身代わりの土地神様   作:凍傷(ぜろくろ)

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 そしてかなり久しぶりにひっそりと土地神様。
 や~っと全巻揃えて読破もしました。
 その間にリアルで様々なことがありましたが……仕事で嫌なことが重なると、心が折れそうになるのはいつだって変わりませんね。
 ハトは消えます。雷落ちりゃあホォォアアアア(ハト778話*1)とも叫びます。
 でも嫌なことだけ消えません。
 そんな日々をドロドロと送っていたら、読んでいた内容を忘れてしまって読み直して、を何度か繰り返しました。
 やだ……! わたしの記憶力、死んでる……!?

*1
ヤマグチジロウ氏作、ニコニコ漫画の『ハト』。
調べてみて初めて気づいたけど、もう6年以上も連載しているらしい。
これの778話『かみなり』の叫び声が好きすぎて……。
でも一番印象に残ってるのはハト58話の『わがまま』の、驚いてるハトと爆笑してるハトたち。




身代祇(ミヨリノカミ):オリジン

 

 ───時折、夢を見る。

 父が親友についてを語る、その夢を。

 誇らしげに、自慢げに、けれど自分の自慢は親友だけじゃないんだぞと、親友に妻や娘を自慢しているという、嬉しくて楽しくてたまらないという顔の……父の夢。

 そうやって誇る割に、家には親友の写真はない。

 自分の親友たちは、有名すぎて写真を持っていることさえ難しいんだと苦笑していた。

 

 “父さんは小さなヒーロー事務所のサイドキックにしかなれなかったけど、彼らの活躍が安定して、父さんの立ち位置も安定したら、その時は───”

 

 夢を見る男の子の顔をしていた父は、そうして───いつか、攫われたわたしを助けるため、無茶をして、傷を受け止めきれず、亡くなった。

 わたしが父の顔を真正面から見て言えた言葉はなんだっただろうと思い出すと……───父は、いつも悲し気な、苦笑いをしていた。

 

 誰のだか知らない傷を受け取ったそれを、勲章と言っていた父が気持ち悪かったいつかがある。

 それを、父に言ってしまったいつかがある。

 

 それを、謝れないまま終わってしまった未来に……わたしは立っていた。

 記憶の中の最後の父は、いつだって悲し気に苦笑いを浮かべている。眩しい笑顔も思い出せるのに、母に向けるやさしい顔も思い出せるのに、思い出の中でわたしを見つめるその顔は、いつだって悲し気で……それが更新されることは、もう二度とない。

 

 父を軽視されるたび、父を馬鹿にされるたび、心が動くよりも怒りで自分を見失うわたしは、いったいなにを棚にあげて怒れているのだろう。

 

  ごめんなさい。

 

 謝る人は、自分の心を救いたいから、罪悪感から解放されたいから謝るっていう。

 でもわたしは、許されたくなんてなかった。

 許されるって、いったい誰が許してくれるっていうんだ。

 記憶の中の父は悲し気だ。

 記憶にいくら謝ったって、もうお父さんは笑ってはくれない。

 

  ごめんなさい。

 

 お葬式の時、遺影の中で笑うお父さんを見て、どれだけ純粋な眩しい笑顔を向けられてなかったのか。そんなことにその時になって気づいた馬鹿な娘でごめんなさい。

 夜嵐くんに勲章の意味を教えてもらうまで、自分で考えることさえ放棄していた自分で、ごめんなさい。

 自分の不甲斐なさ、情けなさ、考え無し、愚かさ、それら全てを味わうだけ味わって、いつかあっちの世界で出会える日がくるのなら、その時は許さなかった分だけ、どれだけでも叱ってください。叩いてください。

 それまで……どれだけだって、愚かな娘ですが、ひどい棚上げであろうと、あなたへの侮辱を許しません。

 そして、もし散々と叱って、怒って……もしも、もしも許して貰えるのなら……。

 

 

 ……もう一度。

 

 

  たった一度だけでいいんです。

 

 

 

   また……頭を撫でてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

-_-/───

 

 あるところに小さな光が生まれた。

 光る赤子が産まれるよりももっと前。

 インドで異能が確認されるよりもっと前。

 浮浪生活の女性の胎内に双子が住み着くよりももっと前。

 その光は、退廃寸前だった田舎も田舎の小さな村に降り立った。

 病に苦しみ、癒す方法などない場所に降り立ち、そこにあった病を『受け取った』。

 初めて光に触れた老人は驚き、同じ苦しみを味わっている嫁をなんとかその場に連れてゆき、触れさせ、その奇跡をもう一度目の当たりにした。

 

  村はその光を神だと崇めた。

 

 村は病から救われ、光に感謝し、社を建てた。

 日に一度は村人が訪れ、一人一人が感謝し拝んでいく。

 けれど、それ以上に出来ることがないことに、お人好しばかりが住むその村の人たちは頭を悩ませた。

 触れれば病も傷も受け取ってくれるその光に対し、なにをすれば感謝を伝えられるのか。

 そのことを自分の家で口にしたとある女性。

 それを聞いていた子供が、そんなの簡単だよと笑う。

 子供は、ずっと床に伏せっていた親が元気にしているのが嬉しかった。喜びと感謝に胸をいっぱいにさせていた。

 だから、そんな感情をいっぱいにしたまま、その光に触れた。

 瞬間、子供の喜びと感謝の気持ちは消えた。

 けど、光は大きくなって、色づいた気がした。

 それを見た村人は、なるほど、簡単なことだったんだと笑みをこぼす。

 それから、人々は感謝も喜びも全てを光に捧げ続けた。

 

