宇宙戦艦作品の技術考察(銀英伝中心)   作:ケット

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欠乏と豊穣

 以前の考察に追加しますが、地球圏が見捨てられた理由……

『銀河英雄伝説』は、現実の人類と同様に、極端に資源浪費的な文明である、と考えてみては?

『銀河英雄伝説』の、連邦末期からゴールデンバウム朝に至る人口減少を、文明崩壊と【仮定】して考えたら?

 

 宇宙空間では資源は実質無限だ……そう筆者が考えていることが先入観になったのでは?

 普通の、SF作家も含め多くの人は、人は緑の星にしか住めないし、緑をなす木を切りつくして砂漠にしたら滅びるだけと確信している、いやそれが当たり前すぎて確信とも気づかない水準なのでは?

 

『銀河英雄伝説』本文にテラフォーミングという言葉があり、コロニーもある、それを無視して「森を収奪し、切りつくしたら砂漠」文明システムだと仮定すると、いろいろなことが腑に落ちるのです。

 地球が不毛であること。

 連邦の崩壊とその後の人口減。

 同盟の急成長と停滞。

 外伝にあった、緑が多いハイネセンやオーディンは工業も栄えるが、緑が少ないエコニアやヴェスターラントは貧しく人口も少ない、ということ。

 

『銀河英雄伝説』では、文明を支えられるような鉱山も貴重で、森や海がある惑星を使い潰していかなければ文明が持たない、大人口を支えられない……としたら。

 

 現実の人の文明。イースター島、マヤ……ルワンダ。木を切り倒し、土壌を風に飛ばし水に流し、食料生産量が減ったら飢えた人が争い破滅する。多すぎる人口が、農業に適さない地域まで開拓し、森林伐採も多すぎ、塩害もひどくなり、用水路も埋まる。

 斜面のように農業に最適でないところは、開拓すれば一時的には収穫できるが、すぐに土壌が失われる。

 そうなれば土地は疲弊し生産量が落ち、干ばつのときには破局する。争いも起きやすくなり、虐殺にもなる。

 同様に、多数の星があってもそれぞれの、木材・土壌のような再生不能資源を浪費する……

 資源が豊富だがほとんど砂漠のオーストラリアは、少なくとも戦艦をたくさん作って人口密度が高い国ではない。対照的に森が豊富で資源がない日本は戦艦をたくさん作り人口密度が高い。……赤道の熱帯林諸国が問題になってしまいますが、熱帯雨林ではない森、と。

 

 オーディンのような居住可能星系でさえ、木材を切りつくし、無理な農業で土壌を失い、それで住めなくなってしまうということは?

 地球、さらに多くの優良居住可能惑星が、資源の浪費で環境崩壊状態になった。

 その難民が、破壊がよりましなところに押し寄せ争いになる。

 あまりよくない惑星を開拓しても、特に過剰人口が押し寄せれば短期間で環境崩壊になる。

 

 地球がダメになったのも、要するに森と鉱山が尽きたから。

 連邦が崩壊したのも、ゴールデンバウム朝の人口減も、優良な居住可能惑星を全部使いきったから。アルデバランからオーディンへの遷都、またブラウンシュヴァイク・リッテンハイムへの権力の移行も、要するに森を切りつくした地域が衰え、まだ森が残る星に人口と生産の中心が移る、と。

 自由惑星同盟が最初の頃にめちゃくちゃに人口と生産力を増やしたのは手つかずの森があったからで、森と恐竜の惑星・超優良鉱山の星系が種切れになったら成長が止まるのも当然、と。

 

 そうだとすると、新しい手つかずの星々を見出さない限りあの世界は絶望ということにも……

 メタ視点で考えると、田中氏が現実歴史の一般則に沿って『銀英伝』の設定をつくり、テラフォーミングと現実歴史の開拓の質の違いをあまり考えなかった、でしょうか。

 

 環境にこだわらなくても『銀河英雄伝説』の、特にシリウス戦役関係の人々は、陣営を問わずとても短期的な考え、というか発想がかなり古い人々のような感じがします。

 搾取する地球政府。

 虐殺略奪暴行の限りを尽くす将兵。

 権力を奪い合って殺し合うラグラングループ。

『銀河英雄伝説』の執筆時点から今の間でも、世界全体で相当な価値観の変化が起きています。ましてその数十年前、20世紀前半では国レベルの虐殺・奴隷化・追放は、ごく普通で非難されることではありませんでした。第二次世界大戦後の東欧からのドイツ系追放、各地からの日系追放……引き揚げ、実質民族浄化は何の問題にもなっていません。ほかにもギリシャやトルコで多くの民族浄化がありました。

 

 

 他にも明らかに、浪費で自滅する傾向がある作品はあります。

 

『インディペンデンス・デイ』の異星人は、資源を浪費しつくして次に行くタイプです。

『ヤマト(旧シリーズ)』のガトランティス帝国もそれと言えるでしょう。

 

『円環宇宙の戦士少女』も、断固として居住可能惑星を浪費しつくし、汚染しつくす、という文明形態であり、だからこそ優良居住可能惑星は鎖国を決めて猛攻を受けています。

 

 

 欠乏。それ自体も戦争の理由となる、いやもっとも大きいものでしょう。

 人類が進化してきた、少人数の狩猟採集民にとっては、自群れが飢えたから他群れを襲うのが最も根本的な戦う理由でしょう。

 それは文明以後も変わらないでしょう。飢えた遊牧民は幾多の文明を滅ぼしました。

 現実の今も、環境破壊・農業生産力低下からの紛争は多くあります。ルワンダなどがそれと言われます。

 

 欠乏は食物だけとは限りません。

 よい港、よい鉱山なども……昔でもスズ鉱山、さらに以前の石器時代には黒曜石や岩塩の鉱山、サケが戻る川が奪い合われたことでしょう。

 宇宙時代であっても、希少鉱物があることは多く見られます。『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』のイスカンダリウムやガミラシウム、『スタートレック』のダイリチウム、『真紅の戦場』の超ウラン同位体などなど。

『デューン』では水が不足しています。宇宙という環境では燃料、推進剤、温かさや冷たさ、部品……ありとあらゆるものの欠乏が死に直結します。

 現実の歴史でも、水の欠乏は農業生産の減少、すなわち食料の欠乏を意味し、文明そのものにとって死活問題です。

 

