軍隊を、物の面から見れば支えるのは報酬では。
恐怖だけでどれだけ支えられるでしょうか?
『北斗の拳』のラオウなどならば恐怖だけでいいでしょう、熟睡中・女を抱いている時・トイレの最中を百人で襲っても返り討ちなのですから。でもそれは現実の人間には無理、どんな独裁者も親衛隊長の拳銃の前には無力。
報酬がなければ軍隊は成立しないはずです。
本当に?
軍隊を成立させる、人を戦わせるのは何か。
「心か物か」。この問いに戻ります。
人類が進化してきた、狩猟採集の小集団。
飢えれば子や老人から死んでいく、だから奪って食う。
逆に他の集団も同じことをする……女は犯され奪われ、それ以外は儀式的な拷問の末に殺される。乳飲み子も殺される、母の授乳を止めて妊娠可能にするため。
子が餓死するのも、妻が犯されるのも嫌だ、だから戦う。やられる前にやる。子や女を守る、生かす。
至極当然な戦う理由です。進化心理学的にも……遺伝子のためにも。
群れが大きくなり、国家になったときも、同じことが言えるでしょうか。
都市国家であれば、負ければよくて男は皆殺し女子供は奴隷。悪くすれば赤ん坊から老人までとんでもない拷問凌辱の末に皆殺し。それが嫌だから戦う。狩猟採集時代と変わらない、当然のことです。
しかし国家が大きくなれば、国家を守ることが必ずしも自分の妻子を守ることにはつながらなくなります。故郷から歩いて53日以上かかる砦を何年も守ることが、どう自分の妻子に関わるのか。それ以前に妻子の顔さえ忘れ、なじみの娼婦、現地妻もできる。
まして戦争の理由が意味不明になれば。
第一次世界大戦、はるか海の向こうの国の皇太子夫妻が暗殺され、暗殺した国と同じ民族の大国と同盟のそのまた同盟……
やーめたと帰ったところで、アメリカで暮らす妻子が征服者に殺される可能性は事実上絶対ないのに、なぜ自分が死ななければならない?
まして戦争によっては、エニグマの秘密を守るためコベントリーを犠牲にしたように、妻子の住む村を犠牲にして勝利を目指す必要すらときには出てきます。家族が拷問処刑されることも承知でレジスタンスに参加した人も多くいました。
国が大きくなる。
奴隷という要素ができる。大集団を集め、大規模な土木工事をしたり、大人数の軍を動かしたりする。
基本的には人数の多い強い者が、強いから税を略奪し、人も略奪する。
従うまで殴る。心から従っていると納得できるまで殴る。
それでも人はかなり従うでしょう。
しかし、どこかで限界は出るでしょう。十分殴るだけで人を生涯、完全に服従させられるなら、宗教も国家システムも儀式も旗も音楽も必要ありません。そして報酬も。
ただ、物質報酬抜きに戦わせる限界は、かなりとんでもないところにあると思われます。
ナポレオン一世に征服されたスペインは、末端まで生命を捨てて抵抗しました。すでに国家という意識、国民の誇りがあったのです……貴族に踏みにじられるだけのみじめな庶民も、フランス人を解放者としてあがめるより、フランスに負けるぐらいなら死んでも戦うことを選びました。
なんの権利もなかったロシア帝国の兵も、クリミア戦争でも第一次世界大戦でも、フランスやイギリスと変わらず指先を伸ばして機関銃に行進しました。
第二次世界大戦の独ソ戦でも、この上なく悲惨に踏みにじられていたソ連の民は一人残らず、すさまじいとしか言いようがない戦いぶりでした。事実上一切物質的な報酬はなく……わずかな兵がベルリンで強姦の限りを尽くしたり、かなりの地からドイツ系を民族浄化と言っていいような追放をやったりはあったにせよ、到底割に合うものではありません。
国の誇り。徴兵と訓練……調教。敵弾より上官の鞭が怖い。それだけでもかなり人は戦死できます。
戦争そのものの動機……征服し領土を分配する。征服者から自国を守る。どちらとも言えない、威信や同盟、宗教やイデオロギー、勢力争い。内戦。
それに対して多くのミリタリ系SF、また現実の戦争を描くノンフィクションで、