  ───結果、光に自我が芽生えた。

 

 感情というものを知る。

 人々が『受け取る者』と思っていた光の正体は、『身代わりになるもの』。

 触れた相手の状態を自分が受け取るというもので、自我を、言語を理解した光は己のことをそういうものなのだと説明した。

 けれど村人は恐れるどころか笑い、『じゃあ、痛い思いをさせてしまった分、幸せにならなきゃ!』と言う。

 光は戸惑いを知った。

 けれど、そういうものなのだろうと受け取り、もしなれるのなら、この人たちが願うような希望であれるように、と……自分のことを強く想うことにした。

 

  ある日、村の女性が身籠った。

 

 けれど、食の余裕で満ちているとはいえないこの村で、身籠った女性も栄養面では満足とはいえない状態で、それは危険な状態だった。

 予想通り、月日が経つにつれ危険な状態になり、子供のことは諦めようという頃になった時、女性は泣きながら光に縋った。

 助けてくれと。

 初めての子なのだと。

 けれど、光は言った。手遅れだと。

 既に腹の子には命はないと。

 女性は泣き崩れた。

 でも、もしかしたら。

 そんな自我を抱き、光は能力を働かせた。

 それは、『亡くなった魂と身代わりをすること』。

 光はこの村の人たちが大好きだった。

 こんな涙なんて、悲しみの涙なんて、苦しそうな泣き声なんて、見たくも聞きたくもなかったから。

 だから、言えば止められると思ったから、なにも言わずに異能を働かせた。

 

 輝いていた光は灰色になり、浮いていたそれは社の床へと落ち、塵になって消えた。

 異能……『個性』というものが形として産まれたソレが消えた瞬間であり───

 

「うぅっ!?」

「!? ど、どうした!?」

「待って! 破水してる! み、身代(みより)様! 娘が───え?」

 

 ミヨリ様、と呼んでいた光が消えたことに気づいた女性の母は当然驚いた。けれど、女性の膨らんだお腹が光を放っていることに気づいて、まさかと思い───産婆を呼びに走った。

 ……結果として、一人の赤子が産まれた。

 死んでいた筈の子は元気に泣き、母親も、その母も喜び、けれど───その母だけが、おそらくは……と思い、頭を深く垂れ、感謝した。

 

  子供はミヨリと名付けられた。

 

 それは女性の母が願ったことであり、事の次第を聞いてしまえば否やを唱えるものもなく。

 ミヨリは大事に育てられ、可愛がられた。

 もちろん食料事情については苦労はしたものの、山や森の恵み、田畑から採れるものでしのぎ───世界が異能で騒がれる頃には、それらの不自由も異能で解決出来た。

 突如として現れた異能は不可思議で、誰に何故その異能が現れたのかが分からない。けれど、村の皆が強く生きていくための力ばかりが目覚めたお陰で、村は強く、絆を深めながら生きて来た。

 

  そうして、個性もまた繋がれ、紡がれ、重なっていく。

 

 人になったミヨリは子を孕み、産むと同時に眠りについた。

 人々は悲しんだが、ここまで生きたのが奇跡だったのだと納得もしていた。

 そして───産まれた子供には個性が二つあった。

 『痛みを分かち合う個性』と、『土地神の個性』。

 土地神の個性は使おうと思っても使えるものではなく、けれど……不思議とその子供は決して病気にもならず元気に生きたとされている。

 土地神の力なのかは分からないけれど、それを持つ子が産まれた年から村は豊作に恵まれ、個性を使わずとも豊かに、温かくなっていった。

 それらはまるで、その土地で生きて来た自分達の個性が、そのまま反映されているかのように感じて……村人たちはまた、光だった身代様に感謝した。

 

  それからも村人は温かなまま生きた。

 

 時が進み季節が廻り、老人が眠り、若きが老い。

 都会に憧れ村を出た子が契りを結び、その先で産まれた子が成長して縁を結び。

 そうして広がった縁を個性で結び、光はただただ村人たちの子孫を見守った。

 

 ああ、愛しき家族よ。自分を受け入れてくれた愛しい者達。

 どうか、あなた方がいつまでも幸せであり続けますよう───。

 

 どこに身を預けることも出来なかった、個性という光が抱けた想い。

 それは様々な人との出会いと願いで広がっていった。

 やさしい人との出会いを紡ぎ、決して騙され傷つくことのないよう。

 けれど、自分という個性がそういうものであったためなのか、そういう個性の人ばかりを集めてしまう。

 個性がそうなのだから、やさしい人に寄ってばかりなのも当然といえば当然なのだが。

 それでも───結果として、村の血を継ぐ人々は、誰もがやさしい人に巡り合えた。

 村を出て行ったきり、巨悪と呼べる者に出会ってしまったために帰らなくなった人も居る。

 それでも意志は残り、繋がれ、紡がれ。

 そうして……やさしい人が集えば、いずれ血筋同士が混ざることもあり、それらが親戚の集いで会うと、目を丸くして笑ったものだ。

 個性は繋がれ、紡がれ、より濃く、けれど悪意に固まらず。

 