 また、ゲートなど地理的な何かが超光速移動に必要な時、それ自体が希少資源であり奪い合いになることも多いです。

 ちょうど、ジブラルタルやマルタ島など海上交通の要衝が幾多の戦いで奪い合われたようなものでしょう。

『真紅の戦場』もゲート争奪が重要な戦争理由です。

『ヴォルコシガン・サガ』ではワームホール網の要衝であるために、ドーム内でしか人が暮らせないコマールの争奪戦がありました。ワームホール網の要衝であるだけで居住可能惑星がないヘーゲン・ハブも多くの人が居住施設を作っています。

『彷徨える艦隊』でもゲートの数によって星系が栄えるかどうかはかなり決まります。ゲートが多く栄えた星にこそハイパーネット・ゲートが誘致されるため余計栄える、という構造にもなります……天然の良港に新幹線の駅ができるように。

 

 また、これは超光速航行が不可能になった場合ですが、『ギャラクシーエンジェル』のトランスバールや『ヴォルコシガン・サガ』のバラヤーは超光速航行が不可能になったとき、あえて技術水準を下げ、人口の大半を死なせて全滅だけは免れることにも成功しました。交通の欠乏も致命的になるのです。

 

 面白い欠乏があるのが、『火の鳥 望郷編』です。地球人は宇宙のあちこちに広がり、無数の植民惑星が栄えている。でもその人たちは地球に里帰りしたがるが、地球はそれを受け入れる余裕がない。だから地球は帰ることを禁止し、外から入ろうとする船は理由を問わず撃沈し人は殺す、としています。普通なら富を持ち帰り地球をより富ませるはずの人々を受け入れる何もかもが足りない、と。

 

 欠乏によって人の心も違う。

 それを描いているのが『冷たい方程式(ゴドウィン)』でしょう。燃料などに余裕がないから密航者を船外に放り出して殺す。交通量や通信技術が足りないから、そうしなければ植民地がワクチンがなくて全滅する。

 欠乏が常である植民地では、人命が軽い。些細な理由で人を殺すなどたいしたことではない。欠乏がない豊かな地域の人には、それがわからない。

 西部やアラスカを開拓していたアメリカ人が、欠乏している辺境と欠乏していない豊かな地域とで、心の構造があまりにも違った……それを宇宙に持って行った物語でしょう。

『野生の呼び声(ロンドン)』で、辺境に慣れていない新しい主がバカなことばかりして結局ほとんどの犬ごと死んでしまったのも思い出されます。

 また戦国や中世ヨーロッパふう世界のなろう小説で、転生した主人公が人を奴隷化したり女子供を処刑したりするのに抵抗を覚え、結局慣れるのも。

 実際問題、ある程度食事ができないだけでも、人の心はかなり変わるものです。

 

 もっとも欠乏している、希少なのは居住可能星系そのものでしょう。森と海があり恐竜が歩いている星。それが人の主要な生活の場である限り、ごくわずかしかないそれを奪い合うことが続くでしょう。

 

 

 さて、欠乏がなぜ問題になるのか……

 食物が不足すると、飢え死にする。それが嫌だ。だから奪う、というのも当然の理由になるし、逆に奪われたくないので守る、と。これ以上なく単純な話でしょう。

 ですが、それすらもややこしい話になります。

 いくつもの文明が、膨大な人数を暴れさせずに餓死させることに成功しています……アイルランド、ベンガル……スターリン、毛沢東……天明の大飢饉。

 欠乏するのは食料ばかりではない、第二次世界大戦の日本は、先進国をやっていくのに必要な必須資源が欠乏する、という焦りから戦争に踏み切りました。

 石油、ゴム、ニッケル……食べられるものではないのに、それらがなければ戦艦を作り動かすことができないから。

 

 また現実の近代史では、「市場」が欠乏するものであり、争われました。

 植民地争奪が、「市場を求めて」とよく書かれるのです。

 奇妙なことです、買ってくれる客が欲しくて戦争し征服し、さらに搾取してみんな餓死させるとは。まあ相手側の特権階級がより強くなって買い物をしてくれればいいし、絞りつくすまで絞って次に行く、悪い意味での焼畑発想でしょうが。

 

 あるものが欠乏すると、要するに人を増やし、戦艦を増やすことができない。

 文明を増強するボトルネックになる。

 さて、ここで考えてみましょう。

 現実の地球人の今のこの文明は、なぜ『人口が10兆で、しかも全員がほぼ自動操縦の垂直離着陸ジェット機……AV-8ハリアーの民生版のようなのに乗って暮らし』ていないのでしょう。

 何が足りないのでしょうか。

 石油が無限だったら。

 ジェットエンジンに必要な耐熱合金を作るのに必要な金属の、すごく掘りやすくて埋蔵量が多い鉱山が、それもアメリカ東海岸沿いにどかどかあったら。

 ナイルのように、砂漠に雨が豊富な地域から大河が流れている場がもっとたくさんあったら……アフリカ熱帯雨林からサハラ砂漠、カナダからカリフォルニア……。オーストラリアが温帯か熱帯雨林にあったら。

 核融合や高速増殖炉がもっと簡単だったら。室温に耐え電線として使える安価な高温超電導物質があったら。

 

 あらゆる宇宙戦艦作品は、なぜその程度の人口と生産力なのでしょう。

 もちろん、単純な答え……生産力が豊かすぎる世界では戦争が起きない、戦争がなければストーリーができない、と。

 ですが、それだけでは面白くないので……

 

 膨大な生産。戦艦もたくさん作り、庶民も豊かにする。その方向にならない。

 

 

 

 逆に豊穣。たくさんある。こちらを考えてみましょう。

 特に豊穣なのは、レプリケーター・転送などの技術により貨幣がない『スタートレック』の世界です。

 

 この現実も、石油・天然ガス・石炭というエネルギー、大鉄鉱石鉱山、ハーバー・ボッシュ法、緑の革命、プラスチックなどで「豊穣」を得ています……持続不能であることや温暖化、世界に残る貧困や飢餓を脇に置けば。

 

 物質的豊穣をあえてやり切った稀な作品が『断絶への航海(ホーガン)』です。

 新天地に降りたロボットが準備した事実上無限の生産。店からあらゆる商品をいくらでも無料で持ち帰っていい世界。

 