「人は自由、国名などのためには死なない。兵士が戦死するのは隣の兵士仲間のため、故郷の家族のためだ」
ともよく言います。
それらを考えるには、現代で見られる、人類という動物の自然の漏出にも注目すべきでしょうか。
暴走族をはじめとする、近代都市の青少年の犯罪・虞犯(ぐはん)集団。
進化心理学……人類は本来、呪術的な儀式と近い血縁で結ばれた、200人は超えない群れで生活する。さまざまな儀礼、タブーという法、群れで共有される物語が普遍的にある。
『ヒューマン・ユニヴァーサルズー文化相対主義から普遍性の認識へ(ドナルド・E. ブラウン)』では、現実の現代の世界各地にある群れから共通点を集めました。
本来呪術的な制度が必要だけれど与えられていない都市部青少年は、自分たちでそれを作ります。群れを。原始宗教を。原始的な法を。
序列を決める。共通の象徴を定め、そろいのジャンパーや刺青などをする。法を決める……それは現実の国法を破ることもある。加入儀式がある。暴力をふるう。共同で何かをする、時には犯罪の共犯となる。タブー、禁止事項を決める。異性を排除する。普通の道徳を憎み神聖を冒涜する。内の法を破った者を罰する。密告が最大の悪。
強者が弱者を搾取し、同時に外部から保護する。違反者を制裁する、暴力をふるい時には生贄として殺す……いじめも多くは、進化心理学、原始呪術宗教の文脈を使って分析するのが有効でしょう。
もっと根本的に、特に男子はケンカが大好きで、カッコいいヒーローに憧れ、勇敢で強いと思ってほしいという見栄っ張りがある……その延長も大きいでしょう。
ある程度は、大きくなっていく「国」も原始的な儀式を用いて人を服従させ戦わせることはできるでしょう。
理不尽に拉致され殴られて軍に編入された者でも、何度か敵と戦えば周辺の戦友と絆ができ、自分を犠牲にしてでも戦うようにもなるでしょう。
共同生活、寝食を共にし、共に歩き、共に輪姦し虐殺し、共に生贄の血をすすり肉を食い、共に略奪し……それらはとても強い絆を作ります。
そのような精神面も重要でしょう。
しかし、報酬や兵站もなしに、どれだけ……いやまあ某大祖国戦争とか、精神が物理を越えてるなというのもありますが……
ついでに軍が報酬を要求することが国を滅ぼしたことはあります。
古代ローマ帝国は、親衛隊が報酬を要求しては皇帝をすげかえるのが繰り返され、弱っていったものです。
軍の給料の遅配は歴史的にも、盛況な軍をあっさり崩壊させる致命傷になります。
その報酬にも、心と物があります。それらは完全に分けられず、絡み合ってもいます。
金銀。食料。奴隷。給料。
勲章。おほめのことば、感状。爵位。昇進。利権。
領土は称号、生家の相続とも密接につながります。
たとえば昔の日本では、手柄を立てた者に対して「領地」「官位」「血筋(良家の妻を与えたり)」「お役目」「感状(お褒め)」など複数の上下順位を与えます。
名刀や茶器は実質的な価値がないように見えて、ちょっとやそっとの石高より価値があります。
江戸時代では、譜代は領地は狭いけど老中になれる、外様は領地は広いけど幕閣に参加できない、また高家は領地は狭いけれど官位が高く尊敬される、などがあります。
近代軍には「階級」「勲章」があり、さらに「仕事」そのものも報酬になります。イギリスなどでは爵位もあります。それらには年金がつくこともありますし、ないこともあります。自分の作戦案を聞いてもらうこと、偉い人々に紹介してもらうことも報酬になるでしょう。
ネルソンとナポレオンの時代では「拿捕艦を売った金」という金銭もあります。
変わった報酬として、アメリカ議会名誉勲章は、子弟が士官学校に推薦されます。
むしろ心に訴える報酬も多くあります。
昇進。勲章。単なる誉め言葉……上官からの公式な、あるいは仲間から。
故郷での自慢話。
今の日本でも叙勲制度はあり、勲章はかなり重要な社会の要素です。
