目覚めたらそこはシシ神の森でした   作:もふもふケモノ大臣

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前回更新が…ほぼ2年前…!?
2年ならアウトでしたが、でもまだ2年には5日ばかり早いからセーフという理論を展開してセーフです。よかった。

ランキングに他の方のもののけ姫SSがあって嬉しくなってちょっと復活できました。
もっともののけ姫ふえろー。






前に投稿した時は次回3連続更新をすると言ったな?あれは嘘だ。(シュワ)

申し訳ありませんが次回更新は未定です。
またのんびりお待ち下さい。


アシタカとサン

アシタカヒコは年若くして優れた狩人であり戦士だった。

彼の血筋は、京の公家や世間一般の人々が持つ〝高貴〟のイメージとは少し違うが紛れもなく由緒正しき血統だった。

彼の一族は大和一族との勢力争いに敗れ、日ノ本を段々と東へ北へ追いやられた者達であった。

東北に追い詰められた後に大戦士アテルイが決起し、大和国へ痛打を食らわせたものの偉大なる戦士は武運拙く敗れ死んだ。

そのアテルイこそが彼の祖先であり、アシタカヒコはその直系唯一の男子だった。

 

今、そのアテルイの子孫達は東北ではなく、なんとかつて追われた本州は西方…宿敵大和の本拠を通り越して、中国山地を包む日ノ本最後の真なる聖域・シシ神の森に住処を移していたのだから驚きだ。

他の流浪の民らもそうであったが、彼らエミシの一族がこの地に来た理由は今より200年程前、シシ神の森の大犬神が大陸の侵略者を打ち破ったことに起因する。

 

古代、大和一族に敗れ、各地に散り散りになり、潜み、歴史の表舞台から姿を消し、人々の記憶から消え果て、そして血も力も衰えて滅ぶ運命にあった彼らは、ヤマタノオロチの化身が再び世に現れた事実に挫けつつあった意気が刺激され奮起した。

大和一族の主神に滅ぼされた筈の古代の自然神が犬の姿となって黄泉より還り、現代日ノ本を牛耳る大和の民をてんやわんやさせているのだという。

零落したまつろわぬ民達からすれば、何とも痛快でこれ程愉快な事はない。

それでいて、大陸からの外敵も退けていて大和の民からさえ信奉を受けるようになってきているとのこと。

今もなお霊威と神威を高め成長しているオロチの化身たる犬神は、諸外国からもその姿を消しつつある、真の実行力と介入力のある古き御代の最後の一柱として大陸でもその名を知られ始めているのだと、シルクロードを通ってやってきた異国の行商人が言っているとかなんとか…そういう話を明国で聞いた倭寇がいるらしい。

 

曰く、

「遥かなる東方、黄金の如く輝く毛色をした犬神が治める島国ジパング。

人間が台頭し、神々を蔑ろにし排除している時代にあって、ただ一柱、絶大な神通力と武力で驕れる人間に神と自然の〝畏れ〟を教える肉体持ちし現神(うつつがみ)

彼の柱の毛皮を傷つけることは人間の〝科学力〟をもってしても不可能で、科学の結晶たる鉄砲(石火矢)も火薬も跳ね除け毒も喰らってしまうというのだ」

そう呼ばれている。

 

これは余談だが…

そういう話がシルクロードを伝い、西方にも伝わると、その事実の不都合っぷりに困り怒ってしまう人々がヨーロッパと中東には多くいて、そういう事が遠因で一悶着起きまくって、歴史に名を刻む英雄ティムールがチンギス・ハンと蒼き神狼の子孫を自称して東方の神の為とか称して本来の歴史よりハッスルして西方諸国を粉砕しちゃって大変な事になったり、東ローマ帝国がその余波でわちゃわちゃとなったり、オスマン帝国も巻き添え食っててんやわんやしたりらしいが極東の犬神には関係ないので置いておく。

 

 

 

そんな西方諸国が大いに荒れティムールらが活躍した100年程後…日ノ本に生まれたアシタカヒコにはアテルイの…エミシ一族の首領の血だけでなく、彼の父祖達がこの地で行った婚姻同化政略によって他族の首長の血も流れていた。

しかもアシタカヒコの母は、まつろわぬ民同様シシ神の森へ逃げてきた歴史の敗残者…南朝宮方一行の中にいた名将の血を引いていた。

即ち、楠木正成である。

まつろわぬ民の連合勢力の若き首領は、英雄アテルイと各一族の歴史に隠れた戦士達…そして楠木正成の血を引くサラブレッドが爆誕していたのであった。

後世の歴史家が満場一致で「盛るのもたいがいにしろ!」と叫びたくなる程の、国民的少年漫画もまっつぁおの血統主義マンがアシタカだった。

祖先の家系に変更点があったらアシタカが生まれないとお思いの賢明なる読者諸兄諸姉もいるだろうが、それはセワシくん理論で解決できるのは偉大なる青狸が22世紀で証明するので問題はない。

 

そんなアシタカの家系図を辿っていくとそれはもう愉快な事になる。

歴史書が30冊ぐらい書けそうなぐらいだ。

そんな先祖達の血が彼の優れた天賦を刺激し更に覚醒させたようで、彼が秘めたポテンシャルはキュロスやアッティラ達大陸の歴史的英雄にも負けず劣らず。

そんな和製バイバルスか光武帝かアレキサンダーかという(スーパー)アシタカヒコと化した彼がシシ神の森近辺に住み着き守護をしだしたものだから、本来辿るべきシシ神の森の…『もののけ姫』たるサンとそれを取り巻く運命は大きく捩れることになるのだった…。