 民話の次元から、豊穣は禁じられます。

 いくらでも好きなものが出る石臼、それが盗まれて盗んだ人を溺死させ、今も海の底で塩を出し続け海を塩辛くしている、などたくさんあります。

 それらは、子に何でもいくらでも出るアイテムの話をして、「じゃあなんでうちは今夜食べるものものないの?」に答えて「バカがバカなことをしたから失われたんだ」と続けなければならないからかもしれませんが。

 触れたものを黄金にするミダス王の指も豊穣を戒めるものでしょう。ペガサスに乗りオリンポスに駆け上がろうとして振り落とされたペレロホンの神話も、人が過ぎたものを手にすることを戒める意味では同じでしょう。

 豊穣は神の領域であり、人が手にしてはならない……豊穣にとびついて破滅する話は星新一も、他の作家も無数に書いています。

『ガロン(手塚治虫)』の無限に沸いてくる警告を聞かない悪党たちも、人間が超技術を手にするには未熟すぎることを厳しく警告しています。

 ある程度SFの冒険小説として、「宝の地図を手に入れた。それは昔墜落したUFOで、取りに行こうとしたらマフィアやCIAの殺し屋に狙われる。主人公は勝利して超技術を手に入れたが、こんなものを今の人類に与えたら戦禍をひどくするだけだ、と捨てる」話は定番パターンです。『スプリガン(たかしげ宙/皆川亮二)』でも主人公が遺跡を深海に捨てたことがあります。

 他にもそのような話は無数にあります。

 人類が豊穣を手にすることは禁じられている……

『折りたたみ北京 中国SFアンソロジー』に入っている『神様の介護係(劉慈欣)』も異星人の船を入手しますが、地球人が分析し実用化できるものは何一つないし乗っている異星人も科学や技術の基礎は忘れあるものを最低限使うだけの状態、と強引なまでに人類を貧困なままにします。

『宇宙軍士官学校』の、地球人はまだ頭が悪すぎてオーバーテクノロジーを理解できない、というのもその系列でしょう。

 そのような話は『マクロス』『スーパーロボット大戦OG』『ロスト・ユニバース』など遺跡系の話で多数あります。人間のリバースエンジニアリング能力が足りないから豊穣が手に入らない、と。

 

 逆に豊穣だからこそ、人類が止まってしまう話も多くあります。

『ローダン』でも、人類の一部が豊穣を手にし、それで満足したため「もうこの人々に将来の可能性はない」と【それ】に見捨てられることがあります。

『都市と星』のダイアスパーやリスも、豊穣ゆえに止まっています。

『タイム・シップ』のモーロックも行き詰っています。時空の旅についていくチャンスがあれば飛びつく人も一人いましたが。

『楽園追放』も、完全に自己満足に陥っています。

 

 実際問題としても、歴史的にも、豊穣を戒める実際の出来事には事欠かないでしょう。

 大豊作が続いた。それで多くの移民を受け入れ、たくさん子を産んだ……そうしたら人口が多すぎ、本来農業に適さない斜面も耕し、結果凶作になったときに多すぎる人口が飢え、斜面は崩れて荒れ地となり土砂が水路を埋めて大飢饉、戦争にもなって滅びた。

 サケがたくさん、それこそ水面を歩けるほどに上がってくる川。膨大な北大西洋のタラ。様々な海獣。一見豊穣に見えるが、何十億人が欲望のままに産業化したら数年で枯渇、絶滅する。

 商人が大儲けして欲望の限りに贅沢三昧をしていたら、政権ににらまれ族滅される。

 

 逆にあえて貧しいままであることを選ぶ、ということもあります。

 現実の歴史でも、スパルタはどれほど勝利しても贅沢をせず質実剛健を選び、結局ペロポネソス戦争でも勝利しました。ただし富は軍事力でもあるため、最終的には潰されましたが。

『ノーストリリア』では不老不死薬を産出する星は、無限のカネが入るけれど腐らないよう、星内では耕し羊を追って質素勤勉に暮らし、弱い子は中卒ぐらいで安楽死処分にします。高度技術とは別の超能力方面で星を守るえげつない方法があるからですが。

 

 ついでに言えば、不老不死も常に多くの人が求める、多くは欠乏するものです。

『ローダン』の細胞活性装置は数が限られ、常に争奪戦になります。

『デューン』も不老不死に近い薬が重要な要素です。

『銀河鉄道999』も不老不死と同義である機械の身体が高価だからこそ、鉄郎は危険な旅に出ます。

 

 豊穣が戦力・防衛として有効ではない、ということもあります。

 どれほど豊かでも、より上の技術水準の敵に襲われれば抵抗は無意味で全滅することになります。数百人のピサロやコルテスが数百万人、兵力も何万の中南米帝国を滅ぼしたように。少人数のイギリス軍が、征服した現地人の大軍を「我々にはマキシム機関銃があったが、彼らにはなかった。それだけのことだ」と撃滅したように。

『ローダン』で七銀河公会議の絶対防御艦を前に太陽系帝国の全砲が役に立たなかったように。

『ヤマト』で、イスカンダルの技術を得るまで地球の艦隊がガミラス艦隊の前に、いくら砲撃が命中しても役に立たず一方的に全滅したように。地球艦隊の波動砲マルチ隊形がいつも全滅で終わるように。

 スペインによる中南米帝国の征服が技術ではなく内紛のためだったと解釈しても、数の差が無意味になる局面があることには変わりありません。

 伝染病、精神支配系超能力、コンピュータハッキングなども、人数・艦船数を無意味にして戦局をひっくり返します。

『宇宙嵐のかなた』ではマゼラン星雲の全人口より帝国の艦船数のほうが多いですが、その帝国中枢を精神支配してしまえば無意味です。『ローダン』『クラッシャージョウ』『ファウンデーション』でも危なく超能力者に支配されるところでした。

 艦隊が無効な異質な力……『リフトウォー・サーガ(フィースト)』では、空間を転移する竜にまたがる、神々水準で野蛮精神の剣と魔法の一族があちこちで暴れ、宇宙戦艦文明も滅ぼしています。『ドラゴンボール(鳥山明)』も個人宇宙船に乗った、あるいは真空に身をさらして生きられる超戦士の戦闘力はそこらの宇宙戦艦の艦隊・文明を軽く殲滅できます。

『宇宙戦争』は技術の優位による圧倒的な力と、伝染病の脅威を同時に描くまさに古典。

 軍事的才能+幸運も、数の差を無視して戦局をひっくり返すものです。史実でも織田信長が今川義元を討ち、ハンニバルやアレクサンダー大王が何倍もの敵を殲滅したように。

 とても多くのミリタリSFで、数の差を無視する勝利は描かれます。ただしそれが邪道だというのが軍事の真実です……『星系出雲の兵站(林譲治)』では「英雄の誕生とは、兵站の失敗」、ヤン・ウェンリーは数で攻めるラインハルトを尊敬しています。