  やがて、個性:身代わりが産まれた。

 

 あれからどれほど時が経ったのか。

 新しい子の誕生に、土地神───個性と血を巡り生きる光は、とても喜んだ。

 自分以来の身代わりの個性。

 随分と枝分かれしてしまったけれど、その枝分かれが集って、ここに戻って来た。

 だから自分もここに居る。

 だから、自分を通じて個性の全てが扱える。

 

  この子は村人たちが、僕の家族が神とまで言ってくれた僕と同じだ。

 

 光はそう思うようになった。

 個性という異能が随分と世界を歪ませ、随分と村人の子たちも苦労してきたけれど、必ず僕が、僕たちが、君を助けるから。

 光はそう思い、彼女の傍に寄り添った。

 彼女が初めて母の傷を身代わりで受け取った時は、驚いて咄嗟に直す個性を発動させてしまった。

 個性を試すためにめちゃくちゃに使い始めた時は、慌てて止めに入った。

 お陰で軽くなら意志疎通が出来ることが伝わってしまい、この個性はこういう能力なんだよ、と注意する方向で教えたりすることになった。

 彼女は個性をたくさん使えることを、親にも誰にも話さなかった。

 そして、必要以上に光に話しかけることもしなかった。

 

 自分で個性を調べ、どんなものがあるのか、多数個性を使用できる理由、なども調べたものの、例があるわけでもない。

 例が無ければ、誰かに話してしまえばそういう機関に捕まって、隅々まで研究されるかもしれない。

 意思疎通でソッとそんなことを伝えた光は、彼女が誰にも言わないよう決意を固める様を見て、あるはずもない体でガッツポーズを取った。

 

  見守った。

 

 少女は育つ。

 子供の成長は早いものだ。

 いつの間にか豊かになった村は身代わりと土地の神から取って、身代祇、なんて名前になって。

 代々誰かのために走っては無茶をするような、人助けが大好きな連中の代名詞、みたいなものになっていた。

 

 もはや貧困もない、溢れる作物を安定して出荷することで富を得て、そのくせ増長するでもなく、『誰かのため』を掲げて。

 いつしか身代わりをするために産まれた家、みたいな風評まで出てくる始末。

 利用しようと考える者が寄ってくる回数も随分と増えた。

 そんな相手を察知しては近づかぬよう、夢枕に立ってはそっと伝えた。

 夢の中の光がいきなりそんなことを伝えたとて、信頼している先輩や上司を疑えるような家族じゃない。

 けれどもそんな先輩や上司に裏切られて、傷つく姿を何度も見て。

 もしかしたらあの夢の光が、昔話のミヨリ様なのかも、なんて言われるようになって、じゃあ自分たちは本当に、身代わりをするために産まれたのか? なんて周囲の噂を信じる者も居て。

 

 誤解されないために、夢の中に入って伝え、人身供犠(じんしんくぎ)だの人身御供(ひとみごくう)だのの書物を集めてもらったものの、言い伝えっていうのは曲がって伝わるものだ。

 光が宿った子供であるミヨリは、宿らなければ死んでいた体だ。それが儀式で死んだ子だのと伝わるのは心外だったし、子を産んだ際に個性として流れたために、個性で生きていたミヨリが死んでしまったのも人身御供だなんてものじゃない。

 それを、伝えた。

 それを、誰よりも僕らの家族にだけは疑われたくなどなかったから。

 

  見守った。

 

 ある時、光は巨悪を見た。いつか光の家族を殺した巨悪だ。

 光の家族の個性───『傷を受け取る個性』に目を付けたソレは、その個性を持つ男の……娘に目をつけた。

 ソレは一人の巨漢に娘を攫わせ、光の家族を弱らせた。

 彼が、ある無鉄砲なヒーローのサイドキックであることを知っていたからだ。

 ヒーローは無茶な特攻を続けた。

 大きな事件もない場所での大きな事件。これを治めれば知名度が上がると思ったからだ。

 どうせ自分の傷はサイドキックの彼が受け取る。ならばと。

 そして彼も、自分の娘がそれで助かるならばと、自分に力がないことを嘆きながら、無茶を続けた。

 

  見守ることしか出来なかった。

 

 結局ヒーローは傷つくことしか出来なかった。

 彼の傷の受け取りの個性が働かなくなる頃には、無様にも悲鳴を上げて逃げる始末。

 あとになって到着してくれたNo.1ヒーローと、13号の活躍で少女は救出され───

 

「供御くんっ! 供御くっ……供御ぉっ!! しっかりしろ! 家に帰るんだろう!? 散々自慢していた嫁さんが! 助けた娘が待ってるんだぞ!?」

「……っ、……オー、ル…………」

「ああ! 私だ! 私が来た! 来たんだ! だから───」

「……そっか。じゃあ……娘は……若那は、助かった、んだな……」

「ああそうさ! 今、13号がしっかり保護している! 叩かれたような痕があったが無事さ! すぐに治る!」

「…………そっか。そっか………………はは…………娘、守れたんだ…………。ああ…………最っ高の…………勲章だ…………───」

「供御っ……!? ヘイ! 供御!? 供御!! ~っ……返事をっ…………ぁああああああっ!!」

 