というより既に、世捨て人的なシシ神とは別に、バリバリに地上に介入してくる(本犬にその気があろうとなかろうと)ガチ神が森に住み着いている時点で運命は大いに捻れまくるのだった。

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

その日、アシタカヒコは一族最年長である巫女のヒイ様に召喚されて、巨大な樹木の中に自然と出来た空洞(樹洞)と、巨大な枝を利用して造られた樹上の祈祷宮殿へとやってきていた。

血統のサラブレッドであり、エミシ一族の未来の族長であるアシタカヒコといえども、ヒイ様の前では畏まる。

 

「お呼びでしょうか、ヒイ様」

 

老婆は皺深いとはいえ、凛とした佇まいと澄んだ空気を纏う美しさを持っていた。

気高い老女の美しさは玉のようでさえあり、加齢という名の研磨でより強く美しく輝いて見えた。

 

「アシタカヒコや」

 

「はい」

 

「最近、森に近づく不吉な影があるのを、お前は気付いているだろうか」

 

「はい。存じております」

 

ヒイの気高さに負けぬぐらいに気品溢れる若者、アシタカヒコは静かながら力強く頷いた。

ヒイも頷き、そして手にする石や玉を無造作に紋様刻まれし呪布の上に優しく投げれば、石と玉はデタラメにぶつかりあう。

石の軌跡をヒイはじっと視た。

そのデタラメさの一つ一つが、ヒイの目には万事に繋がる予知に他ならぬ。

 

「東と西より災いが来る。不吉な予兆だ」

 

ヒイのこうした(まじな)いは、神域に永く住む一族の中で特段、巫女として選ばれ永く生きた彼女なだけあって真に強く呪力を持つ。

玉が不気味に光ってヒイの言葉に反応していた。

アシタカヒコにもまた不可思議な力が宿っているが、彼はそういった霊的な力よりも手下(てか)の者を使っての情報収集によって東西の災いに当たりをつけていた。

 

「心当たりはございます。東の大和一族の長…ミカドが永楽長寿を望み、シシ神の森に目をつけたという噂は私も耳にしました」

 

東方からの災いはそれであるとして、だがアシタカヒコには西方よりの災いにはまだ合点がいかない。

これより西といえば当然、筑紫洲(九州)と海である。

(海より災いが来る…ということか)

ヒイと言葉を交わしつつも、アシタカヒコは回転の早い思考を鋭く巡らせる。

 

「愚かなことよ。人には過ぎた望みじゃ」

 

「まことに」

 

ヒイは柔和な顔を少し悪童じみたものに変えてクスクス笑う。

 

「それに可笑しい話だ。永楽長寿を望むなら、都と権勢を捨ててこの森に住めば良いのだ。

シシ神の森で、シシ神とヤツ神に仕えていればその望み…直ぐにでも叶うというのにな」

 

アシタカヒコもヒイと似た笑顔を浮かべて頷きながら笑った。

 

神の力が溢れるシシ神の森は、その周辺に住まうエミシ一族にも恩恵を与えてくれている。

この森と、そして近場に住む者はどのような疫病にもかかった試しがない。

疱瘡も労咳も、赤斑瘡、消渇、はしか、はやり病、血の道、中風、癩病…一切の病から解き放たれるのだ。

長寿とて、犬神の長たる『ヤツ神の大君(やつがみのおおきみ)』に幸運にも面会叶い、そして更なる幸運でもってその吐息を浴びる事叶えば成就する事。

自然の摂理のままに命を与えも奪いもする絶対の死の神・シシ神と比べると、ヤツ神は人間への深い理解と慈悲を持った柱といえた。

だが、それ故に一度怒れば荒々しさも凄まじい。

シシ神は怒る事も無く、〝敵〟を見定める事も無いし、むこうから襲ってくるという事もない。

だがヤツ神の怒りをひとたび買ってしまったが最後、執念深く積極的に破壊と殺戮を求めて必ず〝敵〟を追い詰め滅ぼす。

それは数百年前の元寇を見れば一目瞭然だろう。

エミシ一族の使命は、もちろんシシ神の森の守護ではあるが、実はシシ神の森の真の守護者たるヤツ神の怒りを、無闇に外界の人間が買わぬようにというものもあるのだ。

シシ神の森を人間から護ると同時に、外の人間達を神々から護る自然と人類の調停役…それがエミシ一族であった。

樹木に住み、神々と精霊と共に生き、神気を浴びて生きている為に長い寿命と健康…そして強い肉体を持ち、自然と心通わし不可思議な力も持つ………………まんまエルフであった。

極東の島国にジャパニーズエルフが誕生していたのも、これも全部ヤツフサって犬が悪いのである。

 

アシタカは神妙な顔になってヒイに問う。

 

「ならば、いつものように森の境で脅しをかけてきましょう」

 

人間が不穏な動きを見せるたび、アシタカは年長の森の戦士達を部下として率いて矢をいかけたり、不気味な森の声を演出して姿を見せずに警告をしたりして人間達が森を切り開こうと等と思わぬよう仕向けていた。

今回もそうすれば解決できると思っていたが、しかしヒイは首をゆっくり横に振った。

 

「今回はそううまくゆくまいよ。都のミカドは病と老いに苦しんでいると聞く。

故にシシ神の首を求め、そして同時に地侍を取り込むための恩賞…領土を得ようという算段なのだ」

 