 

 桁外れに、とんでもなく艦船数が多い作品……

『銀河英雄伝説』の最大十万もかなり多いでしょう。

 ですが『ローダン』、『宇宙嵐のかなた』、『星界』シリーズ、『天冥の標』終盤などもとてつもない艦船数です。

『スターウォーズ』も帝国艦船数は本当は膨大です。

『ファウンデーション』も全盛期の人口は心理歴史学を可能にするほど多く、それなりに艦船数も多いでしょう。

 逆に言えば、それらは生産と人口を抑制するボトルネックの多くが解決されていると思われます。

 ただし、現実の天文学を考慮すれば、太陽系だけでも本気で利用すると兆の上の人口が可能であることがアシモフの科学エッセイに書かれていますし、冥王星の質量と実在巨大客船の排水量でざっと試算しても容易に出ます。それと比べれば、たとえば『銀河英雄伝説』の連邦最大人口3000億はかなり見劣りします。

 一つの星系であっても、『タイム・シップ』のモーロックなどが本気で艦船を作ればめちゃくちゃな数になるのは明らかでしょう。

 

 

 さて、豊穣を止めているのは何でしょう。

 ……『現実』の大和や米空母打撃群ができるには何が必要か。何が足りなくて70億の半自動・垂直離着陸ジェット機ではないのか。

 何が足りればいいのか。

 様々な資源……石油。ジェット機のタービン、耐熱で丈夫な合金を作るためのレアメタル・レアアース。アルミを作る電力。

 働く人のための食糧。食料を作るための農業用水。都市で生活するため、鉱業にも必要な膨大な真水。

 

 第二次世界大戦時の日本が、大和級戦艦を100隻、翔鶴型空母を200隻と艦載機18000機作るには、何が足りなかったのでしょう。アメリカはとんでもない数の、戦艦は少ないにせよ巡洋艦や空母を作りました。

 鉄鋼生産?鉄鋼を作るに必要なのは、鉄鉱石・石炭・石灰石、そして高炉用の耐火煉瓦。多数の職人。職人を教育するシステム。人口そのもの。膨大な真水。鉄鉱石や石炭を掘る人手、運ぶ鉄道や港湾の設備。安く掘れて豊富な鉱山。工場を作るための年月。そして費用。

 艦船も同じ、たくさんの鉄を運び入れ、叩いたり削ったりして部品を作り、溶接したりリベットを打ったりして船を作る。

 そのためのたくさんの機械。機械を作る職人。機械を使う職人。

 高い教育を受けた人数。鉄鉱石などの資源。輸送力。機械を作る能力。

 そして予算。金。特に海外から買わなければならないゴムやモリブデンを買うための、外貨になる輸出品、無事に輸出入ができる海軍力。

 ……海軍力がないから戦艦を作れない、戦艦がないから海軍力がないって循環してしまいました。逆にアメリカは戦艦があるから海軍力があり、海軍力があるから戦艦を作れる、という循環が……

 またアメリカは産油国であり、超絶農業国でもあります。食料も真水もたくさんあります。

 

 機械を作るのは、現実現在では定盤などに帰着します。厳密な平面をもとに旋盤のネジを切り、精密な工具を作る。その工具で精密なネジや、精密な溶接ノズル、製鉄圧延用ローラーを作る。

 そこから鉄でできた戦艦を作るという仕事が始まります。

 それを使う人々も育て、教育し、訓練しなければなりません。そのためには、前に検討したように一人につき何トンもの食料と水、20年以上の時間がかかります。

 

 予算、という恐ろしい要素もあります。特に外貨……金、ゴールドがかかわると問題は複雑になります。いくら税金をとっても、日本円が紙切れだったら、海外から戦艦の砲塔を動かすための日本では作れない軸受けや、日本領では出ない軸受け合金の素材を買うことはできません。

 予算という問題は、一族とともに予算を私物化しカジノ国で豪遊する独裁者がいないことも必要とします。それがあればどれほど金を注いでも工場は大砲を作りません。警察、裁判、道徳教育その他、経済的な信用システム……援助ではどんなに金を出してもどんなに教育しても作れなかった、近代国家というナニカも必要ということです。

 予算がない、それをどうにかしようとしても、たとえばたくさん円の紙幣を輪転機で刷っても大和はできません。ハイパーインフレになるだけです。また金銀でさえも、スペイン帝国は新大陸で莫大な金銀を手に入れてさえ、ヨーロッパ征服すらできませんでした。

 貨幣を有効にする、巨大予算を生み出せるようにする、経済規模自体の大きさ。それがない限り、金だけでは多数の戦艦を動かすことはできないのです。

 では何があれば、大和を百隻作れるのか。スーパー・スター・デストロイヤーを一万隻作れるのか。アメリカは何があって、とんでもない数の艦船を作れたのか。

 

 何よりも人間と、生産のための機械。どうすれば優れた職人を多数作れるのか。機械を作れるのか。優れた職人を、いや財務官僚から警官まできちんと機能する国家を作れるのか……こうなると「心か物か」の問題にもなります。

 

 今の現実の人類に足りないのは何でしょう。

 核融合炉、いや波動エンジンが実用化されたら?

 海水で育つ稲ができたら?

 人間と同じように工場労働者になれるロボットができたら?

 石炭から簡単に軌道エレベーターを作れる強さの繊維を無限長さ紡げるようになったら?

 タングステンとコバルトとクロムの超大埋蔵量鉱山が見つかったら?

 桁外れに安くて強くて耐熱性の高いセラミックスが発明されたら?

 子の半分以上がヘロイン以上の依存症を示すほど面白く、数年がかりでクリアしたら確実に数学・物理・化学の一流大学修士相当の勉強ができているコンピューターゲームができたら?

 フォードがライン生産を思いついたに匹敵する思いつきがあったら?