 ───光が大事にしていた家族は、その事件の所為で事実的に『ヒーローの計画性もない突貫の所為で死んだ』のだ。

 後日、事務所に足を運んでいた配達員によって、そのヒーローは大金を積まれ、娘を攫う手伝いをしていたことが判明。

 攫われた娘を傷つきながら助けて、有名になる算段だったらしいが、怒号の個性を持つ敵に叩きのめされ、ブチノメされ、話が違うと叫びながら逃げ出したと。

 その後、知らぬ間にどこぞのヴィランに襲われ、殉職した。

 

  夫を亡くした妻は身代祇家を離れ、遠く離れた場所へと移り住み───そして。

 

「恵まれた個性を見せびらかして、そのくせ一人を三人でなんて。そういうの……よくないと思います」

 

 ひとりの少女は、自分を助けてくれたやさしさに焦がれ、ヒーローを目指した。

 もう後悔なんてしないように。

 誰かの痛みを分かってあげられるように。

 知っている痛みなら、痛みになる前に止められるように。

 大丈夫、僕がついている。

 もう、あいつに僕の家族を傷つけさせたりするものか。

 

 よくも奪った。

 僕の家族の遺体を弄び、傷を請け負うだけの肉ダルマになど、よくも。

 世界が知らなくとも、僕らの血が、個性が、絆が知っている。

 絶対に取り戻す。

 僕らの個性は温かさから生まれたんだ。

 貧しくても幸せになろうと、みんなが助け合って紡いできた。

 だから、亡くなっても無くさない。

 だから、託せる者に委ねるしかない。

 だから、今。同じ身代わりとして立っているこの娘に、僕ごと託す。

 みんなが頑張ってきたやさしさを、僕たちで広げよう。

 家族が広げたから出来たやさしさを、家族の個性(おもい)と一緒に。

 

 何人もの家族がその力を笑顔に変えてきたんだ。

 皆の為になりますようにと……誰かの笑顔に繋がりますようにと。

 

 次は(わたし)の番だ。

 

 頑張ろうね、身代祇若那(ミヨリノカミ)───

 

 

 

 

 

 

 で。

 

「ぷひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃあひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

「「アッハッハッハマジか!! マジか爆豪!!」」

「笑うな! クセついちまって洗っても直んねえんだ……!! おい笑うなブッ殺───若那ァ!! テメェは笑い過ぎだ!!」

「だばってだってあはははははは!! かっちゃんがかっちゃんがあひゃははははは!! ぴっちり8:2(はちたいに)ヘヤーにあはははははは!!」

「だっ───笑うなっつっとんだぶっ殺すぞコラァ!!」

「「ひーひー! やってみろよ8:2(ハチニイ)坊や!! アッハハハハハ!!」」

「上ォオオ等ォだぶっ殺したらァァァア!!」

「おゥわあぁあああっ!? 髪が爆発して戻ったァァァァ!?」

「落ち着けハチニー! 話せば分かる!!」

8:2(ハッタイニ)ィイあだ名みてぇに呼んでんじゃねぇえええ!!」

「ギャアアアアアアアアア!!」

「あああ! 元から爆発してるみたいな切島くんの髪型がアフロに!」

「だっはははははオイオイ強烈なイメチェンかよ切島ァ!」

「だー! うるせー! おい爆豪こうなったら瀬呂もだ押さえてっからやっちめぇ!」

「うわわバッ……! 裏切り者ォー!!」

「笑う門にゃあ福とか来やがれ勝手になぁ……! テメェはこうだ! 近ェ恥じ掻きゃちったァ思い知れンだろォ!」

「───」

「ばぼーっふぉ!? ぶぉおっはははははは! シチサンだ! シチサンワケだー!!」

「ぷははははは! やべぇ黒髪にスゲェ合う! 瀬呂ォ! 今日からずっとそれでいいんじゃねぇかァー!?」

「うるっせぇ上鳴! 峰田ぁ! いつから混ざってきてた! だったらてめぇらも道連れだ!」

「だーっ! やめろこっち来んな! 爆豪まで来るだろが!」

「オイラの髪型はもう個性で固定されてンだよ! イメチェンならそっちで勝手にやっときゃいいだろォ!?」

「………」

「………」

「…………なぁ爆豪。コレ、アフロにしたらどーなるん?」

「………」

「……オイやめろ。やめろよオイ! やめっ……やめろォ! やめギャアアアアアアアア!!」

 

 今日も元気にしてる我が家族を見ている僕。

 ……この学校に通うようになってから、元気になったなぁ僕の家族。

 このまま元気でいてくれれば、案外それでいいのかもしれないけれど……。

 でも、あの巨悪はほうっておけない。

 いずれ彼の───身代祇供御の個性(おもい)は返してもらうよ。

 そしていつか、やさしさを目指した家族をひどく傷つけた報いを受けてもらう。

 

「おおお緑谷!? 何だその動きィ!?」

「ッソだろ!?」

「スゴイな! 密集した建物の上飛んでって! 蹴り弾いて! 掴んで飛び乗って! ───落ちてった!