「ミヤコビト特有の争いでございますね」

 

「そして、まだ一つ…ミヤコビト達の懸念がこの森にはある…そなたは知っていような」

 

「サン…もののけ姫の事」

 

「そう。誰よりも神々の側で生きる、現人神たるもののけ姫…その血筋が今のミカドにとって看過できぬものであると、どこでどうしてか…奴らは知ったようなのだ」

 

アシタカの顔つきが変わった。

幼馴染たる森の聖姫(サン)の命が、ミヤコビトに狙われるという事だ。

当然、サンの父であるヤツ神も娘を護るために生半可ではない抵抗をするだろうから上方の軍はヤツ神の命も狙うだろうし、ミカドが長寿を望んでいるならシシ神の首すらも狙っているということだろう。

エミシ一族にとって、そのどれもが()()()()()()()()()()()許し難い所業だった。

そしてアシタカ個人としてもサンを狙う者は許せない。

 

 

 

 

 

―――

 

――

 

 

 

 

 

 

アシタカが子供の頃…エミシの長の血を引く唯一の男子として、アシタカは親の手に引かれて森の主へと挨拶に出向いた事がある。

シシ神の座所に向かったものの、シシ神とは自由奔放な神でありその姿を見ることすら通常、叶わないと父からも祖父からも曽祖父からも聞かされていた。

だからシシ神の森の主に面会を望むものは皆、代理の神…つまりシシ神と極めて親しい神である〝八尾の大山犬〟ヤツ神…ヤツフサの大君へと挨拶をする事になるのは自然な流れであり、今では一種の習わしとなっている。

シシ神へ目通り願うという名目で、実質は皆、ヤツ神に面会する事を望み彼の神に供物を捧げ言葉を交わし約定を定めるのだ。

 

「お、おはつめおめにかかりまする…わがなはアシタカ、ヒコ。その…こにょたびは…あぅ」

 

緊張する年少のおのこに両親は落ち着くよう促すが、目の前にどっしりと座る大きな大きな白い山犬の威厳を目前にすれば、子供に慌てるなという方が難しいだろう。

未来の完璧超人といえど、今は未だ童子であるから仕方がないことだ。

あどけない少年…アシタカヒコは深呼吸して落ち着きを取り戻そうとしたが、それでも動悸は激しくなるばかりで肺の中の酸素が足りなくなってくる。

小さき少年の眼前で山のようにそびえていた白い犬が、無表情な顔を破顔させた。

 

「フッ、ハハハ。ソウ怯エルナ…小僧。別にオマエをとって喰イハシナイ」

 

しかし歯を剥き出して笑うドデカイ犬は怖い。

しかも最近のヤツフサは青白い霊験あらたかなオーラがふわふわと毛皮に纏っているから余計に威厳があった。(見た目だけ)

今のように一言二言しか喋らぬ時は、充分に神の威厳があるのだからまだ幼稚園前後の年齢のアシタカヒコには怖い存在だ。

ちなみに妻であるモロからは三節以上は連続して喋らぬように言われている。

 

「あ、あの…その…」

 

本犬は優しげに笑ったつもりだったが、アシタカはやはりまだ落ち着けぬでいた。

そんな時、ひょこっと可愛らしい少女がヤツフサのもふもふな尻尾から這い出てきたのだった。

 

「え」

 

アシタカは目を点にする。

同伴していた両親もだ。

ヤツフサは「こらこら」などと言いながら八つの尾を堪能する幼い少女を鼻先で尻尾のもふもふの中に押し返そうとしていた。

 

「サン、父さんは大事な話ガアルノダ。出てきちゃメッ、ダゾ」

 

「とーさまー サンは おなかがへったし ひまです」

 

「…ヌ」

 

幼い少女は人でありながら偉大なるヤツフサの君を父と呼ぶ。

呆気にとられてアシタカも、アシタカの両親もその様子を見守る。

 

「ムゥ…オレサマちょっと困ッタ…ここには息子達もモロもイナイ……………………おっ、ソウダ!!(閃き)

アシタカと言ったナ…じゃアまず年齢を教えてくレるカナ?(野獣インタビュー)」

 

「え…ぇえと… いつつ です」

 

アシタカはとっさに答えたが、何やら妙な流れに乗せられた気がした。

良くわからないがさすがは神様だな、と幼い少年は思った。

脳味噌の深淵まで獣神に染まって人語もちょっとたどたどしくなっているくせに変な所で遠い昔に二本足生物だった頃の唾棄した方がいいどうでもよすぎるメモリーを記憶の棚から引っ張り出してくるケモノ。

ひょっとしたら汚いメモリアルが魂にでもこびりついているのかもしれない。

 

「モウ(森の護手として)働イテルんダ、じゃあ」

 

「みならいです」

 

「アッ…(察し)ふーん(納得)」

 

ジャア娘ト遊ベンジャーン、という良くわかんない神の国方言?だろうか。

とにかく独特なイントネーションの言葉を続けて発したヤツフサの君は娘をアシタカへと押し付けた。

そんな言葉を神の国語と思われたらたまらん、とどこか遠くでシシ神が憤慨しそうだがそんな事はヤツフサの知ったことではないのだ。

長く喋るとヤツフサはいつもこんな感じになってしまい、ヘンテコな昔の記憶に汚染された言葉をぽろぽろ吐き出すからモロに「三節以上の長文会話はよしておけ」と禁止されるのは当然であった。

