魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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後日談編 報い

二一〇〇年十月三十日、四葉深雪は十文字深夏の要請を受けて宮芝家の所有する奥多摩の山中を訪れていた。パラサイトとの戦争からおよそ三年。深雪は司波深雪から正式に四葉深雪と名を改めた。一方の十文字深夏は一度、桐生深夏と名を改めた後、婚姻により今の名に変えている。

 

現在、深雪は魔法大学に在学している。これは責任ある立場に就く前のひとときの青春というには、些か波乱万丈すぎる高校生活を送ることになった深雪に対して、四葉真夜が少しばかりの時間の猶予を与えてくれたものである。

 

一方、深雪を呼んだ深夏はというと、十文字克人との婚姻を前に宮芝家を去り、名を桐生深夏に戻した。そうして克人と婚姻し、昨年には男の子を出産。だが、幸福な時は長くは続かず、半年前には夫の克人を病で失うという、パラサイト戦争後も相変わらずの波乱の人生を歩んでいる。

 

お互い立場は色々と変わったが、深雪と深夏の交流は高校在学中よりも、むしろ深夏の退学後の方が深くなった。交流の深まった要員の大部分は立花歩と名を変えた兄の達也が関係しているが、宮芝を出たことで深夏が穏やかな性格に変わったこともある。

 

その達也だが、パラサイト戦争以後は恒星炉プラントの建設に力を注ぎ、新魔法の開発も引き続き行っている。今の達也は完全に研究者という雰囲気で、敵に備えてピリピリした空気を発することは少なくなった。

 

というのもUSNAはパラサイト戦争後も国内の争いが収まらずに今や大国の地位からも脱落、新ソ連はしばらくの沈黙の後、大亜連合と再度の戦争を始めて両国ともに疲弊、というように周辺の脅威が緩和されたためだ。それは必然的に魔法大学の平穏にも繋がり、深雪は友人たちと過ごす時間を増やすことができたのだ。

 

「けれど、そういえば克人さんが亡くなってからは会うのは初めてなのね」

 

思い返してみると、克人が亡くなってからもメールでのやり取りはあったものの、顔を合わすのは初めてだ。深夏は何だか慌ただしく動いているようだったし、深雪の方も会った方がいいのか、そっとしておいた方がいいのか判断がつかなかったためだ。

 

そうして半年ほど間が空いて、今日はいきなり奥多摩に来てほしい、だ。何かは分からないが、重大な何かがあると考えるのが自然だ。若干の緊張を感じながら、深雪は足を前へと進める。

 

指定された場所は山裾の森の中にある湖だった。湖の前にはテーブルのように平らにされた大きな石があり、その上では一歳半くらいに幼児がいる。幼児の顔には見覚えがある。父親の血を継いだのか体が大きめだが、実際は一歳を過ぎたばかりの克人と深夏の子、十文字治人だ。

 

「やあ、深雪、待っていたよ」

 

そして、声をかけてきた深夏はというと、湖の中心に浮かべた小舟の上にいた。深夏は顔の大半が隠れるほどの大きさのフード付きの外套を纏い、更には手袋まで付けて小舟の上で座禅を組んでいた。

 

深夏の格好も異様な雰囲気だが、何より幼児を池の傍という危険な場所に一人で置いて、自分は離れた池の舟の上という状況には違和感しかない。一体、深夏はどういうつもりなのだろうか。

 

「最初に本題を言わせてもらうよ。私と克人の子である十文字治人を四葉で養育してほしいんだ」

 

「何を言っているの!」

 

それは治人を手放すと言っているも同然だ。

 

「無論、理由は説明する。だから、治人に触れない距離に立って話を聞いてくれないか」

 

治人に触れてはならないという意味だと理解した深雪は治人から二メートル手前に立ち、話を促すように深夏を見つめた。

 

「さて、何から話せばいいか……差し当たっては克人が死んだ理由から話そうか。克人が死んだ理由だけど純粋な病死ではない」

 

それは噂では聞いていた話だった。十文字克人が深刻な病状にあるという話は四葉を始めとして十師族の誰にも伝わっていなかった。それなのに、唐突に病死したことが知らされたのだ。事故もしくは事件があったのだという推測の声は小さくなかった。

 

「克人が死んだのは私が殺したからだ」

 

その話も噂されていた中にはあった。けれど、深雪の前では深夏と克人は仲睦まじい姿を見せていたので、深雪はその可能性はないと考えていた。

 

「そして、私が克人を殺さなければならなくなった原因も私にある。全ては私の迂闊さが招いたことだ」

 

そう前置きして深夏が語り始めたのは、ある呪術を元にした魔法についてだった。呪水落滅と呪霧散覆。それは横浜事変の際には大亜連合に、新ソ連戦ではウラジオストクに向けて使われた魔法だという。けれど、その魔法には重大な欠陥があったという。その魔法により作られた呪いの水を浴びた人間は精神を壊すのだが、呪詛は水を浴びずとも使用者には影響を与えるものだったらしい。

 

「私はなまじ精神制御魔法に対する抵抗力が高すぎたため、呪詛の影響に気づくことができなかった。代わりに影響を受けたのが使用人だった」

 

深夏の側近を務めていた非魔法師の杉内瑞希という女性が、最初に呪詛の影響を受けた人物だったようだ。深夏の衣類を扱った彼女が、最初に精神汚濁を受けた。

 