「デクくぅううううん!?」

「盛大に踏み外してたな……てか夜嵐の熱い解説がまた妙にオチがついてて」

「イズクン、アスレチックとか苦手なとこあるから……」

「そうなん!?」

「うん。昔から運動とか体を鍛えることはしてたから、個性使わない中学までの運動会とかは結構活躍してたんだけど。張り切って平均台乗って、滑って脇腹打って悶絶したりとか結構……」

「あー……」

 

 っとと、家族がわやわやしてる。はいはい、なんとかしようね。

 あ、でも落ちてった友人はまだまだ頑張るみたいだよ。落ち着こうね。

 そうそう、なんでも助けちゃだめ。

 でも、あんまりトリガーは使わないようにね。

 僕らは『誰かのために』を温めてきた家族だ。

 誰かに押し付ける能力っていうのは、言っちゃなんだけど相性が悪い。

 しかも押し付けても個性が無くなるワケでもない。

 まあ……やさしいから、押し付ける個性のことで悩んでいた子を受け入れて、契っちゃったのが僕の家族なんだけどね……はあ。

 

「救助訓練! 空から飛んで向かった方が速いけど、走った方が訓練になると思うなぁ! 身代祇サンはどーする!? 身代祇サンが走るなら俺も走ろうそうしよう!」

「救助訓練レース……! 合図でスタートして、救難信号がある場所目掛けて一斉に……! 身代わりは先生に禁止されちゃったから、自分の力で向かわなきゃ……!」

「走る! ようし走るぞう!」

「まあそりゃねー。ワーちゃんの能力は便利だけど、移動に何回も使ってたら救助に使えなくなっちゃうし」

「ぬっぐ……! 正論……!」

「それにそれ言ったら私なんて最初っから自力で走らなきゃなんだからねッ! 一緒に苦労……しようぜッ! 友達でしょ私たち!」

「るーちゃん!」

「ワーちゃん!」

「うへへへへ抱き合う女どもに潰れるおっぱい……! なァ、なァ見ろよ上鳴ィ……! あの抱き合い方、身代祇のおっぱいの潰れ具合……! 葉隠ッパイも相当なモンと見たぜェ……!!」

「……うん、なぁ。頼むからなにか発見があるたび俺か瀬呂に投げんのやめない? 見たい気持ちはそりゃあンだけど、最近視線が厳しいからさ……な? あと髪型キモい」

「髪のことはほっとけよォ!! どうすんだよこのちぢれたもぎもぎ! もぎっても直んねぇんだよォ!」

「ようしやっぱり走る! 全力で走って全力で助けるぞお! 救助訓練レース! 第二組! 燃え上がるッス! 頑張るぞおーっ!!」

「「がんばるぞーっ!!」」

 

 ……うん。これも勲章ってやつなんだろうね、供御。

 やさしさで誰かを救えたなら、それを誇れなきゃ僕らじゃない。

 まあ、それに……押し付けるのも、やり方次第だし。

 僕は君たちに教わったんだ。幸せも笑顔も嬉しさも、押し付けられたから得ることが出来た。

 君たちが教えてくれて、君たちが僕を家族として迎えてくれた。

 負った傷を心が覚えて、それを押し付けるのがトリガー……心傷想起。

 でも、負った傷にも温かいものがある。それを、心が覚えている。

 なにも、全部を押し付ける必要なんてない。

 その可能性を、とっととこの娘が思いついてくれれば……ていうか最近意思疎通もしてこないし、伝えたいのに伝えられないんだよまったくもう。

 

 そのくせ、敵の個性はたくさん回収してくるし。

 でも、超回復に再会出来たのは嬉しかった。随分と血も薄まっていたけれど、間違い無い。村の家族の個性のかけらだ。

 ……うん。いくらでも個性を抱き締めるといい。

 キミは知らないかもだけど、奪ってるんじゃなくて……それこそ『個性を扱う権利を身代わりで受け取ってる』んだ。

 個性は彼ら彼女らの中に残ったままだし、使えないだけで、検査したって分かりっこない……なんて言ったら悪人みたいだなぁ。

 個性の持ち主が死んでしまえばパスを通じて完全にこちらのものになるだろうけど、今は彼ら彼女らから借りてるってだけだ。

 若那が解除するか、彼女が死ぬか、僕が消滅するかすれば権利は戻るだろうけど───まあ、悪いことをした罰だ。しばらくは無個性気分を味わうといいよ。君たちが散々と馬鹿にしてきた、その状態を。

 

「んーっ、久しぶりの授業で、しかもこれだけ走ると汗かくよねー!」

「ヒーローコスチュームは着ると気持ちも引き締まるけど、運動後にどうしたものかって迷いません……?」

「あ、わかる。てゆーか若那ちゃんのコスチューム、洗うのにも気をつかいそーだしね」

「み、三奈ちゃんのスーツは、なんていうか……あの、よく溶けませんね?」

「酸に強い素材で作ってもらったからね。やー……改めて見ると、若那ちゃんのスーツ作りが細かいね。どんだけ注文出したの?」

「え? えっと……用意された用紙に、書き込めるだけ……?」

「熱にも寒さにも強いんだっけ。酸は?」

「やめてください!? た、助けてくださいるーちゃん! 三奈ちゃんが私のスーツを狙って……!」

「あはは、だいじょぶだってワーちゃん、そんな本気でやらないって。……でもでもワーちゃん? 普段着は和服なんだよね? キモノだっけ? そっち方面のヒーローコスチュームにはしなかったの、なんでか訊ーていー?」