 実際問題、現実の人類はこのままでは多分破局なので、何らかの方法で豊穣を手に入れてくれないと筆者の寿命までに文明崩壊になり、筆者が誰かに食べられかねないのでなんとかしてほしいものです。

 

 そして需要そのもの……どうすれば需要というものはあるのでしょうか。

 需要、というのは当たり前に見えますが、筆者程度の知識で考えると底なしにわけがわからないのです。

 

 歴史教科書にある、「市場が欲しくて侵略した」帝国主義列強。ならなんで、侵略した国の人々を貧しくするのか。植民地の人々は、何を払って列強が作った商品を買ったのか。労働力・森・鉱山・農地……それをどうやって、列強で通用する貨幣にしたのか。

 鞭と棍棒で樹齢五百年の銘木を切り出させ、交換に人質の幼児に一目会わせてやりビーズ玉を与える……のであれば理解できますが、それはすぐ尽きるでしょうし、ビーズ玉業者もすぐ破産するでしょう。どう考えても割に合わないのでは。

 明・清帝国やイスラム帝国は、ヨーロッパが作る時計も大砲も染め布も、欲しがりすらしませんでした。需要そのものが稀なものではないでしょうか。

 

 さらに今、現在、『現実』。今の日本で、普通に暮らしている人が生活水準を大きく上げる、現実的な金銭でできる、にもかかわらずわずかな人しか買っていない商品はいくつもあるのです。

 静電型ヘッドホン。高ければ百万の桁になりますが、安ければ10万円以下、中位でも20万円~40万円ですさまじい高音質を得ることができます。

 5.1サラウンドスピーカー。アンプを入れても安いものなら数万円。一部屋片付け、スピーカーを6つ置くだけで、アクションシーンの音声を桁外れに高い臨場感で楽しめます。DVDのアクション映画には標準で5.1の情報が入っています。

 真空低温調理。機械は一万円以下から手に入り、ビニール袋に塊肉を入れて数時間+ちょっとフライパンで表面を焼くだけ、普通にステーキを焼くより少ない手間で、桁外れに柔らかくうまい肉を食えます。肉以外にも使えます。

 冷凍パンだね。どの家庭にもあるオーブンレンジで焼きたてのパンを食べることができます。それが配達されればどれほど生活が向上するか。

 容易と思われる、老人用歩行補助具。膨大な金を持っている老人たちは、もう少しあちこち出歩きたいと思わないのでしょうか。タクシーか一日中家で座っているかの生活に、それほど満足しているのでしょうか。

 それほどの安価な生活向上が、異様なほど売れていないのです。

 皆がAV-8ハリアーの民生版に乗っていないのも、資源不足で安く作れないという以上に、需要がなかったから作らない、もあるのでは?

 他にもよさそうに見えて売れない商品は無数にあります。

 3Dディスプレイはゲームも映画も、任天堂バーチャルボーイから最近の3Dテレビまで何度も何度も失敗を繰り返しています。

 昔北アメリカで氷をおがくずで覆って船に積み、栄えていた熱帯のカリブ海島に運んだ人たちは、最初まったく売れずに呆然としたそうです。

 何が需要になるかは実にわからない……需要がなければ経済成長はなく、経済成長がないこと自体が豊穣を阻む……その根本原因は?少子化?戦争がないこと?新しい素材やエンジンが発見されていないこと?

 

 もっと根本的に、格差の拡大。欲望と、買う貨幣の両方がなければ需要にはならない……みんなが欲しくなくても、みんなが貧しくても需要がない。みんなを貧しくしたら需要がなくなるのはわかりきっているのに、みんなを貧しくする方向に経済が進む。

 多くの人が貧しくなる社会は、『真紅の戦場』『宇宙兵志願』などのミリタリSFでも定番です。特にそれらは今のアメリカの、格差拡大と貧しいから軍隊に行く、という社会問題も背景にしています。

 

 全体の生産力が高くても、民一人一人の生活水準が高いとは限らないこともあります。

『真紅の戦場』では、21世紀中の激しいテロと世界戦争で人口が急減、宇宙に進出したにもかかわらずどの国も深刻な格差にあえぎ、宇宙を舞台に戦争を繰り広げています。巨大な生産力がありながら、極端な格差がある国家構造で安定してしまっているのです。

『銀河英雄伝説』も同様のことがあった、とも推定できます……ルドルフが戴冠して、わずかな期間で人々は貴族と農奴の社会に適応しました。それは、ルドルフ以前にとんでもない格差があったことを示唆していないでしょうか?門閥貴族が、単なる超ブラック企業の超金持ちの現状追認であった可能性は?ドイツがナチスの政権獲得以来短期間であの異様な社会になったこと、それ以前から強い身分制度があったことも思い出します。

 

 

 

 多くの宇宙戦艦SFで、何がボトルネックなのか。

『銀河英雄伝説』では。『宇宙戦艦ヤマト』では。『スターウォーズ』では。

 

 戦艦。食料。鉄。人。馬。船。それらを作れるかどうか。

 

 SETIが電波通信ができる文明を探査するように、ここでは「戦艦を作れる」ことを基準として考えましょう。機械であるバーサーカーやボーグもこの基準で、豊穣な文明と言ってしまいます。

 

 

 結構重要と思われるのが、「地球型(森と海があり恐竜が歩いている、プレートテクトニクスや地磁気がある)惑星以外には鉱山がない」という考えです。

 それをかなり強く描いているのが『銀河乞食軍団 黎明編(鷹見一幸/野田昌宏)』です。惑星の、鶏卵の殻のように薄いわずかな地殻、それも水で精製されなければ採算がとれる品位の鉱山はない、と。

 それは「居住可能惑星主義」とも強く結びつく考え方です。

 

 

 豊穣に迫っていると筆者には思えるのが、『ガンダムシリーズ』や『スーパーロボット大戦OG』のようなスペースコロニー居住を容認する作品です。

 ですがそれらも、作中描写では豊穣ではない……

 

『スーパーロボット大戦OG』では、異星人の技術は得ていますがうち続く戦争でそれを民生向上・生産力向上に向ける余裕がありません。

 新西暦元年が2015年、主要事件が起きるのは新西暦179~189、西暦2200前後ですが、一般人の生活水準はほとんど向上していませんし、大艦隊を作れる工業力もありません。

 今人型兵器を作ることに全リソースを投入してしまい、旋盤も鉱山街の団地も作る余裕がないということです。

 ……大砲かバターか、を通り越して大砲か大砲製造機械か、という、前者を選んだらそのうち戦争が続けられなくなるほどきつい状況にある、ということです。

 