AK-47を設計したミハイル・カラシニコフは、ライバルであったM16系の設計者ユージン・ストーナーと違い金はありませんでしたが、桁外れの名誉がありました。ソ連そのものが、細かな勲章・位階があり、それで社会を作っていました……給料のみではなく。
古代中国でも唐は庶民の多くにも官位を与え、社会を動かす助けとしました。
日本では『俄(司馬遼太郎)』で、自ら人別を離れて無宿無法に落ちた主人公も親に仕送りしていたので孝子とされた話があります。同時に時代劇で「きっと叱りおく」があります。叱る、ほめるが庶民にも重要な賞罰だったのです……今も、「厳重注意」などがあります。
名誉のためであれば、古代ローマや江戸時代の日本で金持ちが道路や水道を自分の金で作ることもあります。
人間には自然に復讐心があることも忘れてはならないでしょう。だから敵を殺させてやるだけでも報酬になることもあります。
宗教が与える地位も常に、かなり重大です。宗教団体にも階位、地位の順番があります。武家でも親族が宗教団体内で地位を上げることは重要な報酬と言えます。
権力者に公私の別はあまりありません。ですから権力者が結婚式でもしたとき、招いてもらえるか、パーティーでどの順位に座るか、それも重要な地位であり、報酬になります。
本人が戦死していても多彩な報酬があります。指揮官の言葉、勲章、靖国神社、銅像、遺族年金などなど。
『宇宙の戦士』では従軍し名誉除隊した者のみに参政権がある、というシステムでうまくいっています。
物の報酬……まず征服戦争。
略奪・強姦・奴隷は、もっとも古くから普遍的な軍事報酬ともいえるでしょう。
戦ってくれた者に報酬を出す、一番簡単なのは戦利品を分配することです。捕虜や敵国の領民を奴隷とすることも含めて。
奴隷こそかなり高価な、どこでも価値がある富です。布・塩・穀物同様、どこででも売れる普遍商品です。同じ奴隷でも美女ならもっと価値のある報酬です。
人類が100人ぐらいで狩猟採集していたころも、敵の美女を奪うのは普通だったでしょう。だから人類はこれほど強姦が好き……
……問題は中国では食料が足りなくて捕虜を坑、埋めることもあることですが……
武器防具どころか服一着も貴重品です(有機栽培・手紬ぎ・手織り・手染め・手縫い!!さらに農薬も化学肥料も農業機械もなく収量の少ない古い品種、灌漑ポンプもない!)し、分ける価値はあります。
金銀財宝もわかりやすい報酬でした。ただ絶対量は少ないし、自給自足村に帰ればほぼ無価値になります。金銀は食べられませんし飲めません。
この上なく単純な報酬、食。
飢えた流民はよその村を襲い、食物を食べつくす……人も含めて。そして新しく流民となった人々も加わり、食物が尽きたら別の村を目指す。合流を繰り返し、食わせ続けることができる指導者が王を名乗るに至ります。
餓死寸前の人は、それこそ粥一杯の返礼として戦えと言われても戦うでしょう。人は飢えれば人格が変わります。
領土そのものも重要な報酬です。
もっともわかりやすい、指揮官に対する報酬分配は戦いで得た領土の一部を功績に応じて分配することです。もちろんそこの住民も指揮官の財産、法的・事実上問わず奴隷となります。
日本の戦国ではなによりも重要な報酬。逆に領土を報酬にしなかった秦帝国のほうが不思議です……食邑はあるにせよ。功臣に領土を与えるかわりに宮廷で褒美と地位を与え、領土は別の行政官を派遣するのが秦の郡県制。
劉邦が、韓信が仮王になりたいというのに怒ったのも、韓信に許せば皆に許さなければならなくなり、秦方式が不可能になったからでは?いや、すでに項羽が諸将を王として分配していましたっけ。
その劉邦も、また足利尊氏も、気前よく手柄を立てた者に領土を与えたから皆がついてきて、天下人となりました。ただしそのため足利幕府は直轄地、自分の金や兵が少なく、弱い政権でした。劉邦は功臣粛清……。
また、生贄という要素も忘れてはなりません。多くの捕虜を得て分配する目的が、ただ殺して大規模儀式をするためということも十分あり得るのです。