「それ、素早く動けると思います?」

「無理だー!」

「すっごい笑顔で言われました!? ……それを言ったらるーちゃんだって、それ……光学迷彩ってほんとですか? まさかMAXPOWER(マッパ)なんじゃ……」

「あっははははそんなことあるもんかー! ちゃんと光学迷彩だよほら! ……えと、ちゃんと感触あるでしょ? これで無いとか言われたらこっちの方が困っちゃうんだけど」

「……ていうかるーちゃんの手から離れたら普通にコスチュームだ……すごい、どうなってるんですかこれ」

「科学の力!」

「そうなんでしょうけどなんか納得いきません!」

「あははは! でもやっぱりどーせならこだわりたいもんねー! アタシも───」

オイラのリトルミネタはもう立派なバンザイ行為なんだよォォ!!

「───」

「───」

「───」

八百万のヤオヨロッパイ! 芦戸の腰つき! 葉隠の浮かぶ下着! 麗日のうららかボディに蛙吹の意外おっぱァい! そして身代祇のパイスラの奥に隠れた極上ボ

「……ギルティ」

ディィィイイアアアあああああああああああ!! 目から爆音があああああっ!!

『自業自得だ言わんこっちゃない』

『お前に分かるかよォ! 目にイヤホンジャックが刺さったと思ったら、そこからオールマイトの登場シーンのBGMがぁあああっ!!』

『み、峰田くん! 今のもう一回いいかなっ! 目から響くオールマイトのBGMをもっとちゃんと聴いてみたくてっ……!!』

『てめぇのオールマイト狂いも大概にしろよ緑谷ァアア!!』

「……ていうか耳郎ちゃん、あなた音楽も流せるの? ケロケロ」

「心音をオールマイトのBGMのリズムで出しただけだよ。むしろそれが分かった峰田がコワイ」

 

 ……ああ、もう。

 本当に、騒がしい世界になった。

 でも。

 それでキミが今を笑えるのなら、僕はそれがいい。

 いずれ巨悪が立ち塞がることになろうとも、いずれそれに抗わなくちゃいけない時が来ようとも。

 僕が、僕たち家族が、そして……君が紡いだ絆が、それを救うと信じてる。

 やさしさは、広がっていくものだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………そして、ああ。

 また一人、家族が増えた。

 子供の頃に若那が助けたっきりだった。

 やさしさを知り、温かさを知り、キミを認めてくれるのは、見てくれるのは、想ってくれるのは、親だけじゃないんだと……随分と長い時間をかけて、知ってくれた。

 

 炭化に近かった大火傷をしたキミを、最初に見つけたのが若那でよかった。

 どうなるかを考えもしないで、若那が身代わりを使用した時は大変だったけどね。

 でも、そんなきっかけがあったからキミも親以外に目を向けることが出来たんだと思う。

 命懸けで自分の痛みを受け止めてくれる、初対面の、年下の女の子……キミには彼女がそう見えてた筈だ。

 まだまだホヤホヤの個性で身代わりをして、全身が焼け、顎が焼け落ちる痛みを経ても、困惑するキミに笑顔を向けたこの娘に。

 

 戻らなきゃ、きっと心配してると言うキミに、若那は自分の痛みなんて二の次で耳を傾けた。

 涙目の彼女をようやくちゃんと見て、キミが自分のことばっかりだったことに気づくまで。

 気づいて、ごめんってこぼした途端、キミは涙もこぼし、声を震わせてゆき、やがて大声で泣いた。

 きっと来なかったと。

 俺は『失敗だ』ったんだと。

 

 そんな彼に、僕の家族は笑顔で言った。

 涙を拭いながら、真っ直ぐに彼に。

 

「失敗したなら成功すればいいよ!」

「───……ぇ……?」

「コマ回しを失敗したからって、じんせーが終わるわけじゃないって、おとーさんが言ってた! 失敗があるなら成功だってあるんだ~って! おにーさんは、失敗したら死んじゃうの?」

「…………見て、もらえなくなるんだ。頑張らなきゃ、出来なきゃ、期待に応えられなきゃ……お父さんに」

「んんー…………ねぇ、おにーさん」

「ん……」

「それって、今すぐじゃなきゃだめなの? おにーさんのおとーさん、そんなにも待ってくれない人なの?」

「ぇ…………」

「子供のうちは無理するなって、お父さん言ってくれるよ? わたしのこせーが身代わりだって分かってから、痛いのって、苦しいのって、味わった人にしかわからないんだから、無理はするな、しちゃだめなんだって。子供のうちは、そんな痛みに耐えられるまで成長することが仕事なんだって」

「……………………ぅん」

「おにーさんが自分を見てほしいのって、どんなおとーさん?」

「………………………………ぁぁ…………」

 

 キミは自分の手を見下ろした。

 炎を出すと、じじ……と手首が焼けつくのを感じた。

  

「……火、だったんだ。ちっさい火でさぁ……。初めて出せた時、すっげぇ喜んでくれて……。火が、炎になって……教えてくれることが、夢中になってくれることが嬉しくって……でも……」