神威が薄れるからしょうがない。

 

 

子供二人がキャッキャと遊ぶ中での未来の族長の顔見せが進行し、そんな事は無礼なのではないかと凄まじく心配するアシタカの両親の杞憂も何のそのでヤツフサは生暖かい目で童子二人を見守っていたのでなんだから知らんがヨシッ!という事になった。

二歳差の二人の相性は中々よろしくて、その日だけに留まらずそれ以後も二人は元気よく森で遊ぶ仲になっていく。

片や族長の一粒種。

片や現役の神様の義娘。

そんな両者の生まれと立場もあって、他の同世代の子らに距離を置かれていたアシタカとサンはめきめき仲良くなったのだ。

 

 

サンは、ヤツフサとモロの娘であり、確かな愛情を受けて育ってはいたものの、その立場はと言えば微妙であると言わざるを得ない。

シシ神の森で大勢力を誇るヤマイヌの一族…その親兄弟から愛をもって接されてはいるが…。

親犬、兄弟犬らが側におらぬ時…たとえば賢き故に真実をズバリ言うショウジョウ達からは辛辣な言葉を浴びせられることもあった。

 

「山犬ノ姫。オマエ 変。ニンゲンノクセニ ナゼ 山犬ノ娘 ヤッテイル」

 

「なんだと!?ショウジョウたち!もりのけんじゃであろうとも ヤツフサとモロのむすめの このあたしに そのぶれいはゆるさぬぞ!」

 

「サン ヤツフサ ト モロの娘 違ウ。オマエ ニンゲン。森 壊ス ニンゲンノ娘」

 

「まだいうか!」

 

「毛皮 ナイ。尻尾 ナイ。オマエ 2本ノ足デ歩ク。山犬 違ウ。オマエ ニンゲン」

 

「へんなことゆーな!とーさまだってたまに2本の足であるいてるぞ!!」

 

「ヤツフサ 特別。普通 山犬 2本ノ足 歩カナイ。オマエ 特別違ウ。オマエ ニンゲン ダカラ」

 

「やまいぬのいちぞくは その気になれば2本の足であるけるんだ!!だからあたしもやまいぬのいちぞくなんだ!!!」

 

「毛皮ナイ」

 

「…こ、これからもっと けぶかくなるんだ!」

 

「尻尾ガナイ」

 

「これからはえる!かーさまだって わかいころは シッポが 1本だって!そういってた!!」

 

「サン ニンゲン。オマエ イルト ニンゲン デ シシ神ノ森 汚レル」

「ニンゲン 帰レ。森カラ出テイケ。森ニ ニンゲン イラナイ」

「森 護ル ニンゲン。エミシノ一族ダケデイイ。オマエ エミシ違ウ。エミシ違ウ ニンゲン 汚レテイル」

「汚レタ血。汚レタ ニンゲン 去レ!出テイケ!」

 

口論は、やがて高い木々に集い出し増えたショウジョウ達によって多勢に無勢となる。

言い返す暇もなくなって、たまりかねた幼いサンは涙を堪えて真っ赤な顔で怒った。

そして怒りつつ、野生育ちの身体能力で、木の幹を少々覚束ない足取りで駆け上がると、手にした棒きれを槍代わりにショウジョウを追いかけ回すのだ。

しかし、木々の移動が本分の賢猿ショウジョウからすれば、たとえ天賦があり鍛えられているとはいえ、まだまだ未熟極まる幼いサンなど正しく赤子同然。

するすると避けて散って、周囲から石つぶてや木々の切れ端を投げつけた。

 

「つっ!…っ!こ、この…!」

 

「ニンゲン 凶暴!ニンゲン 去レ!」

「オマエ 汚レタ ニンゲン!シシ神ノ森 汚ス!」

「ヤマイヌ ナレナイ!オマエ ニンゲンダカラ!」

 

「だ、だまれ!だまれぇ!」

 

堪えていた涙が幼い少女の頬を伝う。

投げつけられる様々な投擲物を、サンは涙ながらに必死に棒の槍で切払っていくが、幾つかの小粒な投擲が少女の柔い肌を傷つけていく。

 

「っ!あっ!」

 

大きめな石がサンの手を強かに打って、身を守る(棒きれ)を失ったサンに次々に礫が投げられた。

モロの乳で育っただけあって、並の人間より既に強い肉体の少女であるから致命傷とならないものの、それでも肌は打ち身と擦り傷で痛々しい。

涙は既に一筋漏れてしまった。

だから、これ以上はどんなに痛くなって泣くものかと少女は誓って歯を食いしばった。

 

そして、そんな時だ。

 

「我ガ娘ニ何ヲスルカ!!!無礼ナ猿ドモメ!!!ソノ腐レタ頭ヲ噛ミ砕イテヤル!!!!」

 

大音声がシシ神の森に響く。

風のように現れた白い巨体。

ぬぅっとサンと礫の間に割って入った巨体は、サンを八つの尾で絡め取り抱きしめると、そのまま猛って木々を猛然と登る。

 

「ワァァァ…!?」

「ヤツフサダァ!」

「オレ 違ウ!オレ 山犬ノ姫 イジメテナイ!」

 