「もっと注意深く原因を突き詰めていれば、或いは今日のようなことは起こらなかったかもしれない。けれど、USNAとの戦いに気を取られていた私は、それを放棄した。単なる錯乱だと片付けてしまった」

 

そう言った深夏からは深い後悔が滲み出ている。

 

「結局、私が異常に気が付いたのは今年に入ってからだった。昨年末から克人がしきりに頭痛を訴えて、その原因を調べていたところで呪詛の影響を受けたものだと分かった。そして、そのときには、もう手遅れだった」

 

深夏があまりに苦しそうなので、深雪は一瞬、止めようかと思った。しかし、深夏が治人を預ける前提として話し始めたことなのだ。遮ってはならないのだと思いとどまった。

 

「克人も十師族として高い魔法抵抗力を持っている。その克人が肉体の不調を訴えるくらいに克人は精神を汚染されていた。そして、克人が汚染されているということは、私のお腹の中で育った治人も汚染されているということを意味していた」

 

そう聞いて、深雪は思わず治人を見つめた。治人は石のテーブルの上で穏やかな寝息を立てていて、とても精神が汚染されているようには見えない。

 

「安心して、今の治人は呪詛を全て吸い出してあるから」

 

深雪を安心させるように深夏が穏やかに言う。

 

「おかしいなと思うことはあったんだよ。治人って妙に癇癪持ちというか、特に理由もなく激しく泣いたりすることがあって……けど、赤ちゃんって何を考えているか分からないときなんて、よくあることだから。ちょっと違うって思いながらも、別に普通の範囲に違いないって思い込もうとしちゃったんだ」

 

深夏は懐かしむようであり、悲しむようでもあった。そして治人の話をするときだけは少し口調が変わっている。いつの間にか深夏はすっかりお母さんになっていた。

 

「呪詛は全て私に移した。けれど、それで終わりじゃないんだよね。実際、全て吸い出して私に移したはずなのに、時間が経つと、いつの間にか侵され始めてしまってた。一時的な呪詛の移動じゃ駄目で、根本から解決しなければいけないみたいなんだ」

 

「根本的な解決?」

 

「そう、この呪詛は長雨に苦しんだ村人の迷信に踊らされて、池に沈められて無意味な死を迎えた女性の恨みを元にしている。その女性の心を慰めるのは、自分を殺した村人たちが自分と同じような死を迎えること。つまり、私が生贄にされた女性と同じように無意味に池に沈めば、これ以上の呪詛の浸食を抑えられる」

 

「待って、深夏! それって……」

 

「うん、ごめんね、深雪。それしか治人を救う手がないの。私がこれから治人の呪詛を全て私に移して、時間を置かずに死ねば、治人は助けられる」

 

そう言いながらフードを外した深夏の顔の左半分は大やけどを負ったように爛れており、左目のあった位置には空虚な眼窩が広がるのみだった。それで、もう深夏自身に時間がないのだと嫌でも思い知らされた。

 

「本当は、もっと治人の成長していくのを見ていたい。これから治人がどんどん言葉を話し始めて、走り回って、腕白さで私を困らせて、いつか私に反抗的になって、そして克人のような素敵な男の子になっていくのを見ていたい。けれど、このままでは精神を侵された治人はただの犯罪者になってしまう。それだけは絶対に嫌。治人には幸せになってほしいから。だから深雪、本当に悪いんだけど、治人のこと、四葉で面倒見てくれる?」

 

友人からの最後の頼みだ。頼みと表現するのには些か重すぎるけれども、深雪に断るという選択肢はない。

 

「分かった。治人くんは四葉が責任を持って預かるわ」

 

「これが四葉じゃなかったら、もっと安心できたのにねぇ」

 

「あら、じゃあ、他を当たってみる?」

 

「ごめん、深雪にお願いします」

 

軽口の応酬をした深夏が薄く微笑む。

 

「じゃあ、交渉成立ってことで、治人の呪詛を移すね」

 

深夏がそう言って座禅のまま印を組むと、治人の身体が薄く光に包まれる。光はやがて治人の体の上に浮かび上がると、深夏に飛んでいった。深夏から微かに苦悶の声が漏れる。

 

「もう大丈夫だから、治人を抱いてあげて」

 

言われた通り深雪が抱き上げると眠っていた治人が目を覚ました。その目は母親を探すように左右に動かされている。

 

「ごめんね、深雪。治人のこと、お願い」

 

母の声だと気づいたのか治人が左右に首を振る。同時に魔法の兆候を感じ、移動魔法で動かされた岩が池の小舟の方に飛んでいくのが見えた。

 

深雪は深夏に背を向ける。まだ一歳になったばかりの治人がどこまで理解できるのかは分からないが、それでも自分の母親が池に沈む光景を見せたくはなかった。

 

大きな物体が池にぶつかった音と小舟の砕ける音。それを背後に聞きながら、深雪は腕の中の小さな命を守るようにきつく抱きしめ、元来た道をゆっくりと歩いた。




これにて完結です。
最後に後味の悪い思いをさせるかもしれないと迷いましたが、治夏は幸福を享受するには血を流させすぎたので、当初予定通りに最後は自らの命で償ってもらいました。

ともあれ、ここまでお付き合いいただいた皆様に最大限の謝辞を。

なお、ご意見、ご感想などございましたら何でも書き込みください。
しばらくは定期的に覗くようにするつもりです。
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