「うん」

「俺のコト、見てくれなくなって。弟のことばっかりで。俺がどれだけ言っても聞いてくれなくて。聞いてくれないのに、俺のためなんだって……」

「うん。じゃあ、えっと……あ。あのね、わたし、みしろぎわかな」

「……え…………ぁ、ああ……えと、うん。俺は……とどろ───……燈矢」

「とどろ、とーやくん?」

「いや………………とーやだ。ただの、とーや」

「そっか! じゃあさ、とーやくん」

「うん」

「とーやくんは、ちゃんとおとーさんの言う通りにしてみた?」

「───……え?」

「もしかしたら、ほんとうにほんとーに、とーやくんのためだったのかも、って考えたこと、あった?」

「……ぃゃ……いやでも、俺のためだったんなら───」

「でも、とーやくんマルコゲだったよ? それはなんで?」

「───!」

 

 それは、キミが親の言う事を聞かなかったから。

 そして、家族になって繋がった今ならわかる。

 キミの親が、火力の上げ方しか教えなかったからだ。

 

「………………お父さんが、正しかったのかな」

「むー……ちがうよ、とーやくん。なにかがぶつかった時は、まずは『どっちも間違ってた』って考えるの。そうじゃないとね? まずは、の話もできないの。ぼくがー、おれがー、わたしがー、とか、どっちが正しい~とかお前が悪い~とかじゃなくてね? まずは、なんだよ? こうやって、どっちも痛くない、泣いてもないわたしたちで、座って、向き合って。…………えと、とーやくんのおとーさんは、そうしてくれなかったの?」

「………………」

 

 はっ…………って。キミは息を吐いたね。

 だから悪いのはお父さんで、俺は、って考えが浮かんだ時、真っ直ぐに自分を見る視線に気づいた。

 きっかけがあるとするなら、きっとそこだった。

 自分のことばっかりを考えていた自分を、そんな自分なのに、真っ直ぐに、急かすでもなく見てくれる子供が居る。

 自分の弟と同じくらいの歳だろうか。

 そう考えて、見てもらえる弟が羨ましくて、出来ない自分が情けなくて、それでも───

 

「キミは───……俺を」

「……うん。見てるよ。お話、しよ? ちゃんと聞くから。ちゃんと聞いてほしいな」

「………………辛かったんだ」

「うん、身代わりになったとき、いろんなもの、受け取ったよ?」

「…………痛かったんだ」

「うん、ほんとは言いたくなかったこと、おかーさんに言っちゃった辛さも受け取った」

「……俺はっ……ただ、見て欲しくて……」

「うん。わかってる(・・・・・)。辛さも痛みも寂しさも、全部全部身代わりで受け止めたから」

「~……」

 

 キミは泣いた。ぼろぼろと。

 声にならない声で。

 話そうとするのに出てくるのは嗚咽ばかりで。

 若那はそんなキミを抱き締めて、知った痛みの分だけ、やさしさを与えた。

 ……そうさ。若那、きみは無意識にやっていたんだろうけど、トリガーにはそういう使い方もあるんだ。

 痛みを、苦しみを押し付けるだけじゃない。

 心の傷を想い起こすそれは、やさしさも温かな想いも与えられる。

 心に負った傷にだって、温かさはあるんだから。

 

「ね、おにーさん。おっきくなってさ、おとーさんを見返してあげよーよ。それで、おっきくなったおにーさんを見たおとーさんが驚くところに、どーだまいったかーって笑ってみせるの。失敗なんかじゃないんだって。成功だったんだぞーって」

「………………見てくれる、かな。忘れちゃったり……しないかな」

「子供のこと忘れる親なんて、ばっかもーんて殴っちゃいなさいっ!」

「…………ぷふっ」

「?」

「あはっ……あっはっははははは! 殴っ……あっはははははは!」

 

 笑ったのなんてどれくらいぶりだったんだろうね。

 自虐的な笑みでも苦笑でもなく、キミは笑って、笑って、笑ってくれたことが嬉しくて、若那も笑って。

 でも……それはそれだって。

 キミは若那以外には中々心を開かなくて、村で住むことになってもなかなか馴染めなかった。

 やがて巨悪によって供御が奪われ、若那が母親と村を出ていくことになって。

 

「若那!」

「っ……ぁ……」

「あ…………悪ぃ。大声、苦手になっちまったんだってな……」

「………」

「出て行くことは……変わらないんだよな。いや、変えられないんだよな」

「…………ぅん」

「……親父さんが所属する事務所に見学しに……行く途中に攫われたって聞いた」

「…………ぅん」

「……悪い。やっぱり俺もついて行けばよかった」

「ううん……とーやくんは、おとーさんを驚かすために、が、頑張ってるんだもん。……それの邪魔、できないよ」

「若那……」

「だ、だいじょうぶ、だよ? わたし、これからがんばっていくから。がんばって……がんばんなきゃ………………わ、わたし、お父さんに、ひどいこと…………わたし……ひっ、ぅ、うぁっ……」

「……だったら!」

「っ!」

「……だったら。いつか、その……お前が頑張って頑張って、いい子になって、いろんなやつを助けられるやさしいヒーローになって、誰にだって認められるようなすっげぇやつになってさ……! それで、いつか歳とって……あの世ってやつに行った時! ……驚かせてやればいいだろ……! 俺と同じだ! 俺も、絶対にお父さんを驚かせてやる! だから───だからお前も! 胸張って生きろよ! そんで、こんなにいい子になったよ、あの時はごめんなさいって言えばいいだろ!」