蜘蛛の子を散らすように逃げていくショウジョウ達。

それを巨大な山犬…ヤツフサは、逃がすこと無く一匹また一匹と痛めつけていく。

頭を噛み砕く、とは言ったものの流石に本当に殺しはしない。

彼らショウジョウとて本来は尊き森の賢者だとヤツフサは知っている。

最近は、シシ神の森の外…日ノ本各地で森が失われはじめている事に気付き人間に対して警戒を強めている事から、このようにサンを排斥しようという個体がでたらしかった。

賢いが故に外の様子に気付き、そして賢い故に元凶を知っている…故あっての排斥行為であった。

 

「許シテ!ヤツフサ オレ 違ウ!ウワァァァァ、ワァァ!」

「ギャアアアア!」

「痛イ、痛イ!ヤメテクレ!」

 

ショウジョウ達は砕けぬ程度に噛まれ、千切れぬ程度に大きく鋭い爪を振り下ろされて、サンをいたぶっていた一派は為す術もなく泣き叫ぶ。

十数匹のタカ派のショウジョウ達は、全員があっという間に叩きのめされた。

そして、ボロボロの体を引きずって這々の体で逃げていくショウジョウ達に向かってヤツフサは言う。

 

「愚カナ考エに走ルナ、猿ドモメ!!次ニ愚カナ行為に走れば、今度コソ我ガ牙は貴様ラノ首ニ届くぞ!」

 

それは警告だった。

どんな者にもまずは警告を与える。それが山犬の一族であった。

森の仲間であろうと、外界のモノであろうと、まずは対話を試みるは人語を操る神の本能とも似たものだった。

地上唯一の積極的神であるヤツフサだから、こうした調停者としての役割も周囲から期待され、そしていつの間にか彼も周囲の期待に自然と応えた。

とぼけた犬神だが、こういった時には()()()()()()のだった。

 

フン!と鼻息荒く、逃げ去るショウジョウ達を見送ったヤツフサは、このまま娘を尻尾に包んだままにモロの待つ巣穴へと帰る。

そして、ようやく尻尾に隠した愛娘を尻尾の帳から解放してやるのだった。

サンの体中の傷は、ヤツフサが慈愛をもって神気豊かな尻尾で包みこんだ事で、もはや大半が癒えている。

擦り傷と打ち身程度の軽傷だからこそ、こうも短時間で癒えたのだが、それにしても恐るべき神通力である。これが現役神の神威であった。

 

「お帰りヤツフサ。…サンの匂いもする。その丸めた八つ尾の中かい?」

「オ帰リ父様、サン」

「今日ノ肉、オレガ仕留メタ。父様、褒メテ褒メテ」

 

出迎えるモロと、そしてタロウとジロウ。

仕留めた獲物を娘が食べやすいように細かく千切っているのは母山犬のモロである。

母の声が聞こえたせいか、父の尻尾の中で涙を堪えて鼻をすすっていた幼いサンは、勢いよく尻尾から飛び出して母の首元へと飛んでいった。

 

「おやおや、どうしたんだいこの娘は」

 

涙を必死に我慢していた娘は、温かに出迎えてくれた親兄弟の温もりを受けて、とうとう涙の堰が切れた。

 

「う、うぅぅぅ、ひっく、ぐす…えーん!かーさまぁ、とーさまー、タロ、ジロ!!」

 

泣きながら母のふかふかな首元に飛び込み、そしてもこもこ毛皮にしがみつく。

 

「ド、ドウシタ、サン!?まだドコカ痛むか!?クソっあの猿ドモ!ヤッパ全員噛み殺してクルカ!?」

 

泣き叫ぶ娘をゆったり受け止めるモロと違い、慌てて娘に鼻を寄せるヤツフサ。

どうやら威厳ある犬神モードは終わって、いつものとぼけたデカイ犬に戻ってしまったらしい。

慌てるヤツフサが漏らした言葉と、そして珍しく泣き叫ぶ娘を見てモロはどうやら察する事ができたのは、さすが何十匹もの子を生んだグレートマザーである。

あわあわする父の問いかけに、娘はぶんぶんと首を横に振る。

 

「ショウジョウが あたしに けがわ が ないっていったの!」

 

「エ?」

 

予想と大分違う娘からの返答に、ヤツフサはすっとぼけた顔となっていた。

娘はなおも必死に言う。

 

「しっぽもないって!!」

 

ヤツフサは首を傾げた。

 

「……(アタリマエジャン)」

 

「…ねぇとーさま!あたしも…やまいぬのむすめだから けがわ も しっぽ も とんがったみみも!はえてくるよね?」

 

「……(生エナイけど…アデラ○スでもスーパーミリ○ンヘアーでもアートネイチ○ーでも無理ダケド…)」

 

とぼけた夫の表情を見て、口を開きかけたヤツフサの口を前足で押さえ込んでモロが代弁。

 

「おやおや…そんなことか、サン。

おかしな事を聞くものだ。お前は人間だ。だから毛皮は生えてはこないよ」

 

「っ!!!」

 

ショックのあまり固まったサン。

そんな娘にモロは優しく、しかししっかりと言い聞かせた。

 

「馬鹿な子だねぇ。そんな事ぐらいで泣くのはおよし。それに、私達が山犬で、お前が人間であろうと私達が親子である事に変わりはない」

 

「…あ、あたし…や、やまいぬじゃ、ない、の…?」

 

「お前は山犬の子だよ、サン。でもお前は山犬ではない…人間だ。

それはお前もわかっていただろう」

 

突きつけられた現実。

だがサンとて、モロの指摘通りそんなことは頭の片隅で分かっていた事だ。

自分と親兄弟の姿は似ても似つかぬ。そして、時たま森の中で見かける森の守護者(エミシ)達の姿は、自分と全く同じ構造で猿ともショウジョウとも違うスムーススキン(毛無し族)なのだから。

だが、それでもサンは家族と同じ種族であると思い込みたかった。

 

「いやーー!あたし、とーさまとかーさまと同じ やまいぬがいい!