コロンブス以前の中米などでは、生贄が戦争と帝国そのものの主目的でした。
人間だけでなく、家畜の生贄も多くの宗教で重要であり、そのための家畜の調達も重要でした。
付け加えておきますか、人類の歴史の多くでは、馬と奴隷を繁殖させるのは困難です。古代中国はいつも馬を輸入していました。日本の戦国でも名馬の産地は限られていました。
三角貿易時代でも奴隷に子を産ませるより、資金がかかり沈むリスクの高い奴隷船のほうが儲かりました。
イスラム諸帝国もアフリカから黒人奴隷を輸入し続けました……内部で繁殖させることができなかったと思われます。
特に鉱山、売春宿、プランテーションなどは奴隷の損耗率が高くなります。
鉱山は落盤などの事故もあり、マスクの概念がないので鉱物粉末・汚染水が肺や目、手足の皮膚を壊します。
売春宿は常に性病があります。
プランテーション農場は、特に熱帯では熱帯伝染病+白人がもたらした天然痘などの合わせ技で生きること自体が大変な地獄でした。
大事にしていてもどうせすぐ死ぬのなら、短時間で使い捨てる、子を育てるなど絶対割に合わない……それはそれで外道ですが合理的です。
軍事と報酬の関係でややこしく厄介なのは、次男三男というものがあることです。
王様にも、貧農にも。
次男三男に領土を分配するため、それはもっとも普遍的な征服戦争の動機でしょう。
農業が続いている地域での本質……平和で、豊作が何十年も続けば、次男三男が間引きされずに育ちます。
それをどうするか、これは農耕社会の常の悩みでした。
開拓すればいいですが、繰り返せば開拓すべき土地が徐々にやせ地になり、所有権争いになり、無理になっていきます。
逆に乱世から天下が統一された直後は、持ち主がいなくなった元農地=容易に再開拓できる土地はたくさんあります。
……律令制、公地公民は、流民に無人の地を分配する制度と考えるのが一番しっくりきます。何を考えて日本はそれを輸入したのやら。……豪族を排除するにもいいかもしれませんが、その場合には行政、宗教儀式、農民の農業や繊維作りの技術指導、交易、防衛、救貧、治水など全コストを国が負わなければなりません。
一定の田を全員に割り当てる……
それが合うのは、ひどい流民で荒れ果て無人となった大地を地域を与えられた、多数の流民を率いる長。
それなら、自分が手に入れたこの山からこの川までの広い範囲の、森林というほどではなく数年分荒れた田畑を指さし、「一人これだけの面積で分ける。そのかわり崩れた堤防を直すのにどれだけの割で人手を出せ」と叫ぶことができます。
そのためのシステムでしょう。どう見ても。
ああ、その前に「一人の人が耕せる土地は限られている」という、当たり前のことが前提になりますね。
ちなみに現在の現実では、アメリカなどの巨大GPSつきトラクターは事実上無限の土地を一人で耕していると言えます。おそらく多くのSFもその手の技術が発達しなかったと設定しなければ、社会が違うものになるでしょう。
余分な人間が食べていくためには、新しい土地を開拓するか、新しい土地を征服するか、街に出て農業以外の仕事に就くか、誰かの奴隷になるかです。
街に出ても、商工業の席は少なく、参入には血縁をはじめとする、宗教や権力とつながる多くの条件があります。多くの文明で宗教・道徳的に軽蔑されてもいます。
席が少ないことそれ自体が、地位そのものを農地と同じように重要な報酬にします。内乱をやらかしてでも奪い合う価値を作り出します。
たとえば酒を蒸留して売っていいよ許可証、さらにその許可を出す大臣の椅子=業者からのワイロという富。農地と同じ、収入源です。
どんなささいな商工業も、許認可がなければできません……元旦の大きい神社の境内で屋台をやるのと同じく。暴力、公権力、ワイロ、許認可、商売……利権。
政府内で地位を得るというのは利権を、収入源を得るということです。さらに多くの社会では、数少ない地位を得た人間は一族を養わなければならず、そのために多くの富を必要ともします。