『ガンダム』の宇宙世紀では、むしろ意図的に豊穣を止めたとしか思えません。もっと工場コロニーをつくり、小惑星を掘り、農牧業コロニーをつくってスペースノイドもアースノイドも全員が広い家で牛肉を食えるようにするのは容易だと思えます。

 しかしそうしませんでした。コロニー増産を止めた時点で、スペースノイドは棄民であることが明らかになり、底なしの戦争がはじまりました。そこにはアースノイドが上の階級であり、スペースノイドは下の階級であるという考えが厳然とありました。

 現実の人類も、身分構造を維持するために経済成長を止めた……ということはあり得るでしょうか?陰謀論的に過ぎますが。

 

 宗教的な理由で技術を抑制することもあります。『銀河英雄伝説』のゴールデンバウム帝国は自動化を忌み、遺伝子を神聖視して、技術水準を大きく低下させました。

 他にも宗教要素がある、宗教と階級が結び付いた作品は多くあります。

『オペレーション・アーク』ではバーサーカー型異星人に探知されないためあえて技術水準を落としましたが、その過程で強い身分制度が作られ、かつ衛星からの監視と宗教の両方を用いて厳しく進歩を抑圧しています。

 社会そのもの、宗教・道徳・支配者の権威主義的な要素や強すぎる強欲が科学技術の進歩を抑制するのは、人類の歴史であまりにも多く見られました。ヨーロッパの産業・科学革命が奇跡であったように。

 

 

 

「居住可能惑星主義」をとる諸作品では、居住可能な惑星の絶対数がボトルネックとなっています。同時に、居住可能惑星主義そのものもボトルネックの裏面と言えるでしょう。

 

 逆に、あれば……さらに安ければ豊穣に至れる技術を考えてみましょう。

 穴を掘る。食料を作る。水や空気を浄化する。大きな殻を作る。エネルギーを得る。製鉄。それ以外の金属を作る。巨砲を作る。エンジンを作る。子を産む。育て教育する。工業力そのもの、描かれることのない工場の工作機械。

 艦船はまず外の殻を作り、エンジン・巨砲、水道やトイレ、キッチンを組みつけます。コンピュータやレーダーもある時代以降は必要でしょう……それ以前では望遠鏡や信号旗や計算尺や三角表が。次いで砲のための弾薬、エンジンのための燃料、真水や食料を積み、教育された人を乗せ、やっと戦いに出ることができます。ドックという穴掘りも現実の水上艦船には必要です。

 

 

 穴を掘る……これはさりげなく、多くの作品の重大なボトルネックだと思います。

「居住可能惑星主義」の本質でもあります。穴を掘るのが高価だ、だから小惑星に穴を掘るのではなく森があり恐竜が歩いている星に住む、と。

 

『宇宙軍士官学校―前哨―』では、太陽を破壊されることに備え地球人は、ケイローンの助けも借り全力で穴を掘りました。

 確かに、岩を掘り固めて板を作るドローンはありました。

 それでも、全人類が楽に暮らすには、アマゾンすべての生物を移住させるにはあまりにも足りませんでした。

 そして、その世界の多くの種族が、ロストゲイアー……母星を敵に破壊され船で暮らす彷徨い人になるのを恐れ、激しい権力闘争をし必死で戦って居住可能惑星の下賜を求めるのは、小惑星の類に快適な穴を掘ることができないからです。

 穴を掘る能力が低いから、居住可能惑星主義になる……だから宇宙全体の総人口も少なく、それだけ軍事力も弱い。逆にある程度穴を掘れるから、船に乗れる最低限しか助からないのではなく、ロストゲイアーになれるほどの人数が助かる。

 

 巨大隕石や核戦争の作品では、とにかく穴を掘らなければなりません。それが足りなければ当然、足りない分だけの人が死にます。

 穴を掘って十分保存食を貯めれば、大抵の災害からは生き延びられます。さらに穴の中で、原発~電灯で農業ができればもっと長時間生きられます。

 まあ『七人のイヴ』や『怨讐星域』は穴掘りが無効なのが外道なところでしたが。

 

 アシモフ/『ロボットの時代』所収「AL76号失踪す」にロボットが作って結局壊し製法も失われた装置が乾電池二個で大きな岩山を砂利に変えた、ということがありました。

「岩を砕く」ということを豊穣にしかけたのです。「岩を砕く」というのは、歴史的にも現在も、人間が膨大なエネルギーをかけている重大な仕事です。

 古代から岩を砕くために、膨大な奴隷が重労働の末に死に、膨大な木が……岩を焼いて加熱して急冷して砕く方法のため、あるいは鋼のタガネやツルハシを製鉄し鍛えるために消費されました。

 岩を砕くのは金属を鉱山から掘り出すためでもあり、また大理石の像や神殿を作るためでもあり、また住み暮らすためでもあり、さらに運河用水路を作るためでもあります。

 爆薬も、ノーベルは岩を砕くためのつもりでした。

 岩を砕くことでトンネルができ、暗礁を取り除いて鉄道・運河・航路ができ、水車から水運、鉄道と産業革命を支えました。

 それが豊穣になりかけ、失われたのです。どれほど大きい損失だったか。

 

『ヴォルコシガン・サガ』の『大尉の盟約』は、実は穴掘りが豊穣になることにつながる発明が大騒ぎを起こしました……『任務外作戦』のバター虫が食料を豊穣にするように。

 

『2312―太陽系動乱―(キム・スタンリー・ロビンスン)』も、細菌のような自己増殖性の穴掘り手段が無数の小惑星に穴を開け、膨大な数と収容人数の、それぞれ離れた人類の生活場所を築きました。

 

 

 食料は以前検討しました。

 食料があればこそ大人口もあり、大人口があるからこそ多くの技師・労働者・将兵がいて、戦艦を作り乗組員となるのです。

『ガンダム』の農業コロニーでもいいですし、『銀河英雄伝説』イゼルローン要塞の水耕栽培でもいい……『スタートレック』のレプリケーターが理想。

 さらに視野を今の天文学に広げれば、木星の衛星だけでもたくさんあるアンモニアとドライアイスと水氷と硫黄と……を食料にする機械。

 そんな機械がないことが、多くの作品で宇宙全体でも多くの居住可能惑星の大半を農地にし、人口を制限しています。

 今の現実の人類も、食料は一見豊穣……が、それをうまく分配できていませんし、また持続可能でもありません。

『銀河英雄伝説』では、食料作成機械が高価であり、また戦艦には載せられないほど大きいことがボトルネックとなっているし、またそれが流刑地にもありそれこそが自由惑星同盟を可能としたと推測されることを復習しておきます。