タロ、ジロと同じやまいぬがいいの!!ニンゲンなんて やっ!」

 

「おやおや…困った子だね」

 

モロの言葉と表情はどこまでも優しい。

泣く我が子の涙を優しくベロで舐め取り、毛繕いをするように愛情を示す。

ちなみに…動物の口の中は御存知の通りとっても臭いが、モロの口は臭くない。

気を使ってケアをしているのかもしれない。

ヤツフサは口臭い。

将来、「パパ口臭いっ!」と娘に言われる日が来るかもしれない。

 

「…ド、ドドドドウスルンダ、こんな泣カセちゃっテ…あわわ、あわわわ」

 

妻の前足に封印されていた口を、身をよじよじして解放したヤツフサが軽くパニクりながら言った。

 

「ヤツフサ、いったい何匹子育てをしてきたんだ、お前は。

童が泣いたぐらいで動揺するでないよ」

 

「デモ、サンはたった一人のニンゲンの娘で体弱いシ(ヤツフサの個犬的見解)…今までの子とは全然違ウシ………アッ!ソウダ!(閃き)」

 

「…(また余計なこと思いついたね、この夫は…)」

 

「サン、泣キヤムノダ」

 

「うわーん!」

 

「泣キヤンダラ毛皮アゲルゾ!」

 

「うわーん!うぅ、うう…ぐすっ、……ほんと?」

 

「ホントダトモ!よーしパパがんばっちゃうゾっ。ふんぬっ!うグッ!?アイテテテテッヤベッコレ思ッタ以上ニメッチャいたぁい!?」バリバリバリバリ(自分の生毛皮剥ぎ)

 

「ぎゃーーーーー!!!!??とーさま!!!?」

「父様ッ!!?ゲェ!?」

「ナニシテイル父様!?」

「ヤツフサ!!!!?」

 

「オレサマの最高の毛皮ヤルゾ!」血ダラダラ

 

突然の凶行!

自宅で父が自分の生皮を剥ぎだしたら誰だって驚く。

モロも、そして事態を見守っていた末の息子二匹(タロウ、ジロウ)も目玉が飛び出そうな程驚いたのは当然。

タロウとジロウは飛び上がって「キャイン!!!???!?!」なんてつい普通の可愛いワンコが如く叫んでしまったのはご愛嬌だ。

勇敢なタロウとジロウでさえこうだから、末娘はギャン泣きである。

どんなホラー映画でも聞けないぐらいのギャン泣き叫び。

ヤツフサの犬生初の大ダメージは自分の爪と牙による自傷というこの結果(ザマ)

神の無敵の毛皮の鎧を貫くのは、神の無双の爪牙であった。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!!とーさまごめんなさいぃぃぃぃ!やだ、やだやだ死んじゃいやだー!!わがまま言ってごめんなさいぃぃぃぃ!」

 

「エェェェ!?モット泣イチャッタ…!神の生皮はメッチャ喜ばれるってハーシーン(デイドラロード)も言ッテタノニ!ド、ドドドドド、ドウシヨウ、モロ!オレ、何失敗シタ!?」

 

「全てが失敗だ、この馬鹿!なんて奴だよお前は!お前にそんなこと教えたその馬鹿(ハーシーン)は誰だ!!?早く止血をしろ!!タロウ、ジロウ、薬草をもっておいで!!」

 

「「ワウ!」」

 

「ハーシーンって言ウのは、えーット、確か…ざ・えるだーすくろーるずシリーズの…12柱の神様で…?あれ?13人ダッケ?何セ昔ノ事で…ちょっと待ッテ、今思い出スカラ」

 

「また高天原の神か!?お前の昔の友人はろくな奴がいない!」

 

「イヤ、唯ノげぇむデ…」

 

「いいから安静にしているんだよ!!」

 

「わぁーーーんっ!!!とーさまーーーっ!!ごめんなさいぃぃぃ!!」

 

こうしてサンは犬神の毛皮をゲットしたのだ。

ヤツフサの折檻と、そして神の毛皮を身にまとうサンを見て、以後ショウジョウ達もサンを汚れたニンゲンと言うことは無くなり八方丸く収まった(?)のだった。

わがままを言うとろくな事ないと教えつつ(壮絶なトラウマをサンに残しつつ)も、同時に極上の肌触りと防御力を誇る毛皮をプレゼントとしてショウジョウからのイジメを癒やすという高等教育(?)にヤツフサは自画自賛したという。

 

と、まぁこんな幼少期を過ごしている中で、サンは運命の人と出会うことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

♥~~――二人の甘酸っぱいファーストコンタクト編――~~♥

 

「わがなはアシタカ。ひがしのはて(子供の体感)の村よりこの地にきた。そなたはシシ神のもりにすむときく古い女神か?…女神でございますか?」

 

同世代の少女だから思わずタメ口が出てしまった少年は平静を装いつつも急いで言葉使いを直す。

 

「…され!」

 

アシタカ少年の目をジーッと見た後に、サンはササッと親犬の白ふかふかの陰に隠れる。

だが、隠れた少女は親犬の鼻先にやわやわ押されて、ちっちゃい体をコテンッと白い巨体からまろびださせてアシタカの前へと再度戻ってくるのだ。

 