また地位が荘園構造を作り、多くの農地農奴も支配し、独立に至るのもよくあることです。
その少なすぎる仕事以外の街での仕事は、赤と黒……聖職者と軍人。
現代でも、軍に入る以外食うすべがない、というのは多くの国の強い現実です。
余剰人口を軍が受け入れて食わせ、勝利して新しく征服した土地と奴隷を分配する。それは社会を、国を維持する根幹です。ただし無理をすると国家財政の上でも巨大な負担となり、国を亡ぼすこともありますが。
食い詰めている者が略奪で食い、領土を得るためであれば、それこそ武器・馬や船・食料自腹で戦争に参加することもあります。
帝国になると常備軍・徴兵で農民を絞りすぎ、荘園に人が逃げて国が壊れることもあります。
また次男三男などは、相続を目的とした争いも起こします。それも重要な戦う理由です。
日本史では平将門から、とにかく武士は相続争いばかりやっています。相続か餓死か、です。そして国家に武士が期待するのは、本領安堵……自分が正規相続者と認めてもらうこと、その一点に尽きます。
相続裁判を公平にしてもらうこと、違反者を軍事力で潰してもらうこと、とも言います。
兵にとっては、戦争が終わり解散、帰っていい、自由、それ自体も大きな報酬と言えるでしょう。戦場での兵は年季明けを指折り数えるものです。
その変形として休暇=買春許可も大きな報酬となります。
ただし帰っても幸せになれないこともあります……特に兵役が長すぎると、帰っても妻は再婚しているとか、平和な生活に順応できないとか、単純に食えないとか。軍の解散というのは解雇でもあるのです。
ちなみに古代ローマ帝国はマリウスの軍制改革があります。武器を自弁できる富裕市民からなる軍から、貧困層を中心に25年……15歳から40歳。退役後の人生が、平均寿命の短い時代、あったとしても稀でしょう。
それでも退役後、土地を保証されたことは大きい……短期間では帰れない広い範囲、次々に征服地が増えるローマ帝国に適応した制度改革の、第一歩と言えるでしょう。
律令をととのえた唐は、一定率の成人男性を徴兵しました。三年ですが、地域が広くなると帰って元の生活に戻ることはほぼ絶望になります。日本の防人制度は、関東から九州まで、しかも自弁という狂気の沙汰……帰る希望も報酬も何もないただの暴政でした。
物質的な報酬を考えると国土防衛戦は厄介です。小さい村を守るのに報酬がないと文句を言う人はいないでしょう。負けたら自分の家族も殺され犯され、自分たちの冬の貯えを奪われ家族が餓死するのですから。しかし大陸規模の国家となると、要するに北海道のために鹿児島暮らしの親が息子を特攻させることを、自然感情として期待するのは無理です。
元寇も恩賞がなくて鎌倉幕府が滅びました。
中国が西方騎馬民族に攻められて結局滅びるのも、ひたすら防衛で領土獲得がない、領土を得ても不毛の大草原で嫌になるのでは?
『銀河英雄伝説』の自由惑星同盟も、防衛を繰り返して何も得るものがありません。ひたすら虐殺奴隷化が怖い、親戚は戦死した憎い仇だ、民主共和制、そればかりです。
ラインハルトが略奪などをしない、むしろロイエンタールは有能な統治者だとわかってしまえば抵抗する理由がなくなりました。
また帝国は捕虜を奴隷として酷使して儲かる構造がありますが、同盟は帝国との差別化のために捕虜を人道的に扱わねばならない。そうすれば、捕虜から得られる利益だけでも、同数の捕虜でも差し引き損がたまっていくわけです。
国土防衛戦の極端な形として、SFでは人類という種族の生存のための戦いがあります。
ただし、現実の地球人は人類、さらに地球型の生命の存続には奇妙なほど無関心です。少なくとも「全ての卵を一つのバスケットに入れるな」という発想はほとんどないですし、小惑星衝突防止のための予算もわずかです。
異星人の攻撃があったときに人類がまとまれるかどうか……これも多くのSFを通じて議論されていることです。
もし勝利しても元寇のように問題になることもあるのでは?
