

煌びやかで荘厳な表現を多岐に渡って使用したプロパカンダで勝利を脚色しながら、共和国は全土で叫ぶだろう。

 

「共和国は遂に取り戻したのだ!悪逆たる帝国からアルサスを解放した!」と

 

国家としての自信を取り戻し、人民は勝利の栄光に興奮し、内なる感情に滾らせ、更なる団結を促す。

 

帝国からすれば、帝国建国史上はじめての固有領土の失陥という虚しき敗北と屈辱を歴史に刻む事になる。

 

更に踏み込んで言えば…

 

「アルサスを抑えれば、中央方面が駄目でも南部方面からルーラ地方をぶち抜き、帝都進撃の活路を見出せるといったところかな?」

ヴォルフは、カイジに語り変えるように話す。

 

まさしくその通りだ…流石はおやっさん。

兵隊として錬磨を極めただけではなく、上級士官が持つ戦略眼を備えている…

もしおやっさんが、若く士官としての道を辿っていたのならば、今では俺と同じように大隊を率い…いや連隊長クラスになっていてもおかしくはなかったかもしれない。

 

だが…これは所詮、たらればの話。

逆に言えば身1つで戦線を駆け抜け…傷つき戦い続けた兵隊という立場だっただからこそ、研ぎ澄まされた能力なのだろう…

 

「その通りだ…だが効果はそれだけではない。アルサスを抜けつつ南部方面のミューズ地方に進出し、突破口を開けば我が軍に対し肩翼包囲を実現可能だ…」

 

ミューズ地方はアルサス南部に位置する主要工業都市群であり、南部戦線に最も近い兵站の要衝となる重要拠点である。

 

このミューズ地方を制圧され橋頭堡を築かれば、タダでさえギリギリの戦力配分による帝国南部方面軍の防衛戦線は耐え切れない。

 

そして一度突破されば戦略予備が事欠いている南部戦線の破口は簡単に防げない。

 

「ミューズ地方から雪崩れ込む共和国軍は帝国中央方面軍の背後を衝ける…」

 

それだけではない。

 

「ライン戦線後方に展開中の主力砲兵部隊と移動中の野戦軍…後方連絡線の主軸である…鉄道網の遮断もされるという事だ…」

 

帝国がライン戦線を持ち堪えれているのは戦場の女神で支配者たる砲兵部隊による濃密な火力支援体制の存在。

戦線を支える国内で緻密に張り巡らせた鉄道網による兵站線と兵力増員が一元化された輸送システムとして機能しているからだ。

 

それが失われば、どうなるか。

想像せずとも瞬時に理解出来る。

 

砲兵部隊が側面、背面からの雪崩れ込む共和国軍により壊滅。

帝国の生命線である主要交通路の鉄道を遮断、破壊される。

戦闘準備を終えていない配置転換中の野戦軍が包囲される。

 

最終的に南部方面軍だけではなく中央方面軍が包囲殲滅されての瓦解。

 

それは帝国の敗北である。

 

それは何としても避けねばならない。

 




ようやく続きを更新出来ました。

本当に遅くてすいません…3話くらいには戦闘に突入させたかったのですがね。


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