「小僧、娘は照れてオルノダ。そう悲シイ顔ヲセズニ娘と遊んデヤッテクレ。俺ハ忙シイ」

 

親犬(ヤツフサ)はそう言うとアシタカの両親の方へ向き直って、それきりずっとアシタカの父と母の奉納神楽やら儀式やらをボーッと鑑賞しており、ボーッとしているがこれも立派に神の役目だった。

傍から見れば真面目な顔でそれら儀式を見つめ、受け入れているように見えるヤツフサだがその実あくびを噛み殺すのに必死である。

それはそれとしてサンとアシタカだ。

少年は、主たる神様犬に言われたので引き下がる事無く少女にまた声をかけた。

 

「そなたは…美しい――ですね」

 

「っ!?」

 

アシタカが内心で「よし、今度はちゃんと丁寧に言えたぞ」と鼻息荒く自画自賛している。

サンはもちもちほっぺを赤くしている。

 

「う、うつくしいって おまえ いみ わかって言っているのか!?」

 

「それぐらいわかっている」

 

「はじめて あったばかりで いきなりそんなこと言うやつは おんなったらしだって 母さまは言っていたぞ!おまえ おんなったらし だな!?」

 

「…おんなったらし?って…どういういみなのだ?…ですか?」

 

「そんなことも知らないのか おまえ!ふふん バカなんだな おまえ!」

 

「む」

 

「おんなったらし っていうのはな…メスにだらしないオスのことだ」

 

「…?メスに…だらしない?」

 

「そうだ」

 

「だらしないっていうのは なまけたり みなりがきたなかったり…よるおそくまでおきていたり、あさねぼうしたり…そういうことであろう?」

 

「ふん。あたりまえだ。そういういみだ」

 

「じゃあ…メスにだらしないっていうのは メスにあうとだらだらしてしまう… そういう人のことか?」

 

「…そ、そーいうことだ」

 

あれそうだったっけ、と幼い少女は思ったが意地っ張りで誇り高い彼女は勢いのまま突っ走るきらいがある。

変な所で父に似ていた。

 

「じゃあ わたしはちがうぞ。わたしは おんなのひとにあったって なまけたりしない。

むしろ 母さまの前とかカヤの前だと いつもよりも いっしょうけんめいになる」

 

「…わたしがまちがってるって言うのか!?おまえ ぶれいだぞ!ニンゲンのくせに!」

 

「そなたもにんげんだろう?」

 

「わたしはヤマイヌだ!」

 

サンの言葉にアシタカは思い切り怪訝な顔となり、そしてその直後ににこりと笑った。

 

「ええ?あははは そなたはにんげんだよ。わたしとおなじ にんげんだ」

 

少年の朗らかな笑顔にサンは幼い乙女心をドキリとさせたが、ポッと赤くなりかけた顔をぶんぶん振って霧散させて、そして大きな声でアシタカに言い返す。

 

「わたしを ぐろうするな!この毛皮をみろ!ヤマイヌのあかしだ!父さまが すごく痛いおもいをして わたしにくれたんだ!だから わたしはこの毛皮にちかって ヤマイヌなんだ!」

 

サンは自分の体をすっぽり覆い尽くす真白い毛皮を、小さな手で握りしめながら叫ぶように言った。

一瞬、サンはとっさに父の胸元を見る。

よく見ればそこの毛皮の色艶が少し違う事に気付くだろう。

不死身かと思える程の生命力で回復し、再生したヤツフサの毛皮であるが、しかし左胸の毛皮は生まれて日の浅い〝若い〟毛皮。

その若い毛皮が、裂けた胸元を覆うように生えていた。

並の人が見れば気にもならぬそれであるが、モロやサンからすれば見るからに痛々しい、何とも生々しい傷跡であった。

 

サンが大きな声を出したことに、あちらの方でヤツフサに神楽やらを披露していたアシタカの両親もぎょっとする。

「息子が非礼を!」とか叫びつつ飛ぶように駆け出し、息子に近寄ろうとして…そしてヤツフサに制止される。

ヤツフサは親バカ駄犬ではあるが、娘の成長を願う一個の親でもある。

たとえ血が繋がっておらずとも、もはやヤツフサとモロにとってサンは紛うことなき娘。

またモロからすれば己が乳を与えたのだし、ヤツフサからすれば己が皮を引き剥がし与えたのだから、間違いなく血肉を分け与えた仲だ。

腹を痛めて生んだ以上の、種族を超えた確かな絆が既にそこにはあるから、ヤツフサは何も心配していない。

むしろ同世代の、同じニンゲン同士の交流は娘を成長させるだろうとすら思う。

 

少女の言葉と表情に真剣なものが強く宿るのを見て、アシタカ少年は笑うのを止めた。

べつにバカにする笑いではない。とても爽やかで優しい笑みであったが、それを受け取った相手がどう思うかは別問題だと、少年は既に理解していた。

 

「…ごめん。わたしは…そなたを ぐろうする気はなかった。ゆるしておくれ」

 

気持ち昂ぶるサンの目にはうっすら涙すら溜まる。

この少女は少し短気で癇癪を起こす気質らしいと、幼いながらも帝王学じみた教育を受けている未来の族長である王子は見抜いたが、素直に頭を下げたのは神の娘である少女を怒らせてはいけないなどという打算ではない。