『さらば宇宙戦艦ヤマト』でもヤマト乗員が不満を抱えていました。
人類の存続のためにあらゆる犠牲を強いるのが当然、という精神状況がわかりやすいのが『エンダー四部作』でしょう。
また文明水準が低い状態で、小惑星衝突などがある場合人類がどう反応するか、という作品も『七人のイヴ』『地球最後の刑事 三部作(ベン・ウィンタース)』など多数あります。
元寇後の恩賞問題を避けるには、守りに入らず征服し続けることがあります。そうすれば勝っている限り恩賞を与え続けることができます……それこそ秀吉の朝鮮・明侵略もそれと言われます。
ただし負けたら終わり。
遠く辺境で貧しい地を征服しても割に合わないことにもなります。遠いと兵站負担がどんどんひどくなる……秀吉も隋もそれで失敗しました。気候、民族、人種、言葉、文化などの違いも負担になります。故地との連絡も取りにくくなり、宮廷クーデターのリスクが出ます。日本人がパンと肉しかない地を征服したら米を食いたいとなるでしょう……アレクサンダーもそうだったかも。
あまりに遠い地を征服しても、以前考えた30キロ背負って一日1キロ食べて20キロ歩けば、600キロで限界、があります。海があり、スパイス、陶器、奴隷など価値のある商品があればある程度別ですが。
特に中国から見た草原地帯など、一勝で大面積を得られますが、そのほぼすべてが不毛の砂漠、防衛軍の行軍距離が長くなりしかもその間水も飼い葉も食料もきつい地獄絵図。
本来は二乗三乗、□が大きい田に、二倍になれば国境線は二倍・面積四倍で、国境線の単位長さ当たりの兵力は増えるはず。
ですが、実際には新領土は均等ではありません。
征服が広がれば広がるほど、不毛未開に近くなります。
ここで思い出されるのが、『銀河英雄伝説』でのラインハルトの同盟征服……それ以前のリップシュタット戦役も……功臣や兵士に土地を分配していません。略奪も禁じました。
物質的な報酬が事実上ない、昇進だけが報酬と言っていいのです。
そして勝利。兵士にとっては、勝利そのものが巨大な報酬になります……戦争は究極のスポーツでもあるのです。
ラインハルトは平民の兵・平民や下級貴族出身の有能な将校を基盤にしましたが、金銭・強姦許可・土地ではなく、勝利と公正な評価を報酬としました。
それまで功績を上げても無能な貴族に手柄を取られた将兵にとっては、公正に評価してもらうこと自体が生命を捧げるに足る報酬ともなりました。ただし、評価は多少給料アップにもなるでしょうが、略奪や星系を奴隷化していい住民ごと分配するに比べれば物質的な報酬は少ないでしょう。
圧倒的にラインハルトが与えた報酬は、心が多いのです。
ただ、それには限度があります。ラインハルト没後の七元帥も、与えるべき心の報酬が尽きたともいえるでしょう。
対照的にブラウンシュヴァイクはクロップシュトック領を報復攻撃し、略奪を報酬としました。
ついでにゴールデンバウム帝国でも……同時に同盟も……士官・提督の私財は重要ではないようです。ネルソン時代のイギリス海軍とは違って。
門閥貴族が強いという割には、軍事力は皇帝が強い……極端に強い常備軍がある、門閥貴族軍に頼っていない、奇妙な帝国なのです。
また考えてみれば『スターウォーズ』の、デス・スターを用いる惑星破壊は、制圧した惑星を報酬として分配する、ということがなくなることも意味しているのでは?
他の、惑星破壊がある作品すべてについても同じことが言えます。
そして惑星破壊が抑制される理由にもなります。
逆に、報酬がなくなるのになぜ将兵は文句を言わないのでしょう?
征服でも国土防衛でもない、意味が分かりにくい戦争も多くあります。
たとえばオーストリア継承戦争や第一次世界大戦。なんのために戦うか理解できる人はいるでしょうか。
王家の相続や国家の威信。価値がないと思える領土。そのためにも戦争はあります。
宗教も。イデオロギーも。
十字軍などは征服の面もありますが、圧倒的に宗教の面が大きい戦争です。
アヘン戦争も議会の建前は自由貿易という絶対正義、イデオロギーのための戦争です……商品がアヘンだということを別の棚に置けば、野蛮国の横暴官憲に商品を奪われたからケジメつけてくれと泣きついた自国民である商人を守る、自由貿易のためにはルールを押しつけねばならない、というわけで……
そういう意味不明戦争では、どんな報酬が将兵にあるでしょうか?特に略奪奴隷化が禁じられたら?