 

 水や空気の浄化。これもなければ死につながる重大なものです。

 比較的近未来での宇宙での事故のSFでは、酸素の残量、フィルターの残量が生命のリミットとなります。

『デューン』は徹底して水が欠乏した世界を描いています。

 そして今、現実現在も、水の欠乏が多くの紛争を産み、また持続不能な化石地下水に依存していることが文明の限界として見えているのです。

 居住可能惑星は、それを無料でやってくれているように見えます。だからこそ価値が高く、頼ってしまうのでしょう。現実の人類は、バイオスフィア2を失敗したように、まだそれを人工的にやることもろくにできていません。

 

 

 大きな殻。船殻。これも安くなれば、穴を掘ると同様に多くの人が居住可能惑星に頼らず住めるでしょう。

『マクロス』は造船設備を手に入れたからこそ、豊穣に船を手に入れて宇宙各地に移住することができているのです。

『銀河英雄伝説』では、船殻(竜骨?)の入手困難が流刑からの逃亡を防止していました……ドライアイスの船以外。

『宇宙軍士官学校』の粛清者、『銀河戦国群雄伝ライ』の南蛮などでは、巨大生物を艦船としています。

 船殻の究極的な規模がイゼルローン要塞、デス・スター、都市帝国などの超巨大要塞であり、また『タイム・シップ』のモーロック……太陽を絞って元素番号を転換してダイソン球とする、『リングワールド(ニーヴン)』『オマル(ジュヌフォール)』などの惑星規模の巨大建築です。

『宇宙軍士官学校』『太陽の盾(クラーク&バクスター)』のように大規模建築が緊急で必要になることもあります。

 

 艦船製造能力にも直結します。現実の造船では竜骨という要素がありますが、宇宙戦艦作品ではあまり見られません。

 

 

 巨砲……以前も検討したことですが、『銀河英雄伝説』のトールハンマーだけの艦がないのは、戦艦サイズ以上の砲が異様に高価になることを示唆しています。

 現実でも、ある程度以上砲が巨大になるととんでもなく高価になります。大和級の予算で重巡が何隻作れたか、と。

 巨大で精密なものを作ろうとすると爆発的に高価になる、それは巨大望遠鏡、巨大加速器、巨大なシリコン単結晶など現実の工業でかなり普遍的です。

 

 

 エネルギーは、本来宇宙に進出さえできれば豊穣なのです。太陽光を鏡で集めればいいのですから。

 宇宙に進出できるエンジン、波動エンジンにせよ何にせよあれば、それも豊穣なエネルギーをもたらしているでしょう。

『レンズマン』では、キムが冒頭でボスコーンから奪い、どんな手段を使っても一人でもメモをパトロール隊に運ぶために全員に決死行を命じたのが、宇宙線からエネルギーを受容する、事実上エネルギーを無限にする装置でした。

 現実の人類は、エネルギーを豊穣にしなければ文明崩壊に至るでしょう。エネルギーが持続可能かつ豊穣であれば滅亡の心配はほぼなくなります……海水を淡水化すれば農業も持続可能かつ豊穣です。また二酸化炭素も力技で固定すればいいのです。

 ちなみに宇宙に安く出られるようになっても、宇宙太陽光発電でエネルギーは豊穣になるでしょう。

 

 

 製鉄……鉄こそ宇宙空間ではこの上なく豊穣です。核融合の物理学の関係で、鉄は多いのです。どの惑星も、木星型惑星も、巨大な鉄の核を抱えています。何らかの理由で小惑星であっても砕かれれば、鉄の核が宇宙を飛んでいるわけです。

 前述の『銀河乞食軍団 黎明編』でも、鉄はどこでも得られるので鉱業価値がない、と書かれています。

 ついでにダイヤモンドも豊穣なはずです。

『2061年宇宙の旅(クラーク)』で、木星の太陽化の副産物として大量のダイヤモンドが宇宙にばらまかれました。

 同様のことは現実にも超新星爆発などであるはずです。

『宇宙戦艦ヤマト』旧シリーズでは、イスカンダル星にはダイヤモンドの塔が林立していました。

 

 それ以外の金属、鉱山……「地球型惑星以外に鉱山はない」が事実ならば、その鉱山の希少性、言い換えれば目的とする鉄とニッケル以外の金属を精製することが困難であることが、多くの作品のボトルネックになっているのでしょう。

『マクロス』の機械は、そのボトルネックを破っていると思われます。

 

 エンジンを作る。これこそ艦船数を制限する根本でしょう。

 超光速航行に高精度の大型工業製品が必要な作品は『ヴォルコシガン・サガ』のシャフト、『銀河乞食軍団』の磁石などいくつかあります。それを作る工業力が、艦船数を制限しているわけです。

『スーパーロボット大戦OG』ではトロニウムが制限資源ですし、ブラックホールエンジンなどの超強力エンジン・砲の量産能力が低いことから全体の戦力が低く少数精鋭の活躍に頼ることになります。

 逆に、艦船製造が豊穣であることが、『ギャラクシーエンジェル』の〈黒き月〉、『タイラー』でアシュランに火星の自動造船工場を押さえられて実質無限の無人艦隊に苦しんだことなど多くの苦戦を作り出しました。

 

 

 子を産む。育て教育する。

 これは膨大な資源と時間がかかります。

 食物で、20年とすれば米だけとしても20石。3トン。中型トラックの荷台からあふれるほどの米。さらにそのための、農業用水と田畑はもっととんでもない。服のための木綿畑、教科書ノートのための木材を加えればもっと。

 20年という時間。時間がなければ作れない。20年もののウィスキーや木材のように貴重です。

 良質な親、もちろんその親の食料や水その他。教師。教育をさせる社会システム……治安を維持する警察、物資を供給する経済、皆殺しを防ぐ軍その他諸々。

 親、と言っているのは親のいない施設出身者を差別しているようです……が、現実に統計的には、施設出身者の収入は親に育てられた人に劣る。戦艦を作ることから評価すると低い……より多くの造船技師を作るには、親があるほうがいい。人工栽培できないキノコのようなものです。アメリカなどでは貧困地域の子の多くが軍の基準を満たさないことに苦しんでいます。もし教育を親や地域に頼らず国だけでできるなら、大きな戦力増強になるでしょう。