アシタカヒコの真っ直ぐで優しい心根が、少年の頭を躊躇なく下げさせていた。

そして、頭を下げられてはサンとてモロの薫陶を受けた神の娘だ。

少々短気ではあるが、大器の持ち主であった。素直にその謝罪を受け入れる。

決して、アシタカヒコという少年だから許してやるわけじゃない…神が守護ってやらねばならぬか弱き人間だから許してやるのだとサンは自分に言い聞かせた。

 

「ふ、ふん!気をつけろよニンゲン!わたしは やさしいから ゆるしてやる。けど!こんかいだけだぞ!」

 

やわらかほっぺを膨らませてプイッとそっぽを向くサン。

ヤツフサは、視界の端で娘の愛くるしい姿を見て頬を緩めて儀式鑑賞の眠気を退散させるのだが、そんな事はこの際どうでもいい。

とにかくサンとアシタカである。

 

「はい。いご 気をつけます」

 

居住まいを正し、改めて口調も正して平身低頭で礼儀にかなった謝罪をするアシタカだが、今度はその謝り方がサンは気に食わない。

気に食わないというより、丁寧すぎて逆にサンの方が居心地が悪いのだ。

最初こそ()()があってツッケンドンであったし、今もこうしてツッケンドンだが…誠意あるごめんなさいを受け取って何も思わぬサンではない。

しっかりモロから躾られていた。

だからサンは、少し照れながらも「自分の器を見せつけてやる」という名目で寛大な心を示してやるのだ。

 

「…あと、その…わたしにはそんな です とか ます って…言わないでいいぞ!ともだちになるんだろ?」

 

「しかし…ヤツフサのおおきみの娘たる女神に…」

 

「いいったらいい!それに、さっき おまえだって ですます わすれてたじゃないか!」

 

それを言われると、アシタカも己の未熟を指摘された事に少し頬を染めて恥じ入る。

そして、少し頬を指で一掻きして視線をサンと両親、そしてヤツフサの間をいったりきたり。

そこでヤツフサが助け舟をだしてやった。

 

「別ニ、サンが良イト言ッテイルノダ。友達は…タメ口で良イノダ」

 

俺だって乙事主とはタメ口だワハハハと笑う犬神の様子を見て、アシタカもようやく首を縦に振った。

タメ口が何のことかは分からなかったアシタカヒコだが、ようは砕けた口調で親しき友のように振る舞って良いというお墨付きが出たのだとは理解できる。

 

「じゃあ、あらためて…わがなはアシタカヒコ。よろしく、サン」

 

「うん!ともだちになってやってもいいぞ アシタカ!」

 

こうして二人の関係は始まった。

以後も、お互いの愛犬(愛兄弟?)と愛鹿の足の速さを競争させたり、どちらが多く木霊を籠に入れられるか、とか、遠くの枝になった木の実にどっちが遠当てで先に当てるか、とかをしつつ仲を深めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ちなみに、さっき言ってたカヤってだれだ?メスだな?」

 

「メスじゃなくて おんなのひとって言ったほうがいいよ、サン。そう。カヤはおんなのこだ」

 

「……で、カヤってだれだ?」

 

「カヤはわたしの いいなずけ だ」

 

「………いいなずけ…」

(よくわからないけど、なんかとてもイヤな きぶんだ。あとでかぁさまにきいてみよう)

 

そして、許嫁の意味を知り、結婚というものの意味を知り、サンはカヤという人間の少女に並々ならぬ対抗心を抱くようになっていく。

カヤは会ったこともない神の娘にいきなりライバル視されて気の毒なことになりそうだが、それはまだ誰も分からぬ事だ。

 

 

 

 

 

 

――

 

―――

 

 

 

 

 

とまぁそんなこんなでサンとアシタカは幼い頃から一緒に遊ぶ仲となっていた。

幼馴染というやつだ。

今でも交流は続いていて、思春期に突入したのもあってアシタカとサンは友達以上恋人未満な甘酸っぱい感じになってて、だけどエミシの里には村の掟で定められたカヤという婚約者がアシタカにはいて…!?というここだけ何ていうラブコメ?な状況になっているが、それもまた別のお話である。

 

アシタカはヒイにとある提案をする。

 

「ヒイ様。私が森を出ることをお許しください」

 

「ふむ…」

 

ヒイは、石を皺だらけ手のひらで弄びながらアシタカの言葉に耳を傾けた。

アシタカは言う。

 

「外の様子を詳しく見、そして外界人の実情を曇りなき眼で見定めたく思います」

 

「まだお前の父も祖父も健在だ。

お前が里をいっとき離れたとしても、そう多くの問題はでまいが…」

 

ヒイは揺らめく焚き木の炎へ視線を滑らせ、そして暫し黙考し、そして口を開いた。

 

「…………よかろう、アシタカヒコや。

既に年月を経たお前の父と祖父では、見定める事の出来ぬ事柄はあろう。

今の…年若きお前にしか見えぬものは多い。

可愛い子には旅をさせよ…という事だ。行っておいでアシタカヒコ。

そして、シシ神の森を狙う暗雲を見定めるのだ」

 

一族の巫女・ヒイの宣託が下った。

こうしてアシタカヒコは、いっときの間だけではあるが唯のアシタカとなって髪を下ろし、赤シシのヤックルと共に俗世へと降りていく事となったのだ。

旅先で不思議な男・ジコ坊と出会い、また森を開き鉄を生業とする女達に出会ったのもこの時の事である。

 

運命の時は確実に近づいていた。

 


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