えらい人たちが「儲からないからヤダ」と言って、「決まりを破るんだ嘘つき臆病者」と言われたら地位を失いかねない、それだけの戦争です。
それにどれだけの報酬があり得るでしょう……兵は略奪、国は賠償が得られるとしても。
それでなぜあれだけ多くの戦いが戦われたのでしょう。
内戦はどうでしょうか。
内戦は、征服戦・国土防衛戦・国家威信戦とどう違うでしょう。
征服ではない、国内の限られた土地や官職、帝位を奪い合う戦いです。さらに宗教などもあります。
相続争いも内戦の重要な要素です。
独立・独立阻止も重要です。独立できれば地域の利益を絞られずに済み、逆に独立を許せば金蔓・領土を失うという大きな損になります……国土防衛に似た損失回避ですね。
独立するぞ征服者を追い出せ、というのはわかりやすく感情を刺激します。
独立阻止には本質的に報酬が出しにくい……土地を分配し人も奴隷とすることができなければ。
ある程度以上群雄割拠になってからは、普通に対外征服に近い状態にもなります。
革命という言葉もあります。
近代の軍の根本的な変化の一つは、略奪を報酬とせず給料や年金を報酬とすることです。
筆者は、たとえばイギリスがインドを征服した時、戦った将兵にどんな報酬があったか知りません。新大陸を征服したコンキスタドールにはエンコミエンダがあると教科書を記憶してはいますが。
国民国家というイデオロギーと、将兵に略奪以外の報酬……給料や年金を出すという変革は、報酬が期待できない防衛戦でも命がけで戦う兵を作り出しました。
フランス革命が軍事史上も革新的だったのは、傭兵と違って逃げず数も多い徴兵・国民軍というものができたことです。
といっても、ナポレオン戦争の時代でも敵の艦船を捕まえて売って配る、ある程度略奪報酬の面はありました。ただし同時に給料もあるし、海軍から最低限の補給も得られる……ただ艦をきれいに塗ったり、実弾訓練をしまくるには艦長の自腹も必要……
兵站も将兵も武器も全部小領主の自腹、かわりに略奪は上納以外懐に入れる近代以前と、給料も食料も弾薬も全部国が用意するかわり略奪禁止の近代軍の、過渡期ではありました。
そして近代以後も、ナポレオンもヒトラーも征服した国の、宮殿の金銀財宝や外債を戦利品として軍資金とすることはありました。近代軍事に深くある賠償金もその変種、それこそ古代から伝統あることです……負け方によっては富を差し出して皆殺しは勘弁してもらう、もあったのです。
また近代国家は基本的に海洋国家・植民地帝国でもあり、ゆえにアヘン戦争、ベトナム戦争など国土防衛とは納得しがたい戦争も多くあります。「将兵は自分で思考せず国の命令に従え」で不満を抑制できますが、結局は限度があります。特に民主主義国では。
多くの宇宙戦艦作品では、近代軍人として、ただ仕事をすることだけで物質的な報酬を求めず命がけで戦う軍人も登場します。
さらに生命を捨て、あらゆる拷問を覚悟し、どんな嘘もつき、逆に拷問虐殺もためらわないスパイも多くいます。
現実にも、意味不明戦争で命を投げ出した将兵やスパイが多数います。
心の報酬だけでより多くを払える社会システムになったのでしょうか。支配システムが人間を洗脳するノウハウが向上したのでしょうか。
さまざまな宇宙戦艦作品の、戦争理由……ある程度以前の、地球の地位の議論と共通します。
征服者から人類を守る、地球を守るというわかりやすいストーリー。敵の目的が全人類の絶滅あるいは奴隷化であり、降伏はとても受け入れがたい。
『ヤマト』『インディペンデンス・デイ』など実に多数。
『マジンガーZ』『コン・バトラーV』などのスーパー系ロボットアニメにも多数あります。
人格がないように思える、交渉不能の敵というパターンもあります。
『バーサーカー(セイバーヘーゲン)』に代表される、要するに文明を見つけたら滅ぼすとプログラムされている殺戮機械。
『オペレーション・アーク』『啓示空間 三部作(アレステア・レナルズ )』など多数。
『銀河の荒鷲シーフォート』の敵は強大ですが意識水準が低く機械的に動きます。『天空の防疫要塞(銅大)』ではタイトル通り敵を災害とみなすほど人間とは異質です。