「~……とーやぐん……!」

「俺だって……リフレッシャー……供御おじさんにはやさしくしてもらった。警戒してばっかで、なんも返せなかった。悔しいよ。今になって後悔ばっかりだ。だから……俺もお父さんだけじゃない。供御おじさんに胸張って会いにいけるように、頑張ろうって思う」

「…………ゔん」

「それに、お前は…………俺を助けてくれただろ。立派なヒーローだよ」

「───ッ……!!」

「熱かったよな。痛かったよな。扱う俺でも苦しかった。助からないって思った。それを受け止めて、それでも……笑って、笑顔で俺を救けてくれた。だから……ありがとう、若那。お前なら出来るよ。供御おじさんだって胸張ってくれるさ」

「……~……っ……ぁ───」

 

 若那は泣いた。

 人を、家族でさえ怯えるようになってしまった彼女は、そうして身代祇の村を離れた。

 すぐに駆け付けられるように、とヒーロー事務所が提案してくれたいくつかの住居のひとつに。

 そこで少しずつ心を癒し───

 

「若那……その口調……」

「おかあさん、わたし……いい子になります。いい子は、丁寧な言葉で話すんですよね……?」

 

 母が違和感に気づいた時には、もう彼女の心には『歪』が住み着いてしまっていた。

 それは、自分の所為で父が死んでしまった事実と、自分が最後に父に放った言葉がよりにもよって、という後悔が生んだもの。

 彼女はヒーロー名に『ブリンガー』を選んだ。

 持ってくる、というよりは『もたらす者』の意味で。

 幸福をもたらす? 幸せを(もたら)す?

 どれも違う。

 彼女は、悪事を働いた(ヴィラン)に、彼ら彼女らが見下していた『無個性』を齎す。

 その先にいずれ、敵の居ない平和が齎されると信じているから。

 そうすれば、もう誰も攫われない。

 そうすれば、もう誰かが傷つくことも、死ぬことも、きっと。

 そこまでしなきゃ『いい子になんてなれない』って、本気で思ってしまっている。

 そして、他人の個性をどうこうしようってことが悪いことだってことも分かっているんだ。

 だから───

 彼女はいつか自分が死んだのなら、たった一度だけでいいから、供御に頭を撫でてもらえたのなら───喜んで地獄に落ちると。

 それが、父に吐いた最後の言葉と、それまでの生で犯すであろう親不孝への清算になればと。

 

  よくないと思います、と彼女が言うたび、心が軋むのを知っている。

 

 よくない、と断言しないのは、自分も悪だと知っているからだ。

 ……もしも声が届くのなら。

 小さな意思疎通じゃ伝えられない声が、もしも誰かに届くのなら。

 どうか、この娘を止めてほしい。

 この娘は、夢なんて叶わないものだって知っている。

 小さい頃の夢はお医者さんだったんだ。

 すっごいお医者さんになって、たくさんの人を救けるんだって。

 でも、彼女は自分の所為で自分の父を死なせてしまった。

 夢は叶わないものだって知ってしまったんだ。

 叶うなら、自分こそが父を救えたハズだったんだからと。

 だから、彼女の夢は───

 

「ねぇ、若那ちゃん。若那ちゃんには夢とかあるの?」

「夢、ですか?」

「うんそう。僕はね、その……無個性だけど、オールマイトみたいになりたいんだっ!」

「大きな夢ですね」

「……笑わないの?」

「笑いませんよ。イズクンのそれは、とっても立派な夢だと思います」

「そ、そっか。あ……それで、若那ちゃんの夢は?」

「………………わたしは。わたしの夢は───」

 

 ───綺麗な、お嫁さん。

 

 彼女は生涯、その夢が叶うハズなどないのだと、知っている。

 だって、叶える気などないのだから。

 そして、それを……その泣きそうなくらい寂しそうな笑顔で夢を語る彼女を、緑谷出久が忘れることはないのだろう。

 いつか誰かが彼女の後悔をぶち壊すまで、この子はずっとずうっと、『ブリンガー』で居続けるだろう。

 だから、どうか。

 この子の弱音が漏れたあの約束が、どうかこの子を救ってくださいますよう───

 





 長らく。イヤホント長らくお待たせしてます、凍傷です。
 時折短編っぽいものを書いては、日々にぐったり仕事でオギャーム。
 ラストの構想はあったのに漫画読んでラスト知ってオゥワァア……といろいろ吹き飛びました。
 完成度スッゲェェェェ……なんて作品だ、さすが原作……!!
 ハチャメチャに感動しました。
 ハイ、というわけでラストの構想死んだので、行き当たりヴァターリでいきます。
 多少の構想妄想の類は残っておりますからそれは織り込まれますが、途中でエターナる可能性の方が高そうです。なので変わらず連載ではなく未完モードで、ひっそりカリカリ。
 エターナるそれまでは、暇潰しにでもどうぞ。

 次回の交信は未定です。こうしっ……更新。うん交信。オイ。
 なんか知らないけど変換がなにかと交信したがってます。タスケテ。

 あ。あと燈矢くん、勝手に村のおなごと幸せな結婚をしましたルートを作ってしまいました。
 なお父親には会いに行っていない模様。
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