 加えて、医療水準によっては妊産婦・乳幼児死亡率が高く、多くのロスがあります。妊娠だけでも何か月も、母親の能力が大きく低下します……進化心理学、人類が進化してきた環境では重大なことです。もし有袋類や爬虫類から人類のような知的生命が進化していたら、そのあたりがどれほど違ったことか。

 さらに国家制度によっては、戦死したら遺族年金、障害を受けたら年金。何十年も膨大な給料。

 だからこそ奴隷貿易は、奴隷を繁殖させるのではなく新しく購入するのです。

 さらに質の高い、教育された技師や士官がどれほど高価なことか。

 特に軍では何年分も、衣食住の費用が積み重なるのです。本人だけでなく教える人も。

 現実現在でも、何百億円の最新鋭戦闘機より、そのパイロットのほうが高価であることは知られています。

 

 

 そのボトルネックを破る作品には何があるでしょう。

『タイム・シップ』のモーロックは、一種のレプリケーター、注文通り原子を積み重ねて好きなものを作る機械である床から赤ん坊が出てきます。

『エンダー』のバガーは、もともとアリハチに近い昆虫で女王が多く産卵し、しかも体内に通信があるので教育コストがかかりません。

『孤児たちの軍隊』の敵は、自我を持たないナメクジ状異星人を短期間で桁外れの数作り出します。

『都市と星』のダイアスパー人は、わずかな例外以外人格がコンピュータに保存され、創られた肉体に移植されて何年かしたら前世を思い出します。

 他にも『老人と宇宙』など多くの作品に、地球人とは繁殖形態が違う異星人が描かれています。本来それを厳密にやると、精神性がめちゃくちゃ異質になるので奥の深いSFジャンルになりえるのですが……

 わずかな違いで人類とは異質である知的生命といえば、『ネアンデルタール・パララックス(ソウヤー)』が思い出されます。

 

『ヴォルコシガン・サガ』の根幹に、人工子宮技術があります。両足が手と同じようであり無重力に適応した遺伝子改良人種と、両性人の間に、性も種族も注文通りの子を作れます。もちろんどんな不妊の両親でも子を産めます。

 ゴールデンバウム帝国も、原作完結後のフレデリカも、いやヒルダもミッターマイヤーももしかしたらアンネローゼも、『銀河戦国群雄伝ライ』の五丈も新五丈も、どれほど人工子宮が欲しいことでしょう。

 だからこそ、保守的なバラヤーはその技術も、それで生まれた子も許せないと怒り憎んでいます。

 

『断絶への航海』は播種戦に積まれたロボットが、冷凍受精卵から人工子宮で育てた子を世話し教育しました。だからこそ親が子に叩きこむ民族憎悪や偏見を持たない、地球人とは異質な住民が生じました。

 大人の人間に頼らず、大型兵器を運用できる子を「生産できる」ことの価値は巨大でしょう。

『火の鳥 復活編』、元ネタであるアシモフのロボット『ロビイ』など、ロボットが人間の子供と関わることの可能性と危険は恐ろしいものです。

 いや、人類に近い、少なくとも戦艦工場労働者になれるロボットを作ること、それ自体が人間を産み育てる手間をなくさせ、艦船生産のボトルネックを破壊するものです。

 

 人間にこだわるなら、人類の限界である12人程度の子を母の生涯に産ませ続け、さらにそのできるだけ多くを優れた技師・軍人に育てる。できるだけ妊娠中も仕事ができるようにし、育児教育を機械化する。そうすれば人口がどんどん増えて、より多くの戦艦を作ることができる……それに徹する作品は思い出せません。

 

 

 さらに人口と生産力が直接結びつくのは、「自己増殖性全自動工場」がない場合に限ります。鉱物の採掘、精製、艦船の生産……そしてそれをする自動工場全体の部品を作り自分と同じものを組み立てる。

 それができてしまえば、人間関係なしに実質無限の艦船を作り出すことができます。

 それを基盤とした宇宙文明は……『バーサーカー』タイプの戦闘自動機械がそれである可能性は高いでしょう。

『マクロス』ではプロトカルチャーの全自動工場のおかげでゼントラーディは戦い続けることができており、工場を手に入れたことで地球人も宇宙に飛躍できました。

『ギャラクシーエンジェル』の〈黒き月〉は短期間で、資源小惑星から多数の無人艦を作り出しました。

『時空大戦』では、地球人は自己増殖ができる自動工場は作り出し、主人公たち軍はそれを手に入れようと画策しました。しかし、それが指数関数増殖を始める前のタイムラグに猛攻を受けたため何度も敗北しましたが。指数関数は最初なだらかなのが欠点です。

『造物主の掟』も、性と心ができ普通の生物に近くなっただけで、基本的には「自己増殖性全自動工場」です。

 まあ、「人類の文明」と「自己増殖性全自動工場」は、艦船を作るというだけで見れば区別の必要はありません。

 

 

 より優れた穴掘り・採鉱機械。食料生産機械。自己増殖性全自動工場。自動教育装置。ロボット。ものすごい生物その他。

 それらがあれば、豊穣は得られる……少なくとも戦艦は。

 

 作劇上許されないにしても。逆にそれがあって、それでも物語を作れればより面白いでしょう。

 そして、本当にそれら、「物を生産する」だけで大艦隊を作れるのか……「心か物か」、心が、社会制度や人類集団の寿命が、どの程度艦隊を作る文明を制約していくのか。海軍は簡単には作れないし全滅したら再建に何世代もかかる、伝統が必要とも言います。

 

 あらためて。現実現在の人類こそ、ボトルネックを破り豊穣を得ることを、切実に必要としているのです。

 できるだけ多くの人にそれを理解してほしい。

 科学技術だけが、文明崩壊、人類ひいては地球生命の滅亡を防げるのです。

 現時点77億人に及ぶ人類の、数百万人を除いてガス室に送るのでなければ。いや、それをやったとしてさえも、何億年の時間で見れば巨大噴火や小惑星衝突で確実に人類は滅び、地球生命は地球が焼けた時点で終わるのです。

 ……科学技術は答えじゃない、という声も多いですし、日本のイデオロギーは左右問わず科学を嫌いますし、ネットでも科学は嫌われますが、それでも科学技術しかないと筆者は確信していますし、誰にも届かなくても言い続けます。

 滅亡が、文明崩壊が、膨大な餓死と食人が、地球生命と文化のすべてが無になることがいやならば、科学技術しかないのだ、と。




搾取と統治は次で。

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