『エンダーのゲーム』『孤児たちの軍隊』『ガンダムOO』『蒼穹のファフナー』『太陽の簒奪者(野尻抱介)』のように、超個体であり人類の心の在り方を理解できない敵と対話できるようになる話もよくあるパターンです。
人類と、かなり会話可能な異星人との戦争も多くあります。『宇宙の戦士』『老人と宇宙』などは人類の生存戦争に見えますが、実際には種族間の勢力争い、多くの国が政治の延長として戦争をしているのに似ています。
『ギャラクティカ』など人類と、人類が生み出したロボットとの戦争もあります。
人類同士の、国家戦争・紛争も多数……『銀河英雄伝説』『彷徨える艦隊』『タイラー』『紅の勇者オナー・ハリントン』『真紅の戦場』などなど。『航空宇宙軍史』もそうでしょう。
『海軍士官クリス・ロングナイフ』『ヴォルコシガン・サガ』などは紛争と戦争の中間のような状態です。
内戦も人類同士の争いの延長でしょう。
『ガンダムシリーズ』は内戦に近い国家間戦争がきわめて多いです。
独立戦争、革命も『月は無慈悲な夜の女王』など多数あります。独立や革命は正義とされることも多いです。
『スターウォーズ』は反乱です。『ギャラクシーエンジェル』の無印は逆に鎮圧側です……実情はともかく。
『銀河英雄伝説』も、帝国側から見れば同盟は逃亡奴隷であり、戦争は内乱鎮圧です……帝国の既知領土の外を開拓したのであっても、皇帝の称号が全人類を支配するとしている以上。貴族の反乱、リップシュタット戦役、クーデター、新領土戦役と多彩な内戦があります。
極端に規模を小さくすると、冒険小説でよくあるパターン……政府警察とつながりのある犯罪組織に追われる個人が、なんとか殺し屋に勝って黒幕と手打ちにして終わり、という話もあるでしょう。
海賊との戦いも『レンズマン』『敵は海賊』『クラッシャージョウ』など多くあります。
『スーパーロボット大戦OG』は、多数のスパロボを集めたものであるため、多様な敵との複雑な戦いが続いています。
地球外からの征服者……異星人だけでも何種類もの勢力があり、それぞれ目的が異なります。闘争心が強すぎて危険だから封じる、強い闘争心を持つ戦士と改良された武器をいただく、などなど。
地球人の内戦という面もあります。コロニーと地球の争いもあり、優れた組織者の反乱軍もあり、極端に邪悪で巨大な力を持つ個人の欲望もあります。
暴走した全自動ロボットとの戦いもありました。
剣と魔法世界や、別の歴史をたどった平行世界からの干渉もあります。
古くから地球人の闇に巣食う、あるいは人類以前から地球を支配する怪物や暗黒組織の跳梁もあります。
国、人類という種族が戦争をする理由もあれば、主人公が戦争に志願し、それから戦い続ける……退役の機会があっても志願して兵役を延長する理由、それを描くのも重要です。
国そのものとはやや離れ、あるいは戦争の一部ですが軍隊とは離れたところで、無法者などが活躍する話も多数あります。
極端に長期的な、具体的な物質とは違うもののために……
『ファウンデーション』では多くの人が〈セルダン・プラン〉のため死をいとわず犠牲を払い、また何十人もの第二ファウンデーション人を虐殺しました。
『航空宇宙軍史』も遠い未来の敗北を防ぐために、個の心を捨ててイルカにも人にも残虐の限りを尽くし、また自分自身もすさまじいやり方で犠牲にします。
なぜ戦うのか。
『彷徨える艦隊』のギアリーは100年前に冷凍睡眠つき脱出カプセルの事故で漂流、家族も友人も一人もいません。とにかく戦うしかやることがなく、戦い続けるうちに別時代の人々と絆ができてきました。イデオロギーでもナショナリズムでもありえません。
逆に夫を失って、国に対する忠誠しかない女性もいます。故郷を皆殺しにされ一人だけ生きのびた艦長もいます。利己的、狂信的などさまざまな人がいます。
『ヤマト』の古代進は、最初は両親を爆撃で、兄を艦隊戦で殺したガミラスに対する復讐心でした。それが戦いの中で成長し、最後には復讐を成し遂げてその虚しさに涙しました。
他にもあらゆる作品の、主人公だけでなく、また人類だけでなく多くの人が、それぞれの理由で戦います。
純粋に物的報酬を求めるキャラは少ない……ですが現実に戦った人々はどうなのでしょう。
人類は戦うために、プロトカルチャーの遺伝子操作ではなく何百万年にも及ぶ進化で作られた戦闘